日常から、催し事への誘(いざな)い⑥
『半熟ですから、黄身に気を付けてくださいね』
『うーん、髭や毛にくっつかない様にしないとねえ』
少しだけ腰を浮かせ、腕を伸ばして賢者に綺麗に剥いた卵を渡した後、空になった椀を受け取り、掌に残っている剥いた殻を、茹で卵の器の側にある殻入れに落とした。
生地汁を注ぐ前に、小さな瓶に入った塩もウサギの賢者に渡し、その流れるような1ッ匹と1人のやり取りに、アルスは驚きを感心に変えていた。
(親友と仰っているけれど、まるで長年生活を共にしている家族みたいにも見えるなあ)
『半熟ゆで卵だと柔すぎて、ちょっと剥くのに力いれたら潰してしまいそう』
そんな事を考えていると、リリィのそんな声が聞こえてそちらの方を見ると、卵の殻に全体的にこまかいヒビを入れ終えて、小さな手で卵の殻を剥こうと取り掛かろうとしていた。
『そうかな?そんなに難しくもないと思うけれど……』
話題が自分のやってしまった失敗から離れそうな事を、有難いと感謝しつつ卵の殻を順調に半分程剥いているアルスが、自分の隣の席となるリリィを見る。
全体的に細かいヒビを殻にいれたのにも関わらず、茹で卵の白身を伴う形で剥き始めているが、見た様子だけでも、随分と苦労しているのが伝わってくる。
『殻と身の間にある、薄い膜みたいな皮を掴んで一気に剥いたらしやすいよ』
『うん、でも、それが中々上手くできなくて。私が選ぶ卵って、いつも凄く、ぴったりと貼り付いてて……』
アルスは自分の茹で卵の殻を綺麗に剥きあげながら、思わず助言をしたけれども、どうやら小さな同僚は言った通りらしく、ぴったりと貼り付いている殻と実は貼り付いているらしかった。
『……ああ、白身をまた削っちゃった』
小さく嘆く様に言ったけれど、身を削ったおかげもあってか、そこからは比較的簡単に茹で卵の殻は剥けた。
『リリィは決して不器用じゃないんだけれども、こういった細かい作業というか、込み入ったのが、苦手なんだよねえ』
一方ウサギの賢者は仕立屋の忠告もあってか、半熟の茹で卵でも、髭もフワフワの毛の口元も汚さずに口に運んでいる。
『そう言えば、法王猊下が先程茹で卵を好きなお話をしましたが、猊下が茹で卵を好きな理由が、半熟ゆで卵が美味しい事もありますが、それは上手に卵の殻を剥けるからだそうです』
『そうなんですか。その失礼かもしれませんが、自分には少しばかり変わった理由にも思えますね』
アルスが素直に思ったままに言うと、諸事情で法王のロッツに過去に直にあった事があるリリィは不思議そうに茹で卵の話してくれる仕立屋を見つめた。
『リリィさん、食事が冷めては勿体ないから、食べながら話をしましょうか』
『あ、はい』
『あ、リリィ、黄身が……!』
賢者にお代わりの生地汁を渡しながら仕立屋に言われ、リリィが慌てる様に卵を小さな口に運んだのはいいが、半熟の為に黄味が垂れた。
だが食事の際にはいつも紙のナプキンが置いてあるので、それをアルスが差し出し、衣服をやテーブルクロスを汚す事はなかった。
『ありがとう、アルスくん。賢者さまは不器用じゃないって仰ってくださるけれど、私って、こういうの苦手って事なのかなあ』
『うーん、何度もあるなら苦手って事じゃないかなあ』
"食べながら話そう"という仕立屋の提案を忘れていない新人兵士は、そんな返事をしながらこちらは、"兵士"の職業病みたいなもので、二口で茹で卵を食べてしまっていた。
いつもは早くご飯を食べる事が、健康に悪くないかと気にするリリィだけれども、今回はその食べ方に逞しさ併せて羨ましさを感じていた。
『苦手でも、練習すればそれなりになります。けれど、時にはどうしようもなく苦手な事もありますからね。
―――リリィさん、味見の時もいいましたけれど、とても美味しく出来ていますよ』
『あ、ありがとうございます、キングスさま』
そんな子供達の様子を見ながら、仕立屋は高くも低くもないたおやかな声で、まるで先程の自分の発言の手本を示す様に、食事をとりながら話を始めていた。
『苦手な事で良い例え話として使ってもいいかわかりませんが、先代の国王陛下であるグロリオーサ・サンフラワー様は"鬼神"とも呼ばれる強さを誇っている方でした。
それこそ力が鬼の様に強かったので、鬼神と言われたそうですが、その為に力の加減がいる事は苦手としていたそうです。
それで、茹で卵やライスボールという、力加減の難しい食べ物が好きで、王様になった頃はともかく、リリィさんの年頃ぐらいには、いざ自分で作ってみようという時に困ったという話があります。
そんな時は、後に共に英雄で王妃様になられた、トレニア様が補ってくれたそうです』
『わ、私はそんなに力は強くないですから……あれ、でも前の国王様の王妃さま、奥さんで"お嫁さん"はスミレさまという御名前じゃあなかったですか?』
『……王妃様を、奥さん、お嫁さん』
小さな同僚が一生懸命考えながら口にする、鬼神と呼ばれた王の伴侶という立場の人の呼称に新人兵士が空色の眼を丸くするけれど、小さな同僚は"王さまのお嫁さん"について考え込んでいた。
