このギルドの最強は受付のエルフかもしれない
黒胎の森と呼ばれる、上位魔物が多く住む森の深部。
我楽多だらけの小屋の中でとびきり美しいエルフが寝転んでいた。
枕にしていたヘビモスの頭蓋骨が安定せず、滑って頭をゴチンと床に打ち付けてしまう。痛い。
「……」
ふうと息を吐き、自分の周りにある、森で集めた我楽多を見渡して呟いた。
「飽きた」
ちょうど、森で狩りをしていた竜人の男が帰ってきていた。
エルフの同居人だ。もうずいぶん長いこと一緒にいるが、年月は忘れた。
竜人の男は「帰る?」と訊ねながら、抱えていたグリフォンを床に下ろす。軽々と抱えていたが下ろしたら床の一部が抜けた。
あれほど珍しかった伝説級の上位魔物たちも見慣れてしまった。
この森の、すべてに飽きてしまった。
「帰る」とエルフは頷いた。決めてしまったら、一刻も早く帰りたい。今日帰ろうと言って立ち上がる。
そう言うと予想していたのか、竜人の男は別に慌てたりしなかった。
「父上に怒られるかも」
「俺も。兄上にもキレられる」
ふたりとも、家族からの連絡を面倒で無視していた。急に帰ったら大目玉を食らうだろう。
集めた我楽多――本当に我楽多なのかはさておき――を宙に浮かせ、マジックポーチの中に詰め込む。
このマジックポーチは特殊な魔術によって無限に近い空間が中に仕込まれていて、どんな物でも詰め込むことができる。このエルフが暇を持て余して開発したものだ。かなり画期的なアイテムだったが、この森には冒険者や傭兵さえ来ないので、この奇跡の発明が日の目を見ることはなかった。でも、そんなことはこのエルフにはどうでもよく「いつか路銀に困ったら売ろう」と思っている程度だった。
そんな未来は来ないことをわかりつつも「必要になるかもしれないから」と口にしながらマジックポーチの中にすべて詰め込んでいく。竜人の男は、捨てるのも片付けるのも面倒なんだなと察したが、口にはしなかった。
エルフが空になった小屋を一瞬で燃やすと、竜人の男は、姿を変えてドラゴンになった。
その日、約二百年ぶりに大陸でドラゴンが確認された。
ーーー
竜族、エルフ、獣人、人間、ドワーフにいたるまで、さまざまな種族が共存しているアストラディア連邦王国の首都・レクスヴァルディアは、今日も賑やかである。
レクスヴァルディアから南、リーヴェンという街から来た人間のハルは、去年成人したばかりの青年だ。
馬車で四日かけてこのレクスヴァルディアにやってきた。
この大都市で冒険者になるためだ。
リーヴェンの隣町にもギルドはあったが、ハルの憧れはやはり、混成の統治都市・レクスヴァルディアの大ギルドだった。
途中の旅も楽しかった。
御者が立ち寄る街や街道の景色を見ながら案内してくれた。
野営は見張りに手を挙げた者は割引が効くので、みんなで交代で見張りをした。時間を持て余した者同士の、意味のない夜中のおしゃべりは楽しかった。
途中で魔物を狩ったら買取もしてもらえる。ギルドでの買取より高い手数料だが、街に行くまでに路銀を稼ぎたい冒険者にとっては良いシステムだ。預けることもできる。馬車の中に数年前に開発されて持ち込まれたというマジックボックスがあるのだ。もちろん預けるための金はかかるが珍しいので使ってみたいという者が後を絶たないらしい。
レクスヴァルディアにはマジックポーチも売っているという。
値段を聞いたら小さな家が一つ買えるくらいだったので、その場にいた全員が沈黙した。
レクスヴァルディアの関所前にある停留所で降り、検問を終えて途中で仲良くなった者たちに挨拶をする。近いうちにギルドですれ違うと分かっているから「またね」と軽い。
レクスヴァルディアの中央区、石畳で舗装されたメイン通りに出ると、食欲をそそる肉が焼けた匂いや、香辛料、花、瑞々しいフルーツの香りが鼻をくすぐる。屋台がひしめき合い、活気が溢れたその通りを、多くの種族が行き交っていて、ハルは目を輝かせた。
食べ歩きの誘惑を乗り越え、ハルが向かったのは、中央区、商業区と並ぶギルド区だ。
レクスヴァルディアには、冒険者ギルドの本部がある。
冒険者憧れの、ギルドの総本山だ。
ギルド区に入ると、冒険者の装いが増え、宿屋や武器屋、雑多な食堂も目立つ。その中心に大きく聳え立つギルド本部に、ハルはたくさんのワクワクを抱えて足を踏み入れた。
「西の森手前のダンジョン、踏破できねぇなあ」
「最近、虎の獣人のパーティー、一気にCランクに上がったらしい」
「今日はもう素材採取? 寝坊しちゃったしなあ」
聞こえてくる冒険者たちの会話に胸を弾ませ、ハルは一刻も早く自分もその仲間になりたいと、一番列の少ない受付に声をかける。列が少ないどころか待ち数ゼロだ。
「すいません、冒険者登録したいのですが……!」
