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五章

 目を覚ますと、そこは見覚えのあるアパートの天井であった。高田は慌ててベッドから飛び起き、辺りを見回すが、そこに先ほどまで存在していたはずの遊園地や宮倉の姿は一切なかった。

「やっぱり、あれは夢だったのか?」

 だが普通のそれとは決定的に違っていた。記憶や感触は、まるで本当に体験した事であるかのように、はっきりと残っているのだ。それが本当に不思議だった。

 思わず両手で顔を覆った時、高田はまた驚いた。普段と肌の感触が違ったからだ。

 鏡で見ても、確かに自分の顔だ。しかし微妙に違う。どこが変わったとは上手く言えないのだが、表情が軽くなり、スッキリとしているようだった。いままではもっと強張っていたような気がする。

 しかし、こんなに清々しい目覚めは何年ぶりだろうか……。まるで何か憑き物が落ちたようだった。

 高田は寝室から出ると、顔を洗い、身支度を済ませて食事をとった。


『それでは、今日のお天気はいかがでしょうか。気象予報士の加藤さん』

『はい。北海道は晴れ。本州も全国的に晴れますが、季節の変わり目でところによってはにわか雨が降る可能性もあります。ご注意下さい』

 不思議なものだ。まさか夢の出来事で、このテレビの向こう側の世界をこんなに近く感じるようになるとは……。

『ありがとうございました。それでは今日も元気に。気をつけて、いってらっしゃい』


 その日、出社した高田は驚くほどの気力に満ちあふれていた。

 今ならば何でも出来そうな気がした。

 もちろん、だからといって簡単に結果はついてこない。相変わらず営業先には断られてばかりの状態であったが、いつもと違い、すぐに足が重くなることはなかった。

 その最たる理由が、昨日見た夢であることは明白だった。夢なんて所詮、何も生み出さない無意味な物と思っていた。それがこんなにも気分を楽にしてくれるとは……。

 こうなってくると、今一度、あのリアルな夢を見たいと高田が思うのは、至極当然のことと言えた。しかし肝心のドリームキャンディが手元にはもう無い。となると、再びあの老婆と会う必要があった。

 その時ふと、高田は以前、中村奈津子が言っていた、あの噂話を思い出した。

『最近、この街に変わった占い師が出没するらしいんです――』

『なんでも、すごい力を持っていて、願いなんかも叶えてくれるとか――』

 あれはもしかしたら、あの老婆の事だったのではないだろうか? だとすると、少し厄介だ。その人物は神出鬼没で、どこに現れるか分からないとも言っていたからだ。

 実際、高田も、昼休みに昨日の潰れたスーパーへ足を運んだが、姿はなかった。

 どうしたものかと思いながら一日の仕事を終え、帰り支度をしていると、同僚たちの話し声が耳に入ってきた。

「おい、雨降ってきたぞ」

「最近は異常気象だからな。昨日なんて凄かったし」

「まいったな……傘持ってきてねーよ」

「まあ、どうせ通り雨だろ? すぐ止むさ。しばらく休憩室でタバコでも吸って時間潰そうぜ」


 ――雨……?


 そこで高田は、老婆と遭遇したときも雨が降っていたということを思い出した。もしかしたら、今なら居るのではないか?

 単に出会ったときの条件が似ているというだけだったが、その僅かな希望にすがるほど、ドリームキャンディを手に入れたいという思いは強かったのだ。

 急いで書類を鞄に詰め込むと、常備している折り畳み傘も差さずに会社を出た。今は濡れることを気にしている暇はない。雨が止むまでに向かわなければならないのだから……。

 ただでさえ日中の外回りで疲れていたはずだったが、昨日の夢を思い出すと、高田はいてもたってもいられなかった。

 息を切らしつつ、スーパーにたどり着くと、高田の願いを知ってか知らずか、閑散とした建物の軒下に、あの老婆の姿があった。

 高田はそこへ急いで駆け寄る。

「ふふ。その様子ですと、ドリームキャンディはお気に召したようですね」

 老婆は見透かしてように言う。

「……あ、ああ。正直驚いたよ。あれは一体なんなんだ?」

「残念ながら、詳細をお答えすることは出来ません」

 そう言って、うつむき加減で笑う。相変わらず不気味な人物である。

「まあ、いい。とにかく昨日の飴をまた貰いたい」

 高田は濡れた手で、財布から一万円札を取り出した。

「とりあえず、これで十個くれ」

 すると老婆は抑揚の無い声で言った。

「申し訳ありませんが、代金が足りません」


「…………はあっ?」


高田は思わず眉間に皺を寄せる。

「だって、昨日は一個千円だったじゃないか。十個なら一万円だろうが!」

「時価だと申したはずです。それに、先日は特別価格でしたので」

「……じゃあ、いくらなんだ?」

「一個三千円になります」

「さ、三千円!? いくらなんでも高すぎるだろ!」

「嫌ならば結構ですが?」

「くっ……」

 完全に足元を見られている気がするが、ここまで来て買わずに帰るわけにはいかない。

 財布の中を確認すると、一万円札が一枚、千円札が四枚、それに小銭が少しといったところだった。手元の一万円札を加えても、これでは最大八個しか買えない。それにこの金を全部使ってしまったら、さすがに後のやりくりが大変になることは目に見えていた。

「いかがなさいますか?」

 だが、またすぐにこの老婆と遭遇できるかは分からない。

「…………これで八個くれ」

 高田は断腸の思いで、二万四千円を支払った――。

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