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It's not going to be that easy.その4


『グランドールさまのお手伝いを、今日はしなくてもいいの?』

『うん、今日はウサギの賢者の旦那のお手伝い。賢者の旦那が、オッサンには連絡をしてくれるって』


次に、ウサギの賢者の説明が始まるとばかりに思っていたところに、仕立屋の(たお)やかな声がすっと入ってきていた。


『おや、お話はそういう"流れ"になりましたか』


そして、そのままウサギの賢者の側に行き慣れた仕種で抱き上げてしまう。


だが、賢者の方はそれで一行に構わない様子で、上機嫌そうに鼻をヒクヒクと動かして親友に向かって頷いみせていた。


『うん、そういう事なんだ~、キングス。じゃあ、アルス君。支度が済んで出発前にワシの部屋に来てね、

準備をしておくから』


『了解しました、賢者殿』

アルスの返事を聞いたと同時に、仕立屋に抱えられたウサギのぬいぐるみの様な姿をした賢者は、食堂を退室した。




そのまま、魔法屋敷の屋根裏部屋兼、ウサギの賢者の寝室に戻る。

殆どソファ代わりにもしている賢者の寝台に座り、仕立屋はぬいぐるみの様な賢者を後ろから抱え上げ、毛繕いをするように、フワフワな後頭部を撫でながら尋ねる。


『朝から、リリィさんの事を"大好きだ"と懸想を宣言するルイ君の心の内を読む為に、大量の魔力を消費なさったようですね。

私の説得では、賢者殿は納得が出来なかったという事でしょうか?』

『いやあ、キングスに抱っこされているワシが言うのもなんだけれどもね。


自分が抱っこして、抱え上げて笑っていた女の子が、恋やらキスやら、果てには結婚の話などになると、どうしてもウサギの姿をしたオッサン、"伯父さん"もね、気持ちが落ち着かないのですよ』

そう言いながら、肉球の着いた掌を見つめ、かつて抱え上げるだけで笑ってくれていた"姪っ子"の幼い姿を思い出す。


『あの頃のリリィは、どうも眼鏡が気に入っていたみたいで、いつも取られちゃうから、外して抱っこしてたんだよねえ。

でも、それだと良く見えないか額を何回もくっつけるくらい顔を寄せていた』

挿絵(By みてみん)

そうすると、何がおかしいのかわからないけれど、伯母にも母親にもそっくりと例えても申し分ない強気な目元を綻ばせて、リリィ―――血の繋がらない”姪っ子”はこれにも、よく笑ってくれる。


『眼鏡を何回も"投げられた"と嘆いてはいましたが、あの頃の賢者様……ネェツアーク様は、本当に幸せそうでした。

赤ん坊のリリィさんが日々成長するのを、眼鏡を弾き飛ばされながらも、本当に嬉しそうに見守っていましたものね』


後ろ姿なので良くは見えないが、ウサギの様な姿でかけている際には玩具の様にも見える、散々姪っ子投げられた物と"同じ眼鏡"を、肉球の着いた手で賢者は撫でている様だった。


『それまで戦闘でも外れなかった眼鏡を、抱っこしたなら隙をついては小さい手で見事に掴んで、投げちゃうのが本当に巧かった。

最初は掴んで落とすのは精々足元だったのに、終いには部屋の隅まで投げてしまう程、大きくなるのが早かったよ。

”楽しい時間はあっという間"というのを、あれ程実感できる体験もなかったよ』


そんな子ども達の前では出来ない会話を賢者としつつ仕立屋は、得意の縫物で賢者の"育児"に多少なりとも協力をしていた当時の事を思い出す。


それは昨日と今日、少女に料理を作り方を教えたのと同じ様に、必要以上に口出しもしないのは勿論、頼まれない限り手も出さなかった。

そして、それは”リリィ”の母親になる筈の女性も同じだった。


―――私に出来る限り、自分の力でやってみたいの。

―――でも、至らないところは、指導を良かったならして欲しいけれど、良い?。


強気な目元の女の子の"母親"となる存在も、胎に命を宿したと判った時期から、義兄となる賢者に気が付かれないよう、仕立屋に頼み込んでいた。

恐らく、"この世界にいる内には出逢う事の出来ない子どもの為"に、産着やオムツの縫い方を姉と義兄の親友の仕立屋に習い、縫い上げる。


―――ウサギのオッサン……"義兄さん"の部屋にある本で調べたら、本当は"産まれてから"でもいいらしいんだけれど、私の場合、"もしかする"んでしょう?。


賢者というよりも、"国に口止めをされている"状況でもあって、仕立屋はその質問に答えることが出来ない。

その女性(ひと)は、そんなつもりは全くなかったけれど、"逃げ出さないように"賢者の魔法屋敷に監禁されている立場でもあった。

その話を風の精霊のイタズラの様な囁きと共に聞いた時、その女性は鼻で笑っていた。


―――義兄さん、オッサンが私を監禁?、今でこそ落ち着いているけど悪阻が酷くて、生きて息するのもしんどくて、この屋敷から動く気力がないだけだっての。


彼女の口調は仕立屋の故郷の東の国で言う、"蓮っ葉"と呼ばれるもので良く喋っていたけれども、産着やオムツを作る為に進める運針は、進む速度は遅くても非常に細やかで丁寧だった。

彼女の悪阻が、一般的な妊娠に比べて随分と重い物であるというのは国の治癒術師、医術に携わる者の揃った診察の結果が出されていた。


仕立屋は、主治医となる魔術師の忠告を心に置きつつ、それでも"赤ん坊に必要な物作りたい"という意志を尊重し、十分気遣いながら指導した。


そして最後の仕上げとして、産着の背に背守り縫いを五色の絹糸で縫う所まで、見事に終える。

その頃には、もう随分と胎は膨らんでいたが、まだ月が満ちて産まれるまでには日にちは足りていなかった。


──"ウサギのオッサン"は、まだ調べもの?。

それには応えることが出来るから、肯定する為に頷いた。


―――あのオッサン、調べ物に嵌ったなら、ぶっ倒れるまでするから。


でもその調べ物が、女性の胎の中にいる命と、出来る事なら大切な伴侶だった人の妹の命を助ける事に繋がると信じて、悪あがきの様に行われている物だった。


―――私は仕方が無いにしても、精々、"この子"の命が助かるなら、それだけで良いんだけれど。


"諦めないでください"と告げる事は、出来なかった。


親友であるが故に知らされた、 賢者と彼女の主治医でもあるが国を代表する魔術師シトロン・ラベルから、彼女の身に降りかかる過酷な運命を、仕立屋は知っている。

何も言えずに俯いていると、いつの間にか頭を撫でられていた。


―――死ぬかもしれない私が落ち込むならともかく、貴方が落ち込まないでよ、"キングスさん"。


痛烈にも感じる言葉と共に、初めて名前を呼ばれ、仕立屋が顔を上げたなら紅い瞳が強気な目元の中にあった。


―――"ネェツアーク義兄さん"を頼みます。

"私に何かあった時、ネェツアークをお願いね"

