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浜辺の旅館⑤~忌まわしき庄屋

浜辺の旅館の玄関先だった。


「この(アマ)が。逃げようとは。キサマなめた真似しやがって!」


暗闇から現れた男連中に頬をピシャと打たれた。


「痛い!」


軽い脳震盪かぼんやりとしつつ目を開ける。


視界には蝋燭の灯りがあった。


ふらつきながら頭をもたげる。


「うん?」


老夫婦の顔が見える。元気なく下を向き項垂れである。


旅館の中で後ろ手を縄で縛りつけられていた。


ハッ!


「気がついたかっ!」


鬼の形相醜い庄屋が座っていた。


「なめた真似をしやがって。若女将よ。キサマこのワシから逃げれると思ったのか。大した度胸だぜ」


この野郎っ!


バシッ


叩かれた力は強くよろよろと床に手をつく。


庄屋の殺気とプライドを潰された憎しみを感じた瞬間であった。


「ごめんなさい。御許しください」


庄屋は昼間に女と子供が逃げたのを知り早速に探している。


女は身寄りのないはずだ。

逃げようとして行き着くのはこの旅館であろうと目星はつく。


庄屋の一味は迷わず先回りし旅館を包囲していた。


老夫婦は庄屋に歯向かうかもしれないと捕縛してある。


怒りの庄屋は逃げた女は許せないと怒鳴る。


「オマエのしでかしたことはわかっているな。ワシに恥じをかかせやがって。このゲス野郎めが」

女の髪の毛を乱暴につかむと老夫婦に見せつける。


「キサマというバイタは。ワシに泥を塗りやがった。どうなるかわかっているだろうな」


太い手で顔を撫でていやがる女の顎をあげさせる。


女は反感から庄屋を睨む


バシッと平手を打つ。


居間に乾いた音が響く。


逃げた腹いせだと怒鳴り散らす。


「罰則だ」


腹の虫が収まらない


「ワシはこの旅館をもらう」


女に吐き捨てる。


老夫婦を睨みつける。


"旅館をもらうって…"


縄で縛りつけた老夫婦に威圧をかける。


「この土地はワシが管理してやる。浜辺の漁業と同じに管理組合にくみこんでくれるわ。旅館の権利(営業権)もだ。旅館の権利(営業権)もだ。わかったな」


キサマのような悪党から全財産(身ぐるみ)剥いでみせよう。


"オーナーは金持ちの庄屋となり老夫婦は雇われの身になれっ"と言い出した。

老夫婦は縛りつけられたまま涙を流した。


この浜辺で一番の権力者に逆らうことはできないのである。


女は平手を打たれ頬がジンジンと痛む。頬を擦りながら暴力を受けたことを恨む。


子供を誘拐されどれだけ心労したかを思い出す。


挙げ句に命の恩人老夫婦から旅館を奪うなどといい放つ。


「この庄屋は生かしておけない」


女の心に憎しみからの"殺意の芽生え"が生まれる。

畜生にも劣るゲスな野郎っ

庄屋は生かせておけない。

私に屈辱を与えるならいざ知らず


世話になった老夫婦にまで手を掛けるとは不届き千万である。


勘弁ならぬ!


庄屋の顔が


蛙や豚に見えた


いや般若のお面に見えてきた。


"お人"でない


"獣"であろう


何をやっても構わない。


女はハタッと知恵が浮かぶ。


「そうだわっ」


旅館の厨房が浮かぶ。厨房から外に追い出してしまえばなんとかなる。


なんでも方法は構わない。このゲス野郎に一泡吹かせてギャフンと言わせてやりたい。


女はニヤリと笑った。


「私は悪いことをしでかしたようでございますわ」


猫なで声を出してみせる。

女は自我を殺してみせた。

「つきましては御詫びの印でございます」


申し訳なかったと平謝りする。


もう二度と庄屋さまに逆らいはしないと頭をさげる。

見事なほどの"従面拝背"をみせた。


ついてはお詫びのために


ささやかな心づけをしたい。


旅館の厨房にある食材を駆使し肴で酒盛りをしもてなしたい。


お付きの男たちにも同様にである。


「我が旅館には特別に仕込んだ醸米酒がございます」

両方とも旅館のお客様にお出ししました。大変な評判でございます」

これは我が旅館にある秘蔵の酒でございます。


滅多なことで口にすることはできません。


さも特別な珍しい大吟醸酒が旅館の蔵に貯蔵されているかのごとく嘘をつく。


酒と女が好きな庄屋


女の口からデマカセに喉元をゴックンと鳴らす。


大吟醸だと!


