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運命の二人

FATE:否定的な運命の意味。

映画を見ている自分に投影してお読みください。

 仄暗い紅の灯が満たす一室に、耳を撫でる心地よいジャズの音色。ライトブルーのカクテルを大人ぶった女が口に運ぶ。傾けた杯の縁に赤い名残を残して、女は切なげに目を細めた。


 恋しい貴方の、心が手に入らない。


「…お嬢さん、隣…宜しいですか?」


 綺麗な学生帽を脱いだスーツ姿の良く知った男が、遠慮がちに隣に座った。


「もう座ってるじゃないか」


「了承を得れたと思いましたので」


「…ふん」


 女はあからさまに溜息を吐く。その表情の変わりように男はカラカラと喉を鳴らせて笑った。


「随分生意気になったものね。まだ幼い頃のアンタの方が良かったってものさ」


「そうかな。俺は今の君はすっごく綺麗に成ったと思ってるよ」


「…はあ。将校ってみんなこうなの?全くもって嫌いだ」


「残念だな……」


 男は手荷物をボーイに持たせると頬杖を付きながら女を見上げた。釣り目がちの女の目が、不愉快そうに細められ見下ろされる。その仕草さえ、男は満足げに笑うのだ。


 何も言わずともこの店にとってこの二人は常連――故に、出る酒は言わずとも。


「俺は――……」


 男はくすりと笑って姿勢を正すと、出て来たグラスを一口傾ける…と同時に、余った手で女のグラスが傾くのを阻止した。


「成人してるから、酒はいいんだけど。……君は違うでしょ」


「その台詞いつまで吐くの」


「お嬢さんの目が醒めるまで、かなあ」


 下さらない、そう云い捨てた女は男の手を乱暴に撥ね退けて再びグラスを傾けた。男は苦笑した、そしてまた小さく一つだけ息を落とす。


 男は中々酒が回らない頭の中で一つの事柄に僅かに目を瞑った。このまま瞑ってしまえたらどんなに心が晴れるだろうか、どんなに――……愉快に笑うことが出来るだろうか。グラスを傾けると、蜂蜜色の氷の反射に彼女が映る。


「…また何か、あったんですか」


 そう尋ねると、女は肩を跳ねらせたあと何時もの様に下唇を噛む。そしてまた男は言葉の吐く。続きを促す甘い言葉、抱き寄せれない手の代わりに、触れられない肩の代わりに、重ねれない唇の代わりに――。


「…あの人が、」


 ――いつも通り、か。


 男は一気にグラスを傾けた。傾けた際に響きあった氷の波音が僅かに聴力を奪ったが話の内容的には断片的で構わない。――むしろ、それを願うばかり。


「お茶をしようと……先日、誘ってくれて」


 この女は彼奴の話をする時だけ、口調がお淑やかになる。借りて来た猫のように、すっぽりと皮を被る。グラスから手を離して、指と指を祈る様に絡めさせて空を上目遣いで見つめる。恐らくその空には愛しい人を描いているのが見て取れる。


 じとりじとりと、胃が痛む。


「私が……浮かれていたのが、最終的には馬鹿だったんだが」


 その憂いの表情さえ男に無自覚のストレスを与えていることを知る由もない。酒の所為か――感傷の所為か、それともその両方か……。女は今にも泣きそうに俯いた。垂れ下がった髪の束を梳いて、顔を暴いて、頬を擦り合わせられたら……細い手首に俺と言う鎖が触れられたら――。


「…で?どうなったんです」


「…うん。私が其処に行った時――既に其処には……あの女狐が、居たんだ。下品な洋装、あんなに肩を出して……あの人は……あんなふしだらな女…一番嫌いなのに……っ!」


 そういう女は、心の中で自分が一番あの人の理想だと信じている。今も尚、見えない自信にしがみ付いている。しかし、……嗚呼しかし女は今一度自分の格好を見直してみるべきだろう。自室にある衣装匣いしょうケースの中身をすべて出して見るべきだ。


 自身がいかに、その女狐、狸、泥棒猫、売女と罵り続けている女に――、


 影響を受けていることを。


 されど、この女の想いも至極当然である。幼い頃から許嫁として教育され、幼い頃から生涯の伴侶として憧れにも似た強迫観念を植え付けられて――お前の存在意義は其れだと、女としての仕事を、価値を、喜びを……儚い少女時代を進行形で捧げているこの女にとって今は徐々に締まる縄に掛かっている気分より酷なのだろう。いっそ死ねたら楽だろうに。


 いっそ逃げ出したら幸せだろうに。


 だが、誇りはそれを許さない。幼い頃の己が許さないのかもしれない。女の背を伸ばす物、女の貌を化かす最大の化粧が――ソレなのだから。


 あの人の妻ならば前を向け、背を伸ばせ、着飾れ―――呪いだ。身体を縛る、見えない縄。首だけじゃなく、心までもきつく、きつく。


 男は慰めの手を伸ばした。壊れかけた硝子細工を持ち上げるように。しかし、その手はまたも払われる。


「やめて。自分が惨めになる」


「……これは失礼したね」


 男は目的を失った手を数秒見つめると、そのままグラスを持ち上げた。カラン、と氷がぶつかる。


沈黙。

嫌いだ、と眉を潜めるとネクタイを緩めようと音を鳴らしながらグラスを煽った。頭の奥に燻る感情が顔に出ぬように誤魔化して誤魔化して飲み干さないといけない。


「...む」


しまった、ネクタイを緩めようとした手が女に当たってしまった。咄嗟に手を引っ込めようとした。鋭い目つきと、きつい言葉が飛ぶことは安易に予想できた。なぜなら、それがこの男と女のいつも通りなのだから。なのに、予想外。嗚呼、まったくもって予測不可能。女は滑らかな肌を滑らせて男の手首を掴んだ。「え、」と零すことしか出来ない男の顔を横目で流しながら手首を己が口元へと引き寄せていく。


