大農家 大いに嘆く①
褐色の大男が書類を左手に掴んだまま、立派な装飾をされている椅子から立ち上がる。
「―――何じゃと?!」
「残念ながら、全滅の模様です」
男性なのに美人と形容される、この国英雄のでもある、アルセン・パドリックが眉間に縦のシワを刻み、親友でもある大男が震えるのを悩まし気に見つめる。
その報告を聞いた時、大農家グランドール・マクガフィンは、仕事の為に手にして書類を、全て滑り落とし、辺り周辺に舞い散らせました。
「何という事だ、こんな事があるというのかのう……」
書類を落とした、金の腕輪を填めている左手を額に当てて褐色の大男は、力なく先程立ち上がった椅子に大きく音を立てて、座り込んでいました。
「……指揮官マクガフィン大将に、パドリック中将、些か表現が大袈裟である様な気がしますが。
特にパドリック中将は明らかに、からかいの域に入ってますね」
王室護衛騎士隊・隊長キルタンサス・ルピナスはこの国を代表する英雄2人のやや大げさな振る舞いに、閉口する様な思いながらも、自分の気持ちを正直に告げる。
褐色の大男、グランドール・マクガフィンがここまで盛大に落ち込むのは、上がって来た"報告"からして仕方がないのは理解出来る。
だが、自分の部隊の指揮官の親友で、本日は"国王ダガー・フラワーの影武者"として勤めているグランドールの、護衛役として配置されているアルセン・パドリック中将はややふざけているのが、それなり付き合いのあるキルタンサスには判った。
親友の部下に指摘されたなら、アルセンは直ぐに眉間に刻んでいたシワをなくして、白い手袋を嵌めた手を口元に当てて、綺麗に微笑む。
「グランドールの親友としては、ここは同情ではなくて、同調してあげる方が、逞しい胸に空いてしまった、心の喪失感を埋めてあげられるものだと考えたのですが」
「はあ、"喪失感"ですか……」
そう言いながら、先程影武者業務をしながら、上司がまとめた書類を拾い、部下は外に控えているメイドに伝える為に尋ねる。
「まあ、報告に上がっているとおり、法皇様の精霊の能力で冷凍保存して置いた、マクガフィン大将の"特製マグマカレー"は全滅しましたので、昼食はいかがしますか?」
「……ワシは、影武者業務の時はあれがあるから、頑張ってこれたのにのう。
本当に、全てダメになってしまったのかのう?」
ある意味では珍しく縋る様な褐色の大男の眼差しに、部下がギョッしていると、一般的な御婦人なら容易に陥落しそうな眼差しをアルセンが注ぐ。
慰める様に、その逞しい肩に手を置いて、申し訳なさそうに真実を告げる。
「時期が悪かったのです、グラン。
近年では、マクガフィン農場で半年に一度行われる慰労や団結を深める為に食事会が行われていますよね。
その都度、天幕を張ってこっそりと作っている辛党の貴方ぐらいしか食べられない通称、"マグマカレー"。
それが残り一食でしか残っていなかった所で、冷凍保存の役目を担う、法王猊下の氷の精霊ニブルが不在になった為に、解凍されてしまった。
最近の温かい陽気の為に、気づいた時には痛んでいたと報告も上がってきています」
親友が極めて冷静に告げる現実に、グランドールは前にウサギの賢者の巫女のリリィをのせたり、黒い子猫をのせたり、ロブロウ領主の用心棒の少年と自分の養子にしようと考えているやんちゃ坊主を担いだ、今は親友が手を乗せている逞しい肩を落とした。
セリサンセウム国の英雄、大剣のグランドール・マクガフィンの"マグマカレーを食べよう"と待機状態していた、舌と心をどん底に落とした経緯は先程、同じく英雄魔剣のアルセン・パドリックが、告げた通りである。
更にマグマカレーが、ダメになってしまった経緯を審らかに説明するには、ここ1ヶ月で王族護衛騎士隊長のキルタンサスの身に起こった事を辿った方がいいかもしれない。
最初の事の起こりから思い出したなら、隊長であるキルタンサスが護衛する国王ダガーが、ロブロウへ貴族の処刑の調査をグランドールとこの国の賢者に調査依頼した事にあった。
その調査に関しては、穏やかな時勢に、4人の貴族、俗に言う特権階級の立場にある存在を1度に処断するというのは、世間にしても中々衝撃的な出来事でもある。
ただその出来事が、時期を同じくして法改正の会議を連日行っている事案、子どもの勾引しや人攫いに対する法の締め直しを行っている関係もあったから、表現は悪いが、"良い見せしめ"にもなったと、平民の出自であるキルタンサスは口に出さずとも思っていた。
彼自身は、王族護衛騎士隊長として極めて冷静沈着で、安分守己―――身の程を弁え生き、高望みしないというという、自身でも気に入っている称号を昔、国の武術大会で優勝した時に国から賜った。
そんな称号に相応しく優秀ではあるが、出世欲は皆無の彼には恋女房と2人の娘がいて、キルタンサスにとっては代わり等きかない宝物である。
そして、その家族に対する思いは、辛党の大農家が胸焼けを起こしてしてしまいそうな程、"甘い"。
伴侶の細君を"女神"と称え、2人の幼い娘は"天使"と、照れも迷いもない真っ直ぐな眼で例える。
その様子は、細君の友人でもある、国王の腹違いの弟で法王ロッツの護衛騎士であるデンドロビウム・ファレノシプス、略称ディンファレと呼ばれる、研ぎ澄まされた刃物のような美しさを伴う無愛想な女性騎士が、苦笑いを浮かべる程である。
その愛情深さゆえに、2人の天使に相応しい(3才と1才の"お嬢さん")に"婿"を探すべく、"今"から将来有望そうな若人を、現在進行形で物色している。
半年ほど前に、幹部養成と一般の軍学校を併せ、魔法の才能を除けば2番目の成績であるアルス・トラッドという少年にキルタンサスは眼をつけていたのだが、上司の親友でもある腹黒い貴族から、先を越されてしまっていた。
その少年は、その優秀な成績にもかかわらず、性格も穏やかでとても優しく、しかも軍学校の外では当人が知らぬ間に応援団まで出来ている、容姿の持ち主だという。
