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08_殺意は感情

 翔太さんの推理を音声ライブで聞きながら。

まともな思考が出来てない事を感じる。

頭では分かってるのに。

心で動いてしまってる自分。


『町外れの廃墟に、寝かせてあります』


 アクセルを強く踏み、その場所へ向かって。

生きていた。

黒の御使いで独自に仲間を作り、動いてた。

そして。


 私の両親を殺した。

 飲酒運転なんて下らないもののせいで。

 兄さんを殺人者に駆り立ててしまった。

 下らない身の保身のせいで。


 許さなくても良い。

そう言われて救われた気持ちになった。

納得した。

なら、この気持ちは何?

腹の底から湧き上がってくる、全てを真っ白にしてしまうような熱は何?

町外れの廃墟を備え付けのモニターにアップする。

2件。

近場から。

車から降り、ビルの中に入って行く。

私が冷静だったら周辺の荒れ具合からここに誰かが入った可能性は低いと思えたかもしれない。

扉を乱暴に蹴って開け、周りの物を乱暴にどけ、一心不乱に小川を探す。


「どこにいる! 小川!」


 助けに来たとは到底思えない叫び声をあげる。

……助けに来た?

これっぽっちもそんな事、思ってない。

ビルを出て、もう1件の方へ向かう。

かなり前に廃墟となった病院。

阿武隈川愛子が経営していた病院。

買い手がつかず、10年以上もの間、そのままにされた病院。


 ドクン、ドクン


 心音が自分で分かる程に高鳴ってる。

阿武隈川愛子が黒の御使いの仲間になる前に。

黒の御使いが病院を破壊したって話は、由佳さんから聞いた。

その場所に、小川がいる。

埃の上に足跡が分かりやすく残ってる。

足跡は2階の端の部屋に続いてた。

スライド式の扉を、ゆっくり開ける。

吊り下げられた点滴。

この部屋だけが掃除され、片付けられてる。

入院着を着用した人物が、上体を起こして静かに外を見ている、やせ細った男。

私の方に顔を向け、表情を変える。

私の事を聞かされたんだろう。

それで良いとさえ思う。

私を恨み続けてくれた方が良い。

……違う。

私は被害者だ。

歯が割れるんじゃないかって程に噛み締める。


「お、お前が、俺を殺そうとしてる奴か」

「私の両親を殺害しておいて」

「に、逃げたのはすまなかったと思ってる! だがあれは事故だ! あれ以来俺なりに償ったつもりだ!」

「飲酒してたのに、ただの事故だって済ませるつもりなの!? それを償ったって私の家族は戻ってこない!」


 こいつのせいで。

私の家族は滅茶苦茶になった!

