十三章
二台の車は、夜の国道を一定間隔で走行していた。
「ところでお客さん、週刊誌かなんかの人ですか?」
タクシーのデジタルメーターが値段を刻む中、運転手が訊ねてきた。
高田はこの後、どうやって宮倉と話をつけるかを考えていたので、無視したいところだったが、むやみに勘ぐられるのも避けたい。
「いいえ……違いますが」
高田は短い言葉で返事をし、腕を組んで会話拒絶の意思を示した。だが、運転手にはそれが伝わらなかったようで、
「ありゃ、そうでしたか。てっきりスクープでも狙ってるのかと……ははは」
そんなふうに、のんきな声を上げる。
「スクープ……」
思い出したくもない、あの写真が脳裏に浮かぶ。
「あれ? 知りませんか? この間、週刊誌に載ってたやつですよ~」
運転手は高田のぼそりとした呟きにも、反応を示してくる。
「今、追いかけてる車、あのすんごい美人の宮倉彩夏ってアナウンサーでしょう?」
どこの誰とも知らない一、タクシー運転手が、宮倉の名前を口にする事に若干の苛立ちが湧いたが、高田はそれを心に留めた。
「……よく知ってますね」
「そりゃあ、あのテレビ局周辺はわたしにとって庭みたいなものですから。噂は色々入ってきます。実際に、乗せたこともありますし」
「のせた!?」
「ええ。このタクシーに」
「ああ、そういう事か……」
高田は反射的に乗り出してしまった半身をシートに戻した。
「ちょうどお客さんが座ってる場所でしたね。もう何年も前ですが、良い香りがしたのをよく覚えてますよ」
「そうですか」
どうでもいい自慢話に対し、おざなりな相槌を打つ。
「でも、それじゃあ、なんで追いかけてるんです?」
「……言わなきゃいけませんか、それ?」
いい加減、やり取りに面倒くさくなってきた高田は、凄みを利かせて答えを拒んだ。
「あ、いえ……ただ、もし危ない事なら控えたほうがいいのではと思いまして」
客と接する際は、押し引きや距離感のバランスが肝心だというのに、この運転手はそれが全く分かっていない。
「大丈夫ですよ。迷惑は掛けませんので、ご心配なく。とにかく、極力気づかれないように追いかけてください」
「わ、分かりました」
車内は気まずい空気に包まれ、走行音が静かに響いた。
しばらくの間、前方を走る宮倉の車と、窓の外を通過していく点々とした灯りを交互に見ていた高田は妙な事に気がついた。
午前中に下見をした宮倉のマンションの位置から、どんどん離れていっているのだ。
「おかしいな。自宅に帰るんじゃないのか?」
すると、その呟きに、しばらく黙っていた運転手が、あっ、と声を上げた。
「もしかしたら、あそこかもしれないなあ」
「何か心当たりが?」
「え、ええ。実はこの先に公園があるんですが、そこ、ときどき小野寺が自主トレをしてる場所らしいんですよ」
「小野寺? あの野球選手の?」
「ええ。週刊誌にスクープされた、あの。だから、ひよっとしたらと思いましてね」
――まさか逢引……?
信憑性は微妙だが、自宅へ帰らないとなれば、可能性は少なからずありそうだと思った。
「……」
どうするか考えていると、宮倉の車が僅かにスピードを上げ始めたのが分かった。
「あら。気づかれたかな……どうします?」
「その公園、先回りすることは?」
「出来ると思いますよ。こちとらドライバー歴長いですから。……向かいますか?」
「――――お願いします」
高田は迷い無く言った。




