It's not going to be that easy.その2
《えっと……、この話題については、ワシというか、"私"が文句つけられる様なことではないって事だよね?》
《判っている様で何よりです。リリィさんの事を大切に思っているのは大変結構ですけれど、少しばかり構い過ぎている所がある様に感じられましたので。何より恋に関して、牽制のしすぎですよ。"恋の力"に敬意を払っているのはわかりますけれど》
『ルイ、お待たせ!』
少しばかり、場面が膠着するようになるかと思えた時、リリィが台車を押しながら厨房から再登場する。
先程はリンゴの芯について怒って行ってしまった様だったが、どうやら今はもう気にしていないのが声の調子から十分うかがえた。
『これだけあれば、幾らなんでもお腹いっぱいになるでしょ?』
『腹はいっぱいになるんだけれど、直ぐに減っちまうんだよな』
笑顔を浮かべているリリィに、ルイが見惚れてながら返事し、"おかわり"は到着して、巫女の女の子は自分の役割を果たすべく、早速配膳を始める。
どうやら、台車にはウサギの賢者が"食べてしまっても構わない"と発言したことで、リリィは残りをすべて乗せてきたらしい。
炊き込みのライス等は、土鍋で炊いたので結構な重量になっているが、年上の同僚が趣味と実益を兼ねて造った台車は大層優秀で、それらも載せる事も可能にしている。
更に色んな細工もしてあることで、付属品をつける事で少しばかり力はいるけれど、少女は一人でも大量の残り物を運ぶことも出来る様になっていた。
『何か、話が盛り上がって少し静かになっていたみたいだけれど、まだ日報の事を話しているの?。
それとも、何か別の話題にかわったの?。はい、どうぞ』
ルイに炊き込みのライスを器に山盛りに”築き上げた"、おかわりの支度をしながら、何気なしにリリィは尋ねる。
ただ、ルイは渡されて直ぐに運んできてもらったお代りを残しては悪いと、かきこむ様にして食べ始めてしまっていた。
なので、リリィの視線は一番側にいる新人兵士に向けられる事になるが、アルスは取りあえず、唇が閉じている状態で、やや不自然な程口角が上に上がった笑顔を作った。
『?』
そんな笑顔を返されただけで、言葉がない事はやはりリリィに疑問を与えた様子で、華奢な首を傾けてしまっていた。
(さっきのリンゴの芯の話題から、どういうわけだか話の流れがロブロウの事になっていて、
"リリィがウサギの賢者殿が姿を消した事で泣いていた時の事を話していて、それをアルセン様が手の甲にキスして泣き止ませたけれど、それは仕方が無いことだった"
と、みたいな話がさっきまでの話題になっていたなんて、話せないよね)
代表する様にアルスがコシの強い金髪の頭の内で思ったが、それはフワフワの全身茶色の毛をした賢者も、飯をかきこんでいる栗色の癖っ毛のやんちゃ坊主も、漆黒で艶やかな髪をした仕立屋も同じ様子だった。
(でも、恋云々の話をしていたなんてなったなら、リリィはまた赤面して厨房に戻っちゃうかもしれないしーーー)
どうしようと、今一度心に思い浮かべた時、徐に仕立屋が唇を開いた。
『話が盛り上がった理由は、ルイ君が、グランドール様から、今日の日報を―――"マクガフィン農場のカレーパーティー"について読んで感想を聞いて来いという理由で少しばかり話は盛り上がったんですよ』
『そうそう、"で、そんな感じでオッサンに言われて、旦那の所に来たんだよ!"』
口の中に、"リリィが作ったという朝食"を幸せな気持ちで詰め込むやんちゃ坊主の正面には、使いを頼まれた相手―――ウサギの賢者がいる。
そのウサギの賢者は、仕立て直して貰ったばかりの青いコートの胸元に、モフリとした手を突っ込む。
そしてフワフワな額に作れるだけのシワを作り、日報を眺めた後、更にシワを増やし、ルイが最初来た時に渡されていた"旧友"からの招待状を見つめ
『"カレーパーティー"ねえ』
と呟いた。
そのいきなりの展開に戸惑いながらも、アルスは”もしかしたら"と考えて空色の眼を仕立屋の方に向けたなら、優しい雰囲気のキングスにしては珍しく不敵な笑みを浮かべていた。
(と、いうことは―――)
続いて、リリィの作ったご飯を幸せそうに食べているルイの方を見たなら、一度だけ鋭い眼元になり、咀嚼に交じって頷いて見せてくれる。
(多分、"テレパシー"が出来ない自分は仕方ないけれど、キングス様が賢者殿とルイ君に何かしらのやり取りをしてくれたんだ。
確かにリリィにさっきの会話を正直に話して、聞かせたなら拗れるに決まっている。
それにしても、ルイ君は最初は"手を繋ぐ"に関しても年齢の具合とか判っていない様子だったのに、リリィの気持ちの事になったなら、こんな短時間で考え及ぶようになるんだ)
アルスは恋愛程、決まった答えがない抽象的なことはないと思う。
けれど、少なくともやんちゃ坊主はリリィという巫女の女の子については、保護者に当たる賢者や、関わりを持った仕立屋との会話で、躍進的にリリィの心の持ちようを掴んでいる。
("努力"と表現するのがあっているかはわからないけれど、凄いなあ)
『"カレーパーティー"……。
王都の城下街のチラシで読んで、マクガフィン農場でやっていることは知っていたけれど、行った事はないです。