ギルドに入ってすぐのところにある広間に、受付が八個ある。ハルが声をかけながら突っ込んだのは中央にある受付だ。ここだけ何故か受付面積が広い。
ハルが受付に座ると周囲がざわつく。何か間違えてしまっただろうかと思ったが、すぐに「はい、承ります」と柔らかい声が聞こえてきてホッとした。
「よろしくおねが……」
顔を上げると、思考が止まってしまうくらい美しい笑顔に迎えられる。
純粋に、日常の枠を飛び越えて美しいものを見たという感動に、わあすごい! と、もう少しで声に出るところだった。
名札を見ると『リシュエル』と書いてある。
美しい人は名前も美しい。
少し尖った耳は、エルフの特徴だ。琥珀色の瞳に、シルバーブロンドの髪をそのまま流している。男性か女性かは判断がつかなかったが、この美しさの前にはあまり関係ないかもしれない。
「僕、場違いだったでしょうか!」
「間違ってないですよ。こちらで登録も承りますし、依頼の受託もできます」
「ありがとうございます!」
ハルはあまり細かいことを気にしない性分だったので「じゃあ、いいか!」と人懐っこい笑みを浮かべた。間違えても謝ればいいし、わからないことは聞けばいいのだ。恥ずかしいことは何もない。そうやって教えられて生きてきて、損したことは一度もない。
「では、リシュエルさん、よろしくお願いいたします!」
ハルが元気に言うと、リシュエルは営業用だった笑みをほどき、頬を緩ませる。
「へー、ご実家はリーヴェンなんですね。私、リーヴェンの『コメ』が好きなんです」
「嬉しいな~! 好き嫌いがはっきり分かれるんですけど僕も大好きなんです。今後、お土産に持ってきますね」
などと、世間話をしながら、冒険者登録を進めていく。剣もある程度使えるが、ハルが得意とするのは魔術だった。相手によっては至近距離の攻撃が難しいこともあるから、一通り経験を積んだら、レベル上げのためにパーティーを組みたいと思っている。
「今日試験を受けられますか?」
冒険者として一定のレベルに達しているかの試験である。レクスヴェルディアの冒険者ギルドでは、混み合う時は一日以上待つらしい。
「どれぐらい待つんでしょうか」
「今なら、九十分ぐらいでしょうか。ギルド内を見学して待っていただく方がいいかと思います。こちらの札をお渡しするので、案内放送で呼ばれたらまた受付に来てください」
「はい、ありがとうございます!」
依頼が貼り出される掲示板も見に行きたいし、ギルド内売店にある名物も食べてみたい。
やりたいことが多すぎて、急ぐ気持ちのまま大きな声で礼を言い、勢いよく踵を返すと、誰かにぶつかってしまう。夢中になると周りが見えなくなるのがハルの短所だ。
「おっと失礼」
いい声だなあと見上げると、リシュエルとタイプの異なる、目が覚めるような美形の男がいた。
素人目から見てもわかる質の良い装備から察するに、高位冒険者だろう。近づいただけでピリピリくる強大かつ異質な魔力は、竜人かもしれない。
「すいません! 僕がよそ見して!」
「新人か? 頑張れよ」
「はい、ありがとうございます!」
怖い人かと思ったが、屈託なく笑顔で声をかけられ、ハルも笑顔で返した。頭を下げて、今度はしっかり前を見ながら落ち着いて歩く。
「リュシー、先日顕現したダンジョンなんだが……」
親し気な響きに、少し気になって振り返る。そして自分以外にも、多くの冒険者が、彼らを見ていることに気付いた。「うん、なんか注目しちゃうふたりだよね」と、絵になるふたりをしばらく眺めて、ハルはギルド内探検に向かった。
ーーー
「ランクアップ、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
ハルの冒険者生活は順調だった。
毎日、自分のレベルに合った依頼を受け、無理なく経験を積み重ねていく。
わからないことがあれば、すぐ誰かに訊くタイプなので、近くにいる人に屈託なく話しかけていたら知り合いもたくさんできた。意外とみんな親切だ。第一印象で「ちょっと怖いかも?」と思っても、話してるうちに打ち解けて、組んで一緒に依頼へ行き、帰りにご飯を食べたら、もう、頼れる仲間の一人だ。
ハルは魔術師で、そのうちの三大魔術と呼ばれる火・水・風を操り、光魔術も少し使えるため攻撃はもちろん、少しの怪我であれば治癒もできる。
そのオールマイティーさと人懐っこさでどこでも歓迎された。
そのうちの一人に紹介してもらった宿屋の女将はいい人だし、旦那さんの料理の腕は最高で、毎日心地よいベッドで眠りにつき、美味しいご飯で力をつけている。
ありがたいほど恵まれている。
「なんかお前といると毒気抜けるっつーか。気難しい冒険者ともうまくやってるからすげーよ」
そう言ったのは、最初に仲良くなった同じ年の剣士である。