姉妹揃って、"ネェツアーク"を頼むと乞われた。




『―――キングス?どうしたの?マッサージは気持ち良いけれど、ワシはアルス君にお使い頼んでから、二度寝するつもりなんだけれど』


賢者にそう言われて、自分の爪化粧を施された指先が毛繕いからいつの間にか、按摩に変わっている事に仕立屋が気が付いて、その動きを止める。


『すみません、賢者様』

そう言いながら長い指を離したなら、膝の上に座っていた賢者は器用に半回転をして、もう殆ど眼を瞑っているような状態で仕立屋を見上げる。


『いやあ、毛繕いからマッサージに切り替えられて、魔力も消耗しているけれど、腹も膨れているからね、もう眠気へと誘う、トリプル・コンビネーション・ボーナスがたまらんね。

ロブロウの時みたいに約2日徹夜状態でリリィの膝の上、キングスのマッサージを思い出した時の様だよ……』


"ウサギの賢者"の時の特徴で、眠ろうとすると身体が"伸びようとしている"ので、仕立屋は苦笑いを浮かべながら、小さな両脇に両手を差し込んで抱え上げる。

すると本物のぬいぐるみの様にだらりとして、気を抜いてしまえばいつも長い耳までも、根元から垂れてしまって、違う品種のウサギのなってしまいそうだった。


『でも、二度寝をなさるにしても、アルス君にお使いを頼んでからなんでしょう?。それとも、私が言付けを預かっておきましょうか?』

『うーん、それでもいいような気がしてきた』


昨夜も日付が変わってからの数時間後の就寝と、先程の仕立屋との会話の通り、やんちゃ坊主の心の内を探るため予想外の魔力の"出費"に、食後の程よい満腹感。


そして、仕立屋が何かしらを想い考え耽っているのは感じてはいたが、無意識に施される 毛繕いから按摩への移行は、実際には三十路を半ばを超えようとしている少々疲労の残る賢者としては、"眠たくない"と言い張るほうが無理そうだった。

仕立屋が抱え上げている状態から向かい合う形に膝の上の下したなら、まるで前髪を掻き上げるように、ウサギの賢者の小さな額を撫であげて、そのまま長い耳の上を滑らせて行く。


余りの気持よさに、線の様に細めている眼が本格的に閉じられそうになった時、僅かな振動を載っている仕立屋の身体越しに感じた。

勿論、仕立屋も気が付いていて、上品に微笑んで丸まった賢者の背をトントンと解す。


『でも、それも無理そうですよ。アルス君、流石若いだけあって、動作が機敏です。

早速準備を終えてこちらに向かっているみたいですね。それにルイ君も、御一緒の様です』


歩調と床をしならせる重さの違う2つの足音で、直ぐに判別する。


先程まで優しく微笑んでいた仕立屋とは違う、もう一つの"仕事"の時表情を浮かべ、赤く縁取りされている目元の化粧が、僅かに鋭くなっていた。

正面で向かいあう状態で、自分の"部下"の顔を細めていた円らな眼を丸く開いて見つめた。


『若いって事は、本当に当時には気づかないけれど貴重な財産なんだねえ。

その財産を意識して使うのは難しいことだけれども、有意義に使って、後悔しない大人になって欲しいものだよ』


適当に言いながらも、最近身体の回復の速度が遅くなっているのを実感してもいる賢者はそんな事を言った時、スライド式の扉をノックする音が響く。


『賢者殿、護衛騎士アルス・トラッド到着しました。入室してもいいでしょうか?』

どうやら"課業状態"に入ったらしい護衛騎士は、凛々しい声で入室の許可を上司に求める。


『はい、どうぞ』

仕立屋の膝の上でそう答えると、扉はスムーズに横にスライドして開き金髪の頭を下げている軽装備のアルスと、その後ろで驚いた表情でウサギの賢者の護衛騎士を見つめるルイがいた。


『フフフフフ、ルイ君はもしかしたら入室に関する軍隊のこういった面は始めたみたのかな?』


仕立屋の膝の上からそう呼びかけると、驚いた顔から、やんちゃ坊主は少しばかり思案顔をした後に頷いた。


『ロブロウに行く前に、アルセン様がアルスさんに声かけてたのは見たっすけれど、あれも結構声を張り上げていて驚いたんすよね。

あと、農場の兄さんとか、オッサンの私室に入る時とかに似たようなのは見たことはあるけれど、アルスさんみたいに、こんなに確り角度をつけて、頭まで下げねえっすよ』


そんな発言をする内に、アルスの方が苦笑いを浮かべその角度をつけて下げていた頭を上げて、僅かに振り返り視線でルイを促し、"失礼します"と普通の声量で断ってから入室する。


『退役してグランドールのマクガフィン農場に再就職したのは、堅苦しいのが苦手だった経験者が多いからね。

もし、軍に入ったら、最初にこういった事を規律に合わせて徹底的に叩きこまれる。

教官が詰めてる教務室なんかは、一番うるさいし、もし儀礼専門の教官にでも眼に止まったなら、他の教官に用事があってきたのに、掴まって合格するまで延々と指導される』



『うわっ、やっぱりオレは絶対に軍隊ムリだっ』


少しばかり大袈裟に仕立屋の膝の上に座り、多少わざとらしく且つ不貞不貞しく言う賢者の言葉に、やんちゃ坊主は嘗てグランドールに薦められた時と同じように拒絶の反応を示した。