ルイは、グランドール様の御世話になってから参加しているんでしょ?』
アルスがそんな事を考えている間に、リリィの方はどうやら前から"カレーパーティー"というものに興味があったらしい。
"盛り上がっている"話にそのまま乗るつもりで、自分の隣で早くも炊き込みのライスの半分を食べてしまっている、やんちゃ坊主に語り掛けていた。
ルイは一見かきこむ様に見える激しさながら、ライスの一粒を零すことなく器用に食べつつ、首を横に振る。
それから、もぐもぐと口を閉じたまま咀嚼を繰り返しながらコップに手を伸ばして、確りと流し込んでから口を開く。
『うんにゃ、アレは……"カレーパーティー"はあくまでも自由参加なんだ。農場に住んでいるから、支度の手伝いとはしたけれど、参加はしてもしなくてもいいんだ』
『ええ、折角準備とか手伝ったのに、参加しないの?。カレーも美味しいだろうし、勿体なくない?』
リリィが驚きながらも、空になったコップにお茶を注いでいると、ルイはこれにも頭を左右に振った。
『準備は、オッサンに世話になっているから当然だけれど、そこまで仲良くない奴ら―――いや、仲が悪いわけじゃないけれど、そこまで話した事のない奴らと飯くってもなあ。
オッサンは"カレーパーティー"の間は主催者として忙しいのと、外せない用事があるから、殆ど別行動だし』
『……そっか、"1人"で行っても、カレーは美味しいかもしれないけれど、寂しいよね。
でも、グランドール様は大農家だから、忙しいからワガママ言えないよね』
リリィが"寂しい"と表現する言葉と内容に、やんちゃ坊主は俄かに眼を丸くして、自分の事を想ってくれて表情を沈ませてくれている女の子の姿に、照れる。
ただ"年頃の男子"としての矜持もあるので、慌てて言葉を付け加える。
『いや、オレって、前にもロブロウに行く途中で言ったけれど、"強い"って思える相手にしかさ、こんなに素直な態度を取らねえからさ。
それに、オッサンと一緒に行動するからさ、変にオレに機嫌を伺う様な態度で来る奴とかもいるんだよ。
そんな状態だと、幾ら旨いカレーでも、話しかけられたりとかでゆっくり食えないのもあって、嫌になっちまうだろ?。
それにもし万が一にも、オレが失礼な態度を取った相手が、農場を経営する上で、拙い相手とかも、あったらオッサンに迷惑かかるじゃねえか。
だったら、最初から参加しないで、いないぐらいの方が良い。
向こう側も“グランドール・マクガフィンが参加を強制させるほどの子どもではない”っていう風に、受け取ってくれるしな』
『そっか、ルイの立場だと、”ただ楽しむ”って事もできないんだ。
それなら、ゆっくりどこかでカレーを美味しく食べていた方が、確かにいいかも』
照れと共に浮かんだ恥ずかしさを誤魔化す為にルイが口にした事だけれども、リリィには十分理解出来る内容でもあったので、取りあえず沈んでいた表情は"上昇"した。
加えて、再び"ルイの事をを想ってくれる"好きな女の子の発言に、やんちゃ坊主は爪先から始まって足の裏が痒くなるような、それでいて頭の内も熱くなる。
そんな初めて体験する身体の感覚と状況を、再び食事をかき込む様に始める事で紛らわせる。
『ルイ、残りを誰に取られるわけでもないし、全部食べても良いんだから、そんなに慌てなくても大丈夫よ』
先程から、リリィの記憶がある中では、2度目くらいの物凄い勢いで朝食を頬張る"友だち"の姿に、緑色の瞳をパチパチさせながら見守る。
因みに"1度目"の方は、今やんちゃ坊主が我武者羅に、頬張っている料理の作り方を教えてくれたロブロウの領主邸の竃番の部屋で、一緒に朝食をとったネェツアーク・サクスフォーンという人物である。
ただ、その人物の場合は"油を使った料理なんかは、疲れた時に、夜食べると翌朝は胃もたれなんかする年になりましたから"と言っていたから、勢いはルイの方が勝っているかもしれない。
『仕方ないよ、ルイ君、夢でもリリィの作ったご飯食べるのが凄く楽しい事だって、前に言っていたから、今は夢が現実になっているから、凄く楽しいんじゃないかな』
『え?!私が作ったご飯を食べるのが夢が楽しいの?。ルイ、変わってるね』
そして食事のとり方に呆気に取られている小さな同僚をフォローする様に、アルスがそんな言葉を挟んだが、言っている方も、告げられている方も一般的に取られるニュアンスとは別の方向で取ってしまっている。
"天然"具合は兄妹だと思われても仕方がない、ウサギの賢者の部下2人がそんな事を言っている間も、やんちゃ坊主はまだ顔が暑いのが納まらなくて、誤魔化し紛らわす様に食事を続ける。
一方、そういった所の"機微"が判る仕立屋は、"微笑ましくて仕方がない"という調子で、好意的な笑みが漏れてしまいそうなのを、綺麗な爪化粧が施されている指先で、紅の引かれた口元全体を隠す事で堪えていた。
ただ、ルイの心の機微には気が付けないけれども、折角食事に言葉を挟んで滞らせてはいけないだろうと、新人兵士は会話の流れを少しばかり変えてみようと、自分の経験を口にする。
『マクガフィン農場のカレーパーティーは話には聞いていたけれど、思えば自分も参加した事はなかったなあ』
