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gossip  "噂話"③



「その性格的なもので言ったなら、"強気"なんでしょうけれど。容姿というか、見かけは……?」

あまりに露骨な言葉に、今度は遠慮なく苦笑いを浮かべながらも、興味を持つのは仕方ないとも、思えるのでグランドールは吸い殻を始末しながら簡単な説明を始めた。


「そうじゃのう、顔の作りは好みが別れる所があるじゃろうが、美少女と例えても障りがない。

それで、綺麗というよりは、子供という事もあるだろうが、可愛いと表現した方がいいかもしれん。

あと、セロリが嫌いでな、食べる時に可愛いながらも、面白い顔になる。

そうじゃ、面をつけとる仕立屋のキングスを知っとるだろう?」


「―――?!、ええ、ああ、はい、知っています。確か国最高峰の仕立屋のお方ですよね」

仕立屋の名前を聞いて少しだけ挙動不審な振る舞いになる、部下に片方の眉だけをあげながら話を続ける。


「キングスが、仕事でこちらに来る際に、身に着けている面の1つに、文化(カルチャー)を越えて"怖いという印象を与える"般若という面に、怒った時はそっくりになるかのう」


グランドールが知っている情報のなかでざっくりと話してみたのだが、これには右眼が前髪に隠れて見えない顔で、挙動不審のところ引っ込めて、シエルは困った苦笑いを浮かべた。


「出来れば雰囲気というか、具体的な例えがあった方が、解りやすいんですが」


外よりも内面を優先する褐色の大男と、内面も大事だけれど出来ることなら外見が良いことに越した事はない青年との間に絶妙の間が生まれ、同じタイミングで吹き出した。


「そうかそうか……とはいっても、例えになるような外見の知り合いもおらんし、有名な舞台の俳優などもワシはしらんからのう」


そんな事を言いながら再び煙草をくわえて火をつけながら、幾分か寝癖の残っている後頭部を掻く。

一応国の運営の国営劇場や、マクガフィン農場と並び国の経済を支えているファレシノプス財団が運営する場はあるが、その舞台に立つ俳優はそれなりに名前は知られている。

ただ、褐色の大男は全く興味がないので知らない。


そして、部下の方も自分達の大将が人の容姿に関しては、頓着してないのは十分弁えている。

更に人の得手、不得手があるというのなら、グランドールは世俗の事に関しては不得手の上に、興味がない。特に困った事がないので、克服しようという気持ちもなく、情報を仕入れようと気持ちもない。


なので、このセリサンセウムという国において、芸術でもあり世俗の事の代表とも言える、劇場の俳優の名前や顔に関しては皆無と言っても過言でもなかった。

それに情報を必要とする状況になった場合には、フクライザの双子を含む農場の若い衆や、噂話が好きな農夫の奥方達に尋ねたなら、十分に教えてもらえる。


それでもグランドール大将にとって、不得手とする世俗の話が続こうとする際には、身近なものになるまで"(ほぐ)"すのが、農場で彼の両腕と例えられる、自分達、双子の役目だとも、シエルは考えてもいた。


「じゃあ、大将が実際で繋がりのある知り合いで、考えてもらえませんか。

実際に付き合い、その友人の親戚とか知り合いでも構いませんので」


「繋がりのある知り合いの知り合いって事か」


本日はまだ手入れの整っていない、髭の顔に手を当て考え込む。

ここでシエルが幸いだと思うのは、グランドールは蛇蝎の如く嫌っているが、褐色の大男自身は一応貴族であるということで、社交界という意味での知識は、親友アルセン・パドリックもいることで多少ある。


