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17.毒

今回は文字数が4000字超えます

いつもの倍の長さになります

 後日、ラエルと婚約者候補3人は園庭で小さなティーパーティーを開くことになっていた。

 候補者達は皇子と距離を縮めて、自分が有利に立ちたいと思惑が渦巻く会になるだろう。

 茶会の間、ナユタはラエルの専属騎士として皇子の後ろから見守る。

 彼女にとって、本格的な初めての護衛の仕事だ。

 候補者3人が先に着席していて、ラエル皇子と護衛は遅れて合流する予定である。

 令嬢3人はお互い牽制する会話を繰り広げていた。


「お久しぶりです。ミリネー嬢、リンダ嬢」

「バレチェ嬢も相変わらずお美しいです 。 憧れますわ」

「この度はよろしくお願いいたします」


 使用人達は、令嬢達の火花が散っているようで、ここは彼女達の戦場なのだと痛感しながら、配膳をしていた。

 準備を終え、ラエル皇子が護衛を引き連れて、茶会に参席した。


「遅れてすまない」

「ラエル第2皇子様に御挨拶申し上げます」

「ああ、そのまま座っていて」


 皇子は焦って、深々と礼をする3人の令嬢を制した。

 ナユタは、この茶会の雰囲気に違和感を感じた。何がどうとかわからないが、しっくりこない。何か策略が渦巻いてるような……危険な空気が流れている。

 とりあえず様子を見ることにした。


「皇子様は18歳になられるのですね。私は17歳になりました 」

「私の父も殿下を称賛しておりました。美しく聡明でお強くて……」

「こうして、ご一緒にお茶をいただけるだけでも家門の誉れでございます」


 令嬢達が、口々に処世術として身に付いた皇族への賛辞を披露する。


(なんか人間って生きにくいね……求愛も回りくどいと言うか)


 ナユタは、これは皇子様も苦痛だろうと心中を察した。


「ところで、皆は趣味とかはあるの?」


 ラエル皇子は、初対面ではありきたりな質問を投げ掛けた。


「私は刺繍が得意です」

「ダンスの習得は早い方だと思います」

「私は読書が好きです」

「殿下は何でしょうか? 剣術とか?」


 ラエルは一呼吸おいて、得意気に答えた。

「……鳥の観察」


「え?」

「鳥を眺めているだけで幸せになれるんだ」


 皇子は真顔で鳥への憧れを熱く語りだした。


「猛禽類が一番好きなんだ! かわいい小鳥達もああ見えて強いんだよ」


 少し場の雰囲気が呆気に取られるように静まったが、ラエルは気にせず鳥の生態を嬉しそうに話続ける。


(皇子様……)


 ナユタは自分達の種族が認められたようで、一人感動していた。


「まあ、童心を忘れない殿下は純粋な方ですのね」

「私も一緒に鳥の観察をしてみたいですわ」


 ラエルと話を合わすように、婚約者候補達は、しどろもどろ会話を膨らませた。

 その時、ナユタは遠くの植え込みに隠れている庭師が目に入った。

 監視をしているようだ。


 ーーー誰を?


 ナユタはその人物の視線の先を捕らえた。お茶のおかわりを用意している侍女アリサだった。この違和感は彼女の空間から発せられている。邪悪な空気が彼女を覆っていた。ティーポッドを持つアリサの手が震えていた。彼女の表情は強張って、冷や汗をかき、紅潮している。


 ーーまさかアリサが? ーー


 ナユタはまず近くの先輩の騎士に、こっそり耳打ちで指示を出した。その騎士は、アリサを監視している庭師の背後から近づき、口をふさぎ取り押さえた。一瞬で庭師を捕縛したので、音もたたず、誰にも気づかれなかった。

 ナユタはそれを確認してから、紙切れに何かを書いてラエル皇子にそっと見せた。そのメモを目にした途端、ラエルは表情が曇った。


「すまない。すぐに戻る」


 ラエルは少し慌てて席を立ち、ナユタと共に城に向かう。

 数分後、ラエルが席に戻ってきて報告した。


「東洋の珍しいお茶が手に入ったので、ナユタがすぐに持ってくる。楽しみに少し待っていて」

と、3人の令嬢に説明した。


 すると、侍女アリサが、

「それならば私が手伝います」

 と言い、いそいそとキッチンに向かった。


 ナユタがキッチンでお茶の用意をしていると、アリサが飛び込んできた。

「私が用意しますから、先に殿下のお側にお戻り下さい」

 と、ナユタからティーポッドを取り上げた。

 すると、一瞬でアリサは数人の騎士達に後ろ手に拘束された。


「な、何をなさいます!」


 アリサはこの状況に混乱する。騎士達数人に羽交い締めにされ、身動きができない。

 ナユタは地面に押さえつけられている彼女を見下ろした。


「アリサ……どうしてこうなったかあなた自身が一番理解しているでしょ?」


 ナユタの指示で、一人の騎士がアリサのエプロンのポケットから小瓶を取り出した。


「いい? あなたは皇子の毒殺に失敗したの。しかし、アリサ……あなた自身は絶対に死んではならない。どうせ、病弱な弟がいるのを脅迫のネタにされたんでしょう? すぐにこの皇居を退宮して、西の辺境拍領城へうつりなさい。口封じの刺客も向かうと思いますが、最大限護衛します。急いでください」