『あれ?アルス君はどうして参加した事がなかったの?。王都の方には、2年前ぐらいには来ていたんだよね?』
アルスの"昔"について詳しい事は知らないけれども、その時期から王都の王都の城下町にいて、アルセンの紹介で工具店で住み込みで働いていたのは、リリィも聞いて知っている。
『うん、いた事はいたんだけれど、マクガフィン農場のカレーパーティーって人気の行事でもあるんだよね。
色んな出店も一緒に出たりもするから、ちょっとしたお祭り状態になるらしいんだよ。
でも、国が取り仕切っている行事ではないから、自分が知っている限りでは行われる日は、皆が一般的な休息日と重ねてやっていた。
で、自分が世話になっている工具問屋さんは"店"であるわけだから、休日だから来店してくれるお客さんもいらっしゃるんだ。
そのお客さんに申し訳ないからってことで、女将さんのアザミさんが留守番をしてって感じで残って、自分も頼んでに店に残して貰って、行った事はなかったんだ。
自分も、さっきのルイ君と同じで、仲が悪いわけじゃないけれども、店員仲間とそこまで打ち解けていなかったから。
ただ、店の大将が、自分と同じ様に住み込みで働く未成年の店員を引率していって、お土産を沢山買ってきてくれたから、特に参加できなかった事を残念に感じる事もなかったけれど』
実にアルスらしい説明に、年下ながらも少しばかり"お姉さん"のような気持ちで、呆れと苦笑いを浮かべつつも、リリィは2年という流れで"次"のカレーパーティーについても尋ねてみる。
『それじゃあ、軍学校にいる間は?どうなの?。確か休みとかは、法律に則ったものだから、物凄くきっちりしているんでしょう?』
この魔法屋敷に"賢者さまが嫌いな軍隊の兵士がやって来る"という事もあって、その生態(?)を知る為に、どんな様子で日々の基本的な仕事を熟すのかを、実はリリィなりに調べていた。
そしてそれには、アルスも苦笑いを浮かべ頷いて、説明の為に口を開く。
『ああ、軍学校は軍学校で、色々あって、休みなんだけれども行動が制限されていていたんだ。
それに休みだけれども、実質的にはすべて休めてはいない様な状況だったから』
『恐らく人の良い訓練兵士のアルス・トラッド君は"残留"勤務についていたんだろう?』
ここで、若い頃はマクガフィン農場のカレーパーティーの主催者のグランドール・マクガフィンと共に、軍に在籍をしていたこともあるウサギの賢者が、補足するように言葉を挟み込んだ。
ただ挟み込んだ言葉の調子は、非常につまらなさそうな雰囲気に溢れていた。
『その通りです、賢者殿』
アルスも懐かしそうな顔をしつつも、思い出す事で少しばかり困った表情を浮かべている。
『"ざんりゅう"って何ですか、賢者さま?、良さそうな意味じゃないみたいですけれど……』
11才のリリィは意味は難しいのと、習っていない単語だったのたので素直に尋ねる。
ただ、お兄さんみたいな同僚とウサギの姿をした上司の言い様から、"あまりよくない意味なのだ"という先入観は確りと持ってしまった。
『ワシが軍隊が嫌いな理由の1つでも、あるのがこの残留の仕組みなんだ』
そんな素直な女の子が先入観を持ってしまった事を、今から説明を始めようとする賢者にも伝わっていたが敢えて訂正もせずに、解説を始める。
『うちの国の軍は、国同士の喧嘩になった時に、民を守るために矢面にたつのもそうだけれども、自然災害の時には真っ先に駆けつけて、救済を作業を行なわなければいけない。
平日だったら軍にも普通に課業中の兵士のいるが、国の税金で働いている事もあって、労働基準法、"国が定めた働き方"に忠実に従う"職場"でもあるから、基本的に休日には正確でうるさくもある。
ある意味じゃあ、決められた時間を休まなければ怒られる職場でもある』
リリィが前以て予習していた事も、密かに知っていたのも含め、次に"チラリ"とアルスを見たならば、丁度昨夜に同じ様な会話をしていた事もあって、小さく頷いていた。
リリィの方は難しい言葉を、判り易い形に言い換えて説明して貰った事も理解しており、今は三角巾を外しているフワフワとした薄紅の小さな頭を頷かせている。
『それではもし、休日にそんな自然災害が発生する事態になったなら、お休みを直ぐに止めて、軍の方に兵士の方は向かわれるのですよね?、賢者さま』
そこの所も、兵士のアルスを迎える前に秘書の女の子は自分なりに調べて知っている。
大好きな"賢者さま"が軍は嫌いだと口にしている影響を受けながらも、"凄いな、立派だな"と、素直に国の兵士となっている人を、尊敬出来ると思える部分だった。
『うん、日頃から迅速な行動をとれるように訓練しているから、それは"当たり前"として求められるね』
はっきりとそう言ってから、耳の長い賢者は更に語り続ける。
『ついでに言わせて貰えば、現状でもし初動―――"初めの行動"が遅かったように感じられる場合は、指揮者の采配という"段取り"が悪かったという事で、最近は評される事が殆どみたいだね。
休日を潰された上で、救済にを行う兵士が責められないのは、個人的には有難いと思う。
まあ、現地やその災害状況にもよるんだろうけれども、頑張って兵士をしていて、国を護っている方々が責められないのは、喜ばしい事だよ。
