19.タカとモモイロノトリ
「あぁっ!!」
護衛騎士の一人が腕を少し切られた。
ナユタは一瞬その声に気を取られてしまう。
それを怪物男は逃さず、ナユタを後ろから羽交い締めにする。
(しまった!!)
「ナユタ!!」
ラエルは真っ青になって叫ぶが、敵を3人相手にしているから、応戦ができない。
圧倒的に相手の方が人数が多くて不利だ。
「お前がナユタか……噂ほどでもない」
怪物みたいな体格の男は、ナユタをきつく締め上げる。
ギシギシと骨がきしむような痛み。
ナユタは、苦痛に顔が歪んだ。
( このままでは、骨が折れるっ!……しょうがない! )
怪物男がいっそう力をこめたその時、男の大木の腕が空をつかんだ。
ーーーカラーン……
剣が地面に落ちる音が響く。
ナユタが消えた……服と剣だけ残して。
あまりのことに皆唖然としている。
実は、ナユタは足の早いネズミに化けて逃げ出し、ひとまず小道の壁に身を隠したのだ。
( 皆が驚いている間に、次の手を打たねば )
ナユタはモモイロノトリに戻り、空高く舞い上がった。
すると、タカの軍団がどこからともなく多数飛んで来て、敵の体を取り囲みつついて攻撃した。
刺客一人に数羽まとわりついているので、たまらない。
「うわぁぁっ!」
「何も見えない!なんだ、この鳥!」
「助けてくれー!痛い、痛い、痛い!」
口々に叫んで、剣を振り回すが、空を切るだけで、ラエル皇子と護衛は唖然とその光景を眺めていた。
「ひとまず退却っっ!」
刺客のリーダーらしき人物が指令を出した。
怪物男含む全員、タカの攻撃を受けながら、四方八方に逃げ出した。
民衆は刺客が逃げ去り、わぁっと歓声を上げる。
「ラエル皇子様、ありがとう」
「ラエル様、万歳っ!」
皇子と騎士2人は戸惑いながら、歓声に戸惑い恥ずかしがっていた。
皇子は負傷した騎士を、近くの皇室御用達の病院に行くよう指示を出す。
市民が負傷した騎士に手を貸して案内した。
リリィは空からその様子を嬉しそうに眺めている。
すると、一羽のタカが飛んでいるリリィに近づいてきた。
リリィは、本能的に捕食される恐怖に襲われたが、なぜかすぐにその恐怖心は消え去った。
(目の前に猛禽類がいるのに、不思議な感覚だわ……急に怖くなくなった)
『人間なんてチョロいな、 飛べないわ動きが鈍いわ』
そのタカが、リリィに鳴き声で話しかけてきた。
リリィも視覚的な恐怖心は消えないので、震えながらも礼を言う。
『初めまして、リリィと申します 。ありがとう。助かりました 』
『お前が噂の最近人間になってるリリィとかいうチビか?』
『私をご存知で?』
『そりゃあ人間になるとか、そんな物好き珍しいからな』
タカはラエル皇子を見下ろした。
『あいつのためか?』
リリィは真っ赤になって、動揺して目が泳いだ。
『い、いや……ほらっっ私は彼を守る仕事をしていてっっ! ご、誤解しないでっ! 私はただ彼の騎士としてっ!』
タカはリリィを凝視した。
リリィはその瞬間、本能的な恐怖で心臓が跳ねた。
『うまそうだな、お前』
『え……えぇ?』
『食べたい、ダメか?』
『ダ、ダメに決まってますっっ』
『あいつ助けてやったのに?』
それを言われれば、ぐぅの根も出なかった。
『皇子がいなくなったら……』
『ん?』
『皇子がこの世界を離れる時が来たら、私を食べていいですよ』
タカは信じられないという表情でリリィを凝視した。
『皇子がいない世界に生き続ける自信がないし』
タカは呆れた表情で少し笑った。
『じゃあ、その時までせいぜい楽しくやるんだな。 俺はご馳走を食らうのが延びるけど』
『うん、今回はありがとう』
『また何かあったら呼べよ』
リリィは人懐っこく笑ってうなづいた。
その二羽の様子を皇子は遠目だが見ていた。
( あれは……リリィ……? )
ラエルの護衛騎士が、彼に皇居に戻ることを促す。
しかし、皇子はナユタの捜索すると言って、馬車に乗ろうとしない。
「ナユタ卿はきっと見つかりますよ 。先に皇子の御身をお守りするのが、我々の責務なので先に帰宮を。私たちが全力でナユタ卿はお探しします」
皇子は、母やシュバルツ侯爵夫人を失っている恐怖がよみがえってきて体中が震えた。
貴族達が噂している声が頭にこだまする。
『第ニ皇子にかかわると命が危ないわ』
『マリアン様もナーシャ夫人もご逝去されて……』
『へヴァン殿下も一時失踪されたじゃない』
( どうしよう……ナユタまで失ったら )
ラエル皇子は呼吸が乱れ座り込んだ。
「皇子っっ? 大丈夫ですか?」
騎士達がかかえあげようとした、その時。
「ラエル殿下、大丈夫ですか?!」
ラエルは、聞き覚えのある柔らかい声を耳にして振り向いた。
ナユタが、心配そうな表情で皇子の顔をのぞきこんでいる。
ナユタは髪をおろしたスタイルで、服もピンクの羽毛につつまれたようなワンピースを着用していた。
どこも負傷してないようだ。
その姿を見て、思わず皇子は彼女を抱き締めた。
「殿下?」
ナユタは顔に熱が集まり、心臓が破裂しそうな感覚に陥った。
( 手があると、こうして抱き締めることができるのよね )
ナユタは戸惑いながら、両手を皇子の背中に伸ばした。
皇子の背中は広くなり体もたくましくなったが、小刻みに震え呼吸も荒い。
( あたたかい……抱き締め合うのは、なんて素晴らしくて、胸がしめつけられる行為なんだろう )
ナユタは心臓が跳ねて熱があるかのように体が熱くなる。
よく人間はこうして背中をとんとんと叩いてたかな?
ナユタも同じように皇子の背中を優しくとんとんと叩いた。
ラエルは驚いたが、少し顔を赤らめてさらに手に力をこめて抱き締めた。
( 良かった、無事で )
ラエルは徐々に呼吸が整ってきた。
しばらくして、2人は馬車に乗り皇居に向かった。
「ところで、その服はどうしたんだ? 羽毛?」
「似合いませんか?」
「い、いや……似合っているけど、どうしたの? そのワンピース」
「エストリニア神の良心でしょう」
鳥から人間に変わるときは、いつもこの服を着た姿になっていた。
( まあ、そうなるよね。人間は服を着なきゃやばいもん )
ナユタにとって、ラエル皇子との初めての市内視察は、波乱の幕開けでもあった。