ただ、軍属に所属するアルスの方は、それなりに仲良くなったやんちゃ坊主にそこまで毛嫌いされるのも、余り嬉しい事ではない。

なので、新人兵士なりに"軍の良い所"を考えてアプローチの言葉をかけてみる。


『でもルイ君、それでも物は考えようだよ。

"ちゃんと出来るまでは煩い"かもしれないけれど、見方を変えてみたなら"ちゃんとしてさえいれば"、それまでだから。

1度の指導で正しく覚えて、それが合格と判断されたなら、それでオーケーなんだ。

たまに抜き打ち的チェックがある事は否定できないけれど、1度合格出来ているから、そこまで困難な物でもない』


アルスから、まさかそんな風に言葉をかけられるとは思ってもいなかったルイは、取りあえず言われた通りの言葉で、農場と軍隊での生活を比べ考えてみる。



考えている内に腕を自然に組んで、それは一般的に"考え込む"という(てい)になって、癖っ毛の頭を下げ、眉間にシワを作りながら八重歯の覗く口を開く。


『じゃあ、その軍学校っていうのは、取りあえず規則や、その兵士であることで求める能力身に着けていたら、文句は言えないってことっすよね。

うーん、まあ、文句というか、毎日天気に行動を左右されないのや収穫量を気にしなくて良いのが、良い所といえばそうなるのか』


ただルイなりに考えてみたが、自由奔放が心の基礎にあるやんちゃ坊主には、"軍属になる利点(メリット)"をどうやらうまく思い描けなかった様だった。


アルスも"自分が軍で良い所と感じている部分"で、ルイにアプローチをかけたつもりだったが、結局"性に合うか合わないか"で判断を決めている少年には、"合う所"を捜す方が困難だと思い至る。

そんな時、賢者は仕立屋の膝から、身軽に飛び降り、昨日自分の護衛騎士が纏めてくれた卓上の荷物を見つめながら口を開いていた。


『ルイ君の場合は、セリサンセウム王国の軍隊に対するイメージを好転させるのは難しいかもしれないねえ。

だが、尊敬する"グランドール・マクガフィンも若かりし頃軍隊生活を熟したという過去については、どう思うかね?。

それには、少なからず興味は湧かないかな?』


そんな事を言いながら、モフリとした人差し指から指先というよりは、硬い爪の先を出し確認する様にして、次々と移動をしていく。


自然と賢者の同行―――特に硬い爪の指先の動きに注目が集まるという形で、視線は動きながらも、先程ルイとの間に行われていた会話は続く。


『そりゃあ、オッサンは恩人だし、若い頃の話って言うのなら、俺だって興味はもつっすよ。

でも、実際に経験するとなるとなぁ、その、軍学校時代はタコ部屋みたいなので集団生活なんすよね?』


ルイが視線は動かさずに、確認する様にアルスに声をかけたなら、同じ方向に空色の眼を向けている新人兵士は、やんちゃ坊主の視界に自分が入っている事は承知しているので、無言で頷いた。


それを視界の隅に見たなら、視線を向ける先を変える事がないまま、ルイは溜息を吐くという器用な事をする。


『もしも、オレが入れる年になって、入ったとしたら、気にくわない事や性に合わなくて暴れたりしたら、結果的にオッサンに迷惑かけてしまいそうで』


視線は耳の長い賢者に向けられる内に、眉間からシワは取り除かれたが、まだ腕を組んでいる状態にそれとなく、ルイの"頑なさ"が滲み出ている。


グランドールに迷惑をかけたのは(くだん)のロブロウという場所で、結構かけている状態なので、これ以上かけたくないという気持ちが透けて出ている様な感じだった。


『オッサンがどうしても入隊してみろっていうのなら、やってみても良いけれど……』

『グランドールは軽く勧めはするけれど、強引にはしないだろうね。ルイ君と同じで、そんな所が変に"頑な"だ。

でも、頼んだならそれは素早く、手続きを美人の後輩で軍人で貴族に頼むだろうねえ……お、あった、あった』


会話をしながらも、アルスに"お使い"で届けて欲しい資料をウサギの賢者は見つけたようだが、それは机の上に平積みにした、書類の(タワー)さながらの場所にあった。


しかも丁度、中程にあるらしく、ウサギの賢者はモフリとした首の毛並みを横に流す形にしながらも首を傾けて、その場所を確認する。

それから、1度小さく頷いた後、降ろしたての青いコートから伸びた腕を回し、何やら準備体操をしている様にも見えた。


『賢者様、上に乗せている書物はお取りしましょうか?』

仕立屋が寝台から立ち上がろうとするのを、肉球の着いている掌を見せる事で制止する。


『いやいや、ここは、ワシの技術(テクニック)を見て頂こう』


聞くだけでもわざとらしさの伝わる芝居かかった物言いをした後、仕立屋に向けていた肉球付き掌を人差し指と親指を残して丸める。

それを見たなら、その場に居合わせる3人は、ウサギの姿をした賢者が何をしようとしているのか大方の見当は付いた。


『賢者の旦那、その"指"で大丈夫っすか?。ああ、肉球が滑り止めになるんすか?』

『確かにそれもあるけれど、今回は最初に引っ張りだす為に、こちらを先に使おうと思う』


ルイの質問にの応えた後に、人差し指と親指をくっつけたのなら直ぐ硬い爪が姿を現した。


『それってどういう仕組みになっているんすか?。なんか猫みたいに、自由に出し入れできる仕組み?』


犬も嫌いではないが、実は猫の方が好きなやんちゃ坊主は、少しばかり調べて爪を自由に出し入れ可能を承知しているので、確認する様に尋ねると、これには頷く。


『そうだね~、実をいえばワシ、ウサギの姿については大まかな情報しか知らなくてね~。あ、一応念の為に、魔法でこんな姿をしているワシが言うのもなんだけれど、本当のウサギは肉球とかないからね』


そう言って、爪でお使いで運んで貰う"資料"の束を挟み込み掴んだ。


『え、そうなんですか?―――あ!』

『へえ、肉球持ってそうなのにな―――わぁ!』


そして少年達が"肉球がない"という事実にそれなりに驚いている内に、塔の様に平積みにされている書類の束から、賢者は短い腕からは予想できない速度で、必要な分を引き抜いた。

