4. 皇族の食卓
ラエル皇子は皇家専用のダイニングに、リリィを連れてきた。
そして、珍しくそこには義兄のへヴァン第一皇子が既に座っていた。
濃茶色の髪で、同じ色の瞳。
鋭い目力のある神秘的な瞳で、大きめな口が特徴的だ。
ラエル皇子とは一歳しか違わないが、孤高の王者の風格がある少年だった。
あまりにも久しぶりに会話するので、ラエル皇子は緊張がはしる。
「へヴァンお兄様、ごぶさたしております。」
「久しぶり、元気だったか?」
「あまりダイニングには来られないのですね」
「面倒で部屋で軽く済ますことが多くて……時間がある時は、なるべくここに来るよ」
「はい、ありがとうがざいます。」
「ところで、この鳥は飼っているのか?」
皇居の食堂のテーブルでモモイロノトリが、コツコツと皿に盛られたくるみをつついていた。
「兄上、かわいいでしょう?」
(ラエル皇子様が私を「かわいい」と言った! )
リリィは心の中で絶叫した。
「僕は動物嫌いなんだ。馬は生活に必要だから、我慢するけど」
へヴァンは心底嫌なものを見る眼でリリィを見た。
その瞬間、リリィは負けじとへヴァンを睨んだ。
「……なんか睨まれたような気がする」
へヴァンは、不機嫌そうにつぶやく。
(こいつがラエル皇子様のお兄さんか。失礼なやつだ 。 顔はイケメンかもしれないけど、私の触手にはひっかからないタイプだわ!! )
リリィはピィピィと鳴いて、へヴァン第一皇子を批判した。
「あら、久しぶりね 、ラエル。へヴァンが今日はここでの食事を誘ってくれたものだから」
次にダイニングに入ってきたのは、アリシア皇后だった。へヴァン第一皇子の実母で、ラエル第二皇子の継母である。
この東帝国の正皇后だ。
ドレスアップをし家族で囲む食卓でさえ、皇后である気品を保っている。
豊かな黒髪でグレーの瞳は鋭く、怖いくらいに美しかった。
ラエルは、彼女の姿を見て、慌てて立ち上がった。
「皇后陛下に御挨拶申し上げます」
「まあ、臭いわ! なんの臭い? 鳥? 鳥がいるじゃない!」
皇后アリシアは、ラエル皇子の挨拶を無視して、鳥がダイニングにいることに大騒ぎしている。
リリィは「臭い」という単語にショックを受け、うなだれた。
『臭い? 臭いですって? 私はれっきとしたモモイロノトリのレディよっっ!』
リリィは文句を言うように、皇后に向かって、ピィピィと訴えた。
「ラエルが小鳥を連れてきたのですよ 。一緒に食卓を囲んでいるところです。」
へヴァンが呆れた表情で、今の現状を説明する。
「非常識ね ! ここは皇室のダイニングですよ! 外に出しなさい!」
「申し訳ございません、 皇后陛下。」
ラエル皇子は、慌てて謝罪した。
「これだから、男爵上がりの子は……」
ラエル皇子はその言葉を聞き、一瞬で表情が曇り、うつむいてしまった。
「今日は珍しく全員そろっているのか。何ヵ月ぶりだろう。皆、各自部屋食が多いからね。」
最後に皇帝陛下が食堂入ってきた。
へヴァン第一皇子とラエル第二皇子は同時に立ち上がり、
「東帝国の太陽、皇帝陛下に御挨拶申し上げます。」
と言いながら、頭を下げた。
「数少ない家族ではないか 。あらたまらなくてもよい」
「陛下、今日の公務は終わったのですか?」
「ああ、久々に早く終えたよ 。あれ? 面白いお客様がいるね」
『この人が、皇子様のお父さん! こんばんは!』
リリィは、ピィピィと挨拶した。
「かわいいね 。どうしてここにいるの? 君が噂のラエルが育てた小鳥かな?」
『そうです、 お父様 ! 命の恩人です』
「おしゃべりなモモイロノトリだね。 わが国の国鳥じゃないか 。これもご縁かな?」
ラエル皇子は陛下の近くによって、子供らしくねだった。
「小鳥のリリィと一緒に食べてはいけませんか?」
「そうだね 。 そうしたいけど、いいかい? ラエルは鳥が好きなんだね 。それはとても素敵なことだよ。」
陛下は子供の目線に合わせるように、しゃがんで話した。
「ただ、ここには皇族や使用人も出入りする 。鳥が苦手だったり、もしかしたらアレルギーを持っている人もいるかもしれない 。今日はとりあえず部屋に戻しなさい 。また皆の許可が出たら、園庭や部屋でお茶をすると良い。」
「はい、陛下。」
ラエルはやんわり断られたことは悲しいが、父と久しぶりに話ができたことに喜びを感じた。
侍女のアリサにリリィを託し、ラエルは手を洗って食卓についた。
籠に入れられたリリィは後ろを振り返 り、ラエル皇子を取り囲む環境を分析していた。
リリィは森に帰り、皇后に「臭い」と言われたのを気にしたのか、水溜まりで水浴びしていた。
そして、考えをめぐらせた。
正直、ラエル皇子に悪意を抱くものが多すぎる。
使用人も貴族も教育係も……。
雛の時から、違和感を感じたのもこのためか。自分は若鳥だが、彼が危険な環境に身をおかれているくらいはわかる。
いつ皇子の命が狙われるかわからない。
今まで彼がのびのびと健やかに成長できたことが、不思議なくらいだ。
人間は殺気や不穏な空気を感じとる能力が低いと、リリィはつくづく痛感した。
ーーなんとかラエル皇子を守りたいーー
(皇帝陛下は善人かなぁ。皇后はあからさまにラエル皇子を嫌っている。へヴァン第一皇子は……読めない 。この3人は全員何か秘密を隠し持っているような気がする)
リリィはため息を一つついた。
そして、ハッと皇后に言われた言葉を思い出した。
『しかし、臭いって何よ! 臭いって! あんただって、化粧の臭いが鼻につくおばさんのくせにっっ』
リリィはピィピィと怒りながら、森の湖でバシャバシャと音を立てた。
『リリィ荒れてんなぁ……』
モモイロノトリ仲間達が、その様子を見てつぶやいた。