そんな情報を、国王直轄の密偵部隊の"鳶目兎耳"の1人から聞いてもいたので、上司の親友の采配とは言っても、とても惜しい思いをしていた。
最終的には娘の婿という野望ではあったけれど、護衛騎士の方も正直にいって人手が足りない事もあり、アルスの様な人材が護衛騎士隊に迎えられない事になった歯痒さは、直接アルセンに軍の幹部食堂で文句を直接伝えた程である。
ただ、そんな事もあって上司の親友であるアルセンとも、少しばかり縁が出来た。
美人な軍人が軍学校の教官で、人事の決定権を持っている事もあり、そこは利用させても貰おうと、目論んでもいたし、もしかしたらアルス以上に、かわいい娘達に相応しい若人が現れるかもしれないと、前向きな希望を抱く。
こんな、本来ならあと十数年先に初めて考えれば良さそうな家族の事を、今から気を揉んでいる性分だけあって、キルタンサス・ルピナスの家族というものへの愛情はとても深い。
なので、家族に関わらず、互いに気にかける存在が安心して日常を過ごせている繋がりを無惨にも引き裂く、"勾引し"や"人攫い" という行いに荷担したものは、如何なる理由があり、どんな身分であろうとも重罪と捉えて罰するという法律。
40年近く前、平定の4英雄と謳われた、現国王の両親とその親友達が作ったという"法"にキルタンサスは、心の底から賛同している。
ロブロウの領主が行った4人の貴族の処断は、最悪な人攫いの結末を辿った事で正当な処罰である、そう思えた。
キルタンサス自身は、軍の回覧で回ってきたその報告には、拐かされた子ども達の冥福を祈りながらサインをし、裁かれた事に安堵しながら、通常通りに勤務しようとした矢先に国王陛下の"脱走"が、近習から知らされる。
こちらも"通常通り"、昼までに熟さなければならない書類業務は済ませ、寝台の上に置いての脱走だった。
その事で"昼までには戻るつもり"であるのは掌握したが、表向きに脱走がバレない様に努めるべく、王様は私室で業務をしている様に近習に頼む。
次に、良く神出鬼没しているという城下の商店街の付近に捜索を開始しようとした矢先、思いの他近い場所に国王がいる事が発覚する。
国の軍学校がある側の王宮との境目にある図書館にいるとのことだった。
"見習いパン職人ダン・リオン"の扮装をして、自分の上司であるグランドール・マクガフィンとその弟子としている少年、そこにアルセン・パドリックも加わったとの事だったので、"撤収"を命じた。
英雄2人がいるなら心配するまでもないと思っている内に、王様は昼前には帰って、"ダガー・サンフラワー"に戻った。
昼からは謁見の仕事が詰めていたが、"パドリック中将が来たなら融通を利かせる様に"とし、言葉の通りアルセンがやって来る。
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│ †命令書† │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ ロブロウの内部調査補助 │
│ 兼大農家グランドール・ │
│ マクガフィンの補助を │
│ する事を『―――の賢者』│
│ に命ずる。 │
│ │
│ │
│ │
│ セリサンセウム国 │
│ │
│国王 ダガー・サンフラワー│
│ │
│ │
│※決定事項だから、変更は │
│ 不可能です。 │
│ │
│ 指令書・企画責任者 │
│ │
│ アルセン・パドリック中将│
│ │
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賢者の"通称"の箇所は良く見えなかったが、国王が一枚噛んでまで命令する事にだけ、少し違和感を覚える。
それから表向きの農業調査にロブロウに行ってしまう指揮官としてのグランドールと勤務表の打ち合わせをしたりと、忙しくやっている間、ダガーも前倒しで仕事をこなし始める。
無論、そんな事を始めたなら"自由に使う為の時間を作っている"という事はキルタンサンスにも判る。
でも何時、何の為に時間を作っているのかは判らない。
「―――もしかしたら、陛下は"好い人"でも出来たんじゃないのですかね?。
その方に逢う為に、時間を作っているとか」
ディンファレと騎士隊の寄宿舎で同期のミスト・ラングラーが、新たに作成した勤務表を隊長であるキルタンサンスに提出しながらそんな事を言う。
それはグランドールと賢者がロブロウに向かって数日後。
大農家の弟子にあたる少年―――後に養子するらしいという話も聞いている、ルイ・クローバーがロブロウの領主相手に"不祥事"を起こしたと、緊急用の魔法鏡の伝達で連絡が入る。
そしてその"謝罪"の為に、代表としてアルセンが向かう事になった。
その護衛に、人攫いの法改正の為に会議で護衛対象が"缶詰"状態の為に比較的自由の効く、王族護衛隊のリコリス・ラベルとライヴ・ティンパンニ―が同行することになる。
リコリスの方は、何やらルイ・クローバーが事件を起こした際に"記憶ない"という旨を口にしたらしく、検査が出来る様にと、"治癒術師"の免状を持っている事もあって決定した。
ただその前に、図書館においてアルセンとリコリスが"密会"していたという情報を、隊長として耳に入ってもいたので少しだけ考えもしたが、国王が決定した事なので余計な口は挟まない事にした。
普通なら"勤務中にいいのか"という話にもなりそうなのだが、定期的に噂を流しているアルセンは兎も角、リコリスが浮いた話が全くない美男美女の組み合わせに、批判より"好奇心"の方が勝っていた。
『ロブロウまで遠いですし、宿場街で2人を端から見たら、新婚旅行のカップルですね』
キルタンサンスも自身のその時そんな冗談を口にしたが、後に"密会"ではなく、調べものをしていただけであって、リコリスの相棒であるライヴは、同じ場所にいて行儀良く(?)静かに寝て側にいたと、国王陛下自身から情報を改められ、眼を丸くする自体にもなった。
何やかんやでロブロウにその3人を派遣を決定する前に、流れか判らないが、法王ロッツから預かったという古い絵本と、例の氷の精霊を伴ってディンファレが書類に取り組んでいた国王の前に現れる。