加えて、シエルも詳しいといえる位、農場の若い衆が特に盛んに話しているのは、貴族の美しい御婦人達の話だった。

少しばかり"生憎"とも言えるのは、御婦人方に人気で興味のある人物はグランドール・マクガフィンの親友である貴族のアルセン・パドリックということだった。


ただそういった繋がりで、共通する話題で情報として話をすることは可能だった。


「アルセン様とか、その男性ではありますけれど美人じゃないですか。

顔が整っているのと可愛いのとでは、違うかも しれませんが、どうですか?。

その、アルセン様とお付き合いがあった御婦人とかでも、構いませんので」


シエルが出した例えに、早速思い当たる節があったらしく、くわえていた煙草を口から外して頷いた。


「おお、それで言うのなら、瞳の色は丁度アルセンと同じ緑色だのう。

じゃが、顔はリリィもアルセンも整っているだろうがこれは、大人と子どもの違いどうこうじゃなくて、種類(ジャンル)が違う。リリィが成長したなら、ルイ好みの美人にはなるだろうがな」


「そうですか」


(さて、あと残りの情報でグランドールの大将が知っていそうな美人と言えば、誰だろうな)


"グランドールが知っていそうな美人で有名な人物"


それだけで、大分表現する幅は限定され、狭められてしまう。


(仕事で必要な人物なら、大将は名前を記憶しているはず)


無意識に先程の大将の行動を真似る様に、シエルの方が、こちらは既に整えられている、口許に手を当てる。


「あ、そうだ!ロブロウでは、アルセン様と同行というか、護衛する形で国王陛下の謝罪の文章を王族護衛騎士隊の方。しかも、3人ばかり女性の方と行かれましたよね?」


本当はシエルの頭の中に、"リコリス・ラベル"の名前が一番最初に頭に思い浮かべたのだが、それを冷静に心の中にしまいなおす。


例え、"良いな"と思っている女性が、グランドールにバレたにしても、たいして困ることは正直にいってないのだけれども、やはり気恥ずかしいものがあった。


「ああ、リコリス・ラベルに、ライヴ・ティンパニー、それにディンドロビウム・ファレノシプス、ディンファレか」


上司の方は、その"意見"に大きく目を見開いたが、直ぐに芳しくない表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開く。


「うーん、シエルすまん。確かに、3人とも種類は違う美女だが、どうにもリリィには当てはまらん。

ロブロウで、随分と仲良くはしてはいたみたいだがのう」


自分の情報量と、容姿に拘りが無さすぎる為に、絶対に必要ともいえるわけでもないのだが、養子に迎えようとしている少年の先行きを気にかけてくれている部下に、手間を煩わせている事は解るので、グランドールは思わず頭下げた。だが、これには部下の方が慌てて、両手を振った。


「そんな、大将が謝らないでください。元々は単にルイに忠告を発した方が良いからという、俺とシャムのお節介。

それと、あのクソガキでやんちゃ坊主が、そこまで惚れ込んでいるって女の子が、どれだけ可愛らしいのか好奇心で知りたかっただけですから。


あ、そう言えば」



それから、"どうして忘れていたのだろう"という思いと共に、シエルの"グランドールも知っているであろう"という、貴婦人の中で、社交界でも一般常識でも"美女"と謳われる人物が浮かんだ。



だが、それと同時に"そんな訳はないか"という考えも浮上した。

ただ、ここまでグランドール・マクガフィンの美女への無関心に、自分の情報が全敗している事もあって、一か八か、賭けのつもりである人物の名前を出す。



「うちの国で一番の美女だと誉れ高い、前国王陛下のグロリオーサ・サンフラワー陛下の妃殿下、スミレ様はどうでしょう?」








スミレは、先王グロリオーサ・サンフラワーと共に、"平定の四英雄"とされる本来なら"仇敵"として王妃トレニア・ブバルディア・サンフラワーに気に入られた事で、当初側室として王室に加わる。



元々は、平定をなしえたグロリオーサが、平民のトレニアを正式な王妃として迎えた事で、自分達の地位を危惧した貴族が、対抗する為に当時もっとも美しいと謳われた彼女を、"献上"した。



