第10話 上陸三日目の2
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「オッタ、今、拘束を解いてやる」
「ノル……俺はこのままでいい」
「はっ?意味わかんねえこと言うなよ」
「ティオの症状が魔物化と言うならば、俺もいずれそうなるようだ」
「え?」
「俺にも兆候があるってことだ。胸の奥底から押さえきれない衝動が膨れつつある」
なんてこった。何でだよ。何なんだよ。
「オッタ、どれくらい持ちそうなんだ?」
そんなオッタにフェムが問い掛ける。
「分からないが、少なくともあと三刻くらいは死ぬ気で押さえ込めそうだな」
「それなら私と同じようなもんだ。ギリギリまでやってみろ」
「そうか。ならばやるしかないかな」
衝撃だった。フェムもオッタもあと三刻で魔物化だと?もう意味がわからない。淡々とオッタの拘束を解いていくフェムを見て疑問が沸いてくる。
「なぁ、なんで俺は大丈夫なんだよ。もしかして俺が気付けないだけで、俺も魔物化するのか?」
「さあな。お前は鈍感だから大丈夫なんじゃないか?」
「魔物化するのは何かしらの抵抗力が影響するのだろう。私が使った魔物を使役する魔道具と似たようなものだと思う」
俺の疑問に茶化すようなオッタの答えと大真面目なフェムの答え。抵抗力ってことは…… ……
「もしかして魔力の使いすぎで弱ったってことか?」
「その可能性が高いと見ている。あとは、元々魔力が少ないとか、魔力の循環が悪いとか。ニオ、ティオは魔力が少なくて魔力循環も出来なかったようだしな」
「俺、魔力量はそんなに多くないけど魔力循環は得意だ。あれ?そうなると、フューとフィーラも危ないんじゃないか?」
しまった。あの場でフューを置いてくるのではなかったな。無理矢理にでも連れて来るべきだったかも知れない。
「そうかも知れない。それはそうと、オッタ。エット達は何処にいるんだ?」
フェムがオッタに問い掛ける。
「知らない。気付いたら閉じ込められていたからな」
「……ノル、周囲を警戒しといてくれ」
それは、どういう意味だ?
「そんな顔をするな。エットを疑っている訳ではない。何が起きるか分からないからだ」
「そうかい。そんなら周りを警戒しとくけど、これからどうするんだ?」
竜の牙の四人がいない。オッタは弱っていて、魔物化の兆候がある。フェムも魔物化の兆候がある。ニオとティオは既に魔物化が始まっていて、今は眠らされている。フューはここに向かっているかもしれないが、今ははぐれたままだ。そして、この洞窟の近くに魔物の大群が迫ってきている。
「時間がない。ここでひっそり隠れることにしよう。洞窟の入口はフューが通れる隙間を残して塞いだ方が良いだろうな。ここで単独行動は危険だが、オッタ、歩けるか?」
「なんとかな。それよりも隠れるってのは何からだ?」
オッタに魔物の大群が迫ってきていることを説明していなかったことに気付いた。造血剤の素材となる火の実を探していたことと、魔物の大群が近付いていることを説明する。
「そうか。今の俺は役立たずだ。俺らを置いて二人で逃げることも出来るんじゃないか?」
「私はそれでも構わないが、君の同期がそんなことは許さないんじゃないか?」
「そうだったな。俺の同期は馬鹿で頑固で仲間を見捨てられないヤツだったよ」
「おいおい、それって俺のことだよな?そんなことはどーでも良いから、早く入口を塞ぎに行こう」
オッタに肩を貸し、フェムとともに洞窟の入口に向かう。急がないと間に合わないかも知れない。
洞窟の入口に向かっていると気配を捉えた。
「誰か走ってくる…… ……フューだ!」
入口に現れた人影、それは疲れきった表情のフューだった。
「はぁはぁ、早く……早く入口を塞いで!もう直ぐそこまで来てる!」
息も絶え絶えなフューが必死に訴える。どうやらマジでヤバそうだ。急いで入口に向かうと、大群の気配を感じた。つまりは一町以内に近付いているってことだ。それから直ぐにフェムとオッタが魔術を行使して土壁で洞窟の入口を塞いでいく。フェムはどうやら地属性の魔術も使えるようだ。いったい幾つの属性に適性があるのだろうか。
