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It's not going to be that easy.その5


『……何ていうかさ、さっきから"オレがいるのと居ないのと"で、アルスさん曰く、"ルイ・クローバーに惚れている農場の女子"の反応が違うみたいな話?。

結局、オレとリリィが仲が良かったら、もしかしたらリリィが何らかの被害を(こうむ)るってことなんすか?。

その、賢者の旦那が言っていた、オレの気持ちとか全く無視で、リリィが恋敵認定をされてしまうみたいな感じになるんすか?』


ルイには全く理解の範疇を超えている、"考えつくことが出来ない世界の話"だったので、リリィに被害がいくという意味が、やっと考え始めることが出来る。


『漸く伝わったみたいで、何よりだ』

『良かったですね、賢者様。アルス君も説明―――というよりも、案内の途中ですが一段落つきそうで何よりです』


『個人的には、寧ろ"ここからが本番"みたいな感じで、緊張します』


ウサギの賢者、仕立屋のキングス、そして新人兵士のアルスに立て続けにそう言われて、これにはやんちゃ坊主のルイが、はっきりと面白くなさそうな顔をする。

でも、それに加えてアルスの口にした、ここからが本番の意味が良く意味が理解出来なくて、おもわず腕を組んで不満の声を漏らす。


『何が本番か知らないっすけれど、はっきりしなさすぎっすよ。

それなら、さっき"農場のパーティーで、好意を寄せている奴とリリィが何かしら、揉めるかもしれない"って所強調すれば良いじゃないっすか』


"心の底から面倒くさい"


そんな気持ちを隠しもしない表情で、ルイが言ったなら、アルスとキングスは"仕方がない"という風な顔をし、賢者は仕立屋の腕の中で、"ウサギ"ながらに無表情を浮かべていた。

アルスは耳の長い上司が何かしら言葉が出るかと思ったけれど、何も出ない様子なので、取りあえず続ける。


『ルイ君、これに関しては賢者殿でも、予測としては言えるけれど、断言が出来ない事なんじゃないかな。

ルイ君の"モテ具合"を自分は詳しく判らないから、巧く言えないけれど、話によれば"箱一杯"の恋文の分だけ、ルイ・クローバーが好きだって向けられる気持ちはあるわけだし

確かに"ルイ君に好意を寄せている女の子と、リリィが農場のカレーパーティーで遭遇して何かしら、揉めるかもしれない"という出来事が、一番確率的に起きる可能性が大きい。

でも、その()達が、農場のパーティーで出逢ったとして皆"ルイ君の恋敵"って気持ちをリリィに、向けるわけでもない。

寧ろ、そんな事を忘れて、農場のパーティーは小さなお祭りを楽しんでいるかもしれないし。

ただ、もし、ルイ君と仲良くしている女の子を見かけたなら、心情的には、楽しくはないだろうね。

ルイ君は、想像してみれば出来ると思うんだけれど、もしリリィが他の男の子と仲良くしていたら、面白くはないだろう?』


このアルスの例えには"面倒くさい"から"本当に判らない"といった表情をルイは浮かべていた。


『……いや、そこら辺はオレも考えてはみたんですけれど。そこがオレには、具体的に想像できねえんすよ。

仮に、リリィが他の誰かとオレやアルスさん位の年代のガキと、話をしている所を頭に浮かべても、"人の良い女の子が世間話しているんだろうな"位にしか、思えなくて』

『えっと……、それはルイ君が、例えリリィ他の男の子とはなしていても、"嫉妬"はしないってことなのかな?』


アルスのこの言葉には、癖っ毛の頭が左右に大きく振られたのちに、ルイが小さく息を吐いて、まだ身長差が随分とある新人兵士で好青年を見上げ、八重歯の覗く口を開く。


『嫉妬は……、正直に言って"してた"事はあるんすよ。しかも、それはアルスさん』

『え?!自分なの?!、でも、自分はリリィについては同僚と妹があわさった様な気持ちでしかないけれども』

アルスの頭に"馬鹿"が付きそうな正直な言葉に、ルイが苦笑いを浮かべ深く頷いた。


『はい、そこは"まあまあ"信用出来る人から、アルスさんの本心というか、リリィに対して持っている気持ちみたいなのは聞きましたから、もう嫉妬も何もないんすよ』

『信用出来る人?、アルセン様?、それか賢者殿?』


かつて恩師から"アルスはお兄さんですからリリィさんとしっかりと手を繋いで 、守ってあげなければなりませんよ"と言われてから、本当の"妹"ではないにしても、兄に近い気持ちはアルスは抱いてる。

耳の長い上司も、事あるごとにアルスとリリィを兄妹と例えていたので、刷り込まれたつもりはないけれども、護衛騎士の役割と共に兄の気持ちも携えている。


頭に恩師を思い浮かべ、先程から理由は判らないが仕立屋の腕の中で、本当のぬいぐるみの様に無表情になっているウサギの姿の賢者の名前を出し、訊ねた。


けれど、どちらも違う様でルイは頭を左右に振って、苦笑いを浮かべるがそれ以上は語らない。


『その話の出所は、また今度ゆっくり話すっすよ。

それで、アルスさんがリリィと話している時は羨ましいなって気持ちはあったんですけれど、本当に"兄妹という気持ちしかない"って現状を知ったなら、嫉妬の気持ちがあっさり引っ込んでしまって。

それに嫉妬じゃあなくて、兄妹みたいなのが羨ましいという気持ちはあるけれど、オレは"リリィの兄ちゃん"になりたいわけじゃないって、考えたらそれまでだし。

あと、露骨な言い方になるけれど……リリィの方もさ、オレやアルスさん以外に身近な男っていうか、異性としてイメージしている人がいない感じじゃないっすか。

ウサギの賢者の旦那や、グランドールのオッサンや、アルセン様……、あと、忘れそうだった、キングス様も性別は男だろうけれど、リリィの方から見たなら、"保護者"というか"信頼できる大人"として接している。

なんつうか、"男”として先ず見てない』


ルイに"アルスの本心"を教えた人物の話しは、有耶無耶にされてしまったが、その後に続いた話は、聞いている側―――少なくとも、アルスを納得をさせるには十分な内容だった。

それに、ウサギのぬいぐるみを抱えている仕立屋の"本来の性別"を知らないにも関わらず、対外的に公表している性別を、忘れそうだったという言葉に、勘の鋭さを感じさせられた。


『確かに、それはあると思う。じゃあ、ルイ君的には、リリィの方はそこの所は意識とかしないと思っているんだね?』


アルスの言葉には確りと頷いたが、ルイは直ぐにまだ面倒くさそうな表情を浮かべ、考え込む様に腕を組む。


『リリィは意識しないとは思うんすけれど……その逆は成り立たないのが、オレがモテる云々よりも、個人的には厄介だと思っていたんですけれどね』


それは、ルイが大好きな女の子が、自分の魅力に気が付いていない事にも繋がっている。


(それか"可愛い”と褒められても、リリィ自身はそこまで嬉しくないのかもしれない。それとも、もしかしたら、大人が女の子に向けるお決まりの挨拶みたいなもんだと思っているのも、あるかもな)


ルイが知る限りで思い返してみても、可愛いと言われ照れている姿は結構見てはいるけれど、それでリリィが増長しているとか、調子に乗っている姿は見た記憶が全くない。


(どっちかといえば、リリィが本当に喜んでいるのは、勉強とか、そっち方面で努力を認められた時だよな)


つい先程も、食堂で"二枚目"という言葉の意味を調べた事を賢者に報告し、それを"合格"と褒められたなら、それなりに付き合いのあるルイが見覚えがない良い笑顔を浮かべていた。


(まあ"ウサギの賢者の旦那が褒めた"って事もあるだろうけれど。ただリリィの希望である、"一生懸命頑張った勉強を褒められる事"ってのは、ある程度信頼関係とかが出来ないことだよなあ)


