三章
アパートに帰ると、高田はすぐにバスタオルで濡れた身体を拭いた。
謎の老婆からドリームキャンディなるものを買った後、すぐにその場を離れ、帰路についたが、雨が完全に止んでいたわけではなかったので、結局濡れて帰ってくることになってしまった。
部屋着に着替えた高田は、冷蔵庫からビールを取り出すと、ドリームキャンディをテーブルに置き、ソファーへ横になった。
――しかし、今まで全く縁のなかった占いを一日に二回もされることになるとは。
プルタブを開け、缶の半分程のビールを一気に流し込む。炭酸とアルコールの苦味が、リラックスした身体を重たくさせていく。
やがて気づかぬうちに自然と瞼が閉じると、高田はそのまま、まどろみに沈んだ。
目が覚めると、部屋はすっかり暗くなっていた。
電気をつけてキッチンへ行き、ぬるくなったビールの残りを流し台に捨てる。
だるい気分に鞭を打ち、風呂の掃除を済ませてお湯を沸かす。その間に、冷蔵庫に余っていた、惣菜を取り出すと、冷凍保存の白飯を電子レンジで温め、インスタントの味噌汁を添えて、軽い夕食をとった。
食器を片付け、風呂を済ませたら、歯を磨く。明日のスケジュールを確認したところで、私生活のルーティーンは終わりだ。
まあスケジュールと言っても、上向かない業績、成功しない営業を予習するようなものだから、なかなか憂鬱だ。一応、これでも打開策を考えてはいるが、結局良いアイデアなど浮かばない。
いつものように面倒くさくなった時点で切り上げる。
テレビのスイッチをつけると、ちょうどスポーツニュースが始まっており、プロ野球の試合結果が放送されていた。それが終わると、シリーズでやっている特集が始まる。今日の注目選手として取材を受けるのは、先日の完投勝利でリーグトップの勝利数を誇る、今注目のイケメン投手、小野寺正孝だ。そしてインタビューをするのは、その局でも随一とされている美人女子アナウンサー、宮倉彩夏だった。
こんな女性と楽しく話が出来たら……そんなふうに思うも、すぐに自己嫌悪に陥ってしまう。
自分は今にもクビになりそうなサラリーマン。ルックスもたいしたことはないし、おまけに身体も肥満気味だ。
腹のたるんだ贅肉を掴むと、部活に勤しんでいた学生時代が恋しくなった。
――もう寝よう。これ以上つまらないことを考えていてもしょうがない。
高田はテレビを消して寝室に向かった。
ドリームキャンディの存在を思い出したのは、明かりを消してベッドに潜り込んだときだった。
リビングのテーブルに置いたままだった飴玉を急いで取ってくる。
「確かこれを舐めてから寝ると、見たい夢が見られるんだったか……」
包みを開くと、直径二、三センチほどの赤い飴玉が出てくる。見た目は何の変哲も無い。
――だがあの老婆の言うとおりなら、夢の中で恋人を作ることも出来るらしいが……。
その時、脳裏に浮かんだのは、さっきの女子アナウンサーだった。
「……試してみるか」
高田は飴を口に放り込んでベッドに入ると、宮倉彩夏の名前と容姿を思い浮かべた。
艶やかなブラウンのショートヘアー。スタイルの良い身体。ミニスカートから伸びる細い足。そして、先ほどまで小野寺正孝に向けていた微笑み……。その横には自分が居て、手を繋ぎデートをしている。
ぼんやりとそんな情景を浮かべながら、やがて飴玉が全て溶けて口の中から無くなると、高田は眠りに落ちた――。




