It's not going to be that easy.その7
『でも、確か昨日お話に聞いたところによれば、成人していらっしゃるのですよね?。
それで少しばかり落ち着きはないのと、縁戚で恩人に当たる方の娘さんという事で、キングス様は大層心配をされていました。
でも、お嬢さんという事で心配しているのなら、行動を共にしているアプリコット・ビネガー様の用心棒として、傭兵を生業としている自分の友人もいるから、大丈夫ですよ。それに早く王都に到着する分には別に不都合は、何もないと思います』
身の危険を心配をしているという所では、本当なら"ウサギの賢者なみに強いアプリコットがいるから大丈夫"と言うべきなのかもしれない。
だが一応立場的には、傭兵の親友の兄弟に"護衛"をされている領主を辞めさせてられたか形かもしれないが、"貴族の婦人"としてこちらに向かっている人物に、失礼かと思いアルスはそう表現する。
(あ、でも、賢者殿の親友だというもキングス様なら、アプリコット様の事は詳しく知っているかもしれない)
アルスの考えを察したかどうかはしれないが、眉は困った時を表現する、"ハ"の形にして、キングスは悩まし気に息を吐きながら、再び話始める。
『―――はい、早くつく分には私もそこまで心配はしていません。
私の弟子は"シノ"という名前なんですけれど、ある程度武芸を嗜んでいるから、護衛の方も、正直に言ってそこまで心配はしていないんです。
ただ、シノは良い子で面倒見が良いですけれど、その張り切ると空回りをしてしまう事があって。
そちらの方を、とても心配しているんです』
『早くつくことで、そのシノさんが空回りしてしまう事を心配しているってことすか?。心配事が、抽象的でいまいちオレには良く判んねえっす』
最近意味を覚えたやんちゃ坊主なりに難しい言葉で、そんな事を言い首を傾けた時、背後の方で階段を登る音が聞えて、これには扉に背を向けている少年達が一斉に振り返る。
『リリィ、来てますね』
アルスが代表する様に口にしたなら、ルイが振り返り移動して、スライド式の扉を開けて声をかけていた。
『リリィ、そんなに急がなくてもいいぜ~』
仕立屋の様に気配では屋敷内の様子までは判らないけれども、賢者の寝室となる屋根部屋に続く階段を登って来る足音の速度は、判別がつくのでルイがそう声をかける。
『―――でも、―――遅れ、―――ちゃったし』
下から、直ぐにリリィの声が上がってくるのと同時に距離も縮んでいるのも判った。
別にリリィに聞かれては拙いという類の話しではないのだけれども、アルスが上司が確認を急ぐ様に声をかける。
『それでは、賢者殿。どうしましょうか、本日の課業はこの荷物を王都の城下町にいるというライさん達に届けるのは大前提として、"それから"の行動は。
本来なら、日用雑貨の買い直しで商店街行脚になる予定でしたけれど―――』
新人兵士の口にする"本来の今日の予定"を耳に入れて、やんちゃ坊主が、巫女の女の子を迎え入れようと扉から出していた上半身を捻らせて振り返る。
『……もしかして、賢者殿が今日はオレの行動を共にするのを許したのって、荷物持ちさせる為か?』
『アッハッハッハ、それ以外に何があるというのかね、若人よ!』
仕立屋の腕の中でウサギの賢者が不貞不貞しく口を開いた時、リリィが階段を登り切り、夏の仕様の巫女の服となって、息を上げて姿を現す。
『物凄く待たせてしまって、ごめんなさい!』
最初に行われたのは、フワフワとしながらも乱れた髪もそのままに、遅れてきたことの謝罪で、それから急いで、乱れた髪を手櫛で慌てて落ち着かせようとする。
『賢者様、おろしますね』
『うん、よろしく~』
その場に居る誰もが、不思議と仕立屋と賢者の短い会話で、次に何が起こるかが不思議と予測できた。
仕立屋は賢者の身体を寝台に置いて、スッとアルスとルイの前を擦り抜けながら、衣服の袂に手を差し込み、櫛を手にしていた。
『リリィさん、良かったら手伝いましょう』
『わあ、すみません!』
少しだけ恥ずかしそうに顔を赤くはしたけれども、階段を一段抜きで登って来たために、思った以上に大きく広がってしまったフワフワな髪の頭を仕立屋に差し出していた。
こういったやり取りは、仕立屋と巫女の女の子中ではそれなりにある流れなのか、滑らかに行われる手際を、やんちゃ坊主は感心しながら眺める。
ルイ自身は自分の容姿には結構な無頓着で、髪も実は癖っ毛を理由にして、手櫛で済ませている事が殆どであった。
稀にあんまりな寝癖の等が付いていた場合は、流石に何とかしなければならないと、顔を洗うついでに頭から水を被り、纏めてタオルで拭いて、半渇きの時に手櫛でそのままである。
なので、キングスとリリィの丁寧な髪への配慮に感心しきりで眺めていた。
