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大農家 大いに嘆く②

そんな一連の流れがあって、積極的に3人の護衛騎士が抜けた穴は、ディンファレが抜けた分は、ミストが代わりを勤め、残りの殆どは、リコリス・ラベルに、憧れる年若い子雲雀隊となった。


皆、騎士や軍に添った階級的には高位で、且つ世間一般にいう御嬢様なのは当たり前ではあるが、全員が1人の先輩に憧れ、少数精鋭とされる王族護衛騎士隊に入隊してきたという真実には、キルタンサスには驚嘆ものである。



『リコリス自身がディンファレに憧れて、王族護衛騎士を目指したのは話に聞いていたが、それに続く様に、5人も来ていたとはな。

生半可な努力では、この職場につくことが出来ないのは、身に染みているつもりだが、憧れでここまでくるのは、どんな思いなのだろうか』



交代した初日に、改めてその事を思い出し、どうしても呆れを持ってしまうキルタンサスの気持ちを、ミストは見透かし答える。


『相手が"同性"な分、純粋に想う力が更に強いと思うんですけれど。

ほら、リコのディンファレに対する憧れも、結局それの"わけ"ですし』

『"同性の分"か、確かにそれはあるかもしれないなあ……』



"同性の先輩に憧れる"という話で、キルタンサスは、語りかけてくるミストとはまた違う組み合わせを思い出し、そこには今度は呆れの気持ちに加えて、畏怖の気持ちが加わった。


(でも、どうして報われないというか、形も結果も残らないものに執着出来るのだろう)


初代の王族護衛騎士隊長に次ぐ、2人目の女性騎士となるディンファレの背を追いかけるリコを、そしてその背を追いかける年若い淑女達を思い浮かべる。


そしてそれより遥か先を行く、褐色の大男の背を追いかけて、遂には追い付き横に並んだ男の癖に美人な男の姿が頭に掠めた。


キルタンサスの知っている、同性の先輩に憧れる人は、血ヘドを吐くような努力の末に、英雄となってしまったと聞いている。


(比べるものではないのだろうが、俺が知っている"組み合わせ"は少なくとも、この国の暦には確りと名前は寄り添うようにして、残せるか)


そして彼らは、生きている今の内から、最終的に眠る墓も並んだ場所を用意している。


(それなりに良い年だろうに、伴侶を迎えずとも、ただ"親友"として、人生の"最期"に眠る場所までは揃って決めているのだからな)



畏怖を少しばかり通り越したなら、今度は呆れの気持ちが、キルタンサスの内側で増していった。


その"呆れ"を感じ取った、ミストがそれなりに可愛い後輩達を擁護する言葉を吐き出す。



『隊長の様に、愛する奥様とその家族の明るい未来の為と、想い続けて行動し、最後には家庭を持つと言う結果で報われるという事もない。

同性の先輩を想う事は、言葉は悪いかもしれないけれど、具体的な"成果"はない"気持ち"だけでしかないでしょうけれど、それだけに更に純粋に相手を想える。

それは普通なら、ありないと想える力を作り、その想いを叶える為に全身全霊打ち込める。

特に、王都の貴族の女学校の出身ですから、"簡単に誰かを好きになる"という事もままならない。

そんな中で、同性の先輩に憧れるという感覚は不思議と自由に許された事で、その気持ちを大切にしている。

ただ親御さん達は、折角"王族護衛護衛隊"に勤めたという実績が残ったなら、娘が傷つかない内に嫁いで欲しいという考えみたいですけれど』


いつもは"あっけらかん"としている女性の騎士が、キルタンサスが考えている以上に、それなりに後輩の事を考えているのが発言で伝わってきた。


その事を頼もしく思い、隊長は法王の元に向かうミストの鎧を身に付けた背を軽く叩く。


『あー、個人的には親として、最愛の娘に良い縁談で嫁いで欲しいという気持ちは、判らんでもない。

だが、立場的に今は勢いが昔ほどないからと、憧れの先輩の家にあたるラベル家との関係を切らせて、これから延びの良い家に直ぐ嫁がせたいという親のエゴには、賛成しかねる。

だから、子雲雀隊がこれからも、リコ姉様を想える時間が続けられるように、ロブロウでの活躍を期待しよう』


『活躍とはいっても、精々治癒術師の、しかも大農家殿のやんちゃ坊主の息子の様子を見るぐらいで、活躍も何もないような気もするけれど。

でも、確かにリコリスが活躍すれば、その縁を続ける事を子雲雀達の親も許すかな』


隊長以外は正体を知らない"指揮官"の義息子を、やんちゃ坊主と例えた事を笑って、キルタンサスは国王陛下の護衛に向かった。


そしてその翌日から―――正確に言うなれば、その日の1日の仕事の終了後となる時間。

アルセンを含む護衛騎士2人、リコリスは治癒術師として、指揮官の息子が何かと逃げていたという、身体測定と精密検査を行う役割も無事にこなしたと報告があった。


大農家としてのグランドールが表向きの理由となり、この国の賢者が裏側で行っている貴族の処断の調査はともかく、ロブロウでのアルセンや護衛騎士達の仕事は滞りなく終了した。


なので、翌日には王都に帰り支度を始めると思われたが、どうやら遅れるらしい。




『すまんが、数日遅れそうだのう』


グランドールから魔法鏡で、そうキルタンサスに連絡が入る。

最初偉く映像がや音が乱れ、音声も聴きづらく調整に偉く時間がかかってしまった。


『王都はどうかわからんが、この通りロブロウの方が、夜会の前から尋常でない雷雨でな。

後、調査の方が色々と込み入った事情に絡まりそうでのう。

"ロッツ君"の事もあるから、ディンファレは早く戻した方が方が良いんだろうが、どうもな』

『こっちは、今のところ王様も大人しいですし、3人が居なくても何とかなっているみたいです』



『……なんじゃ、"今のところ"と"みたいです"という言い方は?』


流石英雄というべきなのか、キルタンサスが濁した場所だけを的確に気が付いて指揮官は気が付いていた。


(取り合えず、原因が判っているところから、話しておくかな)


