It's not going to be that easy.その3
『賢者殿、どうしてそんなに眉間にシワを寄せて、カレーパーティーの招待状を改めて見つめているのですか?』
『……今の内にルイ君にカレーパーティーの参加の返事をしておこうと考えてね。
というか、リリィ、アルス君、ルイ君、折角3人とも参加した事がないのなら、今回一緒にマクガフィン農場のカレーパーティーデビューをしてしまえばいいんじゃないのかな?』
苦笑いを浮かべ、小さな同僚と仲の良いやんちゃ坊主の会話が、互いに赤くなって言葉が塞がる様に困っているのを視界に淹れながら口を開く。
『農場のカレーパーティデビューとは、どういう意味しょうか?。それとなく仰る言葉の感覚で判るような気がしますけれど……』
なので、耳の長い上司に会話の"糸口"位をを開いて貰おうと考えて話を振ったのだが、アルスの考えた以上の随分と大きい突破口を開いてくれた。
ただ"口"が広すぎて、話題をどの様に繋げるべきなのか少し悩んだが、新人兵士は結局そのままの大きさのままで、上司の返事を待つ。
『感覚で判っているなら、十分だよ。良くも悪くも多分目立つ3人組になると思うからね』
そういう顔は、先程の巫女の女の子に向けた物と違い、いつもの様な不貞不貞しい表情となっていた。
『賢者さま、私とアルス君とルイが、カレーパーティーに初参加したなら、目だってしまうのですか?』
一方、ウサギの賢者の発言で、無自覚にルイを上目使いで見上げていたのを止めた、顔から赤みも引かせたリリィが、不思議そうに尋ねる。
ルイも顔から赤みと熱をひかせていたが、こちらのやんちゃ坊主の方は"カレーパーティーデビュー"の意味が理解できている様子だった。
ただ、自分から説明をしようという態度ではない。
寧ろ好きな女の子が、大好きな賢者さまとの会話を邪魔しないと決めた様で、トレードマークの八重歯を唇から少しはみ出させ、閉じていた。
『リリィ、アルス君は格好良いだろう?』
『はい、バロータお爺ちゃんもアルスくんの事は”二枚目"って、言ってました。それで二枚目の意味は、"カッコイイ"と教えて貰いました』
そして今度は、"格好いい"という形容で例えられた新人兵士が珍しく顔を赤くして、無言で
仕立屋が食事の終わりに淹れてくれていたお茶に手を伸ばしている。
そんな新人兵士を脇に、お兄さんのような同僚の容姿を"カッコイイ"と若者らしい音を短くした発音で、リリィが答えたのを、ウサギの賢者は招待状を手にしたまま青いコートから伸びる短い腕を組んで、片目を瞑る"ウインク"の形にして、小さな口を開く。
『ほう、それではどうして"二枚目"で"格好いい"言う意味があるかは、リリィは自分でちゃんと意味を調べたのかな?』
少しばかり"試す"ニュアンスを含めた賢者の質問に、秘書の女の子は生まれ持った強気な目元に似合う"挑戦的"な眼差しを返す。
『はい、賢者さまは私が新しい言葉を勉強した時、いつも意味と使い方を一緒に覚えなさいと教えて貰いましたから。
それが一番、時間を無駄にしなくて済むし、記憶にも残るからと教えて頂きましたから』
『そうか、それではリリィの調べて覚えた"二枚目"の意味を聞かせてもらおうかな』
突如として口頭で行われている試験が賢者と秘書の巫女の間に始まり、緊張する空気が漂う。
自然と"邪魔をしてはいけない"という雰囲気に包まれ、新人兵士とやんちゃ坊主は視線を交わした後に、小さく頷き合って"試験"が終わるまで沈黙を保つ事を決める。
仕立屋の方は、最初からこの”流れ"が判っていたのか、やや釣り眼から月の色をした瞳を巫女の女の子に向けて、微笑んでいた。
そんな状況で、いつもより多少硬い調子で小さな唇を開いた。
『えっと、"二枚目"の言葉の意味は、元々は王立の芸術会館の劇に出演する役者さんを紹介する看板から始まっているんですよね。
数枚の看板が合って、1枚目の一番目立つ看板には劇の主人公となる方の劇中での姿と、主役の名前と一緒に役者さんのお名前。
それで2枚目の看板には、劇の中での若い色男ーーーえっと、カッコイイ役者さんの名が書かれることになっていて、それが"二枚目"。
そこから、二枚目は"カッコイイ"人を例える言葉になったと、調べた辞典には載っていました』
喋る言葉を考えて口にしているので、いつもよりもゆっくりとした感じにはなったけれど、そのお陰で、その場にいる全員が確りと聞き取ることが出来た。
そして"試験官"的な立場になっているウサギの姿をした賢者は、ウインクの形のしていた眼を両方細めて、"笑顔"を作り、ヒゲを揺らしながら口を開く。
『うん、"合格"!……というの野暮かな。
良く意味を調べ、理解もしているみたいで大いに結構』
『賢者さまに認めて貰えて、嬉しいです!』
リリィのこの言葉で、緊張していた雰囲気は緩んで、最初に口を開いたのはルイだった。
『へえ、看板に出てくる順番で、"主役"とか"格好いい"とか、決まっているんだな。じゃあ、三枚目は何だ?、悪役とかか?』
やんちゃ坊主は、"看板"の枚数と飾られる場所の意味に興味を持った様子で尋ねる。
『うん、私も"そこ"が面白いと思って、三枚目まで賢者さまがくれた、"子ども辞典"で続けて調べたの。
あ、それとね、3枚目は"悪役"ではなかった。
"三枚目"は"ひょうきん"って言って、人を笑わせる、楽しい人の役どころのなんだって』
『へえ、人を笑わせて楽しませるのが、1枚目の主役、2番目の色男の次ってえのも何だか不思議だけれど、考えたなら、なんかわかる様な気がするな』
ルイが腰に手を当てながら、"三枚目"の看板の意味にも興味を示したなら、アルスの方も話が自分に関係する"二枚目"から離れたので、顔から赤みを引かせて、感想を述べる。
『そうだね、人を楽しませて笑わせるのって、実際にやってみると本当に難しいよ。
ある意味笑わせるって事は、その相手を励ましているしのと同時に元気づけているって事だから。
仕事や勉強ができるのも良い事かもしれないけれど、そう言ったのが出来るのも凄い事だよね』
アルスの"笑わせる"の解釈の言葉に、ルイもリリィも揃って小さく口を丸くして、納得が出来た様だった。
リリィは話題が折角膨らんだので、それにまつわる話を続けようとも考えたのだけれども、"続けられない"事を思い出し、残念そうな表情を浮かべる。
『それでね、あと何枚目とか後の看板にも意味や役割があってね。でも、四枚目からの文字の読み方と意味が難しいのと、それに"二枚目"を調べたら、気持ちが満足しちゃてそのまま寝てしまって……調べ終えてないの』
『リリィも、ベッドの中で本じゃないけれど、辞典読んで寝ながら調べたりするんだな』
自分と違って確り者の女の子が、寝ながら本読んでいたというのが、ルイにしたなら少し意外で尋ねたなら、リリィは特に気にする様子もなく、頷いた。
『うん、いつも寝る前に読書するのが、癖?っていうのかな?、しているよ。あ、でもちゃんと本でも辞典でも畳んで、寝る前には片付けているよ』
『―――そこは格好良く、癖ではなくて"習慣"と言い変えようか、リリィ』
子ども達のやり取りが一段落がついたのを見計らって、ウサギの賢者が短い親指を立てながら、言葉を挟む。
『……あ、本当だな。格好良いかどうかはともかく、賢そうには聞こえるな』
『"物は言いようだ"よ、少年よ』
やんちゃ坊主はこれにも納得する様に、頷いていると、耳の長い賢者は小さい鼻をヒクヒクさせながら、得意げにそう付け加えた。
美人な貴族の後輩がこの場にいたなら、チクリと戒めの言葉を口に出しそうなものだが、仕立屋はこのやり取りに引き続き微笑んでいた。
『賢者様の読書の習慣が、リリィさんに移ってしまったみたいですね。でも、賢者様の本を枕にする"癖"は移らない様にしましょうね』
『いやあ、そこは本を枕にする程好きだからしていると、申し上げたい』
組んでいた短い腕を解き、ルイと同じ様に腰にあってて、賢者様に仕立ててあるシャツに隠れているが、恐らくはフワフワしている毛の下にある胸を張って、そう宣う。
やんちゃ坊主と秘書の女の子は呆れながらも、顔を見合わせて笑った。
アルスも軽く笑っていたけれども、少しだけ心の中で首を傾げていた。
(賢者殿、何だが少しだけ興奮してるというか、気が昂っている?)