やがて、そんなに時間もかけず、実に手際よく櫛を通し終えた薄紅色の髪は広がりは納まり、普段通りに纏る。
『これから城下町に行くという事ですから、毛先が広がらないように、香油もつけておきましょうね―――リリィさんは、柚油にしておきましょう』
そう言いながら、仕立屋は袂に櫛を戻し、同じ場所から今度は小さな瓶を取り出し、蓋を開けたなら柑橘系の爽やかな香りが広がった。
蓋を開けた瓶の口から少しとろみのついた液体が垂らし、左手で受け止め、瓶を袂に戻して両掌に摺り合わせてから、先程言った通り、リリィの毛先に馴染ませる。
『これで、少しぐらい派手な動きをしても、今度は手櫛で直ぐに直せるし纏ります。ああ、そうだ』
優しそうな表情の中に茶目っ気を含ませて、巫女の女の子の前髪を長い指を全体的梳き、根元を軽く浮かせて、指先で毛先を整え纏めた。
『服も夏仕様となった事ですし、こんなものでしょうか』
ふんわりと仕上げているが、自然な形で前髪の毛先の流れをある程度まとめて揃えているので、可愛いのに落ち着きがあるという仕上がりになった。
『へえ、前髪もこうっやてすると印象って変わるんだな、何て言うか、可愛いのが更に可愛くなった感じになったな』
だが"オシャレ"という物に無頓着なやんちゃ坊主は、仕立屋の仕事に感銘は大いに受けているのだが、褒め言葉としては"可愛い"という単語しか出てこない。
『……ルイ君はリリィさんの事が、好きで可愛いと思っているのは判りますけれど』
少しだけ呆れを含んだ声が聞こえたと思ったら、音もなく仕立屋はやんちゃ坊主の背後に回っていた。
『もう少し語彙を増やして、褒める言葉を勉強した方が良いかもしれませんね』
そんな言葉と共に、癖っ毛の頭の中に先程リリィを整えた器用な長い指を、突っ込んで髪を整え始める。
『うわわわ?!』
『―――動かないで、くださいね』
優しい印象ばかりが強いキングスではあるけれども、自分の仕事に関わる事でもあるが、身嗜みを含めた洗練されてない所を見ると、どうしても職人の性が落ち着かない。
今までは抱えていた、ウサギの姿をした賢者のフワフワの毛を撫でたり、マッサージしたりし、会話に集中して気持ちを紛らわせていた。
しかし、リリィの髪を整えたついでに、側に無造作過ぎる癖っ毛があったならその無頓着さが気になっていたのが仕方なくて、衝動が抑えられなかった様子である。
一方のルイは、人に背後を容易く取られたのは、丁度件になっているロブロウの元領主となった、アプリコット・ビネガー以来で、そこに大いに動揺をして、髪を弄られながらも動きが止まる。
リリィはリリィで、"友だち"の癖っ毛がどんなふうに纏めらるか、強気な緑色の瞳で興味深そうに見つめていた。
『―――さて、国最高峰の仕立屋のキングスからの整髪を有難くルイ君が受けている間に、アルス君に今後の指示を出しておこうか。あ、リリィはやんちゃ坊主が、ワシの親友に無礼な事をしないか監視を頼むよ~』
『はい!賢者さま』
大判封筒を抱えたアルスを挟んで、寝台に座るウサギの賢者がリリィに指示を出したなら、秘書の女の子は凛々しく返事をする。
『アルス君は、また今度してキングスにして貰ったらいいよ~。二枚目が更にパワーアップする事、間違いなし!』
そう言いながら、枕の様に積み上がっている本のある場所から、メモ帳を引っ張り出し、胸元から鉛筆を取り出し、何かを書き始めていた。
『今は、課業中ですので。キングス様の派手にはならないと思いますが、髪を触っているというだけで不真面目という意見の投書が軍の監査部にされる事もあるらしいので、自分は遠慮させていただきます』
アルスがやんわりと断わりをいれると、耳の長い上司は、鉛筆を動かしながら鼻をヒクヒクさせ、小さな口を開く
『うーん、平和な時代ならではの、投書だねえ―――』
短い言葉ながらも、皮肉を含んでいるのが十分伝わる物言いを終えた時に、メモを書き終えて、肉球のついた指先で、"ビリッ"と小気味良い音と共に、1頁を破り、アルスに差し出す。
『ああ、ここですか』
ウサギの賢者の癖字で書かれた、届け物の住所自体は軍の施設に向かう大通りの途中にあるし、場所だけならアルスも知っていた。
『おや、もしかしたらアルス君は行った事があるのかい?』
ウサギの賢者がコートの懐に、鉛筆を戻しながら尋ねるとアルスは苦笑いを浮かべて金髪を左右に揺らした。
『いえ、行った事はないんですが軍学校の休日に大工道具を買った帰りに、よくコーヒーの良い薫りがしてたんで知っているんです。
でも、大体いつも荷物を両手に抱えているんで、立ち寄る事が出来なくて。
それに御店に申し訳ないんですけれど、値段が"コーヒーを飲みたいだけ"なら、自分にはとても高く感じてしまって』
社会人になりたてで、実に堅実な新人兵士アルス・トラッドらしい言葉に耳の長い上司は、ヒゲを揺らして笑った。
