ある小さな恋の物語③
「私、絵がとっても下手なんです」
「え、そうなの?」
スパンコーンが尋ねたなら、褐色の肌をした女の子は恥ずかしそうに俯いて、それから更に頷いた。
サブノックの国の賢者様の秘書になったジニアは、一応そう言う"仕事"をしなければならない。
でも秘書と言っても、本当に手伝う事は片づけとか、作った書類を見やすく纏めるとか、そういった事が殆どだった。
ジニアはどれも丁寧にするけれど、ある時、賢者様から
「ここに挿し絵を描いておくれ」
と本を読みながら書類渡されて、その動きがピタリと止まる。
いつも"はい、判りました、賢者様"という返事が聞こえないから、スパンコーンもサルドも賢者から与えられた課題から顔をあげて、秘書の女の子を見つめる。
そうしたら"下手だから"という言葉が少女から出てきたのだった。
「うーん、まあ、取りあえず描いてみておくれ」
「……はい」
いつものハキハキとした動きが嘘の様に、ゆっくりと賢者から差し出された羽根ペンを手にとった。
賢者が小声で何かと伝えて、ジニアが頷いて、ペンが紙の上で動く。
否応なしに、スパンコーンとサルドの、例えようのない期待は高まる。
「……出来ました」
「ッツウ!」
ジニアに差し出された絵を見た瞬間に、賢者が鳩尾に拳でも喰らったように、書斎の椅子の上で蹲る。
だが、折り曲げられている賢者の口元から漏れているのは、"笑い"と判る声だった。
「だから、下手って言ったのに」
恥ずかしそうにしているけれど、特別落ち込むという雰囲気でもなく、開き直った少女は描いた絵を、2人の少年に見せた。
《……ぐっ》
産まれ乍らに声が出す事が出来ないサルドが、部屋にいる全員に伝わる笑いの感情を頭に伝わせる。
「笑いたきゃ、笑いなさい!」
少女が頬を膨らませて拗ねると、スパンコーンが宥める様に声をかける。
「賢者様もサルドも……ちょっと、個性的だけれど、"ウサギ"だって判るから、そこまで笑う事ないじゃないか」
スパンコーンがそう言うと、笑っていた2人が、驚きで顔をあげている。
でも、誰よりも驚いていたのは、ジニアでした。
家族でも同じ様に絵が下手な兄以外は、先ず何を描いているか理解してくれない絵を、判って貰えた事はなかった。
「これは凄い"恋"の能力だねえ」
賢者がからかう様に言ったなら―――真っ赤になったのは、青い髪の男の子の方でした。