それで、ワシの癖みたいなもので前置きが長くなってしまって、申し訳ない、ここからが"残留"の説明になる』
『馴れてますから、大丈夫です!』
大して済まなさそうに思っていない調子でウサギの賢者がそんな事を言ったのなら、秘書の女の子はちっとも構わなそうに、明るい鈴が鳴る様な声で直ぐにそう答える。
少しばかり、"喜劇"みたいに思われるやり取りには、当事者の2人よりも、それを聞いていた仕立屋に新人兵士、口の中に朝食を頬張っているやんちゃ坊主が、揃って俯いて思わず小さく笑いを漏らしている状態だった。
その笑いに、巫女の女の子は不思議そうに小首を傾げ、ウサギの姿をした賢者は丸い眼鏡のレンズの奥で円らな瞳を線の様に細める。
そして、取りあえず線の様に眼を細めたまま、ウサギの賢者はヒゲを揺らしながら言葉を更に続けた。
『それで、世間には余り知られていないし、公にもしていないのだけれども、軍隊の中でも休日であっても"待機任務"っていうのもあるんだよ、リリィ。
まあ、広報の部隊に質問したなら、休日待機の仕組みは最近は教えてはくれるらしいけれどね』
『え、そうなんですか?』
自分の秘書をしている女の子が、自分で出来る範囲での調べ物で休日でも連絡係として、帰宅もせずに軍の中に留まり任務に就く"当直"という物があるのは知っていた。
ただそれは確りと代休もつけられていて、休日出勤の報奨は微々たるものだけれども、給料に含まれているという。
ただ、尋ねれば教えてくれるという待機任務については、そこまで調べていないリリィは知らなかった。
『待機って、待っているという意味ですよね、賢者さま。それが仕事になるのですか?』
『そうだねえ、予防に待っているしかないというのが、妥当なのかもしれない。自然災害も外国の侵略も前以て報せてやってくるもんじゃあないからねえ』
語尾に、"ねえ"とつけ、のんびりにも捉えられる口調で賢者は語る。
ただ、いつもの朗々としながらも早口に語るいつもの口調に比べると不思議と、ゆったりとしたその言葉の中に、リリィは料理の時ぐらいにしか手にしないが、刃物の様な鋭さを感じ取っていた。
大好きな楽しい料理の勉強の時だって、包丁という刃物とされる道具を手にした時だけは、どんな時でも"気を抜いてはいけない"と、恩人の賢者に教えられた。
その包丁で切り込みを入れる時と似ている緊張感と共に、ゆっくりと確りと聞かせる様に語る賢者に、聞く方も"気を付けなければならない"とい気持ちになる。
そんな"聞かなければいけない"気持ちではあるのだけれども、リリィの方からも感じた事を含めて、語り掛ける。
『賢者さまは、その待っているだけという状況が、あまり好きではないのですよね?。
その、もしもの時に必要だと、判っていてもです』
するとそれまで線の様に細められていた眼の形を、円らな形に"パチリ"と開いて、自分の秘書に視線を注ぎ、小さな口の端を上にあげて、頷いた。
『どうやら、リリィにはワシの気持ちは勘付かれちゃったみたいだねえ。うん、そうなんだよ。
でも、まあ待機の方は、まだ半休の代休が取れるし、動きを拘束されるという事に不満を感じなければ、まあ悪くないかなあとも思う。
読書や屋内でのことが趣味の人は、それを行っていれば待機の時間も、有効に使われているわけだからね。
ただ、仕事にしても時間に動き回れる自由も、待つだけに使われるのは、ワシはやっぱり嫌いなんだよね。
それで、更に残留というのは"暗黙の了解"みたいな感じで、ある一定数の人数が、理由も保証もなしに、軍の中に居残りをしなければいけない状況なんだよ』
『理由も保証がないって事は、"待機"みたいに半休の代休が付くわけでもないんですよね?。それでいて、休日として時間は使われてしまう』
確認されるようにリリィに尋ねられ、ウサギの賢者は確りと頷いたなら、緑色の瞳を年上の同僚の方に、少女は真直ぐに向けた。
『それって、もしもの時の為かもしれないけれど、もの凄く時間が勿体なくない?。
アザミさんと店番ならまだわかるけれど、そんな無意味に待機させられるぐらいなら、カレーパーティーに行かないにしても、何かしら他の事で時間を過ごした方が良いんじゃない?』
人の良いアルスが、"残留"の任務に同期生に代わってついたのは、想像するのも簡単だった。
だが、"別に賛同しているわけではない"という事も気が付いた、強気な目元が印象的な女の子は、申し訳なさそうに言葉を続ける。
『その、アルスくんは大工の趣味があったから、時間を上手に使っていたかもしれないけれど』
真直ぐな瞳は決してアルスを責める物を含んではいなかったけれど、とても大きな疑問を携えていた。
"どうして、そんな無意味な仕事があるの?"
言葉ではないけれど、そんな鋭い意志が視線と共に載せられているのを、アルスは感じ取る事が出来ていた。
そして小さな同僚は、先程聞いたばかりにも関わらず、耳の長い上司の"気持ち"に影響を受けている事も気が付く。
(”間違っている"わけじゃないけれど、少し賢者殿の気持に傾倒している感じは否めないな。賢者殿は、リリィのこういった所をどう考えているんだろう?)