それにリリィにとっては幸か不幸なのか判らないが、少女にとって一番に称賛される特徴というのは、目元は強気な印象は与えてしまうけれど、その他は"美少女"と例えても障りのない容姿だった。


『だから、護衛騎士は大賛成だし、もしカレーパーティーとかで変な奴……というか、リリィに見惚れる奴が出たとしても、"二枚目"で強いアルスさんがいれば大丈夫だと思うっす。

農場の奴らも、男の方はリリィの事は絶対に可愛いとは思うだろうけれど、オレが側にいたら、下手な声掛けはしないと思う……実際の所は、オッサンの影響っすけれど。

まあ、流石にいきなり会って、惚れて、即告白して、求婚(プロポーズ)する、ぶっ飛んだ奴なんていないとは思うんすけれどね』


『そうだね』

(でも、ルイ君は初対面のリリィに、ほぼ同じような事をしていたと思えるんだけれど)


アルスは爽やかな笑顔で答えているが、胸のうちでこっそりとそんな事を考えていた。

ただ、最後の方はやんちゃ坊主なりの冗談混ぜて言っているのが十分伝わってきたから、アルスも少しばかりそれに乗ってみる事にする。



『やっぱり、リリィもそこまではっきり言わないと、"異性"として意識出来ないって事だよね。

確かに、ルイ君の方からリリィの事を出逢った当初から、"可愛い"とか"凄く好み"だとか、具体的に言葉や雰囲気も"好きだ"と表現していた。

それで、初めて自分を女の子として見ていると、意識しているにも繋がっているみたいだし』


『うん、リリィに関しては余程"推し"が強くないと、相手から好意をはっきりとした形で告げられないと、そういう風に考えられないって事なんすね。

元々、"性別とかあるのは知っていても、それでどうこう言う性格じゃあない"みたいだし』


(性別は、関係ない―――か)


ルイが何気なくリリィという女の子を表現する言葉を、アルスの内で自分なりの表現に置き換えたなら、それは"琴線"を弾く事となる。


(そう言えば、リリィは精霊の魔法に関しても、"性別を分類"することで考えるところを、ただ名前と存在を、そのままで受け入れていた)



魔法に関しては"からきし"だけれども、成り立つ理屈はそれなりに学んでいた。

特に以前一度だけ会った、美人の恩師の家で、アルセンの実母であるバルサム・パドリック公爵夫人専門のメイドだという元"魔術師"のシュガーから、簡単な講義(レクチャー)を受けた時の事を特に思い出していた。


元魔術師のメイド曰く、

"精霊に性別は厳密に言えばない。

けれども、人と交流(コミュニケーション)を取る上で、疎通しやすい様に精霊の性質に近いイメージに合わせて性別を割り振り、イメージして呼びかける"

という。


けれど、幼くて小さな同僚はそんな風にイメージをしたことがないと口にし、魔法という物に縁がある人達を驚かせてもいた。


"リリィちゃんは、その"男の子"とか"女の子"とか、そんな風に精霊を意識したことはないの?"


"はい。具現化する時に名前として呼び掛けるのに、サラマンデル、サラマンダーって、名前を呼びかけるけれど、特に男の子とか女の子とか意識はしません"


リリィの初めての親友であるという、優しい菓子職人のマーガレット・カノコユリが尋ねた時にそう答えていた。

そして、それを少女に教えたという賢者は今は、性別はどちらでもあってどちらでもない仕立屋の腕の中で抱えられている。



そして、ふと琴線に響いた延長の余波でアルスはある可能性を考えつく。


(もしかしたら賢者殿は教えていたのではなくて、リリィに性格はそっくりだという血縁の方の考え方を、話していただけなのかもしれない)


"大好きなウサギの賢者"の教えや考えなら、無条件で信頼し受け入れてしまいそうな少女に、ウサギに肉球がある事を教えてあげた"ウサギ好き"だとする人物で、リリィと血の繋がりもあるという友人の考え方を伝えていた。


ある意味では、リリィという女の子の成長に何らかの理由があって関わることの出来ない友人への"義理"を果たしているようにも、アルスには感じられた。

そこまで考え、これまでのやり取りを通じ、やっと"どこから話すべき"か迷っていた事を整えて、"今と昔"を何とか頭のなかで、結び繋げる。


そして、ウサギの賢者が小さな同僚に関して危惧している事を、アルスなりに纏める事が出来そうだった。

今までの、"ごちゃ混ぜ"の様に思えた会話と、賢者や、やんちゃ坊主が危惧していた言葉をこれから話そうとする内容に、新人兵士が割り振っている間にルイの方も、やんちゃ坊主なりに纏った考えを口にし始める。


『―――結局、参加するのは決まっているけれど、カレーパーティーデビューのオレ達は、賢者殿の指示……というか、忠告を覚えておかないと面倒くさい事になるかもしれないってことっすね。

オレは、リリィの事は好きだけれども、あくまでも"友だち"とすることで、恋文を送ってきてくれた農場の奴らの、嫉妬を刺激しないこと。

そうしておかないと、それの嫉妬の矛先って奴が、リリィに向かってしまう可能性があるから』


ルイを象徴する1つでもある八重歯が見える口元を、グランドールとの稽古で擦り傷だらけの手で覆い隠し、視線を下に向け、考え続けながら話し続ける。


『そんでもって、リリィは、もしもオレを通じて、女の子と仲良くなった時に、なんらかのきっかけで負けん気を出させない様にすること。

リリィの事を言われても、特に心配する事はないけれど、賢者の旦那に関して何かしら揶揄われそうな事を言われたなら要注意。

ムキになってしまう恐れがあるって事っすね?』


『うん、そうだね。折角の初参加の行事(イベント)だし、楽しく終了する事を目標としよう』

ルイが確認する様に、一緒に行動する事になるアルスに下げていた視線を上げて向けたなら、アルスは力強く頷いた。


やんちゃ坊主が考えていた事は、概ねアルスが纏めて入る内容とほぼ同じなので、考えが同じだった事も嬉しくて、考えている以上に反応が強くなっていた。


ただそれはルイにしたなら、心の奥の方に密かにアルスに抱いている対抗心と敬意を同時に満たしてくれるものとなったので、口元に当てていた手を外し、例の八重歯を見せ得意そうな表情を作っていた。

それで少しばかり調子に乗ったのか、更に言葉を続ける。


『まあ、周りが可愛いリリィが気になるのは仕方ないし、アルスさんは"二枚目"だし、オッサンの養子なるかもしれないオレが何かと珍しいかもしれないけれど……。

何にしても、オレ達の事なんて気にしないで、カレーパーティーを周りも楽しめばいいのになあ。

心配し過ぎの自意識過剰って"オチ"になったら、一番なんだろうけれど』


それでも"騒ぎの元になるかもしれない自分達がマクガフィン農場のカレーパーティー行かなければ良い"という考えにはならない。

リリィにアルスは農場の主グランドールから招待されている事もあるけれど、自分達が表に出ないで周囲が落ち着くからと、行事で楽しむ機会を己から手放すのも勿体ない。


『揉め事なく、それなり楽しめれば、それでいいっすよね』

『うん、そんな風に丁度リリィ、アルス君、ルイ君みたいにねえ、昔、考えていた若人達がいたんだよ。

まあ、あの頃はマクガフィン農場のカレーパーティーなんてものはなかったし、もっと物事を軽く捉えていたけれどもね』


次に口を開くのはアルスだとばかりに思っていたやんちゃ坊主は、おもわず動きを止め、声を発生した主で、仕立屋が抱えているウサギの姿をしている賢者を見つめる。

ウサギの賢者はそんなルイの視線にお構いなしに、小さな口を開いて鼻先についているヒゲを揺らしながら、言葉を続け始めていた。


『その若人達は他所は他所、"ワシ達はワシ達で、適当にやっていけばいいだろう"とその仲間や友人達もそう考えていた。そうしたら結果的に面倒くさい事になったんだよねえ。