『実はですね―――』






ディンファレが抜けた穴を、ミストが法王様につくことで埋める。


そしてミストが抜けた所を、多少扱い―――護衛に慣れているマルギットが補う形で、子雲雀隊の中で同じようで魔術の得意なライセが、一緒になって、バルサム・パドリックについていた。


初日に、仕立屋キングス・スタイナーが"気弱"だと見立てたライセが、ミストの穴を埋める事に、多少は不安はあったが予想外に上手くいったらしい。


ただそれは護衛が上手く言ったという訳ではなくて、予想以上に相性が"護衛対象にとって"良かったという言葉に尽きる。


マルギットもライセも魔術に関して有能であるのは、護衛対象のバルサムとその専属メイドは承知しており、突然の交代も了承していた。


そこで本当は護衛が仕事なのだが、"ある研究を手伝って欲しい"とバルサムからではなく、専属のメイドのシュガーから要請される。



『"バルサム御嬢様"は、先日ある事情で大変な量の魔力と、"記憶"を吸いとられています。

それでいて、ある高貴な方から頼まれ事をされております。

バルサム御嬢様の護衛というのなら、お手伝い事、頼まれてくだされてますね、よろしいですね?』


『ワン!』


一般的なメイドが持ち合わせている筈のない、気迫と魔力の圧力と、彼女の使い魔であるウェルシュ・コーギー・ペンブロークの姿をした"コハク"が、笑顔と可愛らしい鳴き声で迫る。



(立場的にも……魔術の実力的にも……とても、逆らえない)



ミストと共に、バルサム・パドリックと専属のメイド、シュガーを護衛する時間を過ごしてその力をマルギットは十分に弁えていた。


王室護衛騎士隊として誇りも腕もある。


それ故に、ボブカットの妖艶に微笑む"魔術師の先輩"でもある女性(ひと)の能力が判った。


風の噂で、敬愛する"リコ姉様"の憧れである、デンドロビウム・ファレノシプスと女学校時代に同期生でもあり、今は再建された魔術研究所で首席であった元魔術師。


『……判りました、お手伝いします。

……でも、護衛が必要と判断された場合は、そちらを最優先とさせていただきます』

どちらかと言えば、普段無口なマルギットが頑張って、弱気なライセを庇う様にして返事をして、護衛対象の研究を手伝う事になったという。


一応隊長でもあるキルタンサスにも、メイドの方から連絡があって、法改正の会議ばかりで外交のほうも動きが緩慢なので、特に手伝わせる事はマルギットの言う通り


"護衛が必要と判断された場合は、そちらを最優先"

さえ守られればそれで、良かった。


ただ、手伝う事になった研究内容は魔術に携わる者としてはとても興味深いもので、弱気なライセも目を輝かせるものとなる。


特に、"子雲雀隊"にとっては、"リコ姉様"に関して越えられない壁"歌って踊れる魔術師ライヴ・ティンパニー"が関係している事もあった。


ロブロウに旅立つ前に魔法鏡において、通信の3回線を1人の魔力と技術で繋いだという"偉業"は、王都の魔法技術研究所ではちょっとした有名な話にもなっていたのだ。


未成年ながらも、王族護衛騎士隊に入隊した事もさることながら、その後ろだてにユンフォとバルサムがついた事も一時期話題となる。


チャーミングな事でも有名な、語尾に猫の鳴き声をつける魔術師は、出自も貴族と言うわけではなくその存在の正体は噂の域をでない 。


唯一判明しているのはリコリス・ラベルの祖父シトラス・ラベルの双子の妹で、国が"稀代の魔術師"と定めた大叔母にあたるシトロン・ラベルが、ライヴ・ティンパニーという名前の女の子を拾い、魔術の素養があったから気まぐれに育てたという逸話ぐらいしかない。



そして、ライヴ・ティンパニーという少女が現れた事で、どちらかと言えばそれまでに人との間に距離を開け、近寄りがたい雰囲気を纏い孤高にも見えていた"リコ姉様"が、随分と親しみ易い面を周囲に見せ始める。


リコ姉様が親しみ易くなったのは嬉しいことだが、子雲雀隊にとっては、自分達よりも年下の何かと猫を連想させる魔術師の免状を持つ騎士が気になってもいた。


加えてバルサムがどうやら、通信回線を3つ繋いだというライヴの所業に"魔術師"としての対抗心を燃やしているらしい。


『シトロン・ラベルの孫娘に負けてなるものですか!、(わたくし)も国王陛下から頼まれた御仕事こなして、パドリック家の名前を知らしめましてよ、シュガーさん!』

『はい、バルサム御嬢様』


メイドは言葉を濁していたのに、バルサムがはっきりと名前を出したことで、研究を手伝う事になった魔術師の資格をもつ護衛騎士にも発破がかかる。


『わわわわ、王様からの御命令ですって、マルギット』

『……それなら尚更頑張りましょう、ライセ』



そうして三十路を越えた息子(アルセン)を持ちながら、二十代最中の可憐さを携えた貴婦人の姿をした魔術師の指揮の元、研究は続けられる。


それはライヴ・ティンパニー為し得た、通信技術の延長にあたるもので、バルサムが取り組んだのは"テレパシー"を通信するという通信機を作るというものだった。


貴婦人の装いの上から、それに合わせて仕立てられた白衣に、メイドに手伝われ袖を通す。


時には息子と地下に設備している、魔術の訓練場に併設している研究室で、様々な器具がある中、バルサムは、家族揃いの美しい緑の瞳で、これまで手掛けた研究の資料を眺める。


