It's not going to be that easy.その6
―――ヒャハー、申し訳ありません。私には"死んでも忘れたくない女性"がいるんですよ。
―――だから、貴方の恋文は受け取る事は出来ないんです。
―――それに、私は"商人"。
―――互いの"利"に叶わない事は、私の方針として 勧められませんし、受け取る事が出来ません。
―――例え、貴女がどんなに美しく、その涙を流しても、私の罪悪感を多少揺さぶる程度で、”無価値”でしかないんです。
その一部始終を"野猿"の頃に見た。
珍しく"商人"の格好していない青い髪に垂れ眼の恩人に恋文を渡そうとしている、異国のドレスを纏った品の良さそうな、お嬢さんが手紙を拒まれ泣いていた。
それでも、商人は手紙を受けとらない。
そして、一礼だけをして、その場に―――涙を流すお嬢さんの側に世話係となる近習の姿を確認した後、置きざりにする様にして商人は身を翻しその場を離れる。
そこで物陰に隠れている"野猿"を見つけたなら、言葉を口はせずに垂れた眼から"ついて来い"という指示を、視線で出されたのを感じ取り、素直に従った。
横並びに並び歩き続けながら、どういう理由だか知らないけれど、"貴族"の恰好をしている商人は、小汚い少年には聞かせる素の声で語りかける。
―――野猿、もし、お前がこういう場面になった時に、好きな人がまだいなかったなら、"ああいう場合"は手紙を受け取ってあげなさい。
―――例え、一方的な気持ちの訴えでも、その気持ちを受け入れるかどうかはともかく、"渡せた"という事で、相手の気持ちにケジメをつける事が出来る。
―――結果が伴わなくても、"行動を起こした"。
―――それだけで、満足する"心"というものが、人にはあるからね。
歩みを止めぬまま貴族の服の懐に、器用に畳みしまっていた、愛用の鍔の広い帽子を取り出し、大切に丁寧に広げる。
特別な仕立てなのか、折りたたまれていたのに、目立つシワという物は残ってはいない帽子を、愛おしそうに商人は見つめ再び唇を開く。
―――ただ、出来る事なら"結果"も出せたなら、それに越したことはないけれどもね。
そしていつもの様に目深に被り、気配もなく、反対側にいつの間にか側に来ていた、商人の従者だという、"野猿"は一度も言葉を話す事が聞いた事がない魔術師が渡すコートを身に着ける。
それから、"商人”の証明でもあるかのように、首に飾り仕立ての十露盤を渡され、身に着けてジャラリと鳴らして歩き出す。
―――ああ、でも、"好きな人"が出来たなら、私みたいに酷い言葉を使ってでも、恋文を貰う事を控える事。
―――そうでないと、"好きな人"を大切に思っている存在から、"殺してしまいたい"程、憎まれてしまうからね、"ヒャハー"。
そしていつもの"不敵な笑い"を浮かべて、歩幅を大きくして"野猿"のルイを置き去りにして商人は行ってしまった。
『―――そう、ルイ君の言うみたいに、取りあえず
"文句でも嫉妬でも聞いておいたなら、逞しいグランドールや、可愛い美少年のアルセンに熱中する人々が、苛烈な嫉妬心をむき出しにしなかったんじゃないだろうか"
と、彼女は反省をした』
そんな飄々とした口調で、ルイが大好きな人を、大切に思っている存在が語る声で、意識が掘り起こした"思い出"の方から、引き戻される。
そして、そんな元"野猿"のやんちゃ坊主の状態を知ってか知らずか、賢者は"彼女の反省"について、ヒゲを揺らしながら大いに語り始めていた。
『当時は、彼女だって家族を捜していたり、彼女自身が目標や夢としている事があって多忙だった。
そこに押し付ける様に、自分の気持ちと英雄候補に近づけない嫉妬を宣っているようにしか耳に届かなかった、それらの声を蔑ろにする事に、全く後ろめたさなんてものはなかった。
ただ、時間が過ぎ、彼女にそれなりの余裕が出来て、落ち着いて考えることが出来る様になった時にね、思ったそうだよ。
"英雄候補の友達"に群がる様にも見えたとても大勢の中にも、相手なりに真剣な気持ちを出していた人もいたかもしれない。
それなのに、全てを一緒くたにして、無視をしてしまったかもしれないと考える事があったそうだ。
少なくとも、全部が全部その当時に"英雄候補"になったグランドールやアルセンにまるで流行りものに飛びつくような気持じゃなくて、純粋に憧れて友達になりたかったり、恋する気持ちもあったのではないのだろうか、とね。
それで、もしそんな気持ちを抱えていて、繋がりをどうにかしたいとして考えたなら、きっかけを作るとしたらその彼等の"友達"だという彼女しかいない。
もしかしたなら、好漢だけれどもどこか天然のグランドールや、美少年だけれどもその実は意地っ張りな後輩アルセンにとって、彼女以外の良い異性の友人が出来る機会を自分が潰してしまったのではないかと、反省していた。
