9.揺れ動くナユタ
数日前、レオンは亡き妻ナーシャ夫人の肖像画の前にナユタを案内した。
「私……?」
「そっくりだろう? 私の妻だ。 亡くなってしまったけど君の母親だね 」
「どうして?」
「気になることがあるのか?」
「どうして、死んだ人の絵を飾ってるの?」
「……あぁ、それが疑問なんだ、そうだね、 この場所はシュバルツ家歴代の当主や伴侶、家族の肖像画が飾られているんだよ 。 後世に先祖の姿を残すことで、故人を偲んだり、功績を称えることもあるだろう」
「亡くなった人を偲ぶ? なぜ?」
「そ、それは……」
「なんのために?」
レオンは愛された記憶がない子供には、理解できない感情なのかもしれないと憶測を立てた。
「ナユタは、突然会えなくなったら悲しくなる人はいないかな?」
ナユタはラエル皇子を思い浮かべたが、追求されるのも面倒なので、曖昧に答えた。
「……まだわかりません」
「そう……じゃあ、それが私にとっては妻のナーシャだったんだよ。 今ここにいなくても、彼女との思い出が私を生かしてくれている」
レオンが切なそうにナーシャ夫人の肖像画を見つめていた。
「肖像画はそれを手助けしてくいるかな 。ここに来ると彼女と対話しているような気分になる」
ナユタはレオンの手を強く握った。
「でも、もういません」
そして、素直に自分が思うことを語った。
「人間はもう会えない人に振り回され過ぎかもしれません」
レオンはしゃがんで、ナユタの目線に合わせた。
「でも人を強くするのも、また思い出だったり記憶だったりするんだよ」
「……」
「君も人の気持ちを思いやれる人間になってほしい 」
「その感情がわかれば、人間になれますか?」
レオンはなんだか妙な会話のような気がしたが、ナユタがまだ幼いせいで、使う単語を間違えてるのだろうと結論づけた。
「もちろん ! 素晴らしいレディになれるよ」
こんなやり取りがあったせいで、レオンはナユタが、幼少期に大人から愛情を受けて育っていないせいだろうと推測した。
しかし、実情はナユタが本来鳥類だから、人間の感情がよくわからないだけだ。
肖像画を見ながら、亡くなった人間に思いを馳せることが理解できない。
この前、モモイロトリの友達のカリナが死んだ。
しかし、思いを馳せることなどない。
これは野生動物全般にそうなんじゃないか?
命は常に生まれては消える。
それは、とても自然なこと。
少なくともモモイロノトリは、仲間や家族に深入りしていない。
自分が生きるのに精一杯だ。
人間は、感情が自分の身体を壊すこともあるらしい。
私は鳥に戻ることも、人間になることもできないかもしれない……ナユタは肖像画の件で、自分の中途半端な存在を再認識するのだった。
(ただ、ラエル皇子様と人間として、側にいられたら……それだけでいいんだ)
切なくなった時、ナユタはラエルとの初対面を想像してやり過ごしていた。
シュバルツ家の養女になって、半年が過ぎていた。
しかし、人間になったのはいいが、皇子には夜しか会えなくなった。
早く人間⋯⋯ナユタになった私を見てほしい。
皇子様と会話がしたい。
手をつないでみたい。
ナユタの空想は、人間の姿での初対面に期待が膨らむばかりだ。
あと気がかりなのは、皇子様の身の安全だ。
殺気だった皇子の環境はどうにかならないのか。
あれだけの騎士達に護衛されてるから、大丈夫なのかなあ……
私が直接護衛できればいいのに。
後日、ナユタの悪い予感はあたってしまうのだった。