ケルベロス(心霊体験)
俺は、ケルベロスという名前のぬいぐるみ(キーホルダー)を持っている。
その縫いぐるみは1センチ×2センチくらいの大きさで、ボンボンを三つ組み合わせてビーズの目鼻とフェルトの耳を取り付けた間抜けな顔をした黒い犬らしき姿をしている。その頭からは糸で作ったわっかとその先に手錠みたいな形をしたキーホルダーの為のフック?が付いている。
ケルベロスと言うその大層な名前は、俺が付けたものだ。
なぜそんな名前を付けたかと言うと、このキーホルダーが喋るためである。
このキーホルダーは女の人の声(声優の久川綾に似た声だと当時は思っていた)で喋る。今思えば、久川綾より豊口めぐみに似ているのだが、名付けた当時は豊口めぐみの事を思いつかなかった。
豊口めぐみというのは「マリア様が見てる」のロサギガンティアや「ブラック・ラグーン」のレヴィを演じている声優さんである。
話に戻ろう。
何故、久川綾の声で喋る事が「ケルベロス」と言う名前に繋がるのかというと、昔「カードキャプターさくら」というアニメがHNKで放送されていた。それは魔法少女モノなのだが、そこにケルベロスというマスコットが登場するのだ。これの声をあてていたのが久川綾である。
こういう理由で俺はこの人形をケルベロス(仮)と頭の中で呼称するようになった。
この人形が何をどのように話すのか、それらの経緯も含めて此処に書く。
・
・
・
それは俺が高校時代の時、その時は当然、家族と一緒に住んでいたのだが、一人自室のベッドの上でオナニーに耽っていた。
といっても惰性でチンチンを弄っていただけでオナニーとは呼べないかもしれない。男なら良くある、軽く息子とスキンシップを取っていただけの事だ……
その時、俺は息子とジャレながら高校のイベントの関係で知り合った二人の爺さんの事を思い返していた。
そのイベントは授業の一環で老人ホームに出向き、戦争体験を聞くというものである。俺は二人の爺さんから話を聞いた、一人は寝たきりで、必死に聞き取りをしたのだが何を言ってるのか全く解からず……「この爺さん、やべぇ。明日にでも死ぬんじゃないか?」と思ったぐらいである。もう一人は随分、しっかりしていて「何でこんなに元気なのにホームに入っているんだろうか?」と感じた爺さんだ。彼曰く、家族が皆、ケッコンして家を出て嫁さんも亡くなって一人なので、何かあると困るというので家族にホームに入れられたという事だった。
息子とジャレながら、爺さん二人の事を思い返していると(誤解が無いように言っておくが、俺は別に爺さんでオナニーする変態じゃない)、何か人の声が部屋から聞こえた。
ビクッとして起き上がるが、部屋には俺しかいない。ちなみにズボンの上から弄ってたので別に人が居ても恥ずかしい格好を晒すわけじゃなかった。
「うん?」と思いながらも、またベッドに横になると再び声が聞こえる。
今度はビクッと起き上がったりせずに、寝たままの状態でその声を聞き流した。
なんとなくアニメチックな声だと思ったので誰かが居間でアニメでも見てるのかとも思ったが、家でアニメ見る奴なんて居ない。弟と母が偶に、見たりするが見るとしても名探偵コナンくらいのものだ。
俺はボーっとその声を聞いていたのだが、その声はやはり自分の部屋の中から聞こえる。アニメの声なら音楽や効果音も流れるはずだ。だがそれは声だけだった。そしてアニメなら台詞がこんなにも断続的になったりしない。
俺は再び起き上がって耳を澄ませてみた。するとその声は自室の床からする(俺の部屋は当時、二階にあり、その下が今だったので当初、TVの音だと思ったのだ)。
声がする方向には、勉強机の椅子と、その下に茶色の犬の形をしたソファーと幾つかのキーホルダーが散ばっていた。
発生している声は、
「駄犬」とか「重い!」とか「どけろ」とか言うものだった。
俺は手を振り払って、椅子と一緒に犬の形のソファーと散ばっているものをガバッと動かした。すると声は止んでしまった。
「???」
俺の頭の中はこうなった。
声が止んでしまった所為で、俺はそれが一体何の音だったのかを突き止められなくなったのだ。
声が止んでしまった原因はさっきの俺の行動だと俺は思った。なので動かしたソファーや椅子をさっきと似たような配置にしてみた。状況を再現しようとしたのだ。するとまた
「重い」だの「どけろ」だの声が聞こえる。
その後、俺は床に散ばったモノを丁寧に一つづつ動かしては元に戻すという行動を行い、声の発生源を特定しようと試みた。
その結果、黒い小さなキーホルダーの上に犬のソファーを置くと声が聞こえるという事実に辿り着いたのである。
俺はその黒い犬のキーホルダーを人差し指と親指で揉んだり潰したりしてみたが、そうしてもそのキーホルダーは喋らない。だが犬のソファーを上に載せると文句を言う。ソファー犬の口に入れてみると
「うわあ止めろ、唾液を付けるな!!暗い、気持ち悪い!!」
などとコミカルに悲鳴を上げるのである(喋った内容を明確に覚えているわけではないが、こんな感じだった)。
うおぉおおおおおおおお!!俺は興奮した。何だこれ!!?