『その精霊がロッツから離れるのは珍しいな』
『ロッツ二頼マレタカラ、仕方ナイデショ』
ダガーがからかう様に言ったなら、氷の精霊は"ツン"とディンファレの肩の上で、冷気を漂わせながら青い氷の身を浮遊させていた。
国王だろうが構わずそんな口をきけるのは、人の概念に縛られない精霊ならではのものとしかキルタンサンスには説明できない。
誰が呼び始めたかしらないが、"氷の女帝ニブル"として、法王ロッツと縁がある人物の間では"彼女"の存在は定着している。
加えて法王ロッツに心酔もしているが、もっと直向きで幼くも感じる真直ぐな好意を抱いている様子には見受けられた。
法王ロッツはダガーの腹違いの弟で、母親はこの国一番の美女と言っても過言ではない、貴族の婦人で、名前をスミレという。
平定前に、既に先王にあたるグロリオーサが同じ英雄であるトレニア・ブバルディアとの間に現国王なっているダガーを授かっていた。
傾く国を平定に導いてくれた事に感謝をしつつも、例え英雄だとしても、平民のしかも元を辿れば田舎者の出自のトレニアを王妃として据えるとしたのを、一部の貴族が"面白くない"とする話が出ていたのは、声を大きくするわけでもないが、有名な話でもある。
そこで貴族の美しい娘スミレを国王に献上して内側から貴族の権力を広げようと、ある意味では定番の事が行われた。
しかしながら、醜聞が好きな方々の希望にグロリオーサは応える事は出来ない。
英雄は色よりも"強さ"を好むという性分で、スミレに"綺麗な御婦人"という感想はもったけれど、トレニアという大切で大好きな妻を超える気持ちを抱くことはなかった。
ただ、王として"家族"として大切にトレニアと共に美しい貴族の娘を迎えた。
スミレ自身も貴族の柵を嫌悪していたので、従順に親や親族に振る舞いながらも、嫁いだならあっさりと"英雄側"についてしまった。
特に、スミレを送り込もうとしていた貴族には皮肉な事だが、昔からこの美女は"トレニア"に憧れている事もあって、敬愛する女性に不利になる事だけは行わない。
ただ貴族が待ち望む、国王と貴族の血を引く子どもを授かるという希望だけは、かなえた。
一説によれば、王妃トレニア自身が大変な子ども好きではあったのだが年齢や平定の戦いに時間を費やしたので、夫グロリオーサとの間に一人しか授かる事は出来なかった。
それで是非ともスミレが良かったなら、グロリオーサとの間にダガーの弟か、妹を産んで欲しいと話していたという逸話もある。
こちらは確実な話で、"その現場で聴き見た"と誇らしげにキルタンサンスが王族護衛騎士隊の隊長になってある程度の信頼が固まったのか、ダガーが幼少の頃から働いている古株の近習の老婦人が、語ってくれた。
そうやって産まれた、やがて法王となる男児は、桃色にも薄紅色にも見えるフワフワとした髪質や、潤み帯びた緑色の瞳に"甘い"と例えられるそれは整った容姿をもった絶世の美女と称えられる母の容姿を受け継いでいた。
だが母親が違いながらもダガーにしてもロッツにしても、"グロリオーサ・サンフラワーの子ども"と一目でわかる特徴として凛々しい眉毛を受け継いでいるという所がある。
極端に言えば似ているとこは"そこだけ"とも言われればそれまでなのだが、如何せんその力強さと凛々しさは、それまで類の見る事が無いそっくりな眉なので、"兄弟"と納得させる力を十分に持っていた。
やがて成長していく内に、どうしても全体的に父親に似ているダガーが武力で、母親に似たロッツが魔法を得意とされるという認識が広がった。
はっきりと分けた訳でもないのだが元々緑色の瞳を持つ者は"魔力が強い"と言うのは、セリサンセウムという国を含む大陸を通じて伝えられている逸話である。
加えて、ロッツ自身が出産の時点で天才的に魔力に恵まれている事は周知の事で、引き寄せられるようにして、精霊も集まってくる事も多々あった。
"精霊に愛される"という特性は珍しいながらも、平定の英雄の1人で当時の法王であったバロータも同じ"体質"であったので、溢れる魔力と精霊を調整する方法をとして、"分け与える"という方法もあると口にしていた。
詳しい事は判らないが、法王ロッツもその溢れる魔力の調整をする為に"氷の女帝ニブル"に、自身の魔力を与える事で侍らす様に側に置いているのだろうというのが、周囲の見解となっていた。
その氷の精霊ニブルを見ることで、まつわる話をキルタンサスが思い出していたなら、部下のディンファレが突如として口にする事に度肝抜かれる。
『詳細を省きますが、ニブルがいると風の精霊の力で会話を傍受されないので、ロッツ様に頼んで借りてきました。
そして、国王陛下に尋ねたい事と次第によっては私のロブロウへの、出張許可を頂きに参りました』
(でも、仕方がないか。恐らく、"また"表沙汰に出来ないことがあったのだろうな)
驚きながらも、部下の申し出を聞き、彼女が王族護衛騎士隊の中で少しばかり例外的な活躍をしているのを、思い出し間もなく落ち着いた。
("騎士"だけで言ったなら、教会側の僧兵となる騎士もいる中で、気苦労も多いだろうによくやってくれている)
本来なら"法王"となった時点で、ロッツは王族としての縁を切るべきなのだろうが、国王の実弟という余りに近い縁と、"万が一にもダガーの身に何かがあったなら"、王位の継承権は彼に回ってくる。
ダガー・サンフラワーの父親譲りとも言えるパワフルさからは、ロッツが還俗(僧籍を抜けて、一般に戻ること)する必要に迫られる事は無いように思われる。
だが、一応"王族"として縁があることを証明する為に、王族護衛騎士としてディンファレが配置をされていて、教会の"法院の騎士団"があって法王を護衛する騎士の精鋭もいるのである。
やはり、少しばかり軋轢もあるようで、又聞きの又聞きの様な状態ではあるけれど、"女の癖に"といった話は、キルタンサスの耳にも入ってきていた。
