第3話 上陸一日目の1
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二日目の夕方、遠くにオスター島の姿が確認できるようになってきた。二日目は、そのまま沖で船に泊まり、三日目の朝早くから上陸することになっている。まぁ、態々、魔物が跳梁跋扈する島で野営することもないからな。で、今はその三日目の早朝となる。上陸前に確認した隊列通り並んで上陸し、目的地の洞窟を探すことになっている。
「...なんだか...寂しいな... ...」
総勢11名の冒険だというのに、俺はこの一刻ほど、誰とも会話していない。周囲に魔物が跋扈しているから、周囲を警戒して無駄口を開かない、という訳でもない。隊列のせいだ。隊列の先頭は索敵技能を有する俺。そこから約二丈(約6m)程あけて、ニオとティオの兄妹。その後ろにオッタ、フェム、フュー、セクスの4人。そこから約一丈程あけて、トヴォとトレの兄弟。その後ろにフィーラ、最後尾にエットと続いている。俺、鉄の扉、竜の牙の順だ。つまり、話しやすい人ほど俺から離れているのだ。会話しようにもする相手が居ない。
時折、俺の索敵に魔物が引っ掛かり、後続にハンドサインで、魔物の数と大体の強さを伝える。その情報を元に隊の中心にいるフェムが方針を決め、皆に指示を出す。方針と行っても大きく二つ。倒すか、避けるかだ。この一刻は、全て避けてきた。理由も分かりやすい。魔物との戦闘中に他の魔物が寄ってきて、連戦になる可能性があるからだ。索敵から魔物の数、強さを伝えるのも、フェムの方針が皆に伝えられるのも全てハンドサイン。全く会話する機会がない。俺に至ってはボッチ感が強い。
そんな感じで目的の洞窟を目指していると、後ろから言い合う声が聞こえてくる。この声の主のうちの一人は、鉄の扉の嫌味な男・セクスだ。あまり大きくない声、くぐもるような声で聞き取りづらいが、あんな嫌味な感じのトーンは他にはいない。もう片方は、竜の牙のトヴォかトレのどちらかだろう。この兄弟は声が似ていて、どっちか判別できるほど親しく話してない。このまま歩を進めるのか、止まって仲裁するのか、と思って振り返るが、フェムは知らん顔で歩いている。少し待っても何も指示は来ない。もしかして、言い合いしながら進むのか?
「後ろから汚い目で見やがって!俺のケツをジロジロ見るんじゃねえ!」
「見てない。言い掛かりも大概にしろ」
「後ろから殺気が漏れてんだよ!何を狙ってやがる?フェムの尻か?フューの尻か?」
「いい加減にしろ。少しは声のトーンを押さえろ。魔物が寄ってくるぞ」
どうやら、セクスから絡んでいるようだ。トヴォかトレか分からないがえらい迷惑だな。
「おーい、鉄の扉のリーダーさん!そろそろ小休憩でも取らないか?」
そこで最後尾のエットがフェムに休憩を提案した。良いタイミングだと思う。体力的にはまだまだ問題ないが、先は長い。こまめに休憩を挟んだ方が良いだろう。しかも、この言い合いのまま進んでも、皆の集中が乱れるし、何より雰囲気が良くない。更に言うと、一旦止まって地図を良く確認したかったんだよね。イマドコ?いや、大体は把握してるよ?