一応、勉強については、仕立屋から注いで貰った2杯目の生地汁をかき込むように食べている耳の長い上司から、巫女の"課業"の一部として教育を受けている。
ただ一般的な教養だとしても、歴史は11歳になってからこの世界の成立ちから始めたばかりでもあって、近代史にもあたる部分についてはリリィは殆ど知らなかった。
精々知っていて今の王様の名前であって、それも仲良しにしてくれる王都の城下町のパン屋のバロータお爺さんが、
"今の国王様、ダガー陛下が早く結婚してくれればいいのだがなぁ"
と、リリィに試作品のパンをおやつ代わりに振る舞い、弟子の左目に眼帯をつけた大男の背中を見ながら、常々話してくれるおかげでもあった。
『王妃のトレニアさまって……どういった立場でのお嫁さんになるのですか?。
グロリオーサさまの王妃さまはスミレさまで、王さまは、お嫁さんを迎えるにも確か色々あって難しいという御話は、聞いています。
それで、賢者さまからは"今"の歴史は、12才の終わりごろにって、最初に歴史を習う前に教えてもらいました』
『うん、そうだねえ』
今度は出し汁で炊いたライスボールを髭を揺らしながら食べつつ、ウサギの賢者は久しぶりに会話に参加する。
『この国の近代100年は王位とか政とかは、結構入り組んでいる。
特に後半50年は、政権の在り方が変わっているから、リリィが理解するには、普通の学問は勿論、総合の学習を行わないといけないからねえ』
そこで一息入れる様に、根菜のおかずを小気味よく頬張り呑込んだ後に、再び小さな口を開いた。
『前は絶対君主制。
君主が統治の全権能を持ち、自由に権力を行使する政体だった。
それを廃止して、今現在、ダガー・フラワー陛下によって行われているのは制限君主制。
君主制の一形態であり、憲法や法律によって君主の権力が法的に制限されている政体。
と、短く纏める事も出来るけれど、意味わからないよね?』
普段は黒目で満ちている円らな瞳ギョロリと動かし、僅かに白目の部分を見せる程自分の秘書の方を丸眼鏡の奥から覗きながら確認すると、素直に頷く。
『はい、わかりません』
『うん、それが理解出来る為の土台をあと2年程時間をかけて土台を造ってから、リリィは今の歴史と共に、政を学ぼうね』
素直な返事に、満足そうに眼を細めたが、強気な目元から視線を注がれている事にも気が付く。
『でも、賢者さま。いつか教えてくださるんでしょうけれど、トレニアさまの名前は、どこかで聞いた覚えがあって……。
それが何だか、魚を食べた時の小骨が引っかかってしまったみたいに気になって仕方ないんです』
何かしらで"トレニア"という名前に覚えがあって、それがはっきりしない事で、リリィが困っているのが、食事をとる事を止めてしまっている所で共に食卓についている者達には判る。
『じゃあ、こういう時の為のお兄さんのアルス・トラッド君だ。よろしく~』
『はい、判りました、賢者殿』
まだ付き合いは浅い方だとは思うけれども、先程の"苦手な事"の話から"セリサンセウム王国の王様のお嫁さん"の話に移行した時から、アルスにはこうなる事がどことなく予測出来ていた。
そして"任せて貰える"事で、自分が護衛騎士という形の部下として認めて貰っていると感じていた。
『で、キングス、生地汁をお代わりよろしく~』
『はい承りました。でも食べ過ぎには、注意してくださいね』
そんな会話を耳に入れながら、アルスとリリィは食卓を挟んで向かい合い、食器からも手を離す。
この時は、はっきりと"教える立場と教わる立場"であるのを新人兵士と巫女の女の子は互いに弁えていた。
『トレニア様―――トレニア・ブバルディア・サンフラワー様は、今の王様のダガー陛下の最初のお母様。
"お母さん"で、産んだ方。
グロリオーサ様と共に、英雄になられるぐらいの力量の方だったんだけれども、この国を平定をなされた直ぐ後に重たい病気になられてね、身罷る―――亡くなってしまったんだ。
成し得た功績や、活躍は素晴らしいものなんだけれど、王妃様としていらした時間が、極々短い事と病で亡くなられたのもあるから、当時を知らない人には、正直に言って馴染みがないのかもしれない』
孤児ではあったけれど、国の義務教育のお陰で15歳までは教会で一般教養を受け、更に軍学校で国の暦については結構確りと教えられたアルスが、リリィにも判り易い言葉を選び、説明をする。
『自分もトレニア様の名前をちゃんと覚えたのは、軍学校の近代史になってからだね。
トレニア様の行った事について、学んだ時には、自分には当分縁のない勉強だとも、感じたけれども』
『アルスくんが"当分縁のない事"って、何ですか?』
いつもなら親しみを込めた砕けた口調だけれども、教えてもらっている事を弁えている少女は自然と敬語になりながら尋ねる。
ただその質問に、眉毛の外側の端を下げながら、目元は微笑みの形を作り―――困りながらもアルスは答える。
『うーん、これは自分達の頃から練り込まれたカリキュラムの一部何だけれど、将来結婚して、子供を授かる時の為の予備知識みたいなものでね。