それから直ぐ、抜かれた部分に当たる場所に、その上に積み上げられていた山積みの書類や、玩具の"達磨落とし"の要領でストンと落ちる。


『――――』


その落ちた力の余波で、少しばかりグラグラとする書類の塔に注目して、何とも言えない静寂が賢者の私室に占める。

その揺らぎが完璧に止まった後に、ウサギの姿をした賢者以外から、誰とも溜息が漏れ出た。


引き抜いた賢者の方は、鼻をヒクヒクとさせていて、巧く行った事に上機嫌になって、ヒゲを揺らしながら、小さな口を開く。


『うむ、ワシの腕も衰えてないねえ。キングス~、大判の封筒を取って貰ってもかまわないかな?』

『はい、承りました』


仕立屋が静かに立ち上がり、部屋の隅にある色々積み上げている場所から、"書物の雪崩"を引き起こすことなく大判の封筒を取り出していた。


『あー、賢者殿の書類の取り出しに夢中になったけれど……ウサギって肉球ないんすね。

オレはてっきり毛が"モフモフ"系の動物には全部ついているものかと、思ってた』


『あ、自分もだよ、ルイ君』

やんちゃ坊主の告白に新人兵士も同調して、頷く。


『うん実は、ワシも』


アルスに書類を託す前に短い指を器用に使いながら、書類の最終的な資料を確認をしつつ、ウサギの姿をした賢者は、"ちゃっかり"とその言葉に乗る。


だが、そのちゃっかりは巧く行かず、再び少年2人の注目の視線を集めていたが、フワフワの毛に包まれている"面の皮"は十分厚いので、資料の確認を続けていた。


『賢者なのに知らなかったんすか?』

『……って、あ、ルイ君。流石に、その言い方は本音でも失礼だから』


ルイのこの言葉は随分乱暴で、失礼な聴き方をしている物となるが、アルスも実は全く同じように考えてしまっていたので、年上として、護衛騎士として嗜めの言葉をかける。


だが、賢者の方は全く気にしていない様子で、丁度確認を終えて小さく"フム"と頷いたタイミングと共に、仕立屋が捜しだした頼まれた大判の封筒を渡す。


『はい、どうぞ、賢者様』

『キングス、ありがと~』


大判のハトメヒモ付封筒の口を広げ、その中に小さな口から空気を吹き込んでから、資料の書類を纏めて入れる。

封筒の口にある紐を摘まみ、クルクルと回しながら封を閉じつつ賢者は先程の続きを始める。


『ワシ、国から"賢者"て認められているかもしれないけれど、何でも知っている様に良く思われるんだよねえ。

そりゃあ、興味がある事には自分でも省みたなら、呆れてしまう程執念深いって思う程、調べるよ。

でも、興味が持てない物には、本当にさっぱりなんだよね。

それに動物は興味というよりもかわいいから、単純に好きなんだ。

けれど、生態系がどうかまでは興味がなかったというか、個人的に"愛玩系"という固定観念も持っているから、"可愛い動物"でそれ以上でもそれ以下でもないんだな。

それで、君達と同じ様に固定観念の中にモフモフの可愛らしい動物には、大体肉球という物があると、ウサギ好きの友達に教えて貰うまで、そう思い込んでいたんだよね。

はい、アルス君、これをよろしく』


自分の倍近くある背の護衛騎士に封筒を差し出したなら、アルスは確りと受け取って脇に抱える。


『はい、預かります賢者殿』


アルスは確りとそう答えながらも、ウサギの賢者の語る"ウサギの好きな友だち"が気にかかっていた。

それは、直ぐ傍にいるやんちゃ坊主も同じ様子で、窺うように今は後ろ手を組んでアルスを見上げている、ウサギの姿をした賢者に視線を注いでいる。


2人の少年は、"ウサギ好き"という人物よりも、"とってもウサギが大好き!"という少女なら良く知っているし、これから一緒に行動を共にする予定があった。


その女の子、リリィは出かける間際になって、日中は熱くなりそうだという事で、本日より着用する、夏用の巫女の服の袖口の綻びに袖を通す前に気がついた。

2人の同行者に"ごめんなさい"と断わりを入れ、今は慌てて繕いを行っている。


アルスとルイがそれなら先に"お使いの内容と荷物をを聞いてくるから、慌てないで良い"と揃って口にして、賢者の私室になる屋根裏に訪れていた。


"私が変な恰好をしていたら、その"上司"になる賢者さまが恥ずかしいと思われてしまうから、いつも身嗜みはちゃんとしておかないと"


ウサギの賢者が大好きな女の子は、切実さが伝わる表情を浮かべ裁縫道具が収められている、木の箱と夏服の巫女の服を手にして、アルスとルイにそんな事を言っていた。

2人の少年は"余程酷くなければ、賢者は気にしない"と思っていたけれども、リリィの気が済むならと、言葉も交わさずに視線で直ぐに意志を疎通して了承した。


"本当にウサギの賢者が好きなんだ”な、と改めて2人の少年に知らしめた。


そして今、賢者が語った"ウサギの好きな友だち"と、この場にいる誰もが知っている、"とってもウサギが大好き!"なリリィという女の子を結びつけるのは、短絡的と考えるのも違う様な気がしていた。


(賢者殿に、ウサギについて、肉球なんてないという事を、教えた友人ーーーか。


そんな言葉を出してわざわざ例えるという事は、何かしら"リリィ"と縁がある人とも思えてしまう)

そして、アルス自身が不思議とも思うのだけれども、その"ウサギが好き"で”肉球はウサギにはない"と賢者に教えた人物は、女性だと感じた。


『なあ、賢者の旦那。もしかしてさ、賢者の旦那に"ウサギには肉球がある"って教えてくれた、"ウサギ好きの友達"って、リリィに何かしら縁がある人なのか』

ルイという少年が使うには、小難しくも思える"(えん)"という言葉だけれども、"関係"という表現よりも、ずっと具体的な雰囲気をアルスは感じ取る。


(やっぱり、ルイ君もさっきの賢者殿の物言いに何かしら、感じるものがあったんだな)


