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困った時はオッサン兄さん ダン・リオン

王都の商店街では、先ず困ったことがあったなら、オッサン兄さんに相談するなり、助言を求めると良いと言われています。


ただし、神出鬼没なので、いつも会えるというものでもないみたいですが。



挿絵(By みてみん)


王都の時計台の前の喫茶店"壱-ONE-"。

その店内で、ルイ・クローバーが魔法屋敷で話に聞いていた仕立屋の弟子だという"シノ"が盛大に落ち込み椅子に座って俯いているのに、励ましの言葉をかけていた。


"どこかで、見覚えがある"


喫茶店で"初対面"の時にそう思ったのだが、はっきりと何処で彼女と本当の初対面をしたのかが思い出せない。


それよりも、まず"この世の終わりだ"と例えても過言でもないといった調子で、落ち込んでいるので、普段ならそこまで気にしないやんちゃ坊主も声をかけるも、シノはまだ落ち込み続けている。


「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……」

「仕方ねえっすよ、アトのさんの性格というか……特徴を捉えてなかったならやっちまう失敗みたいなもんすよ。

それに、ポップコーンはアトさんにねだられたから、買ってあげたんすよね?。まさか、それが原因になるなんて思わないっすよ……」


ただ、励ましながらも、彼女の師匠に当たるキングス・スタイナーが心配していたことが、見事に"的中"していた事に、心の中で感心していた。


―――私の弟子は"シノ"という名前なんですけれど、ある程度武芸を嗜んでいるから、護衛の方も、正直に言ってそこまで心配はしていないんです。

―――ただ、シノは良い子で面倒見が良いですけれど、その張り切ると空回りをしてしまう事があって。

―――そちらの方を、とても心配しているんです


(キングス様すげえや、内容的にも心配していた事が"大当たり"だもんな~)


たおやかな仕立屋が小さく溜息をついている姿を、その指でお洒落に整えて貰った癖っ毛の中で、想像出来た時、店の奥で動きがある。


「よーし、迷子捜索隊の編成を発表するぞ~。若人、整列~」


普通の地声なのだろうが、店中に轟くのは、王都の城下街でオッサン兄さんという愛称で親しまれる、ダン・リオンが発していた。

そしてその前には、ルイは理由がよくわかないけれども、顔を赤くしているアプリコット・ビネガーがぎこちなく佇んでいる。







そもそもアト・ザヘトがどうして迷子になった始まり―――それは、予定より想像以上に王都の城下町、ロブロウのアプリコット・ビネガーの一同は到着した事にあった。


本来の到着予定時間は昼食時を少しばかり過ぎた時間。


その筈であったのだけれども、実際には城下中央にある時計台の鐘が盛大に鳴り響き、市場を開始する時間に辿り着いていた。

門番の兵士達が門の大きな扉を数人がかりで押し開き解放したなら、ラッパ手が盛大にファンファーレを鳴らす。


王都の城下町の宿には泊まらず、外の宿泊所を利用した者や、多分縁戚関係の家を宿代わりにして訪れただろう"旅行者"からは歓声のような声も小さく上がる。





特に幼い者が多かったのだが、心が幼さでは多分その時期の子ども達と同じアト・ザヘトも兄のシュトに

"「2」の声の大きさで喜びましょう"

と注意されつつ、素直に従い、開門の儀式を手を叩きながら喜んで見上げていた。



『これって、所謂、門を開く際に行われる慣例行事なの?』


顔に"ある事になっているケロイド"を、完璧にではないけれども薄い状態にしている、アプリコットは、行動を共にしているシノに尋ねる。


本来なら仮面をつけるべきなのだろうけれども、逆にそれでは城下街では視線を集める事になるだろうと、宿場街から"ケロイド具合"を調整してこの状態でやって来たのだった。

アプリコットの顔のケロイドの状態について、正確に詳細な説明をしていないのは、ウサギの賢者の巫女であるリリィがいるのだが、ここは"化粧で誤魔化した"としている。


『はい、大体平日は決まった時間―――あの時計台の鐘の音共に始まります。

ああ、でも休息日や国が定めた祭日、あととても激しい雨天時とかは省略されます。

ああそうだ、台風の時なんかは一番大きな門も開かないんです。商売するに出来ないような状況ですから』


王都には幼い頃に住んでいたという仕立屋の弟子の女性は、持ち前の人当たりの良さと併せて、ここまでの道中、城下街について説明をしてくれていた。


そんな中で城下街で働く人々は早々と門をくぐって進んで行き、アプリコット達は集団でもあるので通勤になる人々の邪魔にならぬ様に、流れの緩やかな端の方を進んで行く。


『何にしてもシノちゃんのお陰で昼前に着くことが出来たわ、ありがとう』

『いえいえ、でもここまで早く到着したのは、アト君の早起きのお陰ですから。規則正しい生活しているんですね。

私も王都に戻ったらキングス様のアトリエで、弟子の一人として御三(おさん・台所仕事)をしなきゃいけないから、あれぐらいの時間に起きないといけない』


アプリコットの礼の言葉に、長い髪を独特の片側に纏める様にして結い上げているものを揺らしながら、謙遜すし、少しばかり目元の力を強めた。


『それに今日の事は、いいきっかけのなったと思います。何より、鳶目兎耳としても認められるように、活躍しなければいけませんから』


両手をグッと胸の前で拳にし、年齢は成人を一応している筈で、性別は女性の筈なのだが、所謂"少年の様に"瞳を輝かせながら、少々大きめの声で宣言する。


その後ろに"傭兵"で用心棒の立場として、シュトとアトが付いて歩いて続いていた。

特にシュトは元気よく"鳶目兎耳"と言葉に出している事で、ある意味で弟のアトよりも、国最高峰の仕立屋の弟子になるという女性の心配をしている所もあった。

それと、少々弟を俗にいう"買い被り"という物をしている気がして、後ろから声をかけていた。


『シノさん、感心しきりになっている所を悪いんだけれどさ、アトは確かに基本的に規則正しい生活の方なんだけれども、今日は特に早起きだったんだ。その、昨日手紙を書いた友だちのリリィやルイ君に会えるのもあったし、何より―――』

『シュト兄!ポップコーン売っています!キャラメルあじもあります!食べたいです!』


兄の上着を引っ張りながら、移動式の露店が開店の支度と客寄せも兼ね、調理をしてるポップコーンの匂いが風の流れに乗って広がっていた。

甘いものが好きな弟が早速反応し、俄かに興奮して、兄の上着を引っ張りながら、訴える。


『あ、人の上着をひっぱらない!、それに"お昼ごはんがもうすぐだから、ダメです"』


とりあえず、弟の興奮を治める為に、シノへの語りかけを区切って、はっきり短く、アトにも理解出来る"文章"で注意する。

すると弟はいつも通りに、注意された事を鸚鵡(オウム)返しに復唱しつつ、その言葉自体を自分にも言い聞かせて、"食べたい"という気持ちを抑える。

弟が落ち着いたのが判ってから、再びシノに語り掛ける。


『こういった風に、殆ど小さい子どもと変わらないし、それこそ明日、"お祭"があって興奮して眠れなかったり、異常に早起きするみたいなだけなもんでもあるんだ。

まあ、それでも一般的には早起きしている部類に入るんだろうけれども』


『……そうなんだ。じゃあ、今日は特に早起きだったって事なんですね』


シュトの注意に、シノは小首を傾げながら、アトと同じ様に言われた言葉を鸚鵡返しに繰り返していた。

だが、シュトが何を伝えたいかを掴みきれていないのが、雰囲気で察する。


(シノさんがアトに対して、積極的に関わろうとしてくれる態度は凄く嬉しいけれど、大丈夫か)


外見の割りに内面が幼く、更に拘りの強い弟の事を"好意的"に受け入れてくれるのは、彼の家族として本当にありがたい事だと思う。


けれど、弟を"障碍者"として受け入れてくれて、好意的にしてもらった事が"(あだ)"になったという出来事が、保護者兼家族として本当に申し訳ないのだけれど、過去に数回あった。


(それに、拘りを前向きに解釈をしようとすれば確かに出来るけれども、やっぱりまだ健常者の一般的な生活として過ごしにくい事の方が多いもんな)


生活習慣を、特に"早起き"は褒められるの事が多々あるけれども、少なくとも"アト・ザヘト"の場合は、どんな祝祭日も関わらずにそれを守ろうとする。


過去、まだガキとも呼べる時代の頃、シュトは拘りの為に規則正しい生活を送る弟をやっかむわけでもないが、朝寝坊をしてみたいという想いを持った事があった。


ただ、弟は日々の生活で定めた規則正しい生活から、外れる行動をする事が先ず難しいし、それまで培ってきたものを、壊してしまうかもしれない。

先ず第一に、アトが空腹に対する態勢が著しく低く、直ぐに口と態度に出す、


これが休日の朝にあてはまると、お腹が空いたなら"刃物を触ってはいけません、勝手に火を触ってもいけません"と教えてもいる為もあり、"お腹空きました"と容赦なく準備してくれる人として、シュトが弟から揺り起こされる。


一般的な兄妹ならここでいざこざや、盛大な兄弟喧嘩もおきそうなものだが、家族として無視をしたなら、自分が後悔をする性分と寝起きが悪いわけではない所も手伝って、仕方なく寝坊を諦める。

そして判っていながらも、融通の利かない、弟の拘りに不満も抱えていたのだった。


ただ、"朝寝坊"に関しては、現在は打開策は出来てもいる。

身体が大きくなった最近ではあまり使えないが、朝寝坊したい前日に弟を力いっぱい遊ばせて、疲れさせ、夜も寝る時間に拘りがあるので、それを誤魔化しつつわざと夜遅くに寝せる。


更に、あらかじめ朝食となる簡単な”料理”を作っておいて、弟に見せ、大変なことが起きない限り、寝ている人を起こさない、勝手に外出をさせないと約束させた。


それで朝起きてお腹が空いたなら、食事は用意してあるものを食べても良いと説明し、弟が好きな絵本や簡単な玩具を用意して置いて、寝る。


そうしたなら最初の数回は首尾よく行っているか確かめる為、寝たふりをしてはいるが一緒に起きてしまったりしていたが、大体うまく行った。

その"反復練習"を繰り返す甲斐もあってか、その行動も"アトと家族が朝寝坊する時の拘り"として定着してくれた。


ただ、そうやって獲得出来た朝寝坊の方法ではあるのだけれども、

"どうして、俺はアトという弟がいる事で、朝寝坊をする為にここまで努力しなければならないのだろう"

という考えも同時に浮かんでいた。


"普通なら、ここまでしなくても大丈夫なんじゃないのか?"

こういった"障碍を抱えた"弟だから、普通なら簡単に出来るはずの朝寝坊に手間がかかる。


そんな風に考得た瞬間に、"快く朝寝坊する方法を一緒に考えてくれた人"―――シュトとアトの兄弟を孤児院から、引き取り、傭兵としての基礎も仕込んでくれた、育ての親にもあたる存在に、強く頭を(はた)かれた。

口には出していないけれど、まだ幼い少年でもあったシュトの表情に出た事を、恩人に読まれたのは直ぐに判る。


出逢うきっかけにもなった時に過激な"指導"もされた事があったから、物理的に頭を叩かれた事には大して驚きはしなかった。

けれども、その後に言われた言葉は、結構心の方に"グサリ"とシュトに突き刺さる。


―――シュトは寝坊は誰にでも簡単に出来る位に考えているかも知れないけれど、"普通"でも朝寝坊なんて1人で自立して暮らしていて、休日でもない限り、できない贅沢な事よ。

―――ましてや家族に限らず、誰かと生活を共にしていたのなら、その人達個人の予定だってあるから、朝寝坊自体が迷惑な行為だって言われる事もある。

―――シュトの弟は、ちゃんと練習したなら、一緒に生活をするにあたって朝寝坊したいという、"兄の希望"を受け入れくれているって、考える事が出来ないの?”