まあ、当人達は思春期終わりかけてて、丁度、アルス君くらいの年代の頃の話』


『―――もしかしたならですけれど、賢者殿がここまで用心深く心配するのは、リリィと縁があったという言う方も、その若人に含まれるという事なのですか?』


それまで、仕立て屋の腕の中で無表情を浮かべていたウサギの賢者が、何処と無く寂しさを滲ませた表情と共に語る内容に、アルスが言葉をかけた。


『ああ、そうだよ』


短い返事の後に、音がない状況中で、ウサギの賢者を支えている仕立屋が眉根を寄せて、東の国の特徴でもある肌理の細かい肌の額に、小さく縦シワを作り心配している面差しを向けた。


ウサギの賢者はその事に直ぐに気がついて、抱えられたまま、ウサギの賢者が長い耳が押されて曲がるのも構わずに、顎を上にあげて頭を反り返し、親友を見上げる。



『……ごめんねぇ、心配かけて』

『いえ、あの方の事を思い出して、一番辛いのは賢者様でしょうから』


フワフワとした喉元を2人の少年に見せながら、自分を気遣うキングスに感謝の言葉を口にしていた。


その事で、賢者にとって"リリィの血の繋がる縁者"、ウサギに肉球はないのだと教えてくれた存在との間に、何かしらの悲哀に関する出来事があったのだと、若人と名乗るにはまだ若い2人の少年は察する。

そして"不用意に踏み込んではいけない"、とも自然と弁えてもいた。


(多分その方との友人関係の延長で、今は賢者殿がリリィを教会から引き取って育てているという話なんだろうけれど)


詳細を聞いてはいないけれど、城下街のパン屋のバロータ爺さんが、アルスに話してくれた事から考えると、リリィは当初は世話になっていた教会で、"イジメ"を受けていたようだった。


ただ幼いながらも負けん気の強い女の子は、それを限界に近い場所まで表に出さずにいたため、事態が随分と深刻になってから、判明したと聞いていた。

恐らく、その後にウサギの姿になっているこの国最高峰でもある賢者が引き取ったのだろうと、アルスは考えている。


(賢者殿はあんなにリリィの事を大切に思っていても、最初から引き取る事は出来なかった事にも色々と事情とかもあるのだろうな)


自分の上司の珍しい状態を無言で眺めていたなら、今度はアルスの横にいるルイが八重歯が覗く口を大きく開いた。


『ウサギの賢者の旦那。えっと、オレも何だかアルスさんの繰り返しみたいになるんですけれど、質問をしても良いっすか?』


ルイが尋ねたなら、ウサギの賢者は見上げたまま仕立屋を見上げたまま頷く。

視線を自分の方には向けられないけれども、質問に答えて貰えたなら、どんな形でも構わないルイは、笑顔を浮かべた。


『それじゃあ、遠慮なく。それでさ、もしかして、"ワシ達はワシ達で、適当にやっていけばいいだろう"みたいな事を言った若人ってのは、グランドールのオッサンじゃないっすか?』


ウサギの賢者の中では、恐らくまだ癒えきっていない心の古傷の様な箇所に触れないよう、それなりに気を付け、やんちゃ坊主は、自分にとっても縁がある人が、関わっていないか尋ねる。


『―――ご名答。それでね、グランドールは丁度、今回のアルス君やルイ君みたいな立場の頃の話でもあるんだよ』


上を向いたまま、ウサギの賢者がそう口にすつと、ある程度この反応を期待していたらしく、ルイの質問に答えた後に己を心配してくれていた親友に向けていた顔を、正面の位置に戻した。


『へえ、"ワシ"って一人称が出てきたから、オッサンが関わっていると思ったけれども、やっぱりそうなんだな。でも、今回のオレ等の行動にオッサンが当てはまってくるとなると……』


ルイの方は予想が当たっていたのが嬉しいのもあったが、自分の師匠が出てきたなら、どうしても"もう1人"が出てきて欲しい人物がいる。

だから、ルイと同じ様な関係をその人物と繋がっているだろう、丁度横にいるアルスを見てニッと笑う。


『え、ルイ君、どうして自分の顔を見るの?』

『何言っているんすか、アルスさんも"薄々"は勘付いているでしょ?』


更に、ニッと笑顔浮かべていると、それに"援護射撃"をするように、仕立屋の腕の中から耳の長い上司が、ヒゲを揺らしながら小さな口を開く。


『うんうん、ルイ君の期待通り、褐色の好漢の大男のグランドールと確りと、"セット"になって美少年のアルセンも含まれているから、安心してねえ』

『あ、いえ、期待というというわけではないですが……もしかしてまた顔に出てました?』


大判の封筒を抱えていない方の手を、アルスは気がついたなら頬に添えて、"困った"の驚きの表情を浮かべていた。

ウサギの賢者は、先程の悲しみの表情ををすっかりと引きあげて、いつもの様なイタズラ好きな様子を感じさせる笑顔を浮かべ、頷いていた。


『でもさあ、そうなると……ああ、やっぱり、リリィの縁があるって人は、同じ様に嫉妬される立場だったて事になるんだよな?』


『ワシの話し方だと、そういう風に聞こえただろうし、そういう風に言ったつもりだよ。

それでね、さっきも言った通りで、年齢的には今のアルス君ぐらいの時分の話―――アルセンだけは、年下で2つ若いから、丁度ルイ君くらいかな。

まあ、細かく見たら役割みたいなのが変わっただけで、大きく見たなら、人間関係の状況はマクガフィン農場のカレーパーティーに向かおうとする君達と同じなんだよ』


『年齢はアルスさんと同じくらいで、3人の(くく)りは同じって事っすよね……』

賢者の発言をなぞる様に、ルイは口にしつつ早速癖っ毛の頭の中で、例えを置き換えて考える。


賢者の言葉で、

"農場のカレーパーティーに行くリリィ、ルイとアルス"と

"リリィと縁がある人物とグランドールとアルセン"を


丁度3人で並べ、賢者の言う年齢に合わせて想像してルイは頭の中で思い浮かべてみたなら、グランドールの若い頃というのは結構想像するのに苦戦を強いられる事になる。


すると、それに気が付いたのと"若い頃の旧友の姿"を想像にするにあたって助言をしなければならない事を思い出した賢者が、仕立屋の腕の中からヒゲを揺らして喋る。


『ああ、グランドールはねえ、昔から身体がデカいのと、故郷の(なま)りの影響で"オッサン"の雰囲気を見事に伴っていてね。

特に後ろ姿は既に、未成年の時点で大人だったからね。

ムリして少年の姿を想像すると、疲れちゃうからね、オッサン少年位の感覚で構わないと思うよ』


『仰りたい事は伝わってきますけれど、グランドール様が聞いたら微妙な顔をなさりそうな表現ですよ、賢者殿』


アルスが苦笑いをしながらも、軍学校に同じ様に"見た目に貫禄のあり過ぎる同期"がいたのを思い出し、少年の姿を想像するのに難しい事を胸の内で密かに共感していた。


ただ、その貫禄のある姿には同期自身、思春期をかけて長い間気にしていると、アルスは何気なく話して貰った事がある。


軍学校という場所で、国を護りたいという志や、堅実な生活の為にと目的はそれぞれあったけれど、肉体労働を基礎とする"職場"でもあるので、一般的な学校時代の中傷よりはマシだと口にしていた。


ただ、やはりその特徴は軍学校で揶揄われる程度にはあり、笑って受け流したとしても、受け入れている事は出来なかったと、唯一"オッサン"という言葉を使わないアルスに、心情を吐露していた。

そしてある時、その同期の悩みを、何処で何時情報を仕入れたのかは定かではないけれど、教官の立場でもあった恩師のアルセンが、"貫禄"について直々に話を聞きに来たという。