『うーん、やっぱりそう思うし、感じちゃう?』

その考えを肯定する、耳の長い上司の言葉が続いた後に、再び仕立屋がぬいぐるみの様な賢者を抱え上げて、少し、困った様な表情を含んだ笑顔浮かべていた。


『……十分思わせ振りな発言だと思いますよ、賢者様』

ただ、言葉を発するまで大きな間があって小さく息を吐き出した。


『そんな感じだと、キングス様も、そのウサギの旦那の友人の事を知っているって事っすよね?』


仕立屋が抱え上げた事で、目線の高さが丁度ウサギの賢者と同じくらいの高さになったルイが尋ねたなら仕立屋は無言で頷いていてから、紅を引いている唇を開いた。


『私は、どちらかといえばお世話になった、"恩人"と例えた方が良いのですが、その方は"友だち"として私を受け入れてくれました』

『へえ……あ、じゃあ、思えばキングス様はウサギ肉球の事は?。やっぱり、その恩人みたいな友だちの人に教えて貰ったってことっすか?』


このルイの質問は、どうやら仕立屋にしては随分と意外な物だったが、最初こそ激しく瞬きを繰り返し、動揺もしたかもしれないが"教えて貰った"という表現を否定するために、顔をっ左右に振った。


『私は故郷で野ウサギを餌付けしていたことがあるので、そこの所は承知していました。

ただ、賢者様との御縁は、その方がが繋いでくれた様なものですし、最初に話すきっかけになったのも、その事―――ウサギについての話題でした』


『こういった方が、判り易いかもしれないかな。その人はリリィと血の繋がった縁戚にあたり、性格も似ている。早い話が、気が強いんだけれども、基本的に優しい世話好きな人という事だ』


仕立屋の腕の中から、引き継ぐ様に賢者が更に語り、今度はそれを聞いたアルスが確認する様に口を開く。


『……こういう言い方が相応しいかどうかしりませんけれど、容姿の方は判りませんが、性格としては、リリィがまるでそのまま大人になったみたいな人なんでしょうか』


アルスのその言葉に、ウサギの賢者は仕立屋の腕の中で円らな眼を大きく丸くした後―――いつもの様に不貞不貞しく笑う。



『流石アルス君、うん、その通りだね。で、ついでに事情があって、深くは語れないけれども……』


そこで1度不貞不貞しい所をあっさりとしまいこんで、ウサギの賢者にしては、どちらかと言えば珍しい穏やかな表情を、仕立屋に抱えられた状態で浮かべ、さらに続ける。


『そんな、"気が強いんだけれども、基本的に優しい世話好きな"性格の縁戚の人物がいながらも、リリィは、現在ワシ"なんか"と一緒に暮らしている。

その理由も、今は語る事は出来ないけれど、ついでにそれとなく察してくれるとありがたいんだなあ』


ただ穏やかだけれども、緩やかな緊張感は小さな口と共に、ヒゲを揺らしながら発する言葉と共に与えられた。ここでまた、少しばかり間は空き、少年2人と"大人2人"と対峙する様な空気が俄かに漂う。


ただ対峙だとして、それは大人側から

"これ以上はウサギが好きな友人でリリィと縁がありる人物については語れない"

と予防線を張られているのだけなのだと、それとなく子供たちは察していた。


ルイは少しばかり眼を細めて威嚇にも見える視線を一瞬だけ向けたが、仮にやんちゃ坊主とそして今は自分側にいてくれているだろう新人兵士と組んだとしても、たおやか雰囲気の仕立屋にも敵わないのは、"勘"で判る。


『はい、判りました』

そしてそれはアルスも同じだったようで、空色の眼でルイに一瞥すると共に代表する様に、素直な"子ども側"の返事をすると、一遍に緩やかな緊張感は解けた。


『ただ、察するのは全く構わないです。けれど、それならどうしてこんな中途半端な形で自分とルイ君に、リリィに関しての縁者の話をなされたのですか?』


神経を研ぎ澄ませ、 自分の背後を含めてこの屋敷で"移動している存在"がいない事、"リリィがこちらにまだ向かっていない"のを確認しながら、アルスは質問を口にする。


『それはね、ワシが"保護者"として、アルス君とルイ君を"リリィの友だち"として信用と信頼をしているからかな』

考えていた以上に、仕立屋の腕の中に納まウサギの賢者はあっさりと理由を口にした。


『"友だち"としてですか』

同僚ではあるけれど、僅かばかりではあるが"兄"の様な気持ちアルスは少しばかり当惑して、好きだと公言している"友だち"と言い切られたルイの方は、憮然としている。


『人間は親しくなると、誰でもというわけでもないけれど、その人の持っている背景というか、生い立ちが気になるものだと、ワシは思うんだよねえ。

その過去を見て相手を軽蔑したり付合いを考えるという事を、アルス君やルイ君はするタイプとも、思わないけれどもね。

でも、このままリリィと仲良くなっていったとしたら、何れ"理由(わけ)があってウサギの賢者が保護している"だけでは納得……じゃあ、ないかな。"物足りたりない"と思えてくる部分が出てくるかもしれない』

『物足りないですか』


"物足りない"の言葉にアルスは当惑するけれど、ルイの方はその言葉に思うところがあったのか、先程浮かべていた憮然としたところを引っ込めていた。

少年達のそれぞれの反応を確認した後に、賢者は更に続ける。


『そして、何よりも今度初参加となる、マクガフィン農場のカレーパーティー、アレは国中から人が集まると例えても、過言でもない。

3人で行動する様に先程も言ったけれども、ルイ君もアルス君も恐らくは友人、若しくは知人に出会う。

それで、一般的には"親バカ"という表現が当てはまるんだろうけれど……多分リリィの事を"あの子は誰だ"と興味を持たれ、尋ねられるだろう。

それで、アルス君もルイ君も、"この国の賢者の秘書で巫女の~"と紹介するし、多分関係としては"友だち"という物になる。

その時に―――まあ、ワシの杞憂過ぎるとも思うんだけれども、リリィの詳細を聞いてくると思うんだ。

でも、アルス君とルイ君はつい先ほどまで"ワシの秘書"位の情報しかなかっただろう?』


『そうですね』

アルスは答えて、ルイは無言で頷いた。


『そこでだ、もしかしたらもっと"突っ込んだ"事を尋ねてくる者がいないか、軽く危惧しているんだよね。特に、"ルイ君”のほうね。子どもの方が、興味を持ったなら容赦ないからねえ―――特に“恋敵”になるとね』