受付のリシュエルも何かと親切にしてくれる。何度かやり取りをするうちに懐いて、今は他の受付が空いていても、真っ直ぐリシュエルのところへ行くようになった。リシュエルはこのギルドの受付の中でも古株らしく、今のギルド長が冒険者の時代から勤務しているらしい。
ギルドのことはもちろん、地理やダンジョンについても詳しい。ほかの受付も、わからないことがあれば、リシュエルに訊いている。同僚との関係も良いのか、かなり慕われているようだった。
しかし、冒険者には人気がない。
仕事ができて、超美人で、優しい。
普通に考えたら長蛇の列ができてもおかしくない。
一緒にダンジョンに潜った際、冒険者たちに訊いてみたら、全員少し渋い顔をして、リシュエルを「こわい」と称した。そこにいたベテラン冒険者曰く「エルフは珍しいし、あれだけ別嬪だからみんな絡んで返り討ちにあってんだよ。合わせる顔がねえんだろ」とのこと。
確かに冒険者がギルドの受付に返り討ちにあったとは、プライドも何もあったものではない。気まずいのもわかる。そこにいた冒険者は全員経験済みだったのだろう。
魔力の大きさでリシュエルが強いことはわかっていた。冒険者じゃないのが不思議なくらいだ。
――でもきっと、あの人の影響も含めて「こわい」だよね。
ギルド内のざわめきが大きくなって振り返ると、竜人の男が入ってくるのが見えた。一瞬、こちらと目が合って、ハルは会釈をした。なんとなく、そうした方がいい気がしたのだ。人を従える雰囲気のある男だった。
彼は友人を見つけたかのようにハルに笑いかけ、手を挙げて応えてくれた。
竜人の男・ヴァルガンは待合室の方へ歩いていき、その後ろを、冒険者たちがぞろぞろと付いていく。付いていってどうするんだと思わないこともないが、話しかけるチャンスを窺っているのだろう。
国内どころか、大陸で数人しかいないとされるSランク冒険者。
しかも数少ない竜人である。この国の国王は竜人で、国内の竜人の多くは王家と親戚関係にある。
ヴァルガンは、リシュエルと随分親密なようだった。
ふたりで話しているのを何度か見たことがあるが、ふたりにはふたりの世界、特別な空気があって、近づき難い。竜の本能として縄張り意識が高いことは有名だから、多くの冒険者がリシュエルを避けることも、わかる気がする。
ヴァルガンに付いて行った冒険者たちは女性も男性もいた。あの美しいエルフが彼の隣にいてもなお、その視界に入ろうとする者たちの勇気を、ハルは心の中で称賛する。
ヴァルガンが待合所に歩いていったのも、リシュエルが空くのを待っているのだろう。早くここを空けなくてはと、ハルは持ってきたものをリシュエルに差し出す。
「実家から物資が送られてきたので、おすそ分けです」
リシュエルが好きだと言っていたコメだ。これを主食として育ってきたハルも戸惑うくらい送られてきた。
「いいんですか、こんな貴重なものを! 嬉しいです」
「よかったです。まだまだあるので、ご迷惑じゃなければまた持ってきますね」
「ありがとうございます!追加でいただいてしまう場合は支払わせてくださいね」
コメは好き嫌いが分かれるものだが、作っている土地が少ないので希少性が高く、高価だ。食べ慣れないが客人用に備蓄しているという貴族もいる。ハルの故郷・リーヴェンの収入源でもある。
嬉しそうに頬を緩めたリシュエルに「もっと送ってもらおうかなぁ」と考える。もう少し需要を増やして、市井で広げたいと父も言っていた。
こんなに美しい人が食べていると知ったら家族も喜ぶだろう。
そのあとは、なるべくヴァルガンを待たせないように、すぐに席を立った。
ーーー
「気に入ってるのか?」
ハルの元気な姿を機嫌良く見送っていると、ぬっと視界に入ってきたヴァルガンがリシュエルの顔をのぞきこんでくる。待合所でリシュエルが空くのを待っていたのだろう。彼がいたから、少し混み合って来た受付でも、リシュエルのところには誰も来なかった。
「最近の私の癒し。気持ちの良い青年です」
「ふーん? 俺は?」
グッと顔を近づけられ、ていねいにセットされた髪の毛をくしゃくしゃとかき回す。無造作になった髪型で、精悍さや若い竜の荒々しさが際立ち、さらに男ぶりが上がってしまった気がする。何故なのか。
「今日は?」
「ギルド長に呼び出されてる」
「早く行ってください? 何をのんきにこちらで寄り道してるんですか」
ーーー
いつもより早い時間にギルドへ行くと、入口近くでヴァルガンが冒険者に囲まれていた。
冒険者の性質なのか、みんな気が強くて、自分に自信がある者が多い。待ち伏せする者もいるし、ヴァルガン目当てでこのギルドを拠点にする冒険者も珍しくないという。
冒険者のパーティーでくっついたり、結婚したりするのもよく見聞きする。