当人が全く気にしていないのが、上司として有り難い限りだし、法王ロッツも法院の騎士達とディンファレの間を巧くとっていると聞いて、今では彼女でなくては、その役割をこなせないと信頼している。
氷の精霊と同じくらい、王族の護衛騎士ながらも法王ロッツに敬服し、忠誠を誓うディンファレが専属の護衛になる事はキルタンサスが護衛騎士隊の隊長となる前から、決定していた。
もしディンファレという部下に関して、昔からの友人でもある妻や護衛隊長を引き継ぐ際に、グランドールに言葉少ながらも与えられた予備知識がなかったなら、きっと誤解をしていたと思う。
彼女自身が優秀であることは認めているけれど、ディンファレお実家である大富豪のファレノシプス家の"金"の力が、多少ではあるが絡んでいるときっと邪推をしていた。
女性の身ながらも男でも音をあげてしまいそうな訓練を日々こなし、少なくとも女性騎士としてはこの国では敵う者がいないという実力をつけていた。
その上で、少々"法王ロッツの護衛騎士"を越える活動をしている事も、隊長職を引き継ぐ際に、密かにグランドールから伝えられる。
最近、表沙汰に出来ない一番"身近"であったディンファレの活動といえば国が取り組んでいる、法改正のきっかけとなった、人攫いのアジトの壊滅を、彼女が主導となって行った事。
表向きには捕らえた者の正体は解らないが、賊が行った罪状の裏付ける資料が無造作に縛り上げられていた罪人と共に放置されていた。
そのディンファレの活躍をキルタンサスは、グランドールがまるで、それを現場で見てきた様に、詳細に語るのを聞いた。
頭もそれなりに回るので、冗談半分で「まさか一緒に?」と、尋ねたなら自分に隊長職を頼み込んで代わってもらった褐色の大男は、頑丈そうな歯を見せて無言で笑っていた。
『ああ、丁度良かった。次第は知らんが俺もお前に、ロブロウまで出張を頼もうと思いついたところだ』
ディンファレの申し出に、直ぐに許可を出したことで、それまでに色々とダガーが動いてもいたんで、ある程度、この申し出を予想していたのだと察する。
随分と驚かせる言葉が連続となったが、剛胆でもあるキルタンサスは、妻のなじみであるディンファレと国王が何やら目論みながら羽ペンを動かすのを見つめていた。
そして"ロブロウ出張の許可"が出たことで、アルセン・パドリックの同行者が美女3人という形になり、"ちょっとした"ハーレム"という感想を心に浮かべる。
すると母親で、英雄でもある"魔女トレニア"の心を拾い読める能力を継いだ、左目だけ紫色の王様は満足そうにニヤリと笑っていた。
それからディンファレが持ってきた絵本について、少しばかり意見が交わされた。
『これは懐かしい。先代の王が、先々代の法王から貰った絵本だ。内容が絵本だから、先代の王が、父上がロッツにあげたと記憶している』
ディンファレが重ねる様に尋ねたが、
『魔術に縁がある絵本だとは知っているが、それ以上はないな。
ただ俺は詳しくないが、バルサム姉さん―――パドリック公爵夫人と、専属の魔導師あがりのメイドなら恐らく何か、手がかりを知っていると思う』
絵本の情報としてはそれぐらいの物で、結局アルセンの実母であるバルサム・パドリックに話を尋ねに行く形で、ディンファレは退室して行った。
氷の精霊のニブルも、その時は一緒にそのまま法王の元に戻ったようだった。
国王が許可した事で、アルセンを筆頭にディンファレを含めリコリスやライヴを連れロブロウに向かい、彼女の性格にしたら、恐らく今夜にでも旅立つ。
(3人が抜けるとして、警護対象がリコとライの担当するユンフォ様なら、融通を利かせてくださるな)
ユンフォ・クロッカスは穏健派の老紳士で、かつては平定の4英雄で後、最初の宰相になったアングレカム・パドリック―――アルセン・パドリックの実父の副官を勤めた事もある人物である。
系譜を随分と遡る事になるけれど、サンフラワーの姓の血脈のある王族ながらも、平定の戦い終了の際には、決起軍に破れた国軍の一般の捕虜兵となっていた。
それを平定後、ユンフォ自身は気まぐれとしか思えない形で、アングレカムに副官として指名される。
いきなり綺麗な中年で、これから宰相となる人物に"副官"とされた当時は、成人して数年しか経たない青年は大いに戸惑った。
ただ戸惑う青年に、綺麗な中年―――アングレカムは至って普通に
『君が、ユンフォ・クロッカスですか。私はアングレカム・パドリック。
雑用を任せる事が多くなるでしょうが、宜しく頼みますね』
と、挨拶をして、まるで前から彼が副官であったように接していた。
アングレカム自身は息子に受け継がれた端正な顔立ちの持ち主であったが、肌の色は、出自が農家の為なのかグランドール・マクガフィン並みに褐色でもあった。
そのアングレカム・パドリックが、滅多にない休日をまだ幼い時期の息子のアルセンと散歩をしている途中、不運としか例え様のない馬車の暴走に巻き込まれ、息子を庇い急逝した。
当時、父親が"英雄"という事で貴族の新参者で、宰相としての手腕は、良かったがその高潔すぎる政治に多少息苦しさを勝手に感じていた貴族達は、口ではその死を悼みながらも、遠巻きにしていた。
アングレカムの妻でアルセンの母であるバルサムは、今でこそ回復したが物心がついた頃から惚れんで、漸く一緒なれた夫を喪ったことへのショックで、止めどなく涙をながし屋敷に閉じ籠ってしまう。
パドリック家で、大黒柱であるアングレカムを喪った事は、大きな影を射した。
当時国王であるグロリオーサ・サンフラワーも、姪にあたるバルサムと親友の忘れ形見である息子に眼をかけていてくれてはいたけれども、右腕であるアングレカムを失い、後任となる宰相と共に公務に追われる。
生活の保証はされているけれど、後ろ楯や縁がないことには、前途は多難にしか思えない状況で、パドリック家の幼い当主の後見人に、自ら進み出たのがユンフォ・クロッカスだった。
アングレカムの葬儀の際も、彼が一切合切を引き受けて、その指揮はかつてアングレカムとまでもいかなくても、日頃穏やかな青年が発する気迫は、周囲を圧倒させる。
