第4話 上陸一日目の2
☆★☆★☆★☆
「洞窟を拠点にすれば良い」
静かな調子でトヴォが発言した。あまり喋らない無口な男であるが、自分の意見は主張するようだ。声も渋くて男らしい。
「洞窟にも魔物はいると思うが?」
「砦を落とすよりは容易だ」
「追い詰められる可能性もあるが?」
「周囲を囲まれるよりは狭い洞窟の通路の方が戦いは楽だろう」
フェムの問いに淡々と答えるトヴォ。確かに一理あるな。同時に相手取る小鬼が少ない方が俺らは楽だ。
「リスクはあるだろうが、砦を落とすよりは現実的な意見だ。他に意見はあるか?」
特に誰からも意見が出てこない。
「では直接洞窟に向かう。近くには小鬼や他の魔物もいるだろう。警戒を強めるぞ。極力戦闘は回避する」
再びフェムの指示で進行を開始する。隊列は、俺、小鬼、鉄の扉、竜の牙の順。俺の背後に魔物がいるのが気持ち悪い。
早め早めに察知した魔物の情報を後ろに伝え、細かく進路を変えていく。そろそろ方向感覚に自信がなくなってきたところで、前方三方向に魔物の集団の気配を捉える。素早く後方に情報を伝えると一旦集合の合図が掛かる。
「方角、距離、数、強さの詳細を」
フェムから端的な指示が飛ぶ。
「進行方向から、左に30度、距離が約一町、数は12。四足の魔物だ。移動速度がそれなりに速い。此方を察知される可能性もある。進行方向から右に15度、距離が約一町、数は6。恐らく小鬼と同系の魔物。進行方向から右に40度、距離は約一町ちょっと、数は6。此方も恐らく小鬼と同系」
方角としては、右に40度の小鬼の集団の後方に砦があるはずだ。避けるのなら左側だが、移動速度が速く四足の魔物に此方を察知される可能性があるから、判断は難しいだろう。
「進路は左に60度。大きく迂回する。それと、こいつはこのまま進行方向を直進させる」
こいつとは、フェムが使役した小鬼。どうやら囮として使うようだ。
「出発するぞ」
再びフェムの指示で歩みを再開する。四足の魔物の気配には常に気を配りつつ、左方面に大きく逸れていく。同時に囮となった小鬼の気配にも注意を向けておく。すると動きがあった。四足の魔物の集団が小鬼目掛けて急速に接近する。直ぐに後方に情報を伝えると、フェムから指示が飛んできた。急ぎ足でここから離脱するようだ。
四半刻、小走りで森を進む。そろそろ目的地となる洞窟に着いても良さそうな距離を移動してきた。だが、問題は俺が現在位置を把握していないこと。後ろめたい気持ちになりながら、後方のフェムに事実を伝えると、集合の合図が掛かる。
「ここで休憩を取る。四半刻だ。水分と軽い食事だけにしろ。ノルは至急、現在位置を確認しろ」
「了解」
俺だけ休憩できないじゃないか、とは間違っても言わない。特に責められずに現在位置を確認する時間を貰えたことに感謝しつつ、近くの背の高い木に登る。砦の方角と海、太陽の方角から、地図に線を引く。大体の位置は分かった。となると、この周辺に目的の洞窟の入口があることになる。方向感覚が狂ってきていたが、俺の勘が冴えていたようだ。結果オーライ。流石、俺。そのことをフェムに伝えて俺も休憩を取る。
「この周辺に洞窟の入口がある。ニオ、ティオ、休憩が終わったら半径一町の範囲を探索しろ。竜の牙からも探索メンバを出してくれ」
「じゃあ、竜の牙は、トヴォとトレで行こう」
「範囲はニオ達と同様に半径一町の範囲。向こう側から探索してくれ」
フェムの指示にエットが答える。探索チームは、ニオ、ティオの組と、トヴォ、トレの組の二組。この二組で周辺を探索することになった。その間、俺は探索チームとその周辺の索敵を任されることになった。気になるのは探索範囲を半径一町に絞ったこと。フェムには、俺の索敵範囲の限界を知られたようだ。確かに半径一町の範囲であれば、俺は気配を捉えることができる。仲間が迷っている、或いは範囲から出てしまうようであれば、直ぐに迎えに行けるだろう。ちょっと、フェムのことを見直し始めた。