長寿の種でない限り、冒険者の全盛期は短い。そのあとの人生のほうが長いので、稼げる上位ランク冒険者は男女問わず、とてもモテる。
蓄えた資産でそのあと優雅に暮らしたり、ギルド内の幹部を任されたり。
Sランクともなれば、国に爵位をもらって貴族になることもある。しかもヴァルガンは貴重な竜人。王家とも縁が深いかもしれないのだ。
囲まれているヴァルガンと目が合う。何か言いたげな男の視線をハルは察して、戸惑いながら頷いた。
「ヴァルガンさん、お待たせしました」
まるで約束していたようにヴァルガンに話しかける。意図が違ったなら謝ればいい。
これで合ってますか? と目線を送る。ヴァルガンは満足そうに笑った。多分誘い込まれたなあと思いながらも、ハルは不満そうな顔をする冒険者たちに向かって「すいません。今日いろいろ教えてもらうことになってて……」とペコペコ頭を下げた。
「僕の助けいりましたか?」
「もちろん」
助かったよ、と笑ったヴァルガンは、ハルを促して掲示板の依頼を吟味した。
「もしかして、付いてきてくれたりするんですか!?」
「そのつもりだが」
「っやったぁあ!」
素晴らしい幸運だ。さっきまでヴァルガンの意図を考えていたが、どうでもよくなってしまった。
Sランク冒険者が掲示板で依頼を探すことはない。彼らにしかできない仕事、倒せない魔物がいて、依頼が絶えることはないからだ。
掲示板にあるのはBランクまで。それ以上はギルドが直接声をかけて、編成する。大規模な討伐になる可能性が高いからである。
ハルはDランクで、ヴァルガンはSランクなので、この掲示板にある最高ランク、Bランクの依頼まで受けられる。
ワクワクした目で見つめていると、ヴァルガンはにやりと笑って、ハルが物欲しそうに眺めていたBランクの隣にあったCランクの依頼を手に取った。
「え~」
「そうがっかりするな。ダンジョン依頼だ。これはCランクだが、結構難易度が高いし、ボスはそれなりに強いぞ」
ヴァルガンのいう通りだった。
「一生湧いてきます! なんですか、これ」
「アンデッドだ。噛みつかれると厄介だぞ」
さまざまな種の形をしたアンデッドたちが、布をまとわりつかせて次から次へと襲いかかってくる。おそらくここで息絶えた冒険者の物だろう。あるいは、元冒険者のアンデッドか。悪趣味が過ぎるが、魔物に言っても仕方ない。
光魔術で一瞬で屑るか、心臓部分にある核を壊すか。
アンデッドに対し光魔術は最適解だが、ハルの光魔術は、他の魔術に比べてやや威力が劣る。しかも適性が他魔術より弱いので、持っていかれる魔力が多い。この量の相手で使うのは得策ではない。
他の魔術を駆使しながら、動き回るアンデッドの核を狙っていく。命中率は高いが、これこれで消耗戦で、良い作戦とは言えなかった。本当にここはCランクなのだろうか。量が尋常ではない。もし自分と同じくらいのレベルの冒険者と潜っていたら相当焦るだろうとハルは思った。
「うんうん。魔術師としての腕は十分。お前、武器使った方が良いんじゃないか」
ヴァルガンはそう言うと、腰に帯びていた剣を手にし、大きく振った。その瞬間、ハルの目の前にいた無数のアンデッドが消えていく。
「それ、魔剣ですか!?」
魔剣は魔素が著しく多いダンジョンで稀にみつかるドロップ品だ。大変貴重で、大陸にあるどこかの国では国宝として扱われている。
「いや、昔買った武器屋のセール品。魔術をまとわりつかせただけ」
「セール品……」
簡単に言うが、魔術を自分以外の他のものに付与させることは容易ではない。ヴァルガンはかなり凄腕の剣士と言っていたが、魔術師としても超一流らしい。
ボスはスケルトンロードだった。ヴァルガンは「それを倒したら報酬は全部もっていっていい」と言って、後ろで口を出しながら見ている。
後ろから的確なアドバイスをもらいながら、ハルは魔力が尽きる前に、なんとか倒すことができた。
「や、やった……」
全身が疲労で重かったし、受けた攻撃でところどころ痛く、泥だらけでひどい有様だったが、大きな達成感と充足感で気持ちが昂揚する。今すぐにこのダンジョンを出て、叫んで、走り回りたい気分だ。
実際に身体が動くかどうかは別として。
「ほら、武器を使った方が良かっただろ?」
「……そうなんですけど、まさか拾った木の棒で倒せるなんて、夢がなさ過ぎます」
「ほら武器」と渡されたのが、ダンジョンに落ちていた木の棒だった。武器に魔術を付与すると、威力が上がり、攻撃範囲が広がる。簡単に言うがめちゃくちゃ難易度が高い。
ヴァルガンが口頭でやり方を教えてくれて、戦いながらなんとかモノにすることができたが、木の棒……と我に返って何とも言えない気持ちになった。
ダンジョンに落ちていたから、特別なものかと思いきや、本当になんの変哲もない木の棒なのだ。実家で可愛がっていた犬がよく拾ってくるものと変わりない。