本来喪主となるバルサムを欠いた葬儀だが、国葬を含め"アングレカム・パドリック"と親交を交わしていた人々が、早すぎる死を惜しみながらも、その"旅立ち"を見送れるものとなった。
褐色の肌に、その高潔すぎる政を行う事で、口さがない貴族からは悪魔の宰相とも呼ばれるアングレカム・パドリックの側で"仕事"を見つめてきた青年は、その手腕を確りと学び取っていた。
そこを生前に"万が一の事があったなら"とアングレカムが既に宰相の後任として指名されていた、チューベローズ・ボリジが、学生時代からの付き合いもあってそのままユンフォが、政治から遠ざからぬ様に手配した。
その後軍部や議員の間を転々としながら、アルセン・パドリックが英雄となり成人したことで、現在は貴族議員のそれなりに発言力のある古株となっている。
加えて"穏健派"で評判の彼が議員の古株でいてくれる事で、"年をとっているから"や"地位があるから"と政治に関係ないことで威張ってくださる方々を牽制出来る。
そんなユンフォ・クロッカスだから、自分の護衛担当のリコリスとライヴが数日外れて他の護衛騎士が兼任の形でついたとしても、きっと快く了承してくれる。
老紳士の優しさに甘えて申しわけないと思いつつ、更に幸いだったのは、王族護衛隊の護衛対象が今は法改正の会議で1ヶ所に固まっている事。
纏まっているから、警護に関しては兼任も出来るし、送迎の際には、庶民派で有名彼なら、融通を利かせてくれる行動してもらえる。
(ただ、ロッツ様……というよりは、あの氷の精霊がなあ)
法王の人選は、彼本人よりもその側にいる氷の精霊のニブルの方が難しい。
"氷の女帝"と冠の様にされているのは、魔力の強さと、その外見が成人した女性の様に見えるからでもある。
だが成人している外見でも、その内情としてはどうやら"嫉妬深い女の子"という表現が一番当てはまるとディンファレ自身から、前に説明をされた記憶があった。
取敢えず、"ロッツヲ困ラセル奴ハナンデモユルサナイ"という姿勢が、ニブルという精霊には常にあるらしい。
キルタンサスは一通り考えた後に、
(まあ要するに……"ワガママな女の子の子守"が上手い人物がいいわけか)
そして、ワガママでもないが、中々気難しい御婦人の警護を現在担当している、本日は昼から公休であるディンファレの同室の女性騎士を思い出した。
ディンファレと同期で同室の何処となく掴みどころのない、勤務中には出さないが語尾に"けれど~"をつけるのが口癖のミスト・ランブラー。
彼女の強さはディンファレには及ばずとも、型に囚われない機敏さと応用力がある。
その彼女が現在護衛をしているのは、十数年前には最愛の伴侶を喪うことで部屋に隠りきりだったバルサム・パドリック公爵夫人である。
最愛の夫を喪ったが、息子が国の英雄と認められた頃から徐々に回復し公務にも復帰し、数ヵ月過ぎた頃、自分の息子を含む後に"大戦の4英雄"と呼ばれる若人が国を守りきったと思えた時、世界規模の天災が起こった。
色んな施設や建造物が倒壊したり、その機能を果たせなくなってしまい、国を代表する魔術研究所にも大きな"穴"が空く状態が起こってしまっていた。
王であり従弟でもあるダガーの判断で、優秀な魔術師でもある公爵夫人に、公務よりもそちらの復旧に勤めて欲しいと直々に命じられ、それに従う。
その穴の意味は物理的にも、人材的に両方の意味を兼ねていて、"再建"には随分と時間がかかってしまった
そして、バルサムが魔術研究所の再建を数年の時間をかけて終え、その責任者の任を解かれ、公務に携わる王族の立場に戻ろうとした時に、その側に国に魔術師の免状を返上し、専属のメイドとシュガーが側にいた。
メイドとなった元魔法研究所の首席の魔術師の過去を知る者は少ない。
ただ、王都で女学生時代に"同期生"だったディンファレは、多少何かしらを知っている様子だが、免状の返上に対して尋ねても"シュガーが何を選択しようともそれが彼女の人生だ"と短くそう答えるだけだった。
専属のメイドとなった元魔術師は、それは細やかにバルサムの世話をやいており、三十路を越えた美しい息子がおりながらも二十歳中頃の瑞々しさを持つ主を"お嬢様"と呼んでいるらしい。
また魔術師の免状を返上はしたが、その魔法の技量は、一行に衰えていない。
そして公務に復帰したバルサム・パドリック公爵夫人に"王族護衛騎士"という、出身は貴族で編成され、国の精鋭で優秀な人材から選り抜かれたという自負がある騎士が派遣された時、問題が起きない方が無理な話だったかもしれない。
バルサムは公爵夫人だからといって、気位が高いとか性格が曲がっているという事はないけれど、息子が"魔剣のアルセン"と呼ばれる所以ともなった、溢れる魔力の持ち主である。
その魔力で引き寄せられる、世間的には"魔"とも呼ばれる存在が、精霊と混ざりあいバルサムや元魔術師であるシュガーには、無視出来るイタズラを仕掛けて来る。
だが"育ちの良い貴族"のから編成された部隊の騎士達には、些かきついイタズラが殆どで、大体が暑い夏の季節に、気分的に"涼"を求められる時に使われる様な怪奇な現象を、その身に近に起こさせる。
一例をいうなら、不意に足元に気配を感じたなら、室内であるはずなのに床から土が盛り上がり、大地から生えて伸びる、爪の剥げた血だらけ手が、騎士隊の象徴でもある白銀の装具事、力強く足首を掴んだりと等である。
だが誇りも自分の強さに自負もある騎士でもあるので、驚きと恐怖で声を僅かに漏らすことはあっても、悲鳴をといった形はない。
しかしながら、王族護衛騎士にとって予想外にダメージを与える現象は、鏡を見た時に起こるものであった。
王族の護衛という事で、身嗜みを整えておくことも仕事の内になり、定期的に整えるべく鏡を覗き込む。
その際、大方己の眼球が、流血と共にくり貫かれた様に無くなっているのを顔面を筆頭に、更に流血や腐敗を伴って崩された姿や、顔面の皮膚1枚削げて、筋肉の筋が映し出された時には、流石に性別問わずに騎士達は大きな声を出してしまう。
