14.7年後
7年後、ナユタはキリアンと共に父シュバルツ侯爵レオンの従騎士になっていた。
とにかく、ナユタは反射神経が超人的だ。
同世代の騎士は全く歯が立たなかった。
兄のキリアンも認めざるを得ない。
父のレオンは血筋関係なく国一番の騎士だと感嘆した。
加えて、本が好きなので博学だ。 歌もダンスも優秀。
女性騎士にも、優れた淑女にもなれる稀な逸材。
そして、彼女はラエル第二皇子にひっそり思いを寄せているつもりだったが、態度でほぼ周囲の者全員にばれていた。
ラエル殿下の話題をしただけで、顔が紅潮し、舌がもつれている。
キリアンもさすがにナユタのラエル殿下への想いは気づいていたが、兄として見守ることしかできなかった。
キリアンは胸が傷んだが、彼女にとってラエル殿下は、初恋という淡い思い出になるしかないからだ。
なぜなら、ラエル第二皇子には一ヶ月後から婚約者選定を行う予定になっていた。
へヴァン第一皇子の婚約は、皇太子妃になる可能性が高いので、神官達も慎重になっており、先にラエル第二皇子の婚約者を決定する運びになった。
そこには、アリシア皇后の強い要望もあったと聞いている。
ナユタはその予定を耳にした時、ショックを受けたが、人間は「ミブン」「カモン」というものを重要視しているので、自分が除外されるのは致し方がないことだと理解した。自分は家門は申し分ないが、元「コジイン」からの養女なので、皇子の婚約者としては不適切なのだ。
しかし、「ツガイ候補」にはなれなかったが、皇子の専属騎士になれる可能性はあった。
ナユタは正直皇子の側にいれるなら、立場はなんだっていいのだ。
一方、鳥の仲間達は毎年求婚しては育児に忙しそうに専念している。
ーー自分は本来の姿は鳥だけど、人間に恋してる時点でもう鳥の生は歩めないのではないか。そんな懸念が頭から離れない。それは諦めるしかないのかな……皇子と一緒にいたいのだからーー
7年前、ナユタ自身、人間として皇子に関わったことで、こうなることは覚悟していた。
ラエル第二皇子は、シュバルツ家のナユタやキリアンと仲が良かった。
特にナユタは人懐っこくて、おしゃべりだ。
何が楽しいのか、彼女はよく笑う。
ナユタが将来有望な騎士として、皇居でも特別に訓練を受けているのを、ラエルはよく眺めていた。
ナユタは不思議な少女だ。
鳥みたいに宙を舞って剣を扱う。
美しい容姿だし、少年騎士達も色めき立っているのもわかる。
婚約請願書が山のようにシュバルツ家に届いているとも聞いていた。
ある日の午後、皇居の訓練場で若い騎士見習い達が剣を交えて、実戦練習をしていた。
ラエル皇子も参加し、訓練の様子を見ながら、隣で一緒に休憩を取っているキリアンに話しかける。
「キリアン、お前がうらやましい」
「何故ですか?」
「ナユタの兄という存在だからだ」
「ラエル殿下は帝国の未来じゃないですか 。ナユタにとっては、私より大切な存在ですよ」
「そんなんじゃない」
「あ、噂をすれば……ナユタがこっちに来ますよ」
ナユタはラエル皇子の前まで近寄った。
「ラエル第二皇子に御挨拶いたします」
彼女はラエルに片膝をついて頭を下げた。
「堅苦しい挨拶はいいよ」
皇子は、ナユタの手をとって立たせる。
ナユタは赤くなって、ラエルと目を合わせた。
「ナユタは本当に跳躍力が優れてるね。誰もかなわないよ、もう剣術の腕がどうとかのレベルじゃない」
ナユタは、
「私の跳躍力も剣術も全て第二皇子さまのものですよ」
と言って、ニッコリとラエルに微笑みかけた。
その言葉にラエルは心臓が跳ねた。
彼が顔を赤くして、ぼーっとしていると、キリアンに凝視されているのに気付き、はっと我に返った。
「キリアン、久しぶりに相手してくれ」
ラエル第二皇子は自分の欲望をかき消すかのように頭をふり、キリアンを誘った。
「仰せのままに」
「手加減するなよ!」
二人が剣の練習を始めた。
ナユタはうっとりと皇子をみつめた。
騎士達は、二人の練習を見ながら息を飲んだ。
「さすがラエル殿下とキリアン様」
「帝国のイケメンの双璧」「騎士としても一流ですね」「ナユタとはタイプが違う」「ナユタは誰も真似できないよー」
皆、口々に噂している。
ナユタはその話を聞きながら、皇子をずっと熱い瞳で見つめた。
(イケメンがすぎる……飛び散る汗まで美しい……動く美術館でしょ、もうこれ)
ナユタはどぎまぎしながら、ラエルから目が離せないでいた。
騎士達が、
「ナユタに今なら隙だらけだから勝てるぞ」
と呆れながら冗談を口にした。
そのナユタの様子をへヴァン第一皇子が城のバルコニーから見下ろしていた。