それに加えて、同じ様に落ち着いたグランドールとアルセンの方も、彼女に少しばかり頼り過ぎている事をそれとなく気が付いた。
まあ、それ程彼女を信用し信頼していたという裏返しでもあるのだけれどもね。
何より、彼女が機会を奪っていたかもしれないと心配していたけれど、他の2人も自分の事で打ち込みたい事もあった時期。
だから、"会ってみてくれ"なんて言われるよりは、遮ってくれている方がありがたかったと励ましてもいた。
それで、彼女と友人達は、出来る事ならこれから先、同じ様な失敗をしたくないと、友人同士で話あっていた。
で、ワシは例の魔術研究所で引き籠っていたから、結果の話として聞いたに過ぎないがね』
結構な量の言葉を、ヒゲを揺らしながらも小さな口から一度も閊える事もなくリリィの縁者が"反省"している内容を、語ってくれていた。
ルイはその発言の量に圧倒されるのと、自分の掘り返した記憶と交じり合って混濁した中でも、商人が口にした言葉と、賢者が語る"反省"の内容に合致する箇所に驚き、言葉が出ない。
ただ傍目には、ウサギの賢者が述べた言葉の内容の安定の回り諄さと意味の理解に時間がかかっている様にも見え、アルスの方は実際そう思っていた。
なので、取りあえずその"回り諄い物言い"に2月周り程ではあるが、接し馴れている部下でもある新人兵士の中で、考えを纏める。
(思えば、"ウサギの手には肉球がない"と教えてくれた人の事から始まって、まだ詳しくは話して貰えないと前置きをされ、リリィと縁がある人の話となって"反省"の件となって、ここまで来た。
それで、自分達に促している事は―――)
『賢者殿はリリィやルイ君、自分がマクガフィン農場のカレーパーティーに参加する事は賛成している。
けれどある意味では、グランドール様、アルセン様そしてウサギの事が大好きだというリリィと縁がある人が、かつて"反省"を抱いた出来事をそのまま踏襲してしまいそうな、状況にもなりそうな場所でもある。
それで、出来ることならリリィや自分達に先人達が"反省"した轍と同じものを踏むことは避けて欲しい。
ただ、今回は少しばかり状況が違うのが、自分達とリリィは年齢がはなれている事。
自分達と同じ年齢なら、やり過ごしたり出来る事が、最年少でもあるリリィには"絡まれる"様な出来事があったなら、勝ち気や負けん気の強い性格で流すには難しい事になるかもしれない。
その部分の補助については、自分とルイ君が、前以て勤めるということで。
出来る事なら、今回のカレーパーティーはリリィにとっての"友達づくり"のきっかけになればと、ウサギの賢者殿は保護者として考えている。
だから、この様に長い形になりましたけれど、それを含めて、説明の話をしてくれたという事なんでしょうか』
『ほう、踏襲に轍とはまた文学的表現をするねえ、アルス君。
それでもって、本当にありがたい、つまりは"そういう事"なんだ。
決してアルス君やルイ君が役不足という訳ではないけれど、リリィにも出来る事なら年の近い同性の友達が、そろそろいてもいいと思えてね』
最終確認に自分の護衛騎士が口にした事を、"承認"の意味を含めた返事をする。
そして敢えて口には出さないが、保護者としても、可愛い"姪っ子"には、出来る事なら"恋"というものに、今はまだそこまで興味を持って欲しくないのが本音でもある。
ただ、姪に関していえば、"ウサギ好き"を含めその伯母にしても実母にしても、彼女達母方の"血筋"は相手の方が惚れ、熱烈なアプローチ行って漸く恋愛に発展する傾向は、賢者も身を以て経験している。
現状は、それなりに恋に鈍い姪は、ルイ・クローバーの露骨なアプローチを受けて漸く軽く意識出来る程で、気持ち的にもまだ"友達"というものが殆どなのが見受けられる。
その少年はといえば、今は理由は判らないけれど、先程護衛騎士から恋文について言われ応えて、何やら考え続けている様子で、それは今も続いている。
保護者として賢者は取りあえず、これからの姪の成長共々、彼の熱烈なアプローチに関しては気にかける程度の事で、済まそうと考えていた。
ルイがリリィ好きな事は揺ぎ無い事だし、気持ちが誰かに移り変わるという事はないとも思える。
その上で、好きになった女の子気持ちが最優先で一番というやんちゃ坊主なりの"ケジメ"を、彼が朝食を食べている間に魔力を使って確認していた事もあった。
『―――それにしても、やはりワシの説明は自分でも少しばかりは思っていたけれど、優しいアルス君が、長いっていうんだから、余程長かったみたいだねえ。
こちらはワシが反省、反省』
わざとらしく"反省"と繰り返しながら、自分を抱えている対外的には男性としている親友の仕立屋の平な胸元に、甘える様にフワフワとした顔を埋めながら"父親側" の事を考える。
(考えた事もなかったけれど、リリィの"父方"の血筋で言ったら、"強い人"が大好きというのもあるからなあ。