無論それもバルサムの魔力に引き寄せられた"魔"と精霊が引き起こしたイタズラであって、大体が側に控えている専属メイドが指を"パチリ"と弾いて直ぐに元に戻される。
そこで"終われば"良いのだが、"バルサムお嬢様"第一のボブカットの艶やかな髪をしたメイドは、品良く微笑みながら
『……眼球の機能が損なわれていたら、そんな姿が見える筈はない。
これくらい落ち着いて対処してください、"護衛"騎士様』
と、チクリと口にする程度なのだが、プライドが高く固い騎士にはその一言で均等にひび割れを起こすようにして、崩れさる。
特に男性の騎士の方には気持ちの問題なのだろうが、専属メイドから更にきつい反応を示されたという報告を受けた。
取りあえず、そういった物が特に苦手な者は10日ぐらいで音を上げ、キルタンサンスに相談にくる。
長い者でその3倍程頑張ってくだるのだが、その周囲、同僚や友人、そして貴族でもあるので使用人たちが、"自慢"の坊ちゃんやお嬢様が日に日に窶れて行くのを気にする。
日中そんな"イタズラ"に付き合わされる為に、夢見も悪くなると言えば当然で、夜中に悲鳴と共に飛び起きる事になる。
そこ迄行くと、"身嗜み"も仕事の内に入る王族護衛騎士隊には少しばかり情けない面相になっていた。
キルタンサンスは上司として、気にはかけるけれど、それまで10日持った同僚以上に頑張っているという誇りもあるので、"大丈夫"と言い張る。
隊長とし気にかけつつ、平民としては貴族にプライドの高さがいまいち理解の出来れていないと自覚のあるので、一応貴族の"指揮官"に相談したなら、
『"家族"から、止めて欲しいという意見が来たなら、それでバルサム・パドリック公爵夫人からの護衛から外せ。それでも渋る様だったら、お前だったら"正しい間違ってない下の意見を聴けない上司を想お前はどう思う"とでも言って、脅して……は、言葉が悪いかのう。
まあ、下や支えになってくれている存在の事を考えない奴に、出世の道は遠いという事実は教えて、後は自分で考えさせてやれ』
そう返事をしてもらったその日の内に、早速心配する家族が―――幼い頃から世話を焼いている乳母と執事が伴って、密かに訪問してくる。この時は出自が"お嬢様"に当たる騎士で、2人で屋敷を抜け出し、"心配だと" 直訴してきたので、指揮官の忠告通り、その日を以て解任させる。
ただ辞めさせる事に関してはそこまで食い下がりもせずに、素直に従ってくれたので、無理をしていたのだと隊長として少しばかり反省する。
そんな流れがあって、バルサムの周りで起こる怪異のイタズラに対処が出来ているのが、ミスト・ランブラーという騎士になる。
キルタンサスは特に意識をして彼女を選んだわけでもなく、順番に回していく内に彼女の方がもってくれていた。
彼女がそう言った怪異に強かったというより"態勢"がついていたのは、治癒術師の資格を持っている事で医学も学んでいるのと、教養として絵画を嗜んでいる事もあった。
治癒術の延長で簡単な医術で血に関わる事もあって血に慣れているのと、人体の仕組みについて知っている。
美術では素描、所謂デッサンをするに当たって人体を描くときは、先ず骨格や筋肉に沿って流れる血管を意識しなければならないらしく、散々"モデル"として、リアルな標本を見てきたらしい。
なのでそれが合わさった、バルサムの魔のイタズラも最初は確かに驚くが、慣れてしまえば、"幻覚でも巧い具合に見せるものだ、どこまで忠実なんだろう"と最近では興味深く観察をしていると報告された。
その説明を受けて、"同じ様な態勢がある王族護衛騎士隊員はいないか?"と尋ねたなら、ミストのではないが、リコリス・ラベルの後輩にあたる、マルギットというどちらかと言えば魔術を得意とする女性騎士がいるという。
早速、そのマルギットとミストとペアにして、バルサムの専属の護衛騎士として配置した。
バルサム専属になって貰ってはいるミストが精霊や"魔"のイタズラをそんな風に受け止められるなら、氷の女帝の方も受け入れてくれるかもしれない―――。
楽観的だと思いながらも、そんな考えが浮かんで、ダガーに断りをいれて、王族護衛隊の軍の専用の伝達で、勤務のシフト時間が変動する事をディンファレ・リコリス・ライヴが出張で数日抜ける事。
その間の護衛シフト編成を整え次第、また報告を返す事を護衛騎士隊全体に伝達した。
すると思いの他、早くに返事が男性騎士側の方が個人的にぽつぽつと戻ってくる。
「……これは得てして、露骨な部分があるな」
男性陣の殆どが"リコリス・ラベルとの代理"を希望するのが殆どだった。
「自分では冷たいとか、愛想がないとか、言っているけれど、ライヴと共に密かに医療活動しているのは、結構知られているからなあ……」
ある意味では"リコリス"に恩に着せる機会でもあって、彼女の性分からして、礼にディナーにでも誘われたなら、断れないのは眼に見えている。
「まあ、天然だし、しれっとライヴが付いて行って、"ガード"もするだろうけれど……」
"1度、男性の同僚とデートをした"という既成事実が出来る事は、仕事に情熱を注いでいるリコリスにとって、余り良い物には思えない。
(このリコリスとのディナー狙いの相手が、パドリック中将なら、私もそこまで悩まないで、済むのだがなあ)
容姿端麗であり、国の英雄で、定期的に女性と噂を流してはいるが、それは"虫除け"の意味があるのだと、アルセンの親友でもグランドールを通じてキルタンサスは聞いている。
『もし、アルセンが想う相手を決めたなら父親のアングレカム殿を見習って、求婚をして、相手やその家族から了承をもらってから、手を出すだろうのう』
そんな冗談を指揮官殿は口にしていたが、自分の身に置き換え、可愛い娘をもつ父親としたなら、
"国の英雄が、自分の娘と付き合う為にそこまでしてくれるのなら、結婚はとりあえずおいておいて、清らかな交際は許そう"
ぐらいの気持ちに(キルタンサスは)なってやらなくもない。
だが実際にはというと、丁度このロブロウに向かうことになる前日に、リコはアルセンにディナーへとライ共々誘われている。