少なくとも予備知識がないと理解できない、精霊石を使った通信機の設計図を何度も引き直した物を、手伝いになるマルギットとライセに渡し、助手にもなるメイドに語りかける。


『厳密に言うなら、伝えたり拾ったりするから、テレパシーとはちょっと違うのだけれど、ダガーちゃんが使う分には障りがないからいいわよね、シュガーさん』


『左様でございますね、バルサム御嬢様』



国王ダガー・サンフラワーの従姉でもある貴婦人は、次に国王を馴染みの呼称で呼びながら、国軍の通信に使う通信機の精霊石を何度も取り変え、魔力をそれに注いではシュガーは何かしらを認めていた。



そして、護衛隊員の2人が頼まれた事は、バルサムが"改造"したという通信機を使って"テレパシーを使って会話"をするという事だった。


テレパシーは、適性がなければ使用者に激しい頭痛を伴う事もあるが、マルギットもライセも不都合はない。


ただ、通信機を使いテレパシーという"声"を使わない方法など初めてで、バルサムが造った物はそれを可能にしている事に驚きながらも、指示された通りに会話を続ける。


最初のうちは日常の会話や、少し聞き取りにくい難いだろう発音の言葉やテレパシーで繰り返したが、やはり話題も途切れる。



《ねえねえ、マルギット、テレパシーって普通は使うのは禁止されてるし、王宮じゃあ探知する為の精霊石が壁に埋め込まれているから、どっちにしろ王都では使えないよね?》


弱気で控え目ながらも、話す話題も少なくなって魔術の研究を手伝う内で抑えきれない好奇心を、テレパシーにのせて相棒(パートナー)に尋ねてみる。



《……でも、研究することは、禁止されていないから良いんじゃないかしら。

でも、ライセの言う通り国王陛下は何の為に、王都の王宮では使えない、この通信機をバルサム様に造らせようとしているのでしょう》


相棒の方もテレパシー何を話すかは制限されてはいないので、少しばかり"突っ込む"つもりもあって、抱いている疑問をストレートに質問の形にしてみていた。


"王都の王宮から離れる事が出来ない王様が、どうして離れる事が出来ない場所で、使う事が出来ない道具を造らせてどうするつもりだろう"


そういう疑問を抱き、王族護衛騎士隊の2人で会話をしてみたけれども、通信機の具合を記しているメイドは済ました顔で、テレパシーを拾い読みを続けていた。


『バルサム御嬢様、護衛隊員の方の"心の声"、闇の精霊魔術を使ったなら通信機越しにでも、横から拾って読むことが出来ました。

ただ、どうしても、賢者殿が造ったのと同じ魔力を使わない時のように、"ワンテンポ遅れてやってくるタイミング"で聞こえてくるみたいです』


王族護衛騎士隊の疑問は、確り拾い読めているはずなのに、メイドは羽ペンを動かしてメモを続ける。


結局最後まで、貴婦人専用のメイドは主の護衛の質問には答えなかった。


『後は距離を取る形での実験をするべきなんでしょうけれど、時間がありませんね、御嬢様』


『そこは、使用者にしかわからないから、使って貰ってから測るしかないわねえ、でもダガーちゃんなら大丈夫でしょう―――』


メイドから渡されたメモを見ながら、自分の護衛に来たのに、研究の手伝いをさせている2人の騎士に向かって綺麗に貴婦人は微笑んだ。


『ありがとう、とても助かりました。

一般の方では、テレパシーの適性を含めて魔力の量も負担をかけてしまうから、ここまで何度も実験は出来ないのですもの。

あら、いけない!勤務時間も終了間際なのに、本日1度も御茶の時間をもてなかったわね、シュガーさん』



『ええ、研究に夢中になっていましたから。

御嬢様、直ぐに菓子職人マーガレットさんのお菓子を用意しますから、客間(サロン)で"御客様"とお待ちください』


バルサムの白衣を受け取り、メイドは恭しく頭を下げて先に行ってしまった。


メイドの使い魔である犬の姿をした"コハク"も、短い尻尾をふりながら付いていってしまった。


それを地下室の階段を登りきったのを見届け、貴婦人は振り返り、自分の護衛に訪れてくれている騎士に先程のメイドの様に、頭を下げる。


『先ずはお礼を、手伝って下さって有難う、御嬢さん方。

それでごめんなさいね、"シュガー"は本当は私とだけで研究を為し得たかったみたいなの。

ここ数年は、何かしらあったなら、いつも2人きりで行っていたから』


先程、シトロン・ラベルを好敵手(ライバル)視するような発言をした時には、愛用の扇子を口にあてて声高らかに高飛車な物言いをしていたが、今は落ち着いた貴婦人そのものの声で穏やかな眼差しも向けていた。


姿は護衛騎士となる淑女達より数年年上の婦人の容姿だが、その落ち着きはその年若い婦人の姿にそぐわずに、泰然自若としている。

それこそ三十路を越えた、この国に迫る侵略を退けた英雄となった息子と、かつて傾いた国を平定に導いた英雄を伴侶を持つことを誇りにし、自分自身もそんな"家族"に恥じぬように、努めている貴婦人の姿だった。


『けれども、最初にシュガーが言ったとおり、私が先日魔力を使いすぎて。

記憶の方も無くしてしまったから、大事をとって魔法が得意だという護衛の貴女達にお願いしてしまいましたの。

そうでないと、シュガーが自分の体を省みずに、無理をしてしまいそうだったから。貴女達が、シトロン・ラベルの血縁のリコリス・ラベル為に自分達の休日を返上して勤めてくれるようにね』