リリィが恋愛の意味で自分から好きになれる相手は、どんな感じになるんだろうねえ。
"お祖父さん"から続くセロリ嫌いの血筋とか、如実に出ているから、確実に影響は受けている部分はあるんだろうけれども)
賢者がそんな事を考えていることなど露知らず、アルスは上司がヒゲを揺らし、小さな口に出している内容と、親友の仕立屋に甘える様な仕種に、首を僅かに傾けながら"長い"と口にした事について、素直な気持ちを伝えようと、口を開いていた。
『いえ、こういう風に会話を繰り返しながら聞かなかったら、自分はすくなくとも賢者殿がリリィに関して、何をどういった具合に心配をしているかが、判り難かったと思います。
短く出来たかもしれませんが、自分は考えながら話す事で、整理も出来たので、必要な長さでもあったと思います。
それにまだリリィという女の子を、マクガフィン農場で紹介して語る時の情報としては"この国の賢者の秘書で、巫女の女の子"としか、語れに事は変わりはないけれども、詳細な過去を知らなくても、"知っている"という気持ちをもって紹介が出来ます。
若い頃にグランドール様やアルセン様と共に、この方が"失敗をした"と思える状況を教えて貰えたことで、少なくともリリィに同じ様な失敗を与えなくて済むように、同行する者として対処できますし。
それに、もし"ルイ君の事が好きで、リリィの事を恋敵認定"して、しつこく聞いて来ようとするお嬢さんが、もしもいらっしゃった時にも、それとなく牽制が出来そうな気がします』
"リリィを守る"と言った旨をアルスが発言した時に、それまで考え込んでいたルイが癖っ毛を跳ね上げて護衛騎士を見上げながら自分を親指で指さしながら、慌ててこちらも"宣言"をする。
『あ、でも、そん時は、オレが牽制するから、アルスさん!。農場に関連してる奴なら、オレの方が"リリィの友だち"として意見を通しやすいだろうし!』
『まあ、それこそ"臨機応変"で行ってもらおうか。
初めて出会う、凛々しい兵士のお兄さんに言われるのと、淡い恋心を抱いているやんちゃ坊主に注意をされるのでは効果や作用が、それぞれ違うだろうしね。効きそうな方を、それぞれ頼もうかな』
突如言葉を挟んできた、やんちゃ坊主を宥める様にウサギの賢者が、抱えている仕立屋の袂に身を埋める様にしながら、そんな言葉を挟み、言葉を続ける。
『ワシもね、肉球の事を教えてくれたリリィと縁がある彼女と友人としてね、"頼まれた役割"でもあるから、何かしらあったら協力するよ』
『それなら、賢者殿もカレーパーティーに参加すれば良いんじゃないっすか、この前のロブロウの時みたいに……て、それこそ、”ケースバイケース"で、リリィがからかわれる事になりかねないんすかね?』
ルイ自身は良いことを思いついたといった様子で口にしていたけれども、直ぐにそれをひっこめる。
"子供社会"については、余り関わりを持たないルイでも、"ぬいぐるみ"を抱えて行動する事がある程度年齢を達した女の子がする行動して、嘲笑の対象になる事ぐらいは、感じ取っている。
これまでなら、自分の行動が別に嘲笑され様が、責任を取るのは自分自身だからどうともなかったが、これは大切な女の子に関わってくる事でもある。
『ロブロウの時みたいな、"暫く距離が離れるから、賢者様がお守り替わりのぬいぐるみ"って言い訳は、通りにくいっすよねえ……。
農場から、この鎮守の森へは離れているからお守りにって、距離じゃあないですし』
自分に向けていた親指を、そのまま顎に手をあてて、掴んでスカーフを捲いている首を先程のアルスに続く様にルイが傾けると、賢者が発言に次ぎたす言葉を続ける。
『リリィは自分の評価を気にしたりはしないだろうけれど、ぬいぐるみ状態のワシを前みたいに抱えて持っていった時、"賢者の過保護アピール"として印象付ける事にはなるね。
で、リリィの事だから自分が"甘えん坊"とういう評価よりも、"あんたの保護者、凄く過保護!"という事を匂わす発言をしたなら、あっという間に険悪な雰囲気というものを、場に満たす事が出来るだろう』
『ああ、あれだ、キングス様が外出の時に使っている"ハンニャ"というやつみたいな面をして、そんなこと言った奴に食ってかかりそう』
『え?、私の般若面ですか?』
ルイが少しだけふざけて言った言葉だけれども、ウサギの姿をした賢者もその護衛騎士も"ああ、判る"という雰囲気でそれぞれ頷く。
ただ思わぬ形で話に巻き込まれた仕立屋が、月の様な瞳を激しく瞬きしながら、振り返り、寝台に置いてあるこの後身につけようと考えていた般若面を見つめた。
強気だけれども可愛らしい巫女の女の子の顔と、自分が愛用している面の強面の面が合致する姿が上手く想像できない。
加えて面が表現している意味とも重ね合わせる事も出来ずに、今度は仕立てが少年達に続いて、しなやかな首を傾ける事になった。