厳しくもあるけれど親切な、国の英雄でもある教官が、声をかけてくれた事だけでも驚きだったのにその砕けた物言いにも、驚いたそうだった。


"落ち着いて、大人に見られる事に悩んでいると、教官として接している内に貴方に見受けられたので忠告しようと思って、赴きました。


単刀直入に言いましょう、貴方は寧ろ、その生まれ持った貫禄を大切にしておきなさい。

一般的には結構な人生経験を積まなければ出せないし、ある程度年齢がいったなら、逆に求められる物でもあります。

こういっては何ですが、出したくても出せない方もいますからね”


今まで揶揄われるばかりで、そんな風に言葉をかけて貰った事がなかった同期生には、言葉はは大げさかもしれないが、世界の見え方が変わった様な感じがしたとアルスに話してくれた。

ただ、何よりも響いたのはその後に言われた発言だと、笑いながら教えてくれる。


"それに、油断していたら、貴方の貫禄に"年齢"の方が、簡単に追いついてきますからね。

時間の流れの速さに油断は禁物ですその内真逆の事を言われかねません。

どうせなら今ある貫禄を、貴方自身の未来に最大限に活かせるようにしておきましょう。

それに今の貴方は年齢に関しては、軍の作った身分証で幾らでも"若い"と照明は出来るのですから。

簡単に証明できることに拘るよりも、これから先に役に立ちそうな事に気持を向けましょう"


いつも冷静沈着な印象の強い、美人の教官がとても親身に相談に乗って貰った事もとても嬉しかったけれども、冗談の様に話してくれた事も、嬉しかった。

アルセンとは縁があるというアルスにだけは、前に話を聞いて貰った恩もあるからと話してくれて、"貫禄がある"という自分を幾らかは受け入れる様になった同期と、共に一緒に喜んでその話を聞いていた。


(―――もしかしたら、アルセン様は、グランドール様のそういった面を見ていた事があるから、同期生に親身になって話を聞いたのかもしれない)


少なくとも、ウサギの姿をしている賢者が"当時"どんな姿をしていたかは知らないけれども、この調子だと絶対に"貫禄のあったグランドール・マクガフィン少年"を数度は揶揄っているのが、窺えた。


アルスの考えている事を知ってか知らずか、ウサギの賢者は旧友の"少年時代"の姿について、その弟子となるやんちゃ坊主に具体的に語っている。


『あと、今と比べたなら髪はもっと短髪だったよ。それに出逢った頃も平均よりは背はデカかったけれど、まだ今ほどまで背は高くない。

それでも今のアルセンくらいかなあ、それからもまた伸び続けて、その内何かと建物の入り口で、額をぶつけて嘆いていたよ』

『はあ、アルスさんくらいの年齢で、オッサン、そんなに高身長だったんすね』


14歳という年齢にしては、平均を下回りやや小柄な背丈となるやんちゃ坊主は、一応この屋根裏部屋では一番背の高い、ウサギの賢者を抱えている仕立屋を見上げつつ、息を軽く吐く。

やがて義父となるだろうグランドールは、見た事はないけれども恐らく同じ年頃には現在のルイを軽く超えていただろうと、誰も言葉には出さないけれど想像はしていた。



『17の自分もまだ伸びているし、ルイ君なんてこれからまだまだ伸びるだろうから、心配しなくても大丈夫だよ』


『本当、オッサンまではいかないまでも、せめてアルスさんくらいは身長欲しいっす。

歳だって、オッサン真似した格好してしなかったらきっと、14才位のルイ・クローバーじゃなくて、農場で働く、もう少し年下のガキの1人だと勘違いをされちまうんだろうし』


一応アルスなりの励ましをしたなら、ルイを知っているマクガフィン農場の関係者が見たなら信じられない程、従順に言葉を受け入れて、素直な気持ちを口にしていた。


『もしかして、そういう意味もあって、ルイ君はグランドール様と同じ格好をなさっているとうのもあるのですか?』


グランドールの真似をしている服装の理由とも思える内容に、仕立屋が少々驚き、ウサギの賢者を抱えなおしつつ、そんな事を口にしたなら、癖っ毛の頭は直ぐに左右に振られた。


『いや、これは偶然っす。単純にオッサンに言われて服をちゃんとした物にしなくちゃいけなくなった時、真似をしたかったから。

でも、今思えば、してなかったら、オレはリリィまで年下とまではいかなくても、12か13ぐらいのガキと一緒に見られてしまうんだろうなあ』


『まあ、平均という使い勝手の良い言葉があるだけで、誰もがそれに当てはまるわけではないからね。

ルイ君の"中身"はどちらかと言えば、14という実年齢よりは、落ち着いていると思うよ』


自身の半分にも満たない年齢で、背丈について嘆いているのは非常に揶揄いたくなる案件だけれども、この屋敷の内では一番背の低い"ウサギの姿"ではどうこう言える物ではないので、賢者は止めておいた。

ただ”中身”を褒められた事に関しては、やはり嬉しかったらしく情けなくも見えていた表情を、僅かだが明るくしているので、それに乗るの様に言葉を続ける。


『それにねえ、年については誰だって生きている限りは嫌でも取るし、例えその時は年寄り老けて見える外観だとしても、時間さえ過ぎれば、実際の年齢とどうせ揃っちゃうんだから』


(あ、同じ事を仰ってる)


かつて恩師が、同期生を励ました言葉とほぼ同じ内容を、耳の長い上司がヒゲを揺らして口にし、更に続ける。


『グランドールはね、落ち着いて見られがちだけれども顔自体はそれほど老けているわけじゃない。

やはり背の高さと、逞しい大きな身体が年齢よりも、落ち着かせて見せている部分もあった。

それであの性格の好漢だからね、人には好かれる』


(やっぱり、グランドール様も顔はともかく、"貫禄があり過ぎる"と言った感じで、やはり少年時代は過ごしていらっしゃったんだな)


アルスも"貫禄のある同期"を思い出したなら、確かに表情が常日頃から穏やかな所もあったけれども、先ず身体が大きかった事もあって、それが本人が携えている雰囲気と相俟って落ち着いた印象を周囲に齎していた。

そして、それはルイにも、グランドールの若い頃を考える上で、身体が大きいという部分で、直ぐに納得が出来る情報となる。


『あ、そうか。オレもどっちかと言えば大人びてとか言うよりは、身体の小さいオッサンを想像するのが難しかった。

でもオッサン、年上に見えるはともかく、確かに顔はまあ悪くないし、性格も大概的に良い方だから、今でも人にも好かれている。

で、丁度オレが言うのも生意気かもしれませんが、そのリリィと縁があるって人は、オッサンがアルスさんくらいの年で、仲が良かったっていうのなら、周囲の女性から物凄く嫉妬されたって言われたなら、凄く納得できる』


不思議なもので、若人時代のグランドールと、美少年とアルセンを思い浮かべ、側に仲の良い人物がいたとしたなら、それが自然と容易に想像できてしまう。


『そんで、今更ながらに確認するんですけれど、その縁があった人は女性なんですよね?』


嫉妬される立場の"リリィと縁があるという人物"も、ウサギの賢者は一言も語らないが、自然と女性という性別をルイは思い浮かべ、口にしていた。


『ああ、そうだよ。それで今度は、先回りして言わせて貰えばその人とリリィが似ている部分は、主に性格と目元だけだから。

アルス君にしてもルイ君にしても、こうやって話した事で、きっと”彼女”について物凄く興味を持ってしまうのは仕方がない事だと思う。

けれど、取りあえず、今回はその人の以上の詮索は無用で"よろしくお願いします"』


そして賢者は質問には答えてくれたが、"これ以上は答えられない"という線引きを、"願う"という言葉を使い改めて行れる。

この言動には、アルスとルイが揃って、激しく瞬きを繰り返す事になった。


けれど、いつも不貞不貞しい態度で、この国最高峰の賢者が、"願う"とまで口に出されたのなら、本当にそれ以上は踏み込んではいけないのだと、これも素直に思うことが出来た。