『は?”コイガタキ”?』

アルスが空色の眼を丸くしてそう呟くと、ルイはそれ以上に眼を丸くして”気まずい”という表情を浮かべながらも、"思う所"の思い当たる部分が浮き彫りになった様子だった。


『け、賢者の旦那、もしかして、オッサンか、"アプリコット様"から、オレの話を聞いてます?』

もう1人、鳶色の人の名前が浮かんだが、取りあえず候補の2名の名前を出した。


『"アプリコット殿"の方から、”そこはかとなく"ね』

"アプリコット"の名前の部分から、先程引っ込ませていた不貞不貞しさを再び表情に滲ませながら、ウサギの賢者の視線はやんちゃ坊主の方に向けられていた。

ルイの方は癖っ毛の頭に両手を突っ込んでいて、アルスの方は益々目を丸くしている内に、やんちゃ坊主には思いもよらぬ、ウサギの賢者への"援護射撃"が仕立屋によって行われる。


『賢者様が今こういう風に仰るという事は、ルイ君はやはり"モテる"という噂は本当の事みたいですね』

多少複雑そうな雰囲気を漂わせながら、キングスがそんな言葉を口にすると、やんちゃ坊主は瞬きを繰り返していた。


『おや、キングスもそれとなく、ルイ君がモテるという噂を聞いた事は所はあったのかい?』

ウサギの賢者が親友の腕の中で、長い耳を”ピピッ"と動かし見上げる。


『ええ、グランドール様の仕立てをする際に、農場に赴むきますから。

その際、待ち時間にお茶をご馳走になっていると、御屋敷の家政婦さんと少しばかり世間話をしまして。

それで家政婦さんが仰るには、ルイ君は送られてきた手紙をそれは無造作に寝台の下に置いている木箱に入れて放置していると伺いました。

貰うだけで、読んでもいないようだとも伺っています』


仕立屋は綺麗に微笑んで、賢者に向かって情報提供を行った時には、癖っ毛に回していた手を、今度は顔を挟み込むようにして、上着だけを羽織っている胸の内で、やんちゃ坊主は嘆く。


(一番ややこしいネェツアークさんを、何とかやり過ごしたと思っていたのに、どうしていきなり、ここまで気まず状況になってしまったんだ!?)


全く隠しているつもりもなかったし、部屋の片づけはともかく掃除や洗濯はグランドールと同じ様に、屋敷の家政婦に任せていた。

かといって、ルイにしたなら後ろめたいことなど全くない。

けれど、どうしてだが"今"は、リリィに対して申し訳なくて仕方がないという気持ちが胸に渦巻いている。


『け、賢者の旦那はどんな風に話を伺っているんですか?』

やんちゃ坊主が何とか言葉を絞り出したなら、仕立屋に抱えられている賢者は不貞不貞しさの中に、ルイの狼狽えが含まれているところを楽しみながら、小さな口を開く。


『いやあ、アプリコット殿情報によれば、"好きでもない奴に好かれても嬉しくはない"

とか

"モテていなければ恥ずかしい"セリフを至って普通に吐き出していたとか』


これは大いにふざけて芝居かかった物言いで、ウサギの賢者が口に出したなら、ルイはこの時ばかりは、立場も忘れ、反射的に言葉を返していた。


『言っときますけれど、賢者の旦那が言ったのは、少しばかり違うっすからね!。

"好きでもない奴に、モテても嬉しくない" って言ったんすよ!。

それに、多分別に好かれてるとかじゃなくて、オレが農場の主で、国の英雄のグランドールのオッサンの傍にいて、同い年とかとつるまないから、珍しいタイプに見られているだけ!。

何より、オレが女の子として好きなのはリリィの事だけっすよ!』


『───と言った事は、もしカレーパーティーで、顔見知りの農場で働いてくれている農家のお家のお嬢さん達に、リリィの事を突っ込まれても、くれぐれも言わない様に。リリィの保護者として、"お願いします"、ルイ君』


そう言って、それまでまるで互いに打ち合わせでもしていたやり取りを行っていた仕立屋の腕の中から、賢者はやんちゃ坊主に向かって長い耳が伸びている頭を下げる。


『へ?え?』


ルイの方は全く状況が判らなくて、少なくとも今は自分側についてくれていると思える新人兵士の方を、顔に当てていた手を外しながら見つめた。

アルスの方は、自分の上司が何を言わんとしているのかを、具体的に言葉には出来ないけれど、感じ取れる事が出来たし、形は違うけれども、身に覚えがあった。


そして思慮深くもある新人兵士は、"ウサギの好きな友人の話"にこのやんちゃ坊主とのやり取りを加えて、リリィの昔話をしてくれたパン屋の御爺さんの話が不意に記憶の中から、掘り返される。


"どうしてだか、孤児や見習い巫女を世話する責任者の巫女と、リリィは折り合いが悪くてな"

"リリィもリリィであの通りで、何気に負けん気が強い上に、不器用な所もある"

”だから事態が本当にひどくなってから、ようやっと周りが気がついた"


掘り起こされた記憶と、耳の長い上司がいつもの様に、回りくどく説明する手順を思い出した時、今度はアルスの方が反射的に言葉を発していた。


『賢者殿は、リリィが農場のカレーパーティーで、ルイ君に好意を寄せている女の子とリリィが何かしら、揉めるかもしれない事を心配している、ということですか?』

『―――ご名答、アルス君。ついでに、その頭の中で思い浮かんでいる事も、言ってみようか』


当たっているという保証を貰い安堵してるところに、"続けて考えている事も言ってみよう"と声をかけられ、その唐突さに驚きと共に瞬きを繰り返す。


だがそれと同時に、アルスと賢者の間に行われている会話の意味と、具合が判っていないルイが自分を見つめている事に気が付いたなら、不思議と先程の驚きの方はスッと引き瞬きも止まった。


(取りあえず、賢者殿が自分とルイ君に、"リリィの縁がある人について話した事の意味"も含めて、自分なりに考えた事を話すしかないか)


