15.騎士選定と婚約者選定
ナユタはふとバルコニー方向から視線を感じて見上げると、へヴァン第一皇子に見下ろされていて目が合った。
ナユタは体を彼に向き直り、頭を下げた。その瞬間、背筋が恐怖で凍る。見つめられて悪寒が走るなんて。補食されるような感覚。
いつから自分を見ていたのだろう……。
気がつかなかった。気配がなかった。
それに比べて……皇子様に見つめられると心臓が波打って、耳まで赤くなっている自覚がある。
(はあ……皇子様……)
ナユタは、訓練中のラエル皇子を見つめ、彼女のまわりには幸せそうに花がまっていた。
「まーた始まったよ」
と、訓練中の騎士達は、一人照れてるナユタに半ばあきれていた。そんな日常を送りながらも、皇子の専属騎士選定が三ヶ月後にせまっていた。
今、ラエル第二皇子はベッドに寝転びながら、リリィに語りかけている。10歳の襲撃事件から1日も欠かさず、一人と一羽は同じベッドで就寝していた。皇子は小鳥のリリィには正直になんでも話す。
「半年後に僕の婚約発表があるんだって」
リリィはとっさに告げられて、木の実をむせて吐き出した。
「大丈夫? どうしたの?」
皇子はびっくりして、リリィの背中の羽をなでながら、心情を吐露する。
「僕はまだ婚約とか想像もできない 。候補者3人の中から、会う回数を重ねて令嬢を選ぶんだって」
「彼女達には悪いが、全く未来が描けない」
リリィはピィピィ鳴いて慰める。
「鳥の世界では、好きな相手と結婚……番になれるのだろう? 空も自由に飛べて、好きな場所に行ける。うらやましい」
と話しながら、睡魔には勝てず、彼はすやすやと寝てしまった。リリィは皇子を見つめながら、優しく羽で彼の頭を撫でた。
ーー好きな人……いるのかな? それなら、かわいそうだな。幸せになってほしいのに……その人と番になれないなんてーー
リリィはとたんに胸がズキズキと痛んだ。
(皇子様の「ツマ」かあ……私は皇子様の側にいられるだけでいいんだから)
そう自分に何度も言い聞かせていた。
騎士の選定を1ヶ月後にひかえ、ナユタとキリアンは鍛練に余念がなかった。
1位はへヴァン第一皇子の専属騎士、2位はラエル第二皇子の専属騎士に着任することになっていた。
ナユタはラエル殿下の専属騎士になるには、2位にならなければならない。
絶対決勝に進むであろうキリアンに負けなくては!
キリアンは、ナユタに騎士として正々堂々と戦うように忠告した。ナユタは、鍛練中のラエル皇子をぼけーっと見つめて、生返事をするだけだった。
「お前はわざと負けるなよ!」
キリアンが突然声を荒げ、ナユタはビックリして彼の方を向いた。
「私も騎士志願者のはしくれです。そんなことはしません!」
ナユタは心の中で、兄にべぇーっと舌を出して悪態をついた。
「余計な邪念があるうちは、主君を護衛できるわけがない 。冷静でいられないんだから」
キリアンの言うことは最もだ。ナユタとしても、騎士の精神は理解している。
「それに……皇子は近々別の令嬢と婚姻されるだろう 。悪いことは言わない。やめておけ」
その瞬間、ナユタは頭に血がのぼった。
「いくらお兄様でも、私の個人的な感情まで指図しないでよね!」
二人の間に険悪な空気が流れた。ナユタは怒ったまま、走りながらその場を後にした。彼女の後ろ姿を、キリアンは複雑な感情で眺めていた。彼は自分が発言した内容に、自分が一番驚いていた。
(何故僕はあんな余計なことを口走ったんだろう)
最低な男だな……と、自己嫌悪に陥り、重いため息をついた。