1‐1 忘れえぬ日々
改稿版より、サブタイトルを付けることにしました。
ご意見、ご感想お待ちしております。
その日、風が吹いた。熱い風が……
その日は、暑い日だった。その夏の最高気温を更新し、「この夏一番の暑さになるんじゃないか。」という父親たちの会話を聞きながら、少年たちは到着を心待ちにしていた。
少年たちはこの日、夏休みを利用して近所の家族と合同で、近くの湖へキャンプに来ていた。
冷たい水、さわやかな風、何もかも少年たちの住む街とは違い、少しも飽きることがない楽しい時間。だが、その時は刻一刻と迫っていた。
そうその時、少年たちは少数の付き添いとともに、湖で泳いでいた。
誰が一番長く潜っていられるか競争し、その少年が最後の戦いに挑もうとしたちょうどその時……
そう、その日、少年たちの住む星は、正体不明の何者かに最初の襲撃を受けた。宣戦布告も、何らかの予兆も無しに。
最初にやって来たのは衝撃波だった。最後の戦いに挑んだ少年二人以外は、衝撃波で吹き飛んだ。
残りの二人のうち、一人は、称賛すべき精強さを見せ、即水面上に出ようとした。だが、もう一人は、衝撃波の余波を若干受け、意識を失ったのか、湖に沈んでいった。
そして、この差が二人の少年の生死を分けた。
次に来た熱風により、水面上の少年は首から下は無傷だが、頭部を焼かれ、ショック死した。気を失い沈んでいった少年は、すぐに意識を取り戻し、あわてて水面上に出た。
そして、そこで見たものに絶句する。
一緒に泳いでいた少年たちがいない、付き添いの大人も。代わりに湖面が赤く染まっていた。衝撃波と熱風により巻き上げられた砂塵により、空がまるで夕暮れ時のように赤く染まっていた。
そして、人に似た形の頭に当たる部分が赤黒く変色した何かが、近くに浮いていた。
少年の精神は、それが何なのか理解しない。それが先ほどまで競い合っていた少年の遺骸であると、理解しようとしない。
少年は変わり果てた湖岸のキャンプ地へ向かって足を進める。衝撃波で吹き飛ばされ、熱風で歪んだキャンピングカー、そこ彼処に散らばる赤黒い、鉄の匂いのする何か、
「あ……」
何か解らないが、何かが少年の心を鷲掴みにし、心から声を絞り出させる。
「ああーーーーーー」
痛い、何かが痛い。
でも何が痛いか解らない。
少年の心はいまだ境界線上をさまよう。
「この少年かね、今回救出された子供というのは」
病院の様な施設、そこでマジックミラー越しに男は少年を眺めていた。その眼に憐れみはない、ただ物を見る目、品物を検分する眼であった。
「はい、名前はライオット アロー 11歳、周囲の状況から判断して、キャンプにでも来ていたようです。」
変わって隣に控えている白衣の女、医者と言うより研究者といった風情である。
ただ、男と違い、その瞳には憐憫の光があり、ライオット少年を労わる響きがあった。
「フム、労わしい事だね。だが、好都合でもある。」
男は全く信用ならない憐れみの言葉を吐くと、薄笑いを浮かべた。白衣の女は、その言葉を聞き、身の内に走る嫌悪感に苛まれていた。
「まさか、本当に?」
「当然じゃないか、我々はつい先日、この星の人口の約30パーセントを失ったのだ。これが軍隊なら全滅判定を受けている所だ。我らに躊躇う事など許されないのだよ。」
女の信じられない、いや、信じたくないという思いがにじみ出るような言葉に、男が薄笑いを顔に張り付けたまま答えた。
「しかし、あの子たちはまだ子供です。まだたった11歳の……」
「解っているとも。つい先日ご両親や、親族を失ったばかりの幼い孤児たちである事ぐらい。だからこそ好都合でもある。彼らの親権は現在政府にある、文句を言ってくる親なんていないのだからね。」
男の言い分に、女は嫌悪感を超えた恐怖に似た感情を覚えた。だか、彼女に指示に反する権限などなく、鉛のように重くなった手を、端末に伸ばすしかなかった。
そんな女の様子を見て、男もさすがに不味いと思ったのか。
「君の言いたい事も解るがね、私だって子を持つ一人の父親だ、我が子がこんな事になるとしたら、耐えられないだろうね。」
一応、沈痛そうな表情をしながら、男はそう言って部屋を出て行った。女は、その言葉が嘘である事に、男のつぶやきを聞くまでもなく気づいていた。
「だけど私の子ではないからね……」
その日、ライオット アローの軍への所属が決定した。
軍事学校でのライオットの成績は、信じられないほど良かった。射撃、格闘、操縦技術、どれをとっても長足の進捗を見せ、すぐに同学年の子供たちとは相手にならなくなった。大抵が一学年上の児童と組まされるようになるのに、3か月かからなかった。とくに操縦技術については顕著で、4学年上の士官候補生であっても、煮え湯を飲まされる事が度々あった。
まさに、驚異的成績と言えるだろう。
しかし、問題は他の所に存在していた。
ライオットが軍事学校に所属して半年が経過していた。
「ライオット アローが会話をしない?」
カウンセラーよりの報告に、担当教官は困惑の声を上げた。
「はい、話し掛ければ返答はしますが、自分から話しかけたり、話題を提供したり、そういった行動を一切行っていません。少なくとも、我々が確認している範囲では。」
担当教官は考える、彼の境遇では精神に傷をおっていてもしょうがない、むしろ、返答を返せるだけ大したものだと。だが、それは素人の浅知恵と呼べる考えであった。
「返答を返せるのであれは問題無いのではないか?」
「いえ、返答を返せると言っても……」
立場上、担当教官より階位の低いカウンセラーは、言葉を濁すしかなかった。
それに、担当教官、カウンセラー双方に、子供たちの一刻も早い戦力化を厳命されており、一時、療養に専念させるよう進言する事を、憚られる空気が形成されていた。
そして、運命の初陣が訪れる。
ライオット アロー 17歳、軍事学校、及び士官学校 航宙科を卒業見込みの年である。
ライオット君を軍に放り込んだ男は、左遷されます。
まさに因果応報。
詳しくは、次回投稿にて。