そして、その美貌で新しい鬼神とも例えられる王を籠絡し、平民出のトレニアを押し退け、貴族のスミレを王妃の座にという目論見を申し付けて送り込む 。


それがスミレの役割だったの筈なのだが、実は美しいだけでもなく、トレニアに憧れをを抱いていた貴婦人は、王室に入ったと同時に、己の実家となる家との繋がりを断絶する。


それでも"貴族から王室に嫁いだ"という実績は残り世相には広がったので、スミレを利用しようとしていた実家は、不満だったが、他の家からは文句は出なかった。


程なくして、スミレもグロリオーサとの間に父親にそっくりな"眉"をした以外は、それは可愛らしい男児を授かり、その事も貴族の間から不満の減る作用となる。


更にトレニアが王妃となって、幾年も日が過ぎずに病で身罷り、繰り上がる形で、側室のスミレが王妃となる。


このまま王位継承もスミレの息子へと勢いづいたが、次世代の王太子は先王グロリオーサと平民のトレニアの間に生まれたダガーという、宣言が行われ、それはかなわなかった。


その代わりという訳ではないのだが、スミレとの間に生まれた息子ロッツは、王位継承権を手放すことになるが、生まれ持った才能でもって国を越え、宗教を取りまとめる宗教の長、しかも最年少の"法王"となる。


そして法王ロッツは、眉こそ父親グロリオーサ・サンフラワーと同じ"キリリ"とした凛々しさだけれども、その他の顔を形成するのは、国一番と謳われる母親譲りの端正な顔立ちで、信仰心もさることながら、その容姿でさらなる信徒を集めた。


法王ロッツの整った人の心をも魅了する容姿は、先王の王妃で母親であるスミレ譲りのものということは、国中の者が知られる事になっている。

そのスミレは、現在は先王が崩御した後は後宮に下がり、目立つような活躍は行ってない。



ただ、現国王が結婚していないこともあり、婦人の王族が担う役割の総括を彼女が行っている事もあり、希に"外"に姿を表すその美しさは、衰えていないと噂は尽きない。

その美しさはある程度の年を召しているにも関わらず、比類なきものとして、有名な国営劇場の俳優といえども及ばないものとされていた。


流石に先王の王妃であるスミレという奇跡的な美女を、グランドールも知ってはいる筈である。

それと同時に、やんちゃ坊主が惚れ込んだ女の子の例えに使っては失礼だと思ってもいるが、"一発逆転"のつもりでシエルは口にする。


「おお、そうじゃな。思えば強気な目元を除いたら、リ リィとスミレ様はそっくりじゃのう。

うん、全体的な雰囲気も、特にフワフワとした桃色とも薄紅色の長い髪とか似ておるわい。

流石、見事な例え、フクライザの双子じゃのう」


「……え?」

あっさりと"認められた"事にシエルが固まっていると、"ココン"と少しばかり独特なノックの音がする。


「おう、ルイか。入れ」

「オッサーン!おはよう!。ついでに、レイバックとセーブとソウルの朝の散歩とブラッシングを済ませてきたぞー」



"犬派"のグランドール・マクガフィン氏がマクガフィン農場で飼育している、大型犬3匹の名前と、自分の"仕事"の終了を告げながら、師匠の部屋へとルイが入ってきた。


そして、その両腕に抱えているのは、先程からグランドールとシエルの話題になっている"開封されている恋文"が詰め込まれている箱である。



「あれ、フクライザのシエル兄さんじゃん。じゃあ、兄さんはついでに、おはよう」

「あ、ああ、おはよう」


先程のグランドールから告げられた、やんちゃ坊主の好きな女の子、リリィが似ていると告げられた人物の名前に(自分で例えておきながら)驚きが抜けきらなくて、ただ平凡に挨拶を返す。