―――良く見えている周りばっかりに注目しないで、努力して成功した事を目の前の事を、見て素直に先ずは喜び、大切にしなさい!。


もう二度と出逢う事のない、恩人の声まで揃って今になって思い出したのは、いつの間にか入手したのか、何かの冊子を興味深く見つめている護衛対象の横顔が視界に入っている為だと気が付く。



恩人と護衛対象は"幼馴染"で、その縁で"傭兵"となって初めての用心棒としての正式な仕事も与えて貰えた。



―――私の幼馴染なんだけど、彼女は地方の貴族でもあるのだけれど、諸事情で子どもの頃から相当苦労も、努力もしている。



―――だから、ある意味では皮肉屋のシュトも考え込まないで安心して、弟のアトを含めて傭兵"銃の兄弟"の最初の仕事ができる職場だと思うわ。


確かに、恩人の言う通りアプリコット・ビネガーという人は相当苦労も努力もしているのが、執事見習いとして勤めたごく短い時間で感じ取る事が出来たし、弟の事を、良くも悪くも、"両面"を理解してくれていた。


加えて"学習"もしてくれていたのも、ロブロウ滞在中執事見習いとして、アプリコットがまだ領主だった頃の彼女の盛大に散らかっている部屋で、恐らく恩人が前以て渡していただろう弟の"資料"を熟読した後が見えた事で判る。


(ああ、そうか。多分勝手に俺がイラついているのは、良い面ばっかり―――長所を捉えてくれているのだけれど、それが薄っぺらく感じてしまっているんだな)


自分なりに"兄"として努力して、弟と毎日の生活が何とか順調に言っているだけのことなのに、当たり前の様に"羨ましい"と簡単に口に出されたのに、シュトは苛立ちを覚えたのだと自覚する。

勉強は出来ないけれど、回る頭で決して悪い人ではないだろう、シノに対して抱いたモヤモヤとした気持ちの正体が判明したなら、元来皮肉屋の所もある少年は直ぐに心は冷静になれる。


(シノさんにしてみたなら、アトの事に関しては、良い面ばかりが今の所際立って見えているから、褒める表現と感想しか出来なくても仕方がないか)


弟の拘りは、最近では日々の生活に支障を来す部分があるという実感を感じるには、やはり日常的に側にいなければ判らない程度になっている。


(で、"判らない内"に良かれと思ってやってもらった事が、裏目に出そうな事を、機会があったなら、早めにシノさんには話しておいた方が良いかもしれない。

何にしても、弟を理解して受け入れようとしている人に、出来る事なら下手な失敗をして、今度は逆に自分から距離を取られるようになっても、それは勿体無い)

そこまで考えが纏った時、シュトが小さく息を吐く。


(それにしても、自分自身で思うけれど、俺って"めんどくさい性格"をしているよなあ)


シュトが粗野な風貌から似つかわしくなく、繊細な事を考えている自分に呆れている時。

アプリコット・ビネガーはとても難しい難題取り組む"といった面持ちで、何やら冊子を興味深く見つめ、王都に入るという事で珍しく紅を塗っている唇をゆっくり開いた。


『ポップコーンの、キャラメル味か。甘い味もいいけれど、どうせ食べるなら、個人的にはソイソースチーズ味っていうのを、食べてみたいのよねえ』



"何やらの冊子"、それは入り口の城門の隅に、置かれていた初めて王都にやって来た"お上りさん"向けの、王都の城下街について編纂された案内(パンフレット)だった。

その中には先程アトが見つけた移動式のポップコーン屋台の案内も書かれている様で、興味深そうに更に読み上げていると、背後から回り込む形でアトとシノが覗き込んでいた。



『アプリコットさま、リリの髪と同じの色のポップコーンがあります!』

『ああ、イチゴミルクフレーバーって奴ね。イメージで、色と味と香りまでつけているわけだ。

うひゃー、でもこっちは成分表見ても甘すぎて私は無理っぽいわ。でも、需要があるから売っているのよね~』


『食べ物も、味が勿論第一ですけれど、"見た目"でも楽しむっていうのも最近ならですよね』

『―――昼食前っすよ、皆さん』


自分でもらしくないと判っているけれど、ポップコーンを買う方向に行こうとしている同行者達に、シュトが戒める様に言葉をかける。


『でも、折角早く到着したし、時間的には一時間以上の余裕がありますよ。

確か集合する場所には時計台の鐘がなる昼過ぎですよね?。

それに、ポップコーンの方が他の飲食店でお菓子を買うよりも経済的ですし、直ぐになくなりませんから、長く楽しめますよ』

『……"経済的”』


シノがシュトの懐具合を承知しているかどうかは怪しいけれども、ポップコーンを買うのに反対派に一番効果的な言葉を口にする。


『じゃあ、一番年上の小娘が奢ってあげるから、"2人分"買って4人で分けましょう。それなら、シュトも文句はないでしょう?。

シノちゃんと、アトで買ってきなさい』


そう言う頃には、腰に付けている鞄から銀貨を2枚取り出して、アトを手招きして確りとにぎらせる。


『1つはアトの食べたいキャラメル味。もう1つは、アプリコット様の食べてみたいソイソースチーズ味でお願いします』

『アトの食べたいキャラメルあじ。アプリコット様が食べたい、そいそーすちーずあじ……。アト、わかりました』


いつもの様にこれも鸚鵡返しにして繰り返したが、キャラメルは馴染みがある為か、滑らかに名前が出てきたけれども、アプリコットが頼んだ品物の名前の発音は怪しい物がある。

"メモ用紙に書いた方が良いだろうか"

そうも考えたけれども、アトの横でシノが確りと無言で頷いたのと"オーケーサイン"作ったので、大丈夫だと任せる事にした。


『じゃあ、今日は初めての王都なので迷子になるといけないし、馬車も走っているから、安全に気を付けて、歩道を手を繋いで行ってください』


『はーい』

『はい』


アプリコットからの注意に、アトが幾らか伸ばして返事をした後に、シノが短く返事をする。


手を繋いで歩いて開店したばかりであろう、人もまだ疎らな大通りの歩道に当たる部分を通り、ポップコーンの露店に向かい始める。

その2人の後ろ姿を眺めながらアプリコットは、少し再び口を開いていた。


『アトの方が背が高いから、手を繋いだなら"恋人"の様に見えたりするのかな~って、考えてみたけれども不思議とそんな感じしないわね。

やっぱり、シノさんがお世話をしている感じになるわね―――』


『アトは背は伸びたっすけれど、人懐っこいのと子どもっぽいのが、どうしても雰囲気で出ますから。

どっちかというと、一緒に並んで歩く優しそうな姉さんよりも、寧ろ背も高めなキリッとした姉さんが引っ張っていくような感じのほうが、逆に"大人の女性にリードして貰ってる"ってかたちで恋人に見えるかもしれません』


シュトの説明の言葉に"成程"と口にして、アプリコットは羽織っている上着を取って、肘にかけて再び案内を開き見読み込んでいた。

上着を脱いだのなら、少々肌の露出方と胸元の鎖骨やが肌を晒す事になるが、季節が初夏に入っている事もあって、日も随分と昇って気温もあがり仕方がないとも思えた。


ただ、もし彼女が貴族の"アプリコット・ビネガー"として行動していたなら、明らかに肌は晒し過ぎだとも感じる。


(まあ、俺がどうこういう事でもないか。意見を言うとしたら……アプリコット様の場合は"王様"になるのかな?)


下手にこの国の王様の事を口に出したなら、今度は宿場街の時の様に自分の"鼻"が掠る程度ではなくて、被害が"穴"にも及ぶ危険性があるとも限らないので、黙っておくことにする。


『シュト……何か言いたそうな顔ね』


そして本来なら"護衛"など不必要な程、強くもある護衛対象は勘も鋭くて、シュトが思い浮かべた少々不遜な感情を含めて早々に読み取ったらしい。

だが、ここで"言いたいことがない"と嘘を口にしたなら、更にひどい目にあうと、昨日掠った鼻先の痛みを思い出しながら、察した皮肉屋の青年は、"回"る頭で懸命に考える。


『あー、そうっすねえ、言いたい事と言えば……』


(アプリコット様が納得してくれそうな"もっともらしい言葉"、というか"嘘"は―――)


胸元の大きく開いたシャツから覗き見える逞しい肌に、浮かびそうな冷や汗を気合でに抑えつつ、思考を巡らせる。

そして目紛るしい考えた時、粗野に見える印象を与えるポイントにもなっている、掻き上げた髪の中で、ある忠告(アドバイス)の言葉を思い出した。


―――嘘をつくのなら、本の少し"真実"を滲ませなさい。

―――そうすると、造形を創りやすくなり、相手も信じてくれやすくなるから。


この王都の城下町から少し離れた、鎮守の森と呼ばれる場所の中にあるという屋敷に、今は引き籠っているという、この国の最高峰とされる賢者から貰った"言葉"。


(とは言っても、ろくな"真実"が思いつかねぇし、思い出せねえ。つうか、最近アプリコット様でも誤魔化せそうな、嘘に垂らす真実なんて目にしてもねえし―――ん?)


そこでシュトは自分の護衛対象が手にして開いている、王都の案内に記されている物に注目する。


(あ、"これ"が丁度いいかも。さっきのシノさんが言っていた言葉で、如何にも"経済的"に困っている俺が考えそうで、考えはするんだけれど、聞かれなければ、答えなさそうな事―――)


『いや、ポップコーンの値段がご馳走になる身でなんですけれど、2人分で、銀貨2枚は高くねえかって思ったんで。

格安の飯処だったら、銀貨2枚も十分4人分の食事代になりますから』


アプリコットが手にしている、案内に載っているポップコーンの挿絵を指さしながら、シュトが口にしたなら、それまで訝し気にあった視線は途端に緩む。


『ああ、あれは一応多めに持たせただけだから。値段はフレーバーで違うみたいだし―――』


シュトの口に出した意見に、アプリコットは至極納得出来た様子で、案内の(ページ)を見ながら、最低限施している爪化粧の人差し指で差した。


(よし!何とか誤魔化せた!)


冷や汗を抑えている胸の前で、思わず拳を握りガッツポーズをする自分を想像しているシュトの目の前に、あくまでも真面目な面持ちでアプリコットは指さした頁を差し出す。


『のわっ』


『?、何をそこまで驚いているのよ。ほら、それにこのポップコーン屋さん、もしかしたらアトの今後にに取っては縁があるかもしれないわ』

『アトの今後?』


誤魔化しのつもりであげた"ポップコーン"の話に、どうして弟が関わっているのかが分からずに、やや大袈裟にシュトは首を傾けていた。


シュトのこの反応にアプリコットは少し呆れた様な表情を浮かべたけれども、"仕方がない"と思いたるところがあったので、もう少し噛み砕いて説明をする事にする。


『ここを読んでご覧なさいな。ポップコーンのイラストの最後の下の方に、申し訳程度ってだけれど、経営者というか、主催が書いてるでしょう。

それで、この国の福祉関連の役所公認という文字もある。

どうやら、この多彩なレーバーが売りでもあるポップコーンの露店の経営の系列は国の福祉事業が携わっているみたいね』


ある意味では溌剌と語るアプリコット・ビネガーの視線は今までになく鋭さと集中が併せた物になっていた。


一方のシュトは、頭は回るが"勉強は大いに大嫌い"に分類に属するのを十分に理解しているので、口元を"へ"の字にする。


(”フクシジギョウ”ってのは、確かアトみたいな障碍を持っている人でも日常を生活しやすくなる為の仕組みみたいな感じの事だよな。

何て言うんだっけか、グランドール様から説明して貰った奴を、もっとちゃんと聞いておけばよかったな……。

でも、グランドール様も、特に法律云々より具体的に行われている事を話してくれていたような気が……)


褐色の大男で、この国の英雄でもある人が、語ってくれたこの国のフクシ―――福祉の内容を思い出してみる。


"シュトが思っているより、アトのような"障碍"を持った人でも職を持ち生活が保証されるシステムは出来ている"

"生活水準は健常者並みで、ワシの農場にも、仕事をサポートを受けながら、働らいてくれとる者も、まだ若干名ではおるがいるぞ"


ロブロウでグランドールが詳しく語ってくれた、この国の福祉政策を記憶から掘り起こし、アプリコットが見せてくれる案内の部分と繋ぎ併せ、大分イメージはし易くなった。


だが"何となく"、"それとなく"、そんな言葉で理解は出来たつもりなのだが、"正確に語れ"といわれたなら”無理!”と即答できる自信も根強くシュトの中で残っている。

その微妙なシュトの自信を感じ取ったアプリコットは半眼になって、こちらもわずかな時間だけれども考え、小さな唇を開く。


『じゃあ、シュト。とりあえず思っているというか、考えている"ポップコーンの露店"が"福祉"の中で活用しやすい面を言ってみて。

あ、福祉の意味は大丈夫よね?』


先程のアトの"そいそーすちーずあじ"と同じ様な反応を、流石兄弟と例えるべきなのかどうかわからないが"フクシジギョウ"という言葉を聞いたシュトもしていた。

日頃、ほんわかとした雰囲気を醸し出している弟と、まるで刃物の様に鋭い圧を発している、服装の好みからして偉く印象のかけ離れたシュトとアトだが、困惑を浮かべている面差しは驚くほど似ている。


(笑顔もそれなりに似ているかしらね)


親友で幼馴染でもあった存在から、後見人の立場を引き継いでいるアプリコットは、年の離れた弟みたいに思える2人にそんな感想も持っていた。


『あ、それは、ロブロウの時に、グランドール様から王都の福祉関係の話を聞いたのを思い出したので、ばっちり大丈夫です』


先程は嘘をついたので、ここは馬鹿正直にシュトが口に出す。

ただこれにはグランドール・マクガフィンの名前の効果もあったようで、"思い出した"という言葉は全面的にアプリコットは信頼をして、話の先を促した。


『そう、じゃあ、どんな風にして関わっているか、正解不正解、話の例えの引用に正確さに関連性も気にしないから、言ってみてくれる?』


『はい、仕事の内容としては具体的にいうなら、まず簡単ということ。

アトを知っている人なら通じるという例え方を使わせてもらいますけれど、あくまでもするのも"計算を行ったり"という細かい作業ではない。

そこは補助がの人が付くか、簡単な計算程度は出来る人や、若しくは値段自体が区切りの良い価格設定をしているってことですかね

商品として出来上がったポップコーンを、決められたサイズの"袋に詰める"作業も、拘りが強いなら逆に丁寧に詰め込んで行くだろうし』

シュトの方も、"話を聞いてくれるのはアプリコット・ビネガー"という事もあって、大雑把にではあるけれど、捉えているイメージで、ポップコーンの露店と福祉事業を搦めて、自分なりの見解を語っていた。