参考にしたのが、トレニア様が病の床に着きながらでも指示を出し纏めた物と教本の、最後の引用部分書籍の紹介に記されたいたよ。
その内容は、現在でも一般的に教育課程でも使われている。
それでその主な内容は―――多分、リリィがこの前リコリス・ラベルさんに教えて貰った事と、その延長の事だと思うんだ』
『リコさんに教えて貰った事って……』
直ぐに見当はついたし、自分の身体が迎えた成長を含めた事で、治癒術師で医師の免状も持っているリコリス・ラベルに告げられた言葉を思い出していた。
"最初に知らせるのに、オススメなのは賢者殿かアルス君ね"
決して声高にいう事ではないけれども、身体が成長した時、起きた"変化"を性別に問わず"相談"というものが出来る状況を作る事。
側に同性ではなく、異性の保護者しかいないという環境の中でも、信頼し身体の事に関して、何も気にせずに相談事が出来る相手がいるという生活。
『―――もしかしたら、リリィは教えて貰ったその時に、どこかでトレニア様の名前を聞いていたのかもしれないね』
小さな頭の中で、リコに教えて貰った事や、自分がいる環境を考えて、自然に感謝の気持ちを抱きながら、リリィは浮かんだ疑問をアルスに再び尋ねる。
『そんな、とても素晴らしい事をした方なのに、それで病気で亡くなったかかもしれないけれど、王妃様なのに、どうしてもっと名前を出そうとしないんでしょうか?。
この場合は誰が出す事を決めるか、わからないのですけれど』
『えっと、それは国と家族という事になるのでしょうか賢者殿?』
"自分が説明するには力不足"だとも思ったアルスは、向き合っていたリリィから視線を外し、振り返る形で賢者を見つめた。
『そこは表向きは"大人の事情"としているけれども、家族の事情と、トレニア様自身の"意志"とされているのだよ、アルス君、リリィ。
ケフッ、とこいつは失礼、ごめんなさい』
既に3杯目の生地汁を無事に完食したウサギの賢者が、部下に求められる言葉を口にする。
空になった椀を片手に、腹が膨らんだ為に口から思わず漏れてしまった"息"に関して謝罪の言葉を小さな口から零した。
『賢者殿、表向きの大人の事情とは、何ですか?』
アルスは正直に言って近状の政治については疎く、というよりも興味が無い。
自分より、"上"にいる国の事を考えいる頭の良い人々―――大人が行っている事なのだという意識が強くて、自分から距離を置いている所もあった。
でも話の"流れ"として、知らないでいる事も、自分の怠惰とも思えたから尋ねる。
『トレニア様は、国の民が英雄と認める程の能力は持っていた。
ただ、その出自は貴族でもなんでもなくて、グロリオーサ様が幼い頃住んでいた田舎の領地に住む、平民だったこと。
普通に考えたら、幼馴染の恋人同士みたいな、微笑ましいものなんだろうけれどね。
王様の正妻―――王妃様は貴族から迎えられていた、文化というか伝統が根付いてしまっている王都では、傾く国と生活を助けて貰った癖に、貴族が反発精神と不満を表に出さないけれど、抱えていてねえ。
王妃として迎えると、王様が宣言したなら得意の"身分が違う"等の、文句もつけられただろうけれど、傾いたこの国を平定完了する、その前に、"国を傾かせた王様の庶子の1人"の状態であるグロリオーサ様と、この国に住まう平民のトレニア様の間に、既に子どもを授かっていた。
それが、今の王様であるダガー・サンフラワー陛下。
前の"王様の庶子の1人と、この国の平民との間に出来た子ども"だったのなら、身分的には貴族になるのかどうかは興味ないけれど、特に何も言われなかったんだろう。
ただ、今の王様の母親が"平民"っていうのが、重ねて言うけれど貴族には受け入れられなかった。
リリィみたいな、小さな女の子でも"素晴らしい"って思える事をしてくれた、とてもいい人でもね』
賢者の物言いには、長く随分と大きな棘があるのは、語っている当人を含め、聞いている周囲にも十分感じ取る事が出来るものだった。
それから、再び息を吐き出したら、棘の雰囲気は失せていつもの様な不貞不貞しさを漂わせながら、髭を揺らし小さな口を開き続きを口にする。
『と、まあ"今の国王様"とそれなりに縁があるワシとしても、その母親であるトレニア様の名前が表に出されない事は、リリィが不思議に思う以上に、それこそ勿体ないと思う。
ただ、御本人の意思もあったけれど、実の息子である王様は、お母さんが名前なんかよりも、色んな人がこの国で住みやすくなる事に、その功績を使いたかったみたい。
それで、"お母さん"の役割を継いでくれたスミレ様が、その功績を使ってさらに活躍しやすい様に"王妃"様としての知名度広げたという風に、大人の事情を含めて表向きはしているわけだね。
最初スミレ様は、王様の伴侶が英雄でも出自は平民であるという不満を納得させるために"献上"されるように差し出された貴族の御婦人で、その姿は絶世の美女と謳われているよ。
本当は側室だったのだけれども、その美貌で、グロリオーサ様の寵愛をもぎ取り、当時既に身体が御不調なのが噂になっていた、王妃様を押し除けろという考えが貴族にあったらしい。