それから、小さな口元に扇子を当てて膨らんだスカートの裾を摘まんで地下室を登る階段に向かう。


『さっ、御菓子を食べましょう。

多分、貴女達のお慕いする"リコ姉様"も、お世話になるはずのとっても美味しいチョコレート菓子ですよ』


リコリスが世話になるという意味が判らなかったけれど、護衛対象の御相伴に預かって国最高峰の菓子職人の菓子を食べたなら、その日は相当な魔力を消費した筈なのに、殆ど疲れは残らなかった。


何より、その日は魔術師という資格や探究心を持つ者にとって、護衛騎士という役割を越えて有意義な時間を過ごせる事が出来た。


『―――明日には完成しますから、また貴女達でいらしゃいな』


口元に扇子をあて、"ウフフ"と、再び成人した息子がいるのが信じられない淑女の振る舞いとなったバルサムに見送られた。


本来は、法王のロッツを護衛するミスト以外は、護衛を循環(ローテーション)する予定だったのだが、バルサム・パドリックの要求で、翌日まで同じ面子で行われる事になった。

そして、バルサム・パドリック公爵夫人が、国王ダガー・サンフラワーに頼まれていたものをマルギットとライセに持たせて、翌日の護衛を終えて戻ってくる。


その日も、護衛の役目を確りと果たしつつ魔術師バルサム・パドリックと過ごした事で、2人の護衛騎士には、十分得るものがあったと報告を受けた。


『ふーむ、それで"今のところ"と"みたいです"というわけかのう』


褐色の大男は、逞しい腕を組んで魔法鏡越しに、未だに鎧を身に付けている部下に対して、些か同情的な眼差しを大地の色をした眼から注ぐ。


『ええ、そうなんです。

取敢えず、パドリック公爵夫人から頼まれたという、新しい通信機は国王陛下に渡しましたけれど』


『それで、陛下の反応はどうじゃった?』


どうやら風呂から出たばかり上司は、久しぶりにつけた整髪料を漸く落とせた濡れ髪をタオルで拭いながら、更に尋ねる。


『偉く御機嫌で、"姉さんに御礼を言わないとな"と、恙無く本日の公務を終えた事も、夕食は法王様とご一緒されて、更にご機嫌でした。

ご機嫌すぎて、法王様が密かに残しているセロリまで見つけて、言葉巧みに食べさせていましたよ』


『それは、ロッツ君にとって幸福だったかのか、不幸だったのか判らんのう。で、例の氷の精霊の方は大丈夫だっったかのう?』


頭を拭き終えて、苦笑いを浮かべ腕を組ながら尋ねる。


『それは、ディンファレが前以て氷の精霊に言い聞かせてくれていたらしくて、逆にミストの方が驚いていましたよ』


"ダッテ、ロッツガコノ世界二元気デイルタメノ、食事ナンデショウ?"

"ワタシハ、ロッツ二、コノ世界二長クイテ欲シイカラ、御飯ヲ作ル人ハ偉イッテキイタカラ、口二ダサナイ"


そんな言葉を氷の精霊は言いながら、キリリとした眉を"ハ"の形にしたロッツの側で何時もの様に浮遊していたという。


『ある意味、それはワシも見てみたかったかもしれんのう』

『……それはそうと、マクガフィン大将の方も夕食には大分お疲れになったようですね。

そのご様子だと、英雄の服での晩餐会だったのですよね』


『ああ、その通りじゃ。

着心地は最高だが、連続して身に付けるのは気が疲れるわい。

それに大嫌いな貴族相手に、穏和な笑顔を作ってのう』


上司であるグランドールが貴族という存在を心の底から嫌っているのを知っている部下は、その言葉だけで釣られるように苦笑いを浮かべていた。


『まあ、飯は大変美味しく頂いたのと、こちらの調査の真相に少しばかり触れる事が出来たみたいだから、その分の苦労は確りと報われておるわい。

リコリスも治癒術師として活躍することがあった……っというか、現在進行形で活躍中だぞ』


『現在進行形?どういうことですか?―――って、また』


そこでまた魔法鏡の調子が悪くなって、グランドールとキルタンサスの双方で調整する事になる。


『こりゃ、相当天候に乱れがあるみたいだのう。正に沛然(はいぜん)だな。

それでは通信もこんな感じじゃから、簡単に説明をするが、詳しくは帰ってからにしようかのう―――』


グランドールを代表とする農業研修一行は、西の領地ロブロウで、弟子のルイの不躾な行動で、それを謝罪するべく新たに王都からの一行、特に王族とも血縁であるアルセンがが来たことで、新たに持て成しを受ける。


今回は前領主で、現領主の実父に当たるバン・ビネガーが主催となり、行われた晩餐会は自体は至って普通に進んでいたのだが、先程グランドールが伝えた通り途中から大変な雷雨となった。


随分と激しい雷鳴に、表向きに農業研修のグランドールの従者となっている、賢者の護衛騎士のアルス・トラッドの妹としている、リリィという巫女の少女も小さな悲鳴をあげた程だという。


そして終盤になって、現領主のアプリコット・ビネガーが体調を崩してしまって、突っ伏してしまったのを、グランドールが抱えて寝室に運び、治癒術師として参加したリコが、付ききりで今は介抱している。



『思ったんですけれど、何でまたリコリスが?、領主というからには使用人とか、それこそ執事とかいないんですか?』


『……(むこう)さんも、色々事情があってな。キルタンサスの言う通り、ロブロウの領主の館に長く勤めている執事もおるんだが、体調を崩しておる。

まあ、これはうちの若いもんとこっちの若いもんが、老体にきつい事を遠慮無しに言った事もあってのう』


"こっち"というのは解らないが、うちの若い者というので、キルタンサスが思い付くのは、"娘の婿候補"の金髪で空色の瞳をもったアルス・トラッドである。


グランドールがそれに感付いて、これには何とも言えない表情を浮かべ、擁護の言葉を口にする。


『アルスは特別正義感が強いというわけではないが、一緒にきつい事を言った若人、ロブロウの執事見習いの少年なんだが、2人して言ったことはまあ、口に出しても仕方ない内容だ。