『そこの所が、今回の"難しい"所になりそうですね。リリィは、賢者殿が第一で大好きですから』
アルスが苦笑しながら言った時に、仕立屋の胸元に埋める様にしていた顔をウサギの賢者が持ち上げ、長い耳をピンと伸ばした。
それから俯き加減だった顔を上げて、口の端を小さく上げて、開く。
『そうだねえ、それぞれに大切な物を考えて行動した事が、全て上手くいくという保証もないからね。
それは丁度"失敗"に気が付いた後は、何かと友人同士の間で話題にもなった事だったよ。
だから、その後は互いの判断で、責任を持って接触してくる相手や、何かしらの関係を持たねばならない時は"各人の責任でやっていこう"みたいになったけれどもね。
でもまあ、グランドールなんかはそうしてみたら、例のワシが作った催涙ボールで縁が出来た傭兵の御婦人を、あっという間に友人、恋人から"婚約者"と世間に広めたしねえ』
その突発的な発言に、話の中に何気なく出された"傭兵の御婦人"に関する"真実"を知るアルスは空色の眼を見開き、少し痛みを堪える様な表情を浮かべる。
そして"事実"としての話だけを、リリィと共に聞いているやんちゃ坊主は、これにも先程同じ様な"ああ"と言った、感情に合わせた何とも言えない表情を作って苦笑いを浮かべていた。
護衛騎士とやんちゃ坊主は横並びに立っているので、ウサギの賢者の発言を聞い瞬間には、互い浮かべている、余りに意味合いがかけ離れている表情は、窺いしれない。
ただ、ウサギの賢者は2つの表情の大きな差異に構わずに話を続ける。
『でも、まあ、グランドールは"恋人"にした最初こそ小さく揉めたという話を聞いたけれど―――。
その御婦人と恋人や婚約という形を広めたら、世間は予想以上に"普通の反応"を、英雄候補相手でもしてくれたみたいだったね。
そして、その英雄候補から、候補の2文字が取られて、求婚したのに関わらず"逃げられた”時には、最初の頃の嫉妬が渦巻いていた時からは信じられない程、常識的で親切な対応をしてくれた。
まあ、俗にいう"そっとしておいてくれた"と言った位のものだったけれどもね』
『賢者の旦那は結果的にはオッサンの、旧友の"失恋"でもそんな風にというか、結構冷静に受け止めてるんだなあ』
ウサギの賢者が、自分の師匠でいずれ"義父"となる存在の旧友であり親友であるのを知っているけれど、この反応は冷たい物に感じて、残念そうな反応をルイは示す。
『いやあ、ワシはその頃はやっぱり魔術研究所に籠りきりだったからね。
グランドールの事を知りたくても、知る事が出来ない状態だったから』
やんちゃ坊主の少しだけ責めるような視線に、僅かばかりだが申し訳なさそうな表情をウサギの顔の中に作りもするが、賢者は弁明をする為に更に続ける。
『まあ、その頃には美少年から美人に成長したアルセンが、ほぼ毎晩正しいかどうかは知らないけれど、失恋を癒す方法"ヤケ酒"に付き合ってあげていたみたいだし。
グランドールも落ち込みはしたけれど、そこで心機一転じゃあないかもしれないけれど、時期的には丁度始めたマクガフィン農場も、"失恋"のお陰である意味じゃあ、打ち込めたんじゃあないかな。
だって、グランドールは英雄では成人したばかりだろうけれど、"婚約者に逃げられた"過去なんてなければ、世話好きの農家の御婦人方から、"先ずは嫁を"と斡旋されてもおかしくないしね。
あとは、逞しい感じの殿方が好みの貴族の御令嬢のそれこそ接近があったとしても、"婚約者から逃げられたのがトラウマでのう"と逃げる事も可能だしねえ』
『あー、そうか、そんな見方も出来るのか』
ウサギの賢者が朗々と語る内容は、詭弁にも聞えかねない内容ではあるけれども、冷静に理路整然と語られるよりも、感情を優先し滲ませた内容は、ルイを納得させるには有効となる。
特に最後の方の褐色の大男の訛りを含んだ特有の喋り方の物真似は、流石旧友だけあって良く特徴を捉えていて似ていたので、更に納得させる力を増していた。
『じゃあ、そんな話になると、ある意味、オッサンは婚約者から逃げられたから、今の農場があるって事になるのかな?』
もし、今自分のいる居場所が、そういった経緯があった上で出来たというのなら、グランドールには悪いけれど、"失恋"をしてくれた事に感謝するという気持ちは素直にルイの胸の内に浮かんできた。
ただ、"婚約者に逃げられた"という過去とは、グランドールという人は、十分にもう向き逢えているし、乗り越えてもいるとルイは思っている。
それにその"逃げられた恋人"と、偶然だか運命だか知らないけれどこの前の農業研修先の西の領地で再会する。
ただ再会しても、別に揉めるという事は全くなくて、まるで家族で兄妹の様に会話も交わしていたのも、やんちゃ坊主は間近に見た。
そして何とも言えない表現になるかもしれないが、その後婚約者だった傭兵の御婦人は、グランドールと別れた後に出逢った"本当に好きな者"と再会し、その領地を旅立った。
