オオカミ様と織師2
パチ、パチと木と火が重なり合う音がしました。
ナナミは何か温かいものに包まれておりその何かを確かめようと目を開けます。
すると目の前に大きな狼がおり七海を包んでいたのです。
「きゃあっ!!!」
あまりに驚いたナナミは声を上げてしまいます。森の中で狼とは危険動物とされており、見かけたらすぐ逃げるようにと言われていたからです。
硬直してしまったナナミの声に狼は起きてしまいます。そして目が合いました。
ナナミはますます動けなくなってしまいました。その狼の瞳はこの国で呪われた子の象徴とされる蒼色だったからです。
「な、なんで…」
言いかけたところに双子妖精と小動物たちがわらわらと祠に入ってきました。
『あ、ナナミおきた!』
『おはよ、ナナミ』
「ルイにミウ、よかった無事だったのね。」
ナナミは双子妖精に近づこうとしましたが体が全く動いてくれませんでした。
「あれ?」
ナナミが不思議に思っていると小動物たちが近づいてきます。
「君は熱を出しているんだ。あまり動かない方がいいよ。」
「へ?!」
目の前にいる猫を見ました。今確かにナナミはこの猫から声が発せられるのを聞きました。
「ほら~びっくりしてるじゃん!突然話すから。」
ネズミも面白おかしそうに顔をくしゃくしゃしながら話します。
「お前もな。」
犬がこつんとネズミをたたきます。
「えっと、これは…?!」
わけがわからないとナナミは混乱しますが狼のしっぽに自分の背に体を預けろと言われるように押されたためぽふっとそのやわらかいお腹に体を預けます。
ネズミがその狼のしっぽに乗ったかと思うと突如話し始めました。
「はじめまして、僕はナツ、あっちの猫はアマネ、犬はリョウっていうの。その狼、カナンの友達なんだ。」
「え、」
「君が僕たちが使ってる祠で倒れてるからカナンが連れてきたんだよ。あのままだったら今頃本当に死んでたかもね。」
「しんで…」
確かに意識もおぼろげで、ナナミは一瞬自分はもういなくなるのではないかという恐怖に駆られました。
それをこの狼が助けてくれたのです。
「えっと、あの、ありがとう。さっきは驚いてごめんね。」
ぎゅっと力の入らない手で狼を抱きしめます。すると狼は緊張したみたいに動かなくなりました。
「わーっカナン照れちゃってる~!」
ネズミは嬉しそうに手を顔に当てはしゃいでいますが狼が尻尾を大げさに降ると床にべちゃっと落ちました。
ナナミは大丈夫かネズミのほうを見ますが見なくていいというように狼が尻尾をナナミの体に巻けてきました。
「まあ、あまり無理しない方がいいかもねえ。今日はカナン君をベッドにしてゆっくり寝るといいよ。」
「そうだな。ご飯は俺たちが作ってやるし心配すんな。」
「あ、ありがとう。」
それから甲斐甲斐しく動物たちはナナミの世話をしてくれました。
その中でも一番ナナミのそばについていたのはあの狼カナンでした。
動物の中で唯一話ができないのはカナンでしたが、ナナミがいつ起きてもカナンはそばにいてくれました。そしてその時その時で欲しているものを取ってきてくれたのです。
「ありがとう」
お礼を言ってぎゅっと抱きしめるとまるで照れているかのように固まってしまいます。
最初あった恐怖も徐々に薄れ次第にナナミはカナンや動物と打ち解けるようになりました。
「ナナミはどうしてこの森に入ってきたの?」
「え?」
ネズミが双子妖精と戯れながらナナミに話しかけてきます。
「そうだねえ、ここは人々が恐れてなかなか入らない【始まりの森】。そんなところに入る理由なんて限られてるよ。」
猫が日向ぼっこをしながら気持ちよさそうに話します。
少しずつ良くなってきたナナミは今日のご飯、枝豆スープを作っていました。犬や猫たちが作る料理はどこか男勝りで大雑把なのです。
拾ってきてもらった材料を鍋のような鉄の器に入れ、妖精たちが魔法で火をつけてくれたところに置きかき混ぜます。
ベッドとなっていたカナンは何が心配なのかいつもナナミの周りをうろうろしています。
そして少しでも顔色が悪くなると袖を口で引っ張りナナミを自分の体に倒すのでした。
今もカナンの体に倒れながらナナミが恥ずかしそうに話し始めます。
「実は祈りの糸を探しにきたの」
「祈りの糸お?」
「今じゃなかなか見られないっていう…」
動物たちも知っているぐらいなのかとナナミは感心します。
「私、織師なの。けどいま世界がこんな状態でしょ?なかなか売れなかったんだけどようやくお客様が来たの。今ではここにしかないって聞いて、危ないけれど私にはもうそれしか方法がなくて…」
「えっナナミ、両親は?」
犬がスープの匂いを嗅ぎながら尋ねます。とても美味しそうなにおいがしたのです。
「流行病で死んじゃったの。私にはもうお父さんとお母さんが残してくれた折り機とお家しかないの。」
「ナナミ…」
「けどね、お母さんたちが褒めてくれた織師としての能力があるから、これが上手くいけば私はまた食べていけるの。だから頑張れる。」
悲しそうな、寂しそうな顔を見せる動物たちにナナミは一生懸命笑いかけます。