決して、敬老精神ないというわけでもないから、安心してくれい。

それに、外側が介入するべき所と、すべきではない所で、ワシから見るにこのロブロウの領主殿は、少なくとも"ワシ等"が看た方が良いと思えたんでな』


『マクガフィン大将が、そう判断するなら、配下の私はそれに従うまでですよ。

それにどこの組織も一枚岩(モノリス)というわけには、行きませんでしょうからね』


グランドールの言い回しで、それとなく"ロブロウ"と場所の領主の立場を察して、キルタンサスはそう返事をした。


出自が貴族と言う訳でもなく、だが王族護衛騎士隊隊長という立場上、一般的には"幹部"という役職にいる為、軍組織に属していても疎外感は身を持って十分知っている。


元々出世欲はそこまでないので、揉め事等もないけれど、幹部職の中で貴族でないことで、付き合いが難しいと感じる所もあった。


ただ"国王専属の護衛騎士"という立場と、その場所にいるだけの剣の腕前があるから、難癖というものをつけられる事もないし、キルタンサスの命より大切な家族の方も今の所平穏な日々を過ごせている。


(確か、ロブロウの領主殿は色々と優秀ではあるけれど、女性であるのと、幼い頃の怪我が元で仮面をつけているとか、資料にあったなあ)


色んな(いわく)を持っているけれども、"平穏"に治めているのはそれだけの能力(ちから)があるという事。


(ただ、その能力が、敬意とかではなくて"勝てない"と思わせるから従わせる系統のものだと、バランスが崩れたなら、脆い)


『―――それで、キルタンサスは本日は平日勤務を終えたのにも関わらず、鎧も脱がずに帰らずにいるという事かのう』


沈み考え込んでいる直属の部下を、現実に引き上げるように、雷雨の為に乱れる魔法鏡越しを調整しながらグランドールは言葉をかけていた。


"詳しい事は帰ってから話す"とグランドールが、先に口に出しておいてくれたのに、自分が話を思わず引っ張っていた事にも気がつく。

申し訳ないと思いながらも、訊ねられた事への返答は確りとする。


『はい、恐らく完成した通信機を手に入れたのですから、国王陛下は今夜、何らかの動きを見せると思います。

マルギットやライセも考えた通り、"王都"では使えない通信機、しかも御自分にしか使えない、"心を拾い読める"機能も付属させている。

仕事の方も、書類審査業務の結構な量を纏めて仕上げているのを確認しました。

何かあったなら、直ぐにでも動けるように、今夜は泊まり込むと家にも連絡はしてあります』


出来れば国王陛下が抜け出さないでいてくれるのが、一番有難いのだが、数年間王様の側にいて大体の行動は、予測出来る。


本来なら国王が抜け出すなどは、あってはならない事で、その責任はキルタンサンスの首1つで済む事でもない。

ただ、キルタンサンス・ルピナスが護衛騎士隊の隊長の職務を請け負ったのは、その責任が己に降りかからない事を、グランドール・マクガフィンに保証され、頼み込まれた上でもある。

初めの頃は"責任はない"という言葉を有り難いと思い、隊長職を己の矜持に恥じぬ様に勤めていた。


ただ今では、己でも

"調子がいい、虫が良い"

と思いながら、平民の出自で、剣の腕前は国一番を誇る王を護る剣士として、最愛の家族を想うように、自分の与えられた役割もこなしたいと思っている。


『そうか、それではルピナス夫人や、可愛い御嬢さんの子ども達に何か喜ぶお礼などを用意しておかないと、いかんのう。しかし、とは言っても、ただの農家のオッサンから何か贈り物をされても、驚くかのう』


グランドールは部下にとって負担となる責任を負わせるつもりはない。

けれどキルタンサスという武人でもあり信頼の置ける部下にとって、必要で長所を伸ばせるというのなら、責任と共に権利も与えようとも考えている。


ただ、家族を愛し大切にしている彼が自分の配下であることも、大農家でありこの国の英雄としても、誇りに感じている事もあった。

自分の家族を犠牲にしないとう信念と、この国の王族護衛騎士隊の隊長としての矜持の両立を、彼が軍人として定年で退役するまでに貫いて欲しい。


それが生涯伴侶を迎えて、子どもを授かるという形で、"家族"を、作る度胸が、怖くて出来ないグランドール・マクガフィンの希望ともなっている。


いつか自分の代わりに、王族の護衛隊長という役割引き受けてくれた、人の良い青年には酒でも呑みながら、弱い自分の部分を話さなければいけないとも考えてもいた。


ただ、家族が一番大切なキルタンサスにしたなら、上司と酒を飲むのに時間を使うくらいなら、可愛い娘達の為に絵本を一冊でも読み聞かせて寝かしつける時間の方が、余程"息抜き"になるのも判っている。


結局、今まで本音で弱音を語っているのは、血の繋がりは無く、家族にしようとしている、八重歯が特徴的なやんちゃ坊主の少年だけだった。




"オッサンだって、そんなに強いんだ、怖いもんなんてないだろ!?"


"ワシにも怖いもんはある。守りたかったもんを、守れなかった時だ"

奇妙な縁で出逢った自分の養子に迎えようとしている癖っ毛と八重歯が特徴的な、ルイ・クローバーに訊ねられた時。


今まで誰にも口にする事が出来なかった"本音"を、剣の稽古をつけながら答えていた。


でも、やんちゃ坊主は"グランドール・マクガフィン"が強い者だと思って、怖い物があるなんて言葉を最初は信じないというよりは、受け入れようとはしてくれなかった。


だから、義理にでも家族に迎えようとしている少年に確りと事実を知っておいて欲しかったから、やや乱暴な振る舞いながら―――頭を軽く小突いてもう一度"弱音"を口に出しておいた。


"守りたかったもんを、守れなかった"ルイ、ワシは守れなかったんだよ"


"じゃあ、今ではどうなんだよ?"

