8.義妹の正体
そう……私、「リリィ」はシュバルツ家の養女として、人間界に入り込んだ。
シュバルツ侯爵がお忍び視察の日に合わせて、孤児院に忍び込み、養女になるまで順調だ。
ただ、義理の兄キリアンは言葉少なであまり目も合わせてくれない。
( 突然妹ができるのが面白くないのかな? 人間って複雑 )
しかし、皆、自分の姿が侯爵の亡くなった奥様に似ていると驚く。
( 私はただ「変わり身の力」をつかったら、幼いこの姿になっただけだ。ただの偶然。まあ、そのおかげで、即シュバルツ家の養女になれたからなんでもいいか )
ナユタはベッドで寝転びながら、自分の手をまじまじと見つめた。
(これが人間の手か……まだ慣れないなぁ)
これで人間と手を繋ぐこともできる。
ナユタはラエル第2皇子と手を繋いだ場面を妄想しては、ベッドでニヤニヤしていた。
使用人達は、遠目から不思議そうに少女のニタニタした微笑みを見守っていた。
「表情豊かなお方ね」
「でも、本当にナーシャ様に生き写し」
「キリアン様も妹ができて、嬉しいでしょう」
メイド達は口々に少女の噂をしていた。
夜、リリィが木の上で休んでいると、モモイロノトリの仲間のケンタ達数羽近づいてきた。
『リリィ、お前、人間の子供に化けて生活してるんだって?』
ケンタが呆れ顔でリリィに話しかけてくる。
『そうよ。昼は「ナユタ」という名前で8歳の女の子になってる。夜は見ての通りモモイロノトリの「リリィ」だよ』
ケンタ達はしきりに不思議がった。
『人間になって、何か良いことあるの? 地面を歩くしかできない動物なのに』
『でも、「手」も便利だよ。いろんなものつかめるし。人間同士手をつないだり、抱き合ったりできるよ』
『そんなの空を飛べることのメリットとの比較にもならないよ』
モモイロノトリの仲間アンナが反論した。
『お前……ある人間と親しくなりたいから、人間の姿になったとかいう噂は本当か?』
ケンタはリリィに真顔で問い詰める。
『そうだよ、何か悪い?』
あまりにもリリィが躊躇なく答えるので、ケンタ含め皆、呆気に取られた
『まあ、すぐにほとぼり覚めるだろう』
なぜかケンタは悔しそうな表情で、吐き捨てるようにつぶやいた。
仲間達は、それぞれ遠くに飛び立っていった。
(普通そうだよね……翼に勝るものなんて存在しない。自分が皇子様に固執してる方が、おかしいのかもしれない)
シュバルツ公爵の養女となったナユタは、とりあえず貴族の生活やマナーの教育を受けた。
食事作法、言葉つかい、一日のルーティン等々。
( 人間って忙しくない?食事や水浴び〈入浴〉や着替え……全部にルールがあって……いつ遊ぶの?)
そして、だんだんと「勉学」という時間も設けられていった。
ナユタは全てに必死に食らいついた。
(頑張らなきゃっ! 皇子様と会話して手を繋ぐんだから! )
もんもんと鬼気迫るナユタの様子に、家庭教師やマナー講師達が圧倒されていた。
「ま、まあ、成長速度が早いことは良いこと」
と、半ば呆れながら、必死なナユタに称賛を送っていた。
国の成り立ちみたいな授業で、人間は複雑だと痛感した。
「歴史」という勉強らしい。
「国」というのは人間が決めた「縄張り」だ。
1対1ではなく、集団で「戦争」という縄張り争いが存在することも知った。
鳥も集団で縄張り争いをする種別もいるし、人間もそうなのかな?
「紙」と「ペン」を使って作成する「文字」はとても便利だ。
結構、勉学の飲み込みは早く先生からも褒められた。
「やはりナーシャ夫人の不義の子では……」
と、噂された。
ナーシャ夫人も帝国きっての優秀な淑女であった。
ナユタはそんな勉強やマナーレッスンの日々の中、
(もしかして人間の頭脳はとてつもないのでは……しかし、翼がないのは致命的だわ)
と、改めて思った。
ただ、素晴らしい発見が多々あった。
人間のエサはこんなに美味しいのかと涙した。
お菓子なんて、夢のような味だ!
このために人間になる鳥類も現れるかもしれないとナユタは思った。
特に彼女はアップルパイがお気に入りだ。
これを食べると、ストレスは全て浄化されていく感覚になる。
音楽もかなり優秀。
歌が歌手並みだと褒められた。
(さえずるのは、鳥の得意とするところだもの。当然じゃない! )
剣を扱う授業もあり、次第に腕力もついてきていた。
ある日の午後、キリアンと稽古をつけれるようにもなり、木刀で対戦試合をしていた。
長い勝負になったが、キリアンがナユタの木刀を打ち、彼女の手から離れたため、ナユタは負けた。
キリアンがナユタの顔前に木刀を突きつけて、見下しながら得意気に口を開いた。
「まだまだ僕の足元にも及ばないな」
「2歳も年下で、半年しか剣術習ってない私に勝ち誇ってる時点で、騎士失格ですよ」
「お前は口だけは達者だな」
キリアンは呆れた表情になった。
二人は汗だくになりながら、ベンチに座って休憩をとって息を整える。
「私も社交界とやらで、デビューするのでしょ? 舌戦も練習しないと」
「僕は無理だ。言葉の裏表とか読めない」
「その方がいいわよ。本来、生物は本能的なものです」
「お前……たまに哲学語るなーー」
キリアンは、母そっくりに成長し続けている美しく強いナユタの横顔を眺めた。
ナユタは視線を感じ、彼の方を振り返る。
キリアンは恥ずかしさをごまかすため、突然走り出した。
「ちょっと走り込みしてくるっ!」
「えぇ? 急に?」
不思議そうな表情をしているナユタをおいて、キリアンは稽古場を走った。
その様子を父レオンは眺めていた。
ーー順調にナユタは貴族の生活に浸透していっている。ただ、一つの問題点をのぞけばーー
レオンは、先日ナユタとの会話を思い出していた。