諫める存在がいないので、多少調子に乗っている様にも見える。
けれども、耳の長い賢者はリリィに関しての繊細に思える話題が出た頃から、多少"ヤケ"になっている様にも感じるのは、自分1人の気のせいかとアルスは胸の内で考える。
『―――それでは朝食の場を"締める"ものとして、リリィさんが調べるには難しかった看板の話しの続きを、私が良かったなら説明しましょう。そして、それが終わったら各自、本日の課業を開始という事でいかがです、賢者様?』
『うん、そうだねえ、そうしようか』
そして、それを宥める様に仕立屋が言葉をかけていたのを、少しばかり漠然とした気持ちで眺めていた。
『キングス様、看板の続きの意味をご存じなんですか?』
『ええ、偶然かどうか判りませんが、東の国の劇場でも似たようなものがありますので。
それでは早速言わせてもらいますね』
リリィが尋ねたなら、キングスが少しばかり芝居がかった咳を"コホン"として、看板の話を始める。
『四枚目の看板に描かれる方を、中軸といいます。確かに、リリィさんには少しばかり難しい文字と意味を持った言葉で、簡単に言うのならこの四枚目の役者さんは中堅。
中堅というのは、実力も実績も確りしている方で、演じられる劇中で物語の纏め役にもなる方です。
それで五枚目の看板には、敵役、判り易く、もうそのまま悪い役を演じる方です。
でも勧善懲悪の物語は、欠かせない役者さんです』
『そうっすね、悪者がいなかったら物語にメリハリつかないもんな』
これには、ルイが大いに賛同する様に深く何度も頷いていたがリリィは少しばかり考え込んでから、小さな口を開く。
『私は、誰か悪者がいなくても、ほのぼのした感じでお話が進んでいってもいいかなあ。
でも、それじゃあ、物足りないって思う人は確かにいるだろうし、お話の流れにメリハリはあった方が、判り易く楽しめる人の方が多そうね』
リリィは自分の気持ちを口にしつつも、ルイの考えも否定することなく頷きながらそんな事を呟いた。
『―――そうですね、劇は大勢の方が見ますからやはり"判り易く"悪役として看板に描いていたなら、劇中に登場して直ぐに理解出来楽しいでしょうから』
ここで仕立屋は息継ぎをするように、紅を引いている艶やかな口を窄ませて息を吸い込み、一度上下の唇をつけ閉じ、再び開く。
先程のリリィと同じ様に、キングスも慎重に考えて言葉を口にしようとしているのが、アルスには感じ取りながら、続きに耳を傾ける。
『六枚目の看板の役者さんの役回りは、これもリリィさんが意味を調べるのには難しかったかもしれませんね。
実敵といって、簡単に言うのなら"憎めない善要素のある敵役"というものです。
事情があって、悪者になっている、若しくは、過去に悲しい裏切りがあって、人が信用出来ず悪者側にいる。
劇の流れによって表現は違いますが、根っからの悪い人物ではないという役柄ですね』
『へえ、二枚目もいいけれど、そんな役柄もなんか、格好いいっすね』
やんちゃ坊主の"六枚目"に対する軽く憧れを持った発言に、仕立屋は綺麗に微笑み、リリィは困った顔をして"実敵"について、何やら考えいる様子が見て取れた。
『リリィ、お芝居で本当のお話ではないのだから、気にしなくても大丈夫だよ』
自分の秘書の女の子の、優しい心を見越して、ウサギの賢者がそんな言葉をかけたなら、どうやら図星だったらしく、少しばかり顔を赤くしてしまった。
『す、すみません、そのお話だと分かっていても、その"実敵"さんがどうにか良い形でお話の終わりを迎えられたならと、考えてしまって』
『そこは、その物語の"主役"がどうにかするんじゃないのか?。まあ、個人的には劇中で激しく、主役か二枚目と活劇する場面ぐらいは見てえけれど』
ルイが劇の物語にそんな要求をすると、リリィも"物語くらいならなら、喧嘩があってもいいかなあ?"と呟いた。
それに、アルスが"戦いはするけれども、最後は味方になる物語があるよ"と報せたなら、やんちゃ坊主と巫女の女の子は、興味を示す。
少しばかり話がそれているけれど、それを丁度良かったといった様子で仕立屋も賢者も視線を交錯させた。
どうやら"事情があって悪者になっている"という設定に、ルイは随分と心を惹かれている様子である。
《ルイ君に、こんな面があるとは思いませんでした。もっと、物事を冷静に見ている部分が強いとばかり思っていましたから。
それに例え思っていたとしても、こうやって無防備に表に出すとは思いませんでした》
僅かばかりだが、やんちゃ坊主の"背景"を知っている仕立屋が、思春期特有によく見かけられる
"少し影のある存在に憧れる"
という部分を、こうもあっさりと表に出した事を意外に思い、気が付いた時には賢者にテレパシーにしてまで送ってしまっていた。
そして受け取っていた賢者の方も、最近仕入れた"マクガフィン農場でのルイ・クローバー"と"自分達の前でのやんちゃ坊主"の差に多少考えたところが、あったのでそれを自分の"副官"に伝える。
《グランドールと生活を共にする事と、多分リリィと出逢った影響もあるんじゃないかと考えているんだよね。褐色の大男は何気に天然で、相手の素を引き出してしまう時があるし、リリィは"あの子"の娘だ。
どんなに"硬い心の殻"でも、魔法も何も使わなくても、本人も無自覚の内にひび割れさせて、柔らかい中身を剥き出しにしてしまう時がある。
ま、まだ予想の範疇でしかないけれどもね》
『―――それなら、王立の図書館にルイ君の好きそうな話の本は、あるんじゃないかな。確か、劇の原書となる一般的な物語とは違うけれど、あらすじや設定を纏めた本もあったははずだよ』
『本当かよ?!教えてくれてありがとう、アルスさん。リリィ、今度一緒に王立図書館行こうぜ!』
『私が行くなら、結局護衛のアルスくんも一緒に行くことになると思うんだけれど』
"六枚目"について子ども達の話しが一段落ついた様に見えた所で、仕立屋が再び唇を開く。
『さて、それでは七枚目の看板の話をしましょう。
こちらは実悪という役割を熟す、役者さんが描かれますね。
その物語の全ての悪事の黒幕―――冷血かつ残酷で,悪の華とも例えても過言ではない存在です。
先程の五枚目の"敵役"の上司でもあるのでしょうが、裏で操っていたりする場合もありますね。
その物語では一貫して揺るぎのない悪役となります。
―――ただ、悪魔でも、その物語の中だけですけれどね』
これまでやり取りもあるので、キングスが優しく微笑みながらリリィに向かって告げると、少し照れながらも嬉しそうに笑った。