本来は傭兵稼業を弟子に引き継ぎ引退し、余生を長閑に過ごそうと思って"故郷"とも呼べる場所ロブロウに、グランドール・マクガフィンの元婚約者は訪れていたのだという。
その"本当に好きな人"との再会も奇跡の様な、偶然だと事情を知る者が誰となく例えていたのを耳に入れていた。
"まあ、何が起こるのかわからないのが、人生だしね。
それに、うちは俗に言う田舎だから、噂になったなら良くも悪くも瞬く間に広がってしまう。
賑やかは好きだけれど、騒がしいのも嫌いだし、何気にシャイだったから、静かに好きな人と気を遣われない様に出て行ったんだと思う"
ルイはリリィと共に、元婚約者と幼馴染であるというロブロウの領主アプリコットから、そう説明して貰う。
説明の際には、当事者でもあるグランドールも側におり、逞しい褐色の腕を組みながら今はもうなくなっているという大男の故郷の田舎も、そう言った感じだったらしいので、この旅立ちも仕方ないと重ねて丁寧に説明される事になる。
そう語る様子は、本当に妹の新たな静かな旅立ちを心から祝福している兄の姿の様にも見えた。
リリィもどうやら簡単な話は、その元婚約者の傭兵の弟子にあたる少年から聞いていたので、いきなりの旅立ちに、寂しがってはいたけれど、驚いたという事はそこまでなかった様子だった。
それに諸事情により新しい仮面を身に着けていた領主のその語り口は、不思議とウサギの姿をしていた賢者に似ていた事もあって、そのお陰で落ち着いて経緯を聞けた事もあったかもしれない。
そしてその時のウサギの賢者といえば、
"ロブロウでは正体がばれたら拙いからねえ~。
ワシはこのままぬいぐるみのふりをして、帰るまで書類作業でもしておくよ~"
と、リリィの客室で巣穴に隠れるウサギの様に引き籠り、"暇つぶし"にと領主邸の図書室にあるという本を読み漁って、何やら書き物をしていた。
そこからは、リリィとルイは2人、"子どもなりに"、グランドールや他の大人、それに優しいお兄さんの様なアルスにも、尋ねてはいけない話なのだという事を察して、説明をしてくれた領主に向かって揃って頷いていた。
ただ、少年と少女は、頷いた直後、それどころではない事態が発生して領主に報告が上がり、グランドールの旅立った婚約者の話しについては、そこで打ち切りとなった。
上がって来た報告は、リリィとルイがもロブロウの農業研修の最初に世話になっていた領主の家の執事の訃報。
元々この領地では、矍鑠とした動きに関わらず最高齢で、体調を崩し、休んでいたならそのまま眠る様に、こちらはこの世界から"旅立って"しまったという事だった。
リリィにしたなら、寧ろその報告の方が、とてもショックが大きい様子少しばかり顔色を悪くしていたけれど、それでいて益々子どもが口を挟めるような事態ではなくなってしまったのも判っている様子だった。
ルイも勿論その事を弁えていたので、アプリコットの指示で、執事見習いとして部屋の隅に控えていた傭兵の弟子となる、アルスとも友人となった少年に案内され、素直に各人の客室に戻って休む事になる。
ロブロウでは客人という立場なので、結局執事の"旅立ち"の方にも、少年も少女も深く関わる事は出来なかった。
ただ、その前に行われた諸々の出来事で、ルイ自身も随分と体力を消耗している状態だったので、大人しく(やりたくもない)勉強を、しつつ静養を行いながら、残った農業研修の手伝いもしていた。
リリィの方は"ウサギの賢者さま"がいる事で、"静かなのに、騒々しい"雰囲気になっている、余り環境的には落ち着かないロブロウでも、何とか穏やかに時間を過ごしていた。
恐らく、賢者にしか見せられない心の内なども、1人と1ッ匹の時に話していたのだろうと、ルイは考えるけれど、それは誰にも言わずにやんちゃ坊主は胸に留める。
そうしてルイ・クローバーにとっては、セリサンセウム王国の英雄グランドール・マクガフィンの”元婚約者"の話については、これで区切りがつく出来事として、過去として片付けられていた。
だから、王都にに戻り、改めて農場の成立ちに、元婚約者の事がきっかけの一部になっていた事に心か驚くばかりでもある。
『まあ、少なくとも、"仕事打ち込む"活力にはなったんじゃないかなあ。嫌な言い方をすれば"仕事に逃げた"とも表現できるねえ』
『それは、本当に悪い表現になりますよ、賢者様―――』
仕立屋に諫められながら、"グランドールの元婚約者"を語るウサギの賢者の話を興味深く聴いていたルイのその横で、アルスは浮かべていた戸惑いの表情を、なんとか押し戻し、苦笑いを作っていた。
(そうだ、"表向き"はそういう話になっているんだった)
恐らくはロブロウで起こった出来事の"真実"を知っている立場の1人して、上司に改めて"念"を捺されているのだと、アルスは感じ取っていた。