それに、もしここで仮に、必要もないのに踏み込んで聞いたとしたのなら、ウサギの賢者という存在との間に築いた信頼の関係は、崩れてしまう。

その事も、(さと)い子ども達は弁えていた。


『解りました』


互いに示し合わせた訳でもないのだけれども、アルスが代表する様に答える事に横に並ぶルイも同調して、静かに一緒に頷いた。


『ありがとう。2人が、リリィの事を好きなうえで、好きだからという言葉を理由にして、無作法に踏み込んで来ない事に感謝するよ』


"感謝する"という物いいながらも、牽制を緩めていない賢者の言葉に、新人兵士と仕立屋は巫女の女の子に対する、過保護にも思える"愛情"に感じられる感情に苦笑せざるえない。


ルイも賢者がリリィを大切にしているのは判っているけれども、強く牽制される事については、面白くないので今度は八重歯を肌に食い込ませて、口元を"へ"の字にしていた。


ただリリィの縁者について詳しくは尋ねる事は出来なくても、賢者が心配している事―――"注目を集める存在"と、若い頃のグランドールとアルセンと一緒にいる事で、リリィの縁者が被った内容についての、追及については止められていないのにやんちゃ坊主は気が付く。


『じゃあ、農場のカレーパーティーみたいなものがなかったのに、どうしてオッサンやアルセン様と仲が良かったその人が、そういう嫉妬される立場みたいなのになっていたんすか?』


そこについては、リリィの事を守らなければいけないとという気持ちもあるけれど、"友だち"という所を念押しをされたやんちゃ坊主が、ある意味では食い下がる様にして尋ねる。


『リリィの方はまだそんな"嫉妬される立場"にもなってもいないかもしれないすけれど、結局"大勢の人"に、オレやアルスさんと一緒に行動することでその―――』


そこでルイは少しばかり言葉に詰まった。

癖っ毛の頭の中に浮かんだのは所謂、己の口から出したなら"自画自賛"という表現に当てはまる。

アルスが"2枚目"で好青年という事は、ルイも認める事が出来るけれど、自分の事となると"クソガキ"としか思えていない。


"モテる"という状況を含めた表現は、日頃"生意気なクソガキ"と受け取られる振る舞いを自覚しながらも行っているルイにも、それなりの誇りみたいなものと思春期特有の自意識があって、出しにくい。


ただ、自分の師匠に当たるグランドールと、その親友アルセンは、若人の時分十分に人目を引くの容姿と活躍を過去を抱えているのは、これまでの話しで十分判った。

それにグランドールは昔から結構な"誘い"はあったようだが、現在も"殆ど相手にしない、されない"という評判が出来上がっているのにも関わらず、送り付けられている夜会の招待状などは見かけた事はある。


(オッサンとオレをそっちの方面で同列にするのは、それこそ烏滸がましいし……)


『ふむ、何でそんなに言葉に詰まっているのかはわからないが、疑問に思っている部分はそれとなく判ったから、"嫉妬される立場になったか"、その説明をしようか。

幾らリリィの繕い物が時間がかかるとしても、もうそろそろだろうし、日頃あの()と接する事が増えてきた君達だからこそ、感覚がマヒしている事でもある。

ただ、アルス君とルイ君も、これまでの話しでそれとなく、気が付くところはあった様子だけれどもね』


ルイが言葉に詰まっている間に、ウサギの賢者が滑らかにそんな言葉を紡ぎだしたなら、やんちゃ坊主は自分が考えている事が、それこそ自意識過剰だと気が付いて紅くなって俯いしまっていた。


『その、もしかしたら"男女"をあまり意識をしないというところでしょうか?』

紅くなったルイを慮ったわけではないけれども、取りあえず小さな同僚が、繕い物を終え、"打ちきりになるよりは"とアルスが話を進める。


それに先程からリリィと賢者の話として重なる部分としては、そこの部分しかなかった。

ただ、アルスの感覚としては"それがどうして、賢者がそこまで心配する事"なのかが、判らない所でもあった。


『男女の距離感が無さすぎるのは、いけないことなんだとは自分でも思います。

けれど、リリィと自分達位の距離感は、全く大丈夫だとも思うんですけれど』


『うんうん、若い頃のグランドールやアルセン、そしてリリィの縁がある人もそう考えたんだよ。

それこそさっき言った"ワシ達はワシ達で、適当にやっていけばいいだろう"をその時は貫き通した。

でも、当事者は良くても、周囲が黙っていないというかねぇ、本当に結果的に面倒くさい事になったんだ。

ワシはすべてが終わった後にね、話に聞いた程度だけれど、理解に苦しむよ』


口振はいつもの飄々としたものでもあるのだけれども、その中に悲哀の色が滲んでいるのは少年達は聞き逃さなかった。


『結局、リリィと性格の似ている、縁がある女の人は距離感の関係でどうなったってんだよ』


ルイが紅くなってしまった───自意識過剰になってしまった部分を振り払う様にして尋ねたなら、賢者は仕立屋の腕の中で円らに開いていた目を、再び線の様に細めた。


『いやあ、時勢の関係もあったんだけれどね。

アルス君もルイ君も御承知の通り、今でこそ平和なご時世でだが、グランドールやアルセンが、君達位の頃。

このセリサンセウムという大国は、"平定の4英雄"という、国を支えていた大きな柱とも呼べる方々が全てこの世界を旅立たれた。

その事で、外側の国々からその肥沃な大地を狙われる窮地に立たされてもいた』


そこまで賢者が語った時、少年達は口を小さく丸くあけ、"ああ"と声と言うよりも、息に近いものを漏らす。


それぞれに恩がある存在が自分達の住んでいる国にとってどんな存在なのかを思い出しながら、賢者が続けて語る内容に耳を傾ける。


『だが、うちの国も元々"英雄がいなくなった時"の予防策みたいな物を宰相という方が用意をしてくれていてね。

次世代の英雄候補として、グランドールは既に目をつけられていて、アルセンはそんなグランドールに憧れて、血の滲むような努力を重ね、後から追加される形で英雄候補となった』


『えーと、つまりなんだ、オッサンやアルセン様は今の俺達の"比"じゃないくらい、人気者で知名度って奴もあったって事か?』

ルイの確認の言葉に、仕立屋の腕の中、ウサギの姿をした賢者はモフリとした首と共に長い耳を横に傾ける。


『"人気者"という表現を使うのはどうなんだろうねえ、物凄く注目は集めてはいたのはたしかで、それで問題が大きくなったのも、あったみたいだけれど』


そのまま縫いぐるみの様な身体を捻らせ、長い耳をピピッと動かし自分を抱え上げる仕立屋を見上げると、仕立屋少しばかり眼を伏せ、考えを纏めて紅を引いた唇を開く。


『そうですね賢者様、この場合は人気という言葉よりも"希望"といのが当てはまるのかもしれません。

あの頃はセリサンセウムの軍隊はあったとしても、平定の4英雄が傾いた国を均した上で、国土の測量や再調査、それに主な仕事として国道の整備を十数年の年月を費やしたと、暦で読みました。

必要最低限の戦闘訓練は行っていたでしょうけれども、傾いていた国の立て直しが、国としての何よりの急務でした。

そして漸く一段落がついたところで一息をついている所に、平定の4英雄がこの国から旅立たれたところを、諸外国が盟約を破ってセリサンセウムを包囲する形で戦線布告。

平定の際に現役だった方も、十数年という年月が過ぎて家庭を持った事と、それまで穏やかな生活を守りたいと保守的な考えに切り替える方が多く、それも無理のない事だった。

正直に言って、本当の戦闘経験をしている者が少いなかで、天災によって家族と生き別れとなったことで、国中を大剣一本で旅を続けていたグランドール様が、緊急の国の政策とした徴兵で軍に入った』