「他は?」
「竜の牙の行方は不明。ニオ、ティオは魔物化しかけているので、眠らせて拘束している」
「そう」
フューとフェムの短いやり取り。二人はいつもこんな感じなのだろうか。
「オッタ!」
気付くとオッタが片膝を着いて苦しそうにしている。
「どうやら魔力が尽きそうだ。ホント、俺は役立たずだな」
「大丈夫。これ飲んで」
自分を罵るオッタにフューが何かを差し出した。
「調薬すれば効果は上がるけど、このままでもそれなりに回復するから」
「ライの実か、助かる。これで幾分、魔力が回復するな」
「あとこっちは流石に調薬してからね」
フューが懐から取り出したのは……
「火の実!見付けたのか!」
「たまたま。ライの実もたまたま」
オッタに肩を貸し、直ぐに拠点に戻る。ここまで走り通しだったフューは休憩し、フェムが調薬を始める。程なく粉末となった火の実と水をオッタに差し出す。
「ありがたい。この借りは必ず返させてもらう」
「気にするな。正式に鉄の扉に入ってくれれば、それでいい」
「あぁ。そうするよ」
薬を飲むと直ぐにオッタの顔色が良くなってくる。魔力も回復したし、血も増えた。これで、オッタは役立たずなんかではなくなる。
「それはそうと、竜の牙だが……」
フェムが竜の牙の話を始めようとしたところで、爆発音が響いた。
「洞窟の奥だ」
俺が奥を指差すと、皆も分かっているようだった。
「竜の牙が居るとしたら洞窟の奥しかないんだ」
フェムが発言する。
「外にはいないのか?」
俺も竜の牙の面々はなんとなく洞窟内にいる気がするが、一応聞いてみる。
「扉の内側に閂がしてあっただろう?そうしたら、外の可能性はない」
「となると、今の爆発は……」
「竜の牙だな」
俺の疑問にフェムが即答する。竜の牙と爆発。何がどうなっているんだ?
「ノル、先頭だ。私とフューが中。オッタは殿を頼む」
「先頭は良いけど、何処に向かうんだ?」
「勿論、洞窟の奥だ。何が起きているか確めなければ」
まるで、魔物が跳梁跋扈する洞窟を進むように、厳戒態勢で進んでいく。
「あと少ししたら階段がある。階段の下は見通しが悪いから注意してくれ」
「階段?」
暫く進むと後ろからフェムが話し掛けてきた。洞窟の奥に階段だと?
「あぁ。文献通り、この奥は人工的な造りになっていた」
「文献?」
「ノルには説明していなかったな。実はギルドからは、もう一つの依頼を受けていたんだ。この洞窟の奥の調査をな」
「調査?」
「話せば長くなる。それよりも前を注意しろ」
「了解」
色々と疑問は残るが先に進むこととした。階段を降りると、人工的な通路が続いている。なだらかに地下に傾斜した通路を進んでいくと、四人の気配を捉えた。
「フェム、止まってくれ。この先から四人の気配を感じる。約一町(109m)程だ。どうする?」
「警戒しながら進む」
「了解」
暫く進むと小部屋があり、小部屋の奥の壁が壊されていた。その壊れた壁の先には通路が続いているようだった。そこから、四人が姿を現す。
「エット、ここで何をしていた?」
フェムが問い掛ける。剣呑な雰囲気だ。
「やぁフェムか。待ってる間にちょっと調査をね」
調査?フェムが言っていた調査と同じなのだろうか。
「そうか。竜の牙も同じ依頼を受けていたのか。それで、何か見つかったか?」
「いいや。何も。それよりもニオとティオは?」
「知っているのだろう?私達を洞窟の外に向かわせたのは、これが狙いか?」
「何を言っているんだ?素材を取りに行くと言ったのは自分達じゃないか」
「エット、アレは個人が所有するもんじゃないぞ……」
フェムの雰囲気がヤバい。一触即発な感じだ。
「ちょっと待った!仲間通しで喧嘩してる場合じゃないだろ?これからのことを考えよう!」
「そうだ、ノルの言う通りだ。ほら、拠点に戻ろう」
エットが皆を促して拠点に戻る。こんなにギクシャクした雰囲気で、俺達は無事にこの島を脱出出来るのだろうか?
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