20.義兄の涙
キリアンは、ナユタが市内で襲撃されたと聞いて、血の気が引いた。
いつも憎まれ口をたたく妹だが、いてもたってもいられない。
へヴァンの部屋の前で護衛の任務に就いているが、時間が恐ろしく長く感じる。
妹一人も守れない自分の非力さに絶望し、唇を噛み少し出血したのが自分でもわかる。
無意識に震えていると、また伝令が走ってきた。
「ラエル殿下含め4名は、カノ騎士が軽傷を負いましたが、皆無事であると報告があり……キリアン卿?」
キリアンは、伝令が自分を見て絶句し驚いた表情に変化したことに気づいた。
「顔に何かついてるか……?」
自分の顔を触ると、手に水がついている。
ーー涙……? 俺は泣いているのか? ラエル皇子が無事だからか? 妹のナユタ……家族が無事で安堵したからか? ーー
キリアンは思わず頭を振った。
ーーとにかく、良かった……無事で。顔を見たら、なんて言おうか。たまには、褒めてやるかなーー
そんなことを考えたいたら、へヴァン第一皇子が部屋から出てきて訊ねた。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、市民西広場でラエル殿下一行4名が刺客に襲われましたが、無事だそうです」
「君の妹もいたのか?」
「はい、しかし怪我もないようです。気にかけていただき、ありがとうございます」
「なら、良かった。 また詳しい話は後日に聞く。今日は妹の側にいてあげたら良い 。退勤を許可する」
「お気遣いいただき感謝いたします」
退勤許可をだした後、へヴァン皇子はまた部屋に戻った。
しばらく、キリアンはへヴァン皇子の人間性をぼんやりと考察した。
ーーへヴァン殿下は、ラエル殿下よりも、あまり人と関わろうとしない。ラエル殿下もあまり親しい人間を作ろうとしないが、へヴァン殿下はそもそも部屋からあまり出られない。貴族たちの彼に対する美辞麗句にも反応が薄い。皇后陛下が、一人でへヴァン殿下にしがみつき私腹を肥やそうとする連中を相手にしている。へヴァン殿下のお人柄がまだよくわからないーー
今回の襲撃は皇室、騎士団、幹部会等会議にかけられた。
どの会議でも問題になったのが、敵を逃がしてしまったという点を責められた。
それでも、皇子を騎士3名で守りきったことは評価された。
皇子の命を脅かす黒幕は、へヴァン第一皇子支持派の凶行だと思われたが、今回は違うかもしれない。
なぜなら、一人素性を隠しようがない大男が刺客の中にいた。
あんな化物じみた体格の男は、国内に居住していれば、噂にならないわけがない。
国外の曲者だろうが、それにしても目立つ。
荷物に紛れて侵入して、国内に入ったか。
他国からの暗殺者と考えて間違いはない。
しかし、机上で話し合っても答えなんて出るわけがなかった。
ただ皇帝陛下から、よくラエル皇子を守ってくれたと、3人は功績を称えられた。
何より、市民の目の前で襲撃があり、平民の子供が人質になった今回の事件は、瞬く間にラエル第二皇子の評価が上がった。
平民の子供のために、剣まで捨てようとして、自分の命をかけた行為に、国民は皆感銘を受けた。
こんな皇族が今までこの東帝国にいただろうか。
いや、この大陸全体の全ての皇室に……歴史上存在しただろうか?
この実話はすぐに書籍になり、オペラになり演劇になり……大衆に広まった。