『ああ、そうだ、そんな感じだったね、懐かしいね。グランドールは基本教練を終えたなら、直ぐに教える側に回されていたね。

まあ、あの頃は"戦う"事に関しての人材が本当に不足していたから、グランドールは戦闘の現場で最前線でそれが落ち着いた思ったら、軍学校に戻って人材育成。

それでそのまま、国の新たな英雄候補に加えられちゃって……あの頃は本当に忙しかった。

若くなくちゃ、とてもじゃないけれど、体力がもたなかったね』


仕立屋が補うように言葉を添えると、それによって掘り返された"同期生"との思い出をその腕の中でウサギの賢者が鼻をヒクヒクとさせながら、先程の悲哀を潜ませて、朗々と語った。

ウサギの賢者とグランドールは軍学校時代は同期生だったという話は、アルスも話に聞いているので、恐らくは、間近でその様子を見てきたのだろうと思える。


(でも"賢者殿"も、その"英雄候補"にまでもいかなくても、優秀な人材ではあったんじゃないだろうか。今は"セリサンセウム王国の最高峰の賢者"でいらっしゃるんだし)


『急いでいる時に、話割り込んで悪いんすけれど、賢者の旦那は当時どうだったんすか?。

その"今"は賢者なんだから、昔もオッサンみたいとはいかなくても、軍とかで重宝されていたんじゃないんすか?』


同じ情報を持っているやんちゃ坊主の方も、どうやら"ウサギの賢者"の過去には気になったらしく、こちらはさっくりと声に出して尋ねていた。

すると賢者は長い耳を今一度ピピッと動かして、眼を細めたままだけれども口の端を上げながら口を開く。


『あら?ワシに興味持っちゃった?。まあ、ワシもルイ君の言うみたいにグランドールみたいとまではいかないけれど、それなりに評価されてはいたが、前線の戦力として及ばないからね。

それに"禁術"をつかってこんな姿になっているわけだし、どちらかと言えばやはり魔法専門と国のお偉方に判断されてねえ。

戦場に行くというよりは、国の魔術研究所(ラボトリー)押し込められて研究ばかりをしていたんだよ。

当時の侵略戦から如何に死者を出さずに、相手の志気を削ぐ様な魔法や道具を作りやがれという面倒くさい事いわれてねえ、それこそウサギの様に穴籠もりで毎日研究だ。

それで、好戦的な敵軍をおちょくりつつ、無事に逃走出来る方法としてカラフルな煙幕弾を作ったりしてねえ~。

これを喰らったら、身体はもちろん主に、顔面の穴という穴から出るものすべてを出して、しかしながら喰らった直後は激痛だけれども、その後はスッキリするという、"催涙ボール"、―――』

『賢者様、話が脱線していますよ』


当時の自分の仕事を調子に乗って語りだす前に、仕立屋がたおやかな声ながらもはっきりと"ストップ"の声をかけて、賢者のまるでイタズラの自慢に歯止めをかける。


『ああ、ごめんよ。でもねえ、一応催涙ボールの方は、グランドールの命を一度は助けるのに役に立ったらしいからね。

ワシも、それなり参加はしていたという事を若人に知っておいて欲しくてね』


フンフンと小さい鼻を鳴らして、仕立屋にそう主張する。

それから質問をしたやんちゃ坊主の方ではなく、自分の護衛騎士となる、大判封筒を抱えいている新人兵士を見つめて、線の様な眼を笑顔に見える形に変えた。


―――これで、アルス君も納得してくれたかな?。


言葉も魔法でもないけれど、十分にその意思の疎通は上司と部下の間で行われ、そして"自分の考え"が再び顔に出ていた事を自覚したアルスは、何とか最小限に顔の赤みを抑え、ごく小さく頷いた。


『それじゃあ、話を戻して進めよう。

それで、英雄候補となって国の希望にされちゃったグランドールは、取りあえず余り気にしない風に振る舞っていた。

旧友もワシと一緒で堅苦しいのが苦手で、当時、遅れて英雄候補になった今のルイ君が恰好を真似しているように、後輩のアルセンも(なら)うようにしていた。

その親しみやすさと、頼もしさが良かったかのかな。

その面でいえば、諸外国から侵略せんと大きな国故に、ぐるりと囲まれた不安の時勢ながらも、民が国を見捨てて逃げるという事が決してなく、求心の役割も担っていたと思うよ。

まあ、うちは大陸でも攻めてきている国にぐるっと囲まれている形だから、逃げるに逃げられないし。

それにセリサンセウム王国を出たとしても、文化的にこれまでの生活の基準―――これはどちらかと言えば、元を辿れば大地の女神信仰でも、宗教的に教義や解釈が違うから、移住をしても上手くやれる保証がない。

主に、セリサンセウム王国の領土を狙っていたサブノックとヘンルーダは武闘派のお国柄だからね。

それでご婦人方は"奥に控えている"というスタンスの国だから、"平定の4英雄"である先王グロリオーサの最初の御后であったトレニア様から、この国も女性が表に出る事が主になっていた。

その事を"認めている"文化が根付始めている中で、今更奥に控える国に向かうというのも、民の半数のでもある御婦人方には不利益にしか感じなかっただろうし。

それに、奥に控える事を決して否定するという風潮でもなかったからね。

"平和ボケ"と例えられてしまうかもしれないけれど、セリサンセウムは居心地の良い国ではあるんだよね。

何にしても、その国を"平定の4英雄"に変わってこの国を護ってくれる存在になるかもしれない英雄候補グランドール、ついでに美少年でもあったアルセン。その人気は"絶大"といっても、過言ではない』


『その人気絶大のグランドール様とアルセン様と仲が良かったから、リリィと縁がある人は嫉妬される立場になった。

でも、思うんですけれどグランドール様とアルセン様と仲が良かったというぐらいなら、そんなに"有名になる前から"もうお知り合いになっていたという事では、ないのですか?』

『うん、オレもそう思っす』


グランドール・マクガフィン、アルセン・パドリック。


この2人と直に接し、それぞれ師弟と呼べる時間を2年以上共に過ごしているからこそ、アルスとルイは、人当たりは良いけれど、それは建前だとい事を知っている。


そして、何事も親身になって相談に乗ってくれたり助言を与えたりもしながらも、ある一定の距離を置いて、必要以上に踏み込ませない。

常日頃からその様にしているのも、"側"にいる事を許された少年達だからこそ弁えている事でもあった。

その予想は当たっていた様で、ウサギの賢者は深く頷き、再び話を続ける。


『そう、2人の言うとおり。そのリリィと縁があった人はね、グランドールが王都に来る前から出逢っていた。

国を救ってくれる"希望"として、尊敬や信頼という一般的に良い感情で寄ってきてくれるのが、嫌だというわけではないけれど、やはり公平な状態で出逢った人だからこそ、気を許せる部分もあったみたいだよ。

アルセンの方は有名になった後に出逢ったけれど、その人の公平な振る舞いと、グランドールが信頼している事もあって、信用したというのもある』

『オレは、そこの所は何となく気持ちが分かる気がするっす』


初めてリリィと出逢った時、グランドールもおらず、ただの悪ガキにしか見えなかっただろうルイに、"困っているみたいだから"と、帯剣すらしているやんちゃ坊主に躊躇わずに巫女の女の子は声をかけてくれた。


もし側に好漢のグランドール・マクガフィンがいたことでの初対面なら、リリィに一目惚れをするのは勿論なのだろうけれども、今の様に距離を縮められていたかどうかはわからない。

少なくとも"リリィはグランドールがいたから、自分に話しかけてくれたのだろうな"という固定観念がルイの心に芽吹き、根強く残ってしまってだろうということも、想像しただけれど判る。