『ああいった所は、場所代や雰囲気も値段の内に入っているからね。勿論、飲み物は高く感じるかもしれないけれど、自分であれだけの"味"を出す為の手間や、調理器具を揃えるとしたなら、やはり儲けを考えたなら、やはり価格は高くなる』
上司の言葉に、部下も納得して素直に頷いた。
『はい、自分がちょっと店を覗いて見た時も"ゆっくり美味しい飲み物を飲みながら、読書"や、仕事の書類整理してる人―――大人が殆どでした。
それで雰囲気的に"大人が入るんだろうな”っていうのが、意識したら敷居が高く感じてしまって。
結局自分は、軍学校にいって半年間も時間もあったのに、行った事はなかったです』
『ふふふふ、じゃあ、今日は堂々と仕事として喫茶店デビューをしてくるといい。
ああいった所は、注文の仕方も自分の好きな様に調整出来るから、ゆっくりできる時に、店主さんに教えて貰ったらいいよ。
あと、軽食も取り扱っているから、タイミングがあったら軽く食べてみても良いかもね。
ただ、軽食だから、リリィには丁度良くても、アルス君や無造作ヘアーが出来上がったやんちゃ坊主には、少々物足りないかもしれないねえ』
そう言いながら、寝台からぴょんと飛び降りたなら、アルスの兵士として身に着けている脛当を肉球をついている手で、ポンポンと叩いて通り過ぎる。
アルスは兵士の基本教練の"回れ右"具合で、殆ど場所を移動することなく振り返ったなら、癖っ毛の特徴を活かした形で、ルイの髪がキングスによって整えられたのが空色の眼に移る。
アルスもどちらかと言えば、流行りや俗に言う"お洒落"には疎いのは弁えてはいるけれども、それでもルイのやんちゃ坊主の部分の個性を活かしたまま、"格好いい"と思える髪形になっていた。
『あ、本当だ、無造作っていうのかな、自然な形でオシャレになっているね、ルイ君』
ただアルスは語彙は沢山のあるのだけれど、それを"洒落た褒め言葉"としての使い方が、いまいち良く判らないので、先程のルイと同じ様な単純に褒める言葉で表現は留まった。
しかし、今回仕立屋は特に新人兵士の単調な表現に呆れる事もなく、懐から布巾を取り出し、手に残った香油を拭い、微笑んでいる。
『賢者様、リリィさんに、アプリコット・ビネガー様に関しては、ルイ君の髪を整えながら簡単にお話しておきました』
それから自分と同じ様に、毛先をアレンジされたやんちゃ坊主を観察しているリリィを見詰めながら、仕立屋がそう告げると賢者はゆっくりと頷いた。
『よし、じゃあ、取りあえずアルス君達はまず最初に、届物を喫茶店にしてもらおうかな。住所はアルス君にメモ帳を渡したから、それに従って行動して欲しい』
『あ、賢者殿。確認を良いでしょうか?』
アルスが荷物を預かっていない方の腕で、肘から手を持ち上げて、小さな挙手をして、確認を取る許可を求める。
ウサギの賢者は、親友が手掛けた自分の秘書となる巫女の女の子の可愛らしい髪形を見上げつつ頷き許可を出す。
『それで質問何ですが、喫茶店"壱-ONE-"、これは"いち"と読むのでしょうかそれとも、後ろで使われている異国の数字読みで"ワン"となるのでしょうか?。
店の事は良く知っているのですけれど、その名前の方は喫茶店と異国の文字が混ざって、格好良いなと思っていた位で、正式な名前を知らないんです』
『あ~、思えばワシも待ち合わせ場所に、ライさんから指示されただけで名前を手紙で読んだくらいだから、正式名称はしらないや』
まるで友人同士の交わす会話の様に、軽くウサギの賢者が言われたなら、新人兵士は少しばかり脱力しながら、苦笑いを浮かべる。
『賢者殿は本当に興味が無いことと、必要以上に掘り下げるない事には無頓着なんですね』
"部下"としたなら結構慇懃無礼な物言いではある。
けれども、新人兵士の恩師に当たる美人な貴族には、彼が後輩だった時の期間に合わせて現在進行形で更に結構な事を言われているので、特に気にはならなかった。
『お、ウサギの賢者の護衛部隊に着任して2月周り程で、大分変わり者の上司の性格が判ってきたみたいだね、アルス君。良いよ~、うん』
『賢者の旦那って、変わり者どうこうっていう前に、先ず姿がウサギじゃねえか……』
寧ろ”自分の性格を良く判ってくれている”と満足そうな声をだしているので、寧ろそんなやり取りを見ているルイの方が呆れてそんな声をかけていた。
ただ、やんちゃ坊主が更に驚いたのが、自分を除いた魔法屋敷の住人と客人となる仕立屋までも"ああ、そうだった"という表情を浮かべた事である。
『……マジかよ』
ルイが今度は心の底から呆れかえっていると、その素直な反応が面白かったアルスは思わず笑ってしまっていた。
『慣れてしまうと、これが普通になってしまうから。
じゃあ、失礼にならないように、店主さん……こういう場合は、マスターというのでしょうか。
