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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺人事件と少年少女

作者: 木場アサト

※死体の描写や、残酷な描写があります。苦手な方はお気をつけください。

「昨夜未明、N県のN市で五十代男性の死体が発見され――」


 テレビをつけると、そんな報道がされていた。


「あら、また? これでもう三人目じゃない。最近、なんだか物騒ねぇ」

「たしかに。母さんも気をつけてね」

「それはこっちの台詞よ。いつも部活で遅くなるからこっちは気が気じゃないったら……」


 心配性の母さんは最近、小言の数が増えた。気持ちは分からなくもないが、正直ちょっと鬱陶しい。

 寝起きの頭に響く母さんの声を追い出すように、僕はテレビの画面をじっと見つめた。


 始まりは二週間前のことだった。会社員の男性(三十代)の死体が発見された。見るも無惨な姿で、身元の特定に時間がかかっていたと記憶している。

 手足はメキメキに折られて間接が二倍以上に増えていた。腹を切り裂かれてがそこら中に散乱。頭は胴体から切り離され、その周りは装飾するように血や肉があった。眼球が綺麗にくり貫かれていたのも世間に衝撃を与えた。

 ネットにその写真が出回っていたが、一部のマニアには大ウケのようだった。僕には全く理解できないが。あんなもののどこが良いのだろうか。


 二人目はそれから一週間後、今から一週間前。一人目と同じく三十代の会社員。女性だった。手口から同一犯であるとされている。

 今度は手足の爪が全て剥がされ、四肢が完全に胴体から切り離されていた。一人目とは違って腹は裂かれておらず、その逆に詰め物が大量に詰め込まれていた。その姿はまるで達磨のようだった。血で赤く染まっていたから、尚更。

 性的暴行の跡がなかったのが唯一、救いと言えば救いだろうか。それにしても非道であるということに変わりはない。

 これもまた、ネット上に写真が出回っていた。


 そして昨夜未明に発見されたという三人目。週一のペースで犯行が行われているのは、もう明らかだろう。

 その三人目だが――まだメディアにはそれほど多くの情報が載せられていないようだ。せいぜい五十代の無職の男性ということぐらいか。


「――だからあんたはもう少し危機感を、って幸人! 聞いてるの!?」

「はいはい、聞いてるって。なるべく早く帰るようにするから」


 どうせ部活はないだろうし。

 この殺人事件、どれも僕の通っている高校のニキロメートル圏内で起こっているのだ。そのため、三人目が発見されたとなれば部活動の停止ないし自粛という措置がとられるだろう。


「じゃあ、もう時間だから」

「ああ、はい。お弁当」

「ん、ありがと」

「気を付けて行きなさいよ!」

「はいはい、行ってきます」


 母さんのいってらっしゃいという声を背に玄関へと向かった。

 犯人、早く捕まらないかしら、と呟く声も聞こえたが、それには反応せずに金属の扉をバタンと閉めた。

 いやいや本当、物騒だ。町の平和を乱すなよ、なんて思いはしないけど。




***




 予想通り、部活はしばらく停止されることになった。その他は特筆すべきこともなく、強いて言えば件の殺人事件で話題が持ちきりだったとだけ記しておこう。

 いつもより数時間早い時刻に学校から駅への道を歩く。どこの学校も同じなのか、制服姿が目立っている。皆事件が怖いのか、足早に駅へと吸い込まれていく。

 僕はそこから外れ、薄暗い路地へと足を進める。もちろん、この方向に家があるわけではない。僕の家は三駅向こうだ。歩いて帰るのは相当に疲れる。

 なら何故こちら側に進んでいるのか。

 その答えはこれだ。


「こんにちは」

「……あ?」

「あ? って、ガラ悪いな。女の子なんだから止めなよ」

「あんた誰。関係ないでしょ」

「たしかに関係ないけどね。これからはそこそこの付き合いになりそうだからさ」

「はぁ? あんた、なに言ってんの?」


 目の前の少女は体をコンクリートの壁に体を預けた体勢のまま、眉間にしわを寄せた。困惑半分、苛立ち半分といったところか。

 口にくわえている火のついた煙草から煙がたちのぼり、それが彼女の顔の半分を覆い隠す。

 もともと喧嘩早いことで有名な彼女だからこれ以上言うと殴られるかもと思い、早速本題に入ることにする。


「昨日の夜、八時頃、路地裏」

「…………な、」

「君は人を殺したね? そしてその死体を破壊し――てっ!?」


 目の前を銀色が走った。数歩離れてみると、それが彼女の右手に握られたナイフの刃だということが分かる。

 危ない、もう少しで斬られるところだった。


「あっぶないな! いきなり何、ってちょっと、ストップ!」

「見たんでしょ、そうなんでしょ!?」

「落ち着いて、止まって! たしかに見たけども!」

「殺す!」

「うわっ!」


 話を聞けよ!

