パラレルってあり?
今年はパラレル!
日向七緒は走っていた。
通っている高校から約20分かかるところに妹たちがいる幼稚園はある。
今日は補修だったため、いつもより2時間遅刻のお迎えだ。
「すんません!遅れました!!」
幼稚園の門へ飛び込んでいくと、そこには担任の山田先生と双子の妹たちの美羽、瑠唯がいた。
「ななちゃ!おかえり!」
美羽が七緒の足もとへ飛び込んでくる。元気なのはご愛嬌である。
「ななちゃ、大丈夫?」
瑠唯は大人しい性格のためか少しずつ近づいてきて心配そうに伺ってくる。
「おう!大丈夫大丈夫。じゃあ、帰ろうか。山田先生ありがとうございました。」
「いえいえ。七緒君もお疲れ様。今日も二人ともいい子にしていたわよ」
いつもの優しい笑顔で言葉をかけてくれる先生に七緒はいつもこの先生が二人の担任でよかったと思っている。
「それはよかった。二人とも、今日はご馳走だな。いい子に待っていてくれたもんな」
「やった!ななちゃ!!ありがと!」
二人は大喜びで帰るのを促す。
先生も優しく手を振ってくれた。
七緒の家は両親がいない。
2年前に交通事故で亡くなった。
しかし、さみしがる余裕もなく現実が押し寄せてくる。
二人の小さな妹がいる。自分もまだ高校生。
お金は?生活は?突然のことで全くわからない。
ただ、現実に流され、よくわからない話を弁護士や親戚から聞かされるだけだった。
結局出された結論は「七緒が成年になるまである程度の生活の保障を与える。しかし、それ以降は自活をする」だった。
つまり保証人になるが、お金は出せないということであった。
七緒自身3人で暮らせることができたらそれで良いと思っていたため了承した。
そして今、家族で暮らしていた家で3人静かに暮らしている。
最初は生活費を稼ぐためにアルバイトをしていたが、無理をしすぎて倒れてしまい結局今は親の残した財産で過ごしている。
高校を卒業して、働いて2人の妹たちをちゃんと育てる
それが今の七緒の目標であった。
「ななちゃー、今日のごはんなあに?」
「わたしね、ハンバーグがいい!」
美羽と瑠唯も買い物をしたからかとてもはしゃいでいる。
「んーとね、今日はって…え?」
もう家の目の前と言うところで立ち止まる。
なぜなら門の前で人がぐったりと倒れるように座っていたからだった。
fantasy love パラレルってあり?
女性は目を覚ますといつもと違う天井に気が付いた。
「「ななちゃ!おきた!!」」
「おお了解!」
女性の聞いたことのない声。その方向へゆっくりと顔を向けると顔の良く似た幼女がこちらを向いていた。
そしてバタバタと足音の先を見ると制服を着た少年がこちらに向かってきていた。
女性はその姿を見たとたん目を見開き硬直してしまう。
「大丈夫っすか?」
駄目だ。
これ以上は。
「来るな!!!」
どこか、トイレ、洗面所でもいい。これから来るだろう吐き気を何とかするために場所を確保しなければ。
周りを見渡し探しているうちに少女ははっと気付く。
そう、いつもの吐き気が来ないのだ。
驚いて再び少年の方を向くと不思議な顔をしながら暖かいお茶を持ってきていた。幼い子供は女性の大声に驚いたのか少年の背中にぴたりとくっついていた。
「あーえっと、突然知らない家に連れて来てすんません。俺んちの目の前で倒れてて、もうちょっと起きてこなかったらさすがに救急車呼ぼうと思ってたんです」
はい、とお茶を渡される。それすら女性には暖かく感じていた。
「いや、むしろ呼ばない方がよかった。ありがとう。」
一口そのお茶を飲むとほっと体が温かくなっていった。
気持ちが落ち着いてくるとふと子供たちの目線を感じる。
「?何か?」