その質問にも、自分で判るくらい深く眉間にシワを刻みながら、正直に答えた。


"ああ、怖いな"


もし、また血の繋がった家族という大切な存在が自分に出来た時、喪う事になったなら本当に怖くて、仕方がない。

それなのに、今度は血は繋がらないのに、それ以上に思える存在が出来てしまった。

"しかし30数年生きるとな、やっと失った恐怖を乗り越えたと思ったら、今度は自分が死んでも守りたい人――もんが、出来てしまってな"

そう、答えていた。


『ところで、大将は、これからどうなさる予定なんですか?』

部下にそう声をかけられて、今度は自分が深く考え込んでいてしまった事に、気がつき、褐色の大男は翌朝には整えようと思っている顎髭を撫でた。

『ワシは、アルセンと呑みながらある奴が帰ってくるのを、待つ予定だのう。

じゃが、この天気だから、外で調べ物をしている筈じゃから、ずぶ濡れで帰ってくるだろう』

『"ある奴"と仰いますが、一緒にではないですけれど、同行していらっしゃる賢者殿の事ではないのですか?』


はっきりと賢者と明言しない事に、キルタンサンスが意外そうな声を出すと、顎から手を外して、視線を上の方に向け、グランドールが考えながら口を開く。


『うーん、まあ、その通り何じゃがのう。奴は、世間から身を隠している様に日常をすごしているからのう。

自分姿を晒す事も、自分の名前を連ねて賢者と呼ばれるのも嫌がっとる。

今回もアルセンが裏で仕組んで、国王陛下が命令書を書いたから仕方なく従ったみたいじゃからなあ。

アルスが命令書を読んだ時に、鼻の頭に寄せられるだけのシワを寄せていたと言っていたかのう』


賢者の年齢など詳しく知らないが、シワを沢山寄せるという表現に偏屈な年寄りを想像して、キルタンサンスは大いに新人兵士に同情する。


『姿を晒したくはないって……。

何かの話で聞いた事がありますが、もしかして日頃は、魔法や何かで、姿を隠している(たぐい)の賢者殿というわけなのですか?』


賢者は人付き合いが得手ではない者が多いというのは、キルタンサンスも聴いた事がある話でもある。

人それぞれの個性や性格があるのは判るが、護衛対象の姿が見えないというのは、"護る"事が仕事となっている身としては、守りづらい事この上ない。


(仕事を(こな)した上で、神出鬼没に見習いパン職人になる王様より(たち)が悪いかもしれないな)

アルス・トラッドという優秀な新人兵士に改めて同情したところで、また激しく魔法鏡の映像が乱れた。


『今日は、もうこれ位で限界かもしれんのう。まだまだ天気はあれそうじゃから、魔法鏡での連絡は、これ以上は無理かもしれん。

それにロブロウの方じゃ余り魔法鏡を使わんらしくて、調整に余計な魔力を使うからのう』


そう言いながら、恐らくは洗面所にある鏡に魔力を注いで、強引に魔法鏡にしている英雄はその淵を抑え調整していた。


『では、これからの伝達はどうしましょうか』

『……ワシ的には、もう"一段落"が付くまで、無理に連絡をしなくていいとも思っているんだがのう』

はっきりではないけれど、物を含んだ良い方をしているのをキルタンサンスは察した。


『それは、私がさっき伝達した事も含めてですか?』

『そうじゃ』


部下の確認に短くはっきりと返事をした後に、口の端を上げて、ほんの少しばかり困った様な表情を浮かべていた。


国王が、従姉に改造させた通信機を持ち出し、それが使える場所まで離れる事。

少なくとも王都の王宮付近ではでは、テレパシーは厳重に管理されていて察知されたなら、記録は確りと残ってしまう。

それはダガーが、ダン・リオンと名前を偽って姿を現す国の商店街も同じ処置が施されている。

もしその通信機を使うとしたなら、少なくとも城壁で囲まれた王都を抜け出さなければならない。


『―――私は、今回は追いかけるべきではないという事なのでしょうか』


自分での(くど)いと思いながらも、そんな質問をする。


本当に稀にではあるけれど、緊急の用事の際には、"ダン・リオン"となった国王陛下を城下町の商店街で、走り回って捜すという事も数回あった。


『私の中では家族が一番大事で、仕事にも責任を取らなくてもいいという保証がありますが、それなりの誇りも持っています。何より、王族の護衛騎士は、何があっても、どんな形でも王族を守るのが、職務です。

貴方にそう教わりました』


『そうじゃな』


鏡の向こうにいる褐色の大男は困った表情から、かつて一度"隊長職"を委ねられる前の時に、剣を交えた時の様な鋭い目つきになる。


『万が一に戦にでもなったなら、殴って気を失わせてでも、肩に担いで逃げろという存在を、放っておけと?』


互いに魔力を消費しながら、魔法鏡の通信が乱れるのを抑えつける様にして確認した。


ここまで来ると、ロブロウの方では自然災害が起きても不思議ではないぐらいの雷雨が起こっているのだと判る。


そうなれば、魔法鏡の媒介となってくれている精霊も乱れ、連絡は本当に困難になるだろうから、逐一の確認は本当に出来なくなり、判断も自分で下さないといけない状態になる。


その判断に"失敗"をした時に、責任を自分で取らなくても良いのは分かっている。

けれど、今はその"責任をとれない"という事が嫌だった。

そして、今回先に折れたのは、この国の英雄方となる。

険しかった目元の筋を緩めて、微笑む。


『私情を混ぜてはいかんとは思うんだがのう……』


小さく息を吐き出し鋭さは抜けたが、真剣身を含んだままの視線を、調整が難しくなってきた魔法鏡越しに部下に注ぎながら頑丈そうな歯を見せ、口を開いた。


『国王陛下と、一応"親友"と見做して貰っている立場から言わせてもらうなら、王族護衛騎士隊長お前が未だに鎧姿でいる事で、"現場不在証明(アリバイ)"を、今夜頼まれる事になるとワシは思う』


