第2話 届かない距離
2話目になります、よろしくお願い致します。
昼休みのオフィスは、少しだけ空気が柔らかくなる。
仕事の音が減って、代わりに雑談が増える時間。
「悠斗、今日さ」
声をかけたのは沙耶だった。
いつも通り自然に、何の迷いもなく悠斗の隣に座る。
「このあと空いてる?」
「んー、どうだろ」
「飲み行こうよ」
軽い調子。
でも距離は近い。
悠斗は少しだけ笑う。
「みんな行くなら」
「みんなじゃなくてもいいんだけど」
沙耶はそう言って、わざと少しだけ顔を近づける。
そのやり取りを、少し離れた席から見ている視線があった。
美咲だ。
「相変わらずだね」
そう言いながら近づいてくる。
「悠斗は昔からこうなんだよ」
自然に会話に入る。
「優しいからさ、勘違いされやすいの」
沙耶が少しだけ眉を動かす。
「勘違いって何?」
「別にぃ?」
笑顔のまま。
でも、ほんの少しだけ空気が変わる。
そこへ、また別の声。
「先輩〜」
梨奈がやってくる。
手に書類を持っている。
「これ、見てほしいんですけど」
悠斗はすぐにそちらを見る。
「いいよ」
梨奈はそのまま、悠斗の隣に立つ。
少しだけ体を寄せる距離。
「ここなんですけど…」
自然な仕草。
でも計算された距離。
3人が、自然に悠斗の周りに集まる。
笑い声が生まれる。
会話が広がる。
そこだけが、少し明るくなる。
――輪の外。
樹梨は静かにお弁当を開いていた。
誰とも話さない。
話しかけられることもない。
箸を動かしながら、ほんの少しだけ視線を上げる。
見えるのは、楽しそうな空気。
(すごいな…)
そう思う。
羨ましいわけではない。
ただ、違う世界だと感じる。
(ああいうの、苦手だな)
そう思って、また目を落とす。
そのとき。
「樹梨」
名前を呼ばれて、少し驚く。
顔を上げると、悠斗だった。
「え…」
一瞬、言葉が出ない。
周りの視線が少しだけ集まる。
「これ、頼まれてたやつ」
資料を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
手を伸ばして受け取る。
指が、ほんの一瞬だけ触れる。
それだけで、なぜか少しだけ心臓が跳ねる。
「……!」
悠斗は何か言いかけて、やめる。
「じゃあ」
短く言って、その場を離れる。
すぐにまた、あの輪の中へ戻っていく。
「悠斗ー!」
呼ばれて、笑って応える。
さっきまでの距離が嘘みたいに遠くなる。
樹梨は資料を見つめる。
(なんで…)
(今、話しかけたんだろう)
特別な理由なんてないはずなのに。
でも、ほんの少しだけ。
胸の奥に何かが残る。
視線を感じて顔を上げる。
美咲がこちらを見ていた。
一瞬だけ、目が合う。
すぐに逸らされる。
でもその目は、さっきまでの笑顔とは違っていた。
(……)
樹梨は何も考えないようにして、またお弁当に目を落とす。
関わらない方がいい。
そういう空気だと、なんとなく分かるから。
その日の帰り道。
エレベーターの中で、樹梨は1人だった。
静かな空間。
今日の出来事が、ぼんやりと浮かぶ。
(あの人…)
優しい人。
でも、それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう思おうとする。
ドアが開く。
外に出る。
その少し後ろから、足音が聞こえた。
「樹梨」
振り向く。
悠斗だった。
「1人?」
「…はい」
少しだけ沈黙。
「駅まで一緒に行く?」
その言葉に、少しだけ戸惑う。
「いえ…大丈夫です」
反射的にそう答える。
悠斗は少しだけ驚いた顔をする。
「そっか…」
それ以上は何も言わない。
無理に踏み込まない。
それが悠斗の優しさだった。
「じゃあ、また明日」
「…はい」
短い会話。
それだけなのに。
なぜか、少しだけ胸がざわつく。
背を向けて歩き出す。
(関わらない方がいい)
そう思っているのに。
頭のどこかで、違う声がする。
(でも…)
その続きは、言葉にならなかった。
同じ帰り道。
少し離れた場所で、美咲が立っていた。
2人のやり取りを見ていた。
無言で。
ゆっくりと目を細める。
「……へぇ」
小さく呟く。
その声は、夜の闇に溶けていった。
2話目も読んでいただきありがとうございます。今後もよろしくお願い致します。