ただ、その事は正式な文章で、早速報告も受けていた。
本当ならそこまでもしなくても障りないのだが、真面目な性格な治癒術師としては、何も後ろ暗い事が無い故に、正直に報告をしているだと察した。
加えて、この国の淑女達や貴族達が、天才魔術師である母親のバルサムという"障害"がなければ、先を競ってでも交際を申し込むだろうアルセン・パドリックでも、"そういった相手"として、リコは意識をしていない。
結局3人で行ったというディナーの正体は、前に国王から教えてもらった、図書館の資料室での"密会"していた延長みたいなものだった。
そして密会の中身は今回のロブロウの調査に行っている、賢者から頼まれ事の報告会で世間話みたいなものでもあったらしい。
ただ報告書に上がっていない情報もあったのだが、それは本当に職務外という事で載せていないといだけの事だった。
何かと情報を融通してくれる、丁度その時も情報も集めのついでにその付近にいた、新米の鳶目兎耳が、直属の上司が国を留守にしているので暇だからと探りをいれて教えてくれた。
その中には美人の軍人が冗談か何か知らないが、ディナーでは"金色のカエルの料理"を食べようとしていたという話まであった。
『結局"艶"のある話になりませんでしたよ、あんなに美男美女なのに。
それに最終的に、デザートを運んできた菓子職人の人生相談に、3人で乗っていましたしね』
新米の鳶目兎耳で、まだ隊長の副官であるキングス・スタイナーの元で下積み中の、先日まで宿場町の酒場で潜入調査をしていた"シノ"は呆れてそう告げていた。
そしてリコやライよりは若い"お姉さん"という表現が当てはまる、女性というよりは少女寄りの人は、"リコとアルセンのデート"の報告の後に、上司に呼ばれたと言って、異国のサブノックへ紅黒い衣装を纏って行ってしまった。
(これは、喜んでリコリス・ラベルの交代をすると下心がある申し出に頼るよりは、ミストからの―――女性陣の報告を待った方が良さそうだな)
そうして、ロブロウへの"謝罪の使者"としてアルセン・パドリック、デンドロビウム・ファレノシプス、ライヴ・ティンパニー、そして治癒術師としてリコリス・ラベルが出立したと連絡がキルタンサスに上がって来た時には、公務の終わる時間となった。
国王としてのダガーが、日夜関係なく衛兵の守りがある宮殿の私室に戻るのを見届けてから、家族に本当に申し訳ないという想いを込めて、"仕事の為に帰りが遅くなります"と使い魔を飛ばし、自分の執務室でそんなに待つ事もなく、ミストからの連絡が魔法鏡を通して届いた。
どうやらキルタンサ スの望み通り、護衛隊の女性陣で巧く3人がいなくなった分を、ミストを含む6人で回してくれるらしい。
ロブロウ領主への"謝罪"とグランドールの養子に迎えるという少年の"治療"が終わって帰ってくるまでには、十分だと思える。
早速、それを"本決まり"として、明日からの新しい勤務表を再配布する手続きを行いながら、確認作業を行っていると法王ロッツの警護は、キルタンサスが隊長として打診するまでもなく、ディンファレの方から同期に頼んでいてくれた。
(ディンファレからみても、やはり法王猊下と氷の精霊の相手の"お守り"が任せられると思えたのは、ミストと言うことか)
『ただ、やっぱりあの氷の精霊さんは怖いんですけれど』
ディンファレは同期を信用して任せた様だが、ミストの方は魔法鏡越しでも深刻とまでいかないまでも、多少明日からの任務に不安を抱えているようだった。
『それは、私の方からも言……とはいっても、あの氷の女帝が聞くかなあ』
『何それ、聞かないことはわかっているんですけれど、怖いんですけれど』
口癖を何度もくりかえしながらも、細かい所の打ち合わせまでを終えた。
『―――リコリスとライヴの分は、"子雲雀隊"が頑張ってくれるのだな』
本人達の前では言えない、ミストを除いた5人の女性騎士の集団を密かにそう例えているキルタンサンスは、少しだけ苦笑いを浮かべ、認めのサインを認め印を捺していた。
『ええ、憧れの先輩に、"変な虫がつくような隙を作って、与えてなるものか"と、不在の間は頑張るみたいですけれど』
『変な虫って……、一応この王族護衛騎士の部隊は、入隊を許可する前には、身辺調査は入っているんだから、変な奴はいない筈だぞ。
まあ、平民の私―――俺からすると、違う感覚なのかな』
そんな返事をしながら、キルタンサスは早く家路につくべく、既に帰り支度を始めている。
『どっちかというと、美しいリコリス姉様の前では、どんな立派な貴族の御子息でも、子雲雀達には、啄むべき、虫になっちゃうんだと思うのだけれど。
それでは、これで"姉様"達が帰ってくるまで、私も子雲雀達と、頑張っていきましょう』
そう言って、その日はミストからの魔法鏡の通信機は切れた。
ちなみに"子雲雀隊"という渾名を知っているのは、キルタンサスや、グランドールという、いわゆる取り締まる立場の一部と、命名の現場に偶然居合わせて知ったミストのみである。
その子雲雀達の中には、バルサム・パドリックの護衛をミストと共に勤めるマルギットも含まれていた。
"隊"とはついているが、勿論正式な部隊等ではなく、若い淑女達の可愛らしさを見かけた人物が例えに"子雲雀"と出した言葉が、例えの響きに具合に丁度良いと、そのまま定着する。
そして、5人という人数だったので、"子雲雀隊"として使っているだけでもあったりする。
元々彼女達を"子雲雀"と呼ぶきっかけを作ったのは、王室専属の仕立屋であるキングス・スタイナーだった。
"本業"の仕事の時には面を身に付けない仕立屋は、王宮に訪れていた際に、職務中の王族護衛騎士である彼女達が、王宮の庭園で集まっているのを見かける。
しかしながら、彼女達の護衛対象にあたるバルサムや、先王グロリオーサの側室で、後に王妃となったスミレ、引退をしたが発言力持つ元宰相チューべローズ・ボリジの細君は見当たらない。