『それは、国王陛下は今夜抜け出すかもしれませんが、私が見張る様にいる事で陛下が部屋に留まっているのを、周囲に印象付けるという事ですか?』


隊長職を任せたのは、剣の腕前もあるけれどその強さを無駄にしない、頭の回りの良さもあった。

それでいて、決してその優秀さに溺れずに、客観的な意見を求める冷静な姿勢を崩さない所が、上司として気に入っている。


『ああ、家族想いのお前がこの時間まで鎧姿でいることで、今夜は残るつもりなのは、その姿を見ればわかる。

周囲の宮殿配置されている近衛兵達も近習も、日頃護衛をしているお前がまだ帰らんことで、大方の事は察しているだろう。

ダガー・サンフラワー陛下も、日頃使いはしないが、心を拾い読める力で、キルタンサスの気持ちも知っているだろうよ』


そう告げる言葉の最後の方では、いつも周囲に披露している好漢の様子ではなく、付き合いの長い友人に向けるようなからかう調子の物になっていた。


一方のキルタンサスは、何時もの親しみやすさを越えて慣れ親しんでいるからこそ向けられる、ある種の強引さと、未だに続いている真剣味の残る眼差しに言葉を挟むことも出来ず、グランドール・マクガフィンから続く言葉を待った。


『"何かする事を承知しているから、出来ることならその内容を話して欲しい。

事と次第によっては、協力しないこともない"

心が読めないワシでも、国王陛下の側に護衛としているキルタンサスの気持ちは察しているつもりだぞ。

まあ、国王陛下も頼むにしても言葉にしてしまったら、もしかしたら何らかの方法で形に残ってしまうかもしれんから、多分お前には告げたくても告げられん。

それこそ、告げられたとしても"国王の安全第一"を考えるのが仕事だから、お前はダガー・サンフラワーが夜の王宮から抜け出そうなんて考えていたのなら、何が何でも邪魔をしなければならなくなる』


知っていながら、何もしなかったならそれこそ"王族護衛騎士隊"としての意味がなくなる。


『だから、指揮官としての忠告(アドバイス)は、鎧を着たまま何も知らんふりをしておきながら、次の動きがあると思えるまで寝室の前で見張っておけ。

あくまでも何も知らない(てい)を崩さずに、護衛騎士として国王の"脱走"に気がつかれない振りを、付き合えばいい。

少なくとも、お前がダガー・サンフラワーの寝室の前で立っていれば、近習、護衛騎士も"護衛騎士隊は役目を果たしている"と"勘違い"をしてくれるだろう。

それに何より、バルサム・パドリック公爵夫人も折角造った通信機の評価を気にしているだろうしのう。

早く使わせて性能の報告も、内密に国王陛下も伝えてやりたいだろう』

親友の母親の名前を出し始めた頃になって、漸く上司の大地の色をした目から真剣味と、いつのまにか含んでいた緊張感が互いに抜けていくのが判った。



『―――それは、確かにあるかもしれませんね。

報告によれば、パドリック公爵夫人は、それは楽しそうに研究には取り組んでいたみたいですから。

どうせなら、楽しんで造った道具の成果を早いところで知りたいでしょうし』


通信機の改造作成に、魔術師でもある貴夫人が、それは上機嫌に取り組んでいたのを、元々専属の護衛騎士であるマルギットから聞いている。


とてつもない魔力の為に引き寄せられる、"魔"のイタズラに若い淑女から敬遠されがちの貴夫人ではあるけれど、実の所"可愛らしい女の子も大好き"であるとの情報は、バルサムの護衛担当を決める時にも考慮すべき点にもなっていた。


ただ、先ず何よりはバルサム・パドリックの場合は、彼女の特性を堪えきれるかどうかで護衛騎士の配置を決まっていた。


それが大前提であって、護衛対象の機嫌を損ねないように、彼女の好みを調査してもいたので、魔術師の資格持ちという事もあったが、容姿については"綺麗"よりも"可愛らしい"と表現される、護衛騎士のライセをミストの代わりにしていた事もあった。


そして、その"考慮"はどうやら、少しは効き目があった様子で、好きな研究に取り組めた事も含んで、可愛らしい淑女と話せたことも上機嫌の一因だったと報告に上がっていた。


"可愛い"ものを見ると、モチベーションがあがるというのは、キルタンサスにしてみたなら自分の娘達を見た際の気持ちを思えば、容易に理解出来る。


部下の考えていることが、表情から読み取れた上司は、魔法鏡が大きく乱れるなかでも伝わる好漢の顔を作って笑った。


『女性の容姿でどうこう言うのは、余り興味もないが、人によっては好きなものが側にあることで、気持ちを高揚させる作用は大きいからのう。

ああ、ついでに思い出したぞ。

確かアルセンの御母堂は、この農業研修に一緒に来ている、アルス・トラッドの妹となっている賢者の秘書の役割をしている、11才の女の子を気に入っているようでのう。

その子は強気な感じだが、結構な美少女でのう、名前をリリィと言うんじゃ。

そのリリィが二次成長を迎えそうな時期になったとかで、ここにくる前に勇み足気味のお祝いパーティーを行おうとしたぐらいだ』


『二次成長を祝う"勇み足"って、随分と気の早い……いや、最近はそうでもないのかな。

まあそれほど、そのお嬢さんが好きなのか、それとも可愛い物が好きなのか、パドリック公爵夫人の気持ちの区別は判りませんけれど』


冷静に"可愛い物"に対する意見を述べながらも、2人の娘の父親で、妻が元軍の衛生兵で医療に明るい事もとあって、それなりの知識もあるキルタンサスは、余計な世話だと思いつつも少しだけ、その少女の心配をしていた。