ところがどっこい、実はスミレ様は"英雄トレニアの大ファン"だった。
側室として嫁ぐまでは、極力その部分を潜めていて、寵姫として王室に入った途端、それはもうトレニア様のお役に立ちたいと、頑張ってくれた。
王妃様も、同性で自分のファンだと宣言する国一番の美女に、夫共々大いに驚いた。
ただ、"役に立ちたい"というスミレ様の申し出は有難く感謝して、受け入れた。
そして、それは王妃としての役割もあったけれど、グロリオーサ様の御嫁さんとして―――力の強すぎる鬼神が、ライスボールや茹で卵を、美味しく食べらるようにと、お願いしていたみたいだよ。
英雄で、仲間で、親友で、伴侶である人が自分がいなくなることで、大切な人が寂しい思いをしない様にと、トレニア様は強く願っていた。
その全てを、頼むというわけではないけれど、出来る事だけでもで、トレニア様のいなくなった部分をスミレ様は勤めてくれていたと、今の国王陛下は、ワシに話してくれた。
ただ茹で卵に関しては、弟のロッツ様が上手でね、役割を委ねたそうだよ』
長々と賢者が語った内容に、リリィはこれまで知らなかった"王妃トレニア"の名前を含めた話に、緑色の瞳を丸くしながらも、とても興味を惹かれていた。
それまで、茹で卵の話から自分の不器用についての話だったのに、その事は頭の隅に追いやられてしまう程、"トレニア・ブバルディア・サンフラワー"という、短い時間の間王妃様だったという人の話を、もっと聞きたいと少女は思っている。
アルスの方も、食事の際に上司に話しておこうと思っていた小さな同僚の話もあったのだが、こちらは"また今度の機会でいいか"と、棚の上にあげるような感覚になっていた。
寧ろ新人兵士の方は、先程の賢者の話の中にあった、
"王妃様も、同性で自分のファンだと宣言する国一番の美女に、夫共々大いに驚いた"
という所に関しては、畏れ多いと思いながらもファンだと宣言していたという、前の王様の王妃であるスミレに大いに賛同したい気持ちだった。
(恋愛感情とは、全く別だけれども、憧れている意味でのファンなら自分も当てはまる。丁度というのもなんだけれど、アルセン様もこの国の英雄でもあられるし)
そんな賢者の部下の"子供達"がそれぞれの心に浮かべる機微の変化に、長々と語っている間にも粛々と食事を確り取り続けていた仕立屋は、確りと気がついていた。
そして丁度、賢者が語り終えたのと同時にキングスは、食事を終えても紅の艶やかな唇を開いていた。
『こんな風に、賢者様が語る王妃様に、2人とも真剣に耳を傾けてしまうのは、それこそ、トレニア様の仁徳とも言えるのでしょうね。
それで、感銘を受けているところで言わせて貰えるなら、食事に関してはアレルギーを除いて、好き嫌いや食べ残しは許さない方だったので、先に食べてからお話しましょうか』
聞き覚えのある言い回しのある仕立て屋の言葉に、ウサギの賢者の部下達は、慌てながらも見事に動きを同調させて、同時に生地汁の入った椀を手にしていた。
その様子に微笑みながら、仕立屋は自分と同じ様に食事を終えたらしい賢者を流し見ながら、話を聞き終えた上で、感想を言葉にする。
『それにしても、先程の賢者様の話から考えてみると、トレニア様の功績がなかったなら、アルス君とリリィさんは今の様な関係にはなれていなかったもしれませんね』
『ああ、それは言えてるねえ。さて、ワシはごちそうさまでした。
美味しかったよ、リリィにキングス、ありがとう』
右と左の肉球を重ね合わせて、ウサギの姿をした賢者は確りと食事の終了の挨拶と感謝を述べる。
仕立屋はそれにたおやかに微笑み頷き、秘書の女の子は未だ食事中の為に小さな唇閉じ、頬を膨らせたまま、頭を下げていた。
そして仕立屋の感想を聞いていた新人兵士は、口に含んでいたものを早々に飲み込めていたので、その"感想の感想"を口にする。
『はい、そう思います。トレニア様が元を作っていたという話と、敢えて名前を伏せているというみたいなところは、初めて窺って正直、驚きでした。
自分は孤児院の教会でも、多少は教わりました。
けれど、軍学校で更に適切に教わっていなかったら、リリィと仲良くは出来たけれども、まだ堅苦しかった―――ううん、距離が随分とあったと思います』
『そうですか』
新人兵士の感想も、ウサギの賢者に向けた笑みと同じ様に受け入れる。
『アルスくん、やっぱり食べるの早いね』
やっと、生地汁の半量を食べ終えたリリィが、既に空になった椀を持っているお兄さんの様な同僚にはそんな感想を口にする。
食事のとりかかりこそ同調していたが、食べる量と何より早飯を叩き込まれた育ち盛りの食欲と、耳の長い上司から、ゆっくり良く噛んで食べようと育てられた女の子は、速度は圧倒的に違う。
でも、その遅れを気にしなくても良いと伝えても気にする、頑張り屋の性分がリリィだと知っているから、アルスは声もかけて、無理をしない様に言葉をかける。
『リリィ、慌てなくてもいいから、ペースを守って食べたらいいよ。