「四半刻だけだ。水分補給と軽い食事にしておけ。それぞれ周囲の警戒を怠るな」
静かな調子で鉄の扉のリーダーフェムが皆に伝える。この11人の中ではフェムが一番偉いらしく、今回の依頼のリーダーも任されている。冒険者のランク的にはエットと変わらず、上級冒険者らしいが、竜の牙よりも鉄の扉の方が、功績や評価が高いらしい。これは、船でエットに教えて貰った情報だ。
「よう、何があったんだ?」
すかさずエットがトレに聞いている。どうやら、セクスに言い掛かりを付けられていたのはトレの方らしい。
「さあ...俺には分からん」
「けっ!こいつが殺気を俺にぶつけたり、なめるような視線をぶつけてきたんだよ!冒険者として最低の行為だぞ!恥ずかしい!」
何だか冒険者としての否定もされているようだ。う~ん。俺も仲裁に加わりたいが...自慢ではないが昔からトラブルメーカー、台風の目、問題を更に掻き回す男などと呼ばれていたので、ここはぐっと堪えて静観することにした。その隙に俺は木に登って周囲の地形を確認する。一面が木、木、木。遠くに木々の間から海が見える。目印になる砦が二時の方向か。若干、北にそれているようだ。もう少し南に向かおう。目測だとあと一刻半ほど歩けば目的地に着きそうだ。海岸から目的地までは徒歩で約三刻。休みなしで歩けば正午までには辿り着いただろうけど、小休憩を挟んだり、迂回したり、避けられない戦闘も考慮すると、昼の八つから七つ頃(3時頃)になりそうかな。木から降りて、腰にぶら下げた水筒から水を飲み、腰の革袋から携帯食を取り出し、口に含む。塩味が効いている硬い干し肉だ。俺は、この干し肉が好きなんだが一般的には敬遠されている。理由は硬いからだそうだ。皆、顎の力が弱いんだろうな。
そんな中、セクスの口撃は続いていたが、エットがどうにか抑え、不満顔のトレが謝って、ことは収まったようだ。
「出発するぞ。ここから更に魔物が増えると思う。避けられない戦いも出てくる。気を抜くな」
フェムの出発の指示で皆が動き出す。どうやら、竜の牙は隊列を変更するようだ。エット、フィーラ、トヴォ、トレの順だ。その前にいるセクスと余計ないざこざを避けるためだろう。
「どうした。さっさと行けよ」
俺の先導が遅れたようで、セクスから文句が飛んできた。早朝の行軍よりも賑やかになってきたが、それがセクスの口撃だと気持ちが萎える。あいつ、あんなに攻撃的なヤツだったのか?
少し進路を若干南に修正して進んでいると、そこそこ強そうな魔物の集団の気配を捉えた。進行方向上に五つ。進行方向のやや左側に七つ。更に進行方向のやや右側に八つ。まだ相手には気付かれていない距離だが、このまま進めばいずれ気付かれるだろう。すぐにハンドサインで後方に伝える。フェムからは一旦集合の合図が飛んだ。
「距離は?」
「進行方向上の五つが約一町(約109m)。左側はそれより若干近い。右側は若干遠いな」
「お前の索敵は確かなのか?」
俺がフェムの問いに答えると、横からセクスがいちゃもんをつけてくる。面倒なヤツだな。
「俺は狼系獣人族だからな。他の種族に比べると聴覚、嗅覚が優れている。更に魔力感知によって、大体の強さも分かる。索敵技能は☆二つだ。信用するかしないかは、判断に任せるよ」
「ちっ」
事実を述べただけなのだが、舌打ちされた。なんなんだろうな、こいつは。
「進行方向を右にとる。八つの敵影の更に右を回り込む」
「了解。また避けるってことだな?」
フェムの指示にエットが答える。エットでさえ、少し気が立っているような感じだ。セクスのようなヤツがいるのだから仕方ないのかもしれない。
「いや、今回は静かに奇襲する。ここら辺で魔物の強さも見ておきたい」
「いいね~。少し鬱憤が溜まってきたからちょうど良いよ」
と言うことで、他の二つの集団には気付かれないように回り込み、一番右の集団に近付いていく。十間(約18m)まで近付くと、木々の隙間から敵影も見えてきた。どうやら、小鬼のようだ。