「もしかして、オッサンと仕事の打ち合わせ中だったか?」

シエルを一瞬見つめたの後に、入ることを許可した部屋の主であるオッサンをルイは見る。


「大事な話は済んだ。

他の伝達事項もすぐ終わるから、気にしなくてもいいぞ」


驚きを押し隠すのに懸命な、農場で自分の"腕"と例えられる青年の状態を察したグランドールが、自分とシエルを見比べるルイに声をかける。


「そっか、じゃあ気にしない。それで、オッサンに話したいことがあるんだけれどさ」

「話したい事と、その抱えているものは関係あるのかのう?」


煙草の吸い殻を灰皿に押し付け、確りと火の始末をした後に手紙の入った箱を抱えた弟子に話しかける。

ルイも師匠の視線に気がついて、箱の中身を見せるように抱え直しながら、口を開く。


「うん、今か抱えているこいつについて、オッサンに頼みたいことがあるんだよ」

「そうか、実はワシもルイに、使いを頼みたい事が出来たんだがのう。さて、そちらの箱の中身とワシの頼み、どちらを先にしようか」


そう言いながら、先程まで読んでいた"日報"を手にとって弟子と部下を見比べる。


「あ、それなら、オッサンの用事が済んでからで良い よ。オレのはコイツの始末が出きればいつでも……いや、"あの人"に知られる前に、出きればいいのか」

「あの人?」

ルイが名前を出さずに口に出す人物に、漸く落ち着いてきたシエルが疑問の声を出しす。


「シエル兄さん達は知らない人だよ。ロブロウであった人。

王都にもいるらしいんだけれども忙しくて、同じ場所にいる事が少ないって。

だから、急がなくても大丈夫だと思うんだけれど」


ルイが素っ気なくそう説明したなら、シエルが知らないと"忙しい"と口にいたので、グランドールは誰の事を言っているか察しがついた様子だった。


「ああ、アイツか。まあ、それならその手紙の始末の意味はよくはわからんが、急がんでいいとワシが保障しよう」


保障するという言葉に、ルイは箱を抱えたまま表情を明るくするけれど、既に朝の支度を済ませ、グランドールにもらったスカーフを巻いている首を捻った。



「あれ、オッサン、ネェツアークさんと連絡したりできるのか?」



自分の知らない名前の人物について会話をしているので、シエルは邪魔をしないように、口を閉じて話の片がつくのを待つ事にする。



「連絡はつかないが、王宮に仕事がある時には、都合上ワシはアイツの勤務表を必ず見る事になるのでな。

昨日も仕事帰りについでに見たが、奴が王都付近に姿を現すことは、暫くないとは思うのだがのう。

まあ、あくまで仕事に限っての事で、根っから神出鬼没な存在だ。出くわす時は、出会すわい」


「へえ、でも、オッサンがそういうのなら、大丈夫だろ。じゃあ、オレ、用事を済ませてくるから、言ってくれよ」


自分が割り込んだ形になって、部屋に訪れた上に今は兄さんが譲ってくれているのは判っている。

だからこれ以上、農場の仕事でオッサンの部屋に訪れているだろう兄さんの邪魔をしてはいけないと、やんちゃ坊主なりに意識し、早口でそう答えた。


ルイやシエルの互いの気遣いを察したグランドールは、先程読んでいた日報を折り畳み差し出しながら、大きな口を開く。



「そうか。じゃあ、その荷物はワシの部屋の隅にでも置いて貰って、早速頼もうかのう。

この今朝の日報と、今からワシがメモすることを鎮守の森の"ウサギ"に届けて渡して欲しい」



(ウサギ?)