賢者殿もキングス様も、お話はあるみたいだから。
それに自分も、賢者殿のコートの衣替えの話とか、色々教えて貰える事とかあるし、時間は結構かかるから、慌てなくて本当にいいからね』
『わかった、ちゃんと噛んで食べるから、心配しないで』
少しばかり、優し過ぎる物言いに"幼い子ども扱いされている"と感じ"ムッ"とするの自分を少女は自覚する。
けれど自分の気持ちを、そのまま強気に言い返すの事がそう扱われる原因だと、このお兄さんみたいな同僚と日々を過ごす中で学び取っている女の子は、素直に自分の食事と向き合った。
リリィが賢者の教えを守り、確りと食事を続けるのを見てから、アルスの説得の言葉の中に気にかかる事があった仕立屋は、最後のライルボールを仕上げに頬張る護衛騎士の方に視線を向ける。
『そう言えばアルス君は、食事を始める前に、衣替えをした賢者様のコートの"最期"を気にしていましたね。
私が食事が冷めるのが嫌で中断させてしまい、こんな風に言うのもなんですが』
『いえ、食事をしながらでも出来る話ですし、賢者殿は説明をしてくれたのに、魔法が不得手な自分には本当の意味で内容が解っていなくて、キングス様が言っていた通りでしょうし』
返事をしつつ、仕立屋が言ってくれていた事を思い出しながら、最後のライスボールの塊を口の中に放り込み咀嚼し、あっさりとアルスは呑込んだ。
―――賢者様、予備知識も何もない状態でそんな説明をされても、アルス君にはさっぱりですよ。
『本当に、魔法に関してはさっぱり判っていないですから』
そう答えながら、今度は愛用のカップでお茶を啜っている耳の長い上司が、説明してくれた内容を思い出す。
―――ああ、前のコートはもう“還って”しまったねえ。
―――ワシがロブロウで姿を隠し、調査をした時に、随分と無理をしてしまったから。
―――造り手のキングスに触れ、感謝の祝詞を口にしたなら、あっという間だった。
『でも、賢者殿の話を聞いた感覚で言うのなら、あの緑色のコートは、この世界には無いと考えた方が良いのですよね』
仕立屋はアルスからの印象でしかないけれど、どこか満足そうな表情を浮かべて静かに頷いた。
―――次の冬の頭になるまでは、リリィはこれまで覚えているウサギのぬいぐるみ状態の感触と"似ている物には、出会えない"って事だね。
『コートを身に着けていない賢者殿を抱きかかえた時に行った会話で、"似ている物とは出会えない"と仰っていたけれど、"同じ"という言葉が出なかったのは、そういう事になりますから』
次の冬に頭に、そっくりな緑色のコートをウサギの賢者が纏うにしても、それは完璧に違う物。
『アルス君の、その返答を聞くだけでも、言葉でも現状は十分理解できているのですね。
これならもう、私が仕立てたコートがこの世界から消えてしまった事を突き詰めて理解しようと考えなくても良いように思えますね』
『仕立てたキングス様がそう言って貰って、嬉しいです。
でも、自分は出来る事なら、苦手な魔法の部分も出来る限り知りたいと考えています』
『そうですか』
アルスの返事をする声に含まれている、頑な意志を感じ取って仕立屋は短く返事してから、少年の上司に金色の瞳を向けると、お茶を飲みつつも小さく頷いた。
『そうやって理解を深めたいという気持ちがあるのなら、こういうのはどうでしょう?。
リリィさんが、お裁縫を教わりに私のアトリエに訪れる時は、アルス君が護衛で一緒に来るのですよね。
私はリリィさんに裁縫の指導を行い、最後の確認はします。
けれども簡単で単調なものは私の弟子が指導しますので、その間、アルス君と私は一緒に修行―――というか、勉強しましょうか』
『キングス様と自分で、その魔法の勉強ですか?』
『キングスさま、お弟子さんいらしたのですか?、あ、ごちそうさまでした!』
突然の話しの流れにアルスが激しく瞬きを繰り返し質問をするのに、漸く食事を終えたリリィが会話に参加をし、仕立屋は新人兵士の方に頷いた。
『ええ、弟子になってくれるのは、実はとても付き合いの長い方ではあるのですが、迎え入れると決まったのは、つい最近なのです。
私自身がまだまだ精進しなければいけない身ですけれども、"教える"という事を学ぶにも技量や修練の必要なもので、それに協力してくれる大切な人でもあります。
その人は簡単に言うのなら、私の師匠筋の縁戚で、恩人に当たる方の娘さん―――かい摘んで言えば、縁故採用の、お嬢さんです。
少しばかり落ち着きがないのですけれど、性格は明るくて、指先も器用で筋は良いので、縫物については十分リリィさんにも教える事は出来ますよ。
ただ既に成人している娘さんなので、三十路を過ぎたばかりで一応世間には、男であると通している私の弟子にするのに、世間の目がほんの少し心配な所もあります』
『自分は、キングス様はまだ二十代と思っていました』
"性別は中性"という事を承知している面々だけの為か、仕立屋は結構大胆な発言するが、その事より年齢が予想以上を上回っていた事に、新人兵士の方は反応してしまっていた。
