1‐2 最初の出会い
ライオットとシーラの出会い篇です。
ライオット アローにとって、訓練とは夢を見なくするものだった。
少年のころに見た焼け焦げた大地、上手く認識出来ない焼け焦げた人型、それらの物を夢で見ないよう、ただひたすら体をいじめ抜き、気を失うようにベットに倒れこむ。それが訓練の意義でだった。
その結果、戦闘の天才だのなんだの言われるようになったようだが、本人は全く意識していなかった。
確かに容姿は大人びて、男の顔になりつつあったが、心はあの日のまま、いまだ少年のままだった。
(今日もあの夢を見ずに済んだ。)
ライオットはその事に感謝すると、何時ものように大量の寝汗を流すため、バスルームに向かった。
寝巻代わりに愛用しているシャツは、寝汗で肌に張り付き不快感を増幅ていた。
(夢という物は、起きた時にはあらかた忘れているらしいな。)
ライオットは、自分が大量の寝汗をかくのは、覚えていないだけで、あの夢を見ているのだと理解していた。
だが、覚えていないだけでかまわなかった。覚えていればまた錯乱状態になる事が容易に想像できたから。
それを避けるための訓練だと、彼は考えていた。
ただひたすら体をいじめ抜き、精神を疲弊させ、ただ、あの夢を見ないようにする。それだけの為に彼は己を尖らせ続けた。その結果の天才という称号は、彼の中で欠片も価値を見いだせないものだった。
朝の一連の行事(入浴、朝食、歯磨き)を終えると、ライオットは教室に向かい部屋を出た。そこ彼処から朝の挨拶や、昨夜のTVの話で盛り上がる学生がいた。だか、彼に話し掛ける者はいなかった。
皆、彼が「ああ」「そうだな」などの相槌の類か、訓練の話にしか乗ってこない事を知っていた。
むしろ、話し掛けられて、余計な事に思考力を割かれる事がない事が、彼にはありがたかった。下手に思考力をよそに向けると、ひょんな事でかつての記憶がよみがえる恐れがあったからだ。
授業開始前のミーティング、担当教官よりの連絡時、本日より実機による訓練が開始される事が通達された。
「使用機種は複座のシルフ、この機が軍配属後の搭乗機となる。」
その教官の発言を受け、講堂内は、絶望のうめきに満ちた。
それも仕方あるまい。シルフとは、音に聞こえた欠陥機。テスト段階で数々の事故を起こし、配備を検討された数々の部隊で、受領を拒否されるという輝かしい戦歴を持つ。
この教官、いやこの軍はそんな機体に乗れと言うのだ。絶望のうめきぐらいダース単位で出ても仕方あるまい。
「静かに、すでにシルフは改良されて、欠陥はない。何の問題もない。」
そう訓練生に言ってごまかそうとしている様だか、はっきり言って成功していない。
(要するに、改良しても正規軍が受領拒否するほどの欠陥機か。)
ライオットは、つら々とそんな事を考えながら思う。
(どの道関係ない、俺たちは戦わされるだけ、戦わないという選択肢は存在していない。戦って早く死ぬか遅く死ぬかの違いしかない。)
戦って死ぬ事には変わりない、戦闘を一種の自殺であると認識しているライオットにとって、欠陥機かそうでないかはあまり意味を持たなかった。
やがて、操縦、航法の担当を確認すると、シルフの置いてある格納庫に向かい移動した。そこで、担当メカニックと顔合わせがあるそうだ。
顔合せはわずか数秒で終了した。
曰く、「彼女が君たちの担当、シーラ フェンレイだ。」振り向きもせず「よろしく~」と言ったきりシルフに注目したままだった。
要するに変人であると認識したライオットは、特に気にした様子も見せず話を先に進めることにした。
「すぐに上がれるか? 状態を見るためにも一度飛んでみたい。」
シーラを睨みつけていた航法担当は、ギョッとした目でライオットを見た。
「おい正気か、あんな欠陥機にすぐに乗るなんて。まずは地上シュミレーションだろ。」
「お前こそ正気なのか? 俺たちはすぐに実戦に出されるんだぞ。一秒でも長く機に触れて慣れておくべきだろ?」
ライオットは心底飽きれていた。地上シュミレーションでは、機体の癖や、加速Gなどは解らない。あくまでデータ上のシルフでしかない。
本当に機体を物にしたけれは、本物の機体に触れるしかないのだ。
(こいつら命のやり取りをするってこと、解ってるのかしら?)
シーラも飽きれていた。ライオットの発言まで誰もシルフに乗ろうとしない事に。その為に、自分たちメカニックが此処に出張っているというのに。
(理解できているのは、コイツだけみたいね。)
「弾薬は給弾前だけど、推進剤は補給中。後二分で終了よ。」
シーラが振り向きながらそう言うと、ライオットの表情に変化はなかったが、パートナーである航法担当の表情が一変する。
美人だった。金髪の細く緩やかなウェーブした髪、整った顎のライン、切れ長の瞳、顔だけではなく体のラインも出る所は出て、引込む所は引込み、武骨なつなぎの上からでも、そのボディーラインがはっきり分かるほどだった。
要するに、こんな所に居るのがおかしい位の美人だ。
(こいつは駄目ね)
シーラは、自分の顔を見て顔色を変えた航法担当を見限り、ライオットに目を向けた。
まるで、どうでも良いと言わんばかりに、シーラの容姿を無視し、各装備の着用を続けていた。
「おい、早く装備を身に付けろ。置いて行くぞ。」
本当に置いて行きかねない勢いで棺桶に向かい、レシーバーのジャックやエアホースなどを繋いでいく。慌てて広報担当がライオットに詰め寄った。
「本気で飛ぶ気か、僕はまだ死にたくない!」
「じゃあ乗るな。」
ライオットは泣き言を叫ぶパートナーを放り出すと、キャノピーを閉じ、最終点検を終了した。
『聞こえる? 推進剤補給は終了、弾薬は給弾してないから、固定武装のパルスレーザーのみ。本格戦闘は無理だから、敵とエンゲージした時は逃げなさい。後、シルフに傷を付けたらぶっ飛ばす。』
クスクス笑いながらシーラはそう言うと、最後の一言だけ声のトーンを落としそう締めくくった。
『了解、これよりテスト飛行を開始する。』
ライオットはパートナーを無視し、単独でシルフとともに高空に飛び立っていった。
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