もっとも、Sランク冒険者がセール品の剣なので、Dランクのハルが木の棒なのは、妥当なのかもしれないが。
ボスを倒し、街に戻ってくるまでにも、ヴァルガンにさまざまなことを教えてもらい、ハルはすっかりこの男が好きになった。
冒険者としての格が違う。
改めて、今日群がっていた冒険者たちの積極性に感心した。少なくともハルは、気後れして自分からは声などかけられないと思った。
屑ったアンデッドから落ちた魔石と、ボスであるスケルトンロードを動かしていた魔石、そしてスケルトンロードが纏っていたものーー冒険者たちの遺品。
魔石の買い取りと回収品の確認は、リシュエルが担当した。
「ありがとうございました。責任をもって遺族の元に届けます」
「よろしくお願いいたします」
冒険者は死と隣り合わせである。
野心があってその道を選んだ者、そうせざるを得なかった者、それぞれいる。しかし、あのダンジョンで望んで最期を迎えた人はいないはずだ。Cランクのダンジョンだったが、出現してから長らく踏破されていないことからレベルアップを検討されていた。
踏破報酬は、Bランクで設定されていた。
「良かったな」
目の前の報酬を前にして、ハルは困った。
確かにスケルトンロードを倒したのはハルだが、無数のアンデッドたちを一瞬で倒し、ボス相手に戦うハルに的確に指示をしてくれたのはヴァルガンで、彼がいなければ踏破できなかったのだ。報酬は受け取れない。
ハルがそう言うと、ヴァルガンは笑った。
「律儀なやつだな。じゃあ飯をおごってくれよ」
「でも、それだけじゃ……」
自分一人だけ不可能な修行をつけてもらい、経験値をもらった。報酬をすべて渡して、食事をおごってもおつりが来るような価値の高い時間である。一向に受け取らないヴァルガンにハルが困っていると、リシュエルが立ち上がってハルに笑いかけた。
「わたしもいいですか? もちろん、自分の分は自分で支払いますよ」
リシュエルと目が合うと、彼は微笑みながら頷いた。ハルはふたりに向かって勢いよく頭を下げる。
「おふたりにおごらせてください。ヴァルガンさんはもちろん、リシュエルさんにはいつもお世話になっていますし、今日の幸運にも、とても感謝しているんです」
「ヴァルガンさんとの縁をありがとうございました」もおかしいので、ハルはそう言った。
リシュエルから口添えがあったわけではないだろう。ただ、ハルがリシュエルと他の冒険者より少しだけ親しいから、ヴァルガンの目に止まって、彼の興味を引いたのだ。
夕方、リシュエルの退勤を待って、三人で食事に来た。
ハルが宿泊している宿の食堂「梟楼」だ。
強面で体格のいい料理人が作る豪快な食事は絶品で、その息子が隙なく回すホールは隙がない。いつ来ても楽しく、気持ちの良い店だ。
三人で乾杯をする。かなり目立つテーブルだろう。ちらほら視線を感じるが、ふたりは慣れているのか気にしていないようだったので、ハルも気にしないことにした。
ホール担当の息子・レイが「あれ、リシュエルさんとうとうヴァルガンさんの子、産みました?」と冗談を言った時にはドキドキした。リシュエルは「ヴァルと私との間にこんないい子は産まれませんよ」と冗談で返している。
ヴァルガンはエール、リシュエルは果実水でイメージ通りだったが、リシュエルは体質的にアルコールを素早く分解してしまうらしく飲んでもつまらないらしい。
「それで、すごかったんです! 本当にヴァルガンさんが!」
「良かったです。ハルの役に立って」
「いや、役に立ったのは俺なんだが?」
ハルは、身振り手振りでヴァルガンの強さへの感動をリシュエルに伝えた。ヴァルガンは「久しぶりにこんなにすごいと言ってもらえる」と笑っていた。Sランクともなれば「それぐらいは当たり前」と見られるのだろうが、その凄みの一端でも感じられた今日のことは一生忘れないだろう。
目標とするのはあまりにも烏滸がましいが、冒険者の中に憧れの存在ができたおかげでもっと頑張れる気がした。
ハルはそれからも毎日、冒険者としての経験を真面目に積み重ねていった。
何の奇跡が起こっているのか、三か月に一回ぐらいのペースで、ヴァルガンが一緒にダンジョンに潜ってくれる。
あれからリシュエルが「今日あたり、声かければ付き合ってくれるかもしれませんよ」と教えてくれたことがあって、勇気を持って声をかけたら快諾してくれたのだ。そのあとは、ヴァルガンから「見てやろうか」と、声をかけてくれるようになった。
報酬はちゃんと七対三で交渉できている。もちろんハルが三だ。ヴァルガンと行くときはレベルを上げられるので、それでも普段ハルが自分のレベルに合わせていく依頼よりも報酬が良い。
ヴァルガンを師匠として崇め、ハルは順調に経験値を積んだ。
