16.皇子様の専属騎士
盛大に騎士選定大会が開かれた。
貴族達が観客として招待され、競技場も国内一の広さを誇っている国立競技場だ。一年に一度のこの大会は、皇室の専属騎士を主に選定する。
今年は皇子2人の専属騎士を1名ずつ、上位2名が選ばれる。3位~10位は、皇室騎士団に配属される予定だ。
初戦でナユタは同じ女性騎士ペリカと対戦した。ナユタの体の2倍はある重量級の騎士である。ペリカはナユタに覆い被さるように攻撃したが、するりとかわして、相手の背後を取り首筋に剣を当てた。あっという間に勝敗が決まり、会場の観客がどっと沸いた。
キリアンも圧倒的な強さで、決勝戦まで二人は順調に勝ち進む。
皇家全員で大会を見守る中、やはり皇后とへヴァン皇子は、ラエル皇子と目も合わせなかった。
「決勝戦は兄妹対決だな」「前代未聞だよ」「まず女性騎士が希少だからな」
観客は口々にシュバルツ家の兄妹対決に期待を寄せる。
大歓声の中、決勝戦でキリアンとナユタは対峙した。この時点で皇子二人の専属騎士に叙任することは確定しているが、ナユタにとっては、二位にならなければ意味がない。
「手加減は無用です、お兄様」
「当たり前だろう。妹に負けるわけにはいかない」
審判の号令と共に試合が始まり、観客が歓声を上げた。最初にキリアンがナユタに剣を振りかざす。ナユタはその攻撃を跳んでかわした後、キリアンに襲いかかった。その一連の動きに観客からどよめきが起きる。一進一退の攻撃が続き、長い試合となった。キリアンはナユタが一瞬体勢を崩したのを見逃さず、彼女の手から剣を弾き飛ばした。
カシャーーンッ!
音を立てて、ナユタの剣は地上に落ちて回転して止まる。一瞬、観客も息を飲んだが、キリアンの勝利を理解し、どよめきが起こった。
ナユタは、参りました、と敗北を認め悔しそうにしていた。キリアンは剣を拾うフリをして、こそこそとナユタに耳打ちで質問した。
「お前、わざと負けただろう? 騎士の誇りはないのか?」
「お兄様がお強いのですよ」
ナユタはにっこり微笑んで答えた。大会後、聴衆の前で騎士達の叙任式が行われた。
優勝者のキリアンは、へヴァン第一皇子の前に跪き、皇子がキリアンの肩に剣を置いて、専属騎士に任命した。その後、ナユタもラエル第2皇子に同様の儀式を行った。ナユタは感慨深く、目の前に立つラエル皇子を見つめた。
この瞬間のために、人間になったのだと。
幼い頃の夢がかなった瞬間を、ナユタは噛み締めていた。ニタニタ笑いながら、儀式を進めるナユタを見て、父レオンとキリアンは呆気に取られていた。
「あいつは何も変わりそうにないな……」
キリアンはつぶやいた。ただ、終始ラエルは複雑な表情をしていた。
夜、いつも通りリリィとお茶をしていると、ラエルは思わずリリィに告げた。
「ナユタが僕の専属騎士になったが、彼女とはずっと今のままの関係でいたかった。これからは主従関係が鮮明になる。一緒に戦争にも参戦するだろう。もう僕のために誰も命を失ってほしくない」
ラエルは、自身の専属騎士の運命に不安を抱く。しかし、リリィは皇子の話に一生懸命ピィピィと反論する。
『私は皇子がいなかったら、存在しなかったのに』
そうは言っても、鳥の姿では皇子に伝わらなかった。
ーーしかし、どうして人間は全ての責任を背負おうとするのだろう。上から見下ろせば、さまざまな生物の死を目にする。肉食動物に襲われ食される草食動物、陸にうちあげられ息絶えた魚の群れ、クモの巣にかかった蝶……きりがない。人間だって死は避けられないのに。人災や事件以外で、そんな摂理が誰かの責任であるはずがない。自分を追い詰める必要はないーー
リリィは皇子に寄り添うように肩にのった。
週末、ナユタは義理ではあるが母のナーシャ夫人の肖像画の前にいた。
ーー義理の母親だけど……私も……あなたに想いを馳せる時が来るのだろうか。その時、 私は何か変わるのだろうかーー
ナユタはナーシャ夫人の肖像画の前で、しばらく立ちつくしていた。
明日からは、本格的にラエル皇子の専属見習い騎士としての生活が始まる。
(ラエル殿下専属……)
ナユタは肖像画の前の廊下で、一人ニヤニヤしていた。目撃したメイド達が、少しひきながら様子を見守っていた。
「お嬢様ってたまにあの笑い方されるわよね」