『そして、最後に八枚目―――ああ、その前に、劇の種類や内容によるのでしょうけれど、通常は劇の看板は8枚から成りたっているそうです。
それで"何枚目にこういった意味がある"と解釈するのに役立つということです。
さて、それでは最後の八枚目ですけれども、座長。
座長は、劇にしたならその内容によって出たりでなかったりで、役割は演芸の種類によって違います。
ただ、そのお芝居の総指揮をとっている立場となります』
『へえ、"座長が主役"ってわけじゃないんだな。ああ、オッサンがマクガフィン農場の代表しているようなもんか。
オッサンも、農場に関しては、見回りはするけれど、必要が無い限りは現場を信頼できるオッちゃんやオバちゃんに任せているもんな』
"座長が主役でない"という言葉にルイとリリィは、少しばかり驚き、揃って眼を丸くしていたけれども、やんちゃ坊主が眼を丸くしながらも続けた言葉に巫女の女の子も納得した様に頷いていた。
そして、仕立屋も八重歯を覗かせ乍らながら口にする少年の言葉に同調する。
『そうですね、座長といっても、色々なタイプの座長がいます。
王都の国営の芸術会館で行われている劇の座長は、劇団の主宰者で、公演地、上演作品、演出などにすべての責任を負っている方が多いようです。
劇に出るとしても、ベテランの位置で、先程の中堅の方とと同じくらいでしょうか。
そして自分の劇団ですから、座長の立場が変わることはあまりありません。
稀に有名な俳優さんや歌手などの、座長公演というのがありますが、ただの名目です。
その座長を主役にした公演ということで、言い方を変えたなら、名前でお客さんを集めることが仕事です』
仕立屋の"座長"の説明に、再びルイは何か思いついた事があるらしく、今度は顎に手を当てた後に口を開く。
『ふーん、じゃあ、"アルセン・パドリック座長&主演"とかしたなら、お客さんが劇場内外に溢れるみたいなもんなのか?』
『名前を使ったら実際そんな効果はあり得そうだけれど、アルセン様は全力で拒否して、仮に強行しても当日にはどこかの軍の遠征にくっついて行って、王都から姿を消しそうだけれどね』
やんちゃ坊主の中で"一番集客できそうな人物"を例えに話を出したなら、それには名前を出された人物の教え子のアルスが、困り顔ながらも"考え自体は面白いと思った"という顔で言葉を挟む。
やんちゃ坊主と、お兄さんの様に思っている新人兵士の、会話の雰囲気が面白くてリリィが声を出して笑ってしまっていた。
少女の楽しそうな笑いが納まりそうな頃にに、"看板の説明が終わりました"と仕立屋から視線で知らされた耳の長い賢者は、自分がずらした話の本筋を戻すべく小さな口を開く。
『―――そして、そんなアルセンの教え子で、当人は知らない内に"応援団"まで出来ていた、好青年アルス・トラッド。
やんちゃ坊主だけれども、顔自体は悪くない、やがてグランドール・マクガフィンの養子になる事が、ほぼ決定のルイ・クローバー。
で、判る事は鎮守の森の賢者の秘書だという、美少女の巫女。
この3人で、マクガフィン農場のカレーパーティーを一緒に行動していたら、目立つことこの上ないだろう。
けれど、賢者としても、ワシの個人的な意見もあわせて、別行動は避けた方が良いと意見しよう』
その発言で視線は一斉にウサギの賢者に集まるけれども、秘書の女の子は、賢者さまが"マクガフィン農場のカレーパーティー"の"デビュー"に合わせて一緒に行動するのを進めるのかが分からなかった。
『農場が広いし、人が沢山いるから迷子になるのを防ぐ為に、それで目立ったなら、見つけやすいから、3人で行動をするってことですか?』
とりあえず、リリィの小さな頭の中で浮かぶ考えを口にだしたなら、否定をするわけでないけれども、ウサギの賢者はモフッとした首を小さく傾け、再び口を開く。
『うーん、多分ねえ、3人でいてもそうなんだけれど、個人で居てもリリィも、アルス君もルイ君は目立つと思うんだ』
『アルスくんはカッコイイ、ルイはグランドールさまの子どもになるから注目を集めるのは判るんですけれど、私、そんなに注目あつめますか?。
……あ、巫女の服を着て行ったなら、確かに目立つかもしれませんね。
じゃあ、ロブロウの時みたいに、普通の服に着替えて行ったなら、"私"はそこまで注目を集めないんじゃないですか、賢者さま』
『リリィ、それ本気で言っているのか?』
珍しく顔を赤くしないでルイがリリィの顔を見つめながら、そういった事を言うけれども、いまいち言われた意味を巫女の姿をした女の子は理解していない。
アルスは2人の様子を見てから、小さく笑顔浮かべるが、リリィの言う事に同じ様に考えるところがあったので、耳の長い上司に、"制服"となる軍服や巫女の服は確かに目立つと思ったので、確認の言葉をかける。
『確かに、巫女の服よりは普段着の方が、注目は集めないだろうね。
―――賢者殿、カレーパーティーに参加をする際には、自分とリリィはどうしましょうか?。
これまでの話によれば、開催日は公休日ですよね?。
それでそのような日なら、個人的には、リリィと揃えて私服が良いと思いますけれど、その場合、帯剣はするにしても、軍の支給の剣ではダメですよね?』
基本的に支給された"軍の剣"は、兵士として軍服を纏っている時の課業中にしか帯剣をすることが出来ない。
大体は軍服と"セット"扱いになるのだが、課業内容によっては私服で帯剣をする事も可能だが、勿論見る者が見れば直ぐに軍属と判る。
『ワシが、"賢者の護衛騎士隊"の指揮官として申請すれば帯剣は出来るだろうけれども、賑やかでも長閑な催し事だろうからねえ。
剣を帯剣すること自体が、どうかなという雰囲気かもしれない。
そこはカレーパーティーが開催される日までに、まだ余裕もあるし、少しばかり細かく打ち合わせをしようか。
もしかしたら、事と次第によったなら、ロブロウの時の様に"初見"の方には、兄妹と見える様に振る舞った方が、良い場合があるかもしれない。
ああ、でも、アルス君の場合は同期生や軍の関係者と出くわすかもしれないからーーー。
うん、やっぱりゆっくり考えてから、決めようか』
それから、改めて旧友から贈られてた"カレーパーティー招待状"を見つめて、小さく息を吐く。
『グランドールの方は、主催って事もあるだろうけれども、最初の挨拶終えたなら"アレ"を作る事に神経を使うから、鍋の側から決して離れられないだろうしね~』