「おいおい、小鬼じゃねえか。誰かさんはそこそこ強いって言ってなかったか?」
「...やつらの保有魔力が通常の小鬼よりも多いのは事実。油断してやられないようにな」
セクスの突っ込みに、俺も苛立って返答した。この後が面倒になりそうだが、知ったこっちゃない。もう、なんとでもなれって感じだ。
「遠距離から魔術で先制する。正面を開け、左側からエット、トヴォ、トレ、右側からノル、ニオ、ティオで挟め。先制攻撃後、速やかに殲滅せよ」
どこの司令官だよ、と文句を言いたくなるが、その指示がかなり的確だったりするから、文句も言えない。速やかに位置につくと、遠距離攻撃が開始される。魔術の火矢などが五匹の小鬼に当たる。それを横目で見ながら、距離を詰める。どうやら、ニオ、ティオよりも俺の方が移動速度が速いらしく、一番右の小鬼に接近する。魔力操作による強化を施した手刀で小鬼の首を刈り取る。直ぐに追い付いたニオ、ティオが一匹を挟んで腕や腹に斬りつける。反対側では、エット、トヴォ、トレがそれぞれ一匹ずつを倒していた。他には生きている小鬼はいない。
「誰だ討ち漏らしたのは?」
魔術が五つ飛んだのに、魔術で倒した小鬼は三匹。二匹が討ち取れなかったということだ。突っ込んだのは相変わらずのセクスだ。
「私とオッタだな。それぐらい把握できないのか?」
「ちっ」
セクスの突っ込みに即答し、嫌味を返したのはフェム。それに対してセクスは舌打ちで返す。あいつ、自分の戦団のリーダーに対してもあんな態度なのか。だが、このやり取りでセクスが無能なことが分かった。いや、言い過ぎたか。動体視力や魔力感知に関しては能力が低いようだ。俺には誰がどのような魔術を使って、誰がわざと小鬼を仕留めなかったのか分かっている。まず竜の牙のフィーラ。あの娘は少々過剰とも思える魔力を込めた火矢を放ち小鬼を仕留めている。確実に小鬼を仕留めるためとしても少々過剰な魔力であった。次に鉄の扉のフュー。こちらも火矢を放ち小鬼を仕留めている。こちらは的確な魔力だったように思う。次に鉄の扉のセクス。こいつはどうやら魔道具を所持しているようだ。氷矢を顕現する魔道具だ。この魔道具は、威力が一定のタイプだろう。こいつも小鬼を仕留めている。次にオッタ。やつは、少々足りなそうな魔力で石弾を放っていた。狙いは小鬼の喉であったので、叫び声を上げられるのを防ぐ目的だろう。小鬼を仕留めるまではいかずに、ニオ、ティオが仕留めている。最後が鉄の扉のリーダーフェム。やつは、風弾を放っていた。明らかに少ない魔力であった。この攻撃であれば、そこら辺で出会う普通の小鬼すら倒せるか微妙なところだろう。結局、小鬼は仕留めきれずにエットが仕留めている。オッタとフェムは何か狙いがあったのだろう。
と、そんな事を考えていると周囲に不穏な気配を捉えた。
「ごめん、ちょっと割り込むよ。さっき報告した魔物五匹が近付いてくる。足音からすると小柄な二足歩行の魔物。多分小鬼だ。このままだと、あと10秒程度で遭遇するが、どうする?」
「迎え撃つ。トヴォ、トレは近付かれないように防御を。先制攻撃は魔術とする。が、ギリギリ死なないように調整しろ。エット、ニオ、ティオ、ノルは一匹生き残るように仕留めろ」
素早くフェムの指示が飛ぶ。トヴォ、トレは直ぐに魔物が近寄ってくる方向に向かい盾を構える。エット、ニオ、ティオと俺も左右に分かれ、トヴォ、トレのやや後方に控える。直ぐに敵影が見えてくる。さっきの小鬼と同タイプが五匹。フェムの合図で一斉に魔術が飛ぶ。魔術を食らって殆んど動かなくなった小鬼に俺らは止めを刺していく。
すると、フェムが生き残りの一匹に近寄って何やら魔術を行使し始めた。
「それは?」
「魔物を使役するための魔道具だ」