"全ての人に理解出来る様に話せ"という事になると、随分と難しいし、言葉選びも慎重になり、話が通じる様に順序立てるのも面倒くさいと思う。


けれど、今話を聞いてくれる相手はそういった意味では、自分の弟とは真逆で言葉によるコミュニケーションでは、全く微塵も緊張せずに行う事が出来る。


彼女なら例えシュトが言葉の使い方を誤ったとしても、先ずは黙って全ての話を聞いた上で、補正を行い、後に判り易く指導もしてくれる。

更に語っている本人では気が付けなかった有効な情報を、その話の中から拾いあげてくれたりもする。


今も、シュトの話を聞いて"うんうん"と小さく頷き、適度に反応を示してくれている事が息継ぎの絶妙なタイミングになっていた。

そしてシュトは自分の考えを頭の中で纏めて、一段落を着ける言葉を口にする。


『―――そうだな、後は移動式の露店なら、閉じこもりがちな作業を振られがちな障碍者と、健常者との社会の繋がりが出来ているも良いことだとも思います。

 

それに"制止する為の筋肉”の発育が弱いから、ジッとしているのが苦手なタイプの多動の人も、ペアになる人もよると思いますが、外向きじゃねえすかね。

ただ障碍者の方だと色んな事情で外出が困難だったり、外部的刺激に弱かったりするのが結構多いしなあ。

特に突発的な出来事に耐性が弱いから、パニックになる。

アトもそんな所があるんですよ、それに苦手な物が絡んだなら、今でも逃げ出してしまうかも。

販売接客のするのも丁寧で細かい訓練とかした上で、向き不向きでしているかもしれないっすね』


粗野な外見からは少々想像し難い、細やかな意見だった。

けれども、シュト・ザヘトにしたなら弟の抱えている事を知る為に、そちらの方面の情報を何かあるごとに、必要だと思えたから拾い上げていたにすぎない。


そんな拾いあげた情報に、普通に日常を過ごすた為に、弟の面倒くさいような拘りの中に、アト・ザヘトなりの理屈と規律が刻まれているのだと、家族として兄として知る。


知っていく度に、おかしなもので、

"もしかしたなら口に出したなら不謹慎"

という気持ちがあるのだけれど、そうやって弟の拘りを理解し受け入れ、日常を過ごしていく事は、結構"シュト・ザヘト"という人生を”楽しんでいる”とも思えてしまう時があった。


他の障碍者からではなくて、アト・ザヘトという弟だからこそ学び取れた事は、シュトの中で結構な自信と誇りに繋がっている。


ただ、この事は照れくさい事と自分自身でも”兄バカ"と自分で思う所もあって、まだ誰にも―――親友となった、再会を楽しみにしているアルスにも話していない。



『それで、一緒に移動式の露店で働く健常者のほうでも普通に販売の研修とかもあったとして、パニックの対処法とかも勉強しているんだろうと思います。

ああ、でも元々、人との関わりが好きだから、福祉の方に職業を選んだこともあると思うし、きっと世話好きでもある。

それでその逆で、外出が単純に嫌いの屋内(インドア)派で、外に出るのを好まないで、籠って仕事している、健常者と障害を抱えている人も当然いると思います』


そんな閉めの言葉のなかで、一段落の言葉は少しばかり親友を連想させる事につながる言葉を使っていた。

"人"と口にしながらも、屋内派の代表の様にシュトの頭に浮かんでいたのは、ウサギの姿をした親友の上司に姿だった。


ただ、その賢者が"ウサギの姿ではなかった"時、結構活動的に駆け回っていたのをシュトは目の当たりにはしているから、改めて親友やその同僚の話を聞いた時は思わず両方の眉をあげていた。

だけれども、どうやら賢者としてウサギの姿をしている時は、本当に滅多に姿を出さず、随分と引き籠っている状態なのだと、親友とその同僚にあたる巫女の女の子から聞いていた。


『うん、そこまで話せるという事は概ね話が判っているようで、何よりだわ。

じゃあ、これまでシュトが口にしたことで、そんな障碍者でも、世話や協力をしてくれ店が王都の城門を過ぎたら早速あるということは、どういう事だが判る?』


『それ程もう有名だし、定着しているって事になるんじゃないんすじゃ。他に意味があるんすか?』

『うーん、殆ど正解を自分で口にしているようなものなんだけれど、気が付かないかな。

いや、気が付かないといういうよりも、"当事者"としたなら無意識に避けている事にもなるのかな?』


珍しく眉間にシワを作り、上着を脱いだことで露出している、鍛えてはいるけれども、基本的に小柄な身体である為に細い首を軽く傾けた。


それから再び案内の冊子の頁の方に視線を向けて、眉間のシワを緩め唇を開く。


『シュトの言い方使うのなら、福祉が経済(ビジネス)の一部として、王都では定着しているという事。

でもシュトや、障碍者の家族と共に生活をしている人達にしたなら、経済というよりは、"社会と関わっていてほしい"という気持ちの方が強いから、そちらの方まで考えが回らないでしょう。

まあ、お金のあるなしでいうなら、稼いでくれたら嬉しいだろうけれど』


ほんの少しだけ言い辛そうにアプリコットが口にすると、シュトは特に傷ついたといった反応はではないけれど、苦笑いを浮かべながら口を開く。


『そうっすね、"アトに金を稼いで欲しい"って考えは最初(はな)っからないです。

そんで、稼いでくれたら確かに嬉しいですけれど……。

でもアトなら、ライスボールとお金並べたなら、真っ先にライスボールの方を選んでしまうだろうし。

ただ、一応、お金で物が買えるっていうのは、判っているみたいですけれど』


『アトらしいわね。思えばシュトは、王都に来ようと考えたのはグランドール殿から、経済の事は兎も角、そう言った福祉の話を聞いたからでしょう?』


アプリコットから確認を取られると、シュトは素直に頷いた。


『はい、そうです。王都では障碍を持った人でも、職を持ち生活が保証されるシステムは出来ていると。

グランドール様のマクガフィン農場にも、仕事を補助を受けながら、働らいている人もいるって話して頂きました』


極力聞いた話のそのままを口にすると、今度はアプリコットが頷きながら冊子の頁を次々と捲り、口を再び開いた。


『それじゃあ、グランドール殿が代表として営んでいるマクガフィン農場は、この国で一番大きな"職場"の一部で、ある意味では国の経済事情にも及んでいるのは考えた事はある?』


その言葉には、シュトにという少年にしては珍しく、純粋に驚いて目を丸くしていたが、小さく、"ああ"と声を出して否定する為に、首を左右に振った。


『いや、言われてみればそうだと思うんですけれど、考えた事はなっかです。そう、そうなんすよね』


ただ農家としてイメージ出来ても、金儲けに精を出している褐色の大男はイメージし辛い。

そんなシュトの表情を読んで、アプリコットの方も苦笑いを浮かべていた。


『でも、農場経営とはいっても、グランドール殿は指揮者で農場の方針とかを決めたり、農場で働く人々の結束力の役割が、今はもう主なんじゃないかしら。

多分経済というか、商売の事務方はそれ専門の、信頼できる人に任せていると思う。

そうでないとロブロウに研修にも来れないだろうし』


『それはそうっすね。あ、そうだ、思えばグランドール様、こんな事も言っていました。

その障碍を抱えている人が、シュウロウ?の支援で何かしら、難しいところがあるみたいな事も、仰っていました』


『就労は、仕事につくことね。うーん、多分難しいことって、その就労に関しての補助金関係じゃないかしら。

結構前だけれども、確か政策を主に扱う日報で、国から障碍を補助する役割を奨励すると、国に登録されている福祉系の商業に助成金を出したそう。

それを、ほんの一部、極僅かなんだけれども、使わずに横領していたり、私的に流用していた話を読んだ覚えがある。

金を出すから横領があるんだという多く意見にあったけれど、お金が労働の対価に一番融通が利くし、何より使い易い道具でもある。

確か結局政策の裏をかいて、"悪用"される恐れがあるという事で、一度取りやめていたはず。

大きな続報はなかったけれども、それで補助金に関しては"国が信頼している"企業にだけ、実験的に新たに施行中だとか。

それでこの国おいて最初に信頼が出来きて、実験的政策の施行をマクガフィン農場とファレノシプス財団という事になっているみたい。

それで、あの移動式のポップコーンの店はファレノシプス財団が行っている物みたいね』


明らかにポップコーンの店に"出資"しているという財団の名前を意味ありげに、アプリコットは言いながら、今は丁度代金を払っている様子が見える、シノとアトの方を見つめた。


『ファレノシプス……?、何かどっかで聞いた珍しくて長い"苗字"ですね』


その時上空で大きく羽ばたく音が耳に入り、シュトは一時考えるのを止め、空を見上げる。

てっきり、昨夜シノが飛ばした白いフクロウかと思っていたが、そうではなく、続けて羽ばたいて頭の上を過ぎて行ったのは数羽の鳩だった。


『あら、ポップコーンの匂いに釣られてやってきたのかしら』


アプリコットがのんびり言った後に、鳩は旋回頭上を旋回して飛んで行った。

シュトの方は長い、どこかで聞いた事がある苗字が気になっていたけれども、"鳩"という言葉に顔をあげる。


先程の数羽が飛んだ後に更に続いて、更に飛んだけれども数はそんなに多くはなかった。

ただ結構な低空飛行だった為羽音は大きく、銃という盛大な発砲音がする武器を扱うシュトが結構驚いてしまった。


『―――鳩か、よかった、そんなに数は多くはないんだな』

『あら、昨日のフクロウの(ショウ)は平気だったのに、鳩は苦手なの?』


シュトの発言にアプリコットが至極意外そうに言うと同時に、ポップコーンの屋台の方に向いていたアトの身体が振り返っていた。


無事にポップコーンを買えた上に、どうやら"オマケ"まで貰ったらしく、キャラメル味の入っているだろう紙袋とは別に小さなリボンが付いた袋を、掲げる様にしてあげている。

それに手を振りながら、シュトは再び頭上で羽ばたく数羽の鳩に視線を向けながら、アプリコットにははなしていなかった、"弟の苦手な物"を報告しておく。


『いや、鳩が苦手なのはアトなんですよ。元々、動物系は絵本を通して見るのは好きだけれど、触れたりするのは結構怖がるんですよ』


『そうなの?、ロブロウでは、私が保護した子犬を随分と可愛がっていたし、上手に世話をしていたと思うのだけれども』


あの時、ある魔法を使う事で"ある人物越し"に、子犬を可愛がり、ロブロウに訪れていたリリィと共に、母犬が育児放棄をした子犬の世話を、それは甲斐甲斐しくやいてくれたのを見た。


『ああ、子犬とか赤ちゃん系の動物は、何とか。

サイズ的にアトも背が伸びて身体も大きくなっているから、怖くはないみたいなんです。

子犬の方もアトに懐いていたし、それとリリィ嬢ちゃんが、"扱い"がやっぱりうまかったんだと思います』


年上で身体も大きいのに、心は自分より幼いお兄さんを相手にしたなら、一般的な11歳の女の子なら悪気はないだろうけれども怖気づいて、距離をとってしまうものだとシュトでも思う。

だが、リリィにはそう言った所が全くなかった。



(思えば、"あの"賢者殿が保護者だっていうから、リリィ嬢ちゃんの教育もしているんだろうけれど、一体どんな風に育てたんだろうな)

もし、ウサギの姿をした賢者が教育に携わる事で、自分の弟の様な障碍を携えている相手でも、リリィの様に接してくれる人が増えるのなら、引き籠る様に森に暮らすのではなくーーー。


("表"に出てくればいいのに。そんで、”ウサギ”の姿なんかやめてしまって、ついでに"人"の姿になってしまえばいい)


露店に行く際には、シノと手を繋いでいたけれども、今は両手にオマケも合わせて結構な量のポップコーンを抱えているので、並んで笑顔で歩いて帰ってくる弟を見ながらそう考えた。

そしてシュトの横で、弟の事で何かしら心配をしているシュトを見越しておきながらも、アプリコットはそのまま、話題を続けた。



『―――成程、そう言う事なのね。

じゃあ、鳩はアトの身体が小さい頃に、何かしらのトラウマを与えるような出来事があったということなのかしら?』


気持ちをこの王都の郊外に住んでいる、ウサギの姿をしている賢者に向けていけれどもシュトはアプリコットの声で、引きもどされて、返事をする。


『はい、 その通りです。アプリコット様の言う通り、こんな大通りじゃないですけれど、丁度旅先で同じ様な広場みたいな場所で、鳩が最初は沢山じゃないけれど結構いた時があって。

それで、アトがジーット観察していたら、通りすがりの身体の大きい旅人のお爺さんが、撒き餌みたいな物をあげたなら、鳩が集まりだして。

アトもそれを、見る分には楽しんでいたんで、そのお爺さんがそんな弟を見て上機嫌になって更に与えていたんです。

で、アトはやっぱり見る分にはやっぱり楽しそうに見ていたんで、そのお爺さんは”この子も、餌をやってみたいのかな?”と、勘違いしたらしくて―――』




その時、シュトは、弟がどこかに遠くに行かない限り置いてある荷物の"見張り番"をしながら、少し離れた距離で見守っていた。


旅人らしい爺さんは、全身を覆う様なフード身に着けていたが、その裾から無造作にはみ出す武器を―――剣を装備してもいたのも覚えている。

ただ形は少々剣としては、この国では見慣れない形の長物を腰に差していた。


『その爺さん、撒き餌をまだ沢山持っていたらしくて、それをアトの手を取って載せてやったら―――』

『容赦ない、鳩の襲撃を受けて、アトはショックで大泣きをしてしまったというわけね……』




アプリコットの言う通り、幼いアトはその全身に纏う形のフード姿の爺さんから、両手の掌を皿の様にしたなら"こんもり"と餌を盛られた次の間には、その姿は鳩に"埋もれて"しまった。



弟に鳩の餌をあげた張本人の爺さんは、フードを被りながらも"老人"と遠目から見ても一目で判る割に、図体が大きく、背もぴしゃりと伸びていたので、弟が埋もれても姿はそこにあった。


なので、鳩に埋もれた弟からの


"いやー!こわいです!イヤです!"