通りかかった王宮の来賓担当のメイドに尋ねたなら、彼女達が警護する貴族達が元々親交が深く、王宮での偶然の再会を喜び、折角ならと警護の必要がないサロンで、昼食の運びになったという。
それでも、念を入れて取り合えず1人の護衛に、年長のミスト・ランブラーだけを護衛に従えてということになった。
そういった経緯で護衛の騎士達も急遽食事の時間が終わるまでの間、休憩を取る状況になり、庭園で揃って軽食を取っている所に、仕立屋が遭遇したのだった。
メイドに感謝の言葉を告げたなら、キングスは自分の師で、先代の王室専属の仕立屋であったシャクヤク・スタイナーがデザインした、美しい白銀の軽装の鎧を身に付けた女性騎士達を見つめる。
凛とした姿で、物静かに会話をしながら、庭園の木陰で昼食を取っていた。
そんな中でも、師の生涯のデザインの主題となっていた、"気高さと華やかさ"が、騎士という役割もこなす若い淑女達に合っていた。ただ、その物静かな冷静さに、寂しさもキングスは感じる。
(護衛騎士で淑女の方々が随分と集まって、折角見た目麗しいのに。
出来ることなら、年頃の娘さん達には、楽しそうに囀ずって欲しいものですね。
騎士という職業柄、仕方ない事なのでしょうけれど……)
その事を少しばかり残念に感じていると、後方に気配を感じた。
機敏に振り返ったなら貴族議員のユンフォ・クロッカスが公務で王宮に訪れ、当然、護衛担当となるリコとライも一緒にいる。
キングスは、人が並んで進んでも十分な幅がある庭園を突き抜ける形になる通路の端に背を寄せ、恭しく頭を下げて道を譲る。
ユンフォから短く声をかけられて、時節に相応しい挨拶をした後に護衛騎士と共に通り過ぎて行く。
紅を射した釣り目の端に、庶民派の老紳士の議員は柔らかい雰囲気と共に通りすぎて行くのに、その前後を護る護衛騎士達は、やはり職務の為に気高く美しいけれど、冷然と通り過ぎていった。
そして、ユンフォとその護衛騎士の姿が庭園を突き抜ける通路から完璧に消えた時と同時に、仕立屋の背後で気配を感じる。
(あれ、いつの間にあんな場所にまで移動して?!)
気配の方に視線を向けたなら、先程まで静かに昼食を取っていた5人の女性騎士はいつの間にか、先程通りすぎて行ったユンフォと護衛騎士が見えるギリギリの位置に移動していた。
それから、仕立屋の想像以上に近い距離にいる5人の女性騎士達は、次々と個性溢れる"囀ずり"をその耳に届けてくれる。
『ああ、本当、ここで待っていたなら、リコ姉様がお通りになられた』
『イリス、マルギットの情報通りだね、良かったね、今日は最高の1日になりそう。
リゼも今日は剣の練習を休んで、ここに残って良かったでしょう?』
『それは認めよう、ライセ。
しかしながら相変わらず、凛々しいお姿だ。
早く、私も剣の腕を磨き、必ず役に立つ"相棒"にならねば!』
『リゼ、リコ姉様の夢は、ディンファレ様の役に立つことだから……。
でも、こうやって姉様の姿を身近に見るために、魔術師ではなくて騎士になった甲斐があったわね、ツィーベ……フフフ……』
『ああ、そうだな、マルギット。
いつか、妾も、リコ姉様の様に、優しく強くなりたいものだ』
続けざまに続いた囀ずりなのだが、決して騒々しくはなく、それは華やかな声という形の彩りで、王宮の庭園の風景のように馴染む。
(静寂も華やかな人の談笑も、違和感なく溶け込ませる庭師の腕もあるのでしょうが)
この美しい庭園に麗しい淑女達が、静寂に浸るのも悪くはないのだけれども、仕立屋の好みとしては楽しく囀ずっていて欲しいという気持ちもあった。
だが、その囀ずりはどうやら彼女達が何度も口に出していたのは、"リコ姉様"がいる時に限られているものらしく、すぐに規律と静寂を取り戻し、休
憩時間も終わる為か、身嗜みを整え、列なって王宮の方へと戻って行く。
(思えば、私の事には気が付いていない、と言うよりは、あの様子だと、何度も名前を仰っていたリコリス・ラベルさんが来る時期を待ち構えて、静寂を保っていたのが正解だったのかも)
通路と庭園に壁の隔たりがあったにしても、騎士なら自分の気配に気が付いてもおかしくはなかったのに、それは全くなく、若い淑女達はただ"姉様"の方に集中している様子だった。
『ええっと……、
ストレートの長髪で眼鏡を書けているのお嬢さんが"イリス"さん、
青みがかった同じく長髪の少し気弱そうな"ライセ"さん、
髪を片方に三つ編み垂らしている、恐らく剣が得てな"リゼ"さん、
魔力の強そうな雙馬尾に髪を結っている"マルギット"さん、
金髪に長め前髪を左右に垂らしてポニーテールに結いあげている、言葉が少し古い"ツィーベ"さん』
少しばかり興味を持ってしまって、先程拾い聞いた名前と簡単な外見を、言葉を発した順に情報を頭の中で纏める。
(もしかしたら、何かの役に立つかもしれない)
"何でもないと思えた情報でも、自分の胸の内で琴線に触れ跳ねて、心に響いたなら、記憶に留めておくといい"
"思いも寄らない所で、役に立つ時がある。その時に、直ぐに拾い上げられる様に"
仕立屋にとって、もう1つの"仕事"において上司で、個人的に親友である鳶色の人が事あるごとに口にしている言葉。
それに準えるのなら、日頃静寂と護衛対象の安全を護る華淑女達が、憧れの存在を見つめあげる時にだけ表に出す喜びの振る舞いと囀ずりは、芸術に造詣の深い仕立屋の心を十分に響かせた。
『ただ雲雀というよりも、まだまだ可愛らしい、子雲雀の様な御嬢様達でしたね』
『確かに皆、成人はしてるけれど、子雲雀という例えは一番いいと、私も思います』
『ひゃあ?!』
思いの外考え込んでいた仕立屋は、自分より背の低い、相棒に当たる護衛騎士マルギットを捜しに来たミストに声をかけられて、見事な反応をし、驚きと恥じらいに顔を赤く染めていた。
そういった"おもしろいネタ"にもなる経緯もあって、その話はミストからは隊長のキルタンサンス、それから指揮官グランドールへ伝えられる。
仕立屋は世間話に、上司としてよりも、親友として髪も眼も鳶色の人に、その"子雲雀"の話を伝えていた。