アルスは上司でもある賢者の指示ということもあり、自分が考え思い描いている事を言葉にするべく、頭の中で整理をしようとしてみるが、予想以上に入り組んでいる。


(うーん、"どこから"話すべきなんだろうかな)


アルスの頭の内で分類(カテゴリー)してみるが、どれにも"過去には今"の説明がついていて、逆についても"今に至る過去"の話をしなければいけなくなる。


(切り離して話したなら、それはそれでややこしい事になるし―――)


『どうぞ、アルス君の語り易い様に先ずはしてみてください。

私は仕事柄、人の話を聞く事が多いので馴れていますから。

もし、聞いた上で判らない部分があったなら、一段落ついた所で尋ねますけれど、良いでしょうか?』


新人兵士が語りだしを迷っているのを見越した仕立て屋が、そう話しかけたなアルスは、いつの間にか肩に力が入っているのに気が付いた。

そして自分の考えを話す事になる相手を見たなら、その力もあっさりと抜ける。


雰囲気からして聞き上手なキングスに、イタズラ好きかも知れないが"上司"としても信頼出来る、ウサギの姿をしている賢者。

そして、アルスが妹の様に思っている小さな同僚の為なら、命すらいとわない様子を見せるやんちゃ坊主なら、懸命に話したなら、邪魔をすることは決してないように思えた。


『解りました、よろしくお願いします』

『あと、リリィさんは繕い物を行う時は、それは丁寧にしますから、賢者様は急ぎ気味にやっていましたけれど、時間もアルス君が説明を終えるまでは大丈夫だと思いますよ』


"仕上げ"というわけではないのだろうが、アルスが説明するにあたり時間を気にしなくて良いと付け加えてくれた。


『おや?そうなのかい』

『ええ、ウサギの姿の賢者様の繕い物、ここ最近は三回に一回は実はリリィさんにお任せしているの、気が付きませんでしたか?』


まるでいつまでも見破られなかったイタズラを報告する様に仕立屋が言ったなら、今度は賢者の方が、玩具の様な眼鏡の奥で、円らな瞳を激しく瞬きをしていた。



『じゃあ、ルイ君がそろそろ落ち着かないみたいなので、始めましょうか。

そうですね、先程賢者様が申し上げていた"女の子として好きなのはリリィさんだけという旨を言わないで欲しい"という発言に関して、困惑していると思うので、そこの所から。

ああ、そうだ、ルイ君がモテるという言葉も、アルス君の今から口にしようと考えている中に入りますか?』

『あ、はい』


押しつけがましくなく、且つ、さり気無く仕立屋が新人兵士の語ろうとする内容の、"露払い"を行ってくれたのを感じ取り、新人兵士は素直に感謝しそれに従う事にする。

それからアルスは最終確認する様に、自分の隣にいる少年に確認を見た。


『ルイ君、自分は"ルイ・クローバーモテる"って事で、今から話を始めるけれど構わないかな。

その、さっきからその事には、不本意みたいな反応を示しているのも、判っているんだけれども』

『うん、不本意。だけれど、一般的にはオレの現状は"モテて"いるんだろうな。

それに、そうじゃないとアルスさんの話しと、農場でオレにとっては知り合い程度で、名前も知らねえけれど向こうは知ってる、そんな"奴ら"って言いかたは悪いかもしれないけれども……。

そいつらに"女の子として好きなのはリリィだけ"って、発言を言わない方が良い意味を説明するのも続かないみたいだし。

良いっすよ』


不承不承で、ルイにしたなら少しばかり大人びた様にも感じさせる笑みを浮かべながら頷いてくれたのに、感謝し、短く"ありがとう"と伝えて、少しだけ躊躇いながらアルスは口を開く。


『マクガフィン農場のカレーパーティーでは、きっと自分の同期にも遇うでしょうけれども、やっぱりルイ君の"知り合い"に会う事の方が格段に確率は高いと思います。

確か、農場で働いている方の親睦を深める意味でやっているというのも、主旨の一部だとこれまでの案内にも見ましたから。

それでルイ君は農場の働いている方達の家族や、縁戚に当たる娘さん達から人気がある。

多分向こうの方は、ルイ君の事を"農場の外にいる女の子よりも知っている"と、考えていると思うんだ』


農場の女の子達がルイの事を知っているという言葉に、所謂(いわゆる)"虫が好かない"という不快感をやんちゃ坊主は感じてしまう。


気が付いた時には、アルスの言葉に"反論"ではなく、意見をするつもりでルイは口を開いてしまっていた。


『そいつらが"知っている"っていっても、オレは精々オッサンに2年前に拾われて、農場に来たぐらいのもんなんすけれど……、農場関係者でないにしても、リリィだってそれ位知ってるし。

寧ろ、そんな事でいうなら、アルスさんやリリィの方が、オレが肉ばっか食ってて、オッサンから叱られているとか知っているっすよ。

それに、なんだっけ、よく農場の兄さん達が読んでるやけに薄着の姉さんの画集と一緒に載せてる、胸やら腰やらのサイズだって、この前ロブロウでリコさんに身体検査して貰ったから、頭のサイズだってリリィ達の方が知っているっすよ!』


『うん、そういう話も、万が一カレーパーティーでもって、突っ込まれたら禁止ね。

あと、農場のお兄さん達が読んでいるものと、身体測定は別個物だから、一緒にしたら治癒術師で医師のリコさんに怒られちゃうからね』


(いささ)かムキにもなっていたルイの意見に今度は被せる様にして、仕立屋の腕の中から賢者がヒゲを揺らす程、小さな口を動かして意見を出していた。


やんちゃ坊主と耳の長い賢者のこの"やり取り"に仕立屋と新人兵士は揃って苦笑いを浮かべた後に、アルスが視線をルイに向けた後に、言いずらそうな表情を浮かべながら口を開く。