小川に向かって歩いて行く。

小川は動く事が出来ないのか、その場で震えるだけだった。

都合が良い。

PCPにとって、善悪はルールだ。

でも。

こいつは悪だ。

それによって私が悪に染まったとしても。

許す事なんてできない。

ボロボロと涙が出て来るのは、兄さんの。

父さんと母さんの怒りが乗り移ってるから。


「華音ちゃん!」


 走ってきた誰かに体を抑えられる。


「放して! 放してください!」

「ダメよ、華音ちゃん。復讐しちゃ」


 正面から私を抱きしめたのは。

私を救ってくれた由佳さんだった。


「有村君はたった1つ。華音ちゃんの事だけを気にかけてた」

「分かってます。でも。どうして生きてるんですか」

「そこに理由は無いよ。ただの奇跡が起こっただけ」

「どうして……!」

「大丈夫。あたしが引っ張ってくから。だから華音ちゃん。戻って来て」


 小川は翔太さんが保護してるのを確認する。

後ろから私を抑えていた優子さんが離れる。

私は由佳さんにしがみつき。

ただ、泣いた。



 拓さんが手配した警察に、小川は保護される。

華音ちゃんは由佳と一緒に華音ちゃんの自宅へと戻った。

それで……俺と姉ちゃんは家に帰る所だ。


「とりあえず、由翔達に聞かれないうちに話して。何があったの?」

「とっさの事に対処してくれてありがとな」

「お礼は詳細を話してからね」


 蒔世亮介が一連の事件の犯人である事。

犯罪を行う為に逃げた事を姉ちゃんに話す。


「あんた……1人で特攻したの?」

「一応護身用のペン型スタンガンは持ってたから大丈夫だと思ったんだ」

「万が一もあったらダメなの、いい加減に自覚しなさいよ」

「悪かったよ」

「はぁ……んで、玖芦君に話すの?」

「隠し事が通用するとも思えないし、しばらくは家で預かるからな」

「それなら良いけど」

「由翔と話も合ってるみたいだし。会話の内容は置いとくとして」


 姉ちゃんはそれ以上何も言って来なかった。

現在の蒔世の行方は、楓と健文が追ってくれてる。

ただ、行方を一切掴ませなかった所から考えるに、簡単に行方を掴むのは無理だろう。

これ以上の犯罪を犯させない事は出来る。

ただ1つ、疑問が残る。

蒔世は玖芦君を、自分を理解できるたった1人の子供と表現した。

……どう言う事だ?

捕まえてから話を聞けば良いだけかもしれないけど、わざわざ俺に話す意味が無い。

……頭を振る。

解決が先決だ。

俺は玖芦君へどう説明したものか、考える。



 小川高久は、蒔世亮介から殺害される可能性を告げられ、逃げる為、ここに来たと証言した。

華音君は錯乱状態にあったが、何も無かったようでホッとする。

こんな所に医療器材を持ち込むとは。

電子機器は無いものの、基本的な医療道具は揃っていた。

恐らく準備はしていたのだろう。

二大事件が解決した後に。

水面下で少しずつ。

とにかく、小川の身柄の安全は保障された。

小川は話を聞いても信じられないといった様子で混乱していたが、事情は落ち着いてから説明する事にしよう。

……黒の御使いで起こっていた事についても。

一つ気掛かりがあるとすれば。


 殺人を最後まで遂行する為に、まだ捕まる訳にはいかない。


 蒔世亮介はこう言っていた。

翔太君が流してくれた音声ライブの録音データからもそれは確認済。

小川は殺害する対象の筈。

……殺害を考えているのか。

警備体制は整えておく必要がありそうだ。

蒔世の行方を掴むよう、合捜班に指示を出しながら。



 ……目を覚ます。

私の自宅のベッドだ。

頭が割れるように痛い。

由佳さんに抱きしめられてひとしきり泣いてからの記憶は曖昧だ。

水を飲むために寝室の扉を開けると、由佳さんがキッチンで何かを作ってる。


「起きた? もうちょっとでできるから待っててね」


 良い匂い。

シチューだ。


「はい、お待たせ! お腹空いたでしょ? 昨日だって泊まっててろくなもの食べて無いだろうし」

「ありがとう、ございます」


 ぐぎゅるー。

……時刻は午後2時だから仕方無い。

私は素直にテーブルにつき、シチューを一口。

うん、落ち着く味だ。

おいしい以上に、安らげる。

私が心の底から渇望したもの。

食べてる私を、由佳さんは嬉しそうに見るだけだ。

申し訳無くなってくる。 


「何も聞かないんですね」

「……あたしには、踏み込めないから」

「そんな事ないです」

「あたしは、以前犯罪者に拒絶された。翔太の役に立ちたい一心でやったけど。あたしにはダメだったのよ」


 由佳さんは目を閉じ、しばらく何も言わずに佇む。

何があったかは、詳しくは聞いてない。


「犯罪者に関われない、犯罪防止組織の関係者。そう言う中途半端な立ち回りなのよ」

「そんな事無いです。由佳さんのサポートが無ければ!」

「だから、周りの人しか救えない」


 ……。

由佳さんの確固たる覚悟。

翔太さんを救い、救われた由佳さんの。


「それに、殺意は感情の一部。誰しもが持ってる感情。それが意思を持った時、人は殺人を犯す。翔太が言ってたでしょ?」

「言ってましたね。私にもこんな感情があるなんて思わなかったです」

「だからこそ、華音ちゃんはPCPで唯一犯罪者との接見が出来る人物なんでしょ?」

「……」

「さ。それ食べて! 蒔世を探すわよ!」

「はい!」


 ……ありがとう、由佳さん。

私は心でお礼を言った。

もう言い過ぎてもう気にしないでって言われるようになっちゃったから。

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