そしてその話を耳に入れたなら、上司に釣られるように、"ついでに"キルタンサスも、今はロブロウで活躍中している、治癒術師の部下の数日前の行動を思い出した。


何時も、勤務態度も生真面目すぎるリコリスとその相棒のライヴが珍しく、護衛の空き時間に許可証を確り出しながらも、王都の城下町で買い物をするという報告を受ける。


いつもなら、空き時間にリコリスは医学書、ライヴは魔術書を読んだりしているのに珍しかったので印象に良く残っていた。


しかも2人が行った店がどうも、年代的に十代位の言葉通り"小娘"が好む品物ばかりを扱う雑貨屋だったので、私的(プライベート)に必要以上踏み込まないと決めておきながらも、首を傾けたものだった。


(思えば、賢者殿に陛下の命令書を持っていったのも、リコリスとライヴだから、その時にでも巫女の女の子と直に会って、成長の段階を見て、何かしら気がついたかもしれないな)


賢者の秘書をしているという立場らしいが、恐らくは何らかの理由と縁があって、保護をしているのだろうという予測位はつけられる。


(もしかしたら、二次成長に関しては賢者の方が、リコリスに頼んだのかもしれない)


"男側の保護者"として、知識としては確り留めておきながらも、必要以上に踏み込むべきはない繊細(せんさい)な話だとも思う。


(私が、及び腰なだけかもしれないがな)


何が何でも守るつもりでありながらも、触れてはならない部分には臆病な程慎重になっている事に気がついた時には、魔法鏡の向こう側にいる上司は、話を切り上げる様子で、鏡に触れている手を離していた。


『気に入っているかいないかで言うなら、確実に気に入っているだろうな。

最近繋がった縁らしいが、可愛いくて仕方がないので、何かと暴走気味になっているらしい、アルセンが嘆いておったからのう。

その勇み足のパーティーも、息子とメイドと菓子職人の3人係りで止めたと言っていたからのう。

もしかしたら、通信機の方はパーティーが出来なかった鬱憤も併せて、国王陛下の変わった注文にも堪えて造ったのかもしれん。

……さて、世間話はこれぐらいのしておいて、国王陛下に関しては、先程言った通りだ。

"知っていて、知らないふり"を貫き通しておいてくれ』


『はい、"言葉にも出さず"、ただ、ダガー陛下の寝室の扉に張り付いておきます。

そして、万が一頼まれ事があったとしたら、"意味も知らずに仕方なく"という事にしておきます』


キルタンサスの返事を聞いて、グランドールは深く頷いた。


まだ"責任を委ねられる"までの了解をつけていないのは、弁えているし、つけるのなら直にあってからだと、互いに言葉にしたことはないけれど解っていた。

もし互いに了解した後には、キルタンサスの権限で行動し、判断を下す幅が広がるが、背負う"責任の重さ"は家族にも及ぶかもしれないものになる。


勿論、背負う覚悟はあっても、家族に責任を及ばせるつもりは毛頭ない。


『うちの国の王様が、自分にしか使えない通信機を使って、何をしでかすかは、正直判らん。

ただ、あの方は―――あの"人"は自分と繋がった縁は、余程の事情がない限り、粗末にはせん。

それは、親友とさせてもらっているグランドール・マクガフィンとして断言する』


その断言と共に、魔法鏡の通信は途切れた。


自分でも"しみったれている"と思いながら、隊長室の机の上にある魔法鏡に魔力を注いでみる。

しかしグランドールが口にしていた通り、向こうが余程悪天候なのだろう、こちら側から送る通信が途中で障害が入り、諦めた。


『やはり、精霊の力を借りたばかりの通信では、絶対的な安定は難しいか』


自分の上司が結構な魔力を使ってこちらに繋げ、連絡を寄越してくれていたのだと、今更ながらに実感する。

その労力を使い、頼まれた分の仕事は熟したいと思った。

ただ、現状で通信が悪天候の為に困難になるのは、本当の万が一の時の為に何とかした方が良いとも思える物もある。


『王族護衛騎士隊がそこまで気にすることでもないが、とりあえず今の法改正が落ち着いたなら、機会を作って議会に提案しておくかな』


(家族の事ばかりを考えようとしていたが、何やかんやで、"国"の為に考えることも多くなった。だが、結局それが、家族の平和に繋がっているんだよなぁ)


ただの"鏡"に戻った物に映る、家族の事を考える自分の顔を見たなら、笑っているのに気がついて、小さく息を吐き出し、立ち上がった。


今セリサンセウムという国が穏やかで安泰だから、自分の家族が幸せに暮らせているのだという実感し、感謝もしている。


そんな考えがキルタンサスに根付いているのは、自分が初めて"この国の王様"に出逢った時に聞いた言葉が、胸に残っているからでもある。


キルタンサスまだ幼少の頃、秋の季節祭を宣言する時、特に印象に残った言葉は、現在国王となっているダガー・サンフラワーを、後十数年老けさせた様な、逞しい人のものだった。


決定的に違う所は、年齢と左目の色ぐらいと言えるほど、グロリオーサ・サンフラワーとダガー・サンフラワーの親子は似ている。



"――――王の立場は言わば、家庭内の父に等しい。

父は王であり、妻や子どもは守るべき国民だ。私は家族を守る為に、尽力をこれからも注ごう。

これからも家族となる国民を守る為、王として励むのでよろしく頼む。

それでは秋祭りをここに宣言する!!"



その前後に続いた、難しい言葉は良く覚えていないけれど、父親に肩車されながら尚も見上なら耳にいれた言葉で、それらはとても少年のキルタンサスの心に残った。




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