魔術に使用するために新調した新しい剣も手に馴染み、冒険者レベルがCになった頃。
ハルの生まれ故郷・リーヴェンでスタンピードが発生した。
第一報は、ギルドの案内放送だった。
【Cランク以上は、ギルド内にある緊急用の移転ゲートへ集合】
リーヴェンの隣街・エルディオスにも冒険者ギルドはあるが、冒険者の総合レベルと数が足りなかったのだろう。
ハルは焦る気持ちの中、転移ゲートにあるスペースまで走った。
Cランクになったときに、転移ゲートがある部屋に案内され、説明を受けたのだ。
他の街でスタンピードや大規模災害があった際、強制ではないがCランク以上には応援の要請が入るのだと。
このタイミングでCランクになっておいて良かった。
街、住民、そして家族の顔が浮かぶ。
転移ゲートの前に立ち、冒険者たちの顔を見渡す。見知った顔が多く心強い。
このギルドには、かなりの数のCランク以上の冒険者がいる。しかし、移転ゲートの中に、最もいて欲しいヴァルガンはいなかった。数日前から、国からの要請で特殊任務に入っているのだ。仕方ないことだが、タイミングを呪わずにはいられない。
ハルが緊張しながら、移転ゲートへ入ろうとすると、傍らにいたギルド職員に止められる。
「すいません、ハルさん……。セルディウス卿から、ハルさんはここに留まるようにと」
セルディウス卿とは、このレクスヴァルディアの都市統監である。
カーン・セルディウス。
リーヴェンの「領主」の弟で、そしてハルの伯父であった。
なぜ自分が止められたか察して、ハルは一気に頭に血が上った。
ハルは次男でスペアだ。兄に何かあれば、自分が跡継ぎになる。
ハル・セルディウスは、冒険者とこの移転ゲートを開けられる鍵を持つギルド長が消えていくのを見て、絶望感に心を踏みつぶされて膝をついた。止めたギルド職員も、苦し気な顔でハルを見守っている。
明日を約束されない冒険者になったハルが生き延びて、街を守る家族が死ぬなんて、そんな不条理なことがあるのか。
伯父の邸にも移転ゲートはあるはずだ。ハルは急いで立ち上がって、出ていこうとする。
「セルディウス卿は陛下へ報告に行きましたよ」
再びハルの足を止めたのは、リシュエルだった。
「そんな」
ここで凶報を待っているなんて、地獄である。
どうしようもなくなったとき、家族は領民を守るために最初に犠牲になるはずだ。想像して、ハルはせり上がってくる恐怖に吐きそうになる。
いっそ今だけ自分が跡取りになって、兄の代わりになりたい。
口元を抑えながらぽろぽろ涙をこぼすハルをしばらく見下ろし、リシュエルはハルに向かて手を伸ばした。
「連れてってあげます」
「え?」
「私が、あなたを、あなたの故郷に」
リシュエルは、震えるハルの手を握った。先ほどハルを止めたギルド職員が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫ですよ。私がお守りするので」
「えっ」
その瞬間、リシュエルごと、ハルもその場から消えた。
視界に飛び込んできたのは、関所近くの砦から見下ろす景色だった。
ハルはここから見る街の様子が好きだった。
レクスヴァルディアほど洗練されていないし、人の数やお店の数も少ないけれど、穏やかな時間が流れ、みんなが平和に笑っているこの街が好きだ。
大好きな故郷があるから、ハルはなんでも前向きに挑戦できた。帰れる場所があることの救いと幸運は、何ものにも代え難い。
その故郷が、荒れ果て、燃え、騒然とし、誰かの泣き叫ぶ声が響いている。血と、何かが燃えた臭い。
砦では、魔術師たちが街に結界を張っている。人数的には十分だが、このスタンピードがいつおさまるかわからない限り油断はできないし、当然、魔力や体力の限界もくるのだ。強い魔物は薄い結界なら入ってきてしまうこともある。
侵入を防いでも、今街に侵入している大量の魔物たちの討伐が追いつかなければ、街は何もかも失くしてしまうだろう。
砦の下には、ハルの兄と父の姿があった。母や妹は救護班にいるのだろう。震えそうになる足を鼓舞し、砦から降りようとする。
「待って。今は一人で行かないでください」
「で、でも……っ」
「まずはここをなんとかします」
リシュエルは軽くそう言って、静かに手を掲げた。
白い指先が優雅に宙をなぞると、温かい光が街全体を包み込む。
厚い結界だ。
上から結界を破ろうとしていた魔物は一瞬で消滅した。それを見た魔物が、怖気付き、街への侵入を躊躇する。弱い魔物は、森の方へ逃げていった。
「すごい……」
リシュエルは「逃がしませんけどね」と笑って、結界を森の入口の方へ伸ばしていく。
「あまり狩りすぎても、森の生態系を壊しますから、適度にいきましょう」