エットの問いに簡潔に答えるフェム。魔物を使役するための魔道具?なんか高価そうなもんを持ってやがるな。だが、これで、その前の戦闘の狙いが分かった。フェムは小鬼がギリギリで死なないラインを見極めていたのだろう。フェムの狙いは何となく分かった。だが、オッタの意図は分からないままだ。ここは素直に聞いてみるか。
「オッタ、この前の戦闘の時、わざと魔力抑えたろ?なんか狙いがあったのか?」
「ノルの言うように普通の小鬼よりも強いのか試しただけだ。結果、仕留められなかったってことは、普通の小鬼よりも強いのだろうな」
そう言うことか。納得だ。多分、竜の牙のフィーラはどれくらいの魔力を込めれば倒せるか不安だったのだろう。それで、過剰とも思える魔力を込めたのだろう。鉄の扉のフューは小鬼の強さを感じ取れたのだろう。仕留めるためのギリギリの魔力だったように思える。フェムは手加減の調整だとして、セクスは特に考えがあったようには思えない。で、最初の疑問が解けたところで次の疑問を解決しようか。
「フェムさん、魔物の使役ってのは?...」
フェムは俺の問いかけを無視して、小鬼に水属性の治癒魔術を使っている。何のためだろうか。
「...自分で考えろ...」
じっとフェムの動作を見ていると、そう答えが返ってきた。まぁ、何となく分かる。魔物を使役するための魔道具を使うのに条件があるのだろう。使役を強制させるためには、ある程度、魔物の抵抗力が弱っていないと駄目なのではないだろうか。使役させたら、死なないようにするために治癒しているのだろう。全て根拠のない憶測だが。
「魔物を使役すると、その魔物の意識を共有できる。ここら辺の魔物の数や分布がわかるから有用だろう。それと、魔物が決まった地域を巡回しているならば、それを避けるのも容易になる」
ほう。この鉄の扉のリーダーさんは、結構優秀なのだろう。俺みたいなやつが上から目線で優秀なのだろうと思う自体がおこがましいことかもしれない。
「で~、魔物との遭遇は避けられそうかい?」
すかさずエットがフェムに質問する。
「難しいところだな。我々が目指している砦はこいつらが占拠しているようだ。この島での拠点を砦に作るならば戦いは避けられないだろう。砦以外で拠点を作るならばそうでもないが」
「ふ~ん。で、砦にいる小鬼の戦力は?」
「数だけであれば、1000を少し越えるようだ」
容易な数ではないな。だが、このメンバーならば不可能ではないだろう。
「数だけならどうにかなりそうだな。小鬼の上位種は?」
「小鬼頭がそれなりに、小鬼将も数匹、更に小鬼王もいるようだ」
小鬼将に小鬼王はかなり厄介だろう。小鬼将は、一対一で中級冒険者と同等の力を有する。小鬼王は、一対一で上級冒険者でもやっとの実力の筈だ。更に言うと、小鬼でさえも港町ベーロンの周辺の小鬼よりも強いので、小鬼頭や将、王も俺らが思っているよりも強い可能性がある。砦を奪うのはかなり厳しいようだ。
「...不可能...ではないだろうな」
エットの言である。俺も、戦略次第では可能性もあると思う。
「リスクは高いがな」
フェムの言である。確かにリスクは高い。
「けっ、どいつもこいつも弱気だな!たかが小鬼ごときに!」
相変わらずセクスは雰囲気をぶち壊す。邪魔なやつだな。
「セクス、少し黙ってろ。お前の意見は求めてない」
「くっ...」
フェムから厳しめの注意が飛び、セクスが苦虫を噛み潰したような顔になる。流石にリーダーにここまで言われれば黙るしかないのだろう。
今日も含めて3日間、この島で過ごすことになる。安全性の高い拠点を築くために、俺らは昔に作られた砦を利用しようとしていた。だが、そこは既に数多の小鬼に占拠されている。砦を奪い返すのは不可能ではないが、リスクも高い。さて、どうしたもんか。
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