 というか殺す気かよ、おい。四人目の被害者は高校生男子、なんて冗談じゃないぞ。

 僕はとっさに鞄で彼女を叩き、怯んだ隙にその鞄に手を突っ込む。そして彼女を警戒しながら手探りであるものを取り出した。


「必殺、英和辞典チョップ!」

「な――っ!? ――、――っ!」

「ちなみに武器は国語辞典でも可。箱に入れてその角で殴れば更に効果的」


 思い切り殴ったのでかなり痛かっただろう、彼女はナイフを取り落としてその場に頭を抱えて蹲った。僕は指紋をつけないようにハンカチを使ってナイフを拾い上げた。これで一先ず安心だろう。


「さて、落ち着いたかな?」

「あんた、ふざけないで、よ……っ! い、ったぁ……」

「あ、ちょっと強くやり過ぎちゃったかな? ごめんね、つい。でも正当防衛だから許してね」


 こういうときは出来るだけふてぶてしく言い切るのかポイントだ。

 彼女は涙目になりながらも僕を睨んできた。煙草をくわえていない、と思ったら彼女がさっきまで立っていたところに落ちていた。ナイフで僕に斬りかかってきたときに落としたのだろう。火がついたままだったから踏み潰して消火した。


「……警察に通報しないの? ああそれとも、もうした後ってわけ?」


 睨んできていたのから一転し、不貞腐れたような弱々しい声で問いかけてきた。僕は靴裏の煙草から彼女へと目線を移した。顔をうつ向かせているため表情は分からない。悔しいのか、悲しいのか。

 ……まあそんなこと、どっちでもいい。


「通報? まさか、そんなことはしないよ」

「……は? じゃあ何のつもりなの?」

「しばらく、僕の話し相手になってほしい」

「はぁ? 意味分かんない」

「人を殺して、どんな気分だったのか。死体を破壊して、どんな気分だったのか。――僕はそれを聞いてみたいんだ」


 特に、泣きながらやっていた君みたいな人に。

 僕はしゃがんで彼女と目線の高さを合わせた。彼女は顔を少しだけ上げ、上目使いで見つめてくる。その顔を歪ませて、理解できないと言うように。


「なに、あんた。気でも狂ってんの? それとも頭が?」

「なんでそう思うのか小一時間ほど問い詰めたいところだね」

「だって、私は殺人者なのよ? しかも昨日のあれを見てたんでしょ。普通は怖いとか思うはずなのに、あんたは笑ってる。十分狂ってるでしょ」

「そこはご愛嬌。僕はいつでも爽やか笑顔くんなのさ」


 胡散臭いと言いたげな彼女を敢えて無視する。僕が狂ってると言うのなら、人を殺した君は狂ってないとでも? と問い返してやりたい。やらないけど。そこまで意地悪ではない。

 僕はにっこりと笑みを深くした。


「僕の話し相手、言い方を変えて友達としよう。僕の友達になってくれたら、警察には絶対に通報しない。マスコミにリークしたりもしない。友達になってくれるだけで、君はこれまでと変わらない人生を送ることが出来る。どうかな?」

「…………そう、ね。どうせ私に選択権なんてないんでしょ? だったら、分かったわ。友達になって()()()


 せめてもの抵抗か、上から目線で言われた。まあいい。そんなことはどうでもいいのだ。

 僕は彼女にナイフを返しながら、にっこりと笑みを深くした。


「僕の名前は芳賀崎はがさき幸人。よろしくね、南田みなみだ愛さん」

「……よろし、くっ!」


 早速ナイフで斬りかかってきたが、予想範囲内。英和辞典でそれを防ぐ。そのまま腕を掴んで捻り上げる。不良少女として有名な愛ちゃんでも、所詮は女の子。男である僕の力には敵わないようだ。


「危ないな。友達にはそんなことしないんだよ、愛ちゃん」

「名前、しかもちゃん付け……ちっ」

「僕のことも幸人でいいからね」

「黙れ、芳賀崎」


 うーん、これから僕らの間に友情は育まれるのだろうか。流石に命を狙われ続けるのは嫌だ。

 ま、これからの努力次第ということで。


「じゃあもう一度。よろしくね、愛ちゃん」

「ちっ。……ろしく、芳賀崎」


 愛ちゃんは整った顔をこれでもかというほどに歪ませて、苦々しそうにそう言った。




***




「やあ、愛ちゃん。こんにちは」

「げっ、本当に来たの?」

「げってなんだよ、げって。失礼だな」

「うるさい黙れ」


 翌日。放課後に僕は昨日と同じく路地裏に来ていた。この路地裏は不良の溜まり場、というか愛ちゃんがよくいる場所として知られており、人は滅多に来ない。誰も関わりたくないのだろう。

 愛ちゃんは煙草をくわえながら器用に舌打ちをした。そんなに嫌わなくてもいいだろうに。


「煙草、止めたら? けむいし、健康にも良くないよ。というか違法だし」

「私の勝手でしょ。あんたには関係ない」

「関係ないことはないよ、友達だから」

「……うっざ」


 おおう、うざがられた。ま、その程度で傷付く僕ではない。気にせず、ここに来た目的を達成するとしよう。


「早速なんだけどさ、話聞かせてよ。人を殺して破壊したときの話」

「……」


 その時のことを思い出したのか、愛ちゃんは顔をしかめた。それとも、僕に話しかけられたことに対してかもしれない。どっちでも構わないけど。

 