探索を始めてから四半刻程度で二組ともに無事に戻ってきた。まずはニオ達からの報告だ。
「洞窟らしき入口を発見しました。ただ、何処まで穴が続いているかは確認してません」
「俺らも洞窟を発見した。同じく中は未確認だ」
続けてトヴォが報告する。想定外とまでは行かないが、二つも同時に見つかるとどちらが目的の洞窟なのか判断に迷うだろう。
と、フェムが俺を睨む。いや、普通に見ただけのようだ。目付きが悪すぎる。
「ノル、現在地、二組の探索の方角から、どちらが正解か導け」
へいへい、やりますよ。地図に二組が探索に向かった方角を書き込んで周辺の洞窟との位置関係を見てみる。多分、きっと、こちらが正解だろう。
「ニオ達が発見した洞窟がどうやら目的の洞窟らしい」
「だそうだ。ニオ、先導を」
と言う訳で、ニオ達が発見した洞窟に向かう。直ぐに着いた。
「よく見つけたな」
俺の独り言。本当に良く見つけたと思う。長い年月、放置されていたのだろう。洞窟の入口周辺には草木が生い茂っている。入口も良く見ないと分からないだろう。
「俺らが発見した洞窟はもっと露出していたな」
ふーむ。それなら、この洞窟は、小鬼等の魔物が拠点に使っていないと言うことだろう。洞窟を出入りする魔物や生物がいないってことだ。都合が良い。
「入口はこのままにする。中を確認するぞ。ニオ、ティオ、入口の見張りに立て。魔物とは戦闘するな。発見次第、直ぐに中に伝えろ」
俺達はニオ達を残して洞窟内を探索する。先頭は俺、直ぐ後ろにトヴォ、トレ。間にフェム、フュー、セクス、フィーラ。殿にエット。中心にいるフェムが小さな魔術の明かりを灯して進む。
どうやら、小物の魔物がいるようだ。動きや大きさ、数を後方に伝える。フェムからは魔術で一掃すると返ってきた。
魔物との距離が縮まると、時よりキィキィと鳴き声が聞こえる。姿も確認できた。洞窟蝙蝠だ。
「放て」
静かにフェムの指示が出されると、大きめの炎の壁が前方を塞ぐ。どうやら、フューの魔術のようだ。
炎が消えると近くにいた魔物の気配がなくなっている。これは楽だ。それから、暫く進んでは炎の壁で洞窟蝙蝠を一掃しながら進むと、洞窟が二手に分かれている。
「目的の洞窟ならば、右手の道を進んで直ぐに広場があるはずだ。右に行くぞ」
フェムの指示通りに右に進むと直ぐに広場の入口が見えてくる。が、何やら不穏な気配も捉えた。デカイ魔物だ。どうやってこの洞窟に入ったのだろうと疑問に思うほどの大きさ。直ぐにフェムに伝える。
「トヴォ、トレ、守りを固めろ。魔術で先攻するが、仕留めきれない場合は、広場の入口まで引くぞ」
広場の入口まで進むと、後方より魔術が二つ飛ぶ。一つは光球。明かりの魔術だ。これはフェムが飛ばしたようだ。続けて、真っ赤な火の玉。いや、玉ではないか。あれは炎の塊。どうやらフューの魔術のようだ。光に照らし出された魔物。巨大な白い蛇だ。幾重にもとぐろを巻き鎮座している。蛇の巨体に比べるとフューの放った炎の塊が随分と小さく見える。続けて炎の槍が数十本飛んでいく。フィーラもかなりの魔力を注ぎ込んで魔術を放ったようだ。全ての魔術が蛇にあたり、辺りを灼熱が覆った。炎が消える前にゆっくりと蛇が動き出す。どうやら、炎の魔術は、鱗の表面を少し焦がしただけのようだ。
「引くぞ!」
フェムの号令で後退する。トヴォ、トレは敵を見据えたまま、ゆっくりと後ずさる。
「オッタ、障壁を張れ!最大級でだ!」
トヴォ、トレが入口よりも此方側に来るのを待って、オッタが土壁を展開する。分厚い土壁が幾重にも顕現され、蛇と俺達を隔離する。その土壁の上から更に新たな壁が重なっていく。どうやら、フェムが氷の壁を作り出したようだ。すぐに壁に激突する音が響いてくる。蛇が壁に体当たりしているのだろう。
「フェム、どうする?」
「向こうがその気ならば、この障壁は耐えられないだろう。接近戦でいけるか?」
聞かれたのは、トヴォ、トレ、エット、俺。正直、接近戦で迎えたい相手ではない。
「防御は無理だ」
「鱗の硬さ次第だな」