『え、グランドール様ご自身もカレーを作るんですか?』
"アレ"という言い方が気になるが、料理が好きな女の子は、大好きな賢者さまと昔からの"親友"という褐色の大男が料理している事に純粋に驚きつつ、興味を持っている。
ウサギの賢者の方は、円らな眼を線の様に細め、何とも言えない表情を浮かべたが、秘書の女の子質問には無言で頷くこと肯定した。
『へえ、それはオレも初耳だな。オッサン自ら、カレー作っているなんて話は知らなかったな。
カレーパーティーに興味が無いから、部屋に引っ込んでいたってのもあったけれど。
ま、そこの所はともかく、パーティーは農場で働いてる皆の慰労会みたいのと、ある程度年数の過ぎた小麦粉や、最近はライスを一気に片づける為に、やっているとか話に聞いた事もあったから、それがメインだとも思ったんだけれどな』
『小麦粉やライスを片付けるって、どういう意味?』
ルイのした発言の中で、リリィには意味が判らない箇所について尋ねると、やんちゃ坊主は直ぐに少女が理解できていない部分を気が付き、自分で出来る範囲で説明を始める。
『何か小麦も、最近作り始めたライスもさ、ここ十数年は気候が安定しているから有難い事に、マクガフィン農場はそれらの穀物が豊作なんだとさ。
で、売ったり国に納めたりしても、やっぱり余る。
それは、万が一の時に不作の時や災害や何かしらの時の為に農場の備蓄庫に数年分くらいは保管しているらしいんだ。
でも、ここ十数年はさっき言った通り豊作だろ?。
しかも、ライスも最近始めたから、更に余ってさ、軍の方にも殆ど無償に近い形で納めても、それでもだ。
で、巧く保存をしておいたとしても、やっぱり生ものだから、数年したら"どうにかしないと勿体ない"って、形になって、それならやはり"食べるべきだ"ってなったんだとさ。
オレはオッサンに拾われてセリサンセウムに来る前の時は、皆でパンを焼いたりしてそれを持ち帰るとかしてた時もあったらしい。
けれど、オッサンが定期的にカレーを作っているのがどっかから漏れて、それなら兼ね合わせましょうみたいな、流れの話があったそうだ』
ルイの長いけれど、彼なりにリリィの為にしてくれた丁寧な説明に、少女は感心して口を丸く開けてきいていたが、終わった同時に"ありがとう"と口にしていた。
『それでカレーにライスはまだわかるんだけれど、カレーに麦というのは、"カレーパン"ということ?』
"カレーと一緒に麦とライスを、人の腹に納めてしまおう"
その考えと目的は判ったけれども、麦についてはリリィは、バロータ爺さんの店では休日の前日にだけ作るという、カレーパンしか一緒に食べる方法を思いつけなかった。
ルイは"カレーパン"という言葉に少しばかり驚いたけれども、少女のこれまでの生い立ちを聞いていて、"もしかしたら"という考えが浮かんだ。
『なあ、リリィ、もしかして"ナン"ていう食べ物を知らなかったりするか?』
『"なん"って何……ですか?』
ここで、少女以外が一斉に気が付いた様に"ああ"と声を漏らしたなら、小さな同僚が知らない事にアルスは思い当たることがあるのか、そんな声を漏らした。
『思えば、"ナン"については自分も王都にやって来て、軍学校のカレー好きの同期に教えて貰って店に行って知ったのが初めてですね。
知ってしまったなら当たり前ですけれど、初めての時は驚きでした。
ライスのほうなら、軍学校の方で幾度か食べていましたけれど、"ナンを手でちぎってカレーにつけて食べる"っていうのは、中々衝撃でした』
『え、それじゃあナンてパンみたいな食べ物で、カレーにつけて食べるみたいな感じなの?』
アルスの言い回しで、"ナン"についてはおおよその"食べ方"は、料理が好きな女の子は想像することが出来た。
仕立屋の"どうしましょうか?"という視線を受けて、ウサギの賢者は窓から差し込む陽の光の"角度"から、現在のおおよその時間を掌握する。
それから、色々逆算を始めたなら多少時間が足りない事と結果が出た。
(ふむ、中途半端はいけないが、説明の時間をじっくりと取ると、本日の"課業"に差し支えるね。
アルス君やリリィに、今日は王都の城下町に届け物を頼もうと思っていたんだがねえ。
必要最低限だけ、"下地"を作っておくかな)
ウサギの賢者はそんな事を考え、それから長い耳の先を"ピピッ"と動かした。
《ワシがザーッと説明するから、世界中を仕入れの為に旅をする仕立屋さんに説明のサポートを入れて貰ってもいいかな?》
《承りました、賢者様》
素早くテレパシーで会話を交わし、仕立屋の了承を得てからウサギの賢者は小さな口を髭を揺らしながら開いた。
『そもそも、カレーは元々はセリサンセウムの東よりヘンルーダ発祥の料理でね。
ヘンルーダと隣り合っているサブノックでも、結構家庭料理として普及しているんだよ。
それで、こっちではまとめて同じ様に呼ばれているけれども、本当は色んな呼び方があるらしいけれど、その総称を聞いた人々が、伝言ゲーム様にこの食べ物を此方に紹介する際に"カレー"になったらしい。
まあ、現地の発音でもカレーに近いらしいがね』
『"ナン"の方も他にも種類があって、チャパーティー 、プーリー、バトゥーラー、ローティー、パラーター。
それで、紹介する際には、纏めて"パンみたいな物" といった感じになるそうですが。
ナンは比較的、作り易いし、小さい子どもでも食べやすい事もあるので、マクガフィン農場のカレーパーティーに、麦の消費に丁度良いのも兼ねて使われているのでしょう』
賢者と仕立屋の説明に、子ども達はそれぞれに納得という表情を様浮かべて頷いた。
『へえ、じゃあ、キングス様は世界中を仕入れの為に旅をしているから、本場のカレーとか、さっき言ったナンの仲間とか結構たべてるんすか?』
『いえ、実は、私……辛い食べ物が苦手なんです』
"食る事"に関しては大いに興味があるやんちゃ坊主は、世界中の色んな食事を口にしているだろうと期待の眼差しを向けたが、仕立屋は恥じ入り、自分の頬に爪化粧を施している指先を目元に添えた。
目元に綺麗に縁取っている紅のラインと相俟って不思議と、"辛い物を食べれない"というだけなのだが、随分と艶めかしく見えて、やんちゃ坊主の方はドキリとする。
『え、でも、キングスさまは"中辛"のカレーライス食べれますよね?』
『ええ、でも、それが精一杯なんですよ。私が辛くて、美味しいと感じる事が出来るのはそこまでですから』
『人には、色んな好みがありますからね』