(ロブロウで起こった"真実"については、国王陛下も、この国で英雄で貴族で、枢機を担っている方々を含めて存じ上げている。
だから、賢者殿の独断とかそういうので、隠蔽しているわけではないから、自分も気にしなくていいのだろう。
勿論、許可が下りるまでは決して表に出してはいけない事。
でも、魔法や精霊の事を詳しく理解していない自分じゃあ、"真実"を語ったとしてもこの日常の現実と辻褄を合わせて説明する事も不可能と同じだし。
例え話したとしても、賢者殿やアルセン様やグランドール様、それかネェツアークさん程の知識や理解力がないのなら、自分が夢見た事を寝ぼけて口にしていると解釈もされかねない)
ロブロウで起こった"出来事"については、その状況の最終的な指揮者となったウサギの賢者の采配で、結果は公にする"事実"。
そして現場にいて起こった出来事の一部始終を見届けた、当事者の胸に納める"真実"が残された。
アルスは本来なら"事実"の部分を知っている位が分相応なのだと思うし、自分自身でも弁えているのだけれども、結果として一部始終を見届けた"真実"を胸に納める立場の1人となる。
"国の兵士として、上司の命令に従うのみ"
その気構えを、アルセンに進められ、この国の兵士となる覚悟を持った時からしているつもりではいる。
だけれども、目の当たりにした"真実"は随分と大きく重く、恩師も共に抱えているという、支えがあっても心に与えられる圧力は随分なものになりそうだった。
それでも、考えていたよりもきつい物でもないと思えるのは、抱える"真実"がアルスが人生の中で、初めて出来た親友と共有するという実感があるお陰だとも思えた。
(あ、思えばシュトは、これからどうするつもりなんだろう)
その共に"真実"を抱えている年の近い親友の事をロブロウについて考える事で思い出し、彼のこれからの動向が気になる。
(王都には、アト君の事があるから、いつかは来るって話にはなってはいたけれども……。アプリコット様が"領主を辞めた"のなら、シュトとアト君はどうなるんだろう?)
やんちゃ坊主が持ってきてくれた、大農家に託された日報には親友の雇い主が"無職"になるという旨が載せられていた。
(そもそもの立場は、"領主アプリコット・ビネガー"の用心棒だった筈だし、領主を辞めたなら、シュト達の仕事の方もそれまでになるのかな。
確かお金については、結構世知辛い感じに口にしていたし……。
でも、一応ロブロウのビネガー家の執事見習いとして働いた分と、賢者殿からリリィの護衛の料金が渡っている筈だから、直ぐに貧する事はないだろうけれども)
アルスが西の領地に関連する言葉を耳にしたことで、そこで出来た親友について思い出したのを"表情"を見て気が付いた賢者は、"ついで"とばかりに更にやんちゃ坊主に言葉を投げかける。
『そうだ、折角農場の主の話しから、この前のロブロウっぽい話に繋がったから、お使いに行った後に、グランドールにはキングスに頼んで伝えるつもりの内容を、君達にも先に伝えておこうか』
それには少なからず、旧友が養子にしようとしているやんちゃ坊主が、結構"鋭い"事を知っているので、自分の護衛騎士の念押した事で出てしまった動揺を察せない為でもある。
(一応、こちらも"念の為"にね~)
ルイ自身にしたなら、"事実"だろうが"真実"だろうが、"リリィが嫌な思いをしなければそれで良い"という考えが一番になっているのは、かつてロブロウの八角形の大地の上で、"鳶目兎耳のネェツアーク"の姿で確認をした。
けれども、何かの流れで―――"万が一"にもないとは思うのだけれども、"リリィが真実を欲した"のなら、このやんちゃ坊主は、何としてでもそれを捜そうとする気概は携えている。
そして"真実"を知る"糸口"として、アルスに探りをいれようとするのは、予想出来るのでそれを防ぐ為に賢者は、ルイが興味を持ちそうな話題をヒゲを揺らしながら、口にしていた。
『え、それって領主を辞めさせられたアプリコット様が取りそうな行動って事だよな?』
ウサギの賢者には有難い事に、やんちゃ坊主は興味を持ってくれた上に、アルスの方のも同じ様に興味をもつことで、こちらは先程の"念"を捺したへの戸惑いは、すっかり払拭出来いていた。
『あ、でも、それってオレとかも聞いて良い話なのか?』
―――領主を罷免されるという事。
そこには少なからず"大人の事情"という物がある様に感じられたので、興味はあっても"クソガキ"である自分が深入りをするべきではない。
そこの所は、ルイなりに弁えているつもりはあった。
『うん、聞いても構わないよ。それにルイ君、こちらに到着したばかりの頃、リリィがアト君から手紙来たってリリィから聞いただろう?』
『あ、はい、この後の王都の城下街に行くときにでも、話を聞かせて貰おうって思っているっす』
いきなりこの魔法屋敷に訪れた時の事と、その際のリリィとの会話について尋ねられたけれども、ルイはしっかりと覚えているので淀みなく応える。
