13.事件の黒幕
ラエル皇子襲撃事件翌日、皇后はラエル第二皇子へ送り込んだ刺客が失敗したことに、苛立っていた。決行日のために、念入りに計画したはずだった。
ーー 皇帝が領地の視察のため、近衛兵が少なくなり、警備が手薄だったのに……噂によると、あの小鳥がラエルを守るように刺客を攻撃し、鳴き続け、仲間を呼んだとか聞いた。刺客は他国の傭兵集団に依頼したから、私まで捜査が及ぶことはないだろうがーー
第一皇子へヴァンは、そんなソワソワした様子の皇后を眺めていた。
「一先ず、及第点だな」
ぼそっとへヴァン皇子はつぶやいた。
数日後、メイド達は洗濯しながらお喋りに花を咲かせていた。
「ところで、掃除担当のラリーはどこに行ったの?」
「あの娘なら、急に実家に帰ったわよ。ラエル殿下の部屋掃除担当、次は誰がやるのかしら?」
「またぁ? ラエル殿下のメイドって、ここ二年で次々いなくなるわ。騎士も使用人も。どうしてなのかしら?」
「ラエル殿下はお優しいかわいい方なのに……『不吉皇子』とか異名がついちゃって、本当にお気の毒」
メイド達が噂している傍らで、ピンク色の小鳥が、小枝でたたずんで聞き耳を立てていた。彼女達の話は事実だ。なんでも、ここ二年間、ラエル第2皇子のメイド、護衛騎士等……計七人が急に辞職し首都を離れている。
ーー「ラリー」というメイドか……今回の襲撃事件の協力者かな? 憶測の域は出ないけど。「ラリー」を見つけ出し、追求したら、たぶん首謀者に彼女が消されてしまう。首謀者の方を探さないとーー
とりあえず、リリィはナユタの自習時間に飛び出して偵察しているので、シュバルツ家に急いで飛び立った。
一方、レオンは、養女ナユタについて、やはり解せないでいた。
あまりにも亡き妻に……ナーシャに似すぎている。しかし、ナユタがシュバルツ家の血をひいている可能性はゼロだ。
何しろシュバルツ家の紋章が体に表れていない。それに、私の弟は、まだ結婚して間もない二十代前半だ。それなのに九歳の娘を、私生児として……しかもかくまいながら養育するなんて無理だ。
可能性があるのは、私や当主を引退した父上だか、シュバルツ家の血をひく女児は200年ぶりで、帝国を賑わす大ニュースとなる。私は誓ってナーシャ以外を愛したことはないし……父上も隠し子がいる可能性を全否定されていた。おかげで隠し子の話をしたら、父上と母上が珍しく険悪なムードになっていた。
あと、古い伝説ではあるが……シュバルツ家の人間だとエストリニア神が承認すれば、シュバルツ家の紋章が本人の身体のどこかに表れる。しかし、これは言い伝えで迷信だとも噂されている。なにしろ、エストリニア神が紋章を与えた記述がない。今までシュバルツ家に誕生した女児はいづれも実子だ。故に生まれた時から、紋章が体のどこかに表れていた。外部の人間が、エストリニア神にシュバルツ家の一員と承認されるなど……
ナユタはシュバルツ家の養女であるが、神が認め紋章が表れたら、シュバルツ家実子と同じ存在であることに、皇室も教会も認めるだろう。しかし、その言い伝えにすがるのは、あまりにも前例がなかった。
あの事件の後、皇子は小鳥のリリィと一緒に寝るのが習慣になった。夜、寝る前に過呼吸になったり、震えがとまらない。
「皇子様、ゆっくり呼吸をして下さい」
ラエルの背中をさすりながら、侍女アリサは心配そうにラエル皇子のベッド横で見守っていた。
「あ、皇子、リリィが来てくれましたよ」
ピィピィと窓辺で鳴きながら、皇子の部屋に到着した。アリサは窓を開け、リリィを招き入れた。
「それでは私は失礼します」
アリサは、リリィと皇子の見守り役を交替した。
「リリィ、ごめんね 毎日僕の睡眠に付き合ってくれて」
皇子はリリィと一緒だと安心して眠ることができた。番犬みたいな役割以上に、リリィがラエルにとっては必要不可欠な存在となっていた。
(ペットは家族というが……家族か、悪くないな。僕はいつも一人だから)
「リリィ……お前は僕の家族だよ」
ベッドに横たわっているラエルの指に乗っていたリリィは、人間がよく口にする「家族」という単語があまり理解できなかった。
モモイロノトリは子育てする期間が短く、雛が狩りを覚えれば、特に一緒に行動しない。その上、番や雛達を「家族」と呼べる期間はほぼ2ヶ月くらい。人間は自立するのに、長い年数がかかる。だから、「家族」という強い繋がりがあるのかな?
(家族か……ラエル様の)
なんだか皇子様の唯一無二な存在になったようで、じわじわと充足感がこみあげてくるのだった。
「リリィお休み、また明日」
ラエルは安心したかのように、リリィをなでながらよう目をつぶった。そうして、リリィとラエル皇子は毎晩同じベッドで眼を閉じるのだった。
ナユタ(リリィ)、ラエル、キリアン、へヴァン……それぞれの時を過ごし、成長し、月日は流れていった。
なんと、ここまでが主要キャラ達の幼少期です。
次話からは、やっと10代後半の話になります。