リリィとアルスは仕立屋の恥じ入る様子はそれ以上にも如何にも見えなかった様子で、いつもの調子で言葉を交わしていた。
『そうそう、人には色んな好き嫌いがあるからねえ。
因みにワシは、アスパラガスが苦手かな~、料理に紛れ込んでくれたら食べれるけれどね。
さて、それでは本日の課業を始めよう。アルス君、お使いを頼みたいんだけれど』
いきなりのウサギの賢者の話しの切り上げにも思えたけれど、確かに前以てそんな話になっていたのを、子ども達は思い出す。
"朝食の場を"締める"ものとして、リリィさんが調べるには難しかった看板の話しの続きを、私が良かったなら説明しましょう。
そして、それが終わったら各自、本日の課業を開始という事でいかがです"
看板の話は終わっていた筈なのに、子ども達は気が付かぬ内に何時の間にかカレーパーティーの話しに移っていてしまっていた事に顔を見合わせて、仕立屋に申し訳なさそうな視線を向ける。
『気にしないでください、私も看板からカレーパーティーについての話に変わっているのに気が付いていたんですか、思いの外結構楽しくて、そのまま聞き続けたくなっていましたから。
さ、それでは、アルス君。賢者様からお使いのお話があるみたいですよ』
『あ、はい!』
アルスの凛々しい返事を聞いた後、仕立屋は自分の茶器でお茶を提供した器を静かに回収しながら、次にリリィに視線を向ける。
『リリィさんは、私と一緒に仕上げの食器を片付けましょうか。私もお茶の道具を片付けたいので』
『あ、はい!、キングスさま』
巫女の女の子は礼儀正しく返事を確認した後に、その隣にいるやんちゃ坊主を仕立屋は見つめる。
『ルイ君は、お客様ですから、どうぞごゆっくり』
『はーい、じゃあ、オレはリリィの仕事が終わった後でリリィに挨拶してから、農場に帰ります』
ルイの素直な返事を聞いた後に、仕立屋は"そうですか"と頷いてリリィの傍らに立つ。
『それでは、リリィさん行きましょう』
『はい、キングスさま』
そうして、巫女の女の子と仕立屋は、連れだって魔法屋敷の食堂を出て行くと、アルスが座したまま背筋を伸ばして、身体の正面を耳の長い上司の方向に向ける。
『"お使い"ということは王都の城下町まで、どなたかに、何か届け物でしょうか、賢者殿』?
アルスが確認をするとウサギの賢者は軽く頷き、人差し指を上に向け、再び口を開く。
『うん、後でちゃんと説明するけれど、ある店に届けて欲しい物があるんだ。
その店は、喫茶店で、そこでライさんが、リコさんと一緒に、護衛の貴族さんと一緒にデスクワークをしているから、そこにある書物を届けて欲しい。
出発前に、ワシの部屋に取りにきてくれるかい?』
ロブロウでは、仕事があるからと先行して王都に戻ってしまって以来、再会する事の王族護衛騎士隊の女性騎士の名前を聞き、食堂に残っているルイ共々少し驚きに眼を丸くする。
だが、直ぐに"はい"と快活に返事をしたアルスを見た後に、今度は、未だ眼を丸くしたまま、"思えばしばらく会ってねーな"と独り言を口にしているルイにウサギの賢者は視線を向けた。
『あと、ルイ君。今日は君は、このままアルス君とリリィと一緒に行動するといい』
『え、いいんすか?』
ルイ個人としては凄く嬉しい事だが、いつもリリィと行動を共にしている、ある意味では"好きな女の子のお兄さん"的存在である、アルスを見た。
普段なら、グランドールに指示されて行動をする分には、相手が自分の事を"クソガキ"と思っている事を雰囲気をであからさまに出していても、淡々と行える。
けれど、今回はウサギの賢者の指示で、出来る事なら悪い印象を持たれたくはないと思っているアルスが、自分でも"生意気"だと思えるルイ・クローバーの参入をどう思うか気になる。
気の優しい新人兵士の事だから、胸の内で半分は"杞憂"だと思いながらも、相手の気持ちがある事なので、一応窺うように顔を見たなら、爽やかなを笑顔を浮かべ、頷いてくれた。
アルスのこの了承で、ルイも心のそこから本日はリリィと行動を共に出来る事を喜び、八重歯が覗けるくらいの、口角を上げる笑みを浮かべた。
だが直ぐに笑みを引っ込めて、八重歯を下の唇に食い込ませる程、口角の両端を下げてしまってから、やんちゃ坊主は口を開きながら、ウサギの賢者の方を見つかる。
『それじゃあオッサンに連絡をしないといけねえな。
あ、でも、もしかしたら、何かオレに用事言いつけるつもりとかあったらどうしよう?。
日報に載っているアプリコット様について、賢者の旦那の意見を聞いてこいってのは、今日の夜にでも報せればいいとは言われているけれど』
『何、そういった事なら、連絡はワシがグランドールにアプリコット殿の事も含めて、この後手紙を出しておこう。
それに、キングスも今日はマクガフィン農場の方にいく予定だと昨日言っていたから、その時に、また重ねて話す事だろうさ。
少なくとも、ルイ・クローバーが農場の仕事を無断でサボタージュした事にはならない事を、ワシが保証しよう』
"保証しよう"というその言い様は不貞不貞しくもあるけれど、この場合においてはそれが"自分で連絡をしなくても大丈夫だろう"という信頼になる。
『賢者の旦那にそう言って貰えたなら、心強いっす。じゃあ、今日はアルスさんとリリィと一緒に行動しようっと』
ルイが上機嫌でそう言ったなら、小さい鼻をフンフンとしてウサギの賢者の方も満足そうに頷いていた。
それから黒目にばかりの円らな眼を、珍しく右下の方に白目の部分を作り、視線を左上に見上げながら何かしら思い出している様子で、賢者は再び口を開く。
『うん、そうするといいよ。それにグランドールの事だから、今は全神経と心血はカレーパーティー……というよりは"アレ"の作成に向けて注いでいる事だろうしね』
『あの、賢者殿は先程から"アレ"といっているのは、その"カレー"の事ですよね?』
アルスがこの場にはいないグランドールに失礼にならないように気にかけ、確認の言葉をかけたなら、耳の長い上司は見上げる様にしていた円らな眼を、線の様に細め、これにも頷いた。
『どうして、賢者殿は"カレー"とは言わずに"アレ"と仰るんでしょうか?。まるでグランドール様が作るのがカレーではないと言う様な、仰り様ですが』
同期生から"天然"とも評される新人兵士は、"この場にいないグランドールに失礼のない様に"と胸の内で思いながらも、結構際どくも取れる質問をし、思っていても口にしていなかったルイの両眉を上げさせる事を成功させる。
『そう、アルス君。正しく、その通り』