森の入口から半分ぐらいまでが光の波に包まれていく。どこか遠くで魔物の鳴き声が響いた。耳を劈くようなその鳴き声は上位魔物だろうか。リシュエルは呆然とする魔術師たちを見て、声を張り上げる。
「あなたたちは、街の人の保護を。魔物はこれ以上入ってこないので、誰か、下にいる領主一家に伝達……」
「それは、僕が!」
リシュエルはいつもの笑みで頷いてくれた。それだけで勇気になる。
ハルは走った。兄や父は政治家としては優秀だが、剣術も魔術もあまり得意ではない。唯一、護衛として彼らに付いている騎士たちは強いが、彼らも魔物を相手にしながら兄や父を守るのは容易ではないだろう。
「兄上、父上!」
「ハル!?」
父と兄が相手にする魔物に光魔術を当てる。「なぜ来たんだ!」と焦るふたりに構わず、ハルは兄と父の手を引いた。
「父上、兄上が、俺を冒険者として見送ってくれたでしょう! スペアの次男はもういません。絶対に生き残ってください!」
躊躇するふたりを誘導しながら走る。街には、かなりの数の魔物がいた。
逃げ遅れた住人に襲いかかろうとする魔物を倒しながら、周りを見渡す。レクスヴァルディアをはじめ、さまざまな街から冒険者や傭兵が応援にきてくれたが、この魔物数に対抗できるだけの人数がいるとは思えない。中級と呼ばれる魔物が多いのだ。
途中で何度か一緒に依頼を受けた顔見知りの冒険者に会ったので、彼に父と兄を託し、領主館に向かってもらう。母は妹のそばにいてもらいたいのはもちろんだが、領主館には避難してきた住民がたくさんいるのだ。領主、そしてその跡取りとしてやるべきことはたくさんある。
ハルは街の中心に残って、魔物を倒していく。
「ハル」
「リシュエルさん!? 結界は!?」
「大丈夫、継続中です」
あの分厚い結界を維持しながら動けるなんて一体このエルフは何者なのだろう。
感じる強大な魔力からかなり強いと察していたが、魔術師としては他に見ない強さである。
リシュエルが広範囲に光魔術を広げたおかげで、ハルの視界にいた魔物はすべて消えた。
「え」
リシュエルの強さに驚いている暇はなかった。
何か、強大な力が近づいてくる。ピリピリと肌を焼くような緊張が走る。夜が来たかのように、一瞬にして空が暗くなった。
「来てくれたみたいですよ」
上位魔物が来たかと構えるハルにリシュエルが言った。
「ドラゴンだ……」
大きな塊が上昇し、姿を見せる。
伝説的な存在であり、この国象徴である、ドラゴンだった。
人生で一度だけ、遠目で見たことがあるワイバーンの十倍はあるだろう大きさ。その迫力、魔力の大きさにハルは息を呑む。
一度上昇したが、ドラゴンはすぐに下降し、巨大な翼を打ちながら滞空している。
漆黒の鱗がキラキラと美しく、瞳は鋭いが、ハルと目が合うと少し柔らかく眇められた。その表情が、今では師と仰ぐ、美しい竜人の男に重なる。「ヴァルガンさん……?」と呼びかけると、ドラゴンが答えるように翼を広げ、街の上空を旋回する。すると魔物たちが一斉に動きを止め、一目散に森へ向かって行く。
「ヴァル、人を襲った魔物がいる! 逃がさないで!」
リシュエルが叫んだ。ドラゴンはそのまま人間の目には追えないようなスピードで森へ入っていく。きっとあの速度で、遠く離れた場所からここへ応援に来ててくれたのだろう。
森の上空を彼が飛行すると、様々な魔物たちの断末魔のような鳴き声が聞こえ、飛行型の魔物が飛び立っていく。遠目から、大きな尻尾と翼で魔物を蹴散らすのが見えた。
近くの森からも、魔物の鳴き声が聞こえなくなった頃。
リーヴェンのスタンピートは終焉したと、ギルド長とハルの父親が共同で宣言した。
街の入り口に降り立ったドラゴンを、リシュエルが迎えにいく。巨大なドラゴンは大人しく鎮座し、リシュエルがくるのを待っていた。
「おかえり」
ドラゴンが長い首を動かしてリシュエルに顔を近づける。まるで撫でろというように。
この大陸に存在する生物の中で最強と言われるドラゴンを従えるこのエルフは一体何者……となっている中で、ハルはこのドラゴンの正体を、ドラゴンと目が合った瞬間から察していた。
「リシュエルさん、そのドラゴン、いえ、ドラゴンさんって」
「はい。よく分かりましたね」
黒い鱗、黒い瞳。そして決して街にはその巨体を下さなかった理性。魔物が逃げ込んだ森に入っても、物理攻撃に留め、森を焼くようなことはしなかった。
竜人の中には、一部、ドラゴンになれる存在がいる。現在は、王と、その弟のみと聞いている。
ハルの師匠はとても高貴な存在だった。
戻ってからも修行をつけてくれるだろうか。
街は、スタンピートの規模に対し、被害は少なかった。
もちろん家が全壊してしまった人も、亡くなってしまった人もたくさんいる。
リーヴェンは、これから長い復興が始まる。
リシュエルによると、この規模のスタンピートがリーヴェンの街を襲うのは約三百年ぶりなのだという。