失礼のない様に、名前を伺がう事にします。それと―――』
それ程身長差の変わらぬ仕立屋の方に空色の眼を向けて、再び口を開く。
『シノさんというキングス様の御弟子さんが、その張り切ると空回りをしてしまう事があるということですよね。
それなら、今はその方の居場所は判りませんけれど、王都に向かっているという事なら、現場近くにいた方が良い。
もしかしたら、もう王都に辿り着いているかもしれませんし。
それに、この喫茶店はほぼ王都の中心部にあるから、何かしら会ったなら対処しやすいし、動きやすいですから』
『おお、ナイス判断だ、アルス君。確かに現場にいた方が、何かと動けるし、行動をしやすいだろうからね。
キングスもそれでいいかな?』
仕立屋に向かって提案するアルスの言葉を後押しするウサギの賢者の言葉に、仕立屋も頷く。
『すみません、よろしくお願いします』
『それじゃあ、もしワシの方にアプリコット殿から何かしら連絡があったなら、いつもみたいに使い魔のカエルを飛ばすから。それでいいかな?』
『はい、カエル君ですね、わかりました。それじゃあ、結構時間も押している事ですから、早速行こうか、ルイ君、リリィ』
『おう!』
『はい!行ってきます、賢者さま!』
自然と一番年上のアルスが指揮をするような形で声をかけたなら、側にいる少年少女は素直に従って、賢者の私室でもある屋根裏部屋を後にした。
『気を付けて行ってくるんだよ~』
『行ってらっしゃい』
1匹と1人が見送った後、微かな気配が窓辺の方であるが、ウサギの賢者も仕立屋も、そちらの方に視線を向ける事はなかった。
『―――ゲコ?』
寝台の物陰に隠れてしまって見えなかったけれども、仕立屋に作って貰った"使い魔専用布団"から、最近何かとアルスの事を気に入っている金色のカエルが器用に頭部だけを出して、鳴き声をあげる。
『遅いよ、カエル。アルス君はもう行ってしまったよ』
『ゲコ!?ゲコココッコ!』
"お茶目"を自称している賢者の割りには、随分とつれない態度で自分の使い魔にそう告げると、布団から飛び出し、空を掻き泳ぎ、自分の"主"の円らな眼の前にまでやって来た。
『"どうして起こさなかった?"って、お前が魔力の使い過ぎで、まだ完璧に回復出来ずにいて、爆睡中だったんだろう?。
それにお前は"調整中"だから、当分必要もないのにアルス君に接近するの禁止だよ。
ロブロウで、調子に乗った事への戒めも入っていると、はっきり言っておこうか』
円らな瞳を線の様に細め、肉球のついているの人差指と鋭い爪をピンと天井に向けて伸ばし、それを眼前に迫った自分の使い魔との間に挟み込む様に入れて、迫って来ていたのを押し戻す。
『……ゲコ』
ただの鳴き声なのに、不思議と拗ねているとふてくされているのが伝わってくる鳴き声をだして、使い魔は再び空を飛び、仕立屋が作ってくれた布団に潜り込んでしまう。
『……やれやれ、ある意味じゃあ、ウサギの賢者の護衛部隊で一番扱いづらい部下だよ』
『カエル君、アルス君の事がとても好きなんですね』
仕立屋が"不貞寝"してしまった使い魔を見ながら、小さく微笑む。
『うーん、ロブロウでの出来事で、カエル的には一気に"確信"をしてしまったような感じだからね~』
"確信"という言葉に、微笑みの形をしていた眼元をこれまでに見せた事のない程の鋭さを伴ったに形に仕立屋は変える。
『……私に、"使い魔と思われている存在”が独立した意志を持っている所までお話してしまって、よろしいのですか?。賢者ネェツアーク・サクスフォーン様?』
鋭くなった目元に揃えた様に冷たい声と共に、先程使い間が飛んでいってしまった、寝台の方へと歩み、仕立屋はこの屋敷から移動する為の支度を始めた。
その後ろ姿を見上げながら、いつも通りの不貞不貞しさを醸し出しながら、のんびりと語る。
『ふふふふ、"賢者"がキングス・スタイナー卿に御執心という事を知って、近づいてくる輩にも、偶には"思わせ振り"な情報を与えてもいいんじゃない?。
少なくとも、ワシの界隈を探っている皆さんは、そろそろ"使い魔"としている存在は一般的な物とは違うって勘付いている人もいるだろうしね。
そうじゃないと勝手にキングスを"自分の情報網"だと勘違いしている、王様から許可も下りてないのに黙って仕立てさせようって貴族の皆様から、つまらない噂を立てられちゃう。
それにキングスなら、ワシの情報を加味した上で、努力もしないで情報を欲する輩を見事に煙に巻くことが出来るだろうしね』
『―――相変わらず、何にしても努力をなさらない方が嫌いで、仕方がない様子ですね』
仕立屋そう言いながら、黒い爪化粧が施された指先で寝台の上に置かれている賢者が作った、"キングス・スタイナー"専用の弓矢の形をした武器を取る。
"握"を掴み、矢を番る弦の箇所に指を伸ばし、弾き楽器の様な音色が響いた同時、アルスが思わず声を漏らして驚いた変形を始めた。
