夢の中であの子たちみたいになれたけど
五年一組の教室で休み時間にぼうっとしている男子がいた。名前はすみとで、クラスでは目立たずいつも一人だった。すみとはこれといって勉強の中で得意な科目がなく、自分から話し掛けることが苦手で友だちもいるわけではなかった。すみとは窓際の席で、校庭で遊んでいる児童たちや、教室の中で友だち同士仲良く話しているクラスメートたちを羨ましそうに見ていた。そして、クラスメートの中で勉強が出来るひゆう、運動が得意で友だちが多くいるみあきを見て考え事をしていた。
(ひゆうくんとみあきくんみたいになれたら僕は勉強や運動も友だちも出来るようになるのかな)
と、すみとは、左右隣の席にいたひゆうとみあきに気付かれないよう、二人をチラチラ見ながらノートに二人の絵を描いた。すみとは絵を描くことが好きで得意な方だった。ひゆうとみあきの絵が本人たちによく似ていた。
休み時間が終わり、担任の楪先生が来て次の授業が始まると、すみとは新しいノートのページを開き、楪先生の話を聞いていた。そのとき、だんだん視界がぼやけ、先生の声が遠ざかっていった。すみとの視界がやっとまともになると、目の前には国語・算数・理科・社会のテストの答案用紙と鉛筆と消しゴムがあった。
「今日、四教科ともテストの日だったっけ?」
すみとが口にすると、楪先生に注意される。
「すみとくん、静かに」
「すみません」
慌てながらすみとは首を下に向け、答案用紙を両手に持った。問題文を読むと、何とすぐに答えが分かったすみとは、四教科ともあっという間に解けてしまった。テスト終了後の休み時間、すみとはクラスメートたちに囲まれた。
「すみとくん、問題何問出来た?」
「オレ、全然出来なかった」
「すみとは頭が良いから余裕だよな」
「さすが天才!」
クラスメートたちにそう言われ、嬉しくなっていたすみとだった。ひゆうみたいに勉強が急に出来るようになり、クラスメートたちにチヤホヤされて気持ち良くなっていた。しかし、すみとはどこかもやっとなっていた。次に、みあきのところによく来るクラスメートたちが、すみとのところにやって来た。
「なあ、すみと、校庭でドッジしようぜ」
ドッジとはドッジボールの略だ。
「えー、サッカーがしたいんだけど」
「いや、バスケだろ」
「ケイドロがいいよ、ケイドロ。行こうぜ、すみと」
遊びに誘われ、すみとは穏やかに笑い、クラスメートたちに付いて行った。初めは楽しそうに遊んでいたすみとだった。運動も急に出来るようになっていたため、クラスメートたちにすごく褒められていた。しかし、すみとにとって、ドッジボールやサッカー、バスケ、ケイドロは本来好きな遊びではなかったため、疲れた表情を浮かべていた。教室に戻ると、ひゆうとみあきがノートに絵を描いて見せ合っていた。
「これ、自分の好きなアニメやマンガの絵なんだ」
「知ってる。オレもいつもチェックしてるよ」
「おっ、仲間じゃん」
すみとは、ひゆうとみあきのやりとりを見て仲間に入りたくなり、
「あの、これ…」
と、ノートに絵を描いて二人に見せた。すると、ひゆうとみあきはガッカリしていた。
「何だよ、その下手くそな絵」
「お前、勉強と運動が出来ても絵はダメだったんだな」
「そんなはずは…」
すみとはノートに描いた絵を見て悲鳴をあげた。いつもはもっと上手く描けているはずの絵が幼児の描く落書きみたいになっていたからだ。もう一度、絵を描き直したすみとが、ひゆうとみあきに見せると、さらに二人はガッカリし、
「何の絵だか、さっぱり分からないんだけど」
「ひでえ絵だな」
「もう見たくねえな」
「わりぃ、オレたちあっち行くわ」
と、教室の外に出て行ってしまった。ひゆうとみあきが行ったあと、すみとは再びノートに描いた絵を見て悲鳴をあげた。絵がお化けみたいに酷くなっていたからだ。しかし、その酷くなっていた絵は不思議と消え、真っ白になった。すみとは震えた手で閉じたノートを机の上に置いたあと、教室の中にいるのはいつの間にか自分一人だけになっていたことに気が付いた。
「あれ、みんないない…」