"おお?!すまん、怖かったか!"


群がる鳩の中で恐怖に"ひきつけ"を起こしたみたいに硬直し、泣き声をあげたなら直ぐに抱え上げて救出をしてくれていた。


シュトも、流石に鳩に埋もれてから届く弟の声には驚き、荷物の見張り番だった役割を一時忘れて、駆け寄っていた。


アトは鳩に襲撃されてから直ぐに、撒き餌を取りこぼしてしまっていたのだけれども、どうやら零した物が衣服に付着していて、大きな爺さんが抱え上げても、ついて来ている。


"とりさん、こわいです!"

"おう、ちょっと待っていろな"

"アト、大丈夫―――うわあ!?"


駆け寄るシュトにも、旅人の爺さんと弟とのそんな会話が聞こえたと思った次の瞬間には、もう少し小柄な身体だったら、浮き上がってしま いそうなくらい大きな風圧を感じ、足を止めて 眼をつむる。


それと同時に多くの鳩達の鳴き声と、弟の方に向かうシュトの身体に、眼を瞑っているから正体は判らないけれど、小さな飛礫(つぶて)が数多くぶつかって、通り過ぎて行った。

風圧がほんの少し弱まった時、普通ならまだ眼を開くことが出来ない程だけれどもシュトは、弟の事が心配で懸命に開く。

すると、そこには子供のシュトでは理解しかねる、判らない物が見えた。


(―――通り過ぎていく、風に"色"がついている?)


自分の周りを過ぎていく風に、まるで銀色を溶かし流したかのように、薄く透ける白銀の風に乗った波の様な物が狭まった視界に入り、そして過ぎてさった。

過ぎ去った後は、風圧が弱まった事もあって、何とか眼を開ける事が出来たなら、弟を抱え上げる身体の大きな老人がいた。

積もり積もって山の様にいたように見えた鳩は、一羽もいない。

するとシュトの後方、そして頭上の方から多くの羽ばたきの音と、舞い散る様に降って来る小さな羽根があった。


(あの爺さんの旅人が、鳩を何らかの方法で吹き飛ばした?!)

おもわず振り返って見上げたなら、今度は弟の声が改めて届いた。


"シュト兄!"

"アト!"


抱っこされている逞しい腕の中から、自分に向かって"泣きべそ"をかきながら小さな手を伸ばしているので、再びシュトは走り始める。


"お、何だえーと「アト」にも"お兄さん"がいるのか?"


どうやらこれまでのやり取りで、自分の抱え上げている子どもの名前が"アト"という事と、"兄"がいる兄弟なのだと、老人の旅人は気が付いたらしかった。


アトの方も初めて会った存在が自分の名前を呼んだ事に、眼をパチパチとしていた。


"……お爺さん、アトを知っていますか?"

"アト、あの、お爺さん、弟がどうもすみません!"


抱え上げられる腕の中でアトが小首を傾げた時に、シュトがその場に辿り着いていた。


"ああ、アトの名前は知っている。それで、お兄さんはシュト……だな"


目深にフードを被っているので、顔は見えないが白い髭を蓄えた口の端が、側に駆け寄って来たシュトを確認してから、グッと上がるのが見えた。


"シュト兄もしっていますか?!"

"ああ、そうだ、それに、シュト兄がお迎えに来たぞ"


そう言ってから、アトを抱え上げていた腕から、シュトの横から降ろす。

アトは兄が視界に入ったなら直ぐにいつも言われた通り、誰に言われたわけでもないけれど、手を繋ぐ。


それを見届けてから、


"すまんな、アトが俺の息子の1人に小さい頃によく似ていたから、つい余計な事までして構ってしまった"

"……「息子の1人」って事は、もう1人、息子さんがいらっしゃるということですか?"


シュトがそう言うと、意外そうに口を丸く開けた後に、また笑いの形を作った。


"ほう、お兄さんの方は頭がいいな、それとも"頭が回る"というのか。

そうだよ、俺には2人の息子がいる。

まあ、もう2人も立派に大人だから、抱っこするのも無理な話だけれどもな"

"そうなんですか”


―――アトに似ているという言葉に、子どもなりに琴線に触れる物があったけれども、出逢ったばかりの人に聞けることでもないと、シュトは子どもなりに弁えていたから、その疑問を飲み込んだ。

それから、自分が褒められた様に感じた部分に、取りあえず釈明をいれる。


"あ、頭が回るていうのはともかく、オレ、勉強は嫌いですから"


勉強が嫌いという言葉を告げたなら、旅人のお爺さんは長いフードの中で身体を揺らして、愉快そうに笑う。


"勉強が嫌いで、頭は回る、その表現が益々いいな。俺の幼馴染で親友にそっくりだ。

こうなると、お前達兄弟の名前を聞きたいところだが……"


目深に被ったフードから唯一見えるシワと白い髭の多い口元からそう告げたなら、更にそこから逞しい両腕を伸ばして、両手で兄弟の頭をゆっくりと同時に撫でた。


"これは聞かない方が「花」だったか、確かそんな東の国の諺を聞いた覚えがあるが、きっとこんな時にあてはまるのだろうな"


そう言ったなら、子ども達の頭を撫出ていた手を、長いフードの中に引っ込める。


"可愛い弟をわざとじゃあないが泣かせてしまった俺の事なんかは、「忘れてしまう方がいい」だろう。

いや、忘れてしまってくれ、そうでないと君達の保護者から後ろから”撃ち抜かれて"しまいそうだ"



最後の方は愉快そうに笑い、幼い兄弟にそう告げたなら、背を向けて長いフードを振り返る事で膨らませて、背を向けてスタスタと旅人の老人は行ってしまった。


―――忘れてしまってくれ。


まるであの時頼まれた言葉に従う様に、アトが鳩が苦手な経緯をアプリコットに話す事になるまで、"老人の旅人"の事を本当にシュトは忘れていた。


(……って、待てよ?。あの爺さんは、"撃つ"って言い方をしたって事は、保護者の―――師匠の"武器"の使い方知っていた?)


『―――確かに、気の優しいアトなら、そんな山盛りの鳩に泣き出しても仕方がないかもしれないわね』


本当に今更ながらシュトが思い出し、アプリコットは微笑ましいといった感じで喋っていると、すこし距離は開いているが時計台の大きな鐘の音が鳴り響く。

これにはシュトも考えを一時中断して、そちらに注目する。


『―――1時間事に鳴る仕組みなのね』

時計の方は見ずに、アトの方を見ながら鐘の響く音色の数をアプリコットは数える。


アトは予想通りという言うべきか、最初は珍しそうに鐘を奏でる時計台の方を注目していたけれども、ポップコーンの袋を抱えたまま直ぐに両手で耳を塞いでいた。

やがて、鐘が鳴り終わりったけれども、アトはまだ耳を塞いでいて、シノが肩を軽く叩いて鳴り終わりを報せている。


『じゃあ、本当の到着予定時間まで、丁度1時間だから、ポップコーンを摘まみながらどこかの休憩所で少し福祉の事をシュトに講義(レクチャー)でもしようかしら―――ん?』


鳴り響く鐘の方に視線を向けず、アトの方を注目していたアプリコットの視界に、後方から新たな人物が加わる。

それは先程ポップコーンの露店の店員らしく、シンプルだけれども洒落た感じに青に白抜きのドット柄の模様が入った前掛けに、揃いの模様の三角巾を頭に着けている。


少しふっくらとした体系の男性というよりも、男の子の印象が強いが、恐らく年齢はアトよりも年上に見える。

大きなブリキの缶を両手で丁寧に抱えて、店の前まで出てきていた。

時計台の鐘の残響が少しばかり残っていて、聞き取りずらいけれども、ポップコーンの店の内側にいる店員が、丁寧ではっきりとした短い文言で、缶を抱えている店員に何やら指示を出している。


(……あら、もしかしたら。あの子も、"アト"と同じ様な感じなのかしらね)


アプリコットの予想は当たっているかどうかは判らないが、缶を抱えている男の子の声までは聞こえないが、指示を出していた人物が言っていた事を鸚鵡返しに繰り返しているのは、唇の動き読める。


(鍛錬と研究の延長で、こんな時に使う事が出来る様になるなんて、ロブロウにいる頃は思いもしなかったわね。

それで、ええと、―――”失敗したポップコーンを広げて、鳩さんの餌にしましょうか”。へえ、”鳩の餌”ね……え?)


『あ、アプリコット様!何かわからないんですけれど、鳩の集団が時計台の方からこっちに―――』


シュトの慌てた様な声が聞こえた時、露店のポップコーンの店員が、抱える様にしていたブリキの缶を、大通りの石畳に膝を着き、口から丁寧に流し出した。


それは海の浜辺に押し寄せる波の様に、先程の時計台の鐘の音で動きを止めてしまっている

アトの足元まで届く。


『……トウモロコシ?でも、ポップコーン少しあります、流れてきました』

『あら、これって”鳩の餌”ってことかしら』


漸く耳にあてていた手を離したアトと、その横に並んでいるシノが自分達の足元に及んでいる粒の流れをみて、そう口にしているのが、アプリコットには読めた。


(読めるけれど、”この後”を起きる事を今から伝えても多分間に合わないし―――)


そんな事を考えながら、上着にしまってある、ロブロウを立ち去る前にウサギの賢者から

"何かあった時に使ってね~"