そして、その時と同じくまるで生き物のように、仕立屋の腕、肘に巻き付き見た目には少々重厚な防具にも見える形になる。
『自分で天才になりたくてもなれない努力型"秀才"の僻みとは判っているんだけれどね~。
貴族って"金持ち"の才能も持っているのに、それすら出し惜しみして、ワシの大切な仕立屋さんから、情報を引き出そうとしているんだもん』
"だもん"という言葉にウサギの賢者の実際の年齢と、人の時の姿と"声"を知っている仕立屋はそれまで、張っていた緊張を緩め、笑いを漏らした。
『―――貴族の皆さんは確かに生活水準は一般的に上ですけれども、覗き込んで見れば結構な"火の車"も多いみたいですよ。"相変わらず"』
涼やかな目元でと、少しばかり"毒"を含んだ物言いで、仕立屋は上司に情報を献上する。
"賢者が御執心の仕立屋"であるキングス・スタイナーから、情報を吸い上げているつもりの貴族のから、仕立屋も容赦なく情報を搾取する。
その搾取の都度にみるのは、"平和"の余暇から生まれる加熱していく貴族たちの見栄の張り合いの為の、資金繰り。
如何に自分の"家"を優位に見せる事から、派生する競争は自分達が人として生み出す"家族"にまで及んでいた。
その威光を大きくする為に、国の英雄と繋がりを持つことがかつては懸命に行なわれていた。
その国の英雄の代表ともなる1人は国中の、どの貴族よりも財力と人望を持ち、全く貴族という存在に仕事以外には"無関心"を貫き通す。
もう1人は繋がりを持とうとするも、過去に英雄でこの国の宰相をあった父親を喪った時、掌を返したように付き合いを隔たった事を確りと覚えていると、形にの良い唇から出された。
しかもどこで調べたのか知らないが、高潔な宰相としての父の政を邪険に扱ったのを貴族の情報を、把握していた。
その2人がこの国にあと2人残っているという、英雄の情報の一切を漏らさず、守っていた。
元々金や権威で揺るがない英雄に、平和な時代という事もあって、利用価値も見出すの難しくなった貴族は、あっさりと"有益"に見える存在に、繋がりの"鞍替え"を行った。
その多くが目を付けたのが、平和な御代という心の余裕があるからこそ注目も評価もされ易い芸術家や美術家といった方面の物となる。
一見芸術に"賢者"という存在は、全く関わりがない様に思われる。
しかしながら、国を代表する芸術家を辿ると"匠"と呼ばれる域まで達した芸術家たちは、殆どが何らかの形で関わっていた。
"影響を与えた”という表現が全体的な意見だが、それは口喧嘩であったり、メモの走り書きの言葉だったりと、それ自体は多岐に渡る。
そして昨今、その影響を受けて、国を超えて世界に認められている1人になるのがキングス・スタイナーと噂されていた。
『ところで、最近は"セリサンセウムの賢者の情報"になら、多少高額でも金を払う方がいるそうです。ご存知でしたか?』
殆ど出発の準備を終えてしまった姿の仕立屋が、仕上となる般若の面を手にしながら、改めて確認する様に賢者に尋ねる。
そう言われた賢者は肉球のついたモフモフとした手を、毛皮の内側でやや膨らんでいる頬を撫でながら眼を細めて小さな口を開く。
『そんな言い方をするって事は、"例の人"ってわけじゃあないか』
『ええ、"そちらの方”は、"セリサンセウム王国の鳶目兎耳から賢者になった存在"の情報なら、以前はどんな物でも買っていました。
けれど自分を出し抜いて、"鳶目兎耳"になった方に執着するあまり、"つまらない情報でも買ってくれる"という噂も手伝って一時期、金欠の貴族の"金蔓"扱いをされいた模様です。
ただ、流石に"そちらの方"も頭が冷えたなら、自分がそういう扱いにされていると気が付いたのでしょう。
金蔓扱いにした貴族の方も、表沙汰にはなりませんが、それなりの報復も受けた模様です。
ただ、相変わらず有益な情報には、金か、それに代わる品物を差し出してでも、"鳶目兎耳のネェツアーク"の情報を蒐集している様子です』
『いい加減にのその"情熱"を向ける方向を間違っている事に、気が付いて欲しい物だよ』
報告に一区切りがついた所で、"恥ずかしがり屋"の仕立屋は、"仕事"と"心を許した"人物にしか曝け出す事を拒む顔を、般若の面の内側に隠す前の"儀式"を開始する。
紐が付いている場所を、両手で丁寧に掴みの、面の"顔"と向き合い、それから高く掲げ、眼を伏せて小さく頭を下げ"頂く"と呼ばれる"挨拶"を行う。
そこから裏返し、長い紐を両端に着いている紐を一本一本を肩に回して、面の眼の穴の位置と、キングスの月の様な瞳の位置を揃えて調整し、紐を後頭部で結い上げ身に着ける。
この"面"を身に纏うにあたっての"敬意"を払う儀式の間は、親友でイタズラ好きを自任している賢者でも、決して邪魔をしない。