「囮は引き受けるよ」
トヴォ、トレ、エットの発言だ。あの大質量だ。盾で防いでも吹き飛ばされるだろう。相手の攻撃を回避して攻撃しても鱗が硬すぎて通じない可能性もあるだろう。
「俺は攻撃力には自信がないが、回避は自信がある。俺も囮を引き受けよう」
このメンバで戦うなら、攻撃は他に任せて俺が囮をやるのが良いだろう。
「他のメンバは離れて魔術を。範囲魔術ではなく、極力、一点を突破できるもの、鱗を切り裂けるものでだ。行くぞ」
フェムの合図とともに、土壁、氷壁が消失する。向こう側に巨大な蛇が見えた途端、強大な魔力が迸る。大量の水が現れ、一気に蛇を押し流す。その隙に、エット、俺、トヴォ、トレが飛び出す。
「ノル!右側に回れ!」
「了解!」
エットが左側へ、俺が右側に飛び出す。トヴォ、トレは正面だ。早速、エットが左側から、蛇に突撃する。蛇は頭を持ち上げ、エットを威嚇する。その隙に、俺が反対側から胴体に正拳を突き出す。硬い!地面を殴ったような感触だ。強化していなければ、手首が折れていただろう。蛇は意にも介さず、エットに攻撃する。エットが上手く回避している隙に、トヴォ、トレがそれぞれの得物で胴体に攻撃を加える。
「駄目だ、鱗が硬すぎる」
トヴォだろうか、トレだろうか。やはり、攻撃が通じないようだ。
俺は蛇の背中に飛び移り、頭に向かって疾走する。流石に目の前をウロチョロすれば、此方に注意を引けるだろう。
思った通り、蛇はエットへの攻撃を中断し、俺を振り落とそうと巨体をくねらせた。キモい。
飛ばされる前に、飛び降りると、すかさず大口が迫ってきた。確実に一飲みできる大きさだろう。横に転がりながら避けると、俺が着地した地面もろとも口の中へ消えて行った。
「離れろ!」
多分、オッタだろう。その忠告に従い、全力で距離を取ると、蛇に向かって幾つもの魔術が飛んできた。高圧縮された火の玉が蛇に衝突し爆発を起こす。風の刃が蛇を切り刻む。石の槍が蛇を串刺す。それらは間違いなく蛇を襲った。間違いなく傷を与えた。
それにも関わらず、蛇は俺に向かってきた。身体中を切り裂かれ、血を流しながら。
「ノル!右に避けろ!」
オッタの声に反応し、思いっきり右に飛んだ。
直後、高圧縮された魔力の塊、真っ黒い塊が蛇の頭を上から押し潰す。
蛇は真上からの攻撃を身を捩り避けるが、全てを避けきれず、胴体を潰される。
広場の壁際まで、転がりながら移動し、蛇を振り返ると、全体の十分の一程の長さになった頭部を含めた部位と全体の十分の九程の長さになった胴体の尻尾に分かれて激しくのたうち回っていた。
俺は蛇に巻き込まれないように壁際を移動し皆と合流する。
「あれは…殺ったのか?」
素直に疑問をオッタにぶつけてみる。すると、フェムより返答された。
「まだだ」
その言葉を裏付けるように蛇に変化が起きる。全体の十分の九を占めていた胴体の方の動きが止まり、全力の十分の一の頭部の傷口から胴体が生えてきた。
「頭部を潰すぞ。オッタ、今のあと何回だせる?」
「残り一回だけだ」
フェムの問いにオッタが答える。あれは、多分、複合魔術。魔力の感じからすると、地属性魔術と闇属性魔術の複合だろう。高圧縮された硬質で大質量の闇と地属性の魔力の塊だ。巨大なハンマーといった感じだが、あのちぎれかたを見るとそれだけではないのだろう。
「近接組は一旦引け。魔術組、あいつの動きを一時的に止めるぞ」
エット、トヴォ、トレが引いてくると同時にフェムの号令が飛ぶ。
「放て!」
炎の矢、氷の矢が飛ぶ。再生中の蛇には殆んどダメージはないだろうが、幾分、蛇の再生速度が落ちている。
「行くぞ」
オッタの静かな言葉とともに闇色の魔力の塊が放たれる。洞窟の天井すれすれまで上がった塊が勢い良く落下してくる。再生とフェム達の魔術によって動きの止まっていた蛇。今度は避けることが出来ずに頭部を押し潰されていく。
「もう打ち止めだぜ…」
片膝を付き、肩で息をするオッタ。こいつはやはり天才なのだろう。
☆★☆★☆★☆