一方、”アルス・トラッド”の経歴を軍学校からの報告を含めて、それ以前の工具問屋での生活もそれなりに情報を掌握している賢者は、全く驚く様子もなく首だけ動かし、自分の護衛騎士を見つめ、その発言を肯定する。
先程と同じ様に眼を細めたまま、そして先程仕舞い込んでいたカレーパーティーの招待状取り出し開き、改めて見つめる。
『グランドールが作るのは、通称、"マグマカレー"と仲間内では呼んでいる』
『"マグマ"カレー?、"マグマ"ってあの火山とかで聞く奴の事っすか?』
おおよその知識はあるけれど、それが自分の師匠が作るカレーに、自然界の脅威の一部が含まれている事にやんちゃ坊主は、眉を上げたまま瞬きを繰り返す。
『ルイ君、マグマは地下にある液状状態の事だから、地上に出ている状態で言うなら溶岩だよ―――って、あれ』
"別に熔岩だろうが、マグマだろうがどっちでもいいじゃないんすかね"
と、口にださずにルイが思っていたら、不意にアルスは考え込んでしまったので、今まで上げていた眉を下げ、そちらを見つめる。
どうやらアルスは何かを思い出している様子で、考え込んでいた。
『どうしたんすか、アルスさん?』
『いや、最近どこかで、同じ様に"マグマと熔岩"の違いを説明した記憶があるんだ。どこで誰にしたのかなって―――、そうだ、ロブロウの"高所"でシュトにしたんだった』
ほんの僅かな時間、先程の耳の長い上司と同じ様に左上に視線を向け、記憶を掘り起こしたなら、直ぐに思い出す事が出来る。
それと同時に"ロブロウの高所"で、人の生涯においては火山口にでも行かなければ肉眼で見る事は先ず敵わないだろうと思われる、自然現象の脅威を"操る"という場面を親友と共に遭遇した。
(思えば、あの時マグマーーー"熔岩"を操っていたのは、禁術の魔法で姿を少しばかり変えられていたけれど、グランドール様だった)
一方ルイは、ロブロウは判るけれども"こうしょ"という単語だけでは意味が判らず、少しばかり頭を傾けて自分なりに考えている。
『ああ、そうだね、ルイ君は"一緒の場所にいたけれど、記憶がない"なら知らないよね』
今度はルイが考え込んでいる姿に、アルスが直ぐにやんちゃ坊主には、それなりにややこしい事情があって"同じ物を見ている筈"だが、記憶のない事情を思い出した。
『ロブロウの"こうしょ"ってのは、ああ、そうだ確かネェーーー』
だが直ぐに何かしらを思い出して口を大きく開け、やんちゃ坊主は誰かの名前を口に出しかけたが、一瞬だけ"ウサギの賢者"を見て留め、癖っ毛の頭の中で言葉を考え直して発言を続ける。
『―――高所は、オレが、異国の神様の能力を使ってて意識を失っている間にいた場所の事っすよね?。
そこで、そのマグマだか、熔岩とかが魔法か何かで出てくるのを見たって事っすか?』
アルスの方も、ルイが自分の上司を気遣って、"鳶色の人物"の名前を出さずにいた事を察して、直ぐに頷いていた。
『うん、その偶然かどうか判らないけれども、その熔岩―――比喩の表現ならマグマでも構わないかな、マグマをグランドール様が扱っていたんだ』
マグマと熔岩の区別はアルスに教えて貰って、区別はついたけれども、途轍もない自然の脅威という認識は変わらないので、弟子でもある少年は盛大に驚く。
『うお、オレが気を失っている間に、オッサンそんな"おっかない"もんを魔法で使っていたのか?!』
ルイが驚くのも最もだといった様子で、アルスが同調して頷いた。
『魔法と言うべきなのかどうかは、不得手な自分には判らないけれど、必要があってのことだけれど、それは見事に"マグマ"を使いこなしていたよ』
ルイに詳細は語れないけれども、彼の師にあたる褐色の大男が"土"と"火"が交わり融合する高等な魔術を使っていた事を、不思議な使命感みたいなものを感じ、アルスは伝えていた。
『それでも、グランドール様が"マグマ"を使える状態になる為には、国王陛下の許可を頂いてからになるみたいで滅多にあることではなかったみたい。
それに使う為に、実際物凄く魔力を使ったから、大変疲れた御様子だったし』
『ああ、疲れていたのは知ってるっす。だから、オレが意識取り戻した時には、"疲れたから仕方ない"って、珍しく自分からコーヒーで凄く苦手な甘いお菓子を流し込んでいたのは、見て驚いたんすよ。
そこまで大掛かりな魔法を使った為だったんすね。
でも、お菓子に関していえば国最高峰のマーガレットさんがつくったのだから、"不味くはない、寧ろ旨くはあるのう"とか言っていたけれど』
ルイから聞いた小さな同僚の親友の名前を聞き、甘い物が苦手な人物にも不味くないと言わせるその腕前に感心しながら、新人兵士は自分の上司に当たる存在の方に空色の眼を向けた。
するとそこには、本来のウサギにはある筈のない肉球の着いた指先をフワフワの両手で交えながら、視線は"まっすぐ"というよりも、遠くを見つめるような円らな瞳している賢者がいる。
その上司の緊張漲る様子に少しばかり、アルスは軽く息を呑んだ。
"意を決する"程ではないけれども、それなりの覚悟を持って上司に話しかける。
『それで、賢者殿。賢者殿が仰るグランドール様が作るって言う、"マグマカレー"は、その辛さか、見た目がそういった"マグマ"風だという事ですか?』
遠くを見つめウサギの顔ながら、気迫と真剣さが伝わってくる表情を浮かべ、深く頷き、ヒゲを揺らして口を開いた。
『敢えて言おう、その"両方"だアルス君 』
重ねていた肉球の着いている、モフモフとした手を離して、右の指先にある硬い爪で玩具の様な丸眼鏡をクイッと押し上げ、レンズを白く反射させながら賢者は語り続ける。
『しかも作ってる最中は、あのマグマの熱風が、鍋から吹き荒ぶんだよ。
その為に、マグマカレーを作る際には、軍の魔法によって守護術を施した天幕の内で、更にその外側からは熱風を防ぐ為に魔法で結界まで、張っている寸法だ』
耳の長い上司は、それは真剣に語っている。
だが、配属されてから、日常は何やかんや"お茶目"と言いつつ、結構な害にはならない"イタズラ"に付き合っている護衛騎士は、その発言内容を重く受け止めることが出来ない。
『そうなんですね』
とりあえず、真面目に相槌を打ちつつ、賢者の話を確りと聞いていたなら、ウサギの賢者が例える"マグマ"に関する発言が、非常にアルスが体験したものと"近い"と感じることが出来る。
(賢者殿、まるでグランドール様がロブロウで扱っていた熔岩ーーーマグマについて、実際に側にいた様な、仰り様だな。