「たしか、凶器はナイフだよね。昨日も僕に向かって使ってきたやつかな?」

「……そうよ」

「ナイフはいつも持ってるの?」

「そう」

「ふーん……何で?」

「なんとなく」


 なんとなく、か。思春期にありがちな、刃物に憧れる年頃ってやつかな? 流石に違うかな、いやでも、最初のきっかけはそれだったのかも。


「じゃあ、なんで殺したの?」

「…………」

「せめて何か反応が欲しいかなー」

「……一昨日は、あのおっさんに襲われそうになったの。だから殺した」

「へえ……。そうか、そういう理由か」

「なに、文句でもあんの」

「いや、別に」


 ちょっと意外だっただけだ。あんな風に死体を破壊していたから、もっと何かあるのかと思っていたのだ。もしくは、もっと何も無いか。


「じゃ、なんで死体をバラバラのグッチョグチョにしたの? 胸から上を残して、あとは全部細切れにしてたけど」

「そんなところまで見てたわけ?」

「ニュースで言ってたよ。『三人目の被害者は体を細切れにされ』ってね」

「ああ、そっか。そりゃニュースに載るわよね」

「あと、ネットに写真がばらまかれてるし」

「は?」


 愛ちゃんは怪訝そうにこちらを向いた。どうやら知らなかったらしい。

 僕はポケットから携帯電話を取り出して、その写真が載っているページを開く。それを愛ちゃんに見せると、眉間に皺を寄せて顔を背けた。「悪趣味」と呟くのが聞こえる。この写真への書き込みに対する言葉だろう。どうやら、あの惨状を作り出した本人には不本意な評価らしい。


「凄いよね。『あえて顔は無傷なところが素敵』『内蔵は形を残して、その他をペースト状にしているところにセンスを感じる』『最初の二つよりも面白味がない。もっと芸術性を表現してほしい』だってさ。僕にはあまり理解できないかな、これ」

「私だってそうよ」

「じゃあ、なんで? 破壊する意味は?」

「……身元を特定されにくくするため」

「ダウト」


 嘘をつくならもっと上手にやりましょう。分かりやすすぎる。仮にそのためだと言うのなら、胴体ペーストより顔面ペーストの方がいいはずだ。


「秘密よ」

「なんで?」

「あんたの知らない事情があるから」


 おそらく、だけれど。僕にはその事情とやらが分かっている。そして、彼女が死体を破壊した理由も。

 まあ、それをここで追及するつもりはない……今はね。


「あ、僕はそろそろ電車の時間だから。今日はもう帰るよ」

「そう」

「また明日ね、愛ちゃん」

「来るな馬鹿野郎」


 罵倒された。そして同時にナイフで斬りかかられた。すかさず辞典でガード。嫌われてるな、僕。そこまで嫌われるようなことしたっけ?




***




 翌日。


「こんにちは」

「ちっ」

「舌打ちで返事しないでくれるかな」


 相変わらずの嫌われっぷりである。別に好きになれとは言わないから、せめてもう少し態度を好意的にしてほしい。


「今度はなんの話をしたらいいの?」

「あれ、今日はちょっと乗り気?」

「なに言ってんの? 早く帰ってほしいからに決まってるでしょ」


 ため息と共に煙草の煙が愛ちゃんの口から吐き出された。……デレはいつ来るんだろう。そんな絶対零度の視線で睨まないでくれ。

 ともかく、僕は彼女の言う通りに用件を口にした。


「次は誰を殺すの?」

「またやるのが前提の質問なわけ?」

「巷では連続殺人犯だって評判だけどね」

「私は……」

「私は、なに?」

「……なんでもない」


 目を逸らされた。分かりやすい子だな、本当。秘密とか嘘とか後ろめたいことがあるとき、彼女は目を逸らす癖があるらしい。彼女自身は気づいていないみたいだけど。


「……今のところは、そんな予定はないわよ」

「へえ。それじゃあ今後はもう犯行は行われない、と?」

「さあ? 知らないわ」

「知らないってことはないよね? 犯人なんだから」

「……」


 おっと、苛めすぎただろうか。彼女に()()()()()()()()()()と分かっているのに、ついつい意地悪を言ってしまった。反省、反省。


「んー、話題を変えようか。愛ちゃんってきちんと学校に行ってるの?」

「は? なんでそんなこと……」

「友達なんだから、これくらい話してくれてもいいじゃないか」

「……ちっ。たまに行ってる」

「たまに?」

「週に一回くらい」


 出席日数が絶対に足りなくなると思うのだが。


「別に留年しようがどうでもいいわ。停学でも退学でも」

「なんでさ? 親御さんがせっかくお金を払ってくれているのに」

「私は頼んでない、あいつらが勝手に払ってるだけよ。学校も、中卒だと世間体が悪いからせめて高校には行ってくれって言われて仕方なく入っただけだし」

「世間体、ね……。本当に世間体がーとか言われたの? 面と向かって?」

「そうよ」


 ううむ。なかなかドライというか、ドロドロな関係ですな。


「……マスコミが知ったら、『愛のない家庭による影響が』とかなんとか無駄に騒ぐんだろうね」

「そういうの、ムカつく」


 と、そこまで言ってから愛ちゃんはハッとしたように顔をしかめた。何故こんなやつにこんなことを、とでも思ったのだろう。

 これ以上機嫌を損ねるのもあれなので、そろそろ帰ることにしよう。


「ばいばい、また明日」

「……」


 愛ちゃんはそっぽを向いていたが、ちらりと視線だけこちらに向けた。僕がにこりと笑みを深めて視線を合わせるとすぐにそれも無くなってしまったけど。

 あ、今日は辞典の出番はなかったな。




***




 それからさらに数日。愛ちゃんは大分僕の存在に慣れたようで、あの路地裏に行っても舌打ちされることはなくなった。煙草も吸わなくなった。僕に気を使ってくれているらしい。眉間には皺が寄っていて相変わらず不機嫌そうではあるが、それが彼女の常であるということもこの数日で分かった。うん、順調に仲良くなっていってるな。