動物の名前というのは勿論だが、自分達の大将の知り合いには聞いたことのない名称で、俗 称という形でもフクライザの双子は聞いたことはない。



それに"神出鬼没"という例えを使うとするなら、ロブロウで出会ったというネェツアーク某よりも、似合いの人物がいると、農場関係者を代表してシエルは思う。



それは城下のパン屋を営むバロータ爺さん弟子と名乗っている、見習いパン職人"ダン・リオン"がそうである。



ダン某は、正確に言うのならグランドールよりも年上ながらも未だに、"見習いパン職人"で、その風貌は一見したなら、どこかで武道の師範をしていると言われた方が納得出きる。



大男と例えられるグランドールと丁度同じ体躯で、真っ黒い髪を短く刈り込んでいる。

ただ何より特徴的なのは、左目全体を覆っている眼帯で、噂によれば若い頃に失敗をして、派手な傷跡が残ったらしい。

そしてその傷が原因で、実際過去には武芸者だったという、ダン・リオンは引退し、同じ様に体術の師範だったが、引退しているバロータ爺さんに、パン職人の弟子入りをした。


城下町では"オッサン兄さん"という珍妙な愛称として有名でもあるのだが、ペットに巨大な陸カメを飼っている以外は、はっきり判明していない。 事情を詳しく知っているであろう、グランドールに縁付いた経緯を簡単に話して貰った話がある。

それによれば、国に英雄と認められる前の王都に訪れたばかりの頃、ダン・リオンに何かしらの"義理"と"恩"があるという事だった。


そういう事込みで、頼み事をされたのなら、断れない関係なのだという。


ロブロウに向かう前にも、マクガフィン農場の打ち合わせの最中に突如現れ、グランドールを"拐って"行って、それには弟子の少年だけ連れていった。


そして、グランドールは慣れたもので、冷静にフクライザの双子にダガーに引っ張られながらその後の事を、申し付けて連れ去られた。


ルイによれば、その後は王立の図書館の資料室に連れて行かれ、そこでアルセンとも出会い、随分と騒がしい事を、神出鬼没の見習いパン職人はしたらしい。


(思えばそれで、"知り合いの賢者と暫く出掛ける事になる"とか大将は仰っていたな。

じゃあ、もしかしたら、"ウサギ"っていうのはその賢者殿の別称みたいなものなのか。

それに汁屋のオヤジさんが、確かリリィという巫女の女の子は賢者の所で働いているって、話してくれていた)


シエルがそんな事を思い出し考えている事を、肯定するように話は次に進んでいって行った。


「"ウサギ"の旦那に……ってことはリリィの所だよな?!。

うん、オレが行くっていうか、オレに行かせてくれ、オッサン!」


マクガフィン農場では見せたことのない、子どもの笑顔を浮かべ、早速適当なスペースを見つけて、ルイは開封されている手紙の詰まった箱を置いた。


そのやんちゃ坊主の機敏な動きに再び、兄さんは呆気に取られている姿を視界の端に捉え、グランドールは苦笑いを浮かべながら、こちらは煙草を挟んでいた指に、ペンを握る。


ルイは差し出され、折り畳まれた日報を受け取ってからその紙を見つめ、少しだけ首を傾げながら口を開く。


「オッサン、オレ、これ読んでもいいのか?」

「ああ、読んで少しばかり考えても良いだろうのう。

多分向こうでの話題になるから……思えばルイ、朝食は食べたのか?」


引き出しから見た目にも立派にな用紙を取り出し、それにペンを走らせながら尋ねる。


「犬の3匹と朝の散歩に行く前に、食堂のおばちゃんからチーズ挟んだパンとミルク貰った。

けれど、さっきの手紙の始末が済んだなら、おばちゃんに頼んでまた何か食わせて貰おうと考えてた」


その返答を聞きながら、グランドールは満足そうに頷いた。


「そうか、それなら本格的に食べる前で良かったのう。

ウサギの所で、朝飯を食べてくるといい」


「本当か?!……あ、でも迷惑かかんねえかな?」


"食べてくるといい"