食べ物や、趣味の違いの時は結構口論に近い形で、違いを現す同僚と上司を見かける事はアルスにもあった。
だけれども、本当にリリィの意志を出した時が良いと思える時、少女は自分の恩人と意見を揃えるーーーというよりも、委ねてしまっている所を感じ取れてしまっていた。
(でも、今は"委ねすぎている"所を突き詰める必要もないから、取りあえずリリィにこれ以上"残留"について悪い印象を持たない様にするのが、軍属としての役割かな。
賢者殿が、残留をつまらない軍の因習だと思っているのが、判ったのは自分的にはある意味で、良い情報を拾えたと思えるし)
そんな事を念頭に置きながら、アルスは軍属としての意見を小さな同僚に向かって口にする。
『そうだね、多分自分もピジョン曹長―――。
えっとアルセン様の副官なんだけれど自分達の世話係みたいな役割を熟してくれる人が、"残留"については、前以て教えてくれていたから、自分はそこまで"待たされるだけの時間に、難儀をしなかった。
リリィの言う様に、大工仕事が趣味だから、"残留"になって身動き取れなくなる前の休日に、時間を無駄にしない様に、沢山木材や雑誌を買ってもいたから、無駄にはならなかったよ。
それに、ある意味では"待つことしか出来ない時間"にどうすれば自分の気持ちをうまく調整出来るのか知るのに良い機会にもなったよ』
年上のお兄さんみたい同僚から、自分が否定的に考え始めている事を、肯定的に受け入れる発言に、リリィは強気な印象を与える目元を、丸くしていた。
ただその丸みは、先程までの大きな疑問と不満をという名前の鋭い棘の様にも感じられるものが抜けていて、アルスには丁度良いぐらいにも思える。
(もしかしたら、リリィは自分も残留については、同じ様に否定的な言葉を口にすると思っていたのかもしれない。
でも、自分も確かに何も知らなかったら、残留の時間を本当に持て余していただろうし、否定的にしか取れなかった。リリィが、意外に思っても仕方ないにしても―――)
これから続ける言葉をどうしようとアルスが考えている時、助太刀の様に繋ぎの言葉を出してくれたのは、仕立屋だった。
『アルス君は、時間や行動に制限を出されるという、昨今のセリサンセウム王国では軍隊でもなければ体験できない、稀有な事を体験なさったという事ですね。
"自由で自分で選べる"というのが当たり前の中で、兵士でもなければおかれない、その特殊な状況―――。
そんな中で、腐らずに自分で工夫して何とかする術を軍学校で学べたのは、アルス君にとってはプラスになった様で、何よりです』
リリィの目元に"丸み"が残っている内に、伝えたいと考えている事を、仕立屋が見事に表現してくれた事に感謝し、その言葉に反応する形で、返事をアルスは口にする。
『学べたと表現するまでなのかどうかはわかりませんが、確かに"プラス"になったと経験だとは思います。
それに、自分はピジョン曹長が事前に報せてくれたから、時間を無駄にしなくて済んだというのもあります。
でも、内容を報せて貰ったのは、本当に助かったと思っています。
自分は残留は、名前を聞いた事があるくらいで、所在を明確にしておけば待機と変わらないと思っていましたから。
軍の教育隊の施設の周辺位しか、出てはならないとなると本当に行動を制限されますから』
『あれは、罪を犯したわけでもないのに、軽く勾留されている様な気分になれるからねえ。
まあ、昔から口の悪い人には軍隊を罪を償う施設みたいな例えられ方はされてきたから』
"勾留"という、リリィやルイ、アルスにも幾分が意味を理解するには難しい言葉を髭を揺らしながら、賢者は口にして、仕立屋が入れくれた茶を飲み干した。
『とは言っても、決められたら"必ずその兵士がしなければいけない"という決まりもない。
だから、残留の役割を"交代"する事も可能だから、折角の楽しそうな行事の時に同期の訓練生と交代をしてあげるアルス君は、やっぱり優しいねえ』
ウサギの賢者が語り口を朗らかな物に変えて、この話をもう切り上げようとしているのが、その雰囲気から広がる。
『いえ、やっぱりそれで農場のカレーパーティーでお土産を沢山貰ったので、自分的には趣味に没頭も出来たので、特に今は残留に不満もない状態です。
でも、流石に連続で残留したりするのは嫌ですし、同期生は賢者殿や、リリィと一緒でないですけれど、毛嫌いをしているのが、一定数いました。
休日出勤手当が付くわけでもないですから、やはり軍の中でも"楽しめない仕事"の上位には入ると思いますよ』
アルスも自分が知っている現状を述べたなら、取りあえず"残留"の話題は閉められようとしていた。
そして最後のキリをつけたのは、暫く会話に参加をせずに話を聞きながら朝食を食べ続けていたルイの、食事の終了を報せる両掌を、重ね合わせる"パチン"とした音ととなる。
『うーん、そんな話を聞くと、やっぱり、オレは軍隊は不向きだな。オッサンの農場で大人しく、グランドール・マクガフィンと戦えるぐらいの農夫になる事を目指そう。
ごちそうさまでした!―――って、まだリンゴがあったか』
食事の終わりの挨拶をした後に、まだデザートが残っている事に気が付いたやんちゃ坊主は、トレードマークの八重歯を見せながら、丸く口を開けてリリィの方を見る。
『ルイ?!あれだけあったの、もう食べてしまったの?!』
耳の長い上司から話を振られ、アルスとの意見の違いに少なからず戸惑っていた事で、すぐ隣にいるルイの方に暫く意識が向いてなかった。
そんな時間があったにしろ、ごく短い物であったと思うのに、リリィが山盛りの様に装った食事を、やんちゃ坊主は盛られたいた食器を空にして見事に完食していた。
『ほ、本当に全部たべちゃったの?』
『ああ、旨かった!、ありがとうな、リリィ!。あ、あと、賢者の旦那、御馳走さんです!』
自分の食事の世話をしてくれた巫女の女の子と、その保護者に当たる賢者にもやんちゃ坊主は確りと礼を述べる。
『で、仕上にリンゴも食べてもいいか?』
『え、お腹に食べ物がまだ入るの?!』