精米酒だったらうまい酒だ。


単純な庄屋は酒・酒・酒となった。


「特別な酒か。秘蔵の酒とはどんなうま味なのか。どれ一杯傾けるか」


女はもてなしのために賄いを差し上げたいと申し出た。


それには老夫婦の手伝いもいる。


縄を解いて欲しい。


その代わり頗るうまい酒の(あて)を厨房で用意する自信がある。


「鮮魚は庄屋さまも舌が越えていなさいます。私は煮物と自慢の漬物を用意致します。


女は少しの時間で肴を(こさえ)ると言い残し廊下に消えた。


「それは楽しみだ」


庄屋と連れの男たちはお腹がグゥ~。


腹が減ったぞっと腰を据えて待つことにした。


庄屋はともかく男連中は貧乏な海の男たちである。


普段から碌なものを食べていない。料理旅館の高級なご馳走にありつくことはなかった。


「おい聞いたか。あの若女将が料理を用意してくれるぜ。お前知らないだろうがな」


漁師風情が熱弁する。


「知らないと思うがよ。若女将の手料理はうまいらしいぜ」


滅多に手に入らないものだと散々持ち上げた酒を出す。


「庄屋さま。一杯いかがですか」

何でもこの倒れそうな旅館を若女将の料理の腕ひとつで建て直したらしい。


「若女将の煮物は大評判だ。田舎の芋のにっころがしとはわけが違う」


食い物に関しては雄弁となる。


「旅館の泊りの客なんざ一度食べたらうまくてもう一泊するらしいぜ」


小一時間もすると料理が運ばれてくる。


待ちに待った女の手料理であった。


庄屋の目の前にずらりと料理が並ぶ。刺し身造りは老夫婦の長年の賜物で色とりどりに揃えられていた。


ほおっ


男連中はため息をもらす。

海の仕事について漁師もいたがこれほどの華やかな魚の盛りはみたことがなかった。


酒もある。


女が庄屋に特別な大吟醸だと吹聴した酒である。秘蔵の大吟醸は旨味があると言うのに。


一杯傾けた庄屋。


旨味も甘味もなにも感じない。


ごく普通にある地酒にしか思えなかった。


女の注いだ酒。


男連中は誰ひとりうまいとは思わずである。


女は酒がうまかろう不味かろうと気にせずである。


庄屋と男連中に次々に肴を運び振る舞う。


「さあさあどんどん召し上がってごらんあそばせ。美味しいお酒に腕によりをかけた(あて)もどうぞご賞味くださいな。男連中さん。しっかりお腹におさめてくださいな」


男連中は酒がまずければ料理の品々で空腹を満たそうかと思う。


女の煮物の味噌の香ばしい香りは嗅覚を刺激する。


「おおっうまそうだ。いただこう」

海の肉体労働に明け暮れる荒くれ男たち。


箸をあっちこっちに動かしパクつき舌ツツミを打ち男連中は唸った。


こりゃあ上等だ


手料理の品々はことごとく見事なできである。


女の得意とする味噌焼き風味の煮物が嗅覚を刺激した。


ひとりが箸をつけると我も我もとみるみるうちに皿から消えた。


女が旅館で毎年作っている漬物。糠がしっかりとした漬床をこさえており芳醇なる漬けが期待できた。


さらに驚きがあった。


「おっおい。この酒。水っぽい酒でなくなったぞ。まったく違う。なんとも言えぬまろやかさがある」


うーん


女が次々出す手料理に酒は見事に合った。


煮物と一緒に喉に流し込むとなんとも言えぬまろやかさが感じられる。


漬物のピリ辛は酒に微妙な風味をもたらせ極上のまろやかさがあった。


酒がうまい。


味気なかった酒が大吟醸酒に感じられる。まるで女は魔法を使っかのようだ。


宴はうまい酒と肴で盛り上がる。男連中は今までの人生で一番うまい酒と料理を味わうことになる。


(えん)たけなわとなると酔いが程よくまわり女はヨシッと決意する。


「実行するわ」


女は厨房にいる老夫婦に意を伝える。


「庄屋は勘弁なりません。征伐します」

「実行?」


老夫婦はビックリである。

「征伐する?あの庄屋さんに穏やかではないことをしでかすのかい」


おじいさん。ついては私にもしものことがあれば


「残す子供は…お願い致します」


女は腰を折り土下座し深々と老夫婦に頭をさげた。


女を拾ってくれたお礼を言いたくなり目にうっすらと涙があった。


老夫婦を厨房から遠ざけもう寝るように指図した。


「この場は私ひとりで大丈夫です」


女はひとりとなると居間に戻る。


酔っ払う庄屋の肩をポンポンと叩く。男連中にもわかるように大きなしぐさであった。


「旦那さま。肴がなくなって参りました。次に何をお出しすればよいのでしょうか。大吟醸に合う肴はなんでしょうかね」女は庄屋の食欲をそそらせようかと2~3記憶していた食材を述べてみせる。


いずれもうまい料理。女の得意な手料理である。


「旦那さま。私と厨房にいらっしてくださいますか。冷処材料と相談したいと思います」


タコや海草類のありふれた海の幸は男連中さまに満足されないでありましょう


女が言うのはさらにうまい手料理を出したい。


いろいろな料理ができるが庄屋の好きなモノを作ってあげたい。


「そうか。食材を見て手料理か」


真っ赤な顔の庄屋はよっこらと立ち上がる。女と一緒に居間から廊下をわたる。

女の肩に手を回すと体重を傾けてきた。


女は顔いろを変えず庄屋のやりたいようにさせる。厨房に連れて来ると庄屋の手を振りほどく。


「ご覧なさいまし」


この厨房にご所望のものがございましょうか?

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