と貰った、魔法の紙飛行機の元となる用紙と鉛筆を取り出した時、鳩の群れが物凄いスピードで通りすぎていく。


『アプリコット様、そのアトが!』


鳩の群れが"アト"を狙っているわけでないのだけれども、その足元に巻かれている"餌"に向かって一直線という風に飛んでいく。


『うん、シュトは荷物を置いて良いから、可能な限り追いかけて、時計台の時間を見て、5分追いかけて見失ったままなら、この場所に戻って来て。

シノちゃん―――シノさんには、アトが落としたポップコーンを拾ってこちらに来るように言って。

私は、こちらに土地勘があるだろう、ウサギの賢者殿に連絡しておくから』

『解りました!』


ただシュトがそう言って、走り出したと同時に


『いやー!ハト、こわいです!』


と、既にキャラメル味のポップコーンが入ったを落としたアトが、鳩から逃げる為に走り出していた。


『おい!アト!待てって!』

『嫌です!こわいです!』


鳩は足元に撒かれた餌に向かっているだけだが、パニック状態になっているアトにはそれが理解できるわけでもないのは、それなりに少年と付き合いのある物でも判っていた。


『だあああ!やっぱり無理か!、シノさん、ポップコーンを持ってアプリコット様の所に戻ってください!』


シュトもそれなりに脚には自信はあるつもりなのだが、"怖い物"を目の前にした弟の俊足には負けるのは、ほぼ産まれた時からの付き合いで判っている。

しかも土地勘がないのでアトが、王都の東側―――主に飲食や日常の商店が立ち並ぶ区域で、更に住居の立ち連ねる場所に入ったなら、道も小道で直ぐに見失ってしまった。


『……こりゃ、アトが自分で自己申告して、保護してもらうのが早いかな。

俺も土地勘がないから、下手したら同じ様に迷子になっちまうし。

王都なら、物騒な事はねえと思うけれど……万が一の時は銃も持っているから大丈夫だろ』


結局迷子になったアトに関して心配は勿論するけれども、ある意味では"馴れて"もいるので、この王都という場所は安全だと経験上判断できる。


なので、別段落ち込むというわけではなく、アプリコットに指示された時間も丁度過ぎたので、シュトは引き返す。

だが、"戻ってきて"言われた現場にアプリコットの姿はなかった。


『げ、まさかアプリコット様まで迷子かよ?!』

『おーい、シュト、ゴメン、こっち!こっち!』


シュトが護衛対象の不在に肝を冷やしたところに、アプリコットの声が、先程のポップコーンの露店の露店の方で聞こえた。


『―――いきなり移動しないでくださいよ、ただでさえアトが逃げ出して驚いているんだから』

ただアプリコットに言葉を向けたのだが、それにダメージを受けていたのはシノである。


『ごめんなさい、私がポップコーンをアト君に進めたばかりに……。

アト君の事は、資料とかでちゃんと症状とか傾向とか、勉強していたのに。嫌な思いをさせてしまった―――』


そしてそれを慰めるのは、どういうわけだかポップコーンの露店の責任者の立場らしい店員だった。


『仕方ないですよ、幾ら勉強をしていても"実戦"となると、何でも具合が違いますから』


それを、アトの捜索を諦めて戻って来たシュトが眺めて眼を丸くする。

どうやらシノがアプリコットの元に行くのではなくて、落ち込んで動けなくなってしまったシノの元にアプリコットが側に寄っているらしかった。


そのアプリコットと言えば、先程餌を撒いていた店員の男の子から、数種類のポップコーンフレーバーを"お試しに"と勧められて、試食している。


『あら、ソイソースバターも悪くないわね。それに、イチゴミルクも思った程甘くなくて食べやすいわ。あ、シュト、おかえり』

『グリーンティー味、おいしいです、おすすめです。"こんにちは、お客さん"』


アプリコットと、どことなく雰囲気が弟に似ているポップコーンの店員の少年に取りあえず小さく会釈をする。


『ああ、どうも……って、アプリコット様、なんていうか、馴染みすぎでしょう。それにシノさんが落ち込んでいるのに』

『こういう時は、"専門"の酸いも甘いも経験している先輩に話を聞いた方がいいでしょうよ』


どちらかと言えば小さな口に、試食のポップコーンを摘まんで、運びながらアプリコットがどこぞの賢者を思い出させる不貞不貞しさで、そう言ってのけた後にシュトに紙切れを差し出した。


┌─────────────┐

│ ウサギノケンジャドノ  │

│             │

│ アト オウト デ マイゴ│

│             │

│ タイオウ ヨロシク   │

│             │

│ アプリコット・ビネガー │          

└─────────────┘


『なんで、こんな短文で片言の書き方なんすか』

『いや、あの賢者にはこれで十分通じるから』


右手の拳の親指を上に向けて、左手は更にポップコーンをつまみながら答える。


『それでシュト、ゴメン、私ポップコーンで手が汚れているから、これを紙飛行機にして飛ばし貰える?。

器用な私でも、流石に片手では上手には折れないから』

『それは良いですけれど紙飛行機って……ああ、これ、"魔法"なんすね。"紫"の方が見慣れているから、一瞬判らなかった』


アプリコットになら通じる皮肉を言いながら、シュトは指示された通り、一般的な先のとがった紙飛行機ではなく、横に平たい"のしいか"型と呼ばれるもの折り上げた。


『あら、男の子ってやっぱりそういうの詳しいの?。

―――ポップコーンありがとう、御馳走様でした。

それでソイソースバター味、ハーフサイズでくださいな』


一般的な先端の尖った物を想像していたアプリコットは、シュトの折り上げた紙飛行機にそんな感想を告げて、更にポップコーンを追加注文をしていた。


『金のかからない遊び事と、スリングショットの練習に標的代わりに、色んな飛び方する奴を使っていたんですよ。

それでこれが、一番不規則な飛び方をするけれど、まあ面白い飛び方でアトが見て喜んでいた奴なんで。

このまま飛ばしても良いんですよね?』


折り上げた神飛行を飛ばす仕種をして尋ねたなら、アプリコットは直ぐに頷いた。


『ええ、飛ばしてオッケー』


アプリコットの許可を得て、シュトが紙飛行機を飛ばしたなら、不規則の代表的ともいえるような、"宙返り"をし空高くに舞い上がって飛んで行ってしまった。


シュトが飛ばした平たい形をした紙飛行機の宙返りを、アプリコットに注文を受けたポップコーンを袋に詰て持ってきた店員の男の子は、口を丸く開けて見上げていた。

それから自分が"仕事中"だと気が付いて、慌てて袋をアプリコットの所に持ってくる。


『"おまたせしました、品物になります"』

『いえいえ、ポップコーン、ありがとう』


店員の言葉は何度も練習を重ねたのを感じさせるもので、ゆっくりとしているが聞き取りやすかった。


『"毎度ありがとうございました、またよろしかったらよろしくお願いします"』


最後まで生真面目に言葉を続けて、眼に見えてホッとした表情を浮かべてから、未だに数羽残っている、コーンを(ついば)む鳩を見つめていた。


『―――鳩が好きなんですか?』


シュトが弟に雰囲気の似た、ポップコーンの店員の男の子に話しかけたなら、にっこりと頷いた。


『"はい、私は鳩が好きです。だから、鳩の餌やりは私の仕事です。

そして、鳩のフンのお掃除は、"カリタスの(やぐら)"の仲間がしてくれます"』


最初の方は、自分の弟が"療育"の身辺自立として反復練習として良く学ばせている自己紹介の型通りの物として、直ぐに意味がシュトにも判った。

ただ、後半部分については良く意味が判らない。


『"かりたすのやぐら"?』


気が付いたのならまるで、弟が意味が判らない時に日頃行っている時と同じように、鸚鵡返しを行っていた。

するとそれまで落ち込むシノを励ましていた、ポップコーンの露店の責任者の人物が顔をシュトの方に向けて顔をあげる。


『うちの"作業所"の名前です。

いきなり失礼ですけれど、先程の鳩の事でパニックになった、自分の事を"アト"と言っていた男の子は、何らかの障碍を抱えていらっしゃいますね?』

『そうです、あ、ついでに言っておくと、アトは俺の弟です』


すると、今目の前にいる背の高いシュトの胸元が大きく開いた粗野な恰好と、先程出逢った、おっとりとしたどことなく上品な恰好をしたアトが結びつかず、そちらの方に逆に驚いてしまっている様だった。

一方のシュトもその反応は慣れたものだったので、苦笑いを浮かべていたなら、アプリコットが先程の案内の冊子の頁を開きシュトの前に差し出した。


それは最後の頁で、王都に出店している店の所属や系列が細かに記されてて、ある一部分が、先程ウサギの賢者に出された手紙を(したた)める際に使われただろう鉛筆で、囲まれていた。


『読んでみなさい、聞くより見た方が早い』


アプリコットの指示に、皮肉屋の少年は一応”雇われている立場"と、逆らってこれ以上鼻に被害を受けたくないので素直に従う。


『"百聞は一見に如かず”って奴ですね、了解。

"ハルサーのポップコーン、えーと出店元、障碍者就労支援団体、カリタスの櫓、支援後見ファレノシプス財団"か……。

読み上げたなら、舌噛みそう説明文だな』


シュトが先ずそう感想を口にしたなら、ポップコーンの店員もそれには同意の様で、苦笑の表情を浮かべていた。


『ちなみに、ハルサ―は南国の方言で、こっちの言葉で言うのなら"畑の人"って表現ね。

それで、ポップコーンの元となるコーンは意外にも、マクガフィン農場でなくてサブノックから仕入れているとも書いてるでしょう』


『あ、本当だ。へえ、それにしても南国にサブノックか。でも、どうしてなんだろう。

マクガフィン農場だと、ポップコーン用のコーンを作っていないってわけじゃないんですよね?』


シュトは、経済に関してそこまで詳しいつもりはない。


ただ、これまで仕事の関係でセリサンセウムという大きな国の中を転々としてきた中で、農作物に関しては大体現地のものか、または多少割高か時期によってはより安くの値段でマクガフィン農場の物だった。

現地の農家が作った農作物は決して不味いという物ではなかったが、一手間かかる果物類に関しては、やはりマクガフィン農場の物が形も整っていて味も上手い、とシュトは思っている。


(まあ、金に余裕がある時に師匠(せんせい)が、マクガフィン農場の食べ物を―――というか、自分の国の産物を贔屓にしていた事もあったけれども)


シュトがそんな事を考えながらアプリコットの答えを待っていたのなら、意外にも応えたのはポップコーンの店員の方だった。


『最近、ファレノシプス財団はサブノックと―――いえ国というよりは、そこの国の経済を担っている富豪と懇意にしているんですよ。

まあ、富豪と言っても元は没落寸前まで行った貴族らしいんですけれどもね。

それを、商才もあったとのでしょうけれども、若くして当主になった青年が十数年という年月をかけて殆ど1人で立て直したんですよ。

その功績もあったんでしょうが武芸にも秀でておいでで、今では、サブノックの唯一の英雄にもなっている方でしてね』


少々熱の入った語り口に、シュトは眼を丸くしてしまっていたが、その事に店員の方も気が付き、照れくさそうに頭を下げてつつも、更に続ける。


『すみません、実は私は母親がサブノックの方の出身で。

今は父方のセリサンセウムの方で働かせて貰っていて、この国は好きですが、母親の出身という事もあって、どうしても好意的な意見を持っているんです。

それにサブノックではどちらかと言えばあまり進んでいない福祉の方にも、その方が中心になって、最近力を入れているんですよ。

ただ、福祉が経済(ビジネス)という所に繋がるとなると、少しばかり印象に疑問を持つ方もいましてね。

とりあえず有益であると、証明するためのその"露払い"ともいえる、第一歩として始めたのが、ファレノシプス財団との福祉作業所"カリタスの櫓"でもあるんです』


店員がまるで演説する様に、朗々と語り、そして先程名前の出たこの国での"福祉作業所"についても説明を確りしてくれた事にも、シュトは更に驚いてもいた。


『へえー、成程。しかし、他の国の事なんだけれども、俺的には良いな、そのサブノックの英雄さん。

正直に言って、弟の事がなければ、俺から見たなら福祉なんて興味ない事だったけれど、経済に結び付けて興味持たせるなら、見たい奴もいるだろうし。

それに親切を"偽善"や"自己満足だ"って、馬鹿にする奴なんかにも"金になる"ってなったら、取りあえず黙るだろうし。

まっ、本当はそんな面倒くさい事言う奴が淘汰されてしまうのが、俺としては一番だと思いますけれどね。

―――ところで、その作業所のかりたす?ってのは、何か意味があるんですか?。

櫓は知っているんですけれど』


皮肉屋のシュトにしたなら、結構な賛辞の内容を言葉にし異国の商人の随分と好印象を持ちつつ、残っている最後の疑問を口にする。


『確か、カリタスは異国の言葉で、愛、神愛、愛徳という意味する言葉ではなかったかしら』


ただ今度はその言葉の意味について答えたのは、自分の同行者でもあるアプリコットで、今度はそちらに一斉に視線が向く。


『まあそれで次には、愛や神愛の意味は教会や何やかんやで、一度は耳に入れるだろうから割愛をするけれども、普段はあまり耳に入れない愛徳が何だろうって話になるわよね。

愛徳は、本で読んだのを抜粋して言わせてもらうと、人に注がれる女神の愛、およびそれにこたえて人が女神と側にいる人に示す愛を意味する……みたいなのが記載されていたわ』


『お詳しいですね。もしかして魔術を嗜まれいるか、何か学問を修めていらっしゃいますか?。

かって乍ら、活発そうですが、優しく可愛らしく見えたので、王都には洋服のお仕立てと買い物にいらしたのかと思いました』


ポップコーンの店員が驚きながらも、敬意を込めた視線を注いでくるので、純粋に褒められる事が人生において少なかった、そして苦手な事でもあるアプリコットが俄かに慌てる。


『いや、田舎で御祖父様の蔵書が一杯あったから、調べたってだけの事だから。

諸事情で遊学で王都にきた、田舎の"おのぼり"貴族なだけだから。

あ、そうだ、シュトは結局カリタスの櫓の意味は分かったかしら?』


ある意味助けを求める様にシュトの方を見たなら、頭の回る少年はその視線の意味を早速拾い上げて、"承知"とばかりに引き継いだ。


『そうすっすね、それで"櫓"と組み合わせたなら、女神様の愛で見渡すみたいな話になるのかな。

あ、名前と言えば、この店に南国の言葉を使っているという事は、そっちの方も何かセリサンセウムの福祉の方に感化されているってことですか?。

サブノックの事はさっきの話で凄く判ったんですけれど畑の人で、"ハルサ―"でわざわざ店の名前に使っているぐらいですし』


いきなりシュトに"交代"に驚きながらも、ポップコーンの店員はその質問に答える。


『いえ、南国がセリサンセウムの福祉に感化という話は聞いた覚えが余りありませんね。

とはいっても、セリサンセウムと南国は平定が行われた30年近く前から、どちらかと言えば友好状態にあると思いますけれど』


これには"大人"として世情の把握と、先程の博識具合を見せたアプリコットに店員が同意を求める視線を向けたのなら、直ぐに無言で頷き返してくれたのを確認し続ける。


『このポップコーンの露店の名前を決めるにしても、"畑で働く人"を"ハルサ―"という明るい響きが気に入ったから決めた聞いています。


ああ、それでこの店と南国の繋がりと言えばありますよ、最近新しく加えたフレーバーに"黒糖"があるんです。

黒糖は正式には"黒砂糖くろざとう"と言って、砂糖黍(サトウキビ)の搾り汁だけをなるべく手を加えずに加工して作るもので、一般的な砂糖より栄養が多いとされています。

ただ独特の風味で、多少好みが分かれると思いますけれど、今試作品を2つ以上購入してくれた方に配っている―――って、弟さん!アト君は大丈夫なんですか?!』


キャラメル味とソイソースチーズ味を買ってくれた、恐らく何等かの障碍を抱えているお客さんの男の子に、試作品の黒糖味のポップコーンを与えていた事で思い出した店員が保護者になるシュトを見つめる。

