バレンタイン前日に親友のオセッカイで気づかされた俺のキモチ
放課後の教室は、冬の夕方特有のオレンジ色に染まっていた。
プリントの束に目の前にして、俺はため息をひとつつく。
「……はぁ、終わんねぇ」
学級委員なんて、なんで引き受けちまったんだろう。そう愚痴りかけたところに……
「おーい、智也ぁ、何してんの?」
飄々とした声。振り向かずともわかる。親友の彰だ。
「あー彰か?学級委員の仕事だよ。卒業式前のイベント計画、今日中に提出しろだと」
「そうか。そりゃ大変だな。お疲れ~」
「そう思ってんなら手伝えよ」
「やだよめんどくせぇ。大体、奏音もいるだろ?」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がチクリと痛む。
「……いや、それがいねぇんだよ」
俺は手元のプリントに視線を落としたまま、溜息混じりに答えた。
「あいつ、最近ずっとこんな感じなんだ。委員の仕事があるってのに、先に帰るわとか、彰に聞いといてとか……。正直、何考えてんのかさっぱりわかんねぇ」
奏音はもう一人の学級委員だ。姉御肌で、気さくで、頼りになって、いつも俺と一緒に仕事をしている。
……いや、”してきた” 。
ある時から、急に奏音は俺を避けるようになった。廊下ですれ違っても目を合わせようとしないし、仕事の連絡も必要最低限。理由なんて、俺には思い当たらない。
「ふーん?どうしたんだろな?ところでお前、今日陸上部の後輩から何個かチョコ貰ってただろ?なんて返答したんだ?」
「あー……『ありがとう』ってだけしか言ってねぇよ」
「それだけ?付き合うとかねぇの?」
「これ、そんなんじゃねーよ。そーいうお前は……いつも通りだろ?」
「”お返し”がなぁ……」
こいつは勉強もスポーツも完璧にこなす癖に、中身は驚くほどお気楽で爽やかなイケメンだ。今日もカバンを覗けば、入り切らないほどのバレンタインのチョコがどっさり詰まっているのが見える。
「まぁ、明日がバレンタインだし? 女子もいろいろ忙しいんじゃねぇの?」
「そういう問題かよ。……チッ、なんかイライラする」
俺は柄にもなく荒っぽくペンを置いた。なんだか陸上部の試合で走っている時みたいに、心臓の鼓動が変に速くて落ち着かない。
「……なんなんだよ、マジで」
プリントを意味もなく揃えなおしたその瞬間。
カラカラカラ……
なんだか遠慮がちに開いた扉の方を向くと、
「……奏音?」
そこにいたのは、後ろ手に何かを隠しながら、気まずそうにうつむく奏音だった。
そして、その姿を見た途端に席を立ちあがり、教室を出ていくすれ違いざまに背中を軽く押して奏音を教室へ押し込んだのは彰だった。
「じゃ、あとはガンバレ!」
「え?ちょぉー?」
彰はにこやかに手を振って素早く扉を閉めた。
待て、ちょっとこれどうすんだよ……!
だいたい「ガンバレ!」ってなんだよ?
教室には、俺と奏音の二人きりになった。
夕方の教室はオレンジ色に染まっていて、遠くから部活の声やブラスの
気まずい沈黙が流れる。
奏音はしばらくモジモジしていたが、やがて意を決したように深く息を吸って───
「……いつもの、御礼」
そう言うと、後ろ手に隠していた小さな包みを俺の胸に押しつけるように差し出してきた。
赤い包装紙に、ピンクのリボン。
これは……!と思った瞬間、心臓が跳ねた。
けれど、同時に抑えていた感情が堰を切ったようにあふれてくる。
「……なんで、ここんとこずっと避けてたんだよ」
奏音はビクッと肩を揺らし、目を背ける。
「な、なんでって……」
「俺、なんかしたのか? ずっと聞けなかったけど……今日くらい、言ってくれよ」
奏音は視線を床に落とした後に、ぎゅっと手を握り締めた
「……まわりに女の子がいたから!」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
奏音は真っ赤になりながら俺をニラむ。
「……なんか毎日、アンタのまわり女の子ばっかでさ……!彰ほどじゃないにしても、あんた足速いし、無駄に優しいから……。それ見てたら、なんか、イライラしてきて……っ!」
「あー……」
あぁ、そういうことか。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、胸の奥に熱い何かが広がっていく。
奏音は恥ずかしさに耐えきれないように、くるっと背を向けて逃げようとした。
「もういいでしょ!そういうことだから、じゃあ───」
「待て!」
反射的に、奏音の腕をつかむ。
驚いたその身体が俺の方へ引き寄せられ、気づけば抱き寄せる形になっていた。
距離が近い。
息がかかる。
奏音の呼吸が少し早いのがわかる。
……俺もだけど。ああ、くそ。こんなんで自分の気持ちをはっきり自覚するなんて。
「……俺から、言っていいか?」
「え……?」
「たぶん……いや、間違いなく……お前のことが、好きだ」
「……!」
その瞬間。
パパパパパパァンッ!
「「「「おめでとーーーーー!!」」」」
「!?」
いきなり教室の外からけたたましいクラッカーの音が響きわたり、扉が勢いよく開いた。何事かと思って見れば、彰を筆頭にクラスメートたちがニヤニヤしながらなだれ込んできやがった。
「よっしゃー! 成功だーーっ!」
「え、ちょ、おま……彰っ!!?」
うろたえる俺たちをよそに、クラスメートたちが周りを囲んではやし立てる。
「おめでとー智也ー!」
「奏音もね!」
「やっとくっついたかー!」
「写真撮っていい!?はい、二人でこっち向いて―!」
「や、やめろお前らぁぁ!」
顔面が爆発しそうなくらい熱い。
一方の奏音も真っ赤で、でも少し嬉しそうにVサインをしている。
……え?これもしかして知らなかったの、俺だけ?
ぼーぜんとしていると、彰が俺の肩をぽんと叩いてきた。
「……お幸せに。チョコは大事に食えよ」
「……お前マジで覚えとけよ……!」
「ああん⁉てめえが煮え切らねえからお膳立てしてやったんだろうが!」
「そーいうのをオセッカイっていうんだよっ!」
そう言う俺の声は、照れを全く隠せていなかった。
ちきしょー!なんかムカツク!
コイツの思惑に乗っちまった上に、怒れないなんて!
こうして、俺のバレンタイン前日は、史上最悪で、史上最高の日になったのだった。