すみとが周りを見渡していたときのことだった。カツカツと音が聞こえ、すみとは音のする方に顔を向けた。何と、黒板の白のチョークが勝手に動いていた。黒板に文字が書き込まれたあと、白のチョークは何と消えた。赤と青のチョークも文字の横に棒線と波線が引かれていったあと消えた。すみとは固唾を飲み込みながら、黒板に書かれていた文字を読んだ。
「君はひゆうみたいになれたのか? みあきみたいになれたのか?」
すみとが読んだあと、黒板の文字は黒板消しなしで消えていった。黒板の前で座り込んだすみとはこう考えていた。ひゆうみたいに勉強が出来るようになり、クラスメートたちにチヤホヤされたときは嬉しかったが何か違う。みあきみたいに友だちに多く囲まれて校庭で遊べたときも気持ち良かったが、楽しくなく疲れることがほとんどだった。そして、先ほどの自分の描いた絵が酷く下手になっていたものと、チョークで自動的に書き込まれた黒板の文字を目にしてから、すみとは思い切り首を振り、
「僕は、ひゆうくんとみあきくんみたいになれなくていい!」
と、叫ぶと、だんだん視界がぼやけ、女性の声が近くなってきた。担任の楪先生だった。
「すみとくん、起きてくださーい。授業中ですよー」
「あっ、すみません!」
はっと起き上がったすみとは楪先生に謝ったあと、黒板を見た。すると、国語の漢字の勉強をしていたところだったか、黒板には漢字が何文字か書かれていた。このとき、すみとは授業中に眠ってしまったことが分かり、ひゆうとみあきの視線も感じ、恥ずかしくなっていた。まだ寝ぼけていたせいか、すみとはノートを前のページに戻してしまう。ひゆうとみあきの絵が描いてあったページだ。それを本人たちにたまたま見られ、休み時間にすみとは二人と会話をするかたちとなった。
「すみとくんって絵、上手いな。それ、オレとみあきくんだよな」
「あ、うん」
「似てるじゃん。オレも絵、描くかな。ひゆう描くか」
「じゃあ、オレはみあきくん描く」
思ったよりひゆうとみあきの絵を描いたことについて、そんなに言ってこない二人にすみとは口をポカンとさせていた。
ひゆうとみあきは、絵を描き終えたあと、すみとにも見えるようにノートを見せた。ひゆうの描いたみあきの絵と、みあきの描いたひゆうの絵に、すみとたちは三人とも吹いていた。
「ぷっ!」
「みあきくんの何だよそれ。オレの鼻の穴がでかいんだけど」
「お前こそ、オレの口が異様に小さいぞ下手くそー」
「君に言われたくないなー。だから、すみとくんは絵が上手に描けてすごいってことだ」
「羨ましいなー。そういうのオレ、全然出来ないからな」
「ひゆうくんとみあきくんだってすごいよ」
すみとがそう言うと、二人は照れくさそうに笑った。
先ほどの、ひゆうとみあきみたいに勉強や運動が得意になり、友だちも多く出来、代わりに自分の描いた絵が酷く下手になっていたことが夢で良かったとすみとは心の底から思っていた。いくら二人みたいになれたとしても満足が出来ない上に、好きなことが不得意になるのは耐えられないと夢で見たことも思い出しながら、すみとは鉛筆で薄くお化けみたいな絵を描いては消しゴムで消した。
今も、ひゆうとみあきと話している時間も夢の中なのではないかと思ったすみとは、頬をつねくったが痛かった。ノートの絵が見られて以来、自分から話し掛けることが苦手だったすみとは、ひゆうとみあきに話し掛けられるようになった。
まだ二人みたいになれたらと思うこともあったすみとだったが、授業中に眠ってしまったときに見た夢をきっかけに、自分のことを見つめ直すようになった。
あとから分かったことで唯一、すみとが見た夢の中で、ひゆうとみあきの好きなアニメやマンガのことは本当だった。すみとは二人の好きなアニメやマンガの絵をノートに描き、次の休み時間になったとき、二人に見せた。ひゆうとみあきのコメントはもちろん、夢で言っていたこととは正反対だった。
「これ知ってる。いつも主人公のことを支えているキャラクターだよね」
「すげー、上手い絵じゃん」
「すみとくんの絵、もっと見たいな」
「オレもオレも」
二人のコメントにすみとは喜びいっぱいの顔になった。