リリィは心底驚いたらしく、上着は師匠のグランドールを真似て、毛皮のチョッキを身に着けているだけの少年の腹部を見つめる。
膨らんではいるけれど、はちきれんという感じではないし、表情はに至っては"デザートは別腹"と語っているのが、顔に文字が浮かんでいる様にも見えた。
『折角、リリィの手料理何だからな、食べつくす!』
『料理って……リンゴは、皮を剥いたぐらいだよ』
呆れながらに言うけれど、作った物を"おいしい"と褒められて、しかも全てを平らげてしまわれるのは、料理好きの女の子としては、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
『じゃあ、ちょっと待って。先に食べた食器を片づけて、台車に載せるから』
『あ、オレも手伝う!』
新人兵士と仕立屋は、やはりこの光景に"微笑ましい"と言った表情で眺めているのだが、ウサギの姿をした賢者だけは、再び円らな眼を線の様に細めて眺める態となる。
("友だち"としてなら、本当にルイ君は保護者として大歓迎なんだけれどもなあ……)
状況や流れを見て先を見通す事は、ウサギの姿をした賢者と、仕方なしに戻っている人の姿で行っている国王直属の諜報部隊の隊長職を熟すうえで、よく行っている。
そして強気な目元をし巫女の女の子と、旧友が養子にしようとしているやんちゃ坊主は、どうしても"友だち"という部分を、あと数年もすれば、簡単に越してしまいそうな気がしてならない。
(……こんなふうに考えてしまうのは、グランドールの所為だ)
心配をかけた事で、仕立屋に抓られて少しばかり膨らんでいる毛が生えたフワフワの頬を丁度良かった思いながら、旧友の言葉を思い出しながら軽く不満で膨らませる。
"ルイはそんな事気にしないで、結婚できる年になったらリリィに猛烈にアタックすると思うがな。で、"義父親"であるワシは、ルイとリリィの結婚をあっさり許してやろうかのう"
ロブロウで大掛かりな"仕事"を熟す事になった際。
失敗するつもりなど毛頭もなったけれども、万が一のことを考えて、"自分いなくなってしまった"時の事を、一番気心は知れている旧友グランドールにウサギの賢者は、頼んでいた。
アルスの事は自分が不在になったなら、美人の後輩が何とするのが予想できた。
ただ数年前からウサギの賢者の秘書として引き取り、育てた巫女の女の子については貴族社会の生活が日常にも及ぶ、美人の後輩よりも、旧友のところでの生活が合う気がした。
"グランドール、2人目の養子に美少女はどう?。基本的には素直なんだけど、実は寂しがりやなのはグランドール、タイプでしょ"
だから、褐色の大男の旧友が何かと気にかけている、美人の後輩を搦め、その場の雰囲気が重くならない様にという賢者なりの(余計な)気遣いを兼ねて、ふざけた物言いでそんな事を言った。
その時には既に、グランドールがルイを養子に迎えようと腹を決めているの見て取れたので、それなら巫女の女の子の事も一緒に頼もうと考える。
アルスとは如何にも年の離れた兄妹の様にも良く見られた。
それなら、ルイとも賢者が見る限り"年の近いしっかり者の妹を可愛がるやんちゃ坊主の兄"という風に見れなくもないと思ったのだった。
"お前に頼まれたのなら、養子をもう1人増やすのは吝やぶさかでもないが。
ワシよりは縁が出来ているんだから、パドリック家の方がいいんじゃないか?。
一応アルセンとリリィは再従兄妹はとこの関係だ。それに、リリィもアルセンはかなり信頼しているだろう"
ただ、旧友の方は難色を示すわけではないけれども、リリィには自分よりもアルスと一緒に美人の後輩の方を頼った方が良いと言葉を返される。賢者も、勿論美人の後輩を心の底から信頼している。
けれどもリリィを引き取りからは、誰かに託さなければいけない必要が出た時。
一般的な礼儀作法は上司と保護者を兼ねる立場として確りと躾けたけれども、貴族社会に関する事は殆ど教えなかった。
賢者自身が堅苦しいのが苦手なのもあったけれども、引き取ってから持ち直し、城下街で"お使い"が出来る様になった秘書の女の子は、余りにも横柄な態度を取る貴族を見かけてから、苦手意識を持つ様になってしまった様だった。
それに併せて"リリィ"の縁者を最も知る立場として、貴族の生活は少女に合っているとは、とても思えなかった。
それならまだ"働かざる者食うべからず"が基本のマクガフィン農場での生活が、リリィには合っている。
それに―――もし、リリィがグランドールの養子になったなら、仮にもルイの"義妹"になるのだから、"それ以上の関係"にはならない様に思えた。
だが親友の旧友の考えは違う様で、先程の
"結婚できる年になったら互いに血の繋がりがない、義息子が義娘に猛烈に求婚し、2人が納得したのなら"義父親"であるグランドールは、結婚をあっさり認める"
といった物だった。
その発言に、自分の秘書を、万が一の時は託そうとしていた人の姿に戻っていた賢者は、"そこは難癖をつけて邪魔をして欲しい"と大層ごねる。
そうしたなら、"そうなって欲しくないのなら、仕事をさっさと無事に仕事を熟して、秘書の女の子を迎えに行け"と、難しい仕事と判っていながらも、結局は発破をかけられた形になる。
だが、発破をかけながらグランドールはグランドールなりに、"義息子"の息子にしようと考える程、ルイ・クローバーを気に入っており、結婚という出来る年になったらやんちゃ坊主も落ち着いているとも告げられた。
なのでもしも結婚する時になったのなら、"反対する理由がなかろう"という言葉でその時は話が閉められた。
(……確かに、反対する理由の方が、ルイ・クローバーには少ない)
身体は14才にしてはまだまだ小柄な部類に入るし、戦う能力はこの魔法屋敷でリリィを含まなければ、一番下である。
頭も話している限り、悪いものとは思えないし、寧ろ地頭は良いのが判る。
同年代の14才と比べたなら、やんちゃで生意気ではあるかもしれないけれど、その年特有の―――思春期の様な自意識過剰といった所がなくて、己を弁えている。
