第13話 上陸三日目の5
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洞窟の入口まで来ると、フェムとオッタが地属性魔術を行使して、入口を塞いでいた土壁を取り除いていく。僅かな隙間が空くと一旦、その作業を止める。
「ここからは、ノル、お前が頼りだ」
「了解。くれぐれもはぐれるなよ」
洞窟から出ると、魔物の反応が多数。いずれもこちらに気付いた感じではないが、避けて通るのは難しい密度だ。
「フェム、南南西に向けて最短ルートで行く。すぐそこに避けられない魔物の群れがいる。数は5」
「速やかに殲滅する。魔力は必要最低限に押さえるように」
俺の先導で、南南西に向かう。直ぐに木々の隙間から魔物の群れが見えてくる。骸骨戦士だ。そこそこの強敵だ。後ろのフェムにハンドサインでそれを伝える。どうやら、魔術で先制し、近接戦闘で仕止めるようだ。近接戦闘は俺とオッタ。オッタは魔術だけでなく棒術も得意だから、近接もこなせる。だが、二人を背負った俺と、顔色の悪いオッタって、少々頼りないな。
俺とオッタがいつでも飛び出せる位置につくと、フェムとフューから魔術が飛ぶ。二人ともに炎の槍を使っている。多分、骸骨戦士に有効な属性なのだろう。俺とオッタは着弾を待たずに飛び出す。俺が左から、オッタが右からだ。
炎の槍を受け瓦解するもの、何とか手に持っていた盾で直撃を避けるもの。当然、盾持ちの骸骨に向かう。
こちらに気付いた骸骨が盾と剣をこちらに向ける。剣が上段に振り上げられる隙に、距離を詰め、盾に蹴りを入れる。骸骨は何とか体勢を保ち、剣を降り下ろす。横に避け、盾の死角に回り込み、強化した拳で二の腕に一撃、背骨に一撃、正拳を突き刺す。固い骨を砕く感触。直ぐに他の生き残りを探す。炎の槍の直撃を逃れたのは後二匹いたが、一匹をオッタが仕止め、もう一匹はフューの重氷槌に砕かれていた。
殲滅したことを確認し、直ぐに先を急ぐ。幾つかの魔物の群れが争いの音か気配かを感じたのだろう。先程の戦闘場所に複数の群れが集まってくる気配があった。
その後も少数の群れを速攻で殲滅しながら、森を駆け続けた。あの洞窟の周辺には骸骨戦士を始め、不死系の魔物が多く集まっていたようだ。フューとの採取中に捉えた魔物の大群は不死系魔物の群れだったのだろう。
もうすぐ走り続けて一刻となる。目的地の海岸線まで残り半分の距離まで来ただろう。だが、ここで問題が発生した。
オッタが自分自身に棒を打ち込んだのだ。
「オッタ!どうした!」
「すまん……もう正気を保っていられそうもない……」
「フェム、すまないが、オッタを眠らせてくれ」
「分かった」
オッタが限界を迎えた。フェムに魔術でオッタを眠らせてもらい、暴れないように縄で縛る。オッタを左手で抱える。これは正直、キツい。数秒なら問題ないが、この状態であと一刻を走り続けるのは……なんて、泣き言を言ってる暇はねぇ!
「フェム、フュー、少しペースを上げるから、厳しいようであれば言ってくれ」
魔術師の二人は体力的にかなり厳しいことになる。だけど、もうすぐフェムも限界を迎えるだろう。その時までに少しでも距離を稼いでおきたい。
再出発すると、うようよと小鬼の群れの気配を捉えた。避けられそうもない群れはその内の二つ。直ぐにハンドサインでフェムに伝える。フェムの指示はゴー。このまま真っ直ぐに突っ切る。
「フェム、お前はもう魔力を使うな。フュー、悪いが援護してくれ」
四匹の小鬼の群れに突っ込む。左手にオッタを抱え、背中にニオとティオ。動きは阻害されるが、オッタから借りた棒を振り回すことは出来る。棒術の嗜みなんてものはないので、我流というか、素人がただ棒を振り回すだけ。だが、強化した右手で力一杯振り回した棒は、小鬼二匹を纏めて打ち砕く。残り二匹をフューが仕止めているので、止まらずにそのまま突っ切る。直ぐに二つ目の群れと遭遇。先程と同じ要領で仕止めに掛かるが、今度は六匹の群れだ。俺が二匹を仕止めている間に、フューも二匹を仕止める。残り二匹をそれぞれ一匹ずつ分担して仕止める。
そのまま走り始めようとした所で、フューから声が掛かる。
「ノル、フェムが限界!」
振り返ると、苦しそうなフェムをフューが支えていた。
「フェム、今のうちに自分に眠りの魔術を」
「……無理だ……」
「私がやる」
フェムに向けてフューが眠りの魔術を掛ける。
「私の眠りの魔術は効果が低い。直ぐに目覚めるから、今のうちにこの魔道具を」
フューが取り出した魔道具は何処かで見たことがある。首輪だ。どこで見たんだったか……
「隷属の首輪。これ、私がフェムに付けることは出来ない。流石にリーダーに付けるの無理。ノルがやって」
隷属の首輪か。奴隷に魔術を使えなくさせるための効果や首輪を填めた主に逆らえなくする効果があるはずだ。
「時間が勿体ない。俺がやろう」