そんなナナミの顔をカナンは頭でなでます。それはまるで泣かないでと言っているようでした。
「カナン、くすぐったいよ。…ありがとう」
カナンの優しさはナナミにとって忘れてしまった人のぬくもりを思い出させてくれるのです。
満月の夜、全てのモノが寝静まった頃ナナミは目を覚ましました。
だいぶ体調は良くなったものの、まだ本調子ではないのです。
突然お水が飲みたいと思い外へ向かいます。
空を見ると雲は一切なく星と月だけが夜空を支配していました。
月は蒼がかっていていつもよりも神聖なものに見えました。
そしてナナミはうっすら目を細めます。
あの蒼、カナンの瞳に似てる
考えていると近くの湖から水の跳ねる音がしました。
こんな夜更けになんだろうと遠くの木々の陰から除くとそこでは男が水浴びをしていました。
遠くからでしたがナナミが見た男性の中で一番美しいと思える人でした。
その人はふと月を悲しそうに見ます。そして口を開き何かを発していました。
その姿はまるでなくしてしまった大切な何かを取り戻しているようでした。
しかし何も効果がないのか悔しそうに水を叩きます。
その波動を水は感じたのか慰めるように男性を包みます。
どれほどの時間がたったのだろうか、男性は水を諌めるように撫でながら陸に上がります。
そして衣服を着るとナナミと逆のほうを向いて去っていきそうでした。
ナナミは咄嗟に、本当に瞬間的にもっと彼を見ていたいと思いました。
「待って!」
気づいた時には話しかけていました。
しかし男性の気づく速度も速かったのです。男性はナナミを見ると逆の方向へと逃げていきました。
ナナミは追いかけます。追いかけなければならない気がしたのです。
いつの間にか森の中へ入っていました。空も暁を呼んでいるようでした。
「どこ、どこいっちゃんだろ…」
徐々に明るくなってきた頃、ナナミは男性を見失ってしまいました。
目を凝らして探しても見つかりません。するとその時、木々の間からガサゴソと何かが動く音がしました。
ナナミは男性だと思い音がした場所に近づきます。
しかしその場所にいたのはいつも一緒にいる優しい狼とは正反対の凶暴な顔をした狼の集団でした。
「きゃああああああっ!!!!」
ナナミは急いで走ります。しかし急ぎすぎて石ころにつまずいてしまいました。
狼のほうを見ると大分近くまで寄ってきていました。
狼が今にも襲いそうな姿勢です。ナナミは覚悟を決めて目を閉じます。
しかし、襲われた痛みが一向にやってきません。その代わりに狼の叫びが聞こえてきます。
ナナミはゆっくりと目を開けます。するとそこには白銀のかっこいい狼、そうカナンが立っていたのです。
「カナン…」
カナンは蒼い瞳をナナミのほうへ向けると再び狼集団のほうへ顔を向けます。
集団は再びカナンに攻撃を仕掛けます。集団の一斉攻撃をカナンは何とかしのぎます。
彼らの隙をつきなんとか彼らを倒すとカナンはナナミを体に乗せます。
「え、え?!」
そしてカナンは全速力で祠へと帰っていきました。もちろん狼の集団も立てるものは次々と追いかけてきます。
ナナミはぎゅっとカナンに抱き着きます。そしてそこで何か違和感を感じたのです。
祠へ着くと動物と双子妖精はこちらへ向かってきます。
「どうしたの!?」
『だいじょうぶ?』
『ナナミ、いったいどこに?』
カナンはナナミをそっとおろすと途端に倒れます。足を見ると血が出ていました。そう、先ほどの違和感はこれだったのです。
「カナン!!」
ナナミがカナンを抱きしめますが気を失っているようでした。
「私、狼に襲われて、カナンが助けてくれたの。」
「ふうん。じゃあナナミが連れてきたんだね。あの狼たちは。」
猫の言葉にハッとします。まだ狼たちはついてきていたのです。
ナナミはカナンを守るようにぎゅっと抱きしめます。
「まあ、昨日は満月だったし、魔力も回復してるからな。ちょっと相手になってやるか。」
リョウがそういうと狼のもとへ走ります。
そして葉っぱたちを踏んで音を鳴らします。
すると凪が起こり狼たちを吹き飛ばします。
『せいなるみずよ、』
『ぼくたちを、まもりたまえ』
双子妖精たちがつぶやくと祠の入り口に薄っぺらい膜が張られます。
「ルイ、ミウあなたたち、魔法つかえたの…?」
『ここにいるとね、もどったの』
『ここのくうきはきもちいいから』
双子妖精は嬉しそうに話します。
祠の前ではネズミと猫が蜘蛛の糸を旋律良くはじきます。
すると残りの狼たちを木がしばりつけそれをどこかへ飛ばしてしまいました。
「すごい…」
「でしょ?少しは僕たちを見直してくれた?」
「うん…うん!!すごいわ!」
ナナミが感動しているとカナンの体重がさらにナナミにかかります。
ナナミは急いで祠から出て薬用となる葉っぱを捜しそれをカナンの傷口に貼り付けます。
「私、魔法は使えないけれど、その分自分で治せるすべを教えてもらったから。」
よし、と一息つくとカナンの傷口にそっと唇を乗せます。
「早く良くなりますように。」
そっとつぶやくとナナミもぱたりと倒れました。
どうやら熱がぶり返したようでした。