2-5 機種転換訓練 その2
次回で機種転換訓練は終了予定です。
アレクは高加速に耐え続け、敵機が攻撃ポイントに到達するのを、ただ只管待ち続けた。既に回避軌道を取ることはできない、逃げれば攻撃を受け落とされるのみ。こうなれば一種のチキンレースだ。最初に恐怖に負けた物から落とされていく。
レーダーに映る敵を睨みつけ、最適なポイントに到達した瞬間、アレクは加速Gに逆らい、コンソールのスイッチを押した。
アレクからの合図を受けたライオットは、今までどんな付加が掛かっても緩めようとしなかったスロットルを絞り、更には逆進まで掛け失速寸前までスピードを落とす。減速Gが是まで以上に意識を刈り取ろうと襲ってくる。
只でさえ限界間近まで消耗していた体は、突然の不可に耐えきれず、ほぼ瞬間的にレッドアウト状態に陥る。無論、最大加速で追いかけていたターゲットドローンは、プロトシルフを追い抜き、プロトシルフの前方に躍り出る事になる。
既にライオットの意識は無かったのかもしれない、だが、訓練により体に覚えこませた動作は、どの様な状況であろうと最低限の反応を示した。敵機発見から現状を確認する極僅かの時間で、各模擬ミサイルの設定を自動追尾にし、発射態勢を整え後は放つだけにしていたのだ。放たれた犬は8基、翼下ハードポイントから6基、胴体内のウェポンベイより2基、それぞれ放たれた猟犬は、自己の判断で獲物を追う。
管制室で2人の模擬戦を観戦していた観客は、感嘆の声を漏らした。
追われる者から追う者へと、鮮やかなまでの変化。無茶な機動に耐えきった機体。そして、それらの代償として発生したであろう負荷に耐えきった肉体。
技量、機体、肉体。どれ一つ欠けても、成し遂げる事の出来ない離れ業をやってのけた。その上で、確実に敵機を落とすであろうミサイルの発射、精神までを兼ね備えるとは誰も思っていなかった。
誰もがこれで終わりだと確信していた。シーラを除き……
墜ちている、2人を乗せた機体が、アレクを乗せた機体が。
リーサの脳裏を占めるのは、其れだけだった。パニックに陥りそうな思考を喰い止めていたのは、ただ管制官であると言う自負のみだった。だが、それも限界に近づきつつある。その時、彼女の肩をシーラが軽く叩く。
「大丈夫、あの2人がこの程度で如何こうなるはず無いじゃない。」
軽く、気安い口調でそう言い放つシーラに、リーサの心は安定を取り戻す。
(そうよ、あの2人がそう簡単に死ぬはずがない。)
だが、その安心感も次のセリフを聞くまでだった。
「まだまだ此れからなんだから。」
ライオットとアレクは、ほぼ同時に目を覚ました。
気を失っていた時間は数十秒、実戦であれば落とされていても仕方がない。直線飛行を続ける機体など、唯の的にすぎない。
だが、是は訓練、敵機は4機しかいないし、安全空域で、一応の安全は確保されている。そう2人とも考えていた。しかし、突然の近接警戒音に驚愕する。8基も嗾けたミサイルを潜り抜け、2機が生き残っていた。
2人は知らなかった、アルバトロスVT-2200をシーラが手を入れ、アルバトロスVT-2201となっている事を。その驚異的機動性を。
模擬ミサイルに搭載されたAIは思考する。
シュミレーションでは、ターゲットドローンは既に着弾あるいは制御しきれずに墜落している。しかし、現状において、ミサイルの攻撃を回避し続けている。
アルバトロスVT-2200の機動性では、2基のミサイルに追われれば、1基は命中、または至近弾となる。だが、このターゲットは未だに回避を成功させ続けている。
AIに感情が有れば、困惑し驚愕していただろう。無人機故、その機動性は有人機を遥に上回る。だが、この敵機はその無人機の中でもとびきりの機動性能を有している。動翼の調整だけでも通常機より遥に多段階の調整が可能となっている。
AIはシュミレーション結果を破棄、今までに集積出来たデータを元に新たなシュミレーションを実行、結果をフィードバック、母機に近い2機を優先ターゲットに、残りの2機を牽制する事を決定、データリンクにて各基の役割を更新した。
2人は一瞬の驚愕から素早く復帰し、即座に回避機動を取ると同時に、ミサイルの戦闘記録の解析に入る。結果は信じられない物だった。
「ちっ、あのターゲット、何らかの改良が施されている。」
忌々しげにアレクが報告し、ライオットが嘆息とともに改良者を推測する。
「たぶんシーラだろうな。」
2人は、“ああ、あの人ならやりかねない”と溜息を洩らしつつ、対策を考える。既にミサイルは打ち尽くしている、たとえ有っても1基や2基では話に為らない。1機に付き最低3基、其れがシュミレーション結果だった。残っている武装は少ない。
通常の戦闘ならば、ミサイルの他にも外装の武装を搭載するが、今回は訓練であり、事前のミーティングでは、使用されるターゲットドローンはアルバトロスである事が解っていた。当然其れに即した武装選択が為されていたが、まさか当事者に無断で、改造機を投入してくるとは思ってもみなかった。いや、やりかねない人物は居たのだ。その理由も想像がついた。その事を考慮に入れていなかった為の、手痛いミスであるとも言える。
1対2の厳しい戦闘が開始された。
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