眠っているフェムの細い首に首輪を填める。念のため、フェムを縄で縛る。ニオを降ろし、背中にティオとフェムを括り付ける。オッタを左手に抱え、ニオを右手に抱える。いざというときにオッタとニオには悪いが、ぶん投げるつもりだ。流石に両手が塞がったまま魔物と戦闘は無理だからな。
「フュー、ここからは少し遠回りになるが、魔物を避けて進みたい」
「異論はない。あと、少しペースを下げてくれると有難い」
フューは肩を上下させ、荒い呼吸をしている。顔も青白く、倒れてしまいそうだ。かなり無理をさせてしまったようだ。
「分かった。ここからは歩くより少し速いくらいの速度でいく。安全そうな場所まで行けたら休憩を取ろう」
今の状態でフューに倒れられる訳にはいかない。
うようよと増えつつある魔物の群れの間を、まるで迷路を進むように進んでいく。足音を忍ばせ、腰を屈め、息を殺す。少数の群れは相手に声を上げる隙すら与えずに瞬殺する。
「フュー、やっかいな魔物がいる。数は三匹だが、多分、狼系の魔物だ。臭いでこちらを感付かれる可能性が高い。どうする?」
「進むしかない。追われたら迎え撃つ」
「了解。なるべく見つからないルートにするよ」
こういう時に判断が早いヤツがいると助かる。それが正解でないとしても。
狼か野犬か分からないが四足の魔物に注意しつつ、なるべく風下を位置取るルートで慎重に進む。
それにしても魔物が多い。往路に比べて復路の魔物の数は段違いだ。
「フュー、この魔物の異常な数は何だと思う?」
「この島の魔力の流れが狂ったことが原因。後は予想。狂化した魔物が暴れて、周りがそれに触発されたか。強大な魔物が動き出したか」
最後の予想は外れて欲しいものだ。今の状態で洞窟で出会った大蛇のようの魔物に遭遇したら終わりだろう。狂化した魔物に触発されたというのは有り得そうだな。だけど、魔力の流れが狂う前、つまりは、エット達が魔力結晶を奪う前から不死系魔物の大群が移動していた。奴らは北西方面からやって来たから、もし強大な魔物が動き出したとしたら、そっちが怪しいな。
「ノル、少し……ほんの少し休ませてくれ」
「フュー?大丈夫か?よし、少し休憩しよう」
フューは座り込んだ状態から動こうとしない。体力的に限界のようだ。昨夜の睡眠が少ないのも響いているのだろう。俺もオッタとニオを降ろし、腰掛ける。背中の二人はそのままだ。腰袋から水筒を取り出しフューに水を飲ませる。
「ありがと。助かるよ。あとどれくらい?」
「このペースで進めば半刻ちょっとかな」
珍しく俺の察知範囲に魔物が居なかったことで少し警戒が疎かになってしまったのかもしれない。俺の真上に異常な魔力を感知した。
見上げると、巨大な鳥が飛んでいた。妖魔鷲だ。
願い届かず、既に此方を発見しているようだ。数は二匹。急いで背中の二人を降ろす。
「フュー、妖魔鷲が二匹いる。此方に気付いているようだ。迎撃する。ここで四人を守っていてくれ」
「分かった任せる」
迎撃とは言っても、相手は空にいる。仕方なく、上空に注意を向けたまま、足元の石を拾い集める。強化した身体で投擲する石はかなりの武器となる。
此方に近付いてきた一匹に向かって石を投擲するが、ひらりと石を避け、優雅に宙を舞う。再び近付いてきた妖魔鷲に石を投げ続けるが全く当たらない。コントロールが悪い訳ではない。妖魔鷲の回避力が高すぎるのだ。くそっ!
「ノル、私も手伝うよ」
「じゃあ、一匹頼む」
これで一匹に集中出来る。何とか撃ち落としてやる。注意深く妖魔鷲の動きを観察する。動きは円を描くようなもの。ただし、途中で速度が変化する。基本的には軌跡は変わらない。こちらの石に合わせて速度をコントロールして避けているのだ。こちらの攻撃が点だから当たらないのだ。動くルートの前後左右纏めて攻撃すれば当たるはず。小石を複数握りしめ、強化した身体の全身のバネを使って思いっきり石を投げる。石は矢のような速度で飛んでいき、少しずつ拡散していく。その内の二つが妖魔鷲にヒットした。貫くほどの威力はなかったが、筋や骨を痛める程度の威力はあったようだ。妖魔鷲が大きくバランスを崩し、木に激突する。枝に絡まり翼を痛めたようで、飛び立てないでいる。そこに追撃を加える。拳大の大きさの石を思いっきり投げると、妖魔鷲の頭を潰すことに成功した。もう一匹を見ると、フューの風魔術に切り刻まれ、落下していくところであった。
「フュー、魔力は大丈夫か?」
「魔力は問題ないが、足腰が立たない」
強行軍による極度の疲労だろう。
「回復魔術なんてのはないのか?」
「とっくに試した。それでももう動かない」
海岸線に船が迎えに来るのが明日の早朝。つまり、あと半日ちょっとだ。ここで無理して移動するよりも、十分に休息してから移動した方がリスクは低いかもしれない。
「ここで野営しよう」
俺はフューに提案した。
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