ただシュトの方はそれなりに心配はしているけれども、そこまで不安にはなってはいない様子で、腕を組んで、新たに違う味のポップコーンを買って抱えている"雇い主"の方を見た。


『アプリコット様、本当にどうします?。その、とりあえずここでアトの事を待っているんですよね?』

『ええ、土地勘がないのに動き回って、こちらまで迷子になっても馬鹿らしいね。

捜すにしても拠点を決めて、そこから土地勘のある人と共に行動しないと。

それと、そこまでしないで話は大丈夫だとは思うのだけれど、軍の窓口に行って警邏の兵士さん達にアトを保護して貰ええればいいんだけれど。

王都に入る前に、アトに迷子札作って置けばよかったかしら?』


アプリコットの口に出した"迷子札"の意味はポップコーンの店員達にも直ぐに判ったらしく、男の子の方は普段は見えない様にしまっている、首から紐を通して下げているその札を取り出して見せてくれる。

これには、本来ならその顔の特徴―――優しそうな婦人の笑みに感謝を滲ませ浮かべて受け取った。


『ありがとう。へえ、確りと迷子札に名前と簡単な似顔絵に、連絡先まで書いて、水に濡れても大丈夫の様に透明樹脂で加工しているのね』


デザインも格式ばった物ではなくて、優しい雰囲気を与えるデザインをしていて、それもこの男の子が働いているだろう、福祉作業所が確りしているのだと思えた。

背が高いシュトは丁度上から覗き込む形で、その迷子札を見て感心息を漏らす。


『本当に確り作っているし、洒落ているなあ。

でも、アトの場合は"カリタスの櫓"みたいに住所も決まっていないのに、作るのは先走り過ぎじゃねえすか?。だって俺達の宿とか決まっていませんよね?』


『――――』


シュトの質問には答えず、"迷子札"を見せてくれた男の子に再び礼を告げてから、自分で新たに買ったポップコーンを押し付ける。


そして先に買った2袋を抱えて、未だに落ち込んでいるシノの元に行き、肩に手を添えたなら、俯いていた顔をあげたので、今度は明るい顔で笑って見せていた。


『アルセン様やグランドール殿とかなら、"連絡先"として協力をお願いしたなら、引き受けてくれると思うんだけれども。

それにキングス殿のご自宅は兎も角、今度からシノさんが助手として常勤してくれているなら、迷子の時に頼ってもいいかしら。

多分、シュトとアトは王都に定住する事になりそうだから、これからよろしくね』


『アプリコット様』


直接的な言葉ではないのだけれど、シノを励ましてこれからの付き合いも含めて"よろしく"と言っているのがその雰囲気で伝わったその時、背後に気配を感じた武芸に嗜みがある一同が振り返る。


『―――よう、何か困りごとか?』



『―――!』

『―――!』

『―――!』

『ああ、"ダン"さん、今日は城下街にいらっしゃったんですね』


王都にやって来たばかりの、アプリコット、シュト、シノの反応は姿を現した人物の"名前も知らない"という事が前提なので、これで"正解"なのだが、揃って眼を丸くしていた。



ポップコーンの店員の責任者の方は、その人物の"青の姿"の時の名前が判ったので直ぐに名前を口に出していた。


『おう、しかも大体の話は全て隠れてばっちり聞かせて貰った!』


そう言いながら、"ダン・リオン"が良く通る大きな声と共に姿を現したのは、ポップコーンの店が背面を添うようにしている大通りの建物の曲がり角からだった。

左目に大きな傷跡があるという事で、日頃身に詰めている眼帯を緩んでいたのか着けなおしながらの"登場"となる。


『こんにちは、バロータパン屋さんの見習いパン職人のダン・リオンさん』


アプリコットの側にいる男の子の方が、ゆっくりと名前とまるで"初めて出会った事になっている"客人達に紹介する様にフルネームと、その仕事を口にしてくれた。

その挨拶にダン・リオンもニッと笑ってその横に立って男の子の店員の方の頭を優しくなぜていた。


『相変わらず元気にポップコーンを売っている様で何よりだ』

『そちらも相変わらず神出鬼没ですね、ダンさん』


王都の東側の商店街の方に行った事がある者ならば、身体の大きな見習いパン職人を毎日というわけではないが、必ず一度は見かけた事がある存在だった。


また絶妙に距離感を取るのか巧いのか下手なのか判らないが、左眼に眼帯を着けている大男に興味を持った時、そちらの方からまるで心を読んだかのように接近してくる。


なので商店街の誰もが、大抵一度は話しかけられた事もあったし、何かと困っている時にも、手助けに現れくれるので頼りにされる存在となっていた。

そして、正に今、一応困っている状況でのオッサン兄さんとしての出現となる。


『どうやら、話を聞いている限り、誰かが迷子になった様だな。何かしら、手伝える事はあるか?』


今回は距離感なしといった感じで、話に力技ではいって来ていた。

ただ、ポップコーンの販売の責任者の方は、今回の迷子に関しては"適任"だと考え、ダン・リオンの参入を歓迎する。


―――ええ、土地勘がないのに動き回って、こちらまで迷子になっても馬鹿らしいね。

―――捜すにしても拠点を決めて、そこから土地勘のある人と共に行動しないと.。


店の品物を贔屓にしてくれた自分を"お上りさん"と称する、見た目は小柄な(黙っていれば)気の弱そうな、"アプリコット"と呼ばれている御婦人が口にしている"土地勘のある人"にダン・リオン"はぴったりな人選だった。

過去には恐らくは冗談の域なのだろうが、"城下街は俺にとっては庭の様な物だ"とまるでこの王都に城と宮殿を構える王様の様なことを口にしていた事もあるという。


少々不謹慎な例えではあるけれど、王都の隅々まで知っているし、図体も態度の大きいのと、不思議と人を惹きつけるカリスマを携えている、間違いなしに頼れる人物ではあった。


『ダンさん、実は、こちらのお客さんのお連れさんが、さっき言った通り迷子になりまして、それで……』


そこで、店員の方が言葉に詰まって、兄だというシュトと、どういう関係か判らないけれども責任者と思われるアプリコットを見比べた。

恐らく"アトの詳細"を説明しようとしたのだろうけれども、勝手にしていいのかどうか迷っているのが窺える。


ポップコーンの店員の方は福祉事業に関わっている事もあって、個人情報(プライベート)の事を配慮してくれているのが、シュトには十分伝わって来ていた。


(ああ、そうか、"ありがとうございます")


心の中で礼の言葉を口にし、目を伏せて感謝を示し、"初めて会う"ダン・リオンに向き合う。


(今更って、感じもするけれど、一応"初めて"だから、確りと自己紹介をしておかないとな)


子どもや、家族の障碍に関しては全く気にしない家庭もあれば、とことん気にして本当に必要のない限り、公に情報を出さない様にしようという指針の分かれ目がある。

シュトも本来はどちらかと言えば、深い繋がりや気を許せそうな相手でない限り、弟の抱えている障碍を公言をしたりはしない。

それは弟の障碍に一番向き合ってくれて、その接し方を教えてくれた師匠となる存在が教えくれた事でもあった。



"障碍を抱えているという事は、どうしても"不利"な事に受け止められる事が殆どだからね。

中には、障碍を持っているというだけで、どういう思考回路なのか判らないけれど、攻撃的になって簡単に始末しろなんて言う、危ない上に可哀相な人もいる"



軽く皮肉を交え、心の底から侮蔑と憐れみを込めた眼差しで、物騒にも思える事を口にして、更に続けられた。


"だから、例えは酷いのは承知して口にするけれど、先ずはアトを濾過器(フィルター)にして接して「この人は大丈夫」と思える人を、第一の基準にしなさい。

中にはシュトにとってはアトという弟は、"悪者"なんだと刷り込もうとする過激な輩もいるから、そこは特に気をつけてね。

そこからは、何にしてもシュト自身が「人を見る目」を養うのが一番なんだろうけれども……。

まあ、貴方も優しい所があるから、2・3回位は失敗する事はあるかもしれないけれどね。

その失敗から学んで、次に活かせるようにしておきなさい。

そして、失敗した時、"自分"と向き合う事も忘れない様に"



師匠の予想は見事に的中し、傭兵の仕事を引き継いでから半年程弟と2人で行動をしていた間に、実際2回程"人の見る目を誤った"事で、結構な大変と呼ばれる目にあった。


流石にアトを蔑ろにする様な輩からとは、最初から距離は置いていたけれども、"障碍があるから"と、そこにつけ込まれて、一度目はただ働き同然の仕事になる。


二度目は必要以上の親切を受けて、有難いとも思ったのだけれども、その恩を返す為に、後結果的に"ただより高い物はない"という状態になった。


結果として親切の上部に下心が確りと根付いているというわけではないのだろうけれど、最終的に割りにあわないと思える出来事になると、自分が未熟だったのだと素直に省みていた。

(まさ)しく"学んだ"と思う事で、それまでの失敗に対する気持ちに片をつけていた。


(ある意味、ひねくれている俺が信頼できるし、心から頼っても良いんだと思わせてくれる"この人"は、本当に凄い人なんだろうな)


そんな事を考えながら、"初見となる見習いパン職人ダン・リオンに扮している"この国の王様"に向かってシュトは口を開く。


『大体の所はご存知だと思うんですけれど、俺の弟が王都にきて、迷子になったんです。

それで弟は外見は一般的な16の男子なんですが、発達と知的の方に所謂障碍を持っています。

話し方も、小さな子ども―――5、6歳の子どもの様な喋り方をします』


『すみません、迷子になったのはうちの配慮が足りなかったためです。

少し話してみて、私もそれとなくアト君の抱えている物については、気が付いていたのに。

一度お話を聞くべきでした』


シュトがアトの事を説明した事で、ポップコーンの店員の方も責任を感じてくれているのか、情報を補う様に言葉を口にする。


そこでシュトが感心するのは、あくまでに責任を被るのは責任者の方の店員であって、アトが逃げ出してしまった、"鳩の餌やり"を行った男の子の事を全く口に出さない事だった。

このポップコーンの店員の男の子の抱えている障碍の度合いは判らないが、話の流れでは自分が指示された"仕事"が、原因という事には気が付いてはいるのかもしれない。


でも、その一言は出さず、責任を感じさせる様な発言をしない事にシュトは軽く尊敬もするし、福祉に携わる人がこうしてくれるのを心から安堵する。


もし、アトが鳩を怖がることを最初から知っていて、それにも構わずにしてしまったなら、それは確りとある意味では報告をしてもらわないと気が済まない物ではある。

細かい事かもしれないけれども、その"公平"な判断を出来る人はシュトが付き合ってきた中では結構少なかった。


どうしても感情という物が絡んだなら、人は時には自分では抑えきれない行動をとってしまう事があるし、アトの鳩が苦手で逃げ出した事も、突き詰めていけばそれに当たると、思えた。

そして、今感情に振り回されているという表現においてはぴったりな人物が、ポップコーンの袋を抱えていなければ、掌を大通りの石畳につけていそうな、シノである。


『すみません、私がアト君がとても良い子だからって、気を抜いてしまった所為で……』


"見習いパン職人"が登場してきてから、さらに周囲の"重さ"という物を引き寄せたかの様に落ち込んでいるシノが、俯いたままそう言う。


(ああ、でも思えば、このシノさんの"本当の役割"と言えば、"アプリコット・ビネガーの護衛"でもあるわけだろうから、これも正解といえば、正解か)


ただ、シノ・ツヅミという、シュトから見てもで優しく面倒見が良い女性にしたなら、アトという障碍のある少年を、自分が"良かれ"と思って提案した事で起きてしまった迷子は心情的に辛いとは思う。

もしアプリコットの事がなかったのなら、アトの事は追いかけて行ったというのは間違いないと思えた。


(一応、国王様直轄の"鳶目兎耳"としての矜持はあるわけだ。

で、たまーにいるよな、良い奴なんだけれど、その行動が不運にも空回りをしてしまう人)