ああ、でももしかしたら、昔研究の関係でご一緒した事があったりするのかも。
それか若い頃は、現地調査を良くしていたとも仰っていたから、火山とかも調べた事もあるか)
護衛騎士が真面目な顔をしながら話を聞きつつ、同時進行で頭の中で、ウサギの賢者が探検家の恰好をして歩いているという絵本の挿絵の様な姿を思い浮かべていたりもした。
そんな中で、ウサギの賢者の旧友グランドール・マクガフィンの"マグマカレー"作りの話は続いている。
『だが、どうしても英雄グランドール・マクガフィンの"強さ"に惹かれ、炎の精霊であるサラマンダーや、サラマンデルやらも、結界のを張っていても天幕に引き寄せられる。
昔、とある後輩の美少年が見かけた時には、炎の精霊の最上位のイフリートもやってきそうな雰囲気だったという。
まるで秘術でも行われている様かの状態で作られるんだ』
(……今度、"アルセン様"に会った時に、話の詳細を聞いてみよう)
直ぐに"とある後輩の美少年"が恩師だと思い至った、新人兵士はここまで話を聞いて、改めて賢者に尋ねる。
『賢者殿、そのもう一度確認しますが、グランドール様は"カレー"を作っていらっしゃるんですよね?』
『先ず"人が食べれる"という枕詞が何とかつく"辛味"となる食用で、グランドールが選りすぐった香辛料を、擂鉢や薬研で磨り潰し鍋に詰める。
そして、仕上に"カレー"という名称される為に必要な香辛料も同じ様に磨り潰し、鍋にぶち込んで煮詰める。
ただそれだけのはずなのに、匂いこそ確かにカレーだが、殆ど赤い色に近い、側に寄ったなら、眼も鼻も痛くなるよう"アレ"をカレーとはワシは呼びづらい、というか認めたくない。でも、グランドールの奴全く平気なんだよね……』
『そうなんですね……』
(身体の粘液系統にダメージを与える効果まで持っているとは、一体どんな調合なんだろう)
話しを進める為に肯定するだけに、留まっていたが、金髪の頭の中で"怖いもの見たさ"という好奇心が、珍しく実直な兵士の少年の胸の中に溢れていた。
そんな好奇心が溢れている内に、ウサギの賢者は次に苦悩する様に、今朝ほどから膨らんでいる様に見受けられる頬袋を肉球のある両手で、まるで恐怖を堪える様に頬を抑えている。
『スプーン一口、食べただけなのに、その場に倒れて、身体の異常は何処にも認められないのに、半日以上寝込まされる。
そして起き上がったなら、"奈落に落とされて這い上がってきた顔をしてますね"なんてこと言われる始末だ』
(賢者殿が倒れた時に、アルセン様が介抱をしてんだな〉
護衛の騎士がそんな事を考えながら聞いていると、耳の長い賢者は最後の方には、語りつつも小さくプルプルとフワフワとした毛皮の身体ごと震えていた。
今度はそれを、やんちゃ坊主が何れ自分の"義父"なる存在が作る物は、”オッサンすげえ、ウサギの賢者の旦那が思い出して震えている”と斜め上方向で感心をしていた。
『えーと、その、そうやって"食べた感想を出されるという事は、"ウサギの賢者殿は、グランドール様がお作りになったマグマカレーを食べて事がある"、ということですね?』
アルスの確認の言葉に、賢者は確り深く頷いていたなら、頬から手を外し、狭い額の中央を抑える。
『ああ、自分の探求心をこれ程恨んだことはなかったよ』
『賢者殿は、"しないで後悔する"よりも"して後悔する"タイプだとは思っていましたが、グランドール様のマグマカレーに関して、"食べなきゃよかった"と考えたんですね。
それで、思い出しても、多少芝居がかった仕種で大袈裟に驚き嘆くふりが出来る位の思い出話には、なっていると』
『あれ?、そこら辺の所はばれていた?』
アルスの語る言葉の半ばぐらいから、フワフワとした体を小さく震えわせていたのは止まっており、
"多少芝居がかった仕種で大袈裟に驚き嘆くふりが出来る位の思い出話には、なっていると"
の部分では、顔を上げて冷静に語る自分の護衛騎士を見上げていた。
『うーむ、アルス君にも最近はワシのお茶目なお芝居が効かなくなってきたねえ』
それまで"マグマカレー"に怯えるふりをする為に、前屈み気味だった身体を、いつもの様に賢者専用の椅子に深く、どっしりと腰掛けながら背筋を反らせる程伸ばしていた。
それからほんの少しばかり残念そうな表情を作り首を傾け、窺うように自分の護衛騎士を見あげたなら、苦笑いを浮かべている。
『ええ、リリィにもそれなりに教えて貰ってますし、ロブロウではアルセン様にも"ウサギの姿をした賢者の対処法"なる物を直伝して貰ったので』
『むむ、その2人に教えて貰った内容が気にある所だねえ。じゃあ、とりあえず、ワシがのお茶目なおふざけを見て感想を一言をどうぞ!』
その場にはない、風の精霊を使っての収音し拡声器すり器械を、持っている仕種をしながら、アルスの口元に差し出しなら、引き続き苦笑いをしながら答える。
『そうですね、"グランドール様がマグマカレーを作成中には、リリィにその場に絶対に近づけて欲しくない!"って事でしょうか』
『大・正・解!』
わざわざ区切っていう賢者の姿には、やんちゃ坊主の方も苦笑いを浮かべてしまっていた。
『あ、でもさあ、リリィって凄く料理が大好きじゃねえっすか。
今日の朝飯も、キングス様に教わったって、凄く嬉しそうに言っていたし……。
それで、グランドールのオッサンの事も結構尊敬しているっつうか、"信頼できる大人"として見てるじゃないっすか。
そんなオッサンの特別な料理とか知ったなら、絶対に興味持つんじゃねえっすか?』
ルイが右上の方に視線を向けながら"グランドールさまの特別料理!"と興味を示している少女の姿を、簡単に想像出きる。
一方想像(妄想)力豊かなウサギの賢者などは、やんちゃ坊主の言葉の先を考えていた。
同じ様に右上に視線を向け、旧友で褐色の大男と共に、エプロン姿で自分の可愛い秘書の巫女の女の子が、マグマの様に煮え立つ鍋の前で料理している姿―――。
そして出来上がり、"賢者さま、食べてみてください"などを笑顔で勧められる所を想像した瞬間に、猫のが毛を逆立てるようにブワっと毛を膨らませて、長い耳が振りきれる程左右に振った。
折角、十数年かけて"笑える思い出話"になった物を、再び忘れる為の時間を費やす出来事が起きるなど、真っ平御免という気持ちで思わずフワフワの掌で、小さな顔面を覆い隠す。
(賢者殿、随分と具体的に想像したんだろうなあ)