 少し小さくなったシャツの裾に引っかかった紅と、やけに色っぽい動作に鼓動が早まる。いつのまにこの女は少女時代を終えたと――。


「…違う匂いだな」


 女はそう言うと男の手を静かにカウンターへと置いた。男は僅かに呆然としたせいで言葉の意味が汲み取れず珍しく素っ頓狂な声を上げてしまった。その様子に一本取った気になった女が潤んだ瞳の中で笑う。あの頃のように崩さなくなった面なのに、動転した男の目には少女が映った。


「今日は誰と遊んだんだ?将校殿」


「は、……は?」


 きゅう、と喉が絞められた心地がして気づけばネクタイを緩めるそぶりをなぞっていた。並々に注がれた真新しいグラスが汗を掻いて、そこに映る男を反映している。


「そういうことも将校の嗜みというのなら――愚かな女に夢を与えてくれる?」


 艶やかな髪のレースから覗く白い肌と、紅潮した頬と、着崩したような胸元を少女を模した女が見せつける。瞳の中に宿る欲望の炎が静かに揺らめいて、女は男の手に自分の手を重ねた。


 ――これは何て悪い酒だろうか。


 男は引きずり出したその答えを掲げる様に女の方へ顔を向けると、見せつけた事の無かった厳しい目を向けた。その意味に気付いてしまった女は、ふ、と笑い方を思い出したように大人ぶり躊躇なく手を離した。


「……冗談だ。少し弱ってたのかな……こんな姿見せられるのは精々アンタぐらいだよ」


 女はグラスの下に金銭を挟むと早々に立ち上がった。顔を上げて見上げる男を再び見ようとはしなかった。男もその意を汲み取る様に椅子を回してカウンターへと向き直る。まるで、面識のない男女の様な体裁を再構築した二人だった。


 女は荷物を持つと、目を閉じて男に一礼した。男の背で行われていたから男はその光景を見ていない。傾けたグラスの中の氷が鳴いた。女は髪を靡かせながら手口へと歩こうと体の向きを変えたその時、男はグラスを持たぬもう一つの手で女の手首を掴んだ。女はやんわりと解こうとしたが、解けぬ強さで握られた手に僅かに困惑したようだった。かさり、と紙が摺れた音がする。


「――マスター、次の映画には亜米利加の恋人が出るそうだな」


「嗚呼、そうですねえ。私も暇があれば見に行きたいものです……」


「そうだそうだ。丁度二枚チケットが手に入ったんだがよければ一緒に……おや、何処かに落としてしまったようだ」


「はっはっは。男二人で行ってどうします――」


 談笑に入った二人から弾かれたように女は静かに店を出て行った。出て行く間際、胸元に二人分の紙を握って。何処か心細い鈴の音を合図に男二人は会話を止めた。その幕の降ろし方はどうも図ったように完璧だった。


 少しの時間を置いて男は立ち上がった。急に飲むペースを上げたせいで頬には赤みが差している。しかしおぼつかない足元と鋭い目つきが男の背をあの女の様に伸ばさせていた。


 ちょいとそこの軍人さん。


 この男と女の一連のやりとりを盗み見ていたワタシだが、遂に声をかけてしまった。


 男は緩慢な動作で振り返った。見下ろす仕草が次を催促してワタシは慌てて口を開く。ワタシのあまりにも愚かな問い掛けに男は冷笑にも似た響きを含ませて穏やかに笑い声を立てた。


 それは随分と感傷を含ませた声色で。


 どんなに異性と肌を重ねても、唇を重ねても、共に酒の勢いで抱き合っても――満たされぬ。違う女に恋をしたように心を騙して、腕の中に閉じ込めてもあの女と邂逅した途端にボロボロに心は剥かれて疲れ果てて。いつお国の為に桜同然になるかもしれない殺した恐怖と不安に眠れない夜を過ごして。そのたびに――、


 誰もいない部屋であの女を恋う。


 あまりの不憫さに感嘆を吐こうとしたワタシを遮って、


「…好きなんですよ、堪らなく。しょうがないじゃないですか、叶わぬ恋程人は燃える、と」


 男は帽子で表情を隠すと、低い音でそう述べた。


「…馬鹿を言わないで下さい。俺はね、彼女を愛してるからこそ…――彼女の心をこんなに大事に抱いてるんです」


 そう言って一礼をした男に、ポツリとワタシは言った。


" 論はないぞえ惚れたが負けよ、どんな無理でも言わしゃんせ "


 踵を返しかけた男は、再びワタシの方を向いて――、


「 ――――――――――――――――――。 」



再び一礼をして、去っていった。






運命の二人は結ばれないからこそ運命であるのだ。







お疲れ様でした。実はこの話、ある企画に基づいて作成しております。


お題:都々逸から連想して短編をかけ


そのお題の都々逸が 論はないぞえ惚れだが〜 です。


二人で考えた企画でした。共通のお題で解釈の違いを比べたかったのです() もう一人の短編は下記に載せておきますので是非お読みください。解釈の違いはやばいです()()


それと少し備考を!

今回は視点がスライドさせていくように移り変わってることにお気づきになりましたか?そして実は、語り部=ワタシ=読者 を想像して書いておりました!ちょっと分かりにくくてすみません..!


では!次は!この小説へ!


→http://ncode.syosetu.com/n0025dk/

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