3. 巣立ち
翌日、雛はすっかり元気を取り戻し、一日一日成長する姿を見せた。羽も少しずつ生えて、目もうっすらと開いてきている。
ラエル皇子は自分が与えているエサで、体が大きくなる小鳥を愛おしいと感じる毎日を送っていた。
拾われた雛は、ラエル皇子をじーーっとよく何度も見つめる。
そして、目が合うと照れるしぐさをする変わった雛だった。
産毛のような羽で顔を一生懸命にかくしている。
(何してるんだろう? )
と、ラエルは雛を呆れながら眺めていた。
そして、成長するにつれて、東帝国の国鳥である全身ピンクの羽で覆われる「モモイロノトリ」だと判明した。
モモイロノトリは東帝国にしか生息できない小鳥でもあった。
ラエルは、この雛に「リリィ」と名付けた。東帝国では古い言葉で『かわいい』という意味だ。
毎日、ラエルはリリィに一方的にその日の出来事を報告する。
「リリィ、今日は弓の訓練をしたよ」
「シュバルツ家にキリアンという友達がいるんだ 」
「今日、先生に怒られちゃった 」
リリィはそれにピィピィと答えた。
一人と一羽は会話をしているように、楽しそうに見える。
人間とはあまり会話もせず、心を閉ざしているラエル第二皇子が、小鳥にはよく話しかけ笑顔を見せていた。
侍女アリサは、彼の表情が明るくなるのを微笑ましく見守っていた。
そして、雛は毎日ラエルにお世話されて、すくすくと成長していく。
羽がはえそろってきた頃、リリィは飛び立つ練習を始めた。
それをラエルが複雑な表情で見守っている。
「リリィを飼ってもいいか皇帝陛下にお願いしてみたらいかがですか?」
侍女アリサはラエルに提案した。
「いや、リリィの自由を奪ってはならない」
彼はきっぱりと言いきった。
「リリィはきっとまた僕を訪ねて来てくれるよ」
ラエルは、大人しく両手に包まれているリリィの口ばしにキスをした。
リリィはあからさまに真っ赤になり、羽をバタバタとさせて、しばらく暴れた。
彼はリリィが十分飛び立てると判断して、園庭でリリィを放した。
「リリィ、君はもう自由だよ。広い空の世界へお行き。たまに遊びに来て、絶対だよ! 」
リリィは、とまどっている様子だったが、羽をはばたかせ、少しずつ窓辺から離れ、空高く舞い上がった。
それから、リリィは森の中で生活するモモイロノトリの仲間と合流し、木の上で語り合った。
『ただいまぁ! 皆久しぶりっ!』
リリィは巣から落ちたが、無事に成長したことを仲間達が口々に喜んだ。
『良かったねぇ、本当にあんた幸運だよ!』
『巣から落ちたら、普通死ぬのに……』
『しかも、人間から給餌されたんでしょ?
良い人間に拾ってもらったんだねぇ』
『しかし、ここはサバイバルだからね ! タカやワシとか大きな鳥に気を付けないと食べられちゃうよ!』
そして、この国の鳥類は、
ーー自分達は生息する生物の中で頂点であるーー
と、自負していた。
なぜなら、東帝国の鳥類はどんな生物にも化けることができた。
これは、人間が知り得ない事実である。
しかし、鳥達はあまり他の生物に変わろうともしなかった。
一度も化けたくないという鳥がほとんどだ。
なぜなら、空を飛べない地上の生物なんて、能力が低すぎて話にならない。わざわざ低能な生き物になる必要性を感じないからだ。
特に人間は眺めていて大変そうだ。
反射神経も遅いし、殺気を感じる能力も低い。
感情というものに身体が支配されていることも多いような気がする。
鳥の一生は成長し、親鳥になり、巣を作り、卵を温め、雛を育てる。毎年それを繰り返す。
そんな鳥の一生を送るだろう。
リリィはそう漠然と思っていた。
リリィは、巣立ち二日後の夜に皇子の部屋の窓辺に姿を現した。
「リリィ! 帰ってきた! どう? エサは自分の力で取れた?」
『皇子様、大丈夫だよ、私は天才だから!』
「そう……でも、やっぱりリリィのいない生活は耐えれそうにないから、たまに顔を見せに来てくれる?」
『もちろんです、皇子様!』
「やったぁ、来てくれるんだ!」
当然、リリィはピィピィ鳴くだけでラエルは理解できていないが、会話をしているようにおしゃべりした。
「鳥の言葉がわかるのですか?」
侍女アリサは、皇子にたずねた。
「全然 ! でも、リリィは僕のことが好きだから、来てくれたんだよ! それはわかる。」
リリィは自分の言葉が通じているように感じて、よけいに賑やかにピィピィと鳴くのだった。