「「おねーちゃ、おめめ、あおい?」」
女性ははっと自分の顔を抑える。いつも隠してくれていたサングラスがなかった。
「あ、私…」
みないで
私の醜い瞳
「あ、ほんとだ。綺麗っすね!」
少年のその笑顔は無垢で、だからこそ何かに許されたような気がして。
女性は初めて心に温かいものを感じた。
世話役の人が迎えに来たのは夕ご飯も一緒に食べてからだった。
「わお、男の子…」
世話役の人が玄関に入ってきたのを見て最初につぶやいた言葉だった。
「雅さん、この子が今日私を助けてくれた子。」
「うんわかっているけれど…わー驚いたわ。初めまして、雅と申します。香南がお世話になりました。」
「いやっ俺はただ運んだだけなんで。気にしないでください。双子の相手もしてもらえたし」
なーと子供たちに促すと子供たちも嬉しそうに女性にお礼を言った。
「え、もしかして香南のこと知らないの?」
「え?」
「ああ、そうらしいから。」
女性が雅の方に目線を向ける。それはまるで何も言うなと言っているようだった。
それから再び七緒の方に目を向ける。
「私、鵯香南って言うの。今日は本当にありがとう。」
「あ、俺日向七緒って言います。俺も楽しませてもらえましたし、ありがとうございました!」
握手を交わすと香南と雅は礼をして帰っていった。
なぜ雅があのようなことを言ったのか、わかったのは翌日。
七緒の親友である柳田琴司が見せてくれた動画だった。
なんと香南は大ブレイク中のバンドanfangのボーカルだったのだ。
驚いているも束の間、琴司がanfangのライブに誘ってくれた。
双子もいるしお金もかかる。もちろんいつもだったらその言葉が出てくるはずだった。
しかし
もう一度会いたい
その気持ちが、七緒を衝き動かした。
「えーっと、お久しぶりです!」
「ああ。」
どうしてこうなったのだろうか、七緒は感じずにいられなかった。
普通にライブに行って普通に香南の応援をしただけだった。
周りのファンのように気持ちが伝わるように精一杯大きな声で叫んだ。
すると、なぜか香南がこちらをじっと見つめて動かなくなった。
それは一瞬の出来事であったが、七緒にとってはとても長い時間見つめ合っているようだった。
それからはまた流れるようにライブが進み、気づけば終わっていた。
「今回まっじよかった!カナンがあんなふうに話しするなんてホント今までなかったし!うおおおおお!!萌え!!!」
「よかったな。」
琴司の言葉にならない感想を聞きながらゆっくり帰ろうとしていたのだ。
目の前に雅が現れるまでは。
「雅、さん?」
「七緒君、香南が君に会いたがっているの。来てくれないかな?」
それから琴司と一緒に連れて行かれたのはanfangの楽屋。
そこでさらに七緒だけ連れて行かれたのは香南のいる部屋だった。
『あの、何で香南さんだけ別なんですか?』
『香南は、彼女はちょっと特殊なのよ。』
『?』
『彼女は対人恐怖症なの。男性に対して。』
『え?けど俺…』
『そう、そこが問題』
『?』
『君は彼女にとって特別みたいなの』
「七緒?」
はっと意識を戻すと香南が七緒に近づき心配そうな顔をしていた。
「すっすんません!と言うか香南さんそんな近づいたら…」
「ああ、聞いたのか。」
香南は納得したかのように一人で頷いた。
そして離れるかと思いきやそっと七緒の手を握る。
「少しだけ、」
「え?」
「少しだけ、いいだろうか。このままで。」
「香南さん…」
「暖かいんだ。七緒といると。」
ぎゅっと握られたその手は予想以上の冷たさだった。
何か祈るように握られたその手を七緒は振り切ることができなかった。
雅が呼びに来るまで数分、異様でけれど暖かさをまとうその空間で二人は手をつなぎ続けていた。
