6.シュバルツ家の養女
今日はレオンが、領地のキリテハ孤児院を視察する日だ。
彼が院長と話をしていると、裏から子供が争っている声が響いた。
「なんだよ、チビッ! 生意気なんだよ!」
「新参者のクセに!」
「お前、チビなんだから一日一食でいいだろう!」
最近この孤児院に入った少女に、配給されたパンを渡すよう年長者少年3人が脅しているようだった。
「やめなさい! お客様も来ているのにっ!」
院長が注意して止めようとすると、その少女は殴ろうとしている少年をひらりと横にかわした。
次々と彼らの攻撃をかわす小さな少女。
大柄な少年3人が小柄な少女にずっと翻弄されている。
まるで少女は、人間をあざ笑う鳥のようだ。
「おやめなさいっ!!」
院長が大声で男子達を制すると、貴族の大きな男の人がいることに驚いて、皆静かになった
「暴力は絶対にしてはいけないよ。自分より幼い子は特に守るべき存在だ」
レオンは、かがんで子供達と目線を合わせながら、優しく注意した。
それから、いじめられていた少女の方に向き直る。 その時、彼は時が止まったかのような錯覚を起こした。
「……ナ、ナーシャ? ナーシャなのか?」
彼は思わず声がもれた。
なぜなら、その幼い少女は亡くなった最愛の妻ナーシャ夫人にそっくりだったのだ!
ナーシャ夫人が病弱で公式な行事にあまり参加できなかったからか孤児院の院長達は気づかなかったようだった。
(俺は夢をみているのか? あまりにナーシャが恋しくて、狂ってしまったのだろうか? )
大きくてまるい愛らしい瞳。
小さくて薄い赤い唇。整った目鼻立ち。
薄いピンク色の髪、ふわふわと巻く癖毛。
全てがナーシャと同じ。
唯一、瞳の色が違うだけだった。 少女の瞳の色はなんとシュバルツ家特有の淡い緑色……!
ただナーシャが子供に戻ったような少女が存在するなんて!
院長に話を聞くと、数日前に孤児院前に捨てられた推定8~9才くらいの女の子だという。
どこから来たのか聞いても、つじつまの合わない話しかしない。
ーー巣から落ちて気を失ってたところ、親切な人が育ててくれて、元気になった。親とは巣から落ちてから会っていないーーと、繰り返すだけだった。
(名前さえわからない。 記憶喪失か……どちらにしろ医者に診てもらおう。)
「院長、彼女をシュバルツ家に連れて行きます」
レオンはその場で彼女を養女に迎えることに、ためらいはなかった。
レオンと少女を乗せた馬車が邸宅に着き、彼が手をつないでいる少女の姿を見た途端、迎えに出ていた使用人達は騒然となった。
「ナーシャ様? 侯爵夫人……?」
「私は幻を見ているの?」
「ナーシャ様の親戚? 聞いたことないわ」
すると、ナーシャの不義の子かと疑惑をもつ声がひそかに聞こえた。
「バカを言え!」
レオンは、陰でその噂をする使用人達を一喝した。
「申し訳ございません! お許しを!」
「侯爵様 、お許しくださいませ!」
使用人達は真っ青な顔をして、口々に謝罪し、頭を下げ続けた。
レオンはため息をつく。
「早く持ち場に戻りなさい」
たとえ不義な行為があり、妊娠しても、女性は体型も変化するから、隠しようがない。
そして、身なりを整えた少女は、まわりが感嘆するほど愛らしい少女だった。
念のため、シュバルツ家の女児に表れる紋章が、体のどこかにないかチェックするようメイド達に指示していたが、やはりなかったようだ。
当たり前だが、シュバルツ家の血は入ってない。レオンはかわいらしく着飾った少女に再度たずねた。
「名前は本当に覚えてないの?」
「リリ……いえ、覚えていません」
少女は慌てた様子で応えた。
「そう……じゃあ、『ナユタ』はどうかな? 東帝国では『可能性』という意味だ 。私の妻が二番目の子供につけたがってかいたからな」
(ナユタ……私の二つ目……人間での名前……)
「はい 『ナユタ』がいいです」
少女は満面の笑みで、レオンに返答した。
シュバルツ家の一人息子キリアンは父の執務室に呼ばれた。
「父上、失礼します」
「あぁ、待ってたよ」
レオンの背後から、おずおずと様子を見ながら、キリアンにその少女は挨拶した。
「こ、こんにちは ナユタです 」
「恥ずかしいのかな? これからは君のお兄さんになるキリアンだよ。 ほら、君も自己紹介しなさい、キリアン」
「……キリアン フォン シュバルツ 11歳です」
それだけ言うと、彼は自分の部屋へ急ぎ足で逃げてしまった。
「キリアン? ……なんで逃げたんだろう? 急に妹ができて恥ずかしいのかな? すまないね、ナユタ」
レオンはナユタの頭をなでながら、優しく話しかけた。