「やっ、愛ちゃん。今日は差し入れを持ってきてみたよ。ドーナツと、最近寒くなってきたからホットココアも買ってきた。昨日、甘いもの好きって言ってたよね」

「へえ、芳賀崎にしては気が利くじゃない。ありがと」


 おお、素直にお礼を言ってくれた。不良ではあるけれどもなかなかの美少女である彼女にお礼を言われるのは、その、なんとも言えない気持ちになりますな。思わずときめいてしまう。

 ……うーむ、なんだかラブコメをしているような気分だ。


「美味しい?」

「うん。これどこの? 駅前?」

「いや、あそこじゃないよ。道が入り組んでるところにあるから、多分知らないんじゃないかな。ここのやつ美味しいから気に入ってるんだ」

「ふーん……。ごちそうさま、美味しかったわ」

「喜んでくれたようでなにより。また買ってくるよ。なんなら明日にでも」

「明日って……休日じゃない。わざわざ来るつもり?」

「うん、そのつもり」


 あ、でも愛ちゃんがここに居るとは限らないか。それなら止めた方がいいだろうか。


「愛ちゃんは休みの日もここにいるの?」

「大抵はね。家にいたくないから」

「そうなんだ。……じゃあ、明日も来ることにしよう。お土産はドーナツでいいかな?」

「え、いいの? でも」


 遠慮しているのか、戸惑い気味に聞き返してくる。そんなこと気にしなくてもいいのに。


「僕が食べたいんだ。一緒に食べてもらってもいいかな?」

「……そこまで言うなら、食べてあげるわ」


 冗談めかして愛ちゃんは言った。その顔には不器用ながらも笑顔が浮かんでおり、文句なしに十点満点をあげたい。


「……それにしても、随分と打ち解けてくれたなぁ。最初はどうなるかと思ったけど」

「馬鹿らしくなったのよ、あんたを邪険にするの。何してもにこにこ笑ってばかりで、全然気にしてないんだもの」

「へえ。じゃあこのにやけ面が役に立ったのか」

「にやけ面って……。その通りと言えばそうだけど」


 あれ、苦笑されてしまった。呆れているようなのは何故だろう?

 愛ちゃんは息を一つ短く吐くと、どこか真面目な雰囲気で口を開いた。


「あんたさぁ……なんでこんなことしてるわけ?」

「こんなこと、って?」


 心当たりがありすぎる。こんなことやあんなことやそんなこととか。

 愛ちゃんはくわえていた煙草をコンクリートの地面に押し付けながら言う。


「あの時、見たんでしょ? サツジン現場」

「うん」

「しかも犯人が素行の悪い私。普通、近づこうなんて思わないんじゃないの?」

「前も言わなかったっけ。話が聞きたいから、だよ」

「んん、いや……さ」


 彼女はなんとも言えぬ奇妙な表情で、戸惑うように言葉を紡ぐ。自分でもよく分かっていないことを無理矢理、形にしようとしているようだ。


「最初は猟奇趣味っていうか、グロいのに興味のあるスプラッタ野郎かと思ったんだけど、どうもそんな感じじゃないっていうか……」

「……じゃあ、なんだと思うの?」

「んー、と、そうだなー……変な奴?」

「……」


 それは、どう捉えたらいいのだろうか。


「私もよく分かんない。ま、悪い奴ではないと思ってるけど」

「……そ、か」


 なるほどねぇ……。

 どうやら、彼女には人を見る目はないらしい。勘は悪くはないみたいだけど、いろいろ惜しい。僕を悪い奴ではないと思っている時点で駄目だ。僕なんて、自分でもビックリするほどの悪い奴なのに。

 ………………んー、と。


「殺人は悪いことだと、愛ちゃんは思ってる?」

「私にそれを聞くの? ……悪いことでしょうね、当然。なに、いきなり。説教でもするの?」

「説教というか、なんとなく語りたくなったから。よければ聞いてほしい」

「いいわよ」


 ありがとう、と僕は真剣な表情で言おうとした。だけど予想通りに表情筋が命令を受け付けなかったので、いつも通りのうすら笑顔で続ける。


「殺人は悪いこと……どうしてだろうか? 命は大切だから? 人が人を殺すのは社会に多大なデメリットを与えるから? それも一つではあるのだろうけど、もっと簡潔に言い表すことができる。法律でそのように定められているからだ。もしも法で禁じられていなかったら、殺人件数はもっと多かっただろうね。

法は守るべきものだ。それならば何故、この世から殺人……それに拘わらず犯罪が無くならない? 愛ちゃんのように不可抗力で、とかなら分からなくもない。けどそれにしたって、その殺された男性が愛ちゃんを襲わなければよかっただけの話だ。