その言葉を聞いた時には、八重歯が見える笑顔を作ったが、自分の食事量をそれなりに把握している、やんちゃ坊主は大好きな女の子の朝食に影響が出ないか気にする。


「それは大丈夫だろう、昨日は帰る前に、ウサギの勤務表も見たわい。

それによる"料理上手の客人"が、昨日から訪ねておるはずで、そのまま泊まって食事作りを手伝っておるだろう。

何より、アルスが護衛騎士になったことで、あそこは食事の量は増えた筈だから、そこまで気を遣わんでも構わん。

それでも気になるなら、食堂のおばちゃんに頼んで、果物を貰って行くといい。

リリィはマクガフィン農場の果物の格安市を御贔屓にしてくれていると、最初あった時に言っておっただろう」

「あ、そうだな!」


"ウサギの賢者さまの秘書で、巫女を勉めさせて頂いております、リリィと申します。

あと、マクガフィン農場のフルーツの格安売りにはお世話になっています!"


初めて出逢った時、グランドールがマクガフィン農場の経営者と知った時、それは丁寧に挨拶をしていたのをルイも覚えている。


「そうだな!あ、でも何がいいかなあ。

食堂に行ったら、一通りあるだろうけれど、出きればリリィが好きなのが良いだろうし」


強気な性格だけれども、基本的に優しい女の子でもあるのは知っているから、どんな果物でも喜んで受け取ってくれるのは判る。

けれども、出きる事なら、一番好きなものをあげたいという気持ちがあった。


「シエル、"先輩"として何か助言してみては、どうかのう?。

ワシは酒のつまみに、果物の盛り合わせをつまむくらいだからのう」


"ウサギ"への手紙を書き続けながら、顔もあげずにグランドールが自分の秘書的役割をこなしている青年にそう語りかける。

急に振られたシエルといえば、激しくまばたきをした後に、大将が農場では自分にしかなつかない、やんちゃ坊主が少しでも打ち解ける機会を拵えてくれたのを察した。



折角の気遣いを無駄にしてはいけないと、シエルは今は不在の相棒の双子のシャムを想像し、"2人"で話し合いをして、今度こそはルイに認められる様な意見をする為に口を開く。「女の子なら、イチゴとか好きそうだけれど、もう時期が過ぎたからなあ」