それから香南は何かと七緒と会うことが多くなった。
自分の持っていた携帯を彼に渡し、連絡も取れるようにした。
七緒も最初は驚いたが、香南やバンドメンバーそして雅の説得により、少しずつであるがメールを送ったり、電話をするようになった。
2,3か月もするとその日常にも慣れてきて、七緒はメモリに入っているいつもの番号に電話をかけ双子に渡した。
「「もしもーし!!!」」
『ああ。美羽、瑠唯、元気だった?』
「うん!あのね!わたしね!きょうじゃんぐるじむでのぼるきょうそうしたの!いちばんだった!!」
「わ、わたしは、おかあさんごっこ、した!」
『そっか。楽しかったんだったらよかった。』
「おねーちゃんは?」
「たのし、かった?」
『あー…まあ…』
「「よかったー!」」
わーいわーいと双子たちが喜ぶ中、七緒が電話を代わった。
「もしもし。俺です。七緒です。」
『ああ。元気だった?』
「元気っすよ!って、昨日も同じこと言いましたね。」
『…そっか。ごめん。』
「謝らなくてもいいっすよー。撮影はどうです?」
『…水たまりの中に入ってひたすら歌ってた。』
「へ?」
『今回のPVはそういうモチーフらしくて。なつとかははしゃいでたけど。』
「あはは。なつさんらしいっすね。」
バンドメンバーには何度か会う機会があった。
全員女性で香南の事情も知っている。だからこそ七緒は歓迎された。
皆それぞれ個性が違うが、楽しい人たちで七緒も一緒にいるのが楽しくなるほどだった。
『来週、楽しみにしてる。』
「ああ、ハイキングでしたね。俺たちも楽しみにしてます。双子なんか今から準備始めちゃってリュックの中身選びで部屋がぐちゃぐちゃですよ」
そう、今の撮影が終わった日曜に香南と七緒、そして双子たちでハイキングへ行くことにしていた。
メンバーも駄々をこねていきたいと言っていたのだが、香南が断固拒否したため4人で行くこととなっているのである。
『そっか。私も、双子のためにたくさんお菓子買っていくから。』
「あっ香南さん、駄目っすよ!お菓子は300円までって決まってるんすから」
『そうなのか?』
「双子たちにはそう伝えてあるんです。なのでぜひ!そこのところよろしくお願いします!」
『くすっ、わかった。』
「あー!笑いましたね?結構大事なことなんすよ!」
『ああ。わかってる。300円でたくさん買っていくから。』
「お願いしますね」
『ああ。』
「では…」
『七緒、』
「はい?」
もう切ろうかとしたところで香南は七緒へ呼びかける。
『いつもありがとう』
「…香南さん?」
『仕事、頑張れる。七緒のおかげだから。』
「…」
『また明日。おやすみ』
「は、はい。おやすみなさい」
ピッと通話終了のボタンを押すと携帯を見つめる。
みるみる顔に熱が集中するのがわかる。
少しずつこうしてお話しすることによって香南のことを知ることができた。
女性なのに料理は自分で作らないとか、洗濯機も使ったことがないとか。
休日は特に何もすることがなく、家出ぼんやりしているといつの間にか夜になっていることが多いだとか。
歌も美味くて完璧そうでそんな彼女の意外な一面を知るようになってどこか前よりも香南のことを身近に感じれるようになった。
彼女の細々とした意思のある声をもっと聴きたくなった。
「ななちゃん、たのしみだね」
「はい、きんぐ!」
「ああ、そうだな!」
双子の頭をやさしくなでる。
しかし、心の奥底ではわかっているのだ。
いつまでのこのままではいけないことを。
香南とは違う世界に住んでいるのだと。
もっと一緒にいたいと願う気持ちと、離れなければならないと警告をする理性。
どちらもせめぎ合って七緒の心からなくなってはくれなかった。