人は何故犯罪をおかすのか――それは、好奇心によるものだと思う。あれがしたい、それをしたい、どれもこれもやってみたい。そんな純粋な好奇心に突き動かされて、人は犯罪をおかす。『好奇心は猫をも殺す』というけれど、この場合その猫は犯罪の加害者ではなく被害者だ。

人は、法で禁じられていなければ犯罪をおかさずにはいられない生き物だと、僕は考えているよ。誰にだって犯罪をおかす素養があると。……まあ、法がなければ犯罪という概念もないだろうけどね」


 長々と言ったが、愛ちゃんはよく分かっていないようだった。首を傾げながら宙を見つめ、どうにか理解しようとしている。


「えーと、つまり……?」

「つまり、誰でも犯罪をおかす可能性があるってこと」

「ああ、なるほど」


 愛ちゃんは納得したように手を打った。パン、と小気味いい音が響く。


「で、それがなんだって言うわけ?」

「ん? あ、いや。特にはないんだけど……」

「はあ? じゃあなんで急に語り出したのよ」

「それは……僕も殺人をしてしまうかもしれない、と言いたかったのかな?」

「疑問系で言われても困るんだけど」


 ジト目で睨まれる。そうは言っても、僕もなんでこんなことを言ったのか本当に分からないのだから仕方ない。

 誤魔化すように愛ちゃんの頭を撫でながら僕は口を開いた。


「あー、あれだ。今更だけど、愛ちゃんが人を殺してしまったことへのフォロー?」

「……あたま、なに」

「あ、ごめん。嫌だったよね。近所の子によくやるから、つい癖で」

「…………別に、そのままでもいいけど」


 おや? 予想外に好意的な反応だ。愛ちゃんは甘えたがりなのかもしれないな。

 ……あるいは、僕のこと好きだったり。


「ま、そんなはず無いだろうけどね……」

「え?」

「いや、独り言」


 なーんで、こんなラブコメしてるんだか。




***




 昼、僕はダッフルコートに袖を通した。家の中でも、暖房がついていなければ寒い。外はこれよりも寒いだろうから、きちんと防寒対策をしていかなければ。

 準備を整えてから、自室からリビングへ向かった。


「母さん。僕、出かけてくるから」

「あら、どこに?」

「友達んとこ。夕飯までには帰ってくるよ」

「なるべく早く帰ってきなさいよ。暗くなるのが早くなったし、それに最近物騒だから……」

「分かってるって」


 まったく、心配性だな。言われなくてもきちんと警戒しているのに。その気持ちはありがたいと思うけれど。

 そうして僕が出ていこうとしていたとき、不意に母さんが言った。


「幸人、最近楽しそうだけど……もしかして彼女でもできたのかしら?」

「はっ? いやいや、違うって。愛ちゃんはそういうのじゃ……」

「あら、あんたから女の子の名前が聞けるなんて! あんたってば全然そういうの話さないんだもの、もー気になって気になって。どういう子なの? 同じ学校の子?」


 ……うわあ、面倒くせえ。

 さっきの心配そうな顔から一転、母さんは途端に目を輝かせ始める。僕は逆に頬がひきつってきた。

 母さんの追及から逃れるように、僕は「いってきます!」と荒っぽく扉の音をたてながら外へと逃げ出した。

 駅までの道のりを小走りに行きながら、僕は小声で独り言ちる。


「愛ちゃんが彼女なわけないっつーの」


 たしかに美少女ではあるけれど、僕のタイプじゃないし。僕は黒髪サラサラロングの清楚な子が好きなのだ。愛ちゃんのように短い茶髪の不良ちゃんになんて興味ない。あれはあれでかわいらしいとは思うけども。だがしかし、少なくとも愛ちゃんと付き合うなんてことは決してない。だって――


「芳賀崎、遅かったわね……って、なに変な顔してんの?」

「いや? なんでもないよ。というか変な顔って……」

「だって、口元は笑ってるのに眉間に皺が寄ってたんだもの」

「……ああ。それはたしかに奇妙な顔だね」


 考え事をしている内にいつもの場所に着いていた。ここまでの道のりはほとんど覚えていなかったが、約束のドーナツが入った箱をきちんと手に持っていた。無意識の内に仕事をこなしていたらしい。