確りと面を身に着けたのを見届けてから、再び言葉をかける。
『そんな資金繰り困難の中で、新たに賢者と言ったら"金に糸目をつけない"という存在か』
『はい、ただそこは、"セリサンセウム王国"という、どうやら買いあげる側の拘りがあるみたいです』
面と通して聞こえてくる声は、少しだけくぐもったものとなるが、確りと聞き取る事は容易だった。
『うちの国だけ……って、それじゃあ、ワシというか"私"って事になるよねえ』
『何かしら、心当たりはありますか?』
そう訊ねる頃には、仕立屋は肩に荷物を背負っていた。
『うーん、あの娘を引き取ると決った時からは、取りあえず"仕事に逃げる"事は控えたから、無茶……というか、恨みを買う様な調べ事はしてないつもりなんだけれどね~』
『リリィさんを引き取るのが決定する前、恨みを買うかどうか兎も角……。
関わった相手が"これから先の人生、眼も髪も鳶色の男と関わりたくない"と思える仕事は、なかったとは言えないですものね』
面を身に着けた仕立屋から、諫めるような言葉と共に、姪の名前が出たなら、長い耳が"ピン"と伸びた。
それから直ぐに身軽にピョンピョンと跳ねて仕立屋の前を通り過ぎ、壁に添うように置いている寝台に飛び乗って、両開きの窓を開く。
窓を開き、風が屋根裏部屋を吹き抜け、ウサギの賢者には馴染みの景色が円らな眼下に広がった。
丁度、その風景に屋敷の入り口の役割を果たす樹木の垣根にアルス、リリィ、ルイと連れ立って出て行く姿が加わり、賢者の自覚はないけれども自然と顔を綻ばせて、見つめていた。
やがて屋敷の入り口となる垣根となっている場所に3人の姿が、完璧に消えた―――と思った次の瞬間、巫女の女の子は上半身だけ捻らせて、魔法屋敷の方に身体を向ける。
何も魔法らしきものも、打ち合わせなどもしていなかったけれども、リリィは屋根裏部屋の窓から自分を見つめるウサギの賢者を見つけた。
『賢者さまぁ!行ってきます』
元気な声と笑顔を浮かべ、大きく手を振って秘書の女の子は王都の城下街に出発した。
ウサギの賢者も、青いコートから伸びる短い腕と肉球のついた手を、見えなくなるまで振るった。
『……遠くか聞いたなら、声は本当にどちらにもそっくりですね』
仕立屋に"ネェツアーク"の事を頼んでから、別れの挨拶も出来ずにこの世界から姿を消してしまった、恩人とも友人とも言える人達の声に本当によく似ていた。
『ああ、あの子は眼元以外は"父親似"だからね。それも、世間を誤魔化すうえで役に立っているよ。これから成長したら、どちらに似てくるか後見人として楽しみでもあるよ』
"成長を見守りたい"という想いが滲み出ている言葉に、仕立屋は最初は黙っていようとも思ったが気が付いた事を上司に報告する。
『賢者様、恐らくリリィさんは、2回目の"月"の物が始まったと思われます』
男性であり女性でもある、そして男性でもなくて女性でもない、けれど繊細な配慮はだ誰よりも"人"である存在は般若の面越しにそう告げた。
そして自分の配下で、親友でもある存在の報告を聞いた時、賢者は振っていた手を降ろして頷く。
『着替えにも繕い物にしても、時間がかかっていると思って、もしかしてとは思ったけれども、キングスがいうなら、間違えないね。
思えば月も1周りしていたから、あってもおかしくはない。
最初の頃は安定しないって、育児書に書いてあったけれど、やはり教本と現実では違うって事があるもんだねえ』
それから寝台の中央に、ちょこんと座り込んだ。
『しかし、見た限りでは、階段一段抜きで飛んで来たり、身体の調子は悪くなさそうだったから何よりだ。でも、もしかしたら、怠いとかあるかもしれないけれど……』
『始まったその日よりも、次の日の方がきつい場合もあるという話は聞いた事はありますけれど。
でも、難しい所ですね』
『まあ、今日のお使いの相手がライさんだから、もれなくリコさん―――治癒術師のリコリス・ラベル嬢が付いてくるから。
調子が悪かったら直ぐに気が付くだろうし、良くも悪くも"病気"ではないし、リリィが自分の身体の成長と向き合う事だからね。
ワシは不調を察しない状態の限りは、こちらから声をかけないように考えているよ』
『そうですか』
昔なら、もっと素気ない―――異性だからということもあって、求められない限りは、そう言った言葉を口にするのすら避けていた。
元々同性で旧友で親友とされる存在でも、自分側に来ることを構わないとしながら、心のどこかで線引きをしているのは、親友として付き合って知っている。
けれども、"保護者"という立場になったなら、これまでの人付き合いでは見せた事のないような細心の気を配りながら、踏み込むべき距離を常に考えながら、成長を見守る姿に面の中で微笑んだ。
(でも、"リリィさんの心配ばかりだけ"というわけにも、いきませんよ、賢者様)