森に、ヒュドラと呼ばれる多頭の大蛇が出現し、魔物たちはヒュドラから逃げるために街へ入ってきたのが原因らしい。ちなみにそのヒュドラは、ドラゴンによって討伐され、その貴重な死骸は、リーウェンの砦の前に置いて行かれた。
ギルドが買い取ってくれるという。
復興の大きな助けになりそうだった。
国の支援も受けられるだろうとリシュエルは説明してくれた。
幸いなのは、リーヴェンの特産物である米や、果物、野菜などの畑や、調味料などを作っている醸造場の多くが無事だったことだ。
魔物に蹂躙される前にリシュエルが結界を貼ってくれた。これさえ無事なら大丈夫だと、住民が明日への希望を持つことができた。
「あの、ヴァルガンさんは」
「あ、はい。いたいた」
ギルド長と話していたヴァルガンは、すっかりいつも通りの姿だった。彼は地方へ遠征に出かけていたため、ドラゴンの姿でここへきたのだという。ドラゴンになるのは五十年ぶりだと笑っていた。
「ドラゴンの伝説は本当ですね?」
ドラゴンの姿を見た者は、ずっと幸せに暮らせるというおとぎ話がある。
この国の王様は竜人なので、そのような伝説の絵本がたくはんあるのだ。この国の多くの子どもが最初に触れる物語だった。
リシュエルは苦笑する。
「ハルの心持ちなら、そんな伝説に縋らなくても幸せになれます。現にたくさんの冒険者と私が助けてあげたでしょう?」
他の街からの要請であれだけの冒険者が集まったのは、ギルド設立以来だという。
ハルは他の冒険者と話すたび、自己紹介として出身地を口にしていた。集まってくれた者の多くはハルの故郷だと知っていたのだ。
「みなさんにたくさん返していけるように、明日からも一生懸命頑張ります!」
強くなりたい。
ハルはドラゴンにもなれないし、リシュエルのような強大な魔力を持っていないけれど、偉大な冒険者を目指すことはできる。
愚直に努力し、多くの人を守れる冒険者なりたい。諦めずに明日からも自分のできることから少しずつ頑張るのだ。
当たり前にいつもの明日が来ることは、とても素晴らしいことだと、改めて分かったから。
自分の手の届く範囲の、当たり前の明日を守れる人になりたい。
「復興を少し手伝ったらまた戻ります!」
「はい、待っています」
ーーー
「ヴァル、久しぶりに散歩しません?」
「えー、仕方ねえなあ」
転移で帰ることもできたが、少し散歩したい気分だった。帰ったら、家族やギルド長の説教が待っている。
こっそりヴァルガンと森に入り、ドラゴンに変化してもらう。
「ヒュドラは俺が入ったときには倒れてたぞ」
「最初に結界を広げたときかも? 威力が強すぎましたかね。この森には当分、魔物は近づけないかもしれないです」
ハルの孫の代くらいまでは平和だろう。
リシュエルは羽のように軽く飛んで、ヴァルガンの上に乗った。そのままうつ伏せで寝転ぶ。冷たくて気持ち良い鱗は、案外柔らかく、お気に入りの感触だ。
「今の生活に飽きたら、また一緒に旅に出るのもいいですね」
リシュエルが言うと、ヴァルは喉の奥を震わせて鳴いた。こちらも機嫌が良さそうだった。
ーーー
「約五十年ぶりにドラゴンが見られたようですよ、陛下」
連邦王国・第五代 グラディス・ドラクシスの執務室に入ってきたのは、宰相のアルセリオン・アーヴェルである。
「あいつめ」
「陛下が甘やかすからでは?」
「貴様の弟があの美しい顔で我が弟をたぶらかしのだろう、どうせ」
王は忌々しそうに言ってアルセリオンの顔を見上げる。アルセリトンはおそろしく美しい顔で笑った。その笑顔は、リシュエルの営業用の微笑みにそっくりである。
「珍しく友ができたと弟の手紙に書いてありました」
「カーンの甥で、リーヴェンの領主の息子だな。冒険者になったモノ物好きというが。カーンは自分の後継にしたいようだ。苦労する」
「それ、私たちが言えたことではないですよ」
王の実の弟であるヴァルガンは冒険者で、麗しの宰相の弟は大陸一の魔術師でありながら、道楽でギルドの受付をしている。
「とりあえず、適正な義援金を送ってやれ、税金は五年間減税、あとはお前に任せる」
「御意」
約五十年ぶりにドラゴンの姿が見られたらしい。その前は二百年ぶり。
この国でドラゴンは平和や、安寧、幸福などの象徴として知られている。
王はやれやれと呆れた。
王の弟であり、竜の中で一番若いヴァルガンが、相棒のエルフと自由に飛び回れる状態は、平和に決まっているではないか。伝説でもジンクスでもなんでもない。
戦争になれば容赦なくこき使う予定なので、その時代になればまた、伝説は変わるのだろう。
「人の言葉で美人は三日で飽きると言うが、俺たちの三日は人間で言うといつなのだろうな」
それにしても、随分長い気がするんだが?