 その箱を、いつもと同じく壁に背を預けている愛ちゃんに手渡す。


「はい、昨日約束したドーナツ。好きなの食べていいよ」

「ありがと。えーと……、……フレンチクルーラーしかないんだけど。しかも十個」

「え、まじで」


 やはりボーッとしていたのがいけなかったのか。自分の欲望に忠実だ。


「なに、これ好きなの?」

「うん、好き。あー……ごめん。買い直して来る」

「いいわよ。……私も好きだから」


 そう言うと彼女は十個ある内の一つを手に取り、はむっとかぶりついた。……どうやら怒ってはいないらしい。


「僕にも一つ」

「ん」


 差し出しされた箱から僕も一つを手に取り、ばくっとかぶりついた。擬音がちょっと違うだけで印象が大分変わるなあ、とどうでもいいことを思いながら味わう。うん、美味。


「……ふふ、そんなに好きなんだ。なんか得した気分」

「へ、なんで?」

「だってよく考えたら、私あんたのことよく知らないから。だからなんか、嬉しい……みたいな」

「弱味でも握るつもり?」

「違うわよ! ……はぁ、まったく……」


 そんな顔を赤くして怒らなくても。

 これ以上怒らせまいと僕はフレンチクルーラーを味わうのに没頭した。


「そういえば、あんたの私服って初めて見たわ。なかなかセンス良いのね」

「そう? どうも。そういう愛ちゃんは……なんで制服?」

「補習があるのよ。行く気はないけど、親にバレてるから。制服の方が素直に家から出してもらえるのよ」

「出してもらえる? じゃあ私服だったら?」

「たぶん、変なことしないように軟禁ね」


 軟禁。そこまでするのか。

 こうして愛ちゃんからの話でしか知らない人達だけど、僕の中での評価はあまり良くない。……ふむ、なるほどね。


「次は、その人達にしようかな。……ああ、いや、でも……うん、止めておこう」

「は? 何が?」

「いや、この次の犠牲者を決めようとしただけだよ。気にしなくてもいい」

「犠牲者? ってどういうこと?」


 愛ちゃんの頭上にクエスチョンマークが飛んでいるのが見える。僕はそんな彼女ににっこりと笑いかけた。

 フレンチクルーラーのカスが着いた指を舐めて、斜めがけにしている鞄に手を突っ込む。目的のものを手探りで探し、握る。

 そして、ふ、と息を軽く吐きながら、僕は。


「――え、あっ?」

「こういうこと、だよ」


 愛ちゃんの薄い腹に銀色を突き立てた。目を白黒させている愛ちゃんに、僕は場違いにも可愛いなと思った。

 理解が追い付いていないのか、痛がっている様子はない。ただただ困惑するのみだ。


「な、え、なに? は? なに、これ?」

「そのまま叫ばないでね。喉は切りたくないんだ」

「え、えぇえええ、うぇぁあ、あ? 叫ぶ、て、あ、痛、痛い、えっ?」


 意味を成さない声を漏らす。音量はそこまで大きくはなく、普段の話し声とほぼ同じだ。抵抗はない。今回は楽に済みそうだ、と安堵の息を吐く。


「どう、い、こと? なん、え?」


 グリグリ、とナイフで愛ちゃんの肉を抉る。ぐちょりという音と、たまにゴリッと骨に当たる音。彼女の足から力が抜けて、ドサッと音をたてて倒れこむ。その際に頭を打ったのか、固い音が響いた。

 混乱から抜け出せないのか、彼女の口はポカンと開いている。綺麗な目は涙で潤み、美少女ってなんでも絵になるなぁと馬鹿なことを思う。


「あんた、なん、なの?」

「なに、ねえ……。それでは、改めて自己紹介といこうか」


 ずぷりとナイフを一旦抜いてからもう一度突き立てる。今度は反対側の脇腹だ。十分に距離を開けて、穴と穴がくっつかないように。


「僕の名前は芳賀崎幸人。愛ちゃんと同じ高校生。そして、最近話題の連続殺人犯だ」

「……そ、んな」


 呆然と目を見開く。大きな目がこぼれ落ちそうだ。


「じゃあ、知ってたの? 私が、殺して、」

「その罪を僕に、というか、件の連続殺人犯に擦り付けようとしたこと? うん、知ってたよ。それくらいしか、愛ちゃんが死体を破壊する意味なんてないからね」


 パクパクと金魚のように口を開け閉めする。言葉が出てこないようだ。僕は手元に視線を落として作業を続けながらタネ明かしをしていく。


「一週間前、正確には六日前だけど……僕は三人目を殺そうと、深夜のこの街を徘徊していた。すると、どこからか呻き声が微かに聞こえてきた。人を切り裂いたときの生臭さも、僕の鼻は感じ取った」


 腹の二つの穴を十分な大きさにまで切り裂き、僕は鞄からレインコートと手袋を取り出す。それを着用し、まずは右手を出来たばかりの穴の片方に突っ込んだ。


「ぐ、ぎゃぁあ、あっ! いた、痛い! やめ、ぁああああっ!」

「僕がその音と臭いの発生源を見つけたとき、目を疑ったよ。なんせ、一人の少女――しかも美少女が人間の体を破壊していたんだから」


 手探りで内蔵の形を確かめながら、目的の臓器を探す。

 愛ちゃんは痛みのあまり白目を向いて気絶してしまっていた。僕は空いている左手で鞄に入っていた二リットルのペットボトルを出し、中身の水を愛ちゃんの顔にぶっかけた。その衝撃と冷たさで無事に気絶から復活する。


「別にそれだけなら驚きはしないよ。僕だってやっていることなんだからね。何に驚いたかって、泣きながらやっていることにだ。それを見て確信したよ、『ああ、この子は望んでやっている訳じゃないのか』ってね」


 あ、小腸見っけ。左手をもう片方の穴に突っ込む。そして右手を頼りに小腸をつかむ。


「僕は気になった。どうしてそんなことをしているのか。どうして泣きながらしているのか。――僕以外の殺人犯はどうして人を殺すのか、知りたくなった。だから僕はその翌日から早速その少女、つまり愛ちゃんと友達になったわけなのだ」