シュトは、心の底から同情の視線を注いだ時に、見習いパン職人が仕切りなおす様に口を開く。


『よし、それでは王都に詳しいオッサン兄さんとして、先程は拠点を動かないとしてはいたが、その拠点の移動を提案しよう。

その理由は、その迷子になったアト君にとっては、ここは"逃げ出したくなるような出来事があった場所"だ。

多分、ショックが抜けて落ちついて戻るにしても、暫く時間がかかるだろうしな』


『それはありますね、この子達は最初に感じた印象が一番根強く残りますから』


ダンの提案に、恐らくはシュトの次位に障碍の具合について身近に凄し、そしてそれに関わる事を"仕事"としているポップコーンの店員も頷いていた。


『ただ、俺の予想が盛大に空回りした場合も考えんといけんからな。

アト君―――アトは、ポップコーンがどうやら好きみたいだし、もしかしたなら気持ちを何かしらのきっかけで切り替えて、やはりここに戻ってくるかもしれない。

誰かに保護して貰った時に、王都の城下町で知っている場所と聞かれて詳しく知っている場所としたら、現状は此処だけだろう。

仮に、この場所に戻って来た場合についてだが、"これ"に戻って来たと書いて、先程御婦人とアトのお兄さんがしたみたいに、紙飛行機にして飛ばして連絡をくれ。

簡単な魔法みたいなものが仕込まれているから、要件さえ書けば、自然とこのオッサン兄さんの所に飛んできてくれるからな』

『わかりました、これは魔法があまり得意ではない私にも有難い物ですね』


見習いパン職人がそんな事を言いながら、先程アプリコットが賢者から貰ったという物より、更に小さいメモ帳の様な物を、ポケットから取り出してポップコーンの店員に渡していた。


『って、その話の頃からダンさんはいたんすか?!。でも何なんですか、御婦人にアトのお兄さんて―――』


"他人行儀過ぎる"


そんな考えが浮かんだのだが、思えば初対面という振る舞いを意識を強める余りに、"ロブロウからの一行はまだ自己紹介をしていない"事に気が付いた。


(やっべー、前提を覚えているつもりで、思いっきり忘れてた)


"パン職人"の本当の身分がわかった上でもあって、無意識に意識をしていた事に、思わずシュトが固まってしまったなら、"ダン"の方は頑丈そうな歯を見せて、腹に響く様な笑い声をあげて、周囲を驚かせる。


『がっはっはっは、どういう理由(わけ)かはわからんが、俺は良く"昔からの知り合いだった"といった感じで受け入れて貰える事が多くてな!。

さっきアトのお兄さんが言いかけた様に、"他人行儀"ともよく言われてしまう。

そんなわけなんで、他人行儀を払拭するべく、出来れば名前を教えて貰うとありがたいな』


そう言いながら、アプリコットの傍らに立って、ごく自然に肩にその手を置いていた。

その行動にシノとポップコーンの店員の未成年の少年を除いた2人が"おっ?!"という表情を作るけれども、アプリコットは緊張した表情になってはいるが、強く意識をしているという反応ではなかった。


『……セリサンセウムの西の領地のから、遊学の為に王都に来ました、アプリコット・ビネガーといいます。

アトのお兄さんは、シュト・ザヘト。

2人には、私がこちらに移る間、流石に女性1人の行動は剣呑だろうと、親が話し相手と護衛も兼ねて、彼等も王都に用事があるからという事で、同行してくれました。

それで、そちらであれ程まで親身になって心配をしてくれているのは、シノ・ツヅミさんで、王都に訪れる途中の宿場街で、友達になった方です』


これまでも、声だけに注目したなら高く優しい、とて可愛らしい物だったのだが、それ伴う口調と大雑把な性分が反映されていた事で、性別というものを殆ど意識させなかった。

だが、ここにきて見習いパン職人のオッサン兄さんがどうしてそこまで影響を与えるのかわからない(シュトには十二分にわかる)が、アプリコット・ビネガーの声は周囲に女性を印象付ける物になっていた。


『そうか。済まないが堅苦しいのが苦手だからな、名前を皆呼び捨てにさせて貰って構わんか?、"アプリコット"?』

『は、はい!』


傍目から見たなら、軽く脅して呼び方の了承を得ている様にも見えかねないが、近寄って見たなら直ぐにでも雰囲気でそんな事がないと不思議と伝わってくる2人でもあった。


『初対面の筈なのに、随分と昔……ざっと"20年程”前から、知り合いみたいな感じに馴れ馴れしく話してしまう事があるが、勘弁してくれな』


ダンが多少わざとらしくも聞こえる”20年”と口にした時には、肩に手を置かれるところまで堪えていたのに、アプリコットは一気に表情を赤らめてしまっていた。

ただ見習いパン職人は並んで横に立っているから、アプリコットの表情は見えないかもしれない。


仕事柄、結構色んな"突発的出来事(ハプニング)"に慣れているつもりのポップコーンの店員も、この展開には困惑して、頭上に疑問符を数個浮かべる形になる。

そしてその疑問が片付く前に、赤くなっているアプリコットを、国の英雄であるグランドール・マクガフィンに劣らずの体躯で覆い隠す様に、ダンがその背を押し、"拠点の移動"を早速開始していた。


眼帯をしていない黒い右眼でシュトにも目くばせをしたなら、アプリコット・ビネガーの用心棒として、王都に弟と赴いてきたはずの少年は、まるで見習いパン職人の臣下の様に迅速に荷物を纏め始める。


命令の言葉の1つを発したわけでもないのだけれども、いつの間にかこの場の流れの"主流"は、ダン・リオンとなっていて、その振る舞いはシュトの中に逆らおうという気持ちを微塵も起こさせない。


シュトにしてみれば、鳶色の不貞不貞しい悪人面の賢者も、褐色の好漢な大男も、結構な"圧力"という空気を持ってはいるのだけれども、それでも生意気な口を挟める"隙"の様な物を持ってくれていた。


(でも、この"オッサン兄さん"、何と言うか本当に隙っていう物がないな……)


シュト自身も、今は"セリサンセウム王国国王ダガー・サンフラワー"が彼なりに庶民に扮して行動しているのが判っていながらも、身分を偽るだけでは、隠しきれない物があることも実感する。


(でも"隠しきれていなくても”、そこを突っ込めるような猛者は―――この国の英雄と賢者位しかいないかも。

ああ、でもアルスなら案外冷静に突っ込みいれるところは入れるかも―――ん?)


弟の分も含めて、シュトが荷物を抱えてそんな事を考えていたら、落ち込んでいたシノが無言で、1人で抱えるには少々重かった荷物を手伝おうと、手を伸ばしてくれていた。

落ち込んではいるけれども、取るべき行動に鈍さという物は滲ませないらしい。


(シノさんも、アトが見つかれば直ぐに元気を取り戻すだろうし、早いところ移動しよう)


そう考えている内に、自分達の荷物は抱え終えアプリコットの分を持とうとしたなら、それはいつの間にか見習いパン職人が手に抱えていた。


『よし、それじゃあ、荷物は持ったし、早速移動しようか。

もしアトがここに戻ったなら、紙飛行機を飛ばしてくれ。

俺ではないかもしれないが、必ずアトの縁者が迎えにすぐ来る』


『はい、わかりました。ところで、良かったら何処を拠点とするか教えて貰えますか?。

もし、時間や条件が合えばこちらに戻って来たアト君を、案内ししますから』


『ああ、それはそれで丁度いいな、それで拠点とするなら時計台の付近にある喫茶店、"壱-ONE-"だ。

俺もそこでちょいとばかり、待ち合わせをする予定があるんだが、時間が限られている。

ただ、あの場所なら俺が不在になっても、何かとその後の事を含めて、融通を聞かせられる人材が本日は"集結している"んでな。

ではな―――、行こうか、アプリコット』

『は、はい!』


そう言って、見習いパン職人は西の領地から遊学に来たという婦人の肩に手を置いたまま、出発を促し、返事を聞いたなら2人が先頭となる形で、歩いて行ってしまった。


ポップコーンの店の店員は、見習いパン職人の"話"の流れには十分納得するのだが、彼の取っている行動が今まで見た事がない類の物なので、少しばかり呆然とする。


『……城下街名物の"オッサン兄さん"は、あの西の領地から来たっていうお嬢さんに一目ぼれでもしたって事なのか?』


口にそう出したなら、もし事実なら、翌日から城下街は随分と騒々しくなりそうだと想像しながら、昼前に来る馴染みの客人達の為に、店員の男の子の指示を出し、再び商品づくりに取り掛かり始めていた。




そしてダン・リオンの案内で、喫茶店"壱-ONE-"に辿り着いた時、昼前の喧騒とは別に、この喫茶店を利用する客層にしては、随分と若い3人がいる為に賑わいを見せていた。

アルス・トラッド、ルイ・クローバー、リリィの3人でウサギの賢者から"届け物"を頼まれて訪れていたという。


王都の"子ども達"は、ロブロウからの一行とは"もしかしたなら会えるかもしれない"、それ位の気持ちで楽しみにしていたのが、再会もできたのを喜んだのも束の間、


"迷子のアト"

"見習いパン職人が側によると、赤面してぎこちないアプリコット"

"初対面?の筈だけれども見覚えがどこかであるのだけれども、理由は判らないが激しく落ち込んでいるキングス・スタイナーの弟子となるシノ"


で、書類作業に集中している治癒術師以外は、揃って顔を見合わせて驚くといった具合になってしまっている。

とりあえず、アトの迷子についてはダンが指揮を執るという事で、暫くの間待機の時間がもたれた時、漸く集中力が"一段落"ついた、リコが顔をあげていた。


「まあ、そんな事があったんですね……。アト君大丈夫でしょうか?」

「にゃ~、ちなみにリコにゃん、"アトちんの迷子の話"は、リコにゃんが報告書(レポート)に没頭している間に一度されているから、実は2度目なんだにゃ~。

で、自分の失敗話を2回されたような様な感覚になっている、キングス様の弟子のシノちゃんが盛大にまた落ち込んでいるんだにゃ~」


リコが覚えている限りでは5杯目のお代わりのカプチーノを口に含み、心配そうに言うとライが少々呆れた感じでそんな事を言う。


「え?!、そうなの!?、ご、ごめんなさい!」

「……いえ実際事実なので、構いません。でも、嫌味じゃなくて本心な分、結構胸に突き刺さる物がありますね……」


ライの指摘に、自分が無自覚に相手の傷を抉り、更にその患部に塩を刷り込む様な事をしてしまったのだと気が付いて、リコは白い顔を赤くしていた。

シノは、今は"年の功もありましょう"と、ダンのアトの迷子の捜索についての人選を選ぶのに助言を行っているユンフォから奢って貰った温めのカフェオレを啜りながら、少しばかり気持ちが落ち付いた様子だった。


だが、少しばかり遠い眼をしながらも―――気持ちの方は、喫茶店の奥の方にいるアプリコット・ビネガーへの集中力は切らせていない。

そしてその喫茶店の奥の方では、王都に土地勘のある者ダン・リオンを筆頭に、庶民派という事で、何かと情報通でもあるユンフォ・クロッカス、飲食の"東側"については詳しい店主のウエスト・リップ氏を交えて、簡単な作戦会議なる物が練られている。


「―――でも、アト君がそこまで鳩を怖がるなんて知らなかったな。その、もしかしたら泣いたりしちゃうって事はあるかな?」

「うーん、鳩に対しては結構な恐怖心を持ってはいるから、泣くというよりは、結果的に興奮して、それで涙を出してしまうという事は否定出来ねえな。まあ、一般的にはそれは泣いているという風に見られれるんだけれども、アトの方はそのつもりないんだよなぁ。

それで泣いている自覚ってのがないのに、涙を流して、それでまた少し興奮して混乱する事もあるから、また厄介なんだ」


アルスは久しぶりに親友となった背の高い皮肉屋の少年に会えた事を喜びつつも、その弟が迷子になっている事に対して、配慮をしながら発言をしていた。

だが、その親友で迷子の肉親であるシュトの方は比較的落ち着いた様子で、弟の事を冷静に口に出している。


「何かシュトさんの口ぶりだと、あんまり心配はしていない様子っすね」

「まあ、実をいえば初めての場所で、"アトが迷子にならない方が珍しい"んだよ。

俺達兄弟にとっては、ある意味じゃあ初めての場所での"通過儀礼"的なものだからな」


リリィが"値段が高い!"と驚いていたジュースを飲みながら、ルイが突っ込んだ質問をしたなら、シュトは肩を竦め、少しばかり苦笑いを浮かべながらそんな事を言う。


それから喫茶店の長椅子に並んで座っている、姿は似てはいないが、雰囲気は十分兄妹に見えるアルスとリリィを見て、続けて口を開く。


「ほら、あのロブロウの途中にある宿場街でアルスとリリィにアトを掴まえて貰った時も、あれも実は朝の市場に興奮して歩き出して迷子になっていたんだよ」


「ああ、そうだ、思えばシュトと宿場街で会った時もあれは状況的に見たなら、アト君は迷子だったんだ」

「本当だ、シュトさんは確かにアトさんの事を捜していました」


―――おおい!アト!、どこだぁ!!。


あの時は、声を張り上げて名前を呼んで捜していたシュトは、結構慌てていた様に感じたが今は全くそれがない。

その理由はシュト自身から、王都が城壁で囲まれている事で、アトが少なくともそれ以上出る事はないから安心しているとの事だった。


「まあ、何にしても迷子にならない方が一番良かったんだろけれどもーーー」


そこまで言ってから、シュトは"しまった"という表情を浮かべるのと同時に、最も責任を感じている人物が再び謝罪を始める。


「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……」

「仕方ねえっすよ、アトのさんの性格というか……特徴を捉えてなかったならやっちまう失敗みたいなもんすよ。

それに、ポップコーンはアトさんにねだられたから、買ってあげたんすよね?。

まさか、それが原因になるなんて思わないっすよ……」


シノが落ち込むのを、比較的近い場所にいるルイが励ますのだが、その度にアルスとリリィに目くばせをしたなら、空色の眼と緑色の瞳が


"どこかで見た覚えがあるけれども、思い出せない"

