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エピローグ

 退院後の日曜日。約束どおり、高田のアパートには中村が訪れていた。やはり出来たてが良いだろうということで、中村はスーパーで材料を買い、高田の部屋のキッチンを使って夕食を作った。

 太陽が姿を隠す頃には、テーブルに和食中心の料理が並んでいた。大皿にはジャガイモとさつま揚げの煮物が湯気を上げ、豚汁からは牛蒡ごぼうと豚肉、鰹だしと味噌ベースの良い香りが漂う。緑の鮮やかなほうれん草の胡麻和えが小鉢に盛られ、大根おろしの添えられた秋刀魚さんまの塩焼きが食欲をそそる。そして極めつけは、やはり艶めく白いご飯だろう。

「すごい、これは美味しそうだ!」

「高田さんのお口に合うか不安はありますが、食べましょうか」

「はい、いただきましょう」

 二人は狭い部屋で向かい合って食事をした。中村の料理は素朴であったが、夢の中で食べてきた、どんな高級ディナーとも比べ物にならないくらい美味しく、そして、とても温かいものであった。

 何気ない会話を交わし、庶民的な食事に舌鼓を打つ。傍目から見れば、決して華やかさは無い。だが、これこそが幸せというもののような気がした。

「ふうー。食べた食べた。ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした。お口には合いましたか?」

「ええ。そりゃあもう」

「ふふっ。あ、残った分は、また明日にでも食べて下さい」

「ありがとうございます。助かります」


 洗い物を済ませた後、中村はやや曇ったガラス越しに広がる夕闇を眺めていた。

「寒くなってきましたよね」

「そうですね。そろそろストーブも必要になりそうだ」

「ええ……って、あら、雨かしら?」

「どれどれ?」

 高田は窓を開けると、狭いベランダに出て空を見上げた。小雨が額に当たり、僅かに髪の毛を濡らす。

「あー、ホントだ」

 吐いた息は、微かに白くなって大気に消えていった。

「たぶん、にわか雨です。すぐ止みますよ」

「そうですか、良かった。私、傘を持って来てなかったから……」

 鼻をすすって室内に戻ると、窓を閉める。

 ふと、棚の上に置かれた、空の小さな瓶に一瞬だけ目を配ると、高田は愚かな過去を懐かしむように微笑を浮かべた。

「雨が止んだら、送っていきますよ。それまで、コーヒーでも飲んで、ゆっくり過ごしましょう」

 そう言って、高田はキッチンの戸棚から、マグカップを二つ、取り出すのだった――。

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