先ずは一般的な意見を告げたなら、ルイが背はまだまだ追い付けていない兄さんに、グランドールばかりに向けていた視線を向ける。


農場でも、小さな子どもを含めた婦人が喜んでいるのは、まだ少しばかり肌寒い春の季節の収穫が始まる時期に、よく見かけていた。


農場の外となる、王都から離れた場所からも旅行の序でに、一定の料金を払って訪れる一行もある程で、その客人も女性が多かった。

ただ、兄さんの言う通り時期が過ぎているのは、ルイも知っている。


「食堂に出ている農場のイチゴも、後はもうジャムにするような味は良いけれど、売り物に向かない、小粒ばかりだろう。

それで食事の支度をするようなしっかりした女の子なら、実用的で長持ちするような果物とかの方が、喜ばれるかもな。

でも、作るのが好きなのなら、ジャムにでもと持っていくのも"アリ"かもしれない」


これ迄の経験と、想像の双子の相棒と早急の"会議"を行い出した、経験における助言をやんちゃ坊主に告げる。

どうやら、今回の兄さん"達"の考えた助言はやんちゃ坊主にとっても、受け入れる事が出来る内容だったらしく、視線と共に興味深く耳を傾け頷いていた。


「そうだなあ。確かに、リリィは果物好きだし料理をするのも好きだって言っていた。

そういった果物持っていっても、美味しいだけよりいいし、喜びそうだ。

でも、いきなり持っていくのってどうなんだろう?。

食堂のイチゴは昨日夕飯のデザートにも出てたから、今日にでもジャムにした方が良かった感じだし、余り日保ちしなさそうだし」


「それだと、やっぱり、日保ちしそうなの果物がいいかもしれないな。

イチゴの味が良くても、形が悪かったら土産に持っていくのは、とても仲が良いとか、気心がしれていないと失礼になる」


国一番の美女に似ている少女と、仲の良さかは知らないけれど、持っていく事はないと判っていながらも、一応確認する。


「いや、リリィとは結構仲良くはなったつもりだけれども、それでも形が悪いのは、持っていきたくはねえよ」


「まあ、好きな女の子なら、そうだよな……」


自然に腕組をして、兄さんとやんちゃ坊主は気持ちを向き合わせている―――そんな状態を確認したと同時にグランドールがペンを置いた。


「じゃあ、ジャムについては"次"に持っていく時に、リリィに聞いてからしても、良いだろう。


イチゴは、時期は終わりかけているが、最後と言うわけでもないからのう。


それに大抵の果物はジャムに出きるから、好みの果物を聞いてからでも良い。


それで、今回の土産にするなら"リンゴ"にしておけ。

日保ちもするし、"ウサギ"でも食べる事が出きるからのう」


「オッサン、そのウサギって"ホンマモン"のウサギの事じゃねえか?―――わっ」


ルイがどこかで聞いた地方の方言を使い、時おり(とぼ)ける事もある褐色の大男に突っ込んでいると、封筒を投げよこされていた。


勿論抜かりなくやんちゃ坊主は組んでいた腕をほどいて、投げ寄越された口は閉じられていない封筒をキャッチする。


「"マクガフィン農場のカレーパーティー"の招待状、届けてくれ。


護衛騎士のアルスもいることだし、ウサギも参加を許すと思うんだがのう。

それに、リリィがいるなら、やんちゃ坊主は"頭痛がする"と言いながら、腹を押さえて部屋に引き込もってることもなかろう」


「あ、やっぱりバレていたか」


これまで不参加だった事を特に悪びれる事なく、ルイは癖っ毛の後頭部をかきながら返事をする。


「おう。

ただこれ迄のカレーパーティーは完璧にワシの"私事(プライベート)"からの行事だから、参加しようがしまいが何も言わんかったがのう。

だが、ワシの養子になってくれるというなら、これからよろしく頼むぞ。

それと日報の方には目を通してくれたかのう」


グランドールに尋ねられ、ルイは先程渡された日報を一瞥しながら口を小さく開く。


「まあ、気にすると言ったらロブロウの事なんだろうけれどさ」



┌─────────────┐

│             │

│ 日報セリサンセウム   │

│ 国内          │

│ ロブロウ代理領主    │

│ アプリコット・ビネガー氏│

│ 領地において不信任案可決│

│             │

│ 4名の貴族の処断、   │

│ 加えて先々代領主の遺品 │

│ である 魔術の道具を紛失│

│ が不信任案発生の原因か。│

│             │

│ アプリコット氏は退任した│

│ 後は、前領主でもあった │

│ 父バン・ビネガー氏が引継│

│ 模様。         │

└─────────────┘

日報に書かれた"不信任案"という文字が目に入り、それが"領主を辞めさせる"意味だと、内容を読み直ぐに判った。


その事実は、本来なら辞めさせられた本人もさることながら、貴族にも庶民にも、周囲に充分に衝撃を与える。


けれど、ルイの知っている日報に載ってる領主を辞めさせられたという、仮面を身に着けていた女性の貴族は、"辞めさせられた事"をちっとも気にしていない姿しか思い付けなかった。