グランドールの事を師として尊敬しているし、義理の息子になって欲しいと言われる事は、とても光栄で、個人的にも嬉しいことだと思っている。

けれど、リリィとの出逢いに関しては側にいないでくれた事を本当に感謝してもいた。

ルイの"わかるような気がする"という言葉には、賢者にも伝わる物があったらしく、ウサギながらに穏やかな表情で頷いてくれる。


『それでは、どうして"有名"になる前に、グランドール様とリリィと縁がある方は出逢ったんですか?。

何かしらきっかけというのは、あったのでしょうか?』


有名になる前に、異性の男女が出逢って、友人として親しくなるにしても、単に意気投合したからという理由では、アルスは簡単に納得は出来ない。


『うん、それはねえワシも聞いた話だけれども、さっきも言った通り、グランドールは元々"天災で離ればなれになった家族を捜す"という目的で、この大国セリサンセウムを一人旅をしていた。

それでね、その人も同じも目的で一人旅をしていたそうなんだ。

あと、話していて時系列で分かると思うだろうけれども、その人は当時は女性というよりも"女の子"よりの年齢。

まあ、それでもルイ君よりも年上だったけれどね。

一人旅を行うくらいだから、行動力もあるし、幾らか腕に覚えがあるし、魔法も多少は使えた。

けれども、それはやはり剣呑―――危険な感じがするし、不安を覚えたから、ここは好漢とかそんな事は関係なく、グランドールが純粋に心配して、行動を共にする事を申し出たそうだよ』


『へえ、それはそれで、オッサンらしいな。それにしても、そのリリィと縁があった人も、家族を捜していたんだな、で、見つかったのか?その人の家族?』


何気ない風に尋ねたが、グランドールの家族については、"残念な結果"になった事ははっきりとではないけれども、それとなくかつて県の剣の稽古をつけて貰いながら話に聞いていた。

多分、ウサギの賢者も"残念な結果"ついては、ルイ以上の詳細は知っているだろうけれども、いつか多分、アルスも知る所にはなるのだろうけれども、まだ"早い"様な気がした。


(まあ、家族と一緒に住んでいない時点で、アルスさんなら、それとなく察しているかもしれないけれども)


今は"リリィと縁がある人"との話が先決だと思ったので、そちらの話を進める様に、ウサギの賢者にやんちゃ坊主は声をかけていた。


『うん、その家族を捜しだす事は結果的には出来た。けれど、再会する事は叶わなかった』


そしてウサギの姿をした賢者は事実を、非常にあっさりと告げる。


何処にも"生きている、死んでいる"という言葉は使われてはいなかったけれども、その物言いで、少なくともどちらかがこの世界にはもういないのが、2人の少年は感じ取れた。


この流れでアルスの方は、話が終盤になっている事で、こうやって会話を交わしながらも、自分の頭の中でこれまで話して貰った情報を整頓していた。


その中に丁度、今しがた上司が口にした事と、この話の最初に言われた物に合致するものがあったのでそれを並べ考える。


(つまり、グランドール様や賢者殿はリリィと縁があった人の家族と出逢えたけれど、その人自体は、再会するするのは叶わなかったという事になるんだろうな)


"気が強いんだけれども、基本的に優しい世話好きな"性格の縁戚の人物がいながらも、リリィは、現在ワシ"なんか"と一緒に暮らしている。


その理由も、今は語る事は出来ないけれど、ついでにそれとなく察してくれるとありがたいんだなあ"



(賢者殿は最初にそう言っていたという事は、多分、リリィと縁があった世話好きで、性格が似ているという人の方は、関わる事の出来ない状況になってしまった。それとも、最悪の場合はもしかしたなら―――)


それ以上は"最悪"という言葉で、連想できる出来事が金色の髪の頭の中で浮かんだけれども具体的には考える必要はないと思えたから、止めて置いた。


もし、その縁がある人が身近にいたのなら、賢者なりに可愛がっているけれども、上司は自分が育てるよりも、その縁のある人物がリリィを育てた方が"幸せ"という事を信じているのを感じ取れる。


そして先程あっさりと行われた"再会する事は叶わなかった"という言葉が、自分の上司が淡々と口に出来るまで、随分と時間がかかった事を感じさせる、不思議な重みと響きも、時間を空けて伝わってきている。


『……そうすっか』


そしてルイにしてみたなら、"オッサン"事グランドールの家族が再会できなかった分、せめてリリィに縁づいているという人の家族が出来ていたならと、希望をもっていた。


しかし、呆気なく否定され、何とも言えない表情を浮かべて、癖っ毛の髪を掻く。


『まあ、今が平和過ぎて判りづらい感覚かもしれないけれども、セリサンセウムって国も、"平定"や"大戦"を枕詞につける英雄達が現れる時には、それなりに物騒な時勢ではあったんだよ』


ウサギの賢者が慰めるというわけではないけれども、そんな言葉を口にして、その"出逢う事が出来なかった話"に区切りをつける様に、小さくわざとらしい咳をする。


『それで、そんなセリサンセウムの不穏な時代を、元に戻してくれるかもしれない希望の存在のグランドールとアルセンと、友達だから、大いに嫉妬もされちゃうってね』


少しばかり強引に、話が横道に逸れそうになったところを、賢者の性格にしたなら珍しく自分の力で軌道修正をして、本筋に戻して話を再開した。



『人探しと国の徴兵も兼ねてグランドールが王都に来たなら、その人も―――もう、性別も隠す事もないし、彼女と言おうか。

彼女もグランドールと出逢う前から、たった一人残っている家族を捜す為に一人旅するぐらいの心意気を持っている、芯の強い人なわけだ。

天災で生き別れになったという事もあって、元々は王都で孤児として引き取られていた教会に、最年少の巫女と登録して就職していた。

それで給金がある程度貯まる度に休暇を貰い、身を守るのは自己責任として、教会も"家族を捜す"という目的があるから許可を出して、王都を離れて家族を捜す旅をしていたんだそうだ。

そんな生活と日常を繰り返しているから、一般的な同性の友人というのが皆無でもあったらしい。

ただ本人は礼儀も弁えているし、常識がないわけでもなかったので、さして困りはしなかった。

それで王都にやってきて"英雄候補"という存在になった友人とも、今更指図を受けるというか、付き合う態度は変えなかった。

それこそ、お節介の域に達しているかもしれないけれど、グランドールはああ見えてどっか天然で抜けている所があるから、傍目には距離の近過ぎる世話焼きをされていると見えるところもあった。

アルセンはグランドールの後輩で後から仲良くなったにしても、思春期真っ只中で、今では考え及ばないくらいに意地を張っている事があったからね。

そこを看兼ねて母親かお姉さんかって位に、彼女にしてみればほっておけない弟の世話をやいていたんだよ。

ここで重要なのが、グランドールもアルセンも、彼女を異性としてはっきり認識したけれど、それこそ"家族"の様に親愛はあっても恋愛とか対象にはみなかったし、見えなかったという事。