 そう言って締めくくる。愛ちゃんは涙をボロボロと流して、顔もグシャグシャだ。可哀想に、こんな僕に目をつけられてしまうなんて。

 穴から左手を引き抜き、ナイフを手に再び挿入。そしてさっき探り当てた小腸の端と端を切る。これで小腸は愛ちゃんから完全に切り離され、一本の紐のようになった。


「な、で、こんな……っ!?」

「なんで、ねぇ……。それは愛ちゃんを殺すこと? それとも人を殺して破壊する目的のこと?」

「なんで、ころ、すの」


 それはどっちの意味だろうか。まあいいか、と僕は両方を話すことにした。


「僕にも、よく分からない。でも、強いて言うとしたら……好奇心かな? 昨日言ったよね。『人が犯罪をおかすのは好奇心からだ』って。多分、それは僕のことだ。人を殺したらどんな反応をされるんだろう、殺された人はどんな風に死んでいくのだろう、その体を破壊したら、……その写真をネットにあげたらどんな反応をされるんだろう」

「しゃ、しん?」


 小腸の両端をそれぞれ二つの穴から外に出す。そしてそれを蝶結びに。これで愛ちゃんはお腹をリボン(小腸)で装飾されたことになる。


「おかしいと思わなかった? あんな写真、誰が撮ってるんだって。間近で鮮明に撮られた、青いビニールシートで隠されているわけでもなく、なんのモザイクもない写真。普通はさ、ああいうのは撮れないはずなんだよ。警察がすぐに後片付けをするだろうし。撮れるとしたら警察が来る前に死体を見た人か、犯人しかいない」


 僕はそのどちらにも当てはまる。一人目と二人目は犯人で、三人目は発見者だ。

 愛ちゃんの右腕を取り、肘の関節と逆方向へ折り曲げる。戻す。折り曲げる。戻す。折り曲げる。そして捻る。捻る。捻る。ナイフも使って、はい千切れた。左手も同様に。


「あぁあああ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「本当、可哀想にね。でも君も悪いんだよ? 僕が見ているっていうのに殺人なんかして、あまつさえそれを僕に擦り付けたんだから。そのせいで僕は君に興味を持っちゃったんだよ。だから自業自得だね」


 ま、一番悪いのは当然僕だろうけど。

 千切り取った両腕は一旦放置。痛みのせいか握りこぶしを作ってしまっている。あれは時間をおかないと解せない。両足も、膝から下を同じように千切る。腕よりも太いからさっきよりも力がいる。苦心しながらも、無事に千切ることができた。


「――っ、ぐ――ぁっ!!」

「痛すぎて声も出なくなっちゃったか。これでもう助けを呼べないね、残念に。……ごめんね。可哀想だけど止めないよ」


 ああ、本当に可哀想だ。良心が痛んだりはしないけど、この一週間仲良く友達をやってきた仲だから躊躇うものがある。でも、それを振りきるように作業を続ける。相変わらず僕の顔はにやけているから、そうは見えないだろうけど。


「……………………っ」

「あれ、死んじゃった? ……ああ、まだ生きてた。じゃあ死ぬまでの暇潰しに、僕の独り言に付き合ってよ。友達なんだから、さ」


 このままであれば、十分もしない内に出血多量で死ぬだろう。それまで僕の話を聞かせることにした。

 千切り取った脚をナイフでバラバラに刻みながら口を開く。


「僕はごくごく普通の家庭で育った。両親との仲は良好、学校でもちゃんと友達はいるし、部活も楽しい。どこにでもいる高校生だ。それなのにこんなことをしている。これってさ、誰だって殺人願望というか、犯罪をおかしたいって心理があるってことなんじゃないかな。そもそも、やっては駄目だけどやってしまうから法律で禁止しているんだ。そうでもしないと、自分を律せないから」


 爪は丁寧に剥いで、そこらへんに放り投げておく。脚が骨と血と肉片になるまでバラバラにする。バラバラにバラバラにバラバラにバラバラにバラバラにバラバラにバラバラにバラバラにバラバラにバラバラに。うげ、気持ち悪い。


「僕さ、心のどこかが故障してるんじゃないかなって思うんだ。なんというか、接続不良? 感情と行動が一致しないというか。人を殺すことに対して、きちんと良心は痛んでいるんだ。悪いことだと理解している。でも、だからってこの行為を止める理由にはならない。というか、だったら始めからこんなことしないし」


 愛ちゃんの顔を見ると、涙やら鼻水やらでグシャグシャだった。うわ、美少女なのにもったいない。タオルで拭ってあげると、彼女が目をうっすらと開けた。ぱちり、と僕と目が合う。瞳が揺れる。僕を怖がっているらしい。