それを確認してから今度は、"もしかして"という表情を浮かべている自分の護衛騎士の方に言葉をかける。
『アルス君はルイ君が、カレーパーティーの招待状持ってくる前に、ワシがリリィにアト君からの手紙渡すのを見たよね?』
『はい、昨夜の遅くに、伝書鳥で届いたと。もしかしたら、アプリコット様からの手紙もご一緒だったんですか?』
アルスがそういう頃には、少しばかり早めの衣替えを行い、色が変わった青いコートの袂から、"アプリコット・ビネガー"からの手紙を巧い具合に肉球に挟み込んで、取り出していた。
普通の封筒に納められていた形状ではなくて、何度も折りたたまれていたシワの筋が残っている。
ただ、ウサギの賢者が小さな同僚に朝食の前に渡していた手紙は、普通の封書に入っていたような四つ折りの普通の便箋に見えた。
(もしかしたら、わざわざリリィ宛の手紙に見せる為に、アト君からの手紙だけは魔法か何かでシワを伸ばしたのかもしれない)
杞憂かもしれないけれど、アプリコットからの手紙とは分けて扱う小細工を必要をとする程度に、気を配る内容の手紙の内容。
(貴族だと私的な事ですら、日報とか記事になったりするものなあ。ああ、そうだ、思えばアプリコット様って―――)
すっかり忘れていたけれども、確かに彼女は領主を辞めた事もあったけれど、それ以上に"国中の日報の記者が張り込んでも仕入れたい情報"にもなりかねない人でもあるのを、今になって思い出す。
ウサギの賢者も"恋が苦手"と、部下との個人の面談の時に打ち明けられているので、護衛騎士としては優秀なアルスだけれども、そういった方面に気が回っていなかったのだろうと、その反応で判った。
『そうそう、本来はアプリコット殿の手紙が本題であったわけだね。
多分、イタズラ好きのアプリコット殿の事だから、何らかの用事で側にいたアト君に"リリィにお手紙書きますか?"って言葉をかけたんだろう』
話している言葉は和やかだけれども、その届けられたという手紙を見つめる賢者の眼は、円らな物を細め、鋭さを滲ませる目元で、取り出した手紙を見つめ話を続けていた。
『確かに、アトさんなら喜んで、リリィに手紙を書いたんだろうな。別れる時も、アトさんなりに寂しがっていたし』
アプリコットの抱えている事情も、"領主を辞めた"程度しか知らないやんちゃ坊主は自分よりも年上だけれども、心は随分年下となる"お兄さん"の事を、ルイにしては珍しく優しい声でそう語る。
珍しいという事もあるかもしれないが、"子ども達"のやり取りに賢者の目元に浮かんでいた鋭さは、幾らか潜められた。
『そうだねえ、リリィとルイ君は、ロブロウで最初にアト君と友だちになったから、領主を辞めたイタズラ好きの御婦人も、現状は雇い主かどうかは知らないけれど、気を遣って手紙を書かせたのもあるかもしれない。
それで本題の手紙の方は、そっちはさっきルイ君が"オレとかも聞いて良い話"と言ったみたいに、日報を書いている様な記者さんからしたら、十分興味を惹いてしまう内容になるんでね。
いずれ日報の記事になって知れる覚悟はしているだろうけれども、今はのんびり旅をしながら―――もう、"王都に向かっているらしい"。
勿論、傭兵銃の兄弟を、王都にまで無事に送り届ける為に領主を罷免させられた貴族の御婦人の用心棒としてね』
そしてそのまま鋭さは、円らな眼を線の様に細めて、笑顔の形を作ったまま手紙の中身を公表する事はなく、再び青いコートの懐に、賢者は仕舞い込んでしまった。
ただ、手紙の中身よりも、既にアプリコット達がこちらに向かっているという事は、アルスとルイを驚かせるのに、十分な効果を持っていた。
『え?!じゃあ、もうアプリコット様、こっちに向かっているのか?!』
ルイは何とか今までやんちゃ坊主なりに使っていた丁寧な言葉遣いを、驚きの為にすっかり忘れて声を出してしまう。
隣に立っているアルスは、普段ならそれを窘める位の落ち着きを持っているのだけれど、親友がこちらにもう向かっているという嬉しさに、安堵して小さく安堵の息を漏らしていた。
ウサギの姿をした賢者は、その様子に口の端を上げる事で、完璧に笑顔をつくり仕立屋の抱えている腕の中で頷いた。
『―――どうやら、リリィさんも繕い物が終わったみたいですね』
自分が"抱っこ"している耳の長い賢者の、その耳元に紅を引いた唇で呟くほどの声量で告げるのだけれども、楽器の音色の様に不思議とよく通り、アルスとルイの耳にも確りと届く。
それから目尻に化粧の紅を挿した吊り眼を僅かに細めてその様子は、意識を集中しているのが周囲にも伝わり、自然と緊張で静まり返る。
"静寂の協力"に感謝をするように、細めていた眼に加えて、赤い唇の端を僅かに持ち上げて微笑と例えに相応しい表情を仕立屋は浮かべた。