逆もまた(しか)り』


『でも、周りはそうは見てくれなかったって事なんですよね』


部下が残念そうに感想を口にしたなら、耳の長い上司も同じ様に頷き、今度はアルスの横にいるルイが、それまでの流れで不意にある事を思いつく。

ただそれは耳の長い賢者とその護衛騎士の、"残念"の延長に繋がる考えで、ルイ・クローバーという男児にしては、珍しく小難しい表情を作って八重歯の覗く口を開いていた。


『変な言い方になるっすけれど、そのもしかしたら、タイプの違う2人の英雄候補と近すぎる距離感みたいなのも、面白くなかったかもしれないっすね。

オッサンみたいな逞しいタイプと、その当時では美少年だっていうアルセン様みたいなタイプって、基本的に好きになる人は違うだろうし。

その2勢力って言い方は変かもしれませんが、敵に回すって言うか、"どっちか、はっきりしろ"みたいな考えも、不満には繋がりそうな気がするんすけど。

まあ、そのリリィの縁者って人は、はっきりするも何もやっぱり"友達"感覚で、オッサン達の世話をやいてやるしかなかったんでしょうけれども』


やんちゃ坊主なりに、グランドールとアルセンを見つめる視点を"リリィの縁者"とそうではない立場で、想像し、生傷の絶えない腕を組みながら考え、述べた。

そしてルイの中では、まだその考えは闊歩をしているらしく、口の動きは続く。


『それにオレが思い当たるのでオッサンが天然って言うのなら、その縁者の人を気遣うわけじゃないけれど、その人が口に出して望む通りにしていたと、思うんだよな。

"別に周りの事は気にしないで、ワシに要件があったなら遠慮なく口にすると良い"とか言って……』


そこでルイの癖っ毛の頭の中で歩き回っていた考えが止まりる。

頭の中で止まった考えの目の前に、先程から幾度となく聞いた言葉が、"不貞不貞しく"たっていて、組んでいた腕の力も抜け思わず口を丸くして、まるで独り言の様に呟いた。


『あ、それで賢者殿がオッサンが言っていたっていう"ワシ達はワシ達で、適当にやっていけばいいだろう"か。

でも、それが結局縁者の人にとっては、不評に繋がっているって話になっちまったんだよな』


ウサギの賢者が回り諄く言っていたようにも聞こえた言葉が、一回りしてきて、また意味合い違った感じでルイの中では広がっていた。


『そして、そんな中でも気の強い人だから不評や嫉妬はなんかは別段気にしなかった、ということなんですよね』


そう口にしながらも、アルスの心情的には、"家族"の様に親愛はあっても恋愛の対象になり得ないという旨の言葉が、小さな同僚と、自分の関係に重なっていく。

リリィの縁者が、とても世話焼きという部分が似ているというのなら、それこそ昨日、耳の長い上司が大好きな仕立屋との再会に巻き込まれ、盛大に転び、砂埃に塗れたアルスを甲斐甲斐しく世話をしてくれた姿が思いだされる。


酷い土埃を落とすのを手伝おうと、作業用の軍服になっているアルスをリリィは、小柄な身体と小さな手で、自分が汚れるのも構わずに叩き落としてくれた。

一度、アルスは固辞をしたりもしたのだけれども、結構な年の離れた確りし者の妹の如く、距離を瞬くに縮め、もしかしたら見る者が見たなら積極的過ぎる行動には、確かに見えた思える。


(きっと、縁者っていう人も、自分が嫉妬の視線や、中傷されるのも構わずに、グランドール様と、その頃は無理をしがちだったというアルセン様のお世話を、気が付いたらやいてしまうぐらい、面倒見が良かったんだろうな)


『―――その縁者の女性は、とても心が強かったし、そうやって当時のグランドール様とアルセン様と友達づきあいを続ける事で、自分に恥じる事なんてないと、堂々としていたのですね』


アルスが小さな同僚の縁がある人について、思ったまま口にしつつを確認する様に尋ねたなら、ウサギの賢者は仕立屋の腕の中で確りと頷いてくれた。


『ああ、その凛としたところは、グランドールとアルセンも、とても尊敬をしていたよ。でもね、彼女は気の強い優しいだけでなくそれなりに賢い人でもあったからね。

"自分が、気にしなければ良い"

親友達との間にある嫉妬の対処法として十分理に適っていたけれども、それが"最善のやり方でもない"という事も、弁えてもいたんだよ。

とはいっても、その騒動と表現をするまでにはいかない、この一連の出来事が落ち着いた頃なんだけれどもね。

ただ、その頃には、すっかり"嫉妬で一部の女性相手からは無視される"状況は出来上がってしまってもいて、彼女が携わっている仕事に支障などはないけれども、苦笑いを浮かべていた。

それでね、一応ワシも縁がある人だったんで、愚痴―――というよりも、彼女の"反省"についても聞いたんだよ』


『?、その人に反省する所なんか、あるんすか?。愚痴やら、文句なら判るんすけれども』


ルイが"心の底から判らない"という表情を浮かべ、組んでいた腕を解き腰に手を当てる形に変え、仕立屋の腕の中にいる賢者を見つめる。

見つめられている賢者の方は、やんちゃ坊主の反応が面白かったのか、先程のリリィの縁者について語る時は、口元から伸びるヒゲの先まで緊張していたようだったのに、それが緩み下がる。



『ほう、文句と愚痴ねえ』


『そうっすよ。オレ的には、そのリリィの縁者の人が反省するする必要性を、まーったく感じませんけれどね』

賢者の飄々とした反応にも、言葉を"貯める"という表現含みながら、はっきりとそう言い切って、一度口をを閉じる。


『ルイ君は、なんだかすっかりリリィさんの縁者に、リリィさんを重ねて見ていらっしゃるようですね』


ウサギの賢者を抱えた仕立屋が、少しばかり呆れながらも微笑ましいといった調子で、意見を主張する未成年を見つめ感想を口にする。


『それは、認めるっす』


そこは素直に応えて、今は仕立屋の腕の中にいる賢者のこれまでのどの頷きに負けない勢いで、ルイが強く顎を引いていた。


『だって、そいつら勝手に嫉妬して、相手にされてないけれど喧嘩売るみたいな態度をして、リリィの縁があった人に文句垂れているんすよね?。

で、オッサンはオレから見ても、時々"抜けている"って部分があるから、きっとその人は上手い事、補助をしていたと思うんすよ。

それを"距離が近すぎ"っていうのは、変ですよ。

多分その人が、そうやって世話をやいていなければ、困るのは確実にグランドールのオッサンだっただろうし。

求められている補助が、その縁者の人がオッサンやアルセン様に上手に出来るからってバカみたいな嫉妬して、ただ周りで憧れてきゃあきゃあ逞しいだの、格好良いだの言われてもうるさいだけでしかねえっすよ』


そう言い終えた時には、掠り傷の痕がある鼻から小さく息を吐き出し、拳を胸元にぐらいにまで掲げていた。


『うむ、"ただ周りで憧れてきゃあきゃあ逞しいだの、格好いいだの言われてもうるさいだけでしかねえ"という部分には、ルイ君の個人的な事情が絡んでいる様にも感じるねえ。

もしかしたなら、寝台の下に箱一杯になるまで隠していた恋文の一部は、その様にきゃあきゃあ言われながら、有難迷惑な感じで、貰ったりしていたようだねえ』


"リリィの保護者"となる存在から、ルイとしてはなんとも反応が取りづらい内容で言われて、軽く身を引き、口元に八重歯を食い込ませる形で、"へ"の字にして閉じる。


けれど、ここで黙ってしまうのも、勝った負けたではないのだけれども、やんちゃ坊主の中では"好きな人がいるのに、他の人物の好意を受け入れたという事を認めた"、そういう風に受け取られても仕方がない様に思えた。


『言い訳になるっすけれど、貰い始めたのはリリィに出逢う前っすし、ああ言うのって、渡されて"貰わないと"相手は、大抵泣くっすよね。それが嫌で、面倒くさいから、取りあえずオレは貰って保留にしておけばいいかなって―――』


『そんな言い方をするのは、ルイ君は"誰かが恋文を貰って断られて泣いているのを見た事がある”ってこと?』


それまで言葉を挟んでこなかったアルスが、唐突に言葉を挟んできたのでルイは丸く口を開けて、軽く固まってしまうけれど、それから直ぐに癖っ毛の髪を左右に振るった。


『いや、オッサンの人付き合いとかで延長で、貰いもんとかもらうの見てて、取りあえずもらっておいたなら、相手の事を傷つけないで済むって思って―――』


アルスの質問に滑らかに応えながらも、先程新人兵士が口に出した

"誰かが恋文を貰って断られて泣いているのを見た事がある”

という言葉が、やんちゃ坊主の記憶の中に、滑り込む様に入ってくる。


そしてその言葉が、《私のことなんて、忘れてしまいなさい》という、記憶の蓋になっているものに、鍵を差し込む様に開き、閉じ込めていた”思い出”を掘り返す。




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