22.婚姻嘆願書
「お呼びですか? 父上」
「ああ、そこに座りなさい」
翌日、キリアンは父の執務室に呼び出された。
話題は想像がつく。
僕の婚約の話だろう。
でも、今の僕には受け入れられそうにない。
この背徳的な思いと、いつ決別できるのか想像もつかない。
「お前ももう家門を継ぐことを前提として、人生計画を立てないとな」
「はい、父上……」
「婚姻請願書が毎日のように届いてるぞ。 私が年齢や家門を考慮した結果、この3名の令嬢が有力だが……他に希望する令嬢はいるのか? まず、お前から直接聞かないとな。一生添い遂げる令嬢なのだから」
婚姻請願書という名の書類が3枚テーブルの上に広げられた。
「……僕はまだ結婚したくありません」
「もちろん、政略結婚はできればさせたくない 。気になる令嬢がいれば、簡単なパーティーを開いて招待すれば良い 。 お前はシュバルツ家の長男で器量も良いし、若い令嬢が放っておかないだろう?」
キリアンは侯爵の質問に答えず無言を貫いた。
「まあ……婚約は人生の大きな決断だ。相手もいることだし、簡単には決めてはいけないな。しかし、あまり先延ばしもできない。少し考えてみてくれ」
「はい……」
「今日はもう休んでいいぞ」
「失礼します、 おやすみなさい」
キリアンが部屋をでようとした時、レオンが声をかけた。
「……義理の兄妹は、結婚できるぞ」
「!!」
キリアンは振り向かず、拳を握りしめ全身が震えた。
自分の空間だけ時間が止まり、冷や汗が顔中吹き出て鼓動がドクンドクンと高鳴る。
「俺は……ナユタの兄です!」
キリアンはそのまま父の顔を見ず執務室を後にした。
ラエル皇子は演習場で騎士の鍛練に勤しんでいた。
「皇子様、そろそろ休憩を取られては……」
稽古の相手を務めている騎士団長が進言する。
ラエル皇子は一時間ぶっ通しで稽古の相手を代えて体を動かしていた。
肩で息をするほど呼吸が乱れ足元もふらついていた。
「そこまでです! これ以上は逆にお体に触ります。 お止めください」
呼ばれた皇医が、皇子をいさめた。
騎士団員達は、心配そうに皇子の様子をうかがいながら口々に噂話をする。
「今日、殺気だってないか?」
「何かあったのかなあ」
「寡黙で温厚な皇子が珍しい。 険しい表情をしていらっしゃる」
やっと皇医の進言通り、ラエルは休憩を取った。
皇子は水分を摂りながら、演習場のベンチで腰をかけて、皆の練習を眺めていた。
( 何故だろう……イライラする…… )
目を閉じて鳥のさえずりに耳を傾けた。
閉じた瞳の奥にナユタの姿が思い浮かんだ。
( あと5日あるなぁ…… )
ナユタとキリアンに同時に一週間休暇を与えるよう皇帝陛下から指示があった。
あんな事件のあった後だ。
陛下は未成年のナユタには心の安静が必要だろうと判断された。
僕もそうするべきだと思ったが……感情がついていかない。
しかし、もうこれ以上自分に関わると、彼女の命が脅かされるかもしれない。
(そう思うと遠ざけることが賢明なのに……)
婚約者候補の3人の令嬢は、なんの感情もわかず断ることができた。
侍女アリサに裏切られた時でさえ、ここまて動揺しなかった。
こんな2日間彼女と離れただけで、自分がおかしくなるなんて。
自覚はある。
僕は……君が僕以外の誰かを選んだ時、それを祝福できるかどうか自信がない。
義兄のキリアンでさえ一緒にいると思うと胸が痛い。
自分で自分がコントロールできない。
でも、僕は……「不吉皇子」とか呼ばれてるのも知っている。
母もなくし、母のように慕っていたナーシャ侯爵夫人もなくし……ヘブァン兄上の失踪事件まで引き起こしたとまで言われ……その後も使用人や騎士が、いなくなっていく。
僕に関わると、何か起こるのではないか。
そんな先入観に自分自身が捕らわれている。
(母上……ナーシャ侯爵夫人……僕はどうすれば幸せになれますか? )
ラエル皇子は空を見上げ、悠々と舞っている鳥の群れを眺めた。
( 夜にリリィに癒してもらおう )
皇子は一つため息をついて、また鍛練にいそしみ始めた。