そのすぐ後に、狭められていた月の様な眼の幅を直ぐに通常の大きさに戻し、少年達の気のせいでなければ、ほんの僅かであるけれど、考え込むような"間"がある。
『……どうやら、夏用の巫女の服に着替えに少しばかり手間取っていますが、こちらに、急いで向かっているみたいですね。そろそろ、話を纏めなければいけませんよ、賢者様』
屋敷内での微細の動きを、その鋭敏な勘で察知する仕立屋が賢者の耳に再び告げた。
ただ、先程の僅かな"間"で考えた事を口にしているの雰囲気ではないと、アルスは勘付いたけれども、リリィがこちらに向かっている事が判ってルイが口を開いていた。
『なあ、賢者の旦那!アプリコット様達が、もう王都に向かっている事、リリィに話してもいいっすか?!。
アトさんからの手紙は知ってても、ロブロウの皆で王都にもう向かっているのは知らないんすよね?。
それならその時、迎えに行こうってリリィを誘ってもいいですか?』
やんちゃ坊主の方は先程聞いた話を含めて、確認を取る為に八重歯の覗く口を大きく開けて、賢者に確認を取る。
『でも、ルイ君。アプリコット様達がこちらに向かっているのは、確かだとしても、どの時点と場所で賢者殿に連絡を寄越したかはしれないし、今日中につくかどうかもわからないよ』
『いえ、それが予定よりも、早く到着されてしまうかもしれないんです』
やんちゃ坊主の、"友だちに会えるなら、お使いついでに迎えに行こう"という勢いの提案に、アルスが冷静に声をかけ、そこに申し訳なさそうに言葉を挟むのはキングスだった。
これまで"冷静な第三者"と言った調子で、話に入るにしても落ち着いた雰囲気の仕立屋の声に、"残念"という感情という物がふんだんに含まれているのには、アルスとルイが思わず顔を見合わせてしまう。
勿論見合わせた後は、そのまま空色の眼と生傷絶えない顔を、申し訳なさそうにつり眼を伏せている仕立屋の方に向ける。
キングスは気持ちを落ち着かせるように、今は抱えているウサギの姿をしている賢者のフワフワの毛を梳くように、爪化粧を施している長い指を動かしている。
そんなマッサージに近い状態を受けて、ウサギのぬいぐるみみたいな賢者を腕の中でうっとりさせながら、仕立屋は紅を引いている唇を小さく開いた。
『先程の賢者殿の手紙によると、どうも、アプリコット・ビネガー様は、私の"弟子"と一緒に行動をしているらしいんです。
私の弟子も、一仕事をして王都に戻る途中で、賢者様達がこの前の農業研修でロブロウに赴く際に立ち寄った宿場街で出逢い、それで意気投合されたらしくて』
ルイが自分と同じ立場になる、"弟子"という言葉を聞いて直ぐにそこに反応する。
『へえ、キングス様弟子とかいたんすか?。まだ、若いのに凄いっすね!』
『若く見られる事は嬉しいですけれど、私はもう三十路を超えているんですよ、ルイ君』
その仕立屋とやんちゃ坊主の会話に、新人兵士は既視感を感じたが、直ぐにその正体に気が付いた。
昨日、先程の話しと同じ様に仕立屋の年齢と弟子の話題で話した事があった。
(思えば、自分達もキングス様の容姿が外見よの年齢よりもお若いから、リリィと一緒に驚いたっけ)
最近、何かと凄いと言われる、恩師から教えて貰った暗記の方法で記憶している、"仕立屋キングス・スタイナー"の弟子の部分についてアルスは思い返す。
"ええ、弟子になってくれるのは、実はとても付き合いの長い方ではあるのですが、迎え入れると決まったのは、つい最近なのです。
私自身がまだまだ精進しなければいけない身ですけれども、"教える"という事を学ぶにも技量や修練の必要なもので、それに協力してくれる大切な人でもあります。
その人は簡単に言うのなら、私の師匠筋の縁戚で、恩人に当たる方の娘さん―――かい摘んで言えば、縁故採用の、お嬢さんです。
少しばかり落ち着きがないのですけれど、性格は明るくて、指先も器用で筋は良いので、縫物については十分リリィさんにも教える事は出来ますよ。
ただ既に成人している娘さんなので、三十路を過ぎたばかりで一応世間には、男であると通している私の弟子にするのに、世間の目がほんの少し心配な所もあります"
『ウソ?!キングス様30過ぎているってんすか?!。
どう見ても、うちの農場のフクライザの双子の兄さん達……29歳っていっていたかな?。
それよりは若いっすよ……』
『30を過ぎて若く見られる事は喜ばしい事なんでしょうけれども、こうなると少しばかり貫禄が欲しくなりますね』
丁度アルスが20代の知り合いの騎士と同年代に見えたのと例えたのと同じように、ルイも自分の農場で働く兄さん達を引き合いに出して例えているのに、仕立屋やはり苦笑を浮かべていた。
ルイがキングスの"本来の性別"を知っているかどうかはわからないが、話している雰囲気の感触からして、恐らくは知らないと思えた。
それを含めて考え、言葉に出しても障りのない程度で、やんちゃ坊主の驚きも落ち着いた所を見計らい、仕立屋に新人兵士が尋ねる。