仕立屋は仕立屋で、賢者の事を恩人達から頼まれている事を自負しているから、言葉をかける。
『それで、"賢者様の体調"の方は如何なんですか?』
『……うーん、ちょっと寝不足な位かなあ、これからお昼過ぎまで2度寝でもしようかなって、考えている―――?』
そこで面をつけている親友を見上げた。
面の奥にある月の様な眼を見上げながら、小さく息を吐いて観念して、"自分を見張る役目"も担っている副官に、正直に話す事にする。
『キングス相手に誤魔化してもダメか。
そうだね、"前回"の時、まるできっかけの様にワシの姿が強制的に"匣"の蓋が開いて、人の姿に戻っちゃったから、心配してくれているんだよねえ』
フワフワの右の手から、人差し指の爪を出し、頬は軽く腫れているので、鼻の横を掻きヒゲを揺らしながら口を開く。
『でもあの時がそう見える状況だったけれど、今回がそうとも限らない。何せ、前回の事自体、まだ色々調査中だけれども―――何より"絵本"の事もあるからね。
実際、本格的という表現もなんだけれども、姿が戻ったのは"絵本がロブロウにやって来てから"だからね。
ただ、正直に言ってリリィの健やかな成長に"匣の中に隠していた"者が、刺激されたのも事実だ』
鼻を掻いていた爪を外し、可愛らしく見える事が多い円らな瞳を、ギョロリと動かし、怖いという印象を与えるには十分な視線を送りながら、そう告げる。
ただ般若の面を着けている部下で親友でもある存在に、一切怯むという雰囲気は感じられなかった。
その"引かない"感じに、賢者は苦笑いを浮かべ、脱力して続ける。
『でも、まあ、あの絵本の詳細は本当に判らない―――というか、考えたなら殆どの情報がが"絵本"の方の自己申告と、バロータさんからの伝聞だから』
"絵本"に関する事については、ウサギの賢者はロブロウでリリィの客室に"ぬいぐるみ"として逗留している間に、大体のあらましを纏めて、帰国してすぐに先ず報告書を国に提出していた。
それはキングスも眼をとおしていてたけれども、その内容の分類はあくまでも"自然災害を未然に防いだ報告書"という物だった。
その報告書に記された一般的に事実とされるべき中に、少数のセリサンセウムの民となる存在が対面した俄かには信じがたい"真実"が、簡単に記されていた。
勿論そこにいつもは"ウサギの姿をした賢者"が必要に迫られ、本来の姿に戻ったと言った旨が記されているだけで、"リリィ姫"の事は、護衛を着けて避難させていたとしか書いてはいない。
『―――ただね、まだ個人の感覚域を出ていないの話しなんだけれども、"普通の時"よりも、"匣の蓋"は開き易くはなっているよ』
とりあえず、面越しにも親友を心配しているのも伝わってくるので、正直にありのままを話してみる。
それで、親友の不安は解消するわけではないけれども、心配をする部分が明確にはなった。
『それでは、強制的にではなくて、普段の自分の魔力を"鍵"として人の姿戻る手間が幾ばくか、楽になっている現状ということですか』
本来なら"二重の星の施錠"という魔法の形で、人の姿を"匣"―――匣と表現しているだけで、"この世界ではない場所"に閉じ込めていると、賢者は自分にかけている"禁術"を国に説明し、報告をあげている。
それは、"ウサギの賢者"の本来の姿を承知している極僅かな人物だけが、国王のその秘密を守る箝口令と共に、承知している事でもあった。
その箝口令に従っている親友の深刻な雰囲気に、フワフワの毛中に埋もれる肉球のついた手を前後にヒラヒラさせながら、不貞不貞しくはないけれども、飄々と空気を作り、まるで世間話をするように言葉を返す。
『まあ、ロブロウの時の様に強制的にではないんだけれど、"うっかり"すると飛び出てしまいそうになっているみたいな感じかな~。
施錠はしているんだけれども、きつく締めている筈の鎖が、リリィの月の巡りの事は置いておいたなら、どういう理屈がなくなってしまって、簡単に開いてしまう。
ああ、あれだ。よろしくない例えだけれど、体調が悪い時、くしゃみをしたなら、思いがけずに一緒に胃の内容物が共に―――』
そこで仕立屋が手甲を填めている掌を向けて、それ以上の表現を遮った。
『ふざけてまで、例えなくとも結構です。わかりました、気を抜いたくしゃみ位で、ネェツアーク様の姿に戻ってしまいそうと言う状態ですね』
『うん、そういう状態。それでも、この魔法屋敷では"くしゃみ"の様な衝撃があったとしても、大丈夫だから。
幸いにも、ここも"駕籠"の様な役割をしてくれているからね。
"内側"からは出れても、"外側"の刺激は極力守ってくれる。
この屋敷から出ない限りは、リリィの大好きなウサギの姿は保持できる』
賢者が姪の事を第一に考え心配しているのは、よく知っている。