それに何より、どんな時でもリリィの気持ちを優先し、考えてくれるのは、ロブロウで人の姿でルイと話し合った時に、良く判った。
(……本当に、友だちだったらなぁ、何も心配しないで、済むんだろうけれどなあ)
《……賢者様、先を見通しておくのは悪い事ではないでしょうけれど、まだ早すぎる心配で、前ばかりみていたら、足元が疎かになりますよ》
ルイがリリィから剥いて貰ったリンゴを、1個をすっかり食べ終えそうなタイミングで、仕立屋が延々と考え込もうとする賢者の思考に、テレパシーで歯止めをかける。
《だってええ……キングス……》
ウサギながらに円らな眼を線の様に細めて、俗にいう仏頂面を浮かべ、とても少年達や少女には聞かせられない調子で、そんな返事を返すけれども、仕立屋は澄ました表情を浮かべていた。
《ルイ君が"どんな時でもリリィの気持ちを優先し、考えてくれる"というのなら、何年たっても彼女が望むなら、"友だち"のままで彼はいてくれるでしょう。
それに、リリィさんも"ウサギの賢者さま"がそれを望んでいると知ったなら、そうするでしょう。
"喜んでする"かどうかは、わかりませんけれどね。
そして、そんな事を可愛がっている"姪"に、気遣わせて無言の強要している男性の保護者は、一般的には"過干渉"、"過保護"と呼ばれても仕方ないと思います。
思う人なら、"表に姿を現さないうえに、秘書にそんな事を強いるのが、国最高峰の賢者だなんて"くらいは考えるかもしれませんね》
それから見ただけなら、"優しくしか見えない"表情を浮かべて、ウサギの賢者を見てにっこりと仕立屋は笑う。
その間にやんちゃ坊主は、リリィが剥いたウサギのリンゴを実に美味しそうに食べ終えていた。
『じゃあ、今度こそ本当にごちそう様でした!』
『"はい、お粗末様でした"……あ、でも、キングスさまも一緒に作ってくださったから、私がこう言うのは、一緒に作った方に、失礼になりますか?。賢者さま?』
鈴のなるような声で、尋ねられる。
自分を疑わず信頼しきっている眼が、眩しいし、"今度こそ、この子を事を裏切りたくはない"と、フワフワの毛に包まれた身体でも、人の身でもいつも思う。
『そうだねえ、じゃあ、一緒に作ったキングスと話して決めたらいいんじゃないのかなあ。これは、一緒に作った人によるだろう。でも、一般的には1人じゃない限りは、"お粗末様"は控えた方が良いかもね』
強気で、真っすぐで、時に人に誤解を与えてしまう発言を行ってしまう所が、少しだけ心配だから、保護者としてさり気無く注意をする。
『はい、わかりました、賢者さま』
『それなら、私は今回の料理はアドバイスばかりが主で、使ったのは口ぐらいですから。リリィさんの"お粗末様"で全く構わないですよ』
そして、同じ様でいて賢者よりも一歩引いて、冷静にリリィを見てくれている人の言葉に耳を傾ける姿勢を崩さない様に、賢者は勤める。
《ただ、心配するのは悪い事ではないと思いますよ。
それで、友だちでいる事で心配をしなくなるなら、その繋がりを強固に出来る様に、進めても今は良い時期じゃないですか》
抽象的な物言いから、具体的に考えるのは苦手な事でもないのだが、今回は賢者自身で"これで大丈夫だろう"と思える考えを、巧く浮かべることが出来ない。
それは、"友だち"という言葉が絡んでいる為もあった。
(そもそも、私、”友だち"というよりも、友人があんまりいないしな。
それに、一応グランドールもアルセンもキングス……暴君も、友人とはいえるけれども、自分の意見をはっきり持っているし、"子ども"と"大人"じゃ、付き合いの具合が違う。
それにリリィとルイ君は、異性なわけだ。
異性の友だちといえば、私は、アプリコット殿が当てはまるのかな?。
けれど、互いに性格が似ているから、タイミングが合う時は協力するけれど、外れたらそれまで、あっという間に別行動をしてしまうのが当然だからなあ)
"ウサギの賢者と元仮面の貴族の友情”と、”リリィとルイ”の友情を同じ物として扱ってはいけないと、大概は心の棚の一番上に置いている良心という物が、珍しく自己主張している様な気すらする。
《ねえ、キングス。女の子と男の子の友情を育む方法って、保護者としてそれはどんな風に、すればいいと思う?》
早々に、長い耳の着いたフワフワの小さい頭の中で”下手な考え休むに似たり”という格言が浮かんでも来たので、そう言った心の繊細さについては、素晴らしい気遣いの出来る仕立屋にあっさり縋る。
《"それは"自分でお考えください。何せ"賢い者"で、賢者なのですから。
それに、保護者として子どもの成長と向かい合う事と避けようとする方と、親友でありたくありませんので》
優しい仕立屋にしたなら、珍しく思える程"ぴしゃり"と意見を返された。
その"らしくなさすぎる"反応に、賢者は当惑し、丸眼鏡の奥で円らな瞳を瞬きしたけれども、だがその"ぴしゃり"の具合で、直ぐに仕立屋が意図的に"らしくなく"している事に気が付いた。
そして、もし、この場にかつて伴侶として迎えた、姪っ子とその母親ともそっくりな強気な目元をした女性がいたなら、"ウサギの賢者"の今回の"逃げ"は決して見逃さないのを、思い出す。
《そう言えば、"頼まれて"いるんだっけ?》
《ええ、頼まれていますから、頑張ってください》
そんなやり取りがテレパシー賢者と仕立屋との間で行われている間に、今度はアルスがルイにこれからの事について話しかけていた。
『そう言えば、ルイ君はグランドール様から頼まれた招待状を届けた後、これから何か用事はあるの?』
『え、オレっすか?。うーん、オッサンからカレーパーティーの招待状を届けた後の事は特に言われてないからなあ。
とりあえず、農場に戻って、殆ど終わりかけている麦苅りの何か、手伝う事があったら手伝うぐらいかな。
働くか、農作業してねえと、オッサンがどこで仕入れてきたのかわかんねえ、数学の問題集やってろっていわれちまうからな。
それにこんなに腹一杯なら、教本開いて2分で眠れる自身があるっすよ』