アルスがそんな事を考えて見つめている内に、耳の長い上司は肉球の着いた掌を顔面から外し、大きく息を吸っては吐くという動作を繰り返し、何とか落ち着きと平常心を取り戻し、ルイの方を向く。
『うん、リリィは興味は絶対持つだろうねぇ。
"グランドールさまのお料理ですか?、どんなものをお作りになるんですか?"ってそれはもう純粋に言いそうだ。
そこで、ここでも"物は言い様"なんだ、ルイ君、アルス君』
眼を線の様に細めて、鼻をヒクヒクとさせながら"物は言い様"という言い方を使って、少年達に向かって謎かけをする様に賢者が語りかける。
ただ、やんちゃ坊主の方は確りと頷きながらも、ウサギの賢者と少々違う事を、想像していたので、その事を口にする。
『オレとしては、リリィにオッサンに"悪い印象を持って欲しくない"から、そこら辺は考えるっすよ。
もし、グランドールのオッサンが昔のことだけれども、"賢者の旦那が半日寝込むカレーを食わせた"なんて聞かせたら、悪い印象を持ちかねない。
それは、イヤだ』
『―――ほう、そんな風にワシは考えつかなかったけれど。ルイ君から見たなら、リリィは、そんな風に考えそうなの?』
やんちゃ坊主の、ウサギの賢者では思いつかない考えに思わず長い耳をピピッと動かしていた。
『そりゃあ、そうっすよ。だって、ロブロウでウサギの旦那が仕事で行方不明になっただけで、大泣きっすよ?』
"―――賢者さまがいなくなっちゃった"
前にやんちゃ坊主の言う通り、仕事で姿をくらましたと判っていても、巫女の女の子は"大好きな賢者さま"が傍にいない事に大号泣した。
しかも泣き出すきっかけは、ルイなりの励ましの発言だと、リリィと"仲良し"である、この後ウサギの賢者からお使いを頼まれた相手、ライヴ・ティンパニーに言われてしまってもいた。
"その励まし、アウトにゃ―"
"ルイ坊、わかってないにゃ~。泣きそうな女の子に"泣くなよ"は、"泣いていいよ"と言ってるのと変わらんにゃ~"
これは、ルイにとっては結構な"トラウマ"となっていて、大好きな女の子取っては、"ウサギの姿をした賢者"が、この世界で一番大切な存在なのだと、自分に戒める出来事にもなった。
『ウサギの旦那に、危害じゃないにしても、オッサンがダメージ与えるような事をしたって聞いたなら、それだけでどっちの事も、信頼しているリリィは困るっすよ』
『うーん、自分で言うのは照れくさいけれど、そこまで言われると、ワシ、”リリィに大切にされているんだなぁ"と自惚れをしてしまいそう』
ルイが至極真面目にそういう言葉に、ウサギの検事の方は照れ隠しもあるのかどうかはわからないけれども、非常に機嫌が良さそうに、小さな鼻をヒクヒクとさせながらそんな事を言う。
この反応には、流石のやんちゃ坊主も口元を"へ"の字にさせて、癖っ毛の後頭部で両手を組み、半眼で呆れた顔で自分の住んでいる国の最高峰の賢者を見つめていた。
一方そんな上司の不貞不貞しい態度には、随分と慣れた護衛騎士の方は"もう1つの可能性"を、歯並びの整った口元ら提示する。
『あ、でも、料理が好きという所を考えたなら、万が一ですけれど"食べてみたい"とか、言ってみたなら、どうします?』
護衛騎士は半分は冗談のつもりながらも、結構な行動派でもある面を見かけている小さな同僚を思いながらそんな事を口にしたなら、より長い付き合いのあるウサギのも思う所があるのか頷いてくれた。
『うん、それもワシは心配しているんだよね~。
あの娘特有の興味と負けん気が重なりあって、マグマカレーの存在を知ったなら、アルス君の言う通り、万が一ではあるけれど、"食べてみたい"と言い出しかねない恐ろしさもあるんだよね』
『ふーん、まあ、賢者の旦那が言うのなら、リリィはそんな所があるんだろうなぁ。
あ?!、じゃあ、さっきからオッサンの作るカレーを、"アレ"って言っていたのは、リリィの耳のマグマカレーという名前を聞かせない為か』
そんな事を言いながらルイは、後頭部に回していた手を前に持ってきて、拳と掌の形にし、それを互いにぶつけてから、視線をリリィのいる厨房の方に向けた。
やんちゃ坊主の言葉に、アルスも辿れる限りの記憶を遡ったが、確かに小さな同僚の前では"マグマカレー"の名称は出されていないように思う。
『あ、本当だ、思えばリリィの前ではグランドール様のカレーの名前は出してないですね』
『うん、リリィの好奇心や興味を余り刺激しないようにね。精々、褐色の大男のオッサンが"拘りのカレーを作っているから、邪魔をしないようにしよう"とこの後か、カレーパーティーに行く前にでも言いくるめる下地を作っておいたんだよ。
"マグマカレー"て、名前の能力が結構衝撃があって、どうしても興味を持ちかねないとも考えたんだ』
『ああ、それは確かにあるかもしれないっすね』
賢者の発言に視線を戻し、師の旧友である賢者を見つつ、ルイは頷いた。
実際に、その独特な名称を聞いて自分自身が興味を持ってしまったので、少年はウサギの賢者の考えと行動には賛同する。
『あの、思い出して考えたんですけれど、賢者殿は先程"通称、"マグマカレー"と仲間内では呼んでいる"、と仰っていましたが、農場の方ではその名前は広まっていないという事でしょうか。ルイ君も、知らなかったぐらいですし』
『あ、思えばそうかも。それ程斬新なカレーで名前なら、マクガフィン農場のカレーパーティーの時に配布される冊子にも載ってそうなのに、準備の時に読んだ奴には載っていなかったものな』
少年達の意見に、ウサギの賢者は激しく瞬きして、短い腕を組んだ。
『ああ、そうだね。あのカレーの名前は、昔の仲間がグランドールが熱心に料理を作っているのを見かけて、何気なく呟いて、その場に居る全員が、"ぴったり"という意見で決まったんだった』
―――まるで、あれね、マグマの様に煮えたぎっているカレー、"マグマカレー"ね。
『賢者さまー、片付け終わりましたぁ』
思い出し頭の中で響く声が、随分と幼い形になって長い耳の届いて、それがリリィの声だと判った時、短い時間ではあるけれど、意識が過去に向いてしまっている事に気が付いた。
『……じゃあ、農場のカレーパーティーについては、後日改めて確り話そう』
ウサギの賢者がそう言ったのと、アルスとルイが頷いたのと同時に、仕立屋とエプロンを外したリリィがやって来る。
『リリィ、オレ、今日はリリィやアルスさんと一緒に行動する事になったから』
ルイが先手を打つ様に、そう話しかけた途端に、リリィは嬉しそうな表情を浮かべたが、直ぐにやんちゃ坊主の"お仕事"を思い出して尋ねる。