『それで、ここからは話の意図や意味がずれてる風に感じるかもしれないけれど……。

多分、今から、自分が言う事はルイ君のいる前では起こらないと思う出来事なんだ。

もしも"女の子同士"になった時、その最初から喧嘩腰というわけではないんだけれど、起きる事を予想しての内容。

で、仮定の話なんだけれど、ルイ君はもしリリィがさ、カレーパーティーの農場で"ルイ君と親しい感じで女の子達が現れた"として、それで仲良しになったならどうする?』

『……まあ、仲が良い分には良いんじゃないすか』


アルスが言いずらそうにしている部分で、ルイの方は言葉にしなくてもこの後に続きそうな話がどことなく、予想出来てしまっている様だった。


『それで、もし"女の子同士で行動したい"とかになったなら、どうする?』

『アルスさんは、どうするんだよ、リリィが女の子の友達と行動をしたいって言われたなら』


アルスの質問には答えず、ルイが"質問に質問で返す"。


これと同じ様な場面に、過去数回アルスは"質問で返す側"でやってしまっていて、そしてそれを今は仕立屋の腕の中にいるウサギの賢者にその度に"失礼"だと窘められた。

その時は素直に言われた事を反省はしていたアルスだけれども、言われた側の方の気持ちというのでは、こうやってルイと会話することで初めて感じる。


(これは確かに、何と言うか、された側は結構"ムッ"とする)


今まで、ルイを年下であり、見ためからしてやんちゃ坊主で、ある意味では"生意気盛り"という事もあって、一般的に見たならアルスは寛容すぎる態度で、接していたと思うし腹を立ててはいなかった。


(そうか、自分が真面目に話して会話をしているつもりなのに、返事がルイ君本位というか―――こっちが、"話し合い"をしているつもりなのに、自分の意見を、気持ちを押し通そうとしているからだ。

でも、ルイ君は"アルスさんなら、自分の質問に答えてくれる"って、信頼しきっているからでもある。

それに、前に賢者殿が言っていたように、"失礼な口をきいても大丈夫"と、思わせてしまったの自分の責任でもあるわけだし。

そして、"怒っている"という気持ちもあるから)


"君が怒ったのはわかるけれども、質問に質問で返してはいけない"

"上司とか部下とか、秩序のバランスがとれなくなって、失礼になってしまうよ"


思慮深い新人兵士は、自分がかつて"質問を質問で返してしまった"、その時の事を思い返し、"アルスが怒ってしまった理由"を思い返していた。


(あの時は、自分が苦手で嫌な事を―――"恋"と言った事が話題になりそうだったから、怒っていたという気持ちが原動力だけれども、殆ど無意識と条件反射みたいな感じで、口走っていた)


そして、今ルイが大切に思っているリリィが、"女の子同士で行動したい"と口にしたのなら、巧くそれを止める術がないからイラついている。


『自分は、多少狡いかもしれないけれど"護衛騎士"という立場を使わせてもらうかな。

あと、一番効果があると思うのは、"賢者殿から今日は3人で行動をしなさいと指示されているから"という断わりを使わせてもらう。

リリィは残念がるかもしれないけれども、少なくともカレーパーティーでは女の子同士で行動はしない』


アルスのこの発言に、ルイは以前面倒くさがりながらも、勉強して覚えた東の国の諺でもある、"目から鱗が落ちた"という、視野の開けた状態を身を以て体験状態になる。


『あ、それは、(ずる)いっていうか、巧いっすね!。

確かにそれなら、リリィは賢者殿との約束守る事を、一番に持ってくから幾ら熱心に誘われても、賢者殿の許可が下りない限りは乗らないっすね。そうしないと、行動を一緒にしているアルスさんも困ると言えば、尚更っす』


"何が何でも、ウサギの賢者が一番である"というのや、"人が嫌な思いをしない様に気を遣う事は疲れない"という、持論を持っているリリィの(今の所)友だちとして、ルイも良く知っている。


『そんなに狡いかねぇ?。まあ、元々芳しくないワシの評判が、箸が転がってもおかしい年頃嬢さんからの評判が、"厳し過ぎる保護者"となるくらいなら、"どうぞ"って感じだけれども』


ルイが感心しきりで"狡い"という表現を、褒め言葉の様に使っていたなら、ウサギの姿をした賢者の方も、己がひねくれているのを十分自覚しているので、寧ろ満更でもない様に仕立屋の腕の中で頷いていた。


『あ、でも、そんな事を言われたなら―――』


やんちゃ坊主とイタズラ好きな賢者が可笑しな方向に盛り上がりを見せているのを後目に、アルスが賢者から預かっている封筒を抱えなおしながら、健康的な逞しい首を傾ける。

それから、自分の口元に、恩師から"任務着任祝"に貰った革手袋から伸びる指を当てて思案顔で、浮かんできた考えを口にした。


『えっと、自分で先程の考えを"仮に"と言っておいて何なんですが……"賢者殿の評判を落とすような事"になったなら、それはそれでリリィは、ムキにならないでしょうか?。

その"子ども同士で、遊ぶ事を許さない、頭の固い賢者"と言った事を、もしも、言われたとしたら、それこそルイ君の事は置いておいて、女の子同士で、喧嘩になるかもしれません。

リリィが、女の子同士で遊びに行こうと誘われた仮の前提という、なんともややこしい状況ですけれども』


"ルイ君の事は置いておいて"という言葉に、やんちゃ坊主は小さく"え?"と言葉を発して、複雑そうな顔で固まってしまっていたけれど、アルスはそこには気が付かない。

仕立屋は、ルイがリリィに懸想をしているのを知っているので、同情を滲ませた苦笑を浮かべ、アルスの言葉には同調できるようで確りと頷いていた。


『それは、あり得えなくはないですね。リリィさん自身も、それに連なって"11才にもなって、お祭りに保護者同伴"みたいな揶揄(からか)い方もされる事も無きにしも(あら)ずでしょうし。

まあ、それも"ルイ君がいれば言わない"でしょうけれども』


最後に仕立屋がルイの名前を口にした時、不思議な静寂が魔法屋敷の屋根裏に満ちた。


さらに、その静寂で先程やんちゃ坊主の名前を出した時の仕立屋の発音に、含みを滲ませられている事は、流石にやんちゃ坊主でも気が付く。

そして普段なら、釣り眼ながらも優しい雰囲気をの目元に鋭さを乗せ、キングスはルイを見つめていた。


『―――』


地頭は良いけれど、人付き合いが希薄でもあった少年は、アルスがしている話の意味や"ルイ君がいたなら"という仕立屋の発言、そして賢者が諄い程、"友だち"としてという表現に拘っているのを意味を、漸く結びつけるという発想が生まれる。


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