そんな事を答えたなら新人兵士が朗らかに笑ったのを見て満足そうな表情をして、自分が使った食器をリリィの指示に従って、台車に載せ終えた。
『リリィ、本当に片付けは手伝わなくてもいいのか?』
『うん、これは"私の仕事"だから。それに、最初の方のはキングス様と一緒に洗ってしまったし、ルイがお鍋を空っぽにしてくれたお陰で直ぐに洗えて、これですっきりするから、私としては大助かりなの』
"片付け"についていえば、"片付けは苦手だ"と公言する耳の長い上司がいる為に、ややせっかちにも思える程、使った物は直ぐに片付るのが好きな少女は、心から有り難いと思っている。
『とはいっても、炊き込みのライスの土鍋でんぷん質の汚れだから、洗剤を少し入れて、水を張って置いた方が効率的なんだ。
その中に食器も1度浸けてから、少し時間が経ってから洗うつもり。あ、これは、賢者様に教えて貰ったことね』
リリィが口にするにしては、回り諄い説明する様な口調だとやんちゃ坊主と共にお兄さんの様な同僚も思っていたが、最後に付け加えられた一言で、あっさりとその不思議さは解消される。
『リリィの年でそんな事を知っているなんて、凄いと思ったけれど、賢者の旦那に教えて貰ったのか』
『そうだよ。一緒に洗いながら、教えてくださったの』
巫女の女の子が嬉しそうな笑顔を向けたなら、いつもの不貞不貞しさをどこかに忘れてきてしまった様な、微笑みをウサギの賢者は浮かべる。
『へえ……。それにしても、教えて貰ったにしても、そんな事まで知って覚えているのなら、リリィは本当に良いお嫁さんとかに、直ぐになれそうだよな』
やんちゃ坊主は、リリィとウサギの姿をした賢者の関係に尊敬の気持ちすら抱いて、そんな言葉を口にしていた。
『ど、どうしてルイは、直ぐに"お嫁さん"って、表現に繋がるのよ』
ロブロウの農業研修で、男女の違いについて多少意識をしなければいけない成長を遂げていた少女は、それまで抱いていた"お嫁さん"というイメージは少しばかり変わっていた。
それまでは、まるで絵本の物語のように眺めるもので、自分には関係ない物だとばかりに思っていたのに、不意に随分と身近な物になってしまって、それにはどうしても照れを伴う。
『……あれ、思えばどうしてなんだろうな。でも、何でかなあ?リリィには、"幸せなお嫁さん"になって欲しいって思うんだよなあ』
そしてやんちゃ坊主も、ふとここで気が付く事がある。
自分の目の前にいる、強気な目元だけれども十分可愛らしい女の子の事は本当に大好きで、出来れば末永く側にいたいと、初めて出会った時から思った。
それで、これまで野猿、クソガキ、やんちゃ坊主、"ルイ・クローバー"という立場と名前に至るまでに培った情報で、自分がこの女の子の傍らにいるのに、必要な理由が"恋人"や"お嫁さん"しか思いつかなかった。
"友だち"という関係でも悪くはないと思う。
仕立屋に、今は恋人になったとしても精々出来るのは友だちより親しいという表明と説明を受けたけれど、ルイだって勿論それで構わない。
ただ、リリィにもし何かがあった時に、何が何でも庇う側になるつもりもあるが、その理由が"友だち"という関係だけだと、弱いと思えて仕方がないという所があった。
それに"好き"という気持ちを、少しでももっているのなら、一般的にはやはり恋人という表現が"妥当"なのだと思うし、友だちという表現に拘る事で、逆に必要以上に勘繰られるのも嫌なのもある。
(それに、一応恋人になっておかないと、厄介な事もおきそうな気もするんだよなあ。可愛い事は、揺るがし様のない事実だし、その内絶対声はかけられる……)
ルイと同じ様に"懸想"する人は必ず現れるし、その時にリリィが相手に惚れるならいいけれど、やんちゃ坊主の見る限り、少女が現在の所、恋とかそういった事を抜きにして、一番好きなのは"ウサギの賢者"である。
多分、あと数年もしたなら城下街で告白、若しくは友だちとして、付き合いたいという話がでてきてもおかしくはない。
そして友だちはともかく、"恋人なって欲しい"と告白になったなら報告―――というよりも、相談を賢者に真っ先にすると思えた。
(ただ、ウサギの賢者の旦那は"人付き合い"が苦手だから、あんな姿になっているし、リリィの"恋愛事"の相談に話を聞いてやる以上に乗ってやれるかなあ。
ああ、でも、ウサギの旦那は、多分最終的な気持ちの判断はリリィに着けさせるだろうし。
リリィはリリィで、何やかんやで優しいし、もしも押し切られたら……)
城下街に赴く際には、護衛騎士としてアルスが同行することで、危険な事は先ずないと思うけれど、リリィの性格からして、必ず律儀に返事をすると思う。
そして、ウサギの賢者が一番の少女は"その気がない"相手に、どう返事をするか、きっと悩む。
そこで本当の恋人でなくてもいいから、"恋人がいるから"という理由で、ルイの名前を利用するしてくれたならと、考え至るけれど、まだそこまで考えを口に出せた事はない。
その前に"好きだ"という好意の気持ちをバカ正直に伝えてしまっているから、リリィも照れるしルイも好きな少女の前に、話している内に冷静に伝える事が出来ないでいる。
(早い内にいった方が良いんだろうけれど)
リリィには、幸せになって欲しいと思う。
それが一番にあって、例えそこに、"ルイ・クローバーの幸福"が、絶対に伴わなければいけないという事もない。
(……オレは出来れば、リリィの事を幸せにしてやりたいとは思っている。けれども、別に結婚や恋人と呼ばれる相手がオレでなくても、いいとも思っている)
『ルイ……?、どうしたの黙ってしまって?』
急に喋らなくなったルイを、11歳にしては小柄な身体のリリィが上目遣いの形になって見上げると、やんちゃ坊主は一瞬で顔を赤くする。
『だ、だからどうして、ルイの顔を見ちゃうだけでそこまで顔を赤くするのよ!』
『いや、その……』
"可愛いから"と言ったなら、過去数回の同様の出来事で揉める事を学んでいるルイが言葉に詰まっている内に、その現場に出くわした事もある新人兵士が、話題を変更する意味も兼ね、賢者に話しかけていた。