声には出さなかったと思うし、どんなリアクションを当時の俺がとったのかはハッキリ覚えていない、だが凄く興奮したと思う。
おれは黄色の犬のソファーと喋るキーホルダーを手にするとダッシュで居間に下りて、そこに居る母親に俺が体験したことを体験させてやろうとした。
母の目の前でソファー犬の口の中に黒い犬のキーホルダーを突っ込むとキーホルダーは文句を言った!!
俺は
「凄いだろ!!これ!!」
みたいな事を母に言ったのだが母の顔は「はぁ?」というような感じで、それは俺の期待したリアクションではなかった。
その後、俺は何が凄いのかそれを説明したが、どうも母には聞こえないようのなのだ。俺は変人扱いというか、子供っぽい遊びをしていると母に思われた。その後、弟にも試して見たが奴にも聞こえず、結局、聞こえているのは俺だけという事になった。
完全に変人である。
俺は悲しく思いながらも、喋るキーホルダーを得た事に喜びを感じていた。そりゃ喋らないキーホルダーより喋るキーホルダーの方が良いに決まっている。口調もコミカルで可愛い。
だが俺の喜びは次第に失望、そして生理的な気持ち悪さへと変わって行った。
俺はまず、喋るキーホルダーに色々と話しかけてみたのだが、そのキーホルダーは全く反応しないのだ。次に俺はソレに対して撫でたり押したり色々やったのだが、それにも全く無反応だった。それはどうも人間では無い何かに押したり潰されたりすると文句を色々というのだが、それ以外全く喋らないという事が解かった。キーホルダーが潰されたりしない限り、小箱や箪笥に仕舞い込んでも文句を言わない。何か重量のある辞書や椅子なんかを上に置くと小さい声で延々と文句を言っている。
気持ち悪い。怖い。何だこれは。
最終的に俺はそう思った。初めに感じた、俺も何か特別なマスコットを得た!!という気持ちは完全に失せた。
俺はこの声が電子的な物であって欲しいと思うようになり、手で、色々と揉んだり潰したりしたのだがその小さなボディの中には硬質な物は入っていなかった。構成されている物体で唯一硬いのは表面にあるビーズくらいだった。
そもそも、俺はこのキーホルダーが何故自分の部屋にあるのか良く解かっていない。俺は色々なキーホルダーを買いまくって収集していたせいもあってそれをどういう経緯で手に入れたのか覚えていなかった。少なくとも旅行先で購入したものじゃない。ダブったキーホルダーを交換したとか、最悪拾ったとかかもしれない。小学校から集めていたのもあって中には拾ったのもあるからだ。確かなのはこのキーホルダーの面影は随分前から目に入っていたので俺の中ではかなり年代物である。
じゃあ何故、今になって喋り始めたのかそれも解からなかった。
色々とやってみた。軽く炙ったり塩を振ったりしたりもしたが変化は無いし、俺にリアクションを取ることは一切無かった。
今、そのキーホルダーは実家の机の中に他のキーホルダーと一緒に仕舞われている。
昔の俺は幽霊を信じていたが、今の俺はそういうのを全く信じていない。だから仮に他人からそういう話を聞けば、
「お前、心の病気だよそれは。病院行け」
と俺は言うだろう。だが、仮に心の病気だとしたら、もう少し自分に話しかけたり何らかのリアクションを取ってくれても良いと思うのだ。
この話を今になって書いたのは、そのキーホルダーが夢に出てきたからだ。夢の中でも同じように何かに潰されて、そのキーホルダーは憎めない声で文句を言っていた。
「どうせ文句を言うなら、持ち主である俺に言えば良いのに」そう言っても返事は無い。
今度、実家に帰ったら解剖してみようかとも思う。だが、もしそれをやって声がしなくなったら……そう思うと実際にそれを実行するか解からない。
追記
実は、実家ではなく今住んでいる家でも時々、変な事が起こるのだ。
具体的に書くと、休みの時、昼間に家に居ると、部屋の中が明滅する。
何を言ってるのか解からないかもしれないが、部屋の中が急に暗くなるのだ。暗くなったりもとの明るさになったりを繰り返す。
ちょうど晴れから曇りになるのを瞬間的に何度も繰り返すような感じだ。
初めは雲の所為だと思ったが窓際に立つとその発生源が家の中だと解かる。滅茶苦茶気味が悪い。文章だけだと何という事は無いように思えるかもしれないが……もっと効果的に解かりやすく此処で起きている現象をこの文章を読んでいる人に私を伝えることが出来る。
映画……ドラマかもしれないが心霊映画で「降霊」という題名のものが存在する。 役所広司、草ナギ剛、そして哀川翔先生が出てくる日本の映画だ。ようつべやニコニコにもあるので見てみると良い。その中で霊に付かれてしまった家で部屋の中が明滅するシーンがあるのだが、それにそっくりな事が家の中で時々起こる。……映画と違うのは明滅する早さが尋常じゃないということだ。数倍くらいのの速さで暗くなるのを繰り返す。
幸いなのは電気を付ければ、その明滅をあまり感じなくなるということだ。私は夜、家の居間を蛍光灯を三本使って明るく部屋を灯している。普通は二本が一般的だろう。この現象は休みの時、昼間でしか体験したことは無い。夜に蛍光灯がこんな風になったら、きっと私はブチ切れるだろう。