 アリサは号泣してナユタに土下座した。


「も……申し訳ございません! お情けありがとうございます!」


 ナユタは唇をかんで、アリサに告げる。


「あなたのためではない 。あなたが死ぬと、殿下が悲しむからです」


 そのあと、ナユタはラエルの元に戻った。

 そして、何事もなかったかのように、お茶を振る舞った。

 しかし、皇子は終始暗い表情だった。いつ誰が裏切りかねない状況を覚悟してたとはいえ、彼にとって侍女アリサはもう10年来のメイドだ。

 まさか彼女が裏切るとは思わなかった。


(よけいに皇子の人間不信がひどくなるな……)


 何も知らない婚約候補者達は、ラエルに気に入られようと必死だった。


 ーー皆、家門のためだ……家のため。婚約者候補者の令嬢達は、家門の地位を高めるため殿下との結婚を願い、アリサは弟の命を助けるため殿下の命を奪おうとする。殿下自身を誰も愛してはくれないのだろうか?私が……私なら……ーー


 ナユタは悔しくて、きつく拳を握りしめた。黒幕は内部か他国の者か?アリサについた護衛は大丈夫だろうか?







 そのころ、ちょうどアリサを乗せた馬車が、森の中で仮面をつけた盗賊に襲われていた。アリサを護衛していた皇室騎士団達は、この盗賊相手に苦戦していた。


(この剣の使い方は……絶対盗賊のような類いではない! )


 護衛達は、自分達と似通った剣術であることに戸惑っていた。


(これでは勝負がつかない……! )


 そんなことを考えていると、突然加勢する騎士団が現れた。


「手こずっているではないか。皇室騎士団であろう、情けない!」

「あなた方は……」


 20人ほど加勢する謎の騎士団が現れ、皇室騎士団も自称盗賊も圧倒された。彼らは皇帝陛下直属の近衛団に違いなかった。剣術の差は歴然で、盗賊を名乗る刺客は恐れをなして慌てて逃げて行った。


「もう大丈夫ですよ」


 護衛が馬車の中で震えているアリサに声をかけた。


「刺客を追わないのですか?」


 護衛が加勢してくれた皇帝陛下直属の近衛団の一人にたずねる。


「刺客を深追いする命令は受けていないからな」


 そのまま近衛団一向は皇居に帰宮した。

 その後、アリサは無事に辺境伯に到着し、その身柄は、辺境拍邸でメイドとして雇用された。

 アリサの弟も同じ敷地で生活できるよう手配してくれた。







「どういうこと?」

 後日、ナユタはアリサを護衛した皇室騎士団から報告を受けた。その場には、父のシュバルツ侯爵も同席していた。

 今回、アリサが黒幕に命令されラエルの命を狙ったのだろう。


普通なら、アリサを逮捕し、拷問し、黒幕を吐かせてから、死刑だ。


ただ、ラエルはアリサの境遇を思いやり、事件を内密にし、辺境まで逃がした。そこまでは理解できる。

なぜ、皇帝陛下の近衛団がアリサを守ったのだろう。


いや、皇帝陛下がアリサを守ったのだろう。


 もしかして、今までラエル殿下の近辺のメイドや騎士がいなくなったのは、彼らが刺客だったり、殺害事件に協力する度に、皇帝陛下が恩情をかけてたの? 

彼らを遠隔地まで流刑される道を、その度に護衛してきたの? 


何故黒幕の所業の尻拭いのようなマネを……皇帝陛下自らが……。


 ナユタもシュバルツ侯爵も、何度考えても、理解が追い付かなかった。







 1か月後、ラエル皇子は花嫁候補者3名全員に候補から外す旨を伝えた。

 メイド達が口々にその件で噂をたてていた。


「なんでもラエル殿下は、自分と関わると彼女達の身に危険が及ぶからという理由だそうよ」

「でも、皇族とか常に命は狙われてるわけだし」

「結婚しないわけにはいかないお立場でもあるのに」

「まあ、またほとぼりが覚めたら、婚姻の話も出てくるでしょう」


 ナユタは傍らで彼女達の話を複雑な気持ちで聞いていた。


(殿下……)


 しばらくはアリサのこともあるし、落ち込まれるだろう。夜にまたリリィとして、殿下と一緒にいよう。







 リリィは久しぶりにモモイロノトリの仲間達と談笑していた。そんな中、アンナとハンナが子育て談義を始めた。


『やっと(ひな)育て一段落~』

『忙しかったわー、自分と(ひな)のエサ確保しなきゃならないんだから』

『一年に数回とはいえ、こたえるね』


 皆、雛が飛び立ち、ほっとしている様子だった


『そういえば、リリィはまだ人間追いかけてるんでしょ?』

『なぜ、なんのために?』


 話題は、彼らにとっては奇行にしか見えないリリィの人間としての生活だった。


『まだ「オウジサマ」とやらに、つきまとってるの?』

『現実みなさいよ 。鳥と人間じゃあね。そもそも(つがい)とか無理じゃん』


 リリィは口を尖らしてすねた。


『私は皇子様の側にいられればなんでもいい』


『モモイロノトリとしての生き方は捨てるの?』

『人間として近くにいたいと願ってる時点で、理解に苦しむわ』

『何が自分のためかよく考えなさいよ』


 リリィはその場では強気でいたが、本当に自分が皇子様の側にいて、彼が幸せになれるかどうか考えた。

 しかし、何を言われても皇子と一緒にいる日常を捨てるのは、想像もしたくない。人間になって、彼と会話をして、側で見守って……それが私の日常であり、幸せなのだから。


 これからもずっと一緒にいたいだけなのになぁ……。


 リリィは、自分が育てた幼い鳥達と戯れる仲間達を眺めながら、胸が痛くなった。

 

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