十四章
……目的地には、それから五分ほどで到着した。
タクシーには少し離れたコンビニで待機してもらい、高田は一人で公園の入り口に来た。
設置された車止めの隙間を通って中に入る。広さはサッカー場のフルコートほどだろうか。遊具らしいものはあまり無く、殺風景ではあるが、清潔な感じのする場所だった。公園の中央には噴水があったが、水は止まっているようだ。その周りには、ベンチが円を描くように設置されている。
公園の奥には、ちょっとした高台が造られていて、階段を上がった先に、東屋のようなものも見えた。
すると、まさにその階段を駆け足で降りてくる人影に、高田は気がついた。
その人物は小さい呼吸音を漏らしながら、階段を上り下りしているようだった。
暗がりな上、フードのような物を被っていてよく分からないが、外灯の局地的な光の中で同じ動作を繰り返している。
――もしかして、あれが小野寺か?
そう思ったとき、外の駐車場に一台の車が停まったのが分かった。おそらく宮倉だ。
高田は噴水の陰に隠れると、その様子を窺う事にした。
ヘッドライトの光が消え、エンジンが停まると、ドアを開け閉めする音に続いて鍵を掛ける電子音が小さく響く。
アスファルトをノックするように、小気味の良いヒールの音が公園に近付いてくる。
まもなくして入り口から現れたその姿は、予想通り、宮倉であった。
宮倉は高田の隠れる噴水の前を通り過ぎると、高台のある階段へと向かっていった。そして階段の下で止まると、手を上げて何か声を掛けたようだった。
すると、上り下りをしていた人物がそれに気づき、フードを取って宮倉のもとに駆け寄る。
――やはり、相手は小野寺正孝で間違いない!
実際にそれを目の当たりにすると、怒りが沸々と湧いてくるようだった。
二人は軽く談笑した後、出口の方へと並んで歩き出した。噴水の陰に隠れる高田との距離が近くなる。
まだ信じたくないという気持ちが高田を硬直させる。
そして目の前を通り過ぎる瞬間、動揺を隠せない高田に追い討ちをかけたのは、小野寺と宮倉が手を繋いでいるという事だった。
その時、心にギリギリ掛かっていた歯止めが一気に崩れていった。
高田は立ち上がると、背後から地面を大きく踏みつけて歩み寄った。
その気配に気づいた二人が振り返る。
「……また週刊誌の方ですか? 申し訳ないけど、話す事はありませんよ」
小野寺は、さりげなく自らの後ろに宮倉を隠しつつ、面倒くさそうに言い放った。
「週刊誌? 俺は週刊誌の人間なんかじゃない……」
高田は拳を震わせながら、小野寺の背中越しに、こちらを窺っている宮倉をじっと見つめた。しかし彼女の表情に変化は無い。
「なら、ファンの方? とにかくまた今度にしてくれ。今はプライベートだからさ。そういうところはちゃんと守ってくれないと――」
「違うってんだよ! 俺はなぁ!」
高田は被っていた帽子とマスクを脱ぎ捨てて叫んだ。
「俺は、彩夏の彼氏だっ! 人の女を勝手に盗るんじゃねえっ!」
「…………はあっ?」
小野寺は宮倉に、どういうこと? というような顔を向けるが、宮倉は困惑したように大きく首を振った。
「し、知らないわ、こんな人! 誰なんですか、あなたっ」
「何を言ってるんだ……この期に及んで、嘘をつかないでくれ。知らない訳ないだろ? 何度もデートをしたじゃないか! 遊園地にも行ったし、ホテルにだって……なのに、なぜそんなに白を切るんだ。そいつの地位や名誉に惑わされているのか? そんな物に目が眩むような女じゃなかったはずだろう、キミは!」
「おい、あんた、ちょっとおかしいんじゃないか?」
「黙ってろ! プロ野球選手だからってなあ、何でも許されるわけじゃないんだよ! いいから返せ!」
「きゃあ!」
高田は悲鳴をあげる宮倉の手を掴もうとするが、小野寺の太く筋肉質な身体がそれを阻む。そして次の瞬間には、ジャケットの首元を持ち上げられ、突き飛ばされてしまう。
反射的にバランスを保とうとしたことで、足がもつれ、高田は肩口と顔を地面に打ち付けてしまった。
「いい加減にしろよ! それ以上変な言いがかりつけると、警察に突き出すぞ!」
「ちょっとやめてっ! トラブル起こしたら……」
幅の広い肩を怒らせ、息を荒げる小野寺を宮倉が抑える。
「こういう変な奴は、これくらいしないと分からないんだよ! ただでさえマスコミが付け回してきて面倒だってのに!」
「いいから、もう行こう……」
二人は、うずくまる高田の横を通り、足早に去っていく。引き留めようにも、痺れるような痛みが上半身と脳に奔り、高田は動くことが出来なかった。
――なぜなんだ。知らないと突き放され、悲鳴まで上げられるなんて……。
思わず悔しさと悲しさに歯を軋ませる。
こんなのは悪夢だ。悪い夢だ……。
――……夢? そうか、これは夢……。だったら、現実はどこにある? 俺の現実……。そこへ戻るためには……ああ、そうだ。あの飴を舐めればいいんだ。なんだ、簡単な事じゃないか。
「ふ、ふふ。はははっ――」




