ある小さな恋の物語⑦振り返る影①
『そんな過去の"お伽噺"でしか語れない話、そんな話の為に、自分の国の不利益から、眼を逸らせと言うのか!。
そんな昔話に囚われ、まともに治世も出来ていない肥沃な土地に、手を出さない方が愚かな事だ』
自分が―――"賢者"が口にした言葉に、激昂するのがサブノックという国の誇り高い戦士で、この国の将軍でもある男。
獅子の咆哮とまではいかないけれど、大型犬が吠えたくらいの迫力には感じ、驚いたので賢者は僅かに肩を竦めた。
だが、周囲の軍議に参加している軍人でも、その声の大きさに強く眼を伏せ、気圧される様に座っている椅子を鳴らした。
部屋の隅に控えている侍女達などは、小さな悲鳴すら上げていたので、自分の反応としては、随分と薄い物として相手に見えただろうと、賢者は考える。
『何故無反応に何も言い返しもしない!、益々腹立たしい!』
(少しは驚いたんだけれどなぁ)
『反応していないわけではありません、ただ、私が口にしたことは、このサブノックの賢者として、政治に関われない限りの上で、忠告をしているだけです。まあ、言葉が悪かったのは反省していますがね』
―――"セリサンセウム?あの国に手を出すの?馬鹿だな。
―――過去から何も学んでないの?"。
将軍に当たる男性が、ほぼ隣国に当たる肥沃な広大な大地を持つ国が、国の内紛があった事で落ち着かない内に侵略しようと提案する。
その時、"国王からの密書"を受けて軍議に、仕方なく参加していた賢者は毎度の様に殆ど聞き流していたが、
"セリサンセウム王国を侵略する絶好の機会だ”
という言葉が擦り抜けずに、頭に留まったなら、思ったままの言葉が頭から口に移って、気が付いたなら出てしまっていた。
『自分でもそこは素直に口に出し過ぎたなと、思ってはいるんですよ。まあ、本音ですけれど』
『――――!』
もし、同時に会食が行われずに、帯剣を外していなければ刀に手をかけている様な状況になっていてもおかしくはなかった。
現に将軍の立場にある男は、手を拳にするのではなく、握る何か求めて血管の節が浮く太い指を戦慄かせていた。
―――もう、この場から己は退室した方がいい。
『一度、失敗を学ばないと解らない事もございましょう』
相手を刺激する、それを判っていながらも、それだけを口に出し、賢者は軽やかな足取りで軍議の部屋を退出して行った。