一度は世界との繋がりを自分から断ち切ろうとしていた少女が、唯一心を開く糸口となった"ウサギ"の姿を、ロブロウの時の様に戻れないというヘマをしないとう、その気構えが仕立屋には判った。
『ワシーーー"私"は、この国の臣下として、もう二度とリリィ"姫"が、無事に成人し、望まない限り傍から離れない』
賢者と仕立屋との間で行われていた、"世間話"の空気が、本来ならリリィという少女が背負っている階級の重さと移り変わっていた。
『何と言っても、ダガー・サンフラワー陛下が結婚してもいないから、万が一、いや暴君なら"兆が一"と言っても過言ではないか。
もしも、このまま"身罷る"事になったなら、法王陛下は直ぐにでも還俗し、ロッツ・サンフラワー"国王陛下"となる』
そういう"国"と王族と"教会"との、ロッツ君を法院にその身分を預けた時の取り決め。
『そして、リリィ"姫"―――いや、もしロッツ国王陛下が統治なさる御代になった時、本人の意思に関係なく"リリィ王太女"となられるお方、何が何でも守らないと』
仕立屋は般若の面越しに、本当のウサギにはあり得ない肉球のある掌をいつの間にか拳にして握りしめているのを見つめながら、少しだけ呆れる様に唇を開いた。
『決して、国王陛下共々、リリィさんを"王太女"になさるおつもりなどないくせに、何を言っているのです。
それに私が心配しているのは、"姫"―――リリィさんの事もありますが、国の人材としての賢者様のお立場とその身が健全である事です。
"ネェツアーク・サクスフォーン"という賢者が、人の姿でいる時に起こす、吐瀉を始めとする体調不良を伴うフラッシュバックを"克服"したという情報は、拾得してはいません』
『うん、だから、今から2度寝をして、"鍵が緩くなっている"時にちょっとした衝撃で、鳶色のオッサンに戻らないように、リリィ達が戻ってくる前に体力と魔力を温存しておこうとかんがえているよ』
そんな事を枕代わりにしている本をポンポンと肉球のついた手で叩きながら、不貞不貞しく口にしている内に雰囲気は、いつの間にか"イタズラ好きな賢者"の物に戻っている。
仕立屋も"これ以上はどうしようもない"と察して、肩を竦めた。
『解りました、それではリリィさん達が戻って来るまで、確り休んでくださいね。
それと、身体を休める決めているのなら、読書もダメですよ』
そう言って、賢者がポンポンとしていた枕に丁度いい高さになっていた本を爪化粧が施された長いゆびで1掴みにして、寝台から中央の机に移動させた。
「―――それで、キングスにブラッシングをちょっとしてもらって、屋敷の鍵もかけてくれるっていうから、一眠りしようとウトウトしていたら、"魔法の紙飛行機"が2通。
しかもアプリコット殿とロドリーから。
仕方がないから、ウサギの姿なら使える、本当なら"お仕置き中"のホウキィーを使って、城下街まで一っ飛びできたわけだ。
そしたらいざ着地しようとしたら、パン屋の煙突の所で、思い切りくしゃみしてして、自分で言うのもなんだけれども、人の姿に戻ってしまって。
そのまま落下ですよ、どういう理由かわからないけれど、アト・ザヘトさんに随分と懐かれている、ロドリー・マインドさん」
「説明が長い。シュト・ザヘト、20文字で纏めろ」
「ええ?!どうして、そこで初対面の俺なんですか?!。つか、ネェツアークさんの話は脚色とか絶対盛ってあったり、違う意味に解釈してしまう様な言い回しを使っているから、ここで判断しない方が良いっすよ」
「シュト兄、スープ持ってきました~」
「皆さん、顔合わせは無事に済みましたか?。まだでしたら昼休みが終わるまでですが、昼食を食べる時間はあると思いますから、どうぞ店を使ってくださいね」
マーガレット・カノコユリの菓子屋の店内。
軍服で傍目から見たら、不機嫌そのものの表情のロドリー・マインド。
青いコートを纏った眼も髪も鳶色の、ネェツアーク・サクスフォーン。
そして王都に辿り着いて、迷子の弟アトを捜していたなら汁物屋でマーガレットと出逢ったという、見た目は髪質と色と背の高さ位しか似ていない粗野な風貌な兄のシュト・ザヘト。
成人男性の平均身長を拳1つ高い、しかも洋菓子などが似合わない店内の飲食スペースで3人はサンドイッチを摘まみながら、これまでの事を報告をしていた。
「これで私はアトを引き渡して、土産を買って家に帰ることが出来る」
ロドリーが、自分の横に座り"野菜スープ食べたなら、マーガレットのチョコレートが貰える"と野菜の多い物を懸命に食べているアトを見つめて口にする。
「あ、ごめん、アト君とロドリー、一緒にいてて。ちょっと、シュト君とオジサン、このあと"デート"してくるから。
眠りたかっただろうけれど、そこは一緒にIt's not going to be that easy. よろしく」
"上司”からあっさりと、希望を却下され、部下は愕然として匙を落としていた。