『キングスの母国の人達は、ワシ達の国から見たなら総じて若く見えてしまうからねえ。
ちなみに、アルス君にはキングスが何才くらいに見えたの~?。
ついでにイメージに添う具体例と、御一緒にどうぞ~』
今度はアルスの発言に興味を持ったウサギの賢者が、鼻をフンフンとしながら護衛騎士にふざけた調子で尋ねると、真面目な少年はその指示に従った"具体例"と共に考え口にする。
『そうですね、リコさんか、ディンファレさんといった所でしょうか。
成人はしているけれど、落ち着いていて、でも少なくとも三十路に達しているというのは、最初から考えてもいませんでした』
『王族護衛騎士隊の方を、具体例に上げて貰うなんて光栄ですね』
それまで比較的落ち着き澄ました表情だったけれども、アルスが出した、騎士の間ではなく、貴族の社交界でも有名どころの麗人の名前に目元を紅くして仕立屋は照れていた。
『でも若く見えるというのなら、確か、アルセンさまも"みそじ?”っていう、三十歳を超えているんですよね、賢者さま?。
それなら私は、アルスくんがキングスさまが二十代と思うように、アルセンさまの事を思うのですけれど』
学校という物に通っていない、リリィからしてみたなら、アルスやグランドールの所のルイ、王都のパティシエのマーガレット、ロブロウで友達になったザヘト兄弟を除いたなら、全て大人という印象を持っているリリィには、いまいちピンとこない様だった。
例外に一般的に大人と判別される二十歳に届いていない、19才だと聞いているライヴ・ティンパニーという未成年の王族護衛騎士のチャーミングなお姉さんが友達となってくれているけれど、彼女は不思議と”大人”とも思える。
(”大人”は大人だと思うんだけれどなぁ)
つい最近”二桁”の年齢の少女からしてみたなら、アルスやキングスが二十代の次の段階である”三十路”を超える超えないで、盛り上がっている(様に見える)のが、不思議でならない。
だが少女の意見に、”アルセン・パドリック”は軍学校時代の後輩としているウサギの賢者が口を挟んだ。
『ああ、アルセンを年齢の一般的例えに入れたら、周囲に悪いよ、リリィ。
あの美人さんは、一般的な年齢の分類にいれたら、周りの混乱の種にしかならないからね~。
ある意味反則的美人だよ』
『反則的美人って……』
そして、これにはアルセンを恩人だと思っているアルスが苦笑いを浮かべる事になっていた。
『じゃあ、キングス様はアルセン様と同年位なんですか?』
『いいえ、2つ下ですので、2018年の暦では32才になります』
アルスの質問に少しばかり茶目っ気を出してくれた仕立屋は、長く形の良い指を右手は3本、左手は2本伸ばして"32"という年齢を指で表現してくれた。
『じゃあ、アルセンさまの方が年上でお兄さんなんですね。キングスさまが2つ下だから、アルセンさまは2才増やして34才』
リリィが確かめるようにそう言ったなら、仕立屋は品よく微笑み頷き数字を現した指を、自分の腿の上に戻していた。
『そうですね。ただ、出逢った頃のアルセン様は、まだまだ小柄で、世に言う美少年でしたから、私とはまた違った別の意味で、性別を超越したような感じでした。
それこそ"天使様"みたいでしたよ』
『今は美人ですけれど、昔は天使さまみたいな美しさだったのですね、アルセン様』
恐らく、仕立屋は少しばかりふざけているのだろうけれども、その"ふざけ"を見事に隠せるぐらいの、たおやかな雰囲気を出しているので、受け手となるリリィは非常に真面目に受け答えている。
『うーむ、こりゃ、アルセンが自宅か仕事場か、若しくはグランドールと一緒に酒を飲みながら、連続3回位くしゃみをしていそうだねえ。
それでグランドールの上着を汚すに銅貨の一枚でも賭けようか』
『あれ?くしゃみ3回は、噂じゃなくて風邪をひいた場合じゃありませんでしたっけ?。
えっと、それじゃあ自分は仕事の書類をくしゃみから避けたに、銅貨一枚……って、これは賭けても判定が出来ませよ、賢者殿』
仕立屋と巫女の女の子がやり取りを行う一方で、ふざけるのが好きなウサギの姿をした賢者と、天然のだけれども、察しの良い新人兵士の方は、そんな会話を展開し始める。
『それで賢者殿、キングス様に自分は魔法を教わっても宜しいのでしょうか?』
ただ天然でもあるけれど、実直な性格をした新人兵士の方が先程ずれてしまった話の路線を戻し、仕事の話を始める。
『”ウサギの賢者の秘書”であるリリィの護衛を命じられて、上司である賢者殿から離れる事は、護衛騎士の課業で認められると思います。
でも、送り迎えの待機時間の間にという事になるのでしょうけれども、その間に訓練をして、しかもそのお相手に、国最高峰の仕立屋であるキングス様に魔法を教わるなんて。
訓練の時間はとして、朝と夕方にそれぞれ頂いているのに、さらに勉強の時間まで新たに頂いても宜しいのでしょうか?』
『うむ、キングスに魔法を教わる事で、アルス君の良心が、呵責に喘いでいる様だから気にならない様な話を少々しておこうか。