「……」

「……痛い?」

「……っ」

「痛いか、そうだよね。もうちょっと痛くなるけど、その内なにも感じなくなるから」

「ひっ……」


 愛ちゃんの喉からひきつった音がなる。ああ、せっかく仲良くなったのに。すっかり元の木阿弥というか、むしろ悪化してしまった。

 仕方ない、とため息を吐きながら作業を続行。胸元をはだけさせる。そしてナイフを鎖骨に沿ってすべらせる。切り込みを入れたら、下方向にぐっと力を加える。


「ひ、ぐぁ、あっあああだいだいいだい痛い痛いぃいぃいい゛い゛い゛!!」

「ん? ……あ、さっきまで脚の方やってたから、直接的に痛みを与えるのは久しぶりなのか」


 そのせいで叫び声が復活したらしい。あー、耳塞ぎたい。

 ベリベリと皮が剥がれ、筋肉と血管が空気にさらされる。胸の上半分まで剥がして、その皮を刻む。

 続いて仰向けの体をうつ伏せにする。同じように切り込みを入れ、剥がす。声にならない悲鳴。ビクビクと体が痙攣してしまって、見るに堪えない。


「――っ! ――っ、――っ!!」

「あーあ、せっかく拭ったのにまた泣いちゃった。仕方ない、終わった後に拭うことにするよ」


 感触が手に伝わって、気持ちが悪い。鳥肌がたつ。吐きそう。でも止めない。ここまでやったのなら最後まで、という馬鹿な意地を張っているのだ。こんな自分こそ殺されてしまえばいいと思う。


「……最初はさー、別に君を殺そうとは思っていなかったんだ。ただ単純に話を聞きたかっただけで。満足したら適当に距離をとるか、そのまま友達付き合いを続けるかしようとしていたんだ。なのに、なんでこんなことしてるんだろう」

「……、……」

「きっとあれだな。愛ちゃんとラブコメしてるのが嫌になったんだ」


 あれは僕には合わないらしい。どうもしっくり来ないのだ。恋人は欲しいんだけどな。かわいい清楚な子。


「……お? 愛ちゃーん、生きてるー? あー……眠そうだね、寝てもいいよ。その方が愛ちゃんも楽だし、僕も悲鳴を聞かなくて済むから助かる」

「……芳賀崎」

「ん、なに?」

「これからも、殺すの?」


 死の間際なのか、眠たげな目で問う。痛みももう感じていないらしい。

 この質問、似たようなのを愛ちゃんに聞いた気がする。彼女は何と答えたんだったか。今は思い出せないけれど、きっと僕とは逆の答えだっただろう。


「殺すよ。まだ、好奇心は満たされない」


 そっか、とどこか悲しそうに言って彼女は目を閉じた。そのまま二度目を開くことはなかった。




***




「ただいま」

「お帰り、幸人。もうすぐご飯できるわよ」

「今日なに?」

「あんたの好きなカボチャの煮物。あと豚汁」

「やった、カボチャだ」


 肉体的にも精神的にも疲れた僕にはとても嬉しい。

 鞄を部屋に置いて、返り血のついていないダッフルコートを脱ぐ。赤く汚れたレインコートや手袋はあらかじめ用意しておいた水で洗った。もともと赤色のものだから、あれで大丈夫だろう。

 疲れた、と息を吐く。いつ発見されるかな。人通りが本当に少ないからな、遅くなるかもしれない。できれば早く見つけてあげてほしい。いつまでもあんなところにいたんじゃ可哀想だ。


「幸人、ご飯よー」

「はーいはい」


 疲れた体を引きずってリビングへ。暖かい食卓。愛ちゃんの話では、今まで一度もそんなものなどなかったらしい。冷えきっているというか。

 その原因の一つである彼女の両親を殺そうとも思ったけど、今まで無差別だった事件に繋がりが出来てしまう。それは避けたい。


「……それに、ご両親も死んだんじゃ愛ちゃんが安らげないだろうからね」

「なにか言った?」

「いや、なんでもないよ。父さんは?」

「それがね、あの人ったらまーた残業だって言うのよ! 休日出勤でさらに残業って、ふざけないでほしいわ!」

「ブラック企業なんじゃないの、それ」


 父さんにか会社にか、憤慨する母さん。まあまあ、と母さんの気を逸らそうとテレビをつける。これからやって来るクリスマスに向けてか、デートスポットの特集をやっていた。


「……そういえば、今日のデートはどうだったの?」

「違うから」


 またそんなことを言うか。


「でも女の子と会ってたんでしょ?」

「まあ、そうだけどさ」

「かわいい子? できればやっぱり、見た目は良くなくても中身の良い子を……」

「だから、違うって。僕が彼女と付き合うとか、絶対ないから」

「そんなに否定しなくてもいいじゃないの」


 そうは言っても、事実なのだから仕方がない。


「僕の好みはかわいい清楚な子。長い黒髪ならなお良し。でも今日会ったのは短い茶髪のギャル系。全然違う」


 正確にはギャルではなく不良ちゃんだけど、見た目はそんな感じだし。好みではないのも合っている。

 それに、彼女は死んでしまったのだから。僕に死体と付き合う趣味はない。


「はー……。ま、何にしても悪い女には引っかからないようにね」

「はいはい」


 適当に返事をしながら僕は大きめのカボチャを箸で割った。その感触はナイフで肉を刺すのとは似ても似つかないけれど、今日のこと、そしてこれまでのことを思い出させた。




***




「本日、またもやN県N市で死体が発見されました。死後一日が経っていると予想され――警察は一連の事件を同一犯と見て捜査を――」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定と内容ですが、少しずつ開示されていく様は実に周到であるように感じました。物語の、壊れていくような流れも相まって、良かったと思います。キャラクター群は人を選ぶように思えますが、自分はこう…
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