なので、特に表情を動かす事もなく、話題として盛り上がった"好きな女の子に持っていくお土産"の方に会話の力を入れていた。



「オレは儀式の事の方はあんまり覚えてもないけれど……。

アプリコット様、強いし優秀だけど、元々乗り気で領主をやっている感じでもなかったからな。

表向きは"辞めさせられて"るかもしれないけれど、実は結構"ヤッター"とか、万歳してるんじゃねえの?」


やんちゃ坊主がサックリとそう言ったなら、グランドールも同意をするように頷いた。


「責任感も裁量あるだろうから、領主の役割を立派にこなしてきたが、"好きで"やっている様には、ワシにも見えなかったからのう。

ルイの言う通り、表には出さんが人目のつかない場所で両手(もろて)ぐらいはあげているかもしれんわい」


そんな事を言いながら、身につけていたシャツを脱ぎながら、いつも愛用している毛皮の上着、英雄用設(しつら)えの物をグランドールは身につける。


農場の主が"朝の支度"を始めているのだと、即座に理解した"従業員"でもある青年と少年は、ここは無意識にその邪魔をしないように場を開けていた。


グランドール当人は自覚しているのか、無自覚なのか解らないがその時の振る舞いに、近寄りがたい風格と圧を伴っている。



『農場でも、英雄の仕事で軍に行く時は大将ではあるのだけれど、たまに"王様"と言っても障りない雰囲気をグランドールの大将は出す時があるよな』



今はこの場にいないシャム・フクライザがかつて、冗談半分だけれども、残りの半分は本気で口にしていた内容は、周りを充分に納得させる響きがあった。


「あの御婦人は、今からルイが"カレーパーティー"の招待状を持っていく賢者と、性格が良く似ていると思う。

賢者の方とは、昔から縁がある立場として、断言してもいい。

それで長い仕事から、解放されてからしそうな事を、その賢者に兼ね合わせて、ワシなりに考えてみた」


「それはアプリコット様が、領主を辞めてからしそうな事って話だよな、オッサン」

愛用している衣服と装具を身に付けているグランドールにそう語りかけながら、ルイが備え付けの腰の鞄に封筒をしまう。

そして褐色の大男が英雄の時に"冠"の様に使われる、入り口の付近に安置している大きな武器の方に向かった。


青い革の鞘に納まった、一般的な成人男性が扱うにしても、大振りな剣がシンプルな"L"の形をした鉄の安置場所に置かれているのを、ルイが抱えるようにして、持ち上げ、グランドールの元に運ぶ。



「ありがとう。それでな、ルイの言うとおりでのう。多分ロブロウからは、離れるだろうとは思う。

いや、日報にこうやって載っているくらいだから、もう離れておるかもしれんのう」

金属が重なりぶつかる音を響かせながら、そう返事をし、グランドールは大剣を装着した。


「まあ、確かにアプリコット様は元々、居心地は悪そうだったから、オレもオッサンの言う通りに行動していても、全くおかしくないと思う。でも、ロブロウ出ていくのは判るとしてもさ、あの用心棒をしていた2人の事とかもどうなるんだ?。

確か、ロブロウではアプリコット様専属の用心棒みたいな感じだったじゃねえか」


「まあ、それを含めて日報を届けて、似たような考えをする賢者に、どうするつもりなのか聞いてきて欲しいのも、招待状を届けることも含めておる」


ルイが敢えて元ロブロウ領主の用心棒として名前を伏せている2人は、"姓"の方で褐色の大男の私的な過去にも関わる所があるのを、弁えているからだった。

だが、グランドールの方は特に気にしている様子もなく、自分の用件を告げ、私室を出るために動き出していた。


「さて、今日は少しばかり髭を整えんといかんからのう。じゃあ、頼んだぞルイ。

報告は、今夜にでも頼むぞ。

その時にでも、そこにある"荷物"の始末について話し合おう。シエル、ついてこい」

「あ、はい、大将」




「で、そんな感じでオッサンに言われて、旦那の所に来たんだよ!」


口の中に、"リリィが作ったという朝食"を幸せな気持ちで詰め込むやんちゃ坊主の正面には、使いを頼まれた相手がいた。


フワフワな額に作れるだけのシワを作り、日報を眺めた後、更にシワを増やし、ウサギの賢者は"旧友"からの招待状を見つめ


「"カレーパーティー"ねえ」


と呟いたのだった。


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