第8話 そんなつもりじゃない
いつも読んでいただきありがとうございます。
仕事終わり。
外はすっかり暗くなっていた。
会社の前で、悠斗は呼び止められる。
「悠斗」
振り向く。
美咲だった。
いつもと同じ顔。
同じ距離。
でも、どこか違う。
「少しだけいい?」
「いいよ」
2人で少し歩く。
人通りの少ない道。
街灯の光が、静かに影を落とす。
少しの沈黙。
美咲が先に口を開く。
「最近さ」
軽い調子。
でも、声は少しだけ固い。
「樹梨とよく話してるよね」
悠斗は少し考える。
「まあ…」
曖昧に答える。
美咲は立ち止まる。
悠斗も止まる。
「ねえ」
まっすぐ見る。
逃げ場のない視線。
「私たち付き合うんでしょ?」
その言葉。
当たり前みたいに。
確認でもなく、提案でもない。
“前提”としての言葉。
悠斗の表情が止まる。
「……え?」
思わず聞き返す。
美咲は少し眉をひそめる。
「え、じゃなくて」
「そういう流れじゃん」
自然に言う。
疑っていない。
疑う必要もないと思っている。
悠斗はゆっくり首を振る。
「違うよ…」
静かな声。
でも、はっきりしている。
空気が変わる。
美咲の表情が固まる。
「……何が?」
「俺、そういうつもりない」
その一言で、全部が崩れる。
「嘘でしょ?」
すぐに出た言葉。
「だって私たち、昔から…」
「友達だろ」
被せるように言う。
優しさはある。
でも、曖昧さはない。
美咲の目が揺れる。
「じゃあなんで!」
声が少し大きくなる。
「なんであんなに優しくするの!」
抑えていたものが、少しだけ漏れる。
悠斗は目を伏せる。
「それは…」
少し考えてから言う。
「普通だろ」
悪気はない。
本心。
でも、それが一番残酷だった。
美咲は言葉を失う。
「……じゃあ」
かすれた声。
「好きな人いるの?」
少しの沈黙。
逃げることもできた。
でも――
悠斗は逃げない。
「いる!」
その一言。
美咲の手がわずかに震える。
「……誰?」
聞かなくても分かっている。
でも、聞かずにはいられない。
悠斗は少しだけ空を見る。
そして――
「樹梨」
はっきりと言う。
言い切る。
完全に静かになる。
車の音が遠くを通る。
美咲は笑う。
でも、その笑いは空っぽだった。
「意味わかんない…」
小さく言う。
「なんで樹梨なの?」
悠斗は少し考える。
言葉を探す。
そして――
「最初から好きだった」
短く。
でも、全部が詰まっている。
美咲はしばらく何も言わない。
ただ立っている。
それから、ふっと息を吐く。
「……そっか」
小さく。
納得じゃない。
でも、それ以上言えない。
ゆっくり背を向ける。
「バカみたい」
自分に言うみたいに。
「私だけ勘違いしてたみたいじゃん」
悠斗は何も言えない。
言葉が見つからない。
美咲は数歩歩く。
そして、止まる。
振り向かないまま言う。
「でもさ」
少しだけ声が戻る。
「……選び方…間違ってるよ…」
最後のプライド。
そのまま歩いていく。
今度は止まらない。
振り返らない。
悠斗はその背中を見ていた。
追わない。
追えない。
ただ、小さく息を吐く。
(これでよかった)
そう思うしかない。
その頃。
会社の帰り道。
樹梨は1人、歩いていた。
少しだけ風が強い。
ふと、足を止める。
なぜか分からない。
でも、胸がざわつく。
(……)
思い出す。
最近のこと。
悠斗の言葉。
視線。
距離。
(違う世界の人なのに)
そう思っていたのに。
少しずつ、近づいてきた。
(なんで…)
答えは出ない。
でも、心は静かじゃなかった。
少し離れた場所。
沙耶が立っていた。
スマホをポケットにしまう。
さっきの会話を、遠くから見ていた。
「終わったか」
小さく呟く。
状況は理解している。
美咲が外れた。
その意味も。
ゆっくりと前を見る。
「じゃあ、本気でいくか」
目に迷いはない。
もうすぐ終了です。
最後まで読んでいただけると幸いです。