今から話すのは、アルス君は最初から"ウサギの賢者の護衛部隊"という現在2名の特殊な部隊だから、知らなくても仕方ない事だ。
それで先ず、話した内容でアルス君は少しばかり、首を傾けたくなるかもしれないけれど、取りあえず、ワシの説明を最後まで聞いてくれるかな?』
『判りました、賢者殿』
ウサギの賢者の確認に新人兵士が返事をしたなら、極僅かな音と食堂の中の空気が動き、仕立屋と巫女の女の子が席を立っていた。
『じゃあ、リリィさんがいつもの様に洗い物で』
『キングスさまが、アルスくんの仕事の代わりですね』
つい先程まで、美人の恩師の話しで盛り合っている様にも見えたのだが、気が付いたなら、この2人が交わしている話題は既に夕食の片付けの後の段取りにまで、変わっている。
『今日は、賢者さまのお部屋に泊まるんですよね』
『はい、旅帰りに屋敷に大きい荷物を置いてそのままきてしまいましたから、片付けを終えたなら早速お風呂を頂こうと思います』
そして、終わった後の話、もう一日を締めくくる就寝の話に区切りがついた所で、キングスがアルスに向かって口を開いた。
『普段は夕食の片付けを、リリィさんとアルス君で行っているそうですが、今日は私とリリィさんで行います。なので、アルス君は賢者様とこの話の続きをしておいてください』
『あ、すみません、それにありがとうございます、キングス様、それに、リリィ』
自分の仕事を請け負ってくれるという仕立屋に、いつもは一緒に片づけをしているのに出来ない事で、小さな同僚に申し訳なさそうに視線を送ると、笑顔で小さく頭を左右に振られた。
『食器を片付けたなら、アルス君の分のお茶を運んできますから』
『ありがとう、ございます』
『賢者様はお代わり入りますか?』
『いや、そこまで長くはならないから、大丈夫』
ウサギの賢者の返事に頷いて、仕立屋は食器をリリィの台車に余計な汚れが付かないように重ね、2人は厨房の方に下がって行った。
そしてリリィの姿が完全に消えて、声も聞こえない距離になってから、アルスの方から口を開いた。
『ーーーもしかして、先程のトレニア様の話しみたいに、所謂"大人の事情"というわけですね』
『うん、察しが良くて助かるよ、アルス君。
個人的には聞かせてもおかしくはないんだけれど、仕事に関して、あの子は厳しい面もあるからね。
それに軍の内部を知らないと、通じない感覚の部分の話しでもあるから』
耳の長い上司も時代の流れがあって"仕方なく"軍隊にいた時期があったとという話はアルスも聞いている。
恩師との出会いも軍隊にいればこそだったらしいので、"性に合わない"と"軍隊が嫌い"いう意識はあるけれども、決して、軍の存在を否定はしてはいない。
(賢者殿は、嫌いではあるけれど、この国には軍が必要であるとは考えているのだろうな)
表情に出やすいとあれほど言われ、多分今も顔に出ているのだろうに、今回は"流す"方向なのか耳の長い上司は話を続ける。
『アルス君は教育隊―――軍学校の方で基礎訓練を叩き込まれている間は、忙しさばかりが際立ったと思うけれど、あの"忙しさ"も訓練だというのもわかっているかな?』
『はい、もし"実際の現場"になったなら基礎訓練や、基礎教練の比でないと教わりました。
けれど、現状、国と世界は落ち着いていて、あくまで過去の記録に則り想定でやっていることも教えてもらっています。
だから、軍学校を出た後に配属された先での"通常業務"での、緩さに拍子抜けしないようにとも注意も、教官にあたるピジョン曹長に受けています。
ただ自分は、緩さというよりも、穏やかさで、拍子抜けよりも、驚いている状態です』
前もって教えられた言葉と、実際に配属されて抱いた感想を置き換えて説明するアルスに、ウサギの賢者は嬉しそうに笑う。
『フフフフフ、自分が一応指揮権を担っている部所で、そう評して貰えて嬉しいよ。それに懐かしい話でもある。
ただ、今ではありえないけれど、時期の事もあるけれどワシはグランドールと一緒に直ぐに"教える側"にまわされたからねえ。
あんまりその緩さや、穏やかの差は解らないんだよね。
でも、現状の軍の状況はそれなりに聞いているので、それを前提に話を始めようか。
……前置き、長くてごめんね?』
『わあ!すみません!』
やはり、表情には出ていたらしくて思わず、アルスは顔を触っていた。
『アッハッハッハッ、今回はそこまで出ていなかったから、安心して。
ワシが拾い読んだだけだから』
『そ、そうなんですか』
『うん、そうなの。それでねえ、今から話すことは、アルス君の素直すぎる"弱点"ともとれるところ。
それと普通―――というのもおかしいかもしれないけれども、一般的な部隊に配属された時の状況を兼ね合わせて、話すね』
円らな瞳が少々鋭くなったのは、直ぐに感じ取れたのでアルスは黙って頷き話の続きを待つ。
『軍隊は、この国の重要な箇所に点々と、団や基地として駐屯しているけれど、大体が大所帯で、決められたカリキュラムで、訓練を行ったり、国の行事に参加している。
あんまり声高には言えないけれど訓練や、行事準備や撤収作業の間は確かに忙しいだろうけれども、終わって一段落がついてしまえば暇な時は、それなりにできる。