といった3人の間だけで共有する感覚が、流れていた。


彼女の素性は、国最高峰の賢者の親友の、同じく国最高峰の仕立屋キングス・スタイナーの弟子にあたるシノ・ツヅミという女性というのは、3人とも話に聞いて知っている。


ただ名前は知っているけれども、姿を見るのは初めてという気がしないのが、言葉には出さないけれども、視線を交わして満場一致している意見でもあった。

だが"どこで出逢ったか?"といえばそれをはっきりと、アルス、リリィ、ルイの3人とも明言することが出来ない。



多分本来の底抜けに明るい性格と振る舞いが通常のシノとはかけ離れた、凄まじい落ち込み具合がどちらと言えば勘の鋭い、アルスとルイも初見の"元気な接客をします!シノ"と名札を付けた宿場街の居酒屋で出逢った彼女を結びつけるは叶わなかった。


「よーし、迷子捜索隊の編成を発表するぞ~。若人、整列~」


結局シノの事が思い出せない内に、普通の地声なのだろうが、喫茶店で響かせるには大き過ぎる轟く声でダンが紙をヒラヒラとさせながら姿を現した。

ただ整列と言いながらも、見習いパン職人の方から大股でやってきていたので、声をかけた若人―――アルス、ルイ、シュトは結局一歩も動いてはいない事になる。


「あの、ダンさん、私は?」


ここにきて、今度はいつも気が強そうな珍しくリリィが気弱な態度で馴染みの深い、見習いパン職人の大男を見上げる。


そのリリィはアルスと並び、適度に柔らかく据わり心地に良い、喫茶店の長椅子に"貸出自由"のひざ掛けを、腰に巻くようにして座っていた。

尋ねられた見習いパン職人の方はというと、至って普通にその質問に―――"捜索隊"の編成で決まった事を口にする。


「リリィは、アトととても仲良しだとアプリコットに話しを聞いたからな。

だから、今回はここに残って、アトを"保護"した時に"リリィがアトを待っている"と早く帰りたくなるような役割をしてもらおうと思う。

まあ、一般的に言う待機で、"留守番"だ」


はっきりとそう言い、ダンはリリィには良く判らないが動きがぎこちなくて、顔は滑らかで赤くなっているアプリコットの肩に大きな手を置いた。

そのアプリコットは、"大人の色んな理由"が重なって故郷を出てきたという事を日報で軽く読んで知っていたし、簡単な話をシュトから説明して貰い、その事に関しては巫女の女の子はそこまで驚かない。


勿論"大人の事情"に納得をしているわけではないのだけれども、少女の大好きなウサギの賢者も、何やかんやで"面倒くさそうながらも、仕事として関わったなら、迅速に片付けているのは見てきた。



"納得はしてはないけれど、取りあえず国から"役割"としてこなせると見做されて、仕事を割り振られたならやらないとねえ"



そんな文句をヒゲを揺らし小さな口から零しつつ、不貞不貞しい賢者も役割を(こな)している。



だから、その賢者と同じくらい"強い"アプリコットという人も、納得はしてはいないけれど、役割として割り振られた"ロブロウの領主を辞める"のに関しては、リリィにしたなら、何も言う事はないと判っていた。



ただ、王都では仮面をつけていた方が目立つという理由で"特殊な化粧"という説明をしてもらったのにも関わらず、ケロイドの肌を滑らかに仕上げているアプリコットを見た時に、随分と驚き呆気に取られる。


呆気に取られている間に、

"特殊な化粧は面倒くさいので、機会があったなら王都でも徐々に仮面をつけた生活にしようと考えている"

と顔を赤くしながらするアプリコットの発言にも、途轍もなく"勿体ない"という思いが浮かんだ。


"折角、可愛いのに"


素直にそう思った事を口にしようとも思ったけれども、アトの事もあって発言する間もなく、迷子の捜索隊について話す大人は、喫茶店の奥の方に行こうとする。


ただ、アプリコットは移動する直前に顔からふと赤みを引かせ、急にリリィを見つめた後、側にきてその小さな顔に更に視線を注ぐ。

それと同時に嗜み程度に爪化粧をしている指を折り数え始めたなら、"ああ"と小さく言葉を漏らし、再び顔を赤くしつつ、見習いパン職人に駆け寄り何かしら耳打ちをする。


その時、アプリコットが自分の体調を察したのだとリリィは気がつき、頬を僅かに紅潮させた。

実を言えば喫茶店"壱-ONE-"に来てから直ぐ、最初は初めて見る、"喫茶店"の雰囲気な店の様子にリリィは軽く興奮していて、下腹部の鈍い痛みも気にしないでいられた。


けれど、身体を動かさなくなってから、着実に腰と小さな下腹部に重く感じる鈍い痛みは強くなり始める。

そんな中で先ずは、アルスがウサギの賢者に頼まれたお使い相手の王族護衛騎士ライヴ・ティンパニーに大判の封筒を渡し、皆で適当に椅子に腰をかけようとなってリリィは、ホッとしていた。


「リリィ、ここが大きくてゆったりしているから、一緒に座ろうか。此処なら剣も外さなくてもゆったり座れそうだし」


アルスがリリィの体調に気が付いているかどうかはわからないが、言う通り深くゆったり腰掛けられる長椅子を進める。


「これ多分2人がけだから、これから来るお客さんが1人で座りたい時でも、自分達でとったら、個人で使う分を取らなくて済む。

低いから、小柄なリリィが座って安定もするとも思う」


前に美人の上官から、こういった喫茶店は"個人の空間を楽しむ人が多い"と言った旨の話を聞いた覚えがあるので、最初から2人で使うとされているものを小さな同僚に進めて見ていた。

ただ、喫茶店が初めての新人兵士には店内に客人が少ない時"2人が十分座れる椅子"にどっかりと1人で座るという発想は、まだ出来ない様で、それは小さな同僚も同じだった。


「そうだね、そうする」


"人に迷惑をかけない"という考え方が根付いているので、お兄さんの様な同僚がする提案に納得して、頷いて一緒に腰掛ける。


少しだけ同行したやんちゃ坊主から、何かしら言いたげな視線を感じたけれども、少し悪いと思いながらも、身体の方を優先させてもらい、アルスと並んで座った。

すると、直ぐに喫茶店のメニューを手にしたライが上機嫌でやって来て、それを手間に1人で座っているルイに差し出した。


「にゃ~、頼まれた資料を持ってきてくれたお礼にワチシとガリガリと報告書を仕上げているリコにゃんの上司のユンフォ様が、飲み物を奢ってくれるらしいから、遠慮なく言うニャ~。

ちなみにワチシのお薦めは、今日から始まった特別メニュ、ホットミルクにゃ~」


更に有難いと思えたのは、ライがお薦めしてくれるのに、リリィでも呑めそうな温かい飲み物があったので、メニューも見ずにそれを注文する事にした。


その頃、丁度ロブロウからの一行が馴染みの見習いパン職人に引率されるようにやって来たのだった。


それから、ロブロウの一行もメニューを見て一緒の注文する形になったのだが、取りあえず落ち込んでいる初見の筈のお姉さんを最優先に、心も身体も温まりそうなメニューを店主が早速出してくれていたのだった。


結局、"アトの迷子捜索隊"の話し合いに大人達が奥に引っ込んだのなら、入れ替わる様に店主のウエストが王都の子ども達の注文を運んできてくれる。

その際に、店主のウエスト氏はリリィに、注文のホットミルクを出す前に、店の貸し出し自由のひざ掛けを提供していた。


「店の外は暖かくても、時期的に店内が冷える事はよくあるので、良かったらどうぞ」


もしかしたらアプリコットが話し合いの前に、店主に一声かけたかもしれないともリリィが僅かに躊躇っていると、


「ああ、それはあるかも。リリィは今日から夏の巫女の服だから、少し薄着にもなっているし。

今は大丈夫でも、後で冷えたらいけないから、貸して貰っておいたら?。

腰に撒いておいたら、邪魔にならないし、冷えるのも前以て防げるよ」


と、隣に座るアルスにも勧められたので、その後はそんなに躊躇わずに借りる事が出来た。

腰に巻いて、ホットミルクを飲んだなら、不思議と腰と下腹部の痛みが和らいだような気がする。


(私の場合、"気の持ちよう"でこんな時の痛みって変わってくるのかも)


横にいるアルスが、楽しそうにではあるけれど"王都の商店街なら、アトは安全に迷子になっている筈"と、心配しながらシュトやルイと話しているのに、小さな耳を傾けていた。


(思えばすっかり忘れていたけれど、月が一回満ちて欠ける間に、普通に生活していたらどうしても一回はある事なんだよね)


温かいミルクを啜りながら、こっそり"仲間"であるはずの、ライやリコやシノを見る。

現在、賢者からの資料を眺めるライ以外は、リコは物凄く集中して報告書を書いているし、シノは激しく落ち込んでいるので良く判らないけれど、少なくとも"体の変調がある"という風には見えない。



("大人"になれば、身体の内側はともかく、"外側"は何もない様に振る舞える事が出来る様になるのかな―――)


そんな事を考えている内に、見習いパン職人の迷子捜索隊の役割に"待機で留守番"と伝えられて、"気遣われている"というのを意識せずにはいられなかった。


「―――アトも、リリィちゃんに会うのをとても楽しみにしていたからね。

もし、迷子先で何かの拘りをしていて戻るのを渋った時に、リリィちゃんの名前を出して、"待っているよ"と伝えたら、きっと素直にかえってくる。だから、ここで留守番をお願いしたいの。

さっき話をした、ポップコーンの店の人にも、もし戻って来たならここに連れてきてもらう様に頼んでいるの」


アプリコットから、そう言われてはリリィも断ることが出来ない。


「わかりました。御店で待っています」


声は小さいながらも、確りと返事をするのを確認し、ダンは更に続ける。


「それでは続いて、分担を発表するぞー。俺とアルスが、王都の城下町の西側。

アルスは、西側元々下宿していたから結構詳しいんだよな?」

「はい、そうです。よろしくお願いします」


見習いパン職人ダン・リオンとも、アルスは初見の筈なのだが、これまでリリィや、彼の師匠でもあるバロータ爺さんから、名前や風貌を聞いていたのでそこまで緊張はなかった。

現在は見習いパン職人だと聞いているが、前は武芸者として身を立てていたためか、雄雄しいい物言いは、兵士としては上官に命令されているみたいで聞き入れやすい。


「おお、良い返事だ、こちらもよろしく頼むぞ。それでルイとシュトは東側で、"美味しそうな場所"を捜して欲しい。

多分、昼時で、腹が空いているだろうからな、アトはお小遣いは持っているから、何かしら食べてもいるかもしれん。

ルイは飯屋には、グランドールから引き釣り回されてるか詳しいだろう?」


「別に引き釣り回されてねぇっすけれど、まあ、確かに詳しいです。

お菓子屋も、マーガレットさんの所ならこの前ロブロウでみた菓子と一緒に入っていた地図で知っているから、ついでに寄ってみますよ。

東側の人達、皆人が良いから、もしかしたらアトさんを既に保護しているかも」


ルイが言うと、東側に詳しいダンもそれには頷いた。


「もし東側にいるなら、そこまで心配もしてはいないんだがな。西側は男ばっかりだからな、そこら辺が心配だ。乱暴な事はないが、見た目にも威圧的になりがちだからなあ」

「もし、運良くうちの工具店のアザミさんが保護してくれていたならいいんですけれど。アザミさん面倒見るの巧いから」


まだ出逢った事もないだろうアザミとアトだが、アルスの頭の中では非常に仲良くしているのが、容易に想像できたので、そんな事をいう。


「それなら、ディンファレさんもアトさんと仲良しですよ!……、あ、でもお仕事中で、法王さまの護衛ですよね」


"面戸見が良い"の言葉に、リリィが反応するが直ぐに無理だと気が付き、俯く。


「うむ、今日は無理だろうな。確か今日は公休日で、ついでに"見合いの打ち合わせ"とか噂で聞いたぞ」


ダンが笑顔でそんな事を言った次の瞬間、リコリスの手の内でカップが激しい音と共に粉砕されていたのでした。

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