まあ、これは一般的な季節によって売り上げが変わる、接客業にも当てはまるとは、ワシも思うんだけれどね。
それで、そんな時に実際の戦闘を想定した軍隊故、休日関係なしに、何回も月が回っている間に訓練を行い、貯まった代休を交代で消化したり、日頃できない雑務をしたりする。
で、雑務もなかった場合、軍に待機している状態を有効に使う為、軍の昇任に有益そうな国家資格の勉強をしていたりする。
戦時中でもないにしても、確りと訓練して、その成果を活かせるように体力も、休息をとって回復した後、温存しておく必要はあるからね。
ただ、一般的に見ることが出来たなら大層キツいし訓練も、兵士として軍の寮にすむ窮屈さもわからないなかで、そこの時間だけみたなら、楽をしている様に見られるだろう。
かといって、訓練は国の機密事項にもあたるから、行事で見せられる範囲を越えてもいけないからね、難しいところだよ。
当分は起こらないともおもうけれど、万が一"戦争"になった時に、訓練の内容をオープンにしていて、知られたなら、相手がそれの裏をかくに決まっている。
ここら辺は、最近の世相で軍隊に、色んな意味で興味がある人達の争点にもなっているみたいだねえ。
っと、いけない話が逸れた、ごめんね』
説明を聞きながら、アルスが思うのは、ウサギの賢者が政治には日頃の言動からして、全く興味はないけれど、気にはしているのを感じ取れた。
『いえ、気にしないでください、続きをどうぞ』
少しばかり"賢者が、国に対してどのような気持ちを抱いているのか"というのが、気になったけれども、これまでの話しと自分がどう関わるのかも気になる。
(それに、今は兵士としての"仕事"の方に集中した方が良いな)
気持の向ける方向を決め、精悍な空色の眼を上司に向け、再び会話に集中する。
その事を感じ取った耳の長い上司は、再び語り始めていた。
『さて、それでね、アルス君。君も訓練生の頃の期間も合わせてね、代休が結構貯まりつつあるんだ。
で、ロブロウに言っている間も、暦で休日と制定されてい日も"出張"扱いにされているから、課業時間外の事も"代休"としてカウントされている。
早い話がね、あと数日代休が貯まったなら"休んでくれないと困る"という時間が発生するんだなあ、これが』
『休まないと、賢者殿が困るんですか……』
アルスが明らかに困った表情を浮かべ確認すると、これには深くとウサギの賢者が頷いた。
『アルス君が代休申請しないと、軍の人事部から、魔法の紙飛行機で、"代休消化しろ"という熱い伝言が後、2、3日したなら来てもおかしくない状況。
一応公僕だから、幾らかの民間商業の様に"貯まった代休をお買い上げ"という仕組みが使えないからね~』
『給料は、税金からですものね』
『まあ、公僕とされる方々も、確り給料から天引かれて、国に治めているんだけれどね。
あ、"ワシも"、ちゃんとこの国に住んでる分の税金は納めているからね、うん』
小さな鼻と共に髭をヒクヒクと揺らしてウサギの賢者が、何気に強めに反論をするのには、どうしてだが自然と笑いが浮かんだ。
『大丈夫です、変な事は疑ってませんから。
ただ正直に言わせて貰えたなら、"ウサギの賢者"殿なら、"何かしらの方法で法に触れない方法で、納税の義務を躱している"と冗談でも言われたなら、信じてしまえる気持ちはあります』
『むう、これは日頃の行いか……』
短い腕を組んで、長い耳を半分に折り曲げた後に、直ぐにピンっと伸ばす。
『で、アルス君に"明日は休んでね~"と言って休んでもらうのは、実際可能なんだよね。
ロブロウから戻ってからの片付けも大方済んだし、薪も割って貰ったから力仕事も大丈夫。
ただ、リリィが買い物に行くのがあるから、連続三日以上の休みが難しい』
『自分は別に、リリィの買い物に付き合うのなら、私的時間を使っても構いませんよ。
免状は持っていますから、私服になりますけれど、帯剣も出来ます。
―――でも、それは数回はなら良いでしょうけれど、頻発するとリリィが嫌がりそうですね』
最初は明るく口を開いていたが、最後の同僚の事に関して言葉にする時、少しだけ声量を落として告げたなら、耳の長い上司は腕を組んだまま、黙って深く頷いた。
それから申し訳なさそうに、ウサギの賢者も声量を抑えて口を開く。
『リリィの事を気遣ってくれて嬉しいけれど、アルス君の考えている通りでね。
それに何より、アルス君自身は長い休みを利用して、どこかに行ってみたいとか、何かしたいことはないのかな?。若しくは、一日中ダラダラしてみたいとかない?』
『うーん、軍学校の同期には休日はゆっくり休みたいというか、ダラダラしたいというのは聞いたんですけれど、自分にはそれが性に合わなくて、出来そうにないです。
でも、自分だけ休みでリリィが"働いている"っていうのも、たまにあるなら良いですけれど、連続して続くと、今度は自分がリラックス出来ない感じです―――』
そう言った時、アルスの嗅覚が